おやぢの部屋2
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ブルーがかわいいですね
 なんたって、私のハンドルネームが「ジュラシック」ですから、最新作の「ジュラシックワールド/炎の王国」は見逃すわけにはいきません。いや、別に見逃してもいずれWOWOWで見れるので全然構わないのですが、やはりこれだけは劇場で見ておきたいですからね。
 そこで、このところのお気に入り、TOHOシネマズで上映時間を調べてみると、なんだか字幕版の上映回がずいぶん少なくなっているようでした。吹き替え版の半分もないのですよ。なんか、スクリーンも一番小さいところみたいですし。劇場で吹き替え版なんて絶対に見たくありませんから困ったものだ、と思っていたら、なんと字幕版は「IMAX」がメインで上映されるような体制になっていたのですね。「イマックス」じゃないですよ。「アイマックス」です。最近は普通の映画だったら劇場で見るより自宅で見た方がいいかな、と思うようになっているのですが、「IMAX」に限っては、絶対に自宅では再現できませんから、これはラッキー、でした。というか、仙台にTOHOシネマズが出来た時に、やっと仙台でも「IMAX」が見られるようになったのですが、いまだにその恩恵にあずかれないでいるものですから。なんたって、「ゼロ・グラビティ」を「IMAX」で見たくて、わざわざ浦和まで行ったりしてましたからね。
 ただ、「IMAX」の場合は料金設定が普通のと違っているのが問題です。普通の大人1800円の映画は私は1100円で見られますが、そんな割引がきくのかどうか、まず確かめなければ。それで、いつもは券売機でチケットを買うのですが、わざわざ店員さんが対応してくれる売り場で買ってみました。幸い、しっかり割引もきいて、IMAX+3D+メガネ買い取りで900円余計に払わされて、ちょうど2000円で見られることになりました。
 IMAXのスクリーンは、フロントからさらに上にエスカレーターで登ったところにありました。
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 入り口がスクリーンのすぐ前になっているので、そのスクリーンの大きさがよく分かります。IMAXの特徴は、普通のスクリーンより縦方向に長くなっているんですよね。ですから、それをきちんと体験するのには、真ん中辺に座るのが一番いいことが分かっていましたから、そのあたりの席をとりました。まだ公開から1週間しか経っていないのに、客席はスカスカでしたね。
 ただ、本当のIMAXは、カメラも専用のものが使われて、そういう縦にも長い画面になっているのですが、この作品の場合は、普通にワイドで撮ったものをIMAXに変換したもののようでしたね。ですから、スクリーンの上下に隙間が出来ていたのが、ちょっと悲しかったですね。それでも、3Dの画面はなかなか楽しめました。
 そして、サウンドは、ものすごい音でしたね。やっぱり、こんなのを自宅で再生することはとても不可能です。ただ、音楽はちょっと陳腐でしたね。それこそ「ゼロ・グラビティ」あたりで、最新の映画音楽の可能性を見せつけられていたので、これは全然物足りませんでした。
 結局、このシリーズは「生きた」恐竜を見られるのが、最大の魅力なんでしょうね。そのための手法は第1作から変わっていなくて、実体のないCGと、実際に「物」として動いているロボットを上手に組み合わせています。そのどちらとも、作を追うごとにクオリティが上がっているのがよく分かります。おそらく、その違いを実際に見てもらいたくて、わざわざ第1作と同じシーンを作ったりしていましたからね。はいはい、それは十分に分かりましたよ。
 まあ、その分ストーリーは、はっきり言ってどうでもよくなっているのではないでしょうかね。なにやら哲学的なことを、「レジェンド」のジェフ・ゴールドブラムに語らせてたりしますが、なんか底の浅さしか感じられません。人間までクローンだったというのは、いかにもとってつけたような設定ですね。そして、あのエンディング。これは、もう次回はない、と考えていいのでしょうね。
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# by jurassic_oyaji | 2018-07-22 21:10 | 禁断 | Comments(0)
音楽業界の動向とカラクリがよ~くわかる本[第4版]
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大川正義著
秀和システム刊
ISBN978-4-7980-5136-9


秀和システムから数多く出版されている「よ~くわかる本」というハウツー本のシリーズの一環で、こんなものを見つけました。なにやら、音楽業界の最新の情報が詳しく分かりそうなタイトルですね。しかも「第4版」というのですから、改訂を重ねてより新しい事項を盛り込もうという著者の熱意も感じられます。調べてみると、「第2版」は2010年、「第3版」は2013年、そしてこの「第4版」は2017年に刊行されていますから、それだけこの業界の変化は激しいのでしょう。
ただ、普通の「音楽ファン」が知りたいような情報は、ここにはあまり見当たりません。これはあくまで音楽産業という「ビジネス」の世界での話がメインになっている本で、正直ちっとも面白くありません。
そんなガチの業界本だと思っていると、ところどころに著者のレコーディング・エンジニア時代の体験談とかそれに関したスナップ写真などが現れます。ただ、この本の流れから行くと、そういうコンテンツにはとてつもない違和感を抱かざるを得ません。経営者としての視点と、現場の職人としての視点がごっちゃになっているんですね。
そんな、とんちんかんな感覚が如実に表れているのが、最後あたりの「補足」での「音楽業界の主な職種」というコーナーです。そこには、「音楽業界に就職しよう!」という見出しのもとに、「就職先」が語られているのですが、そこに「作詞家」、「作曲家」、「アーティスト」などという項目があるのですよ。そこに、「就職先として考えるのは無理があります」なんてコメントがあるんですから、完全に矛盾してますよ。
その「補足」の「資料編」というところをさらに読み進んでいくと、こんなページがあったのには本当に驚いてしまいました。
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なんと、これはまさに2000年2月29日に発行された「かいほうげん」のNr.116に掲載されていたものではありませんか。ということは、著者はこれを目にしたことがあったのでしょうか。いやぁ、可能性として考えられないこともありませんが、これはそのまま「ジュラシック・ページ」のコンテンツとしてこちらにアップしてありますから、それを見てパクったというのが正解なのでしょうね(作った者としてはパニクってしまいます)。
その行為自体はけっこう嬉しかったりもしますが、著者が作り直したこのチャートには問題がありすぎます。まず、右の上の方に「1895年 米国 ベルリーナ・グラフォフォン設立」というのは、「ベルリーナ・グラモフォン」の間違いです。どうせコピペするのなら、きちんと元の資料に忠実にやってほしいものです。年号も微妙に違っていますが、まあこれは諸説あるので許しましょうか。
そして、ここでは、「かいほうげん」にはない項目が追加されています。「かいほうげん」ではあくまでEMIに限ってのチャートを作っていますから、「世界のメジャーレコード」というからにはそれ以外のレーベルを追加しなければいけません。そこでまず、「1962年 英国 米デッカレコード買収」という箱を追加しています。これは主語がないという不思議な文章、しかも「英国」ではなく「米国」の話です。この年に、かつては英デッカの子会社から独立したレーベルだった米デッカが、MCAに買収されたということを書きたかったのでしょう。それと、ここではEMIはユニバーサルミュージックに吸収されたような書き方がされていますが、これもクラシックに関しては間違い、現在ではほとんどのクラシックのアイテムは、ユニバーサルではなくワーナーからリリースされています。
こんなデタラメなものが「かいほうげんをもとに作成」などと言われるのは、非常に迷惑です。その前に、「本書の全部または一部について、出版元から文書による承諾を得ずに複製することは禁じられています」と言っている「出版元」が、「かいほうげん」(あるいは「ジュラシック・ページ」)の作成者の承諾を得ようとしなかったのには、笑えます。

Book Artwork © Shuwa System Co., Ltd.

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# by jurassic_oyaji | 2018-07-21 20:54 | 書籍 | Comments(0)
ニューフィルの翌日が初日
 ということで、晴れて今度の定期演奏会のチラシが完成しました。前回のタイトルの直しの他に、ソリストがコンクールの入賞者なので、コンクールの事務局の計らいで「日立システムズホール仙台」と「仙台銀行ホール」という、2つの仙台市のホール(そんなの、あったっけ?)でもチケットを預かっていただけることになったので、それも校了ギリギリに追加していたはずです。今回は、そんな急な展開にもかかわらず、いつのもデザイナーさんはしっかり対応してくださって、完璧なものが出来上がりました。
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 この「消し難きもの」をこの間練習した時には、新田さんはおそらくそれまでには誰も聞いたことのないような解釈を披露して下さっていました。そこに、わざわざチラシでもこのタイトルを大きく扱った意味があるのですが、私は以前新田さんがお書きになったこの本を読んでいたので、すんなりついていけました。
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 そこで、もう一度読み返してみたら、実際にこの曲の具体的な部分での細かい説明(それは、すべて客観的な資料に基づいています)が書いてある部分があったことに気づきました。ですから、その部分だけでも次回の「かいほうげん」に転載すれば、少しは曲に対する理解が深まるのではないかと思い、一応その旨をご本人に伺ってみることにしました。
 さいわい、転載についてはお許しが出たので、おそらくそれは実現するはずです。ただ、出来ればこの本そのものを読んでもらうに越したことはないので、この本の現在の流通状況を聞いてみました。実は、これを出した出版社は一度倒産していて、たとえばAmazonあたりでは取り扱いが止まり、中古本にものすごい値段が付いていたことがあったのだそうです。でも、現在は普通に在庫品がAmazonでも買えるようになっています。ただ、その在庫がなくなると、もう入手は出来なくなるというのですね。
 でも、新田さんのご自宅にはいくらか現物が残っていて、それをニューフィルの団員には少しお安く提供することが出来るのだそうですよ。詳細は公式掲示板に書きましたので、この機会にぜひ入手することをお勧めします。おそらく、次の指揮者練習の時にはお渡しできるのではないでしょうか。
 このコンサートの本番は10月21日、萩ホールです。なぜ、いつもの東京エレクトロンホール宮城が使えなかったのかというと、その次の日から劇団四季のミュージカル「オペラ座の怪人」の上演が始まるからです。当然、ステージのセッティングなどは終わっていますから、そんなところでコンサートなんかできません。でも、あのオペラ座のセットで「妖精の丘」を演奏する、なんてのも面白いかもしれませんけどね。
 ということで、10月22日に初演を迎えるにあたって、主催者はそのチケットを抽選で入手させるという方式をとりました。確かに、普通に取ろうと思っても、なかなか取れませんから、抽選の方が恨みっこなしでいいのかもしれませんね。山下達郎なども最近はそのようになっているみたいですからね。
 ですから、私もダメモトでその抽選に申し込んでみました。申し込むと、「7月19日までに結果をお知らせします」というメールが届いていました。「~まで」というのは、「それ以前に」という意味ですから、だいぶ前からメールは気にしていたのですが、なかなか届きません。もしかしたら、当選したのにメールが来ないのかもしれないな、などと思ったりもしてしまいますね。それで、18日に、なんとなく四季のサイトの「購入済チケット」というところを見てみると、その日のチケットがもうすでに購入したことになっていましたよ。「お買い上げ」は18日でした。ということは、もう抽選は終わってチケットの手配も出来て、そこでメールが来るのだな、と思って待っていたのですが、その日はメールは届きませんでした。やっぱりメールだけ出し忘れ?
 そうしたら、19日になって、待望のメールが届きましたよ。なにも、こんなにじらせなくても、決まったらすぐによこせばいいものを。でも、当たってよかったですね。いったいどのぐらいの倍率だったのでしょうか。
 そのメールによると、普通のチケットはすぐに送ってくるのに、この初演のチケットだけは本番直前、10月にならないと送らないのだそうです。転売防止、でしょうかね。
 ニューフィルのコンサートのチケットも抽選で予約、なんてことになったら、すごいですね。
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# by jurassic_oyaji | 2018-07-20 21:38 | 禁断 | Comments(0)
GOUNOD/Saint François d'Assise
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Stanislas de Barbeyrac(Ten), Florian Sempey(Bar)
Karine Deshayes(MS), Deborah Nemtanu(vn)
Laurence Equilbey/
Accentus
Orchestre de Chambre de Paris
NAÏVE/V 5441


このCDは、輸入代理店であるキングインターナショナルのインフォによれば、「2011年に発見されたグノーの『アッシジの聖フランチェスコ』の世界初録音」なのだそうです。そんな珍しいものが聴けるというのであれば、何をおいても買ってみなければ。
それを入手してブックレットを見てみると、その作品はほんの22分ほどの短いものでした。それだけでは足らないので、リストの宗教曲もカップリングされているのですが、それを含めてもトータルで40分というのは、CDの収録時間としては異例の短さです。
そのブックレットには、当然この作品の成り立ちなども書いてありました。それを読んでみると、確かにこれは「世界初録音」には違いないのですが、「2011年に発見された」などということはどこにもありませんでした。ブックレットの内容は、以下の通りです。
曲が完成したのは1891年の1月で、同じ年の聖金曜日(3月27日)と、翌日の聖土曜日に、パリ音楽院管弦楽団の「コンセール・スピリチュエル(宗教的演奏会)」でグノー自身の指揮によって初演されました。この間に、グノーは友人の画家カロルス=デュランに肖像画を描いてもらっていて、自分がその演奏会で使っていたスコアの自筆稿を、この画家にプレゼントします。画家は、それを受け取った後、きちんと製本してしまっておきました。しかし、いつしかこの自筆稿は行方不明になってしまっていたのです。
それから100年以上経ったころ、フランスのFestival de musique d'Auvers-sur-Oise(オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭)の創設者のピアニスト、パスカル・エスカンドが、たまたまさる女子修道院の慈善団体の幹部の人と話をしている時に、その団体の蔵書の中になにかグノーの自筆稿のようなものがあることを知らされます。調べてみると、それがこの「アッシジの聖フランチェスコ」だったのです。
そこで、エスカンドは、この音楽祭のスタッフの手によってこのスコアのパート譜を作成、さらに、合唱用のヴォーカル・スコアをレイモン・アレッサンドリーニという作曲家に作らせ、出版します。そして、1996年6月20日にポントワーズのサン・マクルー教会で105年ぶりの「再演」が行われました。
さらに、その20年後、2016年6月22日に行われた、ポントワーズ教区の50周年の年の第36回オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭の一環のパリのフィルハーモニーでのコンサートでこの曲が演奏され、その録音がこのCDとなって全世界の注目を浴びることとなったのです。

どうです?「2011年に発見」なんて、どこにもないでしょ?
このアルバムは、お馴染み、エキルベイ指揮の合唱団、アクサンチュスがメイン・アーティストとなっていますが、このグノーの作品では合唱の出番はほとんどありません。1曲目は、まるでプレーン・チャントのような敬虔なテーマによるオーケストラの前奏で始まります。それは、次第に少し俗っぽい美しいメロディに変わっていきます。そこに、テノールが聖フランチェスコとなって、小部屋の中の十字架に向かってとても心に染みる歌を歌います。そこには、時折ダイナミックな情感も加わります。
と、そこにイエスとしてのバリトンが現れ、フランチェスコの祈りにとても穏やかな歌で応えます。その奇跡に、フランチェスコは沈黙するしかありません。その後に奏されるオーケストラの音楽は、ハープも加わったいかにもグノーらしいとことん甘いものでした。
2曲目はフランチェスコの死の場面。暗い前奏に続いて、死の床にあるフランチェスコが周りの人たちに向かって語りかけます。そして、やっと登場した合唱が弟子たちや天使たちの歌を歌うことになります。しかし、それは、いつもながらの緊張感に欠けるこの合唱団の、上っ面だけで全く心に届かない貧しい歌でした。
これは、合唱ではなく、あくまで澄み切った音で穏やかな情感を伝えてくれるオーケストラと素晴らしいソリストを聴くべきアルバムなのでしょう。

CD Artwork ©c Naïve, A Label of Believe Group

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# by jurassic_oyaji | 2018-07-19 20:55 | 合唱 | Comments(0)
「不滅」と呼ばないで
 前にチラッと一部をご紹介していた今度の定期演奏会のチラシのデザインが、締め切りギリギリになったところで大幅な修正を余儀なくされていました。それは、メインプログラムであるニルセンの「交響曲第4番」のサブタイトルについてでした。
 あ、その前に、「ニルセン」ですね。これは日本では普通は「ニールセン」と呼ばれているデンマークの作曲家の名前です。原語では「Nielsen」ですから、普通に英語読みをすれば確かに「ニールセン」になりますが、デンマーク語の発音はかなり特殊なんですね。前にも書きましたが、この国の有名な童話作家「Andersen」も、「アンデルセン」ではなく「アナスン」と読むのだそうですからね。ですから、新田さんはしっかり母国語の発音に従って「ニルセン」と呼んでいます。もちろん、これはかなり重要なこと、今まで使われていたものを変えるのにはかなり勇気が要りますが、いつかは「正しい」読み方を広めないと、恥を書くことになってしまいますからね。
 実際のところ、かつて「ドヴォルザーク」と呼ばれていた作曲家も、最近ではかなりのところで「ドヴォルジャーク」と、より正しく呼ばれることが多くはなっていますが、それほど浸透しているとは思えません。「ワーグナー」に至っては、正しく「ヴァーグナー」などと呼ぼうものなら、オタク扱いされそうですしね。
 でも、「ニルセン」はまだ間に合います。なんとか、レコード会社あたりもこの呼び方をするようになってほしいものですね。
 そして、新田さんは、この曲のサブタイトルでもこだわりを見せています。ニルセンはこの曲に、自らデンマーク語で「Det Uudslukkelige」というサブタイトルを与えています。ですから、ベートーヴェンの「運命」や、ショスタコーヴィチの「革命」(今ではあまり使われない?)とはまったく事情が異なり、これをタイトルの一部としてしっかり表記する必要があります。この言葉は、英語に直すと「The Inextinguishable」、直訳すれば「消すことのできないもの」という意味ですね。でも、それではタイトルとしてはあまりに長すぎると思ったのでしょうか、最初にこの曲を日本で紹介した人は、「不滅」と訳してしまいました。たしかに、ヒロイックなエンディングなどは、まさにそんな感じもしますから、誰もそれに異を唱えることはなく、「交響曲第4番『不滅』」は、ほとんど定訳として日本の音楽界に定着してしまいました。「生命の不滅をうたった曲」という解説までありますからね。あるいは、日本のレコード会社が作ったこんなLPのジャケットも。
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 もっとも、これは、オリジナルのアメリカ盤もこんなガチのジャケットでしたけどね。
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 しかし、最近になってそれまであまり知られることのなかったニルセンの私生活などが、次第に公にされてきて(それまでは遺族によってそういう資料が封印されていました)、彼がこの曲を作った頃の状況がはっきりしてくると、どうも「不滅」という訳はこの曲にはあまりそぐわないのではないか、という機運が高まって来たようです。新田さんもそんな考えから、一応よく知られた「不滅」という言葉は残しつつ、直訳のニュアンスを生かした「消し難きもの(不滅)」というサブタイトルを、ご自身のコンサートや著作の中では使われています。
 もちろん、ニューフィルでもこのサブタイトルを採用していて、すでに公式サイトでの演奏会の案内ではそのように表記しています。ですから、コンサートのチラシを作る時も、それをそのまま使ったのですが、デザイン上の配慮で「不滅」という文字が目立つようになっていました。それはそれで、なかなかカッコいい仕上がりだったので、そのゲラをチェックした人たち(私もその一人)は、他の細かい部分での注文は付けたものの、その「不滅」のところはそのままOKを出していました。
 でも、この間の指揮者練習の時に、その原稿をお見せしたら、新田さんはやはり「不滅」よりは「消し難きもの」の方を真ん中に持ってきて目立たせたかったようで、そのような希望を出されたのです。でも、そのデザインでそのように変更したものを見せてもらうと、なんだか「不滅」の文字がとても中途半端に見えてしまうんですね。そこで、新田さんの意向もあって、その「不滅」を削除することにしました。
 デザイン的には、それでとてもインパクトのあるものが出来上がりましたよ。というか、この曲を潔く「交響曲第4番『消し難きもの』」と表記するのは、日本では初めてのことなのではないでしょうか。ある意味、快挙ですね。
 ただ、やはり「不滅」という語感でこの曲に親しんでいる人は多いはずですから(なんたって「オケ老人」にも登場してましたからね)、これが、いわゆる「不滅」なんだよ、という啓蒙が、これから必要になってきます。それは、広報係の腕の見せ所、まずは、これがそのスタートです。
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# by jurassic_oyaji | 2018-07-18 23:10 | 禁断 | Comments(0)