7年前にここに書いた
「ヴァイナルってなに? EPってなに?」という記事は、私のブログの記事ランキングでは、常に1位か2位にいるという、まあ、人気のあるものです。このランキングがどういう仕組みで作られているのかは全く分かりませんが、特定の方がここ経由でブログにアクセスしているのではないか、ということも考えられるので、必ずしも多くの方に読まれている、ということではないのでしょうけどね。
これを書いた頃には、日本では「EP」という言葉はまだそれほど目立って使われることはありませんでしたが、確実にこれから広がっていくのでは、という予感はありました。そして、7年後の今では、もうごく普通にラジオでインタビューを受けているアーティストたちが、「今回のEPは」などと言っているのですから、これはもはや確実に多くの人に知られ、使われる言葉になっているな、と実感できるようになりました。
もちろん、ここで使われている「EP」という言葉は、「アルバム」と呼ぶには曲数が少ないCD、あるいは、それと同じ曲目でまとめて配信されているデジタル・データのことになります。つまり、実体は「ミニアルバム」、あるいは「マキシ・シングル」という、昔から使われている言葉と全く同じものを指し示す言葉になるのですよ。この業界、新しい言い方が登場すると、すぐさまそれに飛びつく、ということが日常的に起こっていますが、これもそれと同じ現象ですね。要は単なる「ファッション」なんですよ。全く同じ物でも、ネーミングが変わればちょっとおしゃれに見えるだろうという浅知恵です。
もちろん、この言葉は、音楽の先進地、アメリカからやってきました。というか、アメリカで使われているから、ちょっと広めてやろう、という人がいたのでしょうね。それは図に当たり、今では日本中に「EP」が蔓延することになりました。ありがちなことですが、その言葉を使う時には、その語感に酔うだけで、元の意味を知る人など、特に若い人にはほとんどいなかったはずです。
ただ、昔からレコードによって音楽に親しんでいた人にとっては、これほど懐かしい言葉もありませんでした。私もそんな一人、レコードと言えば「LP」が有名ですが、それとともに、この「EP」と呼ばれていたレコードがあったのですよ。それは、LPよりも小ぶりで、短い曲が表と裏に1曲ずつ入っている、「シングル盤」、あるいは「ドーナツ盤」と同義語だと認識されていたレコードでした。ですから、そんな認識で実際にその「EP」に接していた体験をもとに、先ほどのブログも書いていました。
ただ、その名前、EPというのは「extended playing record」の略語なのですが、常々このextended(拡張された)という単語に、ちょっと引っかかってはいました。LPに対抗して作られたものですが、演奏時間は決して「拡張」されてはいません。あるいは、もっとさかのぼったSP(シェラック盤)よりは長い、ということでしょうか。それでも、片面5分程度ですから、ほとんど変わりません。
そうしたら、ごく最近、「これは演奏時間ではなく、音質が拡張されたものなのだ」という主張が、日本のレコードのプレスを行っている会社の方からなされていることを知りました。確かに、LPの内周ではかなり音質は低下しますが、回転数を上げたこのいわゆるEPでは、音質は「拡張」されていますからね。
一時はそれで納得しかけたのですが、さらにネットを繰ってみると、なんと、アメリカの音楽雑誌「ビルボード」のバックナンバーの記事から、EPの成り立ちを調べようという
サイトが見つかりました。今では、こんなものがアーカイヴとして見ることができるのですね。
それによると、アメリカのCOLUMBIAから12インチ径で33回転のレコードが「LP」という名前で発売されたのは1948年のことでしたが、競争相手のVICTORがこれに対抗して翌1949年に発表した、7インチ径の45回転盤のレコードには、正式名称がなかったのだそうです。一応、「シングル盤」とか、もう少しすると「ドーナツ盤」という言葉で呼ばれるようにはなりますが。そして、この2つのフォーマットを争う戦いは、お互い一歩も譲らずに展開され、VICTORは45回転盤の改良形として、1952年に演奏時間を「拡張」したレコードを発表、その名前を「Extended Play」としたのです。
ビルボードの記事の現物が、これです。





その「拡張」の手法は、シングル盤のレーベルを貼る部分にあった突起をなくして、その部分まで溝を掘る、というものでした。それによって、片面で最高8分という演奏時間を獲得したのです。

ただ、そこまでしても、レコード業界の動きはLPはアルバム、45回転盤はシングルという棲み分けがなされるようになり、VICTORもLPの生産を始めます。ですから、その時点でもはやEPは見捨てられてしまったのですね。そして、「シングル以上、アルバム未満」というコンセプトだけが残り、アメリカではCDの時代になってもそのコンセプトのものをしっかり「EP」と呼んでいたのです。
日本に45回転盤が入って来たのは、そんな、実際の「EP」はなくなっていた頃なのではないでしょうか。実際、私自身は、この「EP」の現物を見たことはありません。そして、おそらくその時点で、日本の業界では、45回転盤すべてのことを、「SP」や「LP」に倣って「EP」と呼ぶようになっていたのではないでしょうか(もっと言えば、「SP」という言葉も、どうやら日本でだけ通用するもののようです)。そこから、「EP」の誤用が始まり、先ほどのプレス会社の人による珍説や、私のさっきのブログの記事のようなものまで現れるようになってしまったのです。ああ、恥ずかしい。
(2022/11/22追記)