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楽譜から音楽へ/バロック音楽の演奏法
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バルトルド・クイケン著
越懸澤麻衣訳
道和書院刊
ISBN978-4-8105-3001-8


ベルギーのフルーティスト、バルトルド・クイケンが2013年に著した「The Notation is not the Music: Reflections on Early Music Practice and Performance」の全訳です。訳者さんのお名前がものすごいのに一瞬たじろぎましたが(「こしかけざわ」と読むのだそうです)、この訳文は非常に読みやすく美しい日本語になっていることに、まず嬉しくなりました。ただ、出版社の意向なのでしょうか、タイトルの訳が原本とはあまりにかけ離れているのには、ちょっと失望です。特にサブタイトルが最悪、ここは「バロック音楽」ではなくぜひとも「古楽」と言ってほしかったところですし、「演奏法」というのが、いかにも高圧的な感じがして馴染めません。
というのも、クイケンがまず前書きで語っているように、これは「研究書」や「実践的な手引書」では全くないのですからね。ここで語られているのは、彼の「古楽」演奏家としての長いキャリアの中で考え続けてきたことから導かれた、あえて言えばとても慎ましい主張なのですから。
そして、その語り口は、ほとんどユーモラスとも感じられる親しみやすいものです。ですから、メインタイトルも本当は「楽譜は音楽じゃないんだよ」ぐらいのノリだったのではないでしょうか。
そうなんですよ。「クイケン兄弟」として、ヴィーラント、シギスヴァルト、バルトルドの3人が華々しく古楽界にデビューした頃のことは鮮明に覚えていますが、正直、彼らのあまりにストイック(?)な演奏にはすんなり馴染むことはできませんでした。ですから、バルトルドが書いたものだったら、さぞや小難しい本なのではないか、と思って読み始めたのですが、そんな先入観などはまったく無用だったのです。例えば、「ピッチ」の話で彼が「18世紀から19世紀初期にかけて、ピッチは上がり続けたが、同じ標準ピッチのなかでさえ、木管楽器の演奏音域の『重心』は徐々に上へシフトした」ということを証明するために彼がとった方法が紹介されているのですが、それがなんとも原始的なやり方なんですね。低い音から順番に番号を付けて、それらが曲の中にいくつあるか数え、その番号を掛けた総数を音符の数で割るのだそうです。ご苦労さんとしか言えません。
もちろん、彼の音楽への態度は真摯そのものです。当時の楽譜が、現在の楽譜ほどの情報を有していないというのはもはや常識ですが、クイケンがそこで実際の演奏を知るために研究した資料は膨大な量にのぼることが、あちこちの文章でうかがえます。どんな場合でもさりげなく提示される資料によって、彼のバックボーンとなっている情報の多さと拡がりを知ることが出来るのです。
ただ、その「資料」の扱いについては、同業者に対して手厳しい面も見せています。巻頭ではいきなり、
古楽の演奏家には、偉大な芸術性やカリスマ性をもち、権威ある教育者、商業的な成功者となったものもいるが、そこには危うさもある。聴衆も音楽家仲間も学生も、皆このような「スター」が古楽のすべてを知っていると安易に信じ込んでしまい彼らの演奏を、何も考えずに模倣すべきモデルと見なしてしまう。だが、言うまでもなく、私たちは歴史的な事実を自分で取捨選択し、それに基づきつつ、各自の強力な才能をプラスして、新しい演奏の伝統を作り上げている。そのようにして私たちは、歴史的な資料そのものから一歩離れるのである。

と、強烈なパンチを放っていますからね。そして、この段落の後半は彼の「クレド(信条告白)」なのでしょうね。こんな彼のスタンスが、この本のいたるところで語られ、彼の求めているものが明らかになってくれど
同じ作品なのに、「複数の異なる原典版」が存在する、という苦言には、とても同意できます。結局、クイケンは「自分の頭でしっかり考えるために」さらに「もう一つの異なる原典版」を作らなければいけなかったのですからね。

Book Artwork © Douwashoin Co.

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by jurassic_oyaji | 2018-07-10 23:09 | 書籍 | Comments(0)