Lars Vogt(Pf. Cond)
Christian Tetzlaff(Vn)
Tanja Tetzlaff(Vc)
Royal Northern Sinfonia
ONDINE/ODE 1297-2
1970年生まれの中堅ピアニスト、ラルス・フォークトは、最近では指揮者としても活躍しています。現在のポストは、ロイヤル・ノーザン・シンフォニアの音楽監督です。このオーケストラはフルサイズではなく2管編成、10型程度の「室内オケ」で、その名の通りイギリス北部の街ゲーツヘッドを本拠地に活躍をしている団体です。この街には、2005年に建設された「セージ・ゲーツヘッド」という文化施設があり、このオーケストラはここに所属しているのですね。
この建物は、全面がガラスで覆われているというとてもインパクトのある外観で、観光スポットにもなっています。そこには1640席の「セージ1」と、700席ほどの「セージ2」という2つのメインホールのほかに、展示スペースなどが多数存在しています。
クラシックのコンサートが行われるのは、「セージ1」、シューボックスの形の、いかにも音のよさそうなホールですが、アリーナの座席を取り払ったり、壁面に吸音カーテンを設置したりすることによって、多くの需要に対応できるようになっています。
このオーケストラは、この施設のプロジェクトに沿った連続コンサートなども催しています。2015年に音楽監督に就任したフォークトが、2016年から2017年にかけて行ったのが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の全曲演奏でした。2016年の9月30日に「トリプル・コンチェルト」、10月29日に「第1番」、11月18日に「第5番」、2017年3月17日に「2番」と「3番」、6月10日に「第4番」と「合唱幻想曲」が演奏されています。
余談ですが、この6月10日のコンサートでは、それ以外にも「交響曲第5番」と「交響曲第6番」、そしてコンサート・アリアとミサ曲まで演奏されていました。この曲目を見て「もしや?」と思った人はかなりの通。そう、これは、これらの曲が初演された1808年12月22日のアン・デア・ウィーンで行われたコンサートを再現したものだったのです。すごいですね。
これらの「6つ」の協奏曲が、それぞれ2曲ずつ収まったCD3枚として、このレーベルからリリースされて「全集」が完成したようです。できれば「合唱幻想曲」もどこかに入れてほしかったと思うのですが、ちょっとカップリングが難しかったのでしょうかね。「トリプル・コンチェルト」まで入れたのですから、それこそ、「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ版も演奏して「完全な全集」を作ればよかったのに。
ということで、普通の「全集」ではまず入っていない「トリプル」が入ったこの1枚を聴いてみることにしました。ここでフォークトと共演しているのは、彼の親友クリスティアン・テツラフと、その妹のターニャ・テツラフです。
この曲は、たとえば往年のリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチをソリストに迎えたカラヤンとベルリン・フィルの録音に見られるような、なんか、身の丈に合わない「立派すぎる」演奏が横行しているために、逆に引いてしまうところがあるという不幸な目に遭っています。この曲本来の魅力がどこかに行ってしまっているのではないか、という気が常に付いて回っていましたね。
しかし、ここでの3人のソリストたちは、そんな変な因習を
一蹴してくれるような小気味の良い演奏を聴かせてくれていました。なんせ、それぞれがほとんどソリストとは思えないようなスタンスでまず登場してくれますから、ちょっと肩透かしを食らった感じがしたぐらいですからね。それは、オーケストラの一員がたまにソロを取るといった、「合奏協奏曲」のスタイルを持つこの曲に対しての、まさに望ましいスタンスだったのですよ。
ソロ・コンチェルトの「3番」になると、今度はピアニストとオーケストラの「掛け合い」とか「対話」といった、アンサンブルの妙味がストレートに感じられるものに仕上がっています。唯一短調のこの曲が持つ重さのようなものをほとんど感じさせないクレバーさも、とても心地よいものでした。