おやぢの部屋2
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2018年 03月 06日 ( 1 )
STRAVINSKY/Le Sacre du Printemps, Pétrouchka
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青柳いずみこ(Pf)
高橋悠治(Pf)
R-RESONANCE/RRSC-20003(hygrid SACD)


先日聴いた「ピアノ版『春の祭典』」は、2台のピアノで演奏されていましたが、ストラヴィンスキーが作った楽譜はピアノ連弾のためのものでした。つまり、1台のピアノの前に2人のピアニストが並んで座って演奏する、という形態です。それらがどう違うのか、分かりますよね?「2台ピアノ」だと、どちらの人もピアノのすべての鍵盤を弾くことが出来ますが、「連弾」では、鍵盤に向かって右の人は真ん中から高い方の半分、左の人は低い方の半分しか弾くことが出来ません。つまり、奏者は「高音」と「低音」とに担当が決まってしまうんですね。連弾の場合、「高音」は「プリモ」、「低音」は「セコンド」と呼ばれます。そして、多くの場合、楽譜も横長になっていて、開いて右のページにプリモ、左のページにセコンドの譜面が印刷されています。
ただ、ペダルはセコンドの人が踏むことになっているようですね。もちろん、右のダンパーペダルのことで、プリモの方が足が近いので踏みやすそうですが、そういうことではなく、音楽的にセコンドが担当している和声のパートで、和音が切り替わるタイミングで踏めるように、ということなのだそうです。
ただ、そういう大まかのテリトリーはありますが、楽譜の上では時折それぞれが担当する音符が同じ場所に出てくる時があったりします。そんな時には、お互いの指が鍵盤の上で絡み合ったりするのでしょうね。
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こんな感じ。そういえば、今回のセコンド担当の高橋悠治は、かつてコンサートでのトークで「作曲家は自分のかわいい生徒(もちろん女性)と演奏中にイチャイチャしたいから、そのために連弾曲を作ったのだ」というような意味のことを語っていましたね。
ですから、先ほどの2台ピアノ版のCDの時にもご紹介したように、マイケル・ティルソン・トーマスがこのバージョンの世界初演を行った直後の1968年に、彼と共演していた悠治が同じ曲をそれから半世紀後に録音した時には、迷わず「連弾版」を選んだのでしょう。相方は女性ですし。
というのは冗談ですが(こういうのを真に受けて怒りのコメントを送ってくる人がいたりします)そもそも作曲家がドビュッシーと一緒に世界で最初にこの曲を音にした時には「連弾」でしたから、この方がオーセンティックだと考えただけのことなのでしょう。
その、ドビュッシーのスペシャリストとして活躍している青柳いずみこが、悠治から連弾の誘いを受けた時には、自分はドビュッシーがこれを弾いたときのパートであるセコンドをやるのだと思っていました。しかし、悠治は彼女にプリモをやるように勧めたのだそうです。これも、別に悠治が歳をとって(もう80歳!)プリモの早いパッセージを弾けなくなったためではなく、昔からセコンド、あるいは第2ピアノを弾きたがっていたようですね。実際にコンサートでピーター・ゼルキンや佐藤允彦と共演していた時には、どちらも悠治は第2ピアノを弾いていましたから。ただ、普通2台ピアノというと奏者が向い合せになるように配置するものですが、その時には同じ方向に並べて、2人がすぐそばにいるという配置になっていました。これだと、連弾と同じように互いの呼吸を間近に感じることができるのでしょう。
今回の連弾でも、そんな悠治が目指しているアンサンブルを感じることが出来ます。というか、ソロの時もそうですが、彼は常に何か周りを煙に巻くようなオーラを漂わせていますから、そんな尋常ではない雰囲気が、ここからもぷんぷんと伝わってくるのですね。つまり、彼のパートは確かにアンサンブルは作っているのに、そこから彼ならではの個性的な弾き方がはっきり聴こえてくるのですよ。一度それに気が付いてしまうと、一瞬、そこで彼はいったい何をやりたかったのかを考えたくなってしまいます。そんなことが次々に押し寄せてくるスリリングな体験が味わえる、稀有なSACDです。

SACD Artwork © R-Resonance Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-03-06 23:12 | ピアノ | Comments(0)