おやぢの部屋2
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カテゴリ:室内楽( 33 )
SCHUBERT/Piano Quintet "Trout"
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Jan Panenka(Pf)
Frantisek Posta(Cb)
Members of the Smetana Quartet
日本ビクター/JM-XR24205


CDの可能性を究極まで高めた「XRCD」については、例えばミュンシュの「幻想」や「オルガン」などでよく知られているはずです。日本ビクターが開発したこの高音質CDは、元々ビクター関連のRCAなどのオリジナルテープを使って作られていたのですが、最近ではレーベルを超えて過去の「名録音」と呼ばれていたものも登場するようになっています。少し前にはHARMONIA MUNDIのパニアグワなどが出ていましたね。このレーベルは、昔ビクターが発売していたこともあったので関連はなくはないのですが、今回はSUPRAPHONですから、全く無関係なレーベルということになります。本当によい録音のマスターテープの持つそのままの音質をCDで再現できるというこのフォーマット(もちろん、普通のCDプレーヤーで再生できます)は、いつのまにかそこまでの広がりを持つようになっていました。
名盤の誉れ高いこの「鱒」を、1960年に録音されたマスターテープからCDのためにアナログ-デジタル変換を行う「マスタリング」という作業は、ビクターの杉本一家さんという方が担当しています。それが行われたのが2007年の2月なのですが、そのほんの1ヶ月ほどあとに、実は別の録音での彼のマスタリングの現場に立ち会う機会がありました。その時に杉本さんの仕事ぶりを目の当たりにすることができたのですが、そこで見せつけられたものは、良い音に対する徹底したこだわりでした。たとえば、最初に行われるのが、接続してあるケーブルをいろいろなものに交換して聴きくらべるということを幾度となく繰り返し、最もその音楽に合ったものを選び出すという作業なのです。XRCDの説明を読むと、使われている機材のスペックなどが詳細に述べられていますが、こういう作業を見ていると、それだけではない、本当に細かいところまで神経を使っているということが、如実に分かったものでした。そして、最終的には、実際にマスタリングを行う人の「耳」がものを言うことも、はっきり分かりました。そこには、マスターテープの持っている味わいを、いかにしたらそのままCDに移すことが出来るのかという、元の録音に対するとてつもなく深い愛情がありました。
ピアノのヤン・パネンカと、スメタナ弦楽四重奏団のメンバーが中心になって演奏された「鱒」の録音は、かつてはほとんど一つのスタンダードとして広く知られているものでした。市販されていたレコードも、もはやオリジナルのSUPRAPHONだけではなく、得体の知れないレーベルからも廉価盤という形で出ていることもあったほどです。それらに接した限りでは、録音の面では特に印象に残るようなものではありませんでした。ところが、今回の新しいマスタリングによるCDからは、そんなレコードとはまったく違った音が聞こえてきたのです。実は、冒頭のピアノのアルペジオが終わった後は、ゲネラル・パウゼだとばかり思っていました。ですから、そこでなにやら音が残っていたのを聴いたときには、てっきり録音上の事故だと思ってしまったのです。しかし、それはコントラバスが延ばしていた音だったのですね。今まで数え切れないほど聞いてきたこの名曲ですが、スコアを見たことはなかったので、こんな風になっていたなんて、これで初めて知らされたことになります。そのポシュタのコントラバスは、なんとニュアンスに富んでいることでしょう。ボウイングの返しまでとらえていた録音が、このマスタリングによって見事に再現されています。
同じように、パネンカのピアノも、実に生々しく再現されています。それは、単にピアノの音だけはなく、そのまわりの雰囲気まで感じられるほどのものでした。まるで、1960年頃のちょっと垢抜けないチェコの録音スタジオの風景までが眼前に広がっているような錯覚さえ、この録音は引きだしてくれていたのです。
マスタリングだけでこれほどまでに情報量が増えたことで、ちょっと思いついたものがあったので確認してみたら、かつて、最新のマスタリングで音が全く変わっていたことをお伝えしたメシアンの「時の終わりのための四重奏曲」のタッシ盤も、杉本さんが手がけていたものだったのですね。この「鱒」も、ますに「杉本マジック」のなせる技です。
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by jurassic_oyaji | 2007-05-12 22:11 | 室内楽 | Comments(0)
SCHUBERT/Octet





Mullova Ensemble
ONYX/ONYX 4006



シューベルトの作品で私が最初に接したものが八重奏曲(オクテット)だったというのは(あ、リートなどは彼の作品だとは知らずに聴いていましたが)、交響曲などについては奥手っということになるのでしょうか。それは幼少の頃の、「ウィーン八重奏団」という団体の来日につながる思い出です。ウィーン・フィルのコンサートマスター、ウィリー・ボスコフスキーと、その弟(兄?)の首席クラリネット奏者アルフレート・ボスコフスキーによって創設されたこのアンサンブル、その時にはウィリーは別の人に代わっていましたが、アルフレートはまだメンバーだったはずです。その初来日公演の模様はNHKのテレビやラジオで何度も紹介されていました。当時のNHKには後藤美代子という、いかにも「クラシック」そのもののような格調高いしゃべり方をするアナウンサーがいて、このような放送のMCは一手に引き受けていたのですが、そこで彼女がメンバーの名前を読み上げる調子まで、未だに耳に残っているのですから、幼い頃の刷り込みとは恐ろしいものです。「フィリップ・マタイス」とか、「ギュンター・ブライテンバッハ」などという、まるでおまじないのような名前を今でも思い出すことが出来るのですからね。
そのウィーン八重奏団が演奏していたのが、この八重奏曲だったのです。特に耳に残ったのが、第3楽章のスケルツォ。その軽快なリズムと明るい曲調は、それ以来私の「マイ・フェイヴァリット・シューベルト」になりました。第4楽章の優美な甘さもいいですね。何回も聴いているうちに、第6楽章のテーマがとても無駄の多いもののように思えてきたりもしたものです。シューベルトにはそのような冗長な面もあることを知ったのはずっと後になってから、当時はこのアンバランスなテーマが不思議でなりませんでした。
それから何年たったことでしょう。久しぶりにこの曲の新録音を見つけたので、何はともあれ聴いてみる気になりました。ヴィクトリア・ムローヴァが大分前に演奏スタイルを変えていたことも知っていましたから、それを実際に確かめるという興味もありましたし。
まず印象的だったのは、パスカル・モラゲスのとても柔らかい音色のクラリネットでした。その場の楽器の音を全て包み込んでしまうような、ふんわりとした響き、他の管楽器、ファゴットとホルンも、それにピッタリ合わせた音色で、見事に溶け合っています。そして、ムローヴァを中心とする5人の弦楽器は、幾分渋めの音色で、それに応えていて、アンサンブル全体がまるで一つの楽器になったかのような趣をたたえています。ところが、そんな穏やかな外見とは裏腹に、その中で行われている楽器同士の駆け引きは、とことん緊張感をはらんでいるというのが、面白いところです。モラゲスがあるフレーズを歌いすぎていると見て取るや、そのフレーズを受け取ったムローヴァは、まるで甘さをたしなめるかのように、冷徹な歌い方で返す、といった具合です。ですから、第4楽章の変奏曲では、とてもスリリングなドラマが展開されることになります。テーマは素っ気なく始まりますが、それを受けて各変奏でソロを取る楽器がここぞとばかりに自己を主張する様は、まさにアンサンブルの醍醐味といえるでしょう。フィナーレも絶品です。序奏が終わって、さっきの「変な」テーマが本当にさりげなく、遅めのテンポで始まります。しかし、その遅さは、コーダの伏線だったのです。この、荒れ狂うようなコーダの迫力のあること。
「八重奏曲」のこんなスリルに満ちた一面なんて、ウィーン八重奏団のいかにもサロン風の優雅な演奏からはとても気づくことなど出来なかったはずです。さっきのスケルツォにしても、ただの脳天気な曲想だと思っていた中に、これほどの陰影が込められていたというのも、新鮮な発見でした。なによりも、「ウィーン」で聴き慣れた思い出の中にはなんの意味もない「つなぎ」としてしか受け止めることが出来なかったような多くのパッセージが、ここでみずみずしくその必然性を主張してくれていたのは驚きです。ムローヴァたちの演奏によって、この曲の魅力が、ワンランク高いところで味わえるようになったことに、感謝です。
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by jurassic_oyaji | 2005-11-26 08:30 | 室内楽 | Comments(0)
MOZART/Clarinet Quintet, Horn Quintet, Oboe Quartet


Lorenzo Coppola(Cl)
Pierre-Yves Madeuf(Hr)
Patrick Beaugiraud(Ob)
Kuijken String Quartet
CHALLENGE/SACC72145(hybrid SACD)



クイケン兄弟の次男ジギスヴァルトと長男のヴィーラントがファースト・ヴァイオリンとチェロという外声を担当している「クイケン弦楽四重奏団」、かつてモーツァルトのレクイエムをこの編成で演奏した珍しいCDをご紹介したことがありましたね。今回は、それに比べればいたってまとも、クイケン達のオーケストラ、「ラ・プティット・バンド」の管楽器奏者が参加しているアンサンブルです。
まずは、名曲中の名曲、クラリネット五重奏曲、クラリネットは、これも周知の「ゼフィーロ」のメンバーでもある、ロレンツォ・コッポラです。ただ、ここでコッポラが使っている楽器がちょっとくせ者。ただのクラリネットではなく、「クラリネット・ダモーレ」という聞き慣れない名前だもーれ
左の図を見れば、普通のクラリネットとはちょっと違った形をしていることがお分かりになることでしょう。現代の楽器に比べてキーが少ないのは「古楽器」であることで比較の対象からは外して頂くことにして、注目して頂きたいのは、胴体とマウスピースをつなぐ「ボーカル」と呼ばれる部分と、開口部の形です。ボーカルは少し湾曲していますし、開口部も朝顔型ではなく、ちょうどコール・アングレやオーボエ・ダモーレのような壺状の形をしていますね。そう、まさにこの楽器は、そのオーボエ・ダモーレのクラリネット版なのです。オーボエ・ダモーレが、オーボエより短三度低いA管であるのと同様、この楽器もA管である普通のクラリネットより長三度低いF管になっています(つまり、一回り大きな楽器、ということです)。
そもそも、モーツァルトがこの五重奏曲を作ったのは、友人のクラリネット奏者アントン・シュタードラーのためでした。ただ、シュタードラーがこのクラリネット・ダモーレを吹いていたというわけではなく、彼の楽器は「バセット・クラリネット」という、通常のA管の低音の音域を広げたものですから、ここでのコッポラの選択は、決して「オリジナル」を追求したものではなく、同じ音域を持つ知られざる楽器を使ってみたものだと受け取るべきでしょう。
私が初めて体験したクラリネット・ダモーレの柔らかい音色はとても魅力的なものでした。特にその最低音は、ちょっととってつけたようなバセット・クラリネットのそれに比べて、あくまで他の音域との違和感のない、自然なものです。もちろん、A管用に改竄された楽譜の音ではなくモーツァルトが書いたオリジナルの音型が聞こえてくるのもありがたいもの。協奏曲も、この楽器で聴いてみたい気になってきました。ただ、そのような価値のあるアプローチではあるのですが、この演奏全体を覆っているある種の生真面目さよって、音楽を気軽に楽しめなくなっているような印象を与えられるのは、ちょっと残念です。ラルゲットの一本調子な歌い方も、かなり不満が残ります。
それに比べると、あとの2曲は曲想の違いもあるのでしょうが、いかにもすがすがしい息吹が感じられて楽しめます。あまり聴くことのないホルン五重奏曲は、通常の弦楽四重奏ではなく、ヴィオラが2本という渋い編成、しかし、出てくる音楽はいかにもすっきりしたものです。マデュフのホルンはもちろんナチュラルホルン、時折、「プ」とか「ペ」といった、ゲシュトップで音程を修正した音が混じるのが、何とも言えぬ和やかさを醸し出しています。ボージローのオーボエも、他のメンバーと見事に一体化した呼吸から、確かな「悦び」を伝えてくれています。そこには、先ほどのコッポラのような硬直した音楽ではない、豊かな歌が溢れています。
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by jurassic_oyaji | 2005-10-17 20:30 | 室内楽 | Comments(0)