おやぢの部屋2
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2018年 05月 15日 ( 1 )
HÄNDEL/Johannes-Passion
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Roland Wilson/
La Capella Ducale
Musica Fiata
CPO/555 173-2


バッハとヘンデルは同じ年に生まれ、同じ眼科医のへたくそな手術のせいで亡くなったという共通点があるので、とかく並べて語りやすいところがあります。
ただ、バッハはカンタータを「量産」し、そのジャンルでの最高峰と言える「受難曲」も作りました。ヘンデルの場合は、それに近い人気を誇るのが「メサイア」というオラトリオだけなのでしょう。ですから、こんな「ヘンデルのヨハネ受難曲」などという作品が残されていたなんて、全然知りませんでしたよ。
ただ、同じ「受難曲」でも、1716年に作られ「ブロッケス受難曲」は割と有名ですね。ヘンデルだけではなくカイザー、テレマン、マッテゾンといった人たちがバルトルト・ハインリヒ・ブロッケスという人のテキストを使って競って作った、当時の大ヒット受難曲群ですね。妖怪ではありません(それは「ブロッケン)」。
今回の「ヨハネ受難曲」はそれより前、1704年に作られたとされています。もちろん、これは伝統的な福音書をテキストに用いています。
しかし、実際にこの曲を演奏している指揮者のローランド・ウィルソンが書いたライナーノーツを読んでみると、どうもこれはヘンデルの作品ではないようですね。そもそも、この楽譜が発見された時には、そこには作曲家の名前は記されていませんでした。その時に、発見者がヘンデルの作品だとして出版してしまったため、この「ヨハネ受難曲」は1960年代の後半ごろまでヘンデルの作品とされていただけなのです。
しかし、その後の多くのヘンデル研究家たちの調査によってそれが怪しくなってきました。これがヘンデルの作品ではないという最大の理由は、同じ時期に作られたとされる彼の最初のオペラ「アルミーラ」との様式上の一致を見出すことが出来ないということのようですね。ですから、今ではこれはゲオルク・ベームあたりの作品なのではないか、と言われています。
おそらく、実際に教会の礼拝で演奏されたと思われるこの受難曲は、バッハの作品のように間に説教を挟むために2つの部分に分かれています。ただ、演奏時間は全部で1時間足らずという短さです。それは、テキストが始まるポイントが、バッハよりかなり後の部分、もうイエスは捕えられてピラトの前に連れて行かれ、そこで民衆が「バラバ!」と叫ぶすぐ後からになっているからです。
さらに、この受難曲はこの時代の様式、福音書のテキストに音楽を付けて歌うというだけではなく、その間に自由詩のテキストによるアリアやデュエットが入るという形をとっていますが、それらの曲がとてもコンパクトだということもあります。ほとんどが1分前後のシンプルな曲、メロディも素朴です(1曲だけ、しっかりとしたダ・カーポ・アリアの形を取った「立派な」ものもあります)。面白いのは、バッハの場合ではイエスの言葉もレシタテイーヴォで歌われていますが、この「伝ヘンデル版」では限りなく「アリア」に近く、旋律もメロディアスで、同じテキストを何度も繰り返す形になっていることです。
ただ、この曲では「コラール」が歌われることはありません。その代り、ということでしょうか、おそらく指揮者のウィルソンの裁量で、ヨハン・クリューガーのコラールが、第1部と第2部の頭に演奏されています。
その、第2部に使われているコラールは、バッハが「マタイ」の中で3回使っている有名な曲でした。そして、それを用いて作られているのが、このアルバムのカップリング、やはりヘンデルの作品とは言われていても今ではほぼ偽作とされているコラールカンタータ「Ach Herr, mich armen Sünder(ああ主よ、哀れなる罪人のわれを)」です。
いずれも、ここで演奏している、それぞれがソリストの8人のメンバーが集まった「カペラ・ドゥカーレ」というアンサンブルは、とても澄み切った声とハーモニーで、これらの愛らしい作品に確かな命を吹き込んでいます。作曲家がだれであろうと、作品が美しければそれでいいんです。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2018-05-15 09:07 | 合唱 | Comments(0)