おやぢの部屋2
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FAURÉ, DURUFLÉ/Requiem
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Julie Boulianne(MS), Philippe Sly(Bar)
Les Pettits Chanteurs du Mont-Royal
Jonathan Oldengarm(Org), Elinor Frey(Vc)
Jean-Sébastien Vallée/
Chœur de L'Eglise St.Andrew and St.Paul
ATMA/ACD2 2779



フォーレとデュリュフレの「レクイエム」をカップリングしたアルバムは珍しくありませんが、それがどちらもオルガン伴奏というものは、ありそうでなかなかありませんでした。これは、そんな、ちょっと珍しい編成のアルバムです。
デュリュフレの場合は、作曲者自身が作ったオルガン伴奏によるバージョンが出版されています。これには、オプションとして「Pie Jesu」に独奏チェロが加わっていて、ほぼすべての録音でそれは守られています。
しかし、フォーレの場合は、オーケストラのための多くのバージョンが残されていますが、自身でオルガン用に編曲したものはありません。一応ヴォーカル・スコアにはピアノのためのリダクションが付いています(実がいっぱい入ってるんですよね・・・それは「具沢山」)が、それは最も頻繁に演奏されているバージョンのオーケストレーションを行った弟子のジャン・ロジェ=デュカスが作ったものですし。
この録音は、2018年の4月と5月にカナダのモンレアル(モントリオール)にある聖アンデレ&パウロ教会で行われました。この年は、第一次世界大戦が終わってから100年という記念の年だったのですが、ここではその大戦で犠牲になったこの教会に関連した人々への追悼の意味が込められているのだそうです。合唱はこの教会の合唱団ですが、それ以外に「モン・ロワイヤル少年合唱団」の団員が7人参加しています。この子たちは「ソリスト」扱いになっていますね。もちろん、オルガンはそこにある1931年に作られた7000本のパイプを持つ楽器です。
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このオルガン、写真(演奏は別の人)で見ると本体は聖堂の真正面の祭壇の上に設置されているようですね。水平トランペット管のようなパイプが突き出しているのも見えます。コンソールはそこからかなり離れた場所に設置されていますから、電動アクションなのでしょう。
曲が作られた順に収録されているこのCDを聴き始めると、まずフォーレの曲の「Introït et Kyrie」が流れてきます。この曲の冒頭はオリジナルでは弦楽器と管楽器のユニゾンでアクセントが付いたフォルテシモの音にピアニシモまでディミヌエンドをかけるようになっています。ただ、それをオルガンで演奏するときには、特別な装置(「スウェル」といいます)がない限り、途中でストップを減らしていくしかありません。つまり、音の出るパイプの本数を減らしていくのですね。それが、この演奏でははっきりわかってしまいます。音が階段状に小さくなっていき、そのたびに音色までガラッと変わってしまうのですよ。これほど気持ち悪いものもありません。
それだけではなく、それ以降の曲でもストップの選択がなんとも異様なんですね。しっとりとしたメロディで歌い上げるはずのフレーズを、とても目立つリード管あたりを使って朗々と響かせているのは、勘違いとしか思えません。そして、その演奏自体もなにかフットワークの悪いモタモタした感じで、安心して聴いていられません。
メインの合唱団は、プロの歌手とアマチュアが一緒に歌っている団体なのだそうですが、まあそつなく歌ってはいるのですが、なにか合唱として最低限必要なものに欠けているという印象は最後までぬぐえませんでした。全員で揃って歌う分にはそれほどアラは目立たないのですが、パート・ソロになってくるとなにか方向性が定まっていないような気になってしまいます。
少年合唱は、フォーレでは「Pie Jesu」のソロを任されていました。これも、一人で歌わせるには心もとないので、何人か集めて一緒に歌わせた、という次元の発想からの人選のように思えてなりません。
両方の曲で大活躍のバリトン・ソロは、とても立派な声で安心して聴いていられました。ただ、この人もいまいち表現の詰めが甘いというか、少し雑なところがありますね。
この2つの名曲から、真の穏やかさを感じさせるためには、何が必要なのかを教えてくれたアルバムでした。

CD Artwork © Disques Atma Inc.

by jurassic_oyaji | 2019-01-08 23:13 | 合唱 | Comments(0)