Manfred Honeck/
Pittsburgh Symphony Orchestra
REFERENCE/FR-718SACD(hybrid SACD)
ホーネックとピッツバーグ交響楽団による新しいアルバムが出れば聴かないわけにはいかなくなるという、ほとんど依存症状態に陥っています。今回はクラシック界の超定番、ベートーヴェンの交響曲第5番と第7番です。
かつては「運命」とも呼ばれていた「5番」ですが、最近ではこのニックネームはまず見られないようになりました。
というか、よく考えてみると、日本語では「運命」という文字を見たことはありますが、果たして今までLPやCDのジャケットに、この「交響曲第5番『運命』」に相当する「Symphonie Nr.5 "Schicksal"」などという表記があったのかな、という気になってしまいました。これはドイツ語ですが、英語でも「Symphony No.5 "Fate"(もしくは"Destiny")」のように書いてあるジャケットをもし見たことがあるという方がいらっしゃったら、ぜひご一報ください。
そもそも、「Schicksal」などという珍しい単語を知ったのも、このSACDのホーネック自身のライナーノーツを読んだからでした。そこには、これが「運命」と呼ばれるようになった大元の極悪仕掛け人、アントン・シントラーがこの作品の冒頭のモティーフについて書いた「運命が扉を叩く」というフレーズのオリジナルのドイツ語「Das Schicksal klopf an die Tür」が、そのまま引用されていました。
この、指揮者自身のライナーノーツはもはや彼のアルバムの「名物」となった感がありますが、そこでまず述べられているのが、この、とても有名な2つの交響曲を自分自身で演奏するためのハードルの高さについてでした。そのためのいわば「理論武装」なのでしょうか、彼のライナーノーツはこの20ページのブックレットの半分以上を占めています。さらにその中で、大部分が「5番」のために費やされています。そこで彼は、この作品の演奏史を、1910年のフリードリッヒ・カルクとオデオン交響楽団の世界初の録音までさかのぼって検証していきます。さらには、ホーネックがウィーン・フィルの団員だった時に指揮台に立っていた多くの現代の巨匠についての実体験も加わり、そこから自らの演奏をどのように組み立てたかの詳細な「説明」がなされているのです。
もちろん、そんな長ったらしい英文は、邪魔にこそなれ、何の役にも立たないことは明らかです。実際に聴いてみさえすれば、彼が何をやりたいのかは瞬時に分かるのですからね。
まずは、その、とても有名な冒頭のモティーフの扱いです。これはかなり意外なものでした。おそらく今の指揮者だったら怖くてできないような、それこそ往年の巨匠然としたとても「堂々とした」テンポでの始まりだったのです。しかし、これは実は彼の周到な演出、あるいは、もしかしたらとてもいたずらっぽい冗談だったのかもしれないことが分かります。このモティーフが2回繰り返された後は、いとも軽快なテンポに変わってしまったのですからね。まんまとしてやられたと思っているうちに、音楽の中にはどんどん新鮮なアイディアが登場してきて、リスナーはもうひと時も聴き逃せないような状況に陥ってしまうことは間違いありません。楽器のバランスも、必要なものはぜひ聴かせようという意志が強く働いているようです。ホルンなど、こんなフレーズがあったのかと思わずスコアを見直してしまったぐらいですからね。
もちろん、基本的に楽譜通りに演奏するという姿勢は崩してはいませんが、1か所だけ、第4楽章の134小節目からのピッコロを、1オクターブ高く演奏させています。ここは、非常に重要な部分なのに楽譜通りに吹いたのではまず聴こえてきませんから、これがとてもはっきり聴こえてきたときには小躍りしてしまいましたよ。
「7番」でも、同じように新鮮なアイディアが満載。これはぜひ実際に聴いて確かめてみてください。録音も、「これぞ、ハイ
レゾ」というとても瑞々しい音に仕上がっていますから、存分に大編成のベートーヴェンのサウンドを楽しむことが出来ますよ。
SACD Artwork © Reference Recordings