Julian Prégardien(Ten)
Robert Reimer/
Deutsche Radio Philharmonie
ALPHA/ALPHA 425
1936年生まれで、もうすぐ82歳になるドイツの作曲家ハンス・ツェンダーがシューベルトの「冬の旅」を素材にして作った室内アンサンブルとテノール独唱のための作品は、もはや「古典」としての地位を獲得したのかもしれません。
この作品で用意された楽器は、ヴァイオリン2挺、ヴィオラ2挺、チェロ1挺、コントラバス1挺という弦楽器と、2管の木管楽器(2番フルートはピッコロ持ち替え、2番オーボエはイングリッシュ・ホルンとオーボエ・ダモーレ持ち替え、2番クラリネットはバス・クラリネットとアルト・サックス持ち替え、2番ファゴットはコントラファゴット持ち替え)、チューバのない1管の金管楽器(トランペットはコルネット持ち替え)、そして3人の打楽器奏者と2本のハーモニカ、さらにアコーディオン(ウインドマシーン持ち替え)、ハープ(ウインドマシーン持ち替え)、ギター(ウインドマシーン持ち替え)が加わります。何とも多彩な楽器編成ですね。
そして、24曲あるそれぞれの歌曲も、それらの楽器によって多彩に装飾されています。というより、これは「現代音楽」で言うところの「コラージュ」の手法を駆使して作られたもので、冒頭にあるように、その中ではシューベルトの「冬の旅」は単なる「素材」にすぎません。これも、別のジャンルの「現代音楽」では「サンプリング」と呼ばれている手法ですね。
従って、その「素材」はオリジナルがそのまま使われることもありますし、なんらかの「変調」が加えられることもあるのです。その「変調」とは、具体的には速度やピッチを変えること、あるいはピッチそのものをなくして「ラップ」にしてしまうことなどでしょうか。
これが「作曲」されたのは1993年、その年の9月21日にフランクフルトで、ハンス・ペーター・ブロホヴィッツのテノールと、作曲者自身の指揮によるアンサンブル・モデルンの演奏によって初演されました。その同じメンバーで1994年8月にRCAに初録音が行われています。
おそらく、それに次いで録音されたのが、1999年2月のクリストフ・プレガルディエン盤(KAIROS)だったのではないでしょうか。
この時のアンサンブルの指揮は、若き日のカンブルラン(それでも50歳)が担当していました。そして、プレガルディエンは56歳でしたね。
プレガルディエンは、このあと2007年の9月に、アコーディオンと木管五重奏という全く別の編成のアンサンブルによる
編曲でも「冬の旅」を録音していましたね。
そんな、「冬の旅」オタクのクリストフの息子、ユリアン・プレガルディエンまでもが、このツェンダーの作品を演奏したというのは、なかなか興味深い出来事です。これは、2016年1月21日にザールブリュッケンで行われたコンサートのライブ録音です。この時のユリアンはまだ31歳でした。
つまり、この作品は20年以上経ってもその人気は衰えていないという、「現代音楽」としては稀なヒット作(つまり「古典」)となっていたのです。それはおそらく、それぞれの録音で歌っていたアーティストたちが、シューベルトのオリジナルの部分をとても心を込めて演奏していたからなのではないでしょうか。あるいは、いくらいじられてもシューベルトのオーラは決して薄れることはないということなのかもしれません。
今回の
ゆりやん、いやユリアンは、その若々しい声でさらにそのオリジナルの抒情性と、時には一途過ぎる心情を見事に聴かせてくれています。おそらく、今までの録音の中では、彼の歌唱がひときわ抜きんでているのでは、と感じられます。
今世紀の私たちは、この作品に接するのは初めてではないはずです。すでにネタバレしているものでもそこから新たな魅力を感じることが出来るというのも、すごいことです。そのように思えるのは、もしかしたら、そこには今の「現代音楽」からはなくなってしまったある種の「力」が、しっかりと残っているからなのかもしれません。
CD Artwork © Alpha Classics/Outhere Music France