おやぢの部屋2
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オーケストラは素敵だ
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茂木大輔著
中央公論新社刊(中公文庫)

ISBN4-12-204736-6



「のだめカンタービレ」は、いよいよあさってから「月9」のテレビドラマとなって放送が始まります。それだけではなく、来年1月からはアニメまで登場するのだとか、「のだめ」ファンにとっては、しばらくはテレビの前から離れられない日々が続くことでしょう。もちろん、これを受けて立つ本屋さんサイドでも(あるいは楽器店の楽譜売り場でさえも)、対応に余念はありません。「のだめ」専用のコーナーを設置、16冊の単行本はもとより、CDブック、キャラクターブックなどの関連商品を集めて、お客さんを待ち受けるということになります。と、とある書店で、そんな「のだめグッズ」たちに混ざって、こんな文庫本が平積みになっているのを発見してしまいました。コシマキには二ノ宮先生のコメントとイラストまで入っていますよ。著者の茂木大輔という方は、確かNHK交響楽団の首席オーボエ奏者、クラシックつながりというのは分かりますが、ここまで「のだめ」に便乗できるなんて、一体何があったというのでしょう。
と、軽くとぼけてみましたが、もちろん、茂木さんと「のだめ」とは少なからぬ因縁で結ばれているのは、よく知られていることです。単行本の10巻以降では、エンドロールに「取材協力」ということで紹介されており、確かにそのあたりから物語の中では、楽器に関する蘊蓄にはただならないものが漂うようになっていますから、作品への貢献度には相当なものがあることがうかがえます。さらに、もっと直接的なつながりとしては、こちらの「千秋真一指揮/R☆Sオーケストラ」という演奏者のクレジットがあるCDが挙げられます。もちろんこの指揮者とオーケストラはマンガに登場する架空のものですから、それを実際に演奏している人たちは別にいるわけでして、そこで「千秋役」、つまり指揮をしているのが、茂木さんだったというのです。CDショップではこれも、ドラマ化に合わせて大々的に面陳されているということですから、茂木さんの若々しい指揮ぶりにも、いとも簡単に出会えるということになっています。ちなみに、今回のドラマの中で実際に演奏するオーケストラのメンバーは、オーディションによって集められたといいます。彼らが演奏したサウンドトラックやライブの模様のCDも、近々リリースされるとか、こうなってくるともはやマンガを超えた一つのムーヴメントになってしまった感がありますが、このような状況にも茂木さんは何らかの形で関与されていることでしょう。
こんな、クラシックのアーティストとしてはとんでもない注目を集めてしまっている茂木さんですが、「エッセイスト」しても超一流だったことは、昔から知られていました。杉原書店というところから出版されている「パイパーズ」という管楽器の雑誌に連載されていたエッセイを集めた最初の単行本「オーケストラは素敵だ」正・続(音楽之友社1993/1995)は、そんな茂木さんが、ドイツでの修業時代の思い出や、日本でN響に入団してからのエピソードを集めたものです。
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この2冊の単行本、人によっては、もしかしたら「旧約聖書」と「新約聖書」ほどの輝きを持っていたはずです。なにしろ「実話」ですから、そのエピソードには説得力があります。現役のオーケストラプレーヤーが、日々の演奏活動を語るときに、そこで紹介されるメインの出来事以外の、それにまつわるほんのちょっとしたことには、何と重みのあることでしょう。例えば、首席奏者が2人いるオーケストラでの出番の決め方など、最初に読んだときにはとても眩しい思いさえ湧いたものでした。さらに感動的だったのが、バッハ・コレギウム・シュトゥットガルトでの試用メンバーとしての体験談です。この中では、多くの挫折を経験した後に栄光をつかむという、ほとんど涙さえ誘うほどのものが、その熟達の筆致で迫力をもって語られています。
今回新しく発行されたのは、その10年以上前の2つの著作から、適宜編集して1冊の文庫本にまとめられたものです。全く同じものを読み返す時に、読者は最初に読んだ時に感じた目から鱗が落ちるような知的な衝撃や、実話故に迫ってくる熱い感動の追体験を期待するはずです。しかし、もぎ、今回それが全く得られなかったとしたら、その原因は、著者が「あとがき」で書いている「一度体験した奇跡と同じ高さはもう、次回には奇跡ではないのだ」という思いとは、微妙に異なる次元のものなのではないでしょうか。それは、読み手の中に、そして、もしかしたら書き手の中にもかつては確かに存在していたはずの一途な純粋さが、今となっては失われてしまった証なのかも知れません。

by jurassic_oyaji | 2006-10-14 19:56 | 書籍 | Comments(0)