Christiane Oelze(Sop)
Rosemarie Lang(Alt)
Peter Schreier/
Favorit- und Capellchor Leipzig
Neues Bachisches Collegium Musicum Leipzig
DECCA/442 9113
バッハの「マルコ受難曲」(
BWV247)は、
1731年の3月
23日にライプツィヒの聖トマス教会で初演されましたが、その楽譜は消失してしまっています。現在残されているのはテキストだけ。ただ、その内容はバッハの他の作品や、他人の作品のパロディ(使い回し)であるらしいとの情報を頼りに、何種類かの「復元」バージョンが作られていて、それぞれ実際に演奏されたCDも出ています。とりあえず手元には、サイモン・ヘイズという人の復元によるロイ・グッドマンの演奏(
MUSICA OSCURAの
BRILLIANTによるライセンス盤)がありましたので、その概要を知ることは出来ていました。新聞連載も始まりましたし(それは、「ちび
まるこ」)。
今回「
ELOQUENCE」という
UNIVERSALの廉価盤でリリースされたシュライアーの演奏は、ディートハルト・ヘルマンという人が復元した版が用いられているものです。こんな扱いですから当然再発売だと思っていろいろ調べてみたのですが、この、
1997年頃に録音された音源は、一度もリリースされた形跡がないのです。ひょっとしたらこれが初出なのでしょうか。だとすれば、思いがけない掘り出し物ということになります。
「マタイ」などはCDを3枚使わなければ収録できない長さですが、「マルコ」の場合、ヘイズ版ではCD2枚組、2時間もかかりません。というのも、曲の大部分はレシタティーヴォとコラールが占めていて、ソリストによるアリアは6曲しかないからなのです。さらに、このヘルマン版になると、演奏時間はたった
68分
29秒、バッハの受難曲が1枚のCDに収まってしまうことになりました。これは、第1部でコラールを2曲、第2部でアリアを1曲カットしているということもありますが、何よりも本来はレシタティーヴォや合唱などで歌われるべき福音書のテキストを、そのまま「朗読」しているということが大きな要因です。アリアやコラールは他のものを転用することが出来るでしょうが、レシタティーヴォではそのまま置き換えるのはちょっと無理(コープマンあたりはすべて自分で作ったそうですが)、それならいっそのことただ読むだけにしてしまおう、という発想なのでしょう。もちろん、バッハの音楽としてはあり得ない形なのですが、ここで朗読を担当しているヴォルフ・オイバという人がなかなか熱のこもった語りを聴かせてくれていますから、これはこれで楽しめます。彼が演じるのはエヴァンゲリストの他にイエスやペトロ、ピラトに群衆と、まるで「紙芝居」を聴いている感じです。
冒頭の合唱はヘイズ版と同じカンタータ
198番からの転用ですが、切れの良いオーケストラのリズムに乗って現れた合唱には、ちょっとびっくりしてしまいました。人数は少なめなのでしょう、とてもシャープでいきがいいのです。ソプラノがとてもしっかりしていて、表情も細やか、音楽全体がとてもテンションの高いものに仕上がっています。エヴァンゲリストの「朗読」が終わってコラールが始まると、またびっくり。カンタータや受難曲のコラールといえば合唱パートとユニゾンでオーケストラが入っているものですが、ここではア・カペラで歌われていたのです。無伴奏で聴くこの合唱の、なんと素晴らしいことでしょう。ピッチは安定しているし、音色もきれいにまとまっている上に、極上の表現が付いているのですからね。その表現、指揮をしているシュライアーの、まさに全盛期のものを思わせるような表情を持っていたのが、面白いところです。
実は、第2部の最初のアリアを、シュライアー自身が歌っています。これが、往年の張りは全くなく、ちょっと悲しくなるような演奏でした。しかし、この合唱が聴ければ、十分に満足のいくCDです。なんせ、こんな珍しいものが
1000円もしないで買えるんですから。