おやぢの部屋2
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やはりホールの録音にも歪みはありました
 この間開催された「タケノコ掘りたいかい?」で、竹藪の中のタケノコは根こそぎなくなってしまいました。しかし、今年のタケノコは全国的に大豊作なようで、その後もどんどん新しいタケノコがあちこちから伸び出してくるようになっていました。すごいのは、こんな風に枯れた竹の切り株から新しいタケノコが出てきたことです。
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 ただ、私のことですから、合成でこんな写真をでっちあげたんじゃないの?なんて疑惑をもたれてしまうかもしれませんね。実際、自分でも、「これなら作れるな」と思ってしまいましたからね。でも、残念ながらこれは合成ではありませんでした。その2日後の写真がこれです。すごいですね。
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 いずれにしても、このまま伸ばしておくわけにはいかないので、きのうのニューフィルの練習の前に少し掘って、持って行こうと思いました。
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 そこで用意したのが、こんな、コンテナ一杯のタケノコです。ただ、こんなのを車で持って行っても、駐車場から練習場まではとても抱えていくわけにもいかないので、自宅で使っている、車にも乗せられる小さな折り畳み式の台車に載せていくことにしましょう。
 その駐車場ですが、連休前にいつも使っているスーパーの上の駐車場に車を入れようとしたら、こんな張り紙がありました。
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 驚きましたね。もう長いことここを使っていますが、何の相談もなしにいきなり料金を倍にするというのですからね。もうここは使えません。そうなると、駐車場はお隣のホールの地下しかなくなりますね。今までは料金は同じだったのですが、スーパーの方は何か買い物をすると1時間分まけてくれるので、使っていただけですから、こんな料金になってしまったらもう未練はありません。
 ただ、そのホールの駐車場は、地下1階はそのままエレベーターに乗れますが、そこが空いてなくて地下2階になると、階段以外に通路はなくなってしまいます。つまり、地下2階に車を停めると、この重いコンテナを持って階段を登らなければいけなくなるのですよ。
 さいわい、きのうはガラガラだったので、無事エレベーターを使い、あとは楽器運搬で勝手知ったる道を使って練習場までタケノコを運びました。あ、もちろん私の楽器や楽譜も持っていきましたよ。
 そして、練習が終わってから「持って行ってください」とアナウンスしたら、みんなこのコンテナに群がって、すぐになくなってしまいましたよ。
 帰りは空のコンテナを台車に載せて駐車場に向かいます。ホールについて、エレベーターに一番近い入り口を開けようとすると・・・開きません。もう時間が遅いので、エレベーターが止まっているのでしょうか。そうなると、この大荷物を持って階段、ちょっと暗くなってしまいます。
 でも、なぜか自動ドアは開くんですね。早々とまわりの入り口は施錠してしまったと。もちろん、エレベーターはちゃんと使えました。駐車料は350円、スーパーの駐車場だと割引があっても600円ですからね。いつもこちらが空いているといいのですが。
 練習の時、録音、録画担当のWさんから、ホールで録音した音源を貸してもらいました。この間の演奏会では、同じマイクを使ってホールと私が別々に録音を行ったのですが、Wさんは両方を聴き比べて、公式のCDには私の録音の方を使ってくれました。ただ、それを聴くとちょっとした歪みが入っているところが見つかったので、ホールで録音したのはどうなっているのか聴きたくて、お願いしてあったのですよ。
 ホールのCDでは、やはり歪みはありました。ただ、私の録音ではそれが3ヵ所だったのですが、こちらは1ヵ所では歪みがなくなっているのですね。ただ、どうやらホールではリミッターをかけて録音していたような形跡がありました。歪みを起こすあたりのフォルテシモの付近になると、私の録音に比べるとなんだか全般的に少し抑えられているような音になっているのですよ。おそらく、それで1ヵ所は歪みを免れたのでしょう。でも残りの2ヶ所は、リミッターも力が及ばなかったのですね。私の録音では、リミッターは使ってはいません。ただ、別の種類の歪みを押さえるツールは使っていますが、それは殆ど音質には影響がありません。その違いがちゃんと出ていたんですね。
 それと、あの時私はリハーサルの録音を聴いて、ホールの担当者にメインのレベルを少し下げてもらうようにお願いしてありました。それがなかったら、ホールのCDももっと歪んだ箇所が増えていたでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2018-05-09 21:55 | Comments(0)
MOZART/ Missa da Requiem
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Arthur Schoonderwoerd/
Gesualdo Consort Amsterdam(by Harry van der Kamp)
Cristofori
ACCENT/ACC 24338


「アルテュール・スホーンデルヴィルト」という、とても読むのが難しい名前のオランダの方は、フォルテピアノ奏者としてピリオド楽器のステージで名が知られています。飲み屋のおかみではありません(それは「アル中、スッピン、出るビール」)。実際、このレーベルから出ているモーツァルトのピアノ協奏曲集の弾き振りを聴いたことがあります。ただ、正直なところ、それほど心を動かされるような演奏ではなかったような記憶があります。
そのスホーンデルヴィルトさんが、なんとモーツァルトの「レクイエム」を指揮したアルバムを出したというではありませんか。この曲にはフォルテピアノのパートはありませんから、ここで彼はポジティーフ・オルガンを弾きながら指揮をしているようでした。
録音は、ブザンソンにある教会でのセッションで行われました。どうやらこのセッションでは、指揮者(オルガン)を中心にメンバーが真ん中を向いて円形に並んでいるようなのですね。面白いことに、指揮者の向かい側にいる合唱は、指揮者から見ると左にベース、右にソプラノという並び方になっています。
ただ、録音上は聴衆からの視線を基準にしているので、あくまで合唱はその逆、左がソプラノ、右がベースという定位になっていますね。これは普通の2チャンネルステレオですが、サラウンドでは合唱が後ろから聴こえてくることになるのでしょうか。
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合唱はこのブックレットの写真のように各パート2人という、普通この曲を演奏する時と比べるととても少ない人数です。ソリストのパートも、この合唱のメンバーが歌っています(もちろん1人で)。オーケストラはもっと少なくて、なんと「1パート1人」ですよ。これは、まさにバッハあたりの演奏でひところ流行ったものの、今ではすっかり下火になってしまったあの編成ではありませんか。
楽譜は基本的にジュスマイヤー版をそのまま演奏しているようですが、例えば「Benedictus」ではトランペットに、楽譜にはないティンパニを重ねています。今までの修復稿で、こんなことをやっているものはありませんでしたね、
いや、それよりも重大なのは、ここでは、当時のウィーンで行われていただろう実際の葬儀での典礼を再現しようとしていることです。ですから、音楽以外に、グレゴリア聖歌で何ヶ所か「祈りの言葉」が挿入されています。さらに、モーツァルトは作っていなかった「Libera me」が演奏されています。それはモーツァルトの死後、1800年頃にイグナツ・フォン・ザイフリートという人によって作られたものです。ザイフリートはあのエマニュエル・シカネーダー(「魔笛」の台本作家)の劇場の音楽監督を務めていた人で、これはモーツァルトの「レクイエム」の「おまけ」として作られ、なんでもベートーヴェンの葬儀の際に演奏されたのだそうです。
このCDがまさにその「世界初録音」になるのですが、それはなんともインパクトに欠けた凡庸な作品でした。いや、正確には2か所ばかりとんでもない「インパクト」はあります。それは、「Dies illa, dies irae」と「et lux perpetua luceat eis」というテキストの部分。そこでは、それと似たようなテキストのモーツァルトの「本体」の部分を丸ごと引用(「パクリ」とも言う)しているのですからね。
「世界初録音」はもう一つありました。「Lacrimosa」の後に、「Amen」が入っているのですが、それが、例えばレヴィン版のように、モーツァルト自身が作ったとされるテーマではなく、スホーンデルヴィルトの「オリジナル」が使われているのですよ。これも、意味不明。
そんなもろもろの付け足しがあるにもかかわらず、全曲の演奏は「たった」63分33秒しかかかっていません。それは、テンポがあまりにも素っ気ないため。ただでさえ人数が少なくてスカスカなところに、こんなあっさりしたテンポでは、とても「死者を悼み悲しむ」ような気にはなれません。何よりも、ここからは心に伝わる「歌」が全く聴こえてこなかったのには、別の意味で「悲しく」なってしまいます。

CD Artwork © note 1 music gmbh

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by jurassic_oyaji | 2018-02-15 21:26 | Comments(0)
Flöte und Orgel
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Ulrike Friedrich(Fl)
Johannes Geffert(Org)
QUERSTAND/VKJK 1634


このジャケット、最初に見た時にはなんだかよく分からなかったのですが、近くに寄ってみると
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こんな感じ。銀のフルートと、オルガンのパイプを並べてあるんですね。もちろん、実際に並べたわけではなく、同じ画像を何回も重ねてあるだけなのでしょうけど。というわけで、これはフルートとオルガンによって演奏されたものが収録されているCDということになります。
もちろん、ブックレットにはこんなパイプではなく、きちんとその楽器の写真も載っています。それは、1220年に建てられたというドイツのマリエンシュタット修道院に、1969年に設置されたリーガー・オルガンです。このオルガンは今世紀になってから新たなパイプ(ストップ)が付け加えられて、さらに多彩な音色が聴けるようになっているのだそうです。
演奏されている作曲家は、ロマン派の時代のフランツ・ラハナー、テオバルト・ベーム、近代のメラニー・ボニ、ウージェーヌ・ボザ、そして現代、1975年生まれのカイ・シュライバーという5人です。ボザの「山の夕暮」と、ベームの「アルプスの思い出」は有名なフルート曲ですが、もちろんオリジナルはピアノ伴奏ですから、オルガンとフルートのために、ここで演奏しているオルガニスト、ヨハネス・ゲッフェルトによって編曲されています。ラハナーの「エレジー」と、ボニの「スケルツォ」、「小品」、「ヴォー地方の調べ」も、やはり編曲ものです。
しかし、初めて名前を聞いたカイ・シュライバーの「教会ソナタ」と「フルートとオルガンのための協奏曲」は、この編成がオリジナル、これが初録音なのかい
礼拝堂での録音ということで、そこのアコースティックスが十分に取り入れられて、オルガンの音が聴こえてくると、その広い空間が眼前に広がります。ところが、そこにフルートが入ってくると、逆にそのリアリティの高さにはひるんでしまいます。あまりにマイクが近すぎて、フルートの美しさが全く感じられない雑な音になっているのですね。
そうなってくると、演奏されている曲自体にも、何の魅力が感じられなくなってしまいます。ボニの3曲などは、それぞれにチャーミングでメロディアスな曲ばかりなのですが、こんなフルートで聴いてしまったら興ざめ以外のなにものでもありません。
そして、最大の失望は、初めて聴いたシュライバーの「教会ソナタ」のあまりのつまらなさです。それは、超古典的な3楽章形式で、それぞれはもろベートーヴェンあたりの時代に回帰したのでは、と思えるほどの、まるで教科書にでも出てくるような、オリジナリティのかけらもない駄作だったのでした。特に真ん中の楽章は、スケルツォ-トリオ-スケルツォという構成で、そのテーマは笑ってしまうほどのベートーヴェンのテイストのコピーなのですからね。
経歴を見ると、この方はピアニストやオルガニストとしての修業はしてきていますが、作曲家としては特段のキャリアはなかったようなのですね。この、1998年に作られたというソナタも「Op.1」ですから、習作のようなものだったのでしょうか。
ですから、もうこれ以上このアルバムを聴いてもしょうがないと思いつつも、最後の「協奏曲」(Op.7)を聴き始めたら、これがさっきの「ソナタ」とはまるで別物の、とても独創的で完成度の高い作品だったので、驚いてしまいました。オルガンのクラスターや、フルートのフラッター・タンギングなどが出現しますし、メロディや和声は時には無調のテイストさえ秘めています。そこには、まさに「現代音楽」の挑戦的な技法が満載だったのです。これが作られたのが2013年、やはり人間というのは「進歩」するものなのですね。
ところが、この「協奏曲」の最後の楽章になったら、ほとんどメシアンのパクリとしか思えない鳥の鳴き声をモティーフにしたカデンツァが始まりましたよ。あぶないあぶない。あやうく、本気でこの人を褒めてしまうところでした。

CD Artwork © QUERSTAND

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by jurassic_oyaji | 2018-02-11 00:49 | Comments(0)
MÉHUL/Symphony No.1, BEETHOVEN/Symphony No.3
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Christoph König/
Solistes Européens, Luxembourg
RUBICON/RCD 1020


このアルバムのテーマは「ナポレオン」、彼とは密接な関係にある2つの交響曲が収録されています。まずは、実際にナポレオンから作曲の依頼を受けていたフランスの、エツィエンヌ=ニコラ・メユールという暗い名前の作曲家(それは「滅入~る」)の「交響曲第1番」です。
演奏しているのは、1989年に設立されたルクセンブルクのスーパーオケ、「ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルク(SEL)」です。創設以来指揮をしていたジャック・マルティン・ヘンドラーの後任として、現在はクリストフ・ケーニッヒが首席指揮者と音楽監督を務めています。ここには世界中のオーケストラのコンサートマスターを始め数多くの名手が参加しており、ヨーロッパの多くのオーケストラで首席奏者を歴任された日本人の渡辺克也さんも首席オーボエ奏者を務めています。
指揮者ケーニッヒは1968年にドレスデンに生まれ、ドレスデン音楽大学で指揮法などを学びます。2003年にマルモ交響楽団の首席指揮者に就任した後にいくつかのオーケストラを経て、2010年から現在のポストに就いています。彼のレパートリーは古典から現代曲まで幅広く、さらにオペラの分野での活躍も目覚ましいものがあります。
ベートーヴェンが生まれる少し前、1763年に誕生したメユールは、フランスのオペラ作曲家として活躍しましたが、それ以外のジャンルでも多くの作品を残し、交響曲は完成された4曲の他に、未完の1曲があります。
ここで演奏されている「交響曲第1番は」1808年に作られ、翌年に出版されています。アレグロ・アンダンテ・メヌエット・フィナーレという標準的な4つの楽章から出来ているト短調の曲です。
第1楽章は、そんな短調の憂いを込めた、しかし躍動感もある第1主題で始まります。それに対して、第2主題は伸びやかで爽やかな感じ、この2つのテーマの対比がまず印象的です。
第2楽章は、変奏曲になっています。かなり技巧的な変奏では、アグレッシブに迫ってくるものがあります。それほど緩徐楽章という感じがしないのは、この演奏のせいなのでしょうか。
第3楽章は、弦楽器だけのピチカートで始まるかわいらしいメヌエット、チャイコフスキーの「交響曲第4番」の第3楽章みたいですね。間に挟まるトリオでは、木管楽器の細かいスケールの絡まったアンサンブルがスリリングです。このオーケストラの木管セクションの超絶技巧が冴えわたります。
そして、フィナーレで執拗に聴こえてくるのは、まさにベートーヴェンの同じ短調の「交響曲第5番」の第1楽章のテーマ、「ン・タ・タ・タ・ター」ではありませんか。この曲をメンデルスゾーンが指揮をしたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で初めて聴いたシューマンも、同じことを感じたのだそうです。ベートーヴェンのこの交響曲が作られたのも同じ1808年、出版されたのも翌年というのも、不思議な偶然、いや、もしかしたら何らかの関連性があったのでしょうか。
カップリングはそのベートーヴェンの「交響曲第3番」。当初はナポレオンに献呈するために作られたというのは、よく知られた話です。そのために「英雄」などという大仰なタイトルで呼ばれていますが、ここでのSELの演奏は、そんな名前から受ける先入観を、気持ちよく裏切るものでした。
第1楽章などには、そんな重厚さとは無縁の爽やかさがあふれていて、とても気持ち良く聴くことが出来ます。オーケストラのアンサンブルも、きっちり合わせるというのではなく、お互いに聴きあいながら自由に自分のパートを主張している様子がはっきり分かります。第2楽章のオーボエ・ソロは渡辺さんが吹いているのでしょうか。たっぷりと歌いこんで朗々と響き渡るオーボエは、とても魅力的です。第3楽章のホルンのトリオの前でポーズが入ったのには驚きました。
ちょっとバランスの悪いライブ録音なので、終楽章のフルート・ソロはあまり目立ちません。

CD Artwork © Rubicon Classics Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2018-02-03 22:07 | Comments(2)
BERNSTEIN, SCHOENBERG, STRAVINSKY, ZEMLINSKY/Sympnonic Psalms & Prayers
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David Allsopp(CT)
Nigel Short/
Tenebrae
BBC Symphony Orchestra
SIGNUM/SIGCD492


「詩篇」というのは、旧約聖書のコンテンツで、神をたたえた150の詩が集められたものです。元々はそれ自体が実際に歌われていたのでしょうが、現在ではそのオリジナルを知る手立てはありません。しかし、それぞれの時代の作曲家たちは、これらの詩をテキストにして様々な音楽を作ってきました。それは、歴史の中で大きくスタイルを変えてきた西洋音楽に、まるで地下水脈のように普遍的なテキストを提供し続けていたのです。
このアルバムを聴けば、いずれも20世紀に活躍した4人の大作曲家の作品を通して、「詩篇」がどのような音楽として結実したかを繙くことができるはずです
タイトルには「交響的な詩篇」と、「祈りの歌」という2つの言葉が入っています。この中で最も早い時期、1907年に作られたアルノルト・シェーンベルクの「地には平和を」という曲だけは、その「祈りの歌」の範疇に入るものです。つまり、この曲は「詩篇」ではなく、スイスの詩人コンラート・フェルディナント・マイヤーが1886年に作ったドイツ語の詩をテキストにしています。さらに、この曲だけは合唱だけのア・カペラで歌われているので、「交響的」というカテゴリーからも外れています。実際は初演の時の合唱団(某ウィーン楽友協会合唱団)のスキルが低かったため、「音取り」が出来なくて演奏できなかったということがあり、補助として1911年にオーケストラの伴奏も作られていました。しかし、確かに、無調的なテイストは多分に含まれてはいるものの、基本的にバッハからブラームスまでの西洋音楽の流れに沿った作品ですから、今ではアマチュアの合唱団でもオリジナルのア・カペラで楽々歌えるぐらいまでに、合唱界のレベルは上がっています。
同じころ、シェーンベルクとは親しい関係にあり、妹がシェーンベルクの最初の妻でもあったアレクサンダー・ツェムリンスキーは、音楽的にはグスタフ・マーラー(彼が恋焦がれていた女性を妻にしました)に近いものがありました。この、1910年に作られたドイツ語訳の歌詞による「詩篇23」は、奇しくもマーラーの「交響曲第8番」と同じ年に初演され、両者には明らかな類似点を見出すことが出来るはずです。色彩的なオーケストラが、スペクタクルに迫ります。
イーゴリ・ストラヴィンスキーが、「詩篇交響曲」を作った1930年には、生涯に何度も作風を変えていた彼はもはや「春の祭典」のようながむしゃらな曲を作ることはありませんでした。そもそも「交響曲」というタイトルも、額面通りに受け止めることはできない、アイロニカルなものだったのです。オーケストラの編成からはヴァイオリンとヴィオラが取り除かれ、ピアノ2台が加わっていました。詩篇の歌詞はラテン語です。
そして、この中では唯一20世紀後半の1965年に作られたのが、レナード・バーンスタインの「チチェスター詩篇」です。これは、ユダヤ人であるバーンスタインのこだわりで、そもそもの形であるヘブライ語のテキストによって作られています。ミュージカル作家としてのキャリアがまだ影を落としていて(というか、生涯その作風は変わらなかったような・・・)リズミカルな明るさと、メロディアスな抒情性(彼の代表作「Tonight」そっくりのメロディですが)にあふれています。
そのような、なんとも多彩なラインナップで、確かに「詩篇」がいかに多様性をもって扱われているのかはとてもよく分かるアルバムです。ところが、肝心の合唱がいまいち期待外れなんですね。今まで聴いてきたこの合唱団のすばらしさが、ここでは全く感じられないのですよ。特に悲惨なのがソプラノ・パート。余裕のない声は、聴いていて辛くなってしまいます。
それと、合唱だけの「地には平和を」では、およそプロのエンジニアとは思えないようなお粗末な歪みが2か所(5:19と9:44)もありました。商品としては、リコールものの欠陥ですよ。サイズが違ったブラみたいに(それは「ワコール」)。

CD Artwork © Signum Records

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by jurassic_oyaji | 2018-01-13 22:34 | Comments(0)
Jurassic Awards 2017
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 今年最後の「おやぢの部屋」は、恒例の「ジュラシック・アウォード」の発表です。まずは、今年1年のエントリーの件数の分野別のランキングです。

  • 第1位:合唱(今年47/昨年55)→
  • 第2位:オーケストラ(33/33)→
  • 第3位:フルート(18/14)↑
  • 第4位:オペラ(15/13)↑
  • 第4位:現代音楽(15/22)↓
  • 第6位:書籍(11/5)→

■合唱部門
いつものことながら、やはり合唱関係のCDを聴く機会が最も多くなりました。ただ、絶対数がいくらか少なくなっているのは、今年はブログの「毎日アップ」をやめて、週1回のお休みを入れるようになったからです。部門賞は最新のエントリー、ジョン・スコット指揮の「ニューヨーク五番街聖トーマス教会男声と少年の合唱団」によるデュリュフレの「レクイエム」です。ノーマークのアメリカの団体ですが、思いがけないところで素晴らしい演奏が聴けました。
■オーケストラ部門
「チネケ! オーケストラ」という、マイノリティのメンバーによる団体のアルバムから、強烈な問題意識を受け取ることが出来ました。クラシック音楽は果たして「国際的」広がりを持てるのか、あるいは持てないのかという問題を突き付けられた思いです。
■フルート部門
特にこれといったインパクトはないものの、とても安らぎが感じられたのが、ベルリンのフルーティスト、ウルフ=ディーター・シャーフを中心としたメンバーによるモーツァルトのフルート四重奏曲のアルバムです。楽譜も、最新のものが使われていて、これからのスタンダードとなりうる演奏でした。
■オペラ部門
今年は、昔のアナログ録音をハイレゾに変換したものが数多くリリースされました。そんな中で明らかになったのが、マスターテープの経年劣化です。仕方のないこととはいえ、無残にも劣化した音をハイレゾで聴かされるのは、言いようのない苦痛です。そんな中で、カール・ベームのバイロイトでのライブ録音による「トリスタン」は、そんな劣化の跡がほとんど感じられない、信じられないほどの素晴らしい音でハイレゾ化されていました。これが、今年の「大賞」です。
■現代音楽部門
「現代音楽」というものの範疇が曖昧になっているために、この部門のアイテムも少なくなってしまいました。そんな中で、ハラルド・ゲンツマーが、「トラウトニウム」という楽器のために作った作品が、最新の録音で登場しました。しばらく忘れ去られていた電子楽器を知ることが出来たことが、大きな収穫です。
■書籍部門
こちらは、電子楽器としては生まれてからずっと主流であり続けた「モーグ・シンセサイザー」の初期の動向を克明に綴った部分が出色の、「ザップル・レコード興亡記」という本が、新たな事実を明らかにしてくれました。

 これまで、ハイレゾ音源などを、様々な形態で一通り体験してみましたが、ビジネスとしてのネット配信がいまだにデタラメな状態であるのには、がっかりさせられます。「世界初」と銘打って、ビートルズの「サージェント・ペッパー」のハイレゾ配信が始まりましたが、これをアルバムとして購入しようとすると、アウトテイクまでも含んだ2枚分の形でかなり高額のものしか買えないのですからね。こんなぼったくりをやっているうちは、まだまだパッケージ(CD、SACD、BD-A)のお世話にならないわけにはいきません。
 来年は、このあたりの改善は進むのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2017-12-31 22:20 | Comments(0)
Christmas Deluxe/
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Pentatonix
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これまで毎年素敵なクリスマス・アルバムを贈ってくれていたペンタトニックスは、今年のアルバムについても、もう数か月前からリリースの情報を伝えていました。ただ、具体的なタイトルやジャケット写真などはなかったので、ちょっと不思議な気がしました。それでも、大好きなアーティストですから、注文はしておきました。
そして、予定通り手元にはそのニューアルバムが届きました。そのタイトルは「PENTATONIX/Christmas Deluxe」、これは、去年のアルバムの後に「Deluxe」を付けただけのものではありませんか。写真も、おそらく去年撮影されたものなのでしょう、というか、今年の写真の方が先に撮られたもので、去年のジャケットではこの椅子の上のプレゼントを、メンバーが開けてよろこんでいる、という構図になっています。そして、曲目も、全く同じです。ただ、いちおう「Deluxe」というだけあって、去年の11曲に加えてもう5曲、新たに録音された曲と、別バージョンのテイクが収められています。つまり、これは決して「ニューアルバム」ではなく、単なる「ボーナス付きのリイシュー」だったのですよ。ペンタトニックスともあろうものが、なんとも小賢しいことをやってくれたものです。
と思って、ブックレットの写真を見ると、なんと、そこにはメンバーが4人しか写っていません。ベースのアヴィ・キャプランがいなくなっているのですね。もしや、と思って調べてみると、アヴィは今年の5月ごろにこのグループからの脱退を表明していたことが分かりました。そんなことがあったなんて、知りませんでしたよ。これではファン失格ですね。
元々、このグループはミッチ、スコット、カースティンの3人でスタート、そこにアヴィと、ヴォイパのケヴィンが加わったという経緯がありますから、アヴィはグループに対するプライオリティがすこし違っていたのでしょうかね。公式には「あまりに多忙すぎて、家族との時間が取れない」ということなのだそうですが、それはあくまで表向きのコメントのように感じられます。
まあ、そんなことがあったのでは、フルのクリスマス・アルバムを作ろうとしても苦しみますね。そんなモチベーションなんか湧かないのでは。ですから、ここでの、アヴィがいなくなってから録音されたトラックは、そのあたりを象徴するような微妙な仕上がりになっています。
まず、その5曲のボーナス・トラックのうちの2曲では、メンバーは4人だけで歌っています。映画「ドリームガールズ」で一躍注目を集めたジェニファー・ハドソンをフィーチャーした「How Great Thou Art」というゴスペル・ナンバーでは、ベースのパートはおそらくスコットが歌っているのでしょう、ごく平凡なベースラインしか聴こえません。もっとも、これはあくまでジェニファーの圧倒的なソロを聴くべきトラックでしょう。「Away In A Manger」という伝承曲でも、あっさりとしたアレンジで、ハーモニーはベースを欠いています。
そして、別の2曲、いずれもクリスマスの定番曲では、ベースにサポート・メンバーが入っています。「Deck The Halls」にはマット・サリーという人、そして「Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow! 」ではレノ・セルムサーという人です。いずれも、いかにもサポートに徹した正しいピッチとリズムの持ち主ですが、決して前に出てくることはないスタンスをとっているのが感じられます。残りの1曲は、昨年のアルバムの中のレナード・コーエンの「Hallelujah」のトラックに、トリッキーなストリングスを加えたバージョンです。
確かに、これらのボーナスだけでもこのアルバムを聴く価値はありますが、やはり、5人目の正式なメンバーが決まって、それぞれの個性が新たな次元でぶつかりあって作られる彼らの本来のサウンドを、早く聴いてみたいものです。でも、カースティンはすでにソロ・デビュー、ミッチとスコットも「スーパーフルーツ」名義で活動を行っていますから、どうなってしまうのでしょうね。

CD Artwork © RCA Records

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by jurassic_oyaji | 2017-11-09 20:22 | Comments(0)
禁煙だともっといいのですが
 定期演奏会の時にお客さんに配るプログラムの校正が、終わりました。「校正」というか、「校閲」ですよね。私は、自分が書いたものでは必ずと言っていいほどタイプミスなどがあって、アップはしたものの次の日に見直してみたらそんなミスをこっそり直す、といったようなことを繰り返しているのですが、他の人が書いたものは間違いを見つけるのが得意なものですから。「自分に厳しく、他人に甘い」というやつです。逆か。
 ゲラはPDFで送られてくるので、まずはそれを紙に印刷します。もちろん、PCや、場合によってはiPhoneででも確認はできるのですが、私の場合はいったん紙にしてみないとよく分からないんですよね。ですから、自分で何か原稿を書く時でも、最終的にはプリントアウトしたものを見て、鉛筆でチェックを入れるようにしています。ブログなどでいまだに間違いが絶えないのは、そういうものの場合はそこまでのチェックはしていないためなんですね。
 でも、そういうやり方は、もはや印刷の現場では使われてはいないだろうと。ずっと思っていました。これだけ、文章を書くツールが電子化されて、おそらく執筆を生業としている人の大半はもはや手書きで原稿を書いたりはしていないようになっている時代ですから、それを校閲する時にも当然電子的な作業が行われているのでは、と思っていたんですよね。
 ところが、あのドラマで「校閲」の今の現場を見た時には、ちょっとしたショックを受けてしまいました。そこでは、いまだに紙の上で印刷の間違いを訂正する作業が粛々と行われていたのですからね。そうですよね。いくら電子書籍が出回っているとはいえ、最終的に読者が目にするのは圧倒的に紙に印刷されたもののはずです。ですから、それをモニターするんだったら、やはり紙の上しかないということになりますよね。
 つまり、私が全くに自己流でやっていた校正の作業は、まさに「王道」のやり方だったのですね。やはり、自分の感覚は間違っていなかったことを、あのドラマは教えてくれました。
 ですから、ニューフィルのプログラムでも、校正のためにはまず印刷する必要があるので、自宅でデータを受け取っても、作業は職場に行ってプリンターで印刷物を作ってからのことになります。それを前にして紙面に目を走らせていると、私はいつの間にか河野悦子になり切っているのです。
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 そんな感じでチェックして行って、校正刷りが出来てくると、確かに指摘したところは直っているのですが、今度は前には気が付かなかったところが気になったりします。もうこうなると重箱の隅をはじくりだすような作業ですね。それは、前回のプログラムにも載っていた定例の案内文なのですが、その時も見ていて何も気にならなかったものが、なんか直したくなってくるんですよ。何事も、「完成」するまでには手間と時間がかかるものなのですね。
 そんな感じで、本番へ向けての作業が着々と進んでいます。来週にはもうチケット代も集金されるような連絡も入っていますから、そういう「準備」も必要ですね。私の場合も、まずはネット経由でチケットをお願いされている人のための置きチケットの用意もしなければいけません。今度は忘れずに受付に置いておかないと。これは、すでにFacebook経由でイベントとしてお知らせしてありますから、まだお申し込みをしていない方は、ぜひお早めに。
 そして、ハタと思い出したのが、本番での写真撮影のことでした。これも、来週中にはきちんと担当を決めてお願いしておく必要がありますからね。おそらく、どのステージでも降り番のメンバーがいるようなので、その人に私のカメラを預けて撮っていただきましょう。コンチェルトでは、たぶん自前のカメラで撮れそうな人もいるはずですから、大丈夫です。
 掲示板を見てみたら、打ち上げの時間と会場も決まったようですね。前回と同じお店のようですが、その前は立食だったのにその時は席が決まっていましたね。また立食になっていたらいいなあ。
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by jurassic_oyaji | 2017-10-04 21:55 | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies No. 1 & 4
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Rafael Kubelik/
London Symphony Orchestra
Israel Philharmonic Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 248(hybrid SACD)


クーベリックが1970年代に、ベートーヴェンの9つの交響曲を、それぞれ別のオーケストラを使って録音したという、とても今では考えられないような企画は、現在でもその存在価値を失ってはいません。もちろん、最初はLPのボックスでリリースされたものでした。それは繰り返し聴いたのですが、やがてCDが登場すると、あまりにノイズの多いLPには見切りをつけ、それまで持っていたLPをほとんど処分してしまいましたね。当時は全くノイズのないクリアなCDの音を聴いて、愚かにももはやLPの時代は終わったと本気で思ってしまったのですね。取り返しのつかないことをしてしまったと思い知らされるのは、このベートーヴェンの交響曲全集がCDボックスでリイシューされた時でした。それは、LPとは似ても似つかない雑な音だったのです。結局、かつて聴いていた音に出会えるのは、DGによってリマスタリングが行われたSACDが出るまで待たなければなりませんでした。
それは、しかし、第6番「田園」1曲だけでした。その、CDとは全く異なる繊細な音を聴くにつれても、全部の交響曲がSACDで出る時など、果たしてあるのだろうか、とも思ってしまいましたね。その、ユニバーサルのシングル・レイヤーのSACDは、あまりにも高額でしたしハイレゾの配信もなかったようですから。
そうしたら、なんとPENTATONEから、全集からの何曲かが分売でリリースされるようになりました。おそらく、これは全曲分がすでに用意されているはずです。このレーベルは、基本的にPHILIPSの昔の音源をSACDにしてきていましたが、今では同じUNIVERSAL系列となったDGの音源も扱うようになっています。そんな中に、このクーベリックの全集が選ばれたということに、喜びを隠せません。
そこで、まず初回リリースのこのロンドン交響楽団との「1番」とイスラエル・フィルとの「4番」がカップリングされたアルバムを聴いてみることにしました。それぞれのオーケストラは、いつも演奏している本拠地のホールで録音するというのが、この一連のレコーディングのコンセプトなのですが、ロンドン交響楽団はロンドンのブレント・タウン・ホールなのにイスラエル・フィルはテルアビブのホールではなく、ミュンヘンのヘルクレス・ザールで録音されています。
しかし、このSACDを聴いた時には、これはDGの音ではないのでは、と感じました。この交響曲全集では全ての録音はハインツ・ヴィルトハーゲンという、有名なギュンター・ヘルマンスと並んでこの時代のDGを代表するエンジニア(特にピアノ録音を数多く手がけている人)が担当しています。彼らは、このレーベルのトーン・ポリシーをしっかり継承していて、彼らの録音からはいかにもドイツ的な鋼のように強靭なサウンドが体験できます。もちろん、それはLPでも、そしてCDでさえもしっかり感じることが出来ました。それが具体的にどのようなものかは一言で述べられるようなものではありませんが、個人的にはオーケストラの録音では管楽器の音の分離の良さと、トゥッティの弦楽器の豊かなエネルギー感に特徴があるような気がします。
しかし、ここで聴こえてきた音は、とても繊細で魅力にあふれるものではあったのですが、そこからは強靭さがかなり失われているように感じられてしまったのです。こういうサウンドは、DGではなくかつてのPHILIPSで味わえたもののような気もしました。実際、このレーベルでリマスタリングを行っているのは、そのPHILIPSの元エンジニアが作ったPOLYHYMNIAというチームですからね。彼らは、まさにPHILIPSのトーン・ポリシーに則って、DGの音をPHILIPSの音に変えてしまっていたのです。
以前この逆のパターンを、こちらで体験したことがありました。レーベル固有の音まで変えてしまうこういうリマスタリングってなんなんだ、と思ってしまいます。
ま、それでもこれはオリジナルとは別の味で楽しめますから、結局全部入手することになるのでしょう。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-09-23 21:01 | Comments(0)
BACH/Messe h -Moll
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Julia Doyle(Sop), Alex Porter(CT)
Daniel Johannsen(Ten), Klaus Mertens(Bar)
Rudolf Lutz/
Chor & Orchester der J.S.Bach-Stiftung
J.S.Bach-Stiftung/B384


確か、バッハのカンタータの全曲録音を目指して2006年にスタートしたはずの、この「バッハ財団」のプロジェクトですが、その後の進捗状況はどうなっているのでしょう。公式サイトによると、カンタータのCDは第20巻までリリースされているようですが、それぞれ3曲入っているとしてまだ60曲しか完成していませんね。200曲以上あるカンタータが全曲手元に届くのは、そんなにカンタンなことではありません。
ただ、このプロジェクトでは、カンタータは実際の公演のライブ録音ですが、それ以外の宗教曲のスタジオ録音も行っていました。その第1弾が、2012年に録音されたこちらの「マタイ受難曲」でしたが、今回のCDはそれに続いて2016年に録音された「ロ短調ミサ」です。
まず、楽器や合唱の成り立ちから。オーケストラの楽器はピリオド楽器、弦楽器はヴァイオリン11人、ヴィオラ4人、チェロ3人、ヴィオローネ2人で、通奏低音はチェンバロとオルガン、リュートなどは入っていません。合唱はソプラノ12人、アルト7人、テナー6人、ベース8人、ソリストは合唱とは別に4人です。合唱でソプラノだけ多いのは、かなりの曲でソプラノのパートが2つに分かれているためでしょう。おそらく、現代ではこのぐらいの人数が、ストレスなくきっちりピリオドっぽいサウンドを味わえるスタンダードなのではないでしょうか。もはや「1パート1人」のブームは完全に終わっているようです。
ここで指揮をしているルドルフ・ルッツは、オルガニストやチェンバリストとして即興演奏には定評のある人です。この録音ではそれらの楽器は他の演奏家に任せていますが、特にクレジットはないものの、この中でそんな即興演奏を披露しています。1枚目のCDを聴き始めたら、普通はオーケストラと合唱で「キーリエ」と始まるはずのものが、なぜかチェンバロの独奏が聴こえてくるのです。いわば「前奏」を即興演奏で弾いていたのですね。さらに、2枚目のCDの頭でも、今度はオルガンで「クレド」の前奏を弾いています。ライブでは、そのあとですぐ指揮をしなければいけないので、これはちょっと難しいでしょうが、スタジオ録音ということでこんなお茶目なことをやってくれたのでしょう。なかなか粋なアイディアです。
ただ、これはライブの時こそ役にたつやり方なのかもしれませんね。「キリエ」も「クレド」も合唱は何も音がないところから歌い始めなければいけません(「クレド」はたいてい休憩後の最初の曲になります)から、前もって音を取っておかないといけません。あるいは、なにかの楽器で演奏前に音を出すとか。これは、かなりみっともないことですが、こんな風に「前奏」を付けてしまえば、堂々とそれで音取りが出来るのですから、これはもしかしたら新しいブームになるかもしれませんね。
もちろん、この合唱団には、そんなことは必要ないでしょう。長年オーケストラと一緒にバッハのカンタータを歌ってきたこのメンバーは、オーケストラとの歌い方を完璧にマスターしているように思えます。自分のパートが、今オーケストラのどの楽器とユニゾンになっているのかを知って、その楽器にしっかり寄り添って歌っていますから、まるでそれは一つの楽器のように聴こえてきます。こんなすごいことができる合唱団なんて、なかなかいないのではないでしょうか。
テキストの歌い方も、しっかり揃っているのがうれしいですね。「グローリア」の「グロ」をしっかり前に出して歌うのは、日本人にはなかなかできません。
オーケストラでも、ソロ楽器はあまり目立たないで全体の奉仕している姿が心地よく聴こえます。トランペットなどは、全く出しゃばらないのにしっかりとその存在感は伝わってくる、というセンスの良さです。しっかり装飾も入れてますし。ただ、これは好みが分かれるでしょうね。もっとバリバリ吹いてほしいと思う人もいるでしょうから。

CD Artwork © J.S.Bach-Stiftung St.Gallen

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by jurassic_oyaji | 2017-07-22 22:22 | Comments(0)