Emma Kirkby(Sop)
Antony Walker/
Cantillation
Orchestra of the Antipodes
ABC/476 5255
30年以上も「古楽」の世界に君臨しているエマ・カークビー、もはや世界中で、彼女が出演していない「古楽」の音楽祭や、彼女が共演していない「古楽」オーケストラなどは殆どなくなってしまったことでしょう。これは、オーストラリアの音楽祭「ムジカ・ヴィヴァ・オーストラリア」の
60周年記念として招かれたカークビーが、地元の合唱団とオーケストラと共に作ったアルバムです。オーストラリア放送協会のレーベル
ABCへの、これが彼女の最初の録音となりました。
曲目は、アルバムタイトルのヴィヴァルディのマニフィカート、バッハのカンタータ
51番、ヘンデルの「
Laudate pueri Dominum」、そしてカークビーのパートナー、アンソニー・ルーリーによって蘇演された
18世紀イギリスの作曲家ウィリアム・ヘイズの「ザ・パッションズ」というラインナップです。
共演している合唱団がアントニー・ウォーカーの指揮による「カンティレーション」、ご記憶の方もおありでしょうが、これは
フォーレのレクイエムのネクトゥー・ドラージュ版を録音していたコンビです。その時のオーケストラはモダン楽器でしたが、今回はピリオド楽器による「古楽」オーケストラです(変わったネーミングですね。ヨーロッパからは「対極」にあるという意味なのでしょうか)。
バッハのカンタータは、合唱が入らないソプラノのためのソロカンタータです。コロラトゥーラ満載の技巧的な曲からしっとりしたアリア、そしてシンプルなコラールまで全部一人で歌いきるという、カークビーファンにとってはたまらないものです。彼女の声やテクニックには、全くなんの不安なところもありませんし、バックのオーケストラともども(ソロトランペットがすごい!)非常に高いレベルにある演奏には違いありません。しかし、やはり、確かに以前はあったはずの「彼女にしかできない」という部分があまり感じられないのは予想通り、ちょっと残念な気がします。
ヴィヴァルディになると合唱が加わります。この団体でフォーレを聴いたときの印象は「ちょっと冷たい肌触り」というものでした。今回もその時と同じ印象、とてつもなくうまいのだけれど、どこか醒めていて熱く迫ってくるものが感じられないのです。しかし、この曲の場合、それが逆に作用してちょっとすごい演奏が生まれています。「
Deposuit potentes」という曲は、その前の「
Fecit potentiam」という激しい楽想の曲からアタッカでつながっているのですが、なんと合唱とオーケストラの全てのパートがユニゾンで演奏するという、ちょっとすごいオーケストレーションになっているのです。ここでのその合唱が、まさに
一糸まとわぬ・・・ではなくて、一糸乱れぬ完璧な「ユニゾン」を披露しているのですよ。こうなってくると、さっきの「冷たさ」は人の声をまるで「楽器」のように聴かせる作用をもたらし、本物の楽器たちとの見事な一体化を見せてくれるのです。これは、ちょっとショッキングなヴィヴァルディ。
ショッキングは、別のところにもありました。「
Et exultavit」はソプラノ2人とテノールのトリオで歌われますが、カークビー以外に合唱団のメンバーがソリストとして参加しています。そのソプラノの人が、カークビーとそっくりの声なのですよ。トリオとは言っても、同時に歌うわけではなくそれぞれのソリストが順番に出てくるのですが、最初に出てきた女声2人が、全く同じ人に聞こえてきたのです。こんな人たちが歌っているのですからこの合唱団が「うまい」のは納得。同時に今やカークビーと変わらないほどの才能が数多く育っていることを実感させられたのでした。
フォーレでで見せてくれた派手なティンパニと醒めた合唱の対比は、「ザ・パッション」でも味わえました。これがこの指揮者の芸風なのでしょうか。