おやぢの部屋2
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STRAVINSKY/Perséphone
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Andrew Staples(Ten), Pauline Cheviller(Nar)
Esa-Pekka Saalonen/
Orchestra, Chorus & Children's Chorus of the
Finnish National Opera
PENTATONE/PTC 5186688(hybrid SACD)


ストラヴィンスキーは、まるでカメレオンのように自らの作風を変えていった作曲家であることは、よく知られています。ですから、何をもって「ストラヴィンスキーらしい」と言えるのかは、よくわかりません。ただ、今の時点で商業的に最も「成功」している(つまり、CDの売り上げが多い)作品は、初期のバーバリズムの代表作「春の祭典」でしょう。この曲は、ランク的には間違いなく「最もストラヴィンスキーらしい作品」として認知されているのです。
しかし、作曲家はこの作品の後は全く別の路線に方向転換を図り、二度と「春の祭典」のような音楽を作ることはありませんでした。
と思っていたら、今回のSACDに付けられた代理店のインフォでは、「もう一つの『春の祭典』」などという言葉が躍っているではありませんか。実は、この「ペルセフォーヌ」という曲は全く聴いたことがなかったので、そんなキャッチに煽られて聴いてみることにしました。
「春の祭典」はバレエ・リュスの主宰者ディアギレフからの委嘱で作られましたが、この曲はかつてそのバレエ・リュスにも所属していたダンサー、イダ・ルビンシュタインのために作られました。彼女はダンサーとしては二流でしたが、遺産やパトロンに恵まれた大金持ちだったので、プロデューサーとして自身が出演する作品を多くの作曲家に委嘱します。その中には、ドビュッシーの「聖セバスチャンの殉教」や、ラヴェルの「ボレロ」などの名曲も含まれています。そして、ストラヴィンスキーの場合がこの「ペルセフォーヌ」だったのです。
それは、ギリシャ神話に題材を求めて、アンドレ・ジッドが台本を作りました。ただ、それはストラヴィンスキーと共同で作業が進められましたが、お互いの主張はかなり食い違っていたそうです。さらに、ジッドはストラヴィンスキーが彼のテキストをかなり自由に音楽の中で変えてしまったことにもじっとしていられず、結局初演に立ち会うことはありませんでした。
こうして作られた「メロドラマ」でイダ・ルビンシュタイン自身は、「ナレーター」として参加することになっています。しかし、彼女はあくまで「ダンサー」として、踊りながらナレーションを行ったのだそうです。
初演はそれほど好評ではなかったようで、それ以後もこの作品はあまり演奏の機会に恵まれているとは言えないようです。なにしろ、日本で実際に上演されたのは、今年の5月だというのですからね(その日本初演のライブ録音のCDは、今月末にリリースされます)。
そんなレアな作品の、おそらく最初のハイブリッドSACDとなるのが、このサロネンとフィンランド国立オペラとのライブ録音です。実際に録音を行ったのはフィンランド放送のスタッフですが、しっかりサラウンド録音にも対応しています。
曲は、50分程度の短いもの、一応地上、冥府、地上という3つの場に分かれています。地上に春をもたらす女神ペルセフォーヌが冥府の王プルートに拉致されて結婚を迫られますが、やがてまた地上に戻ってくるというお話です。
まずは、進行役のテノールが登場、「これはホメロスが語った物語」と歌い始めます。それはもちろんフランス語で歌われるのですが、歌っているイギリス人のアンドルー・ステープルズのフランス語のディクションがあまりにもお粗末なのに、まずのけぞってしまいます。続く、ペルセフォーヌ役のポリーヌ・シュヴァリエの語りがあまりにも美しいフランス語であるために、その落差は際立ちます。それに合唱が加わりますが、こちらは柔らかい響きで、発音はそれほど気になりません。第3場で登場する児童合唱も素敵。
そして、オーケストラはいとも甘く美しい音楽を奏でます。一瞬、これはミュージカルなのではないか、と思ってしまったほどです。
これの一体どこが「もう一つの『春の祭典』」なのでしょう。あるいは、「いけにえの少女」あたりが共通項、みたいな。そこ?

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-09-06 21:21 | 合唱 | Comments(0)