Jess Thomas(Parsifal), George London(Amfortas)
Hans Hotter(Gurnemanz), Iren Dalis(Kundry)
Gustav Neidlinger(Klingsor), Martti Talvela(Titurel)
Hans Knappertsbusch/
Chor und Orchester der Bayreuther Festspiele
DECCA/UCGD-9055/7(single layer SACD)
半世紀以上前から「名盤」の誉れが高かったクナッパーツブッシュの「パルジファル」が、ついにSACD化されました。第二次世界大戦後に再開されたバイロイト音楽祭は、運営と演出はヴィーラントとヴォルフガングのワーグナー兄弟によって支えられていたとされていますが、演奏面で支えたのは紛れもなくクナッパーツブッシュでした。ですから、1951年から1964年まで、ほぼ毎年この音楽祭の象徴である「パルジファル」の指揮を行っていました。それらの音源は怪しげな海賊盤を含めて無数にリリースされていますが、1962年にPHILIPSによってステレオで録音されたものは、それらの中では抜きんでたクオリティの音で、各方面で絶賛され続けています。
もちろん、すでにCDにはなっていますし、2010年頃にはSPEAKERS CORNERによってマスターテープから新たにカッティングとプレスが行われ、ブックレットまで完全に復刻されたLPもリリースされています。
今回、国内盤限定でリリースされたのはシングル・レイヤーSACD、例によって3枚組で税込1万円超という、とてつもない価格設定です。すでに同じ音源のデータ配信も始まっていますが、それだと全曲が税込3680円(2,8MHz DSF、24/192 FLACとも)で購入できることを考えたら、その異常さは際立ちます。ただ、CDでは4枚組、第1幕の途中でディスクを交換しなければいけませんが、シングル・レイヤーSACDでは第1幕全体107分を1枚に収めることができるので、3枚組になっています。
確かに、ワーグナーの作品はどれも1つの幕の間中音楽は続いていますから、出来れば途中で切れ目を入れずに聴きたいものです。そういう意味ではこの「3枚組」のSACDは画期的です。もっとも、BD-Aやファイル再生だったら幕間までも止めずに聴けますけどね。
この音源は元々はPHILIPSのエンジニア、ハンス・ロウテルスレイガーの手によって録音されたもので、この劇場のライブ録音としては奇跡的なバランスと透明性を持っていました。しかし、このレーベルは今ではDECCAに吸収されているので、今回のハイレゾ・マスタリングは元DECCAのエンジニア集団のCLASSIC SOUNDによって行われています。その結果、先ほどの、PHILIPSのマスターを忠実にカッティングしたLPでは確かに感じられたPHILIPSの音が、完璧にDECCAの音に変わってしまっていました。まるで、絹のように繊細だった弦楽器の音は、かなり生々しい、あえて言えば「どぎつい」音になっていたのです。これは、以前
小澤征爾の「くるみ割り人形」を聴いた時にも感じたことです。念のため、FLACのファイルを4分だけ買ってSACDと比較してみたのですが、それは全く同じ音でした。
このLPは、SPEAKERS CORNERにしてはとても良い盤質で、サーフェス・ノイズがほとんどありません。そこで聴こえてきたバイロイトのちょっとくすんだ、それでいて透明感のある音には心底圧倒されていたので、この、かなり「無神経」なSACDの音には完全に失望させられてしまいました。
もちろん、LPの音はそれだけでSACDとは全く異なっていますが、これも念のためやはりSPEAKERS CORNERのDECCA盤(ショルティの「エレクトラ」)を聴いてみると、そこからは、まぎれもないDECCAサウンドが聴こえてきますからね。
さらに、LPと比較すると、各所で「修正」された個所を見つけることが出来ます。場内のノイズがかなり「消されて」いて、特に、聴衆の咳払いはほとんどの場所で「消えて」います。もちろん、細かい演奏のミスなどは変わりませんから別テイクではありません。
そんな「些細」なことよりも、マスターテープそのものの劣化の方が気になります。この前の
カラヤンの「トスカ」ほどではありませんが、このSACDのためにトランスファーされた時には、明らかにLPのカッティングの時よりも劣化は進んでいたようです。なにしろ、LPにはなかったドロップアウトが聴こえたりしますからね。
そんなものをこの値段で売りつけるのは、はっきり言って「詐欺」です。
烈火のごとく怒りましょう。
SACD Artwork © Decca Music Group Limited