おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/9 Symphonies
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Gwyneth Jones(Sop), Hanna Schwarz(Alt)
René Kollo(Ten), Kurt Moll(Bas)
Leonard Bernstein/
Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Wiener Philharmoniker
DG/479 7708(CD, BD-A)



DGが1970年代に制作した「4チャンネル」によるベートーヴェン全集の中で最も時期の遅い(1977-1979)バーンスタインとウィーン・フィルによるツィクルスまでもが、昨年「サラウンド」で復刻されていました。どうやら、この「4チャンネル音源によるサラウンド化」のブームは本物のようですね。ただ、世の「ブーム」はすべて「一過性」のものと決まっていますから、この間のカラヤンのツィクルスのように「ドルビー・アトモス」まで登場したのでは、あともう少しでこのブームは去ってしまうような気がしてなりません。
そのフォーマットですが、これに関してのデータはボックスの裏側では「24/192」、
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BDのディスプレイでは「24/96」です。
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いったいどちらが正しいのでしょう。
ただ、今回のリミックスと、サラウンドのために4.0から5.0へのミキシングを行ったのは「Polyhymnia」、そう、あのかつてのPHILIPSのエンジニアたちが作ったスタジオです。彼らは同じDGの4チャンネル音源であるラファエル・クーベリックのツィクルスでも、PENTATONEのために同じ仕事を行っていましたね。
そのためなのでしょうか、このバーンスタインの一連の録音は、この前のカラヤンによる録音とは、同じレーベルでありながらまるで異なったサウンドで聴こえてきました。もちろん、オーケストラも録音会場も、そしてエンジニアも違いますから当たり前なのですが、やはり、リマスタリングの際の趣味の違いがもろに現れた結果であることは間違いないはずです。
実は、録音会場に関しては、カラヤン盤でも「9番」の合唱の部分で今回のバーンスタインと同じムジークフェライン・ザールが使われていましたね。その時には、それまでのベルリンのフィルハーモニーでの録音との違いは全く分かりませんでした。
今回も、「1番」から「8番」まではムジークフェライン・ザールでの録音ですが、「9番」だけはウィーンのシュターツオーパーで録音されています。これははっきりその違いが分かります。それまでのものに比べて、オーケストラの音像が小さく感じられ、ホールトーンの中に埋没しているように聴こえます。
バーンスタインの演奏は、カラヤンと比べるとかなり演奏時間が長くなっています。それは、テンポが遅めのこともあるのですが、楽譜の繰り返しをほぼ全部行っているせいでしょう。そのために、このパッケージにはBD-Aのほかに5枚のノーマルCDが入っているのですが、その1枚目のカップリングが「1番」と「3番」になっています。それは仕方がないのですが、当然のことながら全曲が1枚に入っているBD-Aまでもが、その順番にカッティングされているのが、とても不思議。「1番」から聴き始めたら、次にいきなり「3番」が始まったので、びっくりしてしまいましたよ。
バーンスタインのベートーヴェンをきっちり聴いたのは今回が初めてのことでした。この、多少の劣化は認められますが、丁寧なリマスタリングでウィーン・フィルの美しい音色を存分に味わうことのできるアルバムを聴き通すと、今まで抱いていたこの指揮者のイメージを少し修正したくなってきました。そのイメージとは「大げさな身振りによる大時代的な演奏」というものでした。確かに、例えば「3番」の第2楽章などは、本当にこのまま息絶えてしまうのではないかというほどの息苦しさを感じさせられるものでしたが、それ以外ではいともオーソドックスなテンポ設定と過剰過ぎない表情付けに終始しているようでした。
そんな中で、「2番」だけは、なにか憑き物がなくなったかのような、ちょっとぶっ飛んだ表現が見られるのが、面白いところです。あくまで私論ですが、バーンスタインはこれほど有名で多くの指揮者がそれぞれの主張を繰り広げているベートーヴェンの交響曲では、あえて際立った特徴を出すことは避け、最も演奏頻度が低いと思われる「2番」で「勝負」に出ていたのではないでしょうか。この曲の第2楽章の美しさは絶品です。

CD & BD Artwork © Deutsche Grammophone GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-12-14 20:54 | Comments(0)
「バスのうた」とか
 最近、90歳を少し超えたあたりの人の訃報が目につきませんか?ちょっと前だと80歳を超えれば、もうそろそろ、という感じだったのに、なんだかとても寿命が延びたような気がするのは、気のせいでしょうか。こういうデータに関しては割と身近な私の職場の資料でも、もはや100歳を超えてからお亡くなりになるような人も珍しくなくなっていますからね。
 94歳でお亡くなりになったのが、大中恩さんです。だいぶ前から健康を害していたようなうわさは聞いていたので、ついに、という感じですね。そんなころから思っていたのが、この方がもし亡くなった時に報道で付けられるのは、絶対に「『サッちゃん』と『いぬのおまわりさん』の作曲家」という「肩書」なのではないか、ということでした。本当にその通りになりましたね。どちらの曲も、おそらく知らない人はほとんどいないほどの超ヒット曲ですが、おそらく曲は知っていてもその作曲家の名前を知っている人はあまりいなかったのではないでしょうか。
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 これらの曲は、言ってみれば昔の「小学唱歌」のような「パブリック・ドメイン」として広く認識されているような気がします。「サッちゃん」は矢野顕子もカバーしてましたからね。
 もちろん、小学唱歌にしてもきちんと作曲家は存在していますから、それよりずっと新しいこれらの曲では、その気になればそれを作った大中恩さんの名前はすぐにわかるはずです。さらに、この方は、あの「椰子の実」の作曲をした大中寅二の息子だということもわかるでしょうね。
 大中恩さんがこれらの、いわゆる「童謡」を作った時には、その前の世代の専門の童謡作曲家とは一味違う質の高い、言い換えれば鑑賞に堪えうるだけの「童謡」を目指していたのではないでしょうか。「ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね」という「ぞうさん」を作ったのが團伊玖磨、「♪ブランコ揺れる、お空も揺れる」という「ぶらんこ」を作ったのが、芥川也寸志といった重鎮たちですし、「インディアンがとおる、アッホイアッホイアッホイオイ」という「インディアンがとおる」を作ったのは「前衛作曲家」の湯浅譲二でしたからね。
 そんな中にこそ、大中恩さんの多くの子供のための作品が位置付けられるはずです。何より、大中さんはそんな作品を、大人が歌える「合唱曲」としても世に問うたのですからね。かつて彼が主宰していた「コール・メグ」という合唱団でそれらの曲を聴いた時の衝撃は、今でも忘れられません。もちろん、それは大中さんの中ではそのほかの合唱曲と同じスタンスで作られたものだったのでしょうね。そう、合唱関係者であれば、彼の名前を知らない人は誰もいなかったはずです。
 その大中さんに、実際に会ったことがありました。大学の時の合唱団の連絡組織のようなものが、そのコンサートの指揮者として、大中さんを招待したのです。その時には、混声合唱団の合同演奏を指揮したので、私たち男声合唱団は実際に指揮をされたわけではありませんが、その前に公開リハーサルのようなものがあって、それに参加することはできました。
 そこでの大中さんの指導ぶりにも、とても驚かされましたね。その曲の「楽しさ」を、体をもって表現してくれて、歌っていた人たちの意識がまるで変ってしまったのを、つぶさに感じることができました。
 ちょっと記憶があいまいですが、その時の男声合唱の指揮が、あの多田武彦さんだったのではないでしょうか。彼の指揮、というか指導は、大中さんに比べるとあまりに杓子定規で全然面白くなかったことだけは、よく覚えています。
 まあ、90歳を超えれば、誰しも自分のやりたかったことはあらかたやり終えているのではないでしょうか。そのあとは、だれにも迷惑をかけることなく、ひっそりと世の中から消えていくような生き方(死に方)ができれば、幸せではないかと、しみじみ思います。
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by jurassic_oyaji | 2018-12-05 22:44 | Comments(0)
BEETHOVEN/9 Symphonies
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Herbert von Karajan/
Anna Tomowa-Sintow(Sop), Agnes Baltsa(MS)
Peter Schreier(Ten), Jose Van Dam(Bas)
Berliner Philharmoniker
DG/073 5557(BD-A)



ベートーヴェンが生まれたのは1770年ですから、再来年の2020年は生誕250年となります。ということは、今から50年ほど前、1970年ごろにも、同じような盛り上がりがあったということになりますね。
ベートーヴェンの祖国、ドイツのレーベルのドイツ・グラモフォン(DG)は、その期間、1970年から1977年にかけて、なんと4種類もの交響曲ツィクルスの録音を行っていたのです。それは、カール・ベームとウィーン・フィル(1970-1972)、ラファエル・クーベリックと、「9つ」のオーケストラ(1971-1975)、ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィル(1975-1977)そしてレナード・バーンスタインとウィーン・フィル(1977-1979)によるものでした。
さらに、この4つのツィクルスの、最初のベーム盤以外の3セットでは、その当時の流行だった「4チャンネル(クワドラフォニック)」で録音されていたのです。
ただ、当時はそのシステムの再生環境に問題があったため、それらのレコードが本来の4チャンネルでリリースされることはありませんでしたが、最近のマルチチャンネル再生技術の成熟に伴って、新たにSACDやBD-Aによる「サラウンド」として日の目を見ることになりました。
その最新のカラヤン盤には2チャンネル・ステレオ、5.1サラウンドの他に「ドルビー・アトモス」の音源まで含まれています。
カラヤンがこの録音を完成させるまでには3年かかっています。それは、1975年の1月に始まりますが、その年にはそれ1回だけ、それから1年以上間を空けて、1976年の5、9、10、12月とセッションが持たれ、1977年には1月から3月まで毎月のセッションというスケジュールになっていました。これだけの期間をかけて、カラヤンはすべての交響曲を2度ずつ録音したのだそうです(実際は「6番」は1回のセッションだけでした)。そして、その中からよい方を選んで、「製品」としたのでしょう。
ここで注目したいのは、その最初のセッションの時期です。当時はジェームズ・ゴールウェイがフルートの首席奏者として在籍していましたから、このセッションには参加していたはずです。彼はその年の7月にはベルリン・フィルを退団しますし、そもそもその前の3月からは、カラヤンにシカトされてカラヤン以外の指揮者の時しか乗っていないはずですから、これはカラヤンとベートーヴェンの交響曲を録音できた「最後のチャンス」でした。
このブックレットでは、初出のLPの全集には付いていたであろうメンバー表と、その時のメンバーのパートごとの写真が復刻されていました。それによれば、確かにゴールウェイの名前はあります。
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しかし、写真にはその姿はありません。
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これは、1976年以降に撮影されたものでしょうから、ゴールウェイの後釜(というか、前任者)のツェラーしか写ってはいません。
その1975年に録音されたのは「1番」と「2番」です。そのときには、確かにゴールウェイは録音に参加していました。しかし、この2曲はそれ以降も何度となくセッションがもたれています。ですから、例えば「1番」では、第1楽章から第3楽章まではゴールウェイが吹いているように聴こえますが、第4楽章はブラウのように聴こえますね。
そのほかにも、「9番」では第1楽章はツェラーのようですが、第4楽章はブラウなのでは、という気がします。
そんな、なんとなく一貫性がないような内容だと思えるかもしれませんが、カラヤンの指揮そのものには不動のポリシーが宿っていますから、そんなことには左右されない一貫性が保たれています。それは、どんなときにも休まずに突き進むという音楽です。常に何かに急かされているという感じ、場合によっては息苦しくもなってしまうような疾走感こそが彼の信条だったことがよくわかります。
そして、あくまで華やかな金管や、ティンパニなどは、サラウンドで再生されたことによってさらに空間的な広がりが増し、その熱気がストレートに伝わることになったのです。それは、なんと空虚な音楽なのでしょう。

BD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-12-01 23:46 | Comments(0)
あとは「魔法使いの弟子」と「スペイン狂詩曲」
 ニューフィルの定期演奏会が終わり、間に1回のお休みを取って、次の演奏会へ向けての練習が始まりました。会場はいつもの旭ヶ丘市民センターですが、考えてみたら私はなんと1ヶ月以上もここを使っていなかったことになりますね。本番前の週は交流ホールでソリストとの合わせ、その前は会場が取れなくて練習室4、さらにその前の週はパート練習だったのでここは使いませんでしたからね。
 そんな久しぶりの旭ヶ丘の大ホールに、なぜか私は一番最初に着いて鍵を開けることになってしまいました。演奏会当日、楽器類を全部積み込んだトラックが萩ホールを出発した時に、誰のせいなのかは分かりませんが、バス椅子が一つ積み残されていたのですよ。それに気が付いた頃には、トラックが発車してからかなり経っていたので、これから旭ヶ丘の楽器倉庫に行ってももう搬入は終わっていますから鍵がかかっています。仕方がないので、私が預かって職場に置いておいて、それをきのう運ぶことになっていたのですね。
 私としては、車にバス椅子を積むのは別に問題はないのですが、車は青年文化センターの駐車場に入れたいので、そこから私の重い荷物を持った上にこの重いバス椅子を抱えて歩いていくのではかなり辛いことになってしまいます。ですから、まず市民センターの前の道路に車を停めて、そこからバス椅子を運び込み、そのあと青文に車を入れる、というルートを取ることにしました。
 そうしたら、まだ誰も来ていませんでした。そのままホールの前に椅子だけを置いてきても、まさかこんなものを持っていく人などいるわけはないので大丈夫だとは思ったのですが、やはり何かあった時には困りますから、いちおう事務室に鍵をもらいに行ってきたということです。
 まだ真っ暗だったホールの電気をつけて、ステージの前にその椅子を置き、その上に鍵のケースを置いておきました。次に来た人は、なんだと思ったでしょうね。
 駐車場に車を置いてまたホールにやってきたら、その間にもう5人ほど来ていましたね。その中に、椅子を忘れてきた張本人もいたので、私に平謝りでしたっけ。
 次の演奏会と言えば、角田の「第9」になるのですが、今年はその本番の時期がいつもより遅くなっていたので、「第9」の練習だけをやっていたら次の定期の練習時間が足らなくなってしまうため、きのうはその定期のメインの曲「幻想」をとりあえず全曲通すことになっていました。
 そうしたら、なんと、こんな楽器を持ってきている人がいましたよ。
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 これは、「ファゴット」によく似た楽器で「バソン」と言います。つまり、フランス風のファゴットなんですよ。今度の定期は全曲フランスものなので、「楽譜に『バソン』と書いてあるので、これを使うことにした」と本人は言ってましたね。これは、アマチュア・オケとしては画期的なこと。そもそもアマチュアでバソンを持っている人なんて、普通はいませんからね。もちろん、ファゴットパートの他の3人は「ファゴット」を吹くのですが、1本だけでもこれが入っていれば、ずいぶん音色が変わるでしょうね。今回のキャッチコピーは「バソンが奏でるフランスの響き」にしましょうね。
 「幻想」は、ニューフィルにとってはこれが3回目の挑戦となります。私は、1回目はピッコロと1アシ(なぜかこの時のフルートパートは「大人の事情」で3人で吹くことになっていました)。2回目はピッコロ持ち替えの2番でしたが、今回は晴れて1番を吹けることになっていました。しかし、この曲のど頭はフルートとクラリネットのソリで始まるので、かなりの緊張感が伴います。私はそういうプレッシャーには弱いので、その最初の音はなんとも不本意なものになってしまいました。そのまま、第1楽章は立ち直れませんでしたね。2楽章以降は何とか普段のペースを取り戻せましたが、「幻想」をまた練習するのは「第9」が終わってからですから、その間にもっともっとさらっておかないと。
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by jurassic_oyaji | 2018-10-31 23:36 | Comments(0)
DEBUSSY/Les Trois Sonates - The Late Works
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Isabelle Faust(Vn), Jean-Guihen Queyras(Vc)
Magli Mosnier(Fl), Xavier de Maistre(Hp), Antoine Tamestit(Va)
Alexander Melnikov, Javier Perianes, Tanguy de Wulliencourt(Pf)
HARMONIA MUNDI/HMM 902303


今回のHARMONIA MUNDIの「ドビュッシー没後100年」シリーズには、その没年の前年、病の床につく前に作られた最後の作品、「ヴァイオリン・ソナタ」を含む3つのソナタが収められています。つまり、当初は「6つ」のそれぞれに楽器の異なるソナタを作ろうと目論んでいたのですが、結局残されたのは「3つ」だけだったという「遺作」です。
まず、その「ヴァイオリン・ソナタ」が、イザベル・ファウストのヴァイオリン、アレクサンドル・メルニコフのピアノで演奏されます。ここで聴こえてくるファウストのヴァイオリンの、なんと繊細なことでしょう。いや、繊細というよりは、余計なものを切り捨てて純粋なものだけを抽出したような音、それは、同時に虚飾を廃した一抹の寂しさを伴うものでした。
メルニコフのピアノも落ち着いた音色で、この作曲家が最後にたどりついたものが、ほとんどモノクロームのような中での「印象」を感じさせることを気づかせてくれます。
次が、フルート、ハープ、ヴィオラというとてもユニークな組み合わせのトリオによるソナタです。ここでは、楽器自体もドビュッシーが生きていた当時に実際に使われていたものが使われています。フルートは、まさに「名器」として現在でもその魅力にとりつかれた多くのフルーティストに使われている「ルイ・ロット」です。ここで、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者、マガリ・モニエが吹いているのは、1880年に作られた楽器、この時期のフルートの収集や、「フレンチ・スクール」という近代フルート奏法の基礎を作ったアカデミズムの研究で著作もあるフルーティスト、ベルナール・デュプラのコレクションです。
この楽器の音色は、とても魅力的です。それは、やはり華やかさとは無縁のしっとりとした味わいで迫ります。モニエはミュンヘン国際音楽コンクールで1位を取っているほどのヴィルトゥオーソですが、この曲ではあえて技巧を誇示せず、なにか素朴な味を出そうとしているようです。したがって、このフルート・パートは今まで聴いてきたどの演奏とも異なった、この作品の本質に迫るものとなっています。
ハープもやはり、19世紀後期に作られたエラールの楽器です。こちらは、あのピリオド・オーケストラの「レ・シエクル」から借りたものなのだそうです。やはり、この時代のピアノのような現代楽器にはない軽やかな音色が魅力的です。
そこに加わるヴィオラのアントワーヌ・タメスティが、なんとも変幻自在の音色とスタイルでその2つの楽器に絡みます。その絶妙のアンサンブルによって、ちょっと驚かされるような表現があちこちに登場しています。
本当にどうでもいいことですが、このCDを紹介した代理店のインフォによると、ここでのトリオの楽器は例えばハープなどはレ・シエクルで「調整」したとあるのですが、これは間違い。フランス語のクレジットでは「レ・シエクルより貸与」となっています。こんないい加減でない、ちゃんとしたインフォを読みたいよ
で、最後には「チェロ・ソナタ」が、ジャン=ギアン・ケラスのチェロとハヴィエル・ペリアネスのピアノで演奏されています。これは、作品のキャラクターもそうなのでしょうが、この二人によってかなりお茶目な仕上がりになっています。第2楽章のピチカートではノリノリのパフォーマンスを聴かせてくれていますし、最後の楽章もちょっとエキゾティックなモティーフがより際立った味に感じられます。
さらに、それらの「ソナタ」の間に、タンギ・ド・ヴィリアンクールのピアノによってやはりドビュッシーの最晩年の作品「英雄の子守歌」、「アルバムのページ」、「エレジー」、「燃える炭火に照らされた夕べ」の4曲が演奏されます。これも乾いたタッチのピアノがとても物憂げでいい感じ。
久しぶりにいいCDを聴いたな、という気がします。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.

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by jurassic_oyaji | 2018-10-23 21:10 | Comments(0)
ZENDER/Schuberts Winterreise
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Julian Prégardien(Ten)
Robert Reimer/
Deutsche Radio Philharmonie
ALPHA/ALPHA 425


1936年生まれで、もうすぐ82歳になるドイツの作曲家ハンス・ツェンダーがシューベルトの「冬の旅」を素材にして作った室内アンサンブルとテノール独唱のための作品は、もはや「古典」としての地位を獲得したのかもしれません。
この作品で用意された楽器は、ヴァイオリン2挺、ヴィオラ2挺、チェロ1挺、コントラバス1挺という弦楽器と、2管の木管楽器(2番フルートはピッコロ持ち替え、2番オーボエはイングリッシュ・ホルンとオーボエ・ダモーレ持ち替え、2番クラリネットはバス・クラリネットとアルト・サックス持ち替え、2番ファゴットはコントラファゴット持ち替え)、チューバのない1管の金管楽器(トランペットはコルネット持ち替え)、そして3人の打楽器奏者と2本のハーモニカ、さらにアコーディオン(ウインドマシーン持ち替え)、ハープ(ウインドマシーン持ち替え)、ギター(ウインドマシーン持ち替え)が加わります。何とも多彩な楽器編成ですね。
そして、24曲あるそれぞれの歌曲も、それらの楽器によって多彩に装飾されています。というより、これは「現代音楽」で言うところの「コラージュ」の手法を駆使して作られたもので、冒頭にあるように、その中ではシューベルトの「冬の旅」は単なる「素材」にすぎません。これも、別のジャンルの「現代音楽」では「サンプリング」と呼ばれている手法ですね。
従って、その「素材」はオリジナルがそのまま使われることもありますし、なんらかの「変調」が加えられることもあるのです。その「変調」とは、具体的には速度やピッチを変えること、あるいはピッチそのものをなくして「ラップ」にしてしまうことなどでしょうか。
これが「作曲」されたのは1993年、その年の9月21日にフランクフルトで、ハンス・ペーター・ブロホヴィッツのテノールと、作曲者自身の指揮によるアンサンブル・モデルンの演奏によって初演されました。その同じメンバーで1994年8月にRCAに初録音が行われています。
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おそらく、それに次いで録音されたのが、1999年2月のクリストフ・プレガルディエン盤(KAIROS)だったのではないでしょうか。
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この時のアンサンブルの指揮は、若き日のカンブルラン(それでも50歳)が担当していました。そして、プレガルディエンは56歳でしたね。
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プレガルディエンは、このあと2007年の9月に、アコーディオンと木管五重奏という全く別の編成のアンサンブルによる編曲でも「冬の旅」を録音していましたね。
そんな、「冬の旅」オタクのクリストフの息子、ユリアン・プレガルディエンまでもが、このツェンダーの作品を演奏したというのは、なかなか興味深い出来事です。これは、2016年1月21日にザールブリュッケンで行われたコンサートのライブ録音です。この時のユリアンはまだ31歳でした。
つまり、この作品は20年以上経ってもその人気は衰えていないという、「現代音楽」としては稀なヒット作(つまり「古典」)となっていたのです。それはおそらく、それぞれの録音で歌っていたアーティストたちが、シューベルトのオリジナルの部分をとても心を込めて演奏していたからなのではないでしょうか。あるいは、いくらいじられてもシューベルトのオーラは決して薄れることはないということなのかもしれません。
今回のゆりやん、いやユリアンは、その若々しい声でさらにそのオリジナルの抒情性と、時には一途過ぎる心情を見事に聴かせてくれています。おそらく、今までの録音の中では、彼の歌唱がひときわ抜きんでているのでは、と感じられます。
今世紀の私たちは、この作品に接するのは初めてではないはずです。すでにネタバレしているものでもそこから新たな魅力を感じることが出来るというのも、すごいことです。そのように思えるのは、もしかしたら、そこには今の「現代音楽」からはなくなってしまったある種の「力」が、しっかりと残っているからなのかもしれません。

CD Artwork © Alpha Classics/Outhere Music France

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by jurassic_oyaji | 2018-10-20 21:29 | Comments(0)
七夕でした
 定期演奏会もいよいよ本番が近付いて、プログラムの校正などという仕事が回ってくる時期になりました。それは、ゲラがPDFで送られてくるので、出先でもスマホを見ながら仕事が出来ます。ちょうど、それを受け取ったのが病院の検査待ちで時間を持て余している時でしたから、そのまま直しを入れてメールを送って終わってしまいましたよ。どこにいてもこんなことが簡単にできるようになったのですから、とても助かりますね。
 今回は私は何も書いておらず、曲目解説は新田さんに丸投げでした。ですから、その中で私が書いたものを引用されていたのは、なにかくすぐったい気持ちになりましたね。曲の中で使われているテーマの元となった歌のタイトルだって、英語のライナーノーツを見て適当に日本語に訳していたのですが、それをそのまま使っていただけましたからね。
 それで、最後の<参考資料>というところに、斯界の立派な資料に混じって、しっかり「かいほうげんNr.260」という名前がありましたからね。ただ、これでは読んだ人が何のことだかわからないだろうと思って、「かいほうげん(仙台ニューフィル会報)Nr.260」と直させていただきました。
 それと同時進行で、あたらしい、その「かいほうげん」の編集です。今回は、たっぷりの原稿が集まったので、私が書いた部分はとても少なくて済みました。なんたって、2人の方から、それぞれにエッセイが届いたのですからね。一人は久しぶりにJAO(日本アマチュアオーケストラ連盟)のフェスティバルに行ってきた方の体験記。もう一つはほぼ隔回に寄稿してくれる、コンサートの記録です。原稿はしっかりWordで送られてきましたから、量は多いものの編集は簡単でした。ただ、そこに、写真を入れるのにちょっと手間取りましたかね。そして、レイアウトが決まったところで、その写真をすこし飾ることになるのですが、その作業がとても時間がかかります。ただ、作業自体は決まったことのっ繰り返しですから、何も考えずにひたすらサイズを変えたり影を付けたりということを何十枚分も繰り返すだけです。これはさすがにスマホではできないので、HDDに入れたファイルを持ち運んで職場と自宅とでの作業になります。
 それも全部出来上がってページを数えてみると、やはりどうやっても16ページには収まらないので、今回も20ページになってしまいました。そして、あとは最初のページだけきちんと作ればほとんど出来上がりです。
 その最初のページは、だいぶ前からこの時期だったら来年秋の定期演奏会の指揮者が決まっているはずだ、と思って用意をしておきました。ところが、候補者選びに時間がかかってしまった上に、いつもの会場が軒並み取れず、そんな時のための萩ホールもかろうじて空いてはいるものの、使用可能かどうかが確定するまでには、結構時間がかかってしまいそうなので、どう頑張っても今回の発行時には間に合いそうもないのですね。ということで、今回の掲載は見送ることにしました。
 そうなると、今度は別のものを持ってきて最初のページを埋めなければいけません。それを今、一生懸命考えているところです。まあ、いくつか使えそうなネタはあるのですが、やはりトップページはそれなりの重みが欲しいところですから、たとえばこんな写真を使うわけにはいきませんからね。
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 いや、季節外れだ、というわけではなく・・・
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by jurassic_oyaji | 2018-10-12 22:55 | Comments(0)
ナクソスの「パクリ」
 おととい作っていたのは、「アンサンブル大会」の模様を録音したCDでした。出来るだけ手間を省くために最初からハイレゾではなく16/44.1のCDフォーマットで録っていたので、編集ソフトを使わずにレコーダーの中で切り貼りが出来て、それをそのままマスターに使えます。あとは、それをメディア・プレーヤーを使ってCDに焼くだけです。1枚焼くのに3分ぐらいしかかかりませんから、もうすぐにできてしまいます。それを、「CD-1」「CD-2」ともとりあえず10枚ずつ焼いてみました。それを一応「販売」しますから、少しは「商品」らしくジャケットも作ってみました。
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 この裏側には、演奏者の順番が印刷してあります。
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 去年はこんなんで、文字情報はありませんでしたから、少しは見やすくなったでしょうね。
 ただ、これを見ていると、なんだか本物のCDジャケットのように見えてきました。こんなレイアウトのジャケットで統一していたレーベルがありましたよね。たとえば、
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 ですから、さらに「商品」っぽくするために、同じようにロゴマークをでっち上げて上のジャケットに加えてみました。こんな感じ。
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 こんな風に、反対側に持ってきたのがアイデンティティってやつですね。
 拡大すると、
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 アマチュアとしては珍しい、「自主レーベル」のロゴマークです。なんてね。
 これを、昨日の練習の時に机の上に平積みにしておきました。そうしたら、まだ合奏が始まっていないうちにこのジャケットにつられたのか、かなりの人が買っていきましたね。そして、休憩時間になったら「CD-2」の方は売り切れていましたよ。
 売り切れても再プレスするつもりでしたから、希望者の名前を書く紙も用意しておきました。そうしたら、結局それぞれ5枚ほど追加が必要になってしまいました。全部で10枚売れれば元は取れるのですから、あとはもう作れば作るほど儲かるということになります。張り切って、新たにCDを作りましたよ。
 サンプル音源として、こちらにフルート四重奏にウッドブロックが入った「Syncopated Clock」をアップしておきました。私のパートは一番低いところで、目立ったソロはありませんが、例の「フラッター」が4回続くところの1回目と3回目(高い方の音)が私です。
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by jurassic_oyaji | 2018-08-29 22:04 | Comments(0)
BARTOK/Concerto for Orchestra, The Miraculous Mandarin
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Pierr Boulez/
New York Philharmonic
SONY/SIGC 13(dual layer SACD)


前回のマイルスのアルバムでは、かつての「4チャンネル」を、SACDのマルチチャンネルによってオリジナルそのままのサラウンド音響を再現していましたね。しかし、SONYと言えば、いやしくもPHILIPSとともにSACDの開発にあたった会社です。そんなところの系列のレーベルが、20年近く経って初めてこういうことをやるなんて、ちょっと信じがたいのではないでしょうか。
「4チャンネル」の時代に、SONYからはその「SQ」のプロモーションの意味も兼ねて、この1972年に録音されたブーレーズとニューヨーク・フィルによるバルトークの「オーケストラのための協奏曲」がリリースされていました。
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ジャケットはこんなインパクトのあるものでしたが、その裏には微妙に楽器の位置が変わったこんなイラストが描かれていました。
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それは、ライナーノーツの中にあるこんな写真と、見事に呼応していたのです。
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この曲を録音する時には、ブーレーズはまるでストコフスキーのように自分の周りにオーケストラを配置して、指揮をしていました。そのために譜面台も前と後ろに2つ用意していますね。ですから、これを「4チャンネル」で聴くと、まるで自分がブーレーズになったかのように、前後左右からオーケストラの各パートの音がぶれずに聴こえてくることになるのです。まさにこれはSACDのサラウンドのデモンストレーションには格好のアイテムですよね。
と思ったら、本当にこれのマルチトラックSACDが出ていました。それも2002年、SACDが発売されて間もないころですね。それがまだ市場にあったので、早速入手してみました。現物はまだCDプレーヤーでもかかる「ハイブリッド」SACDはなかったので、「SACD対応プレーヤーで再生してください」という注意書きがありますね。それで、「デュアル・レイヤー」という聴きなれない言葉がありますが、これは2チャンネルステレオとマルチトラックがそれぞれ別のレイヤーに入っているということなのでしょう。
ところが、それをマルチトラック対応の機器で聴いてみると、確かにリア・スピーカーからの成分も含まれていてサラウンドには間違いないのですが、楽器の低位がごく当たり前の、全てフロントに集まっている形なのですよ。このジャケットや写真から期待できる、真後ろからは木管とホルン、右後ろからは金管、そして左後からは打楽器という定位では全然ないのです。クレジットには、SACDのためのミックス・エンジニアの名前も見られますから、オリジナルの録音から新たにこのようなミキシングを行っていたのでしょう。
なぜそんなことをしたのか、理由としては、LPでは「オケコン」だけで1枚のアルバムになっていましたが、SACDではあまりにも収録時間が短いので、同じころ、1971年に録音したバルトークの「中国の不思議な役人(マンダリン)」をカップリングしたことが考えられます。これは、彼らの本拠地、リンカーン・センターにある今では「ディヴィッド・ゲフィン・ホール」と呼ばれているコンサートホールで、やはり「4チャンネル」用に録音されていますが、それはあくまで客席でオーケストラを聴くという設定でミキシングが行われています。しかし、「オケコン」は「マンハッタン・センター」という録音スタジオでわざと普通は聴けるはずのない定位を設定して録音されています。ですから、その2曲を同じアルバムで聴く時に、楽器の定位がそんなに違っていたらリスナーは混乱してしまうだろう、という「忖度」のもとに、このようなことを行ったのに違いありません。
ただ、普通に2チャンネルにミックスされたCDと聴き比べてみると、「マンダリン」の場合はバランスは全く変わっていませんが、「オケコン」のミックスは、全然別物、木管の直接音がほとんど聴こえないんですよね。はっきり言って最悪です。
ですからここでは、ぜひとも、マイルスと同じように「世界初復活」させてもらいたいものです。SONYさん。

SACD Artwork © Sony Music Entertainment Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-08-25 22:38 | Comments(0)
集配には来てもらえなくなります
 お盆の時期の私の仕事には、「会報」の発送作業もあります。こちらでもそういうものを作っていて、毎年行われるお盆のイベントで直接配られるのですが、それはほんの少しだけなので、残った分は送らなければいけません。これもやはり台風の影響で、手渡しできた分がいつもより少なかったので、当然発送分が増えてしまって、1000部を超えていました。それを封筒に詰めてあて名シールを貼りつけるという作業ですね。
 それは、もうきのうのうちにほぼ終わっていて、残りを仕上げたら今日の午前中にでも郵便局に「ゆうメール」として持って行ってもらう、という段取りでした。ところが、夕べハタと気が付いて、これは普通の郵便で送った方が安いのではないか、と思ったのですね。こういう、顧客全員に送るDMは年に2回あって、年末には暦などの重たいものが入るので、定形郵便だと25グラムを超えて1通92円になってしまいます。それが、ゆうメールだと88円で送れるんですね。実は、去年まではもっとずっと安かったのですが、今年になってこんな大幅な値上げになっていたのです。ただ、「郵便区内特別」を使っても、かろうじてゆうメールの方がお得、という状況でしたから、もう少し使おうかな、という感じではあったんですね。
 ところが、今回の封書は、A4用紙1枚だけしか入っていませんから、楽楽25グラム以下で、郵便だと82円で送れるんですよ(ゆうメールには、その区切りがなく、一律50グラムまでです)。これだったら、わざわざゆうメールを使う人はいないでしょう。なんでこんなことに今ごろになって気づいたのでしょうね。
 ただ、ここで問題が。今回詰めた封筒には全てゆうメールの表示が印刷されているんですよね。ですから、そのままでは使えません。それが見えないように新たに「別納郵便」のシールを作って貼るのがベストでしょうか。でも、そんなものを作っている時間はもうありません。だったら、少し大きめの切手を買ってきて貼ってしまえば、手間は同じことですよね。
 ただ、普通の糊の切手だと、あれを1000枚舐めるのは大変そう。いや、スポンジで水を付ければいいのでしょうが、なんだか水が邪魔です。それよりも、シールになっている記念切手を買ってくれば、ずいぶん楽でしょうね。ということで、そういうものを1000枚なんて、普通の郵便局ではまず手に入れられないでしょうから(この間は、ハガキさえありませんでした)大きな「本局」まで行って、こんなのを100シート買ってきました。
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 局員さんが「これが大きくていいですよ」と言ったので、これにしたのですが、いざ貼りはじめてみると、妙にデザイン重視でいろんな形にミシン目が入っているのがあって、いい位置に貼るのが結構大変でしたね。それよりも、中にはそのミシン目が不完全で、ヘタをするとそこだけ剥がれなくて、最悪切れてしまうことがあるのが問題です。デザインに凝る前に、きちんとミシン目で剥がれるようにする方が大切なことに、郵便局は気づいていないのでしょう。
 とにかく、今日中には出さなければいけないので、貼りましたよ。1000枚。そして、それはそのままポストに入れたのでは絶対に入りきりませんから、近くの郵便局の窓口に持っていきましたよ。そうしたら、局員さんは切手が貼ってあるか、すべての封書を点検していましたね。お互い、ご苦労様なことです。
 今のゆうメール(特約ゆうメール)からは、近いうちにまた値上げしたいような案内が来ています。最初この契約をした時には、当分値上げはしないようなことを言っていたのに、2年目には何の相談もなく大幅な値上げ、そして、その直後にまた値上げのお知らせですから、これはまっとうな商売をはるかに逸脱した、ほとんど詐欺まがいの商法ですよ。もちろん、これ以上値上げになったら何のメリットもありませんから、即刻解約するつもりです。
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by jurassic_oyaji | 2018-08-13 21:15 | Comments(0)