おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
2018年 02月 02日 ( 1 )
訃報
 ニューフィルの公式サイトの掲示板や、公式Facebookではお知らせしておきましたが、団員のSさんが急にお亡くなりになったそうです。私のところにそんな情報が届いたのはきのうの夜中、Sさんご本人からはかなり迂回した経路での情報でした。そんな得体のしれないところからなので、もしかして何かの間違いで、ツイッターを乗っ取られてデマが流されたのかも、と思ってしまいましたよ。
 でも、今日になってきちんとお通夜やお葬式の日取りも伝わってきたので、紛れもない事実だったのだと受け止めざるを得なくなってしまいました。
 だって、ほんの数日前にはぴんぴんしていたはずですよ。私の誕生日にもコメントをくれたりしましたし、私にハイレゾの音源を貸してくれるということで、おとといの練習の時にはUSBメモリーにお返しのつもりの音源を入れて渡そうと思ったのですが、来てなかったので珍しいな、と思ったぐらいです。その日だったんですね。亡くなったのは。言葉になりません。ご冥福をお祈りするばかりです。
 Sさんと私は、学生時代からの知り合いでした。大学の男声合唱団の他に入っていた仙台放送合唱団で、ほとんど私と入れ替わりに入ってきたような記憶があります。ですから、その頃は直接話をしたようなことはほとんどありませんでしたが、その頃まだ合唱団にいた愚妻や妹とは親しくしていたようでしたね。それからだいぶ経って、建築士だったSさんが建てたO先生のお宅の新築祝いに伺った時に、お目にかかっていたでしょうか。
 そして、それからさらに長い時を経て、今度はなんとニューフィルの団員としてSさんを迎えることになってしまいました。彼は合唱団員でしたが、妹の話によるとそれ以外にピアノも上手だったそうですが、ニューフィルにはコントラバスを抱えて入ってきたのです。なんでも、その半年前ぐらいからその楽器を始めて、先生に実際にオーケストラに入って勉強することを勧められた、というのですね。そんな人が、ニューフィルでやっていけるのかな、と、最初は思いましたね。
 でも、Sさんはとても熱心に練習に通ってきました。他のパートのことは私には分かりませんが、少なくとも邪魔をしているようには見えませんでしたね。しばらくすると、立派にパートの一員になっていたようでした。それよりも、他の団員とのコミュニケーションがすぐに取れるようになっていたのには驚きました。もう昔からの団員のように、ごく自然にオケの中に溶け込んでいたのですね。
 ニューフィルに加わる時期と前後して、私が仙台フィルの定期演奏会と東京公演の合唱団員としてベルリオーズの「レリオ」を歌った時にも、彼と一緒に歌っていました。サントリーホールの前で控室が開くまでの時間には、いつの間にか彼と昔の合唱団の話をし合っていましたね。
 最近では、オーディオ・マニアでもあったSさんと、いろいろな情報交換を行っていました。ハイレゾの話なども、かなりマニアックなことまで語ることが出来ましたね。ですから、おすすめの録音を貸してあげたりもしていましたね。その中で、2Lのブルーレイ・オーディオには、本当に素晴らしい音だと驚いてくれました。そういうところで共感できる人が、今までは周りにいなかったので、私もとてもうれしかったですね。
 それで、Sさんも、自分の持っている音源のリストを送ってくれて、何か聴きたいものがあればコピーしてくれるというので、その中で毛色の変わったピンク・フロイドやジョージ・ハリスンあたりをリクエストしておきました。さっき書いたUSBは、それをコピーしてもらうために渡そうと思っていたものです。
 今となっては、彼のご自慢の「サクラダ・ファミリア」にお邪魔できなかったのが心残りです。コンサートには何度もお誘いを受けていたのに、いつも都合が付けなくて行けませんでした。どうせいつかは、彼の手作りのスピーカーの音を聴くことができるだろうと思っていたのに、それはもうかなうことはありません。
 ヨットに乗ったり、練習にはキャンピングカーで乗り付けたりと、アウトドア派で健康には自信があったように見えていたのですが・・・
 安らかにお眠り下さい。
c0039487_08254796.jpg

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-02-02 22:30 | 禁断 | Comments(0)