Helen Donath(Sop), Teresa Berganza(Alt)
Wieslaw Ochman(Ten), Thomas Stewart(Bas)
Rafael Kubelik/
Chor des Bayerischen Rundfunks
Symphonieorcheser des Bayerischen Rundfunks
PENTATONE/PTC 5186 253(hybrid SACD)
ラファエル・クーベリックが1970年代にDGに録音したベートーヴェンの交響曲全集をPENTATONEがサラウンドにリマスタリングしたシリーズは、4セット目を迎えたところで「第9」の登場です。残るは「エロ以下」いや「エロイカ」だけなのですが、今のところリリースの予定が伝わってこないのはなぜなのでしょう。ただ、これまでのアルバムの品番の末尾が248、249、250ときて、いきなり今回は253になっていますから、もうあと2枚出るということなのでしょうか。いや、DGには9曲しか残していなかったはずですけどね。
というか、今回のオーケストラのバイエルン放送交響楽団は当時クーベリックが首席指揮者を務めていたところで、なんと言っても「真打」になるのですから、それをもって完結なんてことになるかもしれませんね。
この「第9」の録音会場は、当時のこのオーケストラの本拠地のヘルクレス・ザールです。ここも響きのよいホールとして知られていますし、全くお客さんを入れないセッション録音ですから、リア・スピーカーからは空っぽの会場ならではの残響がたっぷり聴こえてきます。特に、打楽器や金管楽器が、よく響いていますね。ティンパニの強打は特に目立ちますし、終楽章のシンバルなどもビンビン聴こえてきます。おそらく、お客さんが入った時のライブ録音ではここまでの残響は聴こえないでしょうから、聴いている者はまるでホールを独り占めしているようなぜいたくな気分に浸れるのではないでしょうか。
それと、今回のリマスタリングではしっかりDGのサウンド・ポリシーが伝わってきたのは、うれしいことです。もちろん、かつてのDGのCDに比べると、格段に楽器の解像度が上がっています。そこからは、まだ粗野な味の残る、いかにもドイツ的なオーケストラの響きがストレートに伝わってきます。
この録音を最初に聴いた時からはかなりの年月が経ち、再生メディアとともに再生環境、さらにはリスナーとしての立ち位置も大幅に変化しています。なによりも、実際にオーケストラ・プレーヤーとして音楽を「内側」から聴くようになったことで、同じ音源でもそれに対する感じ方はかなり異なっていることに気づかされます。
もちろん、それは世の中のベートーヴェン演奏に対する判断基準が劇的に変わってしまったことも無関係ではありません。そういう意味で、このクーベリックの演奏は、逆に新鮮な魅力を持って目の前に現れてきました。
特に強烈な印象を与えてくれたのが、第2楽章のトリオの部分のテンポ設定です。あくまで本来の「トリオ」の意味を持たせて、とてもゆったりとしたテンポで、まるで夢見るように歌い上げるこの部分には、たとえばオーボエが必死の形相で難しい指使いに挑戦しなければいけない昨今のテンポからは絶対に感じられない安らぎがあります。
かと思うと、終楽章の最後に見せる劇的なギア・チェンジ。一瞬低速に切り替わったかと思うと、間髪をいれずに訪れる総攻撃、それを演出しているのは、ピッコロ奏者の熟達の技、ずっと楽譜より1オクターブ高い音で勝負していましたから「もしや」と思っていたら、やはり最後は4オクターブ目の「D」を見事に決めての着地です。
そんな「暴れ馬」のようなオーケストラに、合唱も負けてはいません。「Seit umschlungen」で始まる男声合唱の何と力強いことでしょう。いや、ここでは低音専門のベースのパートの人が無理をして高音を出そうとしてとんでもない声になっている様子までがしっかり聴こえてくるほどの「気合」が感じられます。そして「über Sternen muß er wohnen」の神秘的な響きの後に出てくる二重フーガでの、普通はソプラノに消されてほとんど聴こえてこないはずのアルト・パートのぶっとい声といったら。
このオーケストラも合唱団も、かつてはこんなにエネルギッシュだったんですね。同じ団体が、今ではすっかりスマートになってしまいました。
SACD Artwork © PENTATONE MUSIC B.V.