Julius Baker(Fl)
Anthony Newman/
Madeira Festival Orchestra
VOX/MCD 10008
「VOX」というのは、1945年、まだSPレコードの時代にアメリカで創設されたレーベルです。LPの時代になると、主に廉価盤を中心に活発にリリースを行っていました。サブレーベルである「TURNABOUT」とともに、オールド・ファンには懐かしい名前なのではないでしょうか。
しかし、このレーベルはいつの間にか別の会社に身売りをしてしまい、今ではもはや新しい録音は全く行っていません。それが最近、なぜか「新譜」として数アイテムが発売されました。その中にこんなジュリアス・ベーカーが1981年に録音したアルバムが入っていたので、購入してみました。オリジナルは聴いたことはありませんでしたから。
そこで現物を見てみると、「VOX」の他に「MMG」というロゴも入っています。たぶん、過去のVOXのカタログの権利を持っているレーベルなのでしょうね。そして、このCDのコピーライトを見てみると「© Vox Classics/Naxos Music Group」とありました。どうやら、いつの間にかそんなVOX関連のレーベルが、まとめてあのNAXOSの傘下に入っていたようですね。
一応、バックインレイには「An Original Digital Recording」というコメントがありますから、この頃始まったばかりのデジタル録音だったことは分かります。ただ、このCDを聴くと、デジタル録音らしからぬグラウンド・ノイズがかなり入っています。
音源がこれと全く同じCDで、1986年に「VOX ALLEGRETTO」というレーベルからリリースされたもの(ACD 8194)が
NMLで見つかったので聴いてみたのですが、そこでも同じようなノイズが派手に聴こえてきました。ということは、おそらく、オリジナルのエンジニアがプロとは言えないようないい加減な耳の持ち主だったのでしょう。
しかし、そんな劣悪な音でも、その中から聴こえてくるベーカーのフルートの凄さはきっちりと伝わってきます。音の粒はあくまで滑らか、そして彼の最大の魅力である強靭なソノリテは、低音から高音までとてつもない存在感を誇っています。
ベーカーがこれを録音したのは65歳の時、まだニューヨーク・フィルの首席奏者は務めていて、引退するのはこの2年後になります。その後も、たとえばバーンスタインが1984年に自作の「ウェストサイド・ストーリー」を録音した時には、スタジオ・ミュージシャンとして参加して、その健在ぶりをアピールしていましたね。
これは、ポルトガルのマデイラ島で行われた音楽祭で録音されたものです。ノイズはあるものの客席の音は全く聴こえませんから、おそらくライブ録音ではなく、セッション録音なのでしょう。
まずはバッハの組曲第2番。これはフルートとオーケストラのための作品として有名ですね。さすがに、この頃になるとバッハなどのバロック音楽に対する演奏家の姿勢もそれまでの重々しいものからもっとしなやかなものに変わっていますから、ベーカーの演奏もバッハの最初の序曲などはかなり早いテンポになっています。もちろん、フランス風序曲として、楽譜では付点音符で書かれていても、もっと長めに演奏することも徹底されています。さらに、自由な装飾を付けるのも推奨されるようになった時代ですから、時折聴いたこともないようなフレーズが聴こえてくることもあります。一番すごいのは3曲目の「サラバンド」で、繰り返しの時にフルートが完全にオリジナルの旋律を吹きはじめることでしょうか。現在では、いくらなんでもここまでやる人はいないでしょうから、これはとても貴重な「記録」です。シンバルまでは入っていません(それは「
サルバンド」)。
続いてテレマンの組曲イ短調です。オリジナルはリコーダーとオーケストラという編成ですが、フルートで演奏されることもあり、ベーカー以前にもランパルやゴールウェイが録音していました。ここでは、この作曲家特有の技巧的なメリスマを、いとも涼しげに吹いているのが聴きもの。その流れにオーケストラが付いていけなくなるようなところもあって、とてもスリリングです。それにしても、ベーカーのブレスの長いこと。
CD Artwork © Vox Classics/Naxos Music Group