おやぢの部屋2
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SMITH/Requiem, KLEIBERG/Hymn to Love, The Light
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Trygve Seim(Sax)
Ståle Storløkken, Petra Bjøkhaug(Org)
Anita Brevik/
Nidarosdomens jentekor & TrondheimSokistene
2L/2l-150-SABD(hybrid SACD, BD-A)



このレーベルの音は、どんなアルバムでも無条件で凄いなと思われるものばかりでしたが、それをサラウンドで聴けるようになってくるとその凄さがさらに際立つことが分かります。というか、これを今までサラウンドで聴いていなかったなんて、なんてもったいないことをしていたなとしみじみ思います。
今回のアルバムも、録音の時の写真を見ると、いつもの教会でのセッションでは真ん中に立ったメインのアレイを囲むように、合唱や楽器が配置されている様子がよく分かります。
ここで演奏されているのは、いずれもこれが世界初録音となる、アンドルー・スミスの「レクイエム」と、その前後にストーレ・クライベルグの作品が1曲ずつです。スミスの作品では合唱のほかにアルト・サックスとオルガンが加わっていますが、クライベルクの場合は弦楽合奏も入ります。
3曲とも編成が異なっているので、サラウンドの音場もそれぞれ違えているのも憎い演出です。ある時はヴァイオリンが後ろから聴こえるかと思えば、別な曲では同じ場所にチェロがいたり、合唱も時には聴き手をすっかり囲むような配置になっていたりしますから、もうそれだけでうれしくなってしまいます。もちろん、DXDで録音された音そのものも、声や楽器の肌触りまでがはっきり聴こえてくるという、恐ろしく繊細なものですから、たまりません。
メインとなる「レクイエム」を作ったスミスは、1970年にイギリスのリヴァプールで生まれ、14歳の時に両親とともにノルウェーに移住した音楽家です。作曲家であると同時に、ノルウェーの出版社の合唱部門でも働いているのだそうです。
2011年に、ここで歌っているニーダロス大聖堂少女合唱団からの委嘱によって作ることになった「レクイエム」は、その年の7月にオスロと、その近郊のウトヤ島で起こった連続テロでの犠牲者を悼むためのものでした。同じ年の3月に起こった大惨事の陰になってしまって、日本の人にはほとんど関心を持たれなかったような気がしますが、なんでも一人の男が77人もの命を奪ったという無差別殺人事件だったのだそうです。特に、その中に、この合唱団の団員と同じ世代の人たちが多数いたことも、この委嘱の発端となっていたのでしょう。
この作品、合唱はグレゴリオ聖歌などが素材として使われていて、とても美しい曲が並びます。テキストは本来の「レクイエム」の歌詞以外にも、聖書からの言葉、例えば詩編23の「神は私の羊飼い」なども使われています。そのピュアな響きを聴いているだけでとても癒される曲なのですが、そんな穏やかな雰囲気をぶち壊すかのように、ジャズ・サックス・プレーヤーのソロが頻繁に入ってきます。時には、やはりジャズ畑のオルガン奏者と、かなり長いインプロヴィゼーションを行ったりもしています。それは、音楽的にはまさに水と油、正直何でこんなことをしたのか、作曲家のセンスを疑うような組み合わせなのです。しかし、おそらくこれは、作品の成り立ちにも関わったあの非人道的な行いに対する抗議の意味が込められていると取るべきなのでしょう。美しいものを際立たせるために、あえて醜いものを配したのだ、と。
とは言うものの、実際にここまでしつこく、生々しいサックスの音を聴かされると(せっかくの超ハイレゾ録音で、こんな汚い音は聴きたくありません)、もうやめてほしいと思ってしまいます。こんなことをしなくても、もっとまっとうな形で惨事を伝えることは、才能のある作曲家にとってはそれほど難しくはないはずでは、と思うのですが。
最後の「In paradisum」は、もろグレゴリオ聖歌が使われた結果、それはデュリュフレの同じ曲と酷似することになってしまいました。そんなところも、ちょっと芸がなさすぎます。
その「額縁」としての役割で作られた1958年生まれのノルウェーの作曲家、クライベルグの2つの作品の方が、音楽的な密度ははるかに高いような気がします。

SACD & BD © Linberg Lyd AS

by jurassic_oyaji | 2019-01-10 21:30 | 合唱 | Comments(0)