おやぢの部屋2
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2018年 09月 12日 ( 2 )
Yさんという指揮者ですが
 ニューフィルでは、秋の定期演奏会に向けての指揮者練習がまだ2回しか終わっていないというのに、もうすでにその次の来年春の定期演奏会のパート譜が配られ、すぐにさらえるようになっています。確かに、そのコンサートでは普段はあまりやらないフランス音楽だけのプログラムですから、譜読みだけでも結構大変なので、時間がかかることを見越してのことなのでしょう。
 もちろん、私も、なにしろ今回の演奏会はヒマですから、すでに楽譜が配られる前にネットからダウンロードして譜読みを始めていましたけどね。実際にパートが決まってみると、「魔法使いの弟子」には乗らないことになったので、逆にこの曲ではすべてのパートで代奏の可能性が出てきてしまいました。ですから、乗り番の曲のほかに、それもきちんとさらわないといけなくなりましたよ。
 そんな、「魔法使いの弟子」モードになりかけた時に、さる指揮者がコンサートでこの曲の「ストコフスキー版」を演奏した、というニュースが伝わってきました。この曲は、なんと言ってもディズニーの「ファンタジア」の代表的なナンバーとして有名ですから、ストコフスキーとのかかわりは大きなものがあります。というか、あの映像からこの曲を知った、という人も、今では多いのではないでしょうか。もちろん、あのアニメの中で演奏しているのがその「ストコフスキー版」なのでしょうね。
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 正直、私はあそこでは原曲をそのまま演奏しているのだとばかり思っていましたから、これはちょっとしたショックでした。それで、いったいどのぐらい手を入れているのかを、さいわい手元にスコアもありますから、確かめてみることにしましたよ。
 そうしたら、まず22小節から2小節新たに挿入されているところが見つかりました。そこでは、その前のホルンのフレーズのエコーのようなものが演奏されています。
 ところが、彼がこのように新しい素材を加えたのはこの部分だけ、それ以後は、ひたすら小節をカットしていく作業が続きます。それは、
123小節目から3小節
132小節目から3小節
141小節目から6小節
177小節目から11小節
228小節目から12小節
285小節目から9小節
304小節目から3小節
313小節目から3小節
321小節目から3小節
360小節目から3小節
378小節目から6小節
396小節目から3小節
450小節目から3小節
729小節目から6小節
816小節目から3小節
825小節目から6小節
873小節目から6小節
909小節目から6小節
933小節目から2小節

 という19ヵ所、合計97小節がカットされていたのです。差引95小節、原曲より少なくなっていました。オリジナルは940小節ありますから、その1割以上が少なくなっているということですね。
 どうやら、ストコフスキーの仕事はこれだけだったようです。オーケストレーションなどは1ヵ所ピッコロが楽譜と違う音を出しているところを確認できましたが、それ以外はまず原曲に忠実に演奏しているようです。いや、アニメでは動きに合わせてやたらとシンバルが追加されていますが、それはSEとみなすべきでしょう。
 もちろん、カットした場所を含めて、全て耳で聴いただけでの判断ですから、本当は違っているかもしれませんから、その辺はおおらかに。
 とにかく、このカットは細かいんですよね。確かに、これが施されているところは冗長気味ですから、3小節ぐらいカットしても誰も気が付かないのではないでしょうか。
 はっきり言って、こんな作業に音楽的な意味など全く感じることはできません。ですから、正直、こんなものを「ストコフスキー版」と言われても、本人はあまりうれしくないような気がするのですけどね。
 さらに、ちょっと気になるのは、このアニメのためのフィラデルフィア管弦楽団との録音は1937年の12月から始まるのですが、その直前の1937年の11月に同じオーケストラに録音したものでは、こんなカット(と追加)は一切行っていないのですよ。つまり、ストコフスキーは、ここではオリジナルをそのまま演奏しているのです。ですから、そもそも「ストコフスキー版」などというものは、存在してはいなかったのではないでしょうか。彼がこんなチマチマとしたカット作業を行ったのは、コストを下げるためにアニメの尺をひたすら縮めるためだったのではないのか、と本気で勘繰りたくなってしまいます。
 そんなものを、わざわざ「ストコフスキー版」と銘打って演奏した指揮者って・・・
 でも、私はそのコンサートは聴いていないので、それがどういうものだったのかは知る由もありません。もしかしたら「ファンタジア」以外の「ストコフスキー版」というものが存在していたのかもしれませんね。
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by jurassic_oyaji | 2018-09-12 21:37 | 禁断 | Comments(0)
PARK/Choral Works
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Stephen Layton/
The Trinity College Cambridge
HYPERION/CDA68191


イギリスの作曲家オワイン・パークは、1993年生まれという若さにもかかわらず、多くの有名な合唱団から作品を委嘱されている売れっ子です。彼の作品は殆どが合唱関係のもの、その次に多いのがオルガン・ソロのための曲です。それ以外には室内楽の作品がいくつかと、今のところオーケストラの作品は小さな「ファンファーレ」1曲しかないようですから、基本的に合唱曲がメインの作曲家ということになるのでしょう。
彼自身も、実際にソリスト、あるいは合唱団のメンバーとして歌っていますし、もちろん指揮も行っています。さらに、オルガニストとしても活躍しています。
彼の合唱作品は、これまでも多くのアルバムの中に収録されてきました。最近聴いたものでは、こちらのポール・マクリーシュとガブリエリ・コンソートのアルバムの中での、「Ave maris stella」がありました。さらに、ナイジェル・ショートとテネブレのアルバムでも「Footsteps」という曲が紹介されていたはずです。
そして早くも彼の「ソロ・アルバム」がレコーディングされました。これまでに彼に多くの作品を委嘱してきたスティーヴン・レイトンとケンブリッジ・トリニティ・カレッジ合唱団が、「もうそろそろ作ってもいいだろう」と思ったのでしょうね。
彼の公式サイトによれば、2014年からレコーディング時の2017年までに作られたア・カペラの合唱作品は23曲ありますが、その中の14曲がここで演奏されています。
そんな、ほとんど「アンソロジー」とも言うべきこのアルバムで、彼の作品をまとめて聴いてみると、そこからはなにかこの作曲家が他の人とは完璧に異なる感性をもっているな、という思いがこみ上げてきます。正直、これらの作品には、今の作曲家にありがちな「美しいメロディ」などはほとんどありません。しかし、彼の作品には、そんな上っ面なキャッチーさには頼らなくても、真の「美しさ」を伝える術が備わっているのではないか、と強烈に感じられる瞬間が、確かにあるのですよ。
それは、たとえば独特な和声感。それは「~風」と呼んでしまうにはあまりにも独創的なものです。つまり、ここではほとんど「フランス風」と言っても構わないようなふわふわした和音は登場するのですが、それらはメシアンやプーランクの作品には現れるものとは微妙に異なっているのですね。それはまさに「パーク風」でしかないのです。
もう一つの彼のユニークさは、過去の作曲家の作品、あるいはその時代の音楽の巧みな引用です。長い歴史の中に埋もれずにまだ影響力を持っている素材に、彼が手の内にした独特の技法を施して、得も言われぬ美しさを作り上げる、そんなことがいともたやすくできる人なのでしょう。
最後の「The spirit breathes」という曲だけは、合唱はオルガンと共演しています。このオルガン・パートが、合唱とは別の意味でとても秀逸、そこでは、「美しさ」をあえて封印してまで、オルガンの機能を全開にさせて刺激的に迫る、パークの音楽に対する別のアプローチを体験することが出来ます。彼のポテンシャルは無限なのでは、とさえ思えてきます。最後にオルガンで「Happy birthday to you」のメロディが引用されているのは、この作品がさる教会の225周年とともに、新しいオルガンが「誕生」したことを祝うために委嘱されたことに対する、彼なりのジョークなのでしょうか。
そんな「すごい」人なのですが、このアルバムではその「肉声」を聴くことが出来ます。彼は実はこの合唱団のメンバーで、ベースのパートを歌っているだけではなく、「Trinity Fauxbourdons」という曲の中の「Nunc dimittis」ではソロを歌っているのです。それは、とても包容力のある暖かい歌声でした。
彼の名前は、この合唱団の前作、2017年1月に録音された「ロ短調ミサ」のメンバー表にも見られますから、その頃に参加したのでしょう。自作を録音する時に、よく作曲家が立ち合うことがありますが、彼の場合はメンバーとして立ち会っていた、というのが、やはりユニークですね。

CD Artwork © Hyperion Records Limited

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by jurassic_oyaji | 2018-09-12 00:23 | 合唱 | Comments(0)