おやぢの部屋2
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TAVENER/The Protecting Veil
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Raphael Wallfisch(Vc)
Justin Brown/
The Royal Philharmonic Orchestra
MEMBRAN/222881-203(hybrid SACD)



以前クリスマスアルバムをご紹介したロイヤル・フィルのバジェット・シリーズ(とは言っても、サラウンド・レイヤー付きのSACDという立派なもの)、まさに玉石混淆のラインナップなのですが、その中に「癒しの帝王」タヴナーの名前がタイトルになったものがあったので、とりあえず曲名も見ずに買ってみたら、これが輝くばかりの「玉」でした。
ジョン・タヴナーといえば、このサイトでもお馴染み、瞑想的な曲調の合唱曲がよく知られています。しかし、ここで演奏されているのは、独奏チェロと弦楽合奏のための「奇蹟のヴェール」というインスト曲です。1987年にスティーヴン・イッサーリスのために作られたもので、2年後にはロンドンの「プロムス」で初演されています。そして、1991年には、イッサーリスによる世界初録音が行われました(VIRGIN)。その後、このような現代曲には珍しく、多くのチェリストがこの曲を取り上げるようになり、1996年にヨー・ヨー・マがSONYに録音するに及んで、一躍「有名曲」となってしまったのです。ラファエル・ウォールフィッシュによるこのCDは1994年の録音、おそらく、イッサーリスに次いで録音されたものでしょう。
タイトルの「奇蹟のヴェール」というのは、コンスタンチノープルを聖母マリアがヴェールで覆って、サラセン軍の攻撃から守ったというギリシャ正教での故事に基づいています。切れ目なく続く8つの部分から成るこの曲は、まるでイコンを順番に眺めていくような構成が取られており、最初と最後がこの「奇蹟のヴェール」、そして、その間に聖母マリアの生涯を描いた6つのイコンが置かれています。そう、まるであのムソルグスキーの「展覧会の絵」のような体裁を持っているのですが、そこでの「プロムナード」に相当するのが、「鐘のテーマ」です。それまでの瞑想的な曲調が、この、殆どクラスターといってもいい弦楽器の高い音の密集した和音の激しい刻みで断ち切られ、聴き手はそこで新たな風景を求める、という仕掛けです。その他にも、以前聴いた「徹夜祷」でも触れた彼の律儀な仕掛けは、その「鐘のテーマ」に続くFEという短9度の下降跳躍音型にも込められています。このパターンが登場するたびに、下の音Eのあとの音が一つずつ増えていって、最後に出てきた時には8つの音が揃うことになります。その最後の音から、この曲全体の「メインテーマ」が再現されて、一瞬の沈黙の後に次のイコンに移る、ということが、場面転換のたびに繰り返されているのです。
8つの「イコン」は、とてもヴァラエティに富んだものです。「受胎告知」や「キリストの復活」のような明るくリズミカルなものから、まさに「癒し」の極地、無伴奏のチェロだけで奏でられる瞑想的な「キリストの架刑と聖母の嘆き」まで、その振幅の広い組み合わせは、飽きることがありません。このチェロ独奏のあとでは、「鐘のテーマ」さえ穏やかなものに変わっています。そして、なんといってもハイライトは最後から一つ前の「聖母の死」でしょう。独奏チェロによって繰り返される同じテーマは、最初はドローンに乗ってほのかにたゆとうていたものが、次のシーンではいきなり不協和音で彩られ、それが最後には輝かしいばかりのハーモニーに包まれていくさまは、まさに感動的です。これは、まるで重厚なギリシャ正教の聖歌を聴いているような体験、このようなインスト曲の中にも、タヴナーの合唱曲の魅力は秘められていたのですね。
それにしても、全く休みなく演奏し続ける独奏チェリストの集中力は、大変なものだと感服させられます。ここでのウォールフィッシュも、最初から最後まで緊張感を保った演奏を聴かせてくれています。何でも、ライブでは譜面をめくる余裕さえないため、ちゃんとそのための人が横に付くのだとか。でも、とても難しい譜面ですから、その人は3年間練習したといいます(譜めくり3年)。
by jurassic_oyaji | 2006-03-06 21:55 | オーケストラ | Comments(0)