冨田勲(Synth)
VOCALION/CDSML 8554(hybrid SACD)
レーベルは「VOCALION」ですが、先日のブーレーズの「オケコン」の「DUTTON」と同じスタジオで、マイケル・ダットンという人がリマスタリングを行っているSACDです。今回のアイテムは冨田勲によるラヴェルの作品集、もちろん、富田が自分一人でモーグなどのシンセを多重録音して制作していた音源です。かつてはアメリカのRCAから全世界へ向けてリリースされ、ビルボードのチャートをにぎわせていたアルバムたちの一つです。それが、SONYからライセンスを得てSACDを作っているこのスタジオの網にかかりました。それは、RCAがSONYに吸収されてしまったから。そのために、あの頃は日本でもRCAの社員が大量にリストラされ、
九州のド田舎に引っ込んでしまった人もいたようですが、そのおかげでこんなに面白いサラウンドSACDがリリースされるようになったのですから、世の中、何が幸いするかわかりません。
今回のリマスターにあたっては、アメリカ盤ではなく日本盤のタイトルと(アメリカ盤は「Bolero」)とジャケットが使われていました。それが、この磯野宏夫によるイラストです。お気づきのように、これは一種の「だまし絵」になっていますね。これはもちろん、「ダフニスとクロエ」(第2組曲)の世界を再現したものなのでしょう。遠くには中間部の「無言劇」で大ソロを吹くフルーティストまでリアルに描かれていますね。
ただ、このフルートは、拡大してみると指孔の位置がとても狭いところに集まっているようになっているのが、気になります。
冨田は、この「ダフニスとクロエ」を作るにあたっては、ラヴェルが書いた楽譜をほぼ忠実に再現しているようでした。というか、もう少し時代が進んで、MIDIなどを使って自由にオーケストラの個々の楽器が再現できるようになると、シークエンス・ソフトさえあれば、スコアをそのまま入力すれば簡単にラヴェルのサウンドが再現できるようになってしまいます。冨田の時代でも、かろうじてローランドの「MC-8」というシークエンサーが出来ていましたから、それらの細かい音符を入力するのはそれほど面倒なことではなかったはずです。
その結果、冒頭の木管の、人間が演奏するととてつもなく難しい細かいフレーズのループは、いともさりげなく完璧な音となって聴こえてきます。ただ、それはあまりに完璧すぎて、逆にラヴェルらしくなくなっています。これを聴くと、もしかしたら、ラヴェルはわざと吹けそうもないような音符を書いて、それをシャカリキになって演奏するときに生まれる時の微妙なずれ具合まで計算して、最終的なサウンドを予想していたのではないかとまで思えてしまいます。
次の「ボレロ」では、冨田は最初から楽譜に忠実に「演奏」を行うことを諦めてしまっているようです。原曲の最大の魅力は、全く同じメロディを楽器やオーケストレーションを変えてただひたすら繰り返す中から、サウンドの変化が味わえることなのではないでしょうか。それを実現させるために、ラヴェルは細かく楽器の組み合わせを変えて、巧みに音をブレンドしているのです。
ところが、冨田は最初のうちはそのプランに従って、音源を細かく変化させているようですが、それだけではなかなか「変化」がつけられないとなると、そこに新たなメロディを加えるなど、別の小技を挟んでくるようになります。ただ、そこまでしても、結局もうアイディアが底をついてしまって、原曲よりもかなり早い段階で曲を終わらせてしまっています。オリジナルのオーケストレーションにシンセが「負けて」しまったんですね。ですから、エンディングも原曲のようなスリリングな展開は起こらず、だらだらとフェイド・アウトで終わらせてしまっています。
ただ、そんな退屈な編曲も、サラウンドで音たちが空間を動き回っているのを聴いていると、俄然魅力的になってきます。このミキシングを行ったのは冨田自身のようです。
SACD Artwork © Vocalion Ltd