おやぢの部屋2
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2018年 10月 19日 ( 1 )
ブーニンがそのはしり
 だいぶ前に、新聞広告で中央公論が「クラシックに未来はあるか」という特集を組んでいたことを知りました。こういう雑誌ですから、最初はよもやその「クラシック」が、「クラシック音楽」だとは思わず、ゴルフとかファッション関係の語彙だと思ってしまったのですが、その執筆者は確かによく知っている「クラシック音楽」に携わっている人たちだったので、これは音楽に関した特集であると理解したのです。
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 もちろん、この雑誌のメインは「米中関係」みたいですから、「クラシック」でそんなに重要な議論がなされているとは考えにくいので、買ってまで読もうとは思いませんでしたね。本屋で、その部分だけ立ち読みでもいいかな、と。でも、最近はちゃんとした本屋に行く時間もないような状態なので、スーパーやコンビニの雑誌売り場を探してみたのですが、そこにあるのは「文芸春秋」だけでした。
 ですから、もう少しまともな本も扱っていて、かろうじて通勤圏にあるTUTAYAに行ってみると、やはり「文芸春秋」しかありません。その辺にいた店員さんに聞いてみると、「文芸春秋ですかあ?最近見ないですね」ですって。仕方がないので、Amazonで買ってしまいましたよ。
 まず、最初にこの本を見て驚いたのは、広告がほとんどないことでした。私が普段目にしている音楽雑誌などは、「記事のように見せかけた広告」を含めればほぼ100パーセント広告で出来ているようなものですから、これほど「普通の」文章だけが並んでいる雑誌にお目にかかると、ほとんどカルチャー・ショック状態です。よくこんなんでやっていけるものですね。
 それで、その「クラシック特集」とやらは、全ページの10パーセントほどのページ数が割かれていました。これを多いと見るか少ないと見るかは私には分かりませんが、こんな、正直「音楽」とは全く縁がないと思える雑誌で取り上げたにしては健闘しているな、という印象ですね。
 ただ、その内容は悪い意味で期待通りでした。ここにあるのは、もうすでに議論しつくされたことばかりで、私にとっては何ら目新しいものはありませんでした。要は、「クラシック」というイベントが、「経済活動」としてしかとらえられていないんですよね。それでもってそんな「経済的」な危機感をどのようにしたら払拭できるか、ということを一生懸命論じているのですよ。
 いや、きちんと音楽について語られている部分もありますよ。ただ、そこで重要なのは、「いかにしたら日本独自のクラシックを発信できるか」という点のようにしか思えてきません。なんでそんなに「日本」ということにこだわるのでしょうね。そもそも「クラシック」というのは、日本にはなかった文化ですから、いまだに本気でそれを愛している人はきわめて少ないのですよ。逆に、そういう人が少ないからこその価値があるのです。まあ、それを「優越感」と言っても構わないでしょう。ですから、「クラシック」はあんまり世の中に広まってはいけないんですよ。
 それを、無理に広めようとするから、そこにおかしなことが起こってくるのです。それが、この特集の中でどなたかが述べていた「クラシックのアイドル化」です。そこまでして「クラシック」を広めて、どうするのでしょう。勘違いしてはいけません。「クラシック」は、ファンが少ないからこそ、その価値が高まるのですよ。まあ、骨董品ですね。
 きのうも書きましたが、そんなクラシック・ファンが本当に素晴らしい演奏に接した時にその気持ちを表現しようとして発する「拍手」にまで、「マナー」という名の規制がかけられようとしています。こんなバカげたことは、「クラシック」が一応根付いているヨーロッパなどではありえません。あのメシアンの曲だって、手元にあるライブ音源や映像では、最後の音が消えるや否や、盛大な拍手が沸き起こっていましたからね。
 もっと言えば、オペラハウスやコンサートホールの映像では、カーテンコールでスマホをかざして写真を撮っている人をたくさん見かけますが、日本のホールではそんなことをしようものなら、警備員が血相を変えて駆け寄って、阻止しようとしますからね。本当ですよ。
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by jurassic_oyaji | 2018-10-19 21:22 | 禁断 | Comments(0)