おやぢの部屋2
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2018年 11月 15日 ( 1 )
ベートーヴェン捏造-名プロデューサーは嘘をつく-
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かげはら史帆著
柏書房刊
ISBN978-4-7601-5023-6


サブタイトルの下の「サブサブ」タイトルはドイツ語で「または、アントン・フェリックス・シンドラーの伝記」です。
そう、これは「ベートーヴェンの伝記を書いた人」とか「『交響曲第5番』を『運命』と呼ぶようにさせた人」として音楽史に登場するあのシンドラーの伝記なのです。かつては、彼が作り上げた「偉人」としてのベートーヴェン像は絶対的なものとして世の中に広まっていましたが、研究が進む中ではそれに対しての疑問も浮かび上がってきています。なんと言っても、ベートーヴェンの耳が不自由になった時にベートーヴェンと出会ったシンドラーは、会話の時に相手が筆談のために使っていた膨大な量の会話帳(ベートーヴェンは喋ることは出来たので、それは記録されてはいません)を盗み出し、その大半を破棄したり、自分に都合の良いように新たな「会話」を書き込んだりしていたのですからね。これは、まさに「窃盗」と「公文書偽造」、れっきとした犯罪です。
ですから、現在では彼は「ベートーヴェンの研究における最大の汚点」とまで言われてしまっています。今ではその伝記にしても、「運命」という呼び名にしても、もはやだれも信用しなくなったのは当然のことです。
この本は、シンドラーがそのような「犯罪」に手を染めるベースになったであろう彼のベートーヴェンに対する熱い思いを克明に語ったものです。
そこで著者が用いたツールが、その「会話帳」の現物です。なんでも、この本の元になったものは、著者が大学院を卒業する時に書いた修士論文なのだそうです。当然、その論文と同じようにこの本の巻末にもその「参考文献」の一覧が表記されていて、本文中では終始参照されていますが、その数には圧倒されます。
そんな、データ的には学術論文に匹敵するものをバックボーンとして著者が作り上げたのは、とことんエンターテインメントに徹した「物語」でした。なんせ、シンドラーを始めとする登場人物のキャラの立っていること。もう一人の主役のベートーヴェンや、フェルディナント・リース、カール・ホルツといった敵役など、まるで顔が見えるように生き生きと描かれています。これがもし実写化されるようなことでもあれば、リース役はさだめし中村倫也あたりでしょうか。
このあたりの手法は、著者が前作「運命と呼ばないで」の中で「なるべく等身大のリアリティを感じてもらいたいので、流行のワードを入れたり、現代に通じる比喩的なイメージをまじえたりというデフォルメを行っています」と語っていることを踏襲しているのでしょう。あちらはマンガでしたからよかったのでしょうが、ここではそれはちょっとやり過ぎのような気もしますね。ただ、この作品の最後の最後には、当のシンドラーが涙目でワンカットだけ登場しています。それは、もしかしたら本作への伏線だったのかもしれませんね。
そのシーンは、ベートーヴェンの「第9」の初演のアンコールの現場でしたね。これを読んだ時には、その意味がいまいち分かりませんでしたが、今回の著作を読み終えた時には、この時のシンドラーの心境は手に取るようにわかるようになっていました。
なにしろ、文章のキレが良く、展開が鮮やかなんですよね。チャプターの終わりにいかにも謎めいた「これから何が起こるのか」と思わせられるようなフレーズを挟まれては、嬉々として読み続けるしかないじゃないですか。それこそ東野圭吾のミステリーを読むようなノリで、一気に読破してしまいましたよ。
ただ、残念なことに、何箇所か校閲の手をすり抜けてしまった部分が残ってしまったようですね。34ページの6行目の「懸命な判断」は「賢明な判断」でしょうし、167ページの10行目の一番下にある「シンドラー」は、文脈から考えると「ヴェーゲラー」ではないかと思うのですが。どうでしょう?

Book Artwork © KASHIWASHOBO Publishing Co.,Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2018-11-15 23:06 | 書籍 | Comments(0)