おやぢの部屋2
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2018年 02月 15日 ( 1 )
MOZART/ Missa da Requiem
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Arthur Schoonderwoerd/
Gesualdo Consort Amsterdam(by Harry van der Kamp)
Cristofori
ACCENT/ACC 24338


「アルテュール・スホーンデルヴィルト」という、とても読むのが難しい名前のオランダの方は、フォルテピアノ奏者としてピリオド楽器のステージで名が知られています。飲み屋のおかみではありません(それは「アル中、スッピン、出るビール」)。実際、このレーベルから出ているモーツァルトのピアノ協奏曲集の弾き振りを聴いたことがあります。ただ、正直なところ、それほど心を動かされるような演奏ではなかったような記憶があります。
そのスホーンデルヴィルトさんが、なんとモーツァルトの「レクイエム」を指揮したアルバムを出したというではありませんか。この曲にはフォルテピアノのパートはありませんから、ここで彼はポジティーフ・オルガンを弾きながら指揮をしているようでした。
録音は、ブザンソンにある教会でのセッションで行われました。どうやらこのセッションでは、指揮者(オルガン)を中心にメンバーが真ん中を向いて円形に並んでいるようなのですね。面白いことに、指揮者の向かい側にいる合唱は、指揮者から見ると左にベース、右にソプラノという並び方になっています。
ただ、録音上は聴衆からの視線を基準にしているので、あくまで合唱はその逆、左がソプラノ、右がベースという定位になっていますね。これは普通の2チャンネルステレオですが、サラウンドでは合唱が後ろから聴こえてくることになるのでしょうか。
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合唱はこのブックレットの写真のように各パート2人という、普通この曲を演奏する時と比べるととても少ない人数です。ソリストのパートも、この合唱のメンバーが歌っています(もちろん1人で)。オーケストラはもっと少なくて、なんと「1パート1人」ですよ。これは、まさにバッハあたりの演奏でひところ流行ったものの、今ではすっかり下火になってしまったあの編成ではありませんか。
楽譜は基本的にジュスマイヤー版をそのまま演奏しているようですが、例えば「Benedictus」ではトランペットに、楽譜にはないティンパニを重ねています。今までの修復稿で、こんなことをやっているものはありませんでしたね、
いや、それよりも重大なのは、ここでは、当時のウィーンで行われていただろう実際の葬儀での典礼を再現しようとしていることです。ですから、音楽以外に、グレゴリア聖歌で何ヶ所か「祈りの言葉」が挿入されています。さらに、モーツァルトは作っていなかった「Libera me」が演奏されています。それはモーツァルトの死後、1800年頃にイグナツ・フォン・ザイフリートという人によって作られたものです。ザイフリートはあのエマニュエル・シカネーダー(「魔笛」の台本作家)の劇場の音楽監督を務めていた人で、これはモーツァルトの「レクイエム」の「おまけ」として作られ、なんでもベートーヴェンの葬儀の際に演奏されたのだそうです。
このCDがまさにその「世界初録音」になるのですが、それはなんともインパクトに欠けた凡庸な作品でした。いや、正確には2か所ばかりとんでもない「インパクト」はあります。それは、「Dies illa, dies irae」と「et lux perpetua luceat eis」というテキストの部分。そこでは、それと似たようなテキストのモーツァルトの「本体」の部分を丸ごと引用(「パクリ」とも言う)しているのですからね。
「世界初録音」はもう一つありました。「Lacrimosa」の後に、「Amen」が入っているのですが、それが、例えばレヴィン版のように、モーツァルト自身が作ったとされるテーマではなく、スホーンデルヴィルトの「オリジナル」が使われているのですよ。これも、意味不明。
そんなもろもろの付け足しがあるにもかかわらず、全曲の演奏は「たった」63分33秒しかかかっていません。それは、テンポがあまりにも素っ気ないため。ただでさえ人数が少なくてスカスカなところに、こんなあっさりしたテンポでは、とても「死者を悼み悲しむ」ような気にはなれません。何よりも、ここからは心に伝わる「歌」が全く聴こえてこなかったのには、別の意味で「悲しく」なってしまいます。

CD Artwork © note 1 music gmbh

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by jurassic_oyaji | 2018-02-15 21:26 | Comments(0)