おやぢの部屋2
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CROSSING BORDERS
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Paul Hillier/
Ars Nova Copenhagen
DACAPO/6.220626(hybrid SACD)


「ヒリヤード・アンサンブル」を創設したポール・ヒリアーは、現在ではそのグループを離れていますが、それ以後アメリカで創設した「シアター・オブ・ヴォイセズ」という混声アンサンブルの指揮者がメインのポストなのでしょう。女声アンサンブルではありません(それは「シスター・オブ・ヴォイセズ」)。ヒリアーは2003年にはコペンハーゲンに移住するので、このアンサンブルのメンバーもデンマーク人なども加えてデンマークで再結成されています。その頃には、彼はエストニア・フィルハーモニック室内合唱団の首席指揮者も務めていましたね。
現在ではエストニアのポストは降りて、デンマークの「アルス・ノヴァ・コペンハーゲン」、アイルランドの「アイルランド室内合唱団」、ポルトガルの「コロ・カーサ・ダ・ムジカ」と、ヨーロッパ各国の合唱団の首席指揮者を務めています。
今回は「アルス・ノヴァ・コペンハーゲン」を指揮したアルバム、デンマークの作曲家の作品が集められています。
アルバムタイトルは「境界を越えて」というような意味なのでしょうか。ヒリアーのライナーノーツによると、こじつけも含めて、地理的、文化的、思想的な境界がテーマになっているのだそうです。ということで、ここで登場するうちのウィルヘルム・ステンハンマルだけはスウェーデン人なのですが、ここで歌われているのはデンマーク語のテキストなので、そういう意味での「境界」も含めて取り上げられているようです。
まずは、デンマークを代表する作曲家、カール・ニルセンの「3つのモテット」です。彼の作風はいまいち不思議なところがありますが、この曲はもろルネサンス期のポリフォニーを現代に再現したという、明解なコンセプトが伝わってきます。とは言っても、そこにはペルトのような風通しの良さは見られず、かなり屈折した和声に支配されてはいますが。
次は、「北欧音楽の父」と言われて、最近評価が高まっているニルス・ゲーゼの「Som markens blomst henvisner fage(野に咲く花のように消え去っていく)」という葬礼のための讃美歌を下敷きにした作品です。単旋律で歌われたものが次にはハーモニーが付けられ、さらに最後には短調だったメロディが長調に変わる、というあたりに「境界」を見出してほしいということなのでしょう。
先ほどのステンハンマルの「3つの合唱曲」は、美しいハーモニーのパートソングです。テキストは、シェーンベルクの「グレの歌」やディーリアスのオペラ「フェニモアとゲルダ」にも使われているデンマークの詩人、イェンス・ペーター・ヤコブセンのものです。3曲目の「もしも娘がいたのなら」などは、マドリガル風の囃子言葉も入って、陽気に盛り上がります。
20世紀になってすぐ生まれたヴァン・ホルンボーの「2つの境界のバラード」は、スコットランドの領土の境界を歌った作者不詳のテキスト(英語)によって作られた、やはりパートソングで、快活な1曲目と、暗い2曲目との対比が見事です。
最後に歌われているのが、このアルバムのメイン曲、1960年生まれのリン・ティエルンヘイがこの合唱団のために作った「Vox Repotage(報道の声)」です。彼女がここでメインに使ったのはエリアス・カネッティの代表的な著作「群衆と権力」の中のテキストです。  さらに、そこには様々なメディアからの引用が加わります。新聞記事やインターネットの記事(なんとWikipediaまで)、さらには、アインシュタインの言葉も。そこから生まれたのは、まるで柴田南雄が作り上げた一連の「シアターピース」のような世界です。そこでは、言葉たちは時に歌われ、時に語られて、強烈なメッセージを放っています。
なによりも素晴らしいのは、このレーベルの看板エンジニア、プレベン・イワンによる卓越した録音が、SACDのサラウンドで聴くことが出来ることです。教会のたっぷりとした残響を伴うアコースティックスの中で、キリッとした合唱団の硬質のサウンドが響き渡っている空間をリアルに感じられるのは、とても幸せです。

SACD Artwork © Dacapo Records

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by jurassic_oyaji | 2018-03-22 21:59 | 禁断 | Comments(0)