おやぢの部屋2
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「ワーナー」のレーベルです
 きのうは、ニューフィルはパートごとの分奏の日、木管はトレーナーの先生を呼んで「幻想」全曲という予定でレッスンがありました。ただ、5つある楽章の中で、第2楽章にはファゴットが全く出番がないので、それは最後にやろうということでとりあえず第4楽章あたりから始めました。
 しかし、この曲は思いのほか難所が多く、1か所で引っかかるとなかなか先に進みません。結局、第4楽章→第5楽章→第1楽章まで行ったところで、第3楽章に手を付ける前に時間が一杯になってしまいましたよ。もちろん、ファゴットも先に帰るわけにはいきませんでした。
 ところで、この「幻想交響曲」を作ったベルリオーズは1803年に生まれて1869年に亡くなっているので、今年は「没後150年」になるということに、つい最近気が付きました。この曲をやることを決めたときには、誰もそんなことには気が付いていなかったはずです。というか、分かっていればチラシにも入れていたのに。まあ、きのう送った「企画書」にはかろうじて間に合いましたから。
 先日の指揮練での「幻想」のリハーサルのときに、篠崎さんは雑談で昔聴いていたミュンシュとパリ管のLPレコードでは、第3楽章の途中で盤を裏返さなければいけなかったというお話をされていましたね。篠崎さんが聴いていたのは国内盤でしょうから、「エンジェル」レコードだったはずですが、最初にEMIからリリースされたときのジャケットはこんなのでした。
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 ちょうどその裏返す場所(↓)には、フルートのソロがあるので、その話は私のタイミングがちょっとのろくて止められた時だったと思います。68小節目の赤線の部分で「A面」が終わるので、それを裏返すためにここで一旦音楽が止まってしまいますから、それが刷り込まれていてなんだかここで休まなければいけないような気になるのだそうです。もちろん、CDになってからはそんな必要はありませんから、普通に楽譜通りの演奏が聴けるようになったのですけどね。
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 ところが、その同じ録音のCDというか、新しくリマスタリングが行われたSACDが手元にあったので聴いてみたら、その場所にはしっかり4秒間の「空白」があったのですよ(05:05から05:09までの間)。
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 これは、「マスターテープから直接リマスタリング」というのが売りのSACDだったのですが、その「マスターテープ」というのは、おそらくカッティング用のマスターでしょうから、この曲の場合はA面用とB面用との2本が用意されていたのでしょう。その1本目は、当然第3楽章の68小節目の赤線の前で終わっていますから、その後にすぐB面用の2本目の頭をつなげなければいけません。しかし、それを行ったエンジニアはスコアが読めなかったのか、そもそもこの曲を知らなかったのか、そのつなぎ目に空白を設けてしまったのですね。
 実は、もう1枚、2001年にデジタル・リマスタリングが行われたCDもあったので聴いてみたのですが、やはり同じ場所に同じ長さの空白がありました。その時のリマスタリング・エンジニアと、SACDのエンジニアは同じ人でしたね。
 これは、NMLにも同じ音源があったので聴いてみたのですが、それも全く同じ状態でした。それはどんなマスターが使われているのかは不明ですが、現在入手できるデジタル・データは、すべてこの「空白入り」のものになっているということになりますね。
 でも、篠崎さんのようにLP時代の「幻想」を聴いて育った人だったら、逆にこれには何の違和感もないかもしれませんね。
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 イアン・ジョーンズというそのエンジニアも、もしかしたらそういう世代の人なのかもしれませんね。
 EMIがなくなって、今ではこの録音は「ERATO」というレーベルでリリースされています。NMLの音源もこれでしょうから、これにもしっかり「空白」が入っているんでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2019-02-20 22:03 | 禁断 | Comments(0)
「朧」というお店
 篠崎さんとの、定期演奏会へ向けての最初のリハーサルが終わりました。私は今回は全乗りだったので、全ての曲で吹かなければいけませんでしたから、とても疲れましたね。何しろ、最初はまず全曲を一通り通していたので、その「本番テンポ」についていくのがとても大変でした。やはり、今までの団内での思いやりのある適度なテンポでの練習とは全く別物の、最初から完成品のテンポを提示されるのですから、これはもうパニック状態です。でも、実際にやってみると、途中で止まってしまうようなことはなく、曲がりなりにもきちんと最後まで通るのですから、大したものです。とても厄介なラヴェルの「スペイン狂詩曲」でさえ、なんとか形になっていたのですから、すごいですよ。
 もちろん、ほとんどの時間は吹いていなければいけませんから、演奏中の写真などはまず撮れないと思っていたのですが、「幻想」の第3楽章の最後の部分ではかなり長い時間のタセットがあるので、そこで席を抜け出して何枚か撮ってみました。
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 これは、ティンパニが「雷」を演奏しているところですね。ヴァイオリンは、まだエキストラが揃っていないので、空席が目立ちます。
 通しが終わった後の小返しでは、もうあちこちで満足のいかないところが露呈してしまったので、篠崎さんは丁寧すぎるほどに何回も何回も演奏させて、完成度を高めようとしていました。ですから、予定の時間はどんどんはみ出していって、結構最後の方では時間が足らなくなっていましたね。
 それでも、1日目のきのうは一応全部の曲をしっかりやれていたのですが、今日の場合はもう前半の「幻想」だけでほとんど1日分の練習時間を使ってしまいましたね。まあ、これが篠崎さんのやり方、新田さんみたいにきっちりと予定通りに仕上げていくのもなかなかスマートですが、こんな風につっかえつっかえ一つのものを土台から作り上げていくという作業も、なかなか楽しいものです。疲れますけどね。
 今回はフランスものということで、音楽に作曲家が込めたであろう具体的なイメージを次々に提示してくださいました。あとは、曲に絡んだ小ネタなど、練習に関係のないことを突然話し始める、というのも、ちょっと和みますね。もちろん、雑談とは言ってもそのベースはもう音楽が好きで好きでたまらないという気持ちですから、とても興味深いものです。
 これはまだまだ序の口、次回からは分奏も加わって、より細かいところまで掘り下げて作り上げていただけることでしょう。篠崎さんが描いているイメージをどれだけニューフィルが表現できるかが、カギになってくるのでしょうね。
 きのうは、練習が終わってから指揮者を囲んでの飲み会がありました。会場の国分町のさる居酒屋は、なんだか不思議なお店で、飲み物を注文してもなかなか持ってこなかったり、お刺身を人数分配らなかったのでみんなで文句を言ったりと、ちょっとお店としてはどうかな、という感じでした。そこのメインは、こんな「鍋」でした。
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 なんか、初めて見る形の、いちおう「タンしゃぶ」なんだそうです。鍋というよりは、鉄板の真ん中に窪みがあって、その周りにキャベツの千切りとセリが土手のように積み重なり、その上に牛タンが乗ってます。窪みにはスープが入っていて、そこでしゃぶしゃぶをゆでるのですが、その間にまわりのキャベツにも火が通ってくるという仕掛けなんだそうです。
 しゃぶしゃぶを食べ終わったら、そこに「締め」の麺が運ばれてきました。それをスープで湯がいてつけ麺として食べるということなのに、いつまでたってもその「つけ汁」が来ません。
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 だから、もうそこにあったしゃぶしゃぶのタレに麺を入れて食べてしまいましたよ。そして、もう麺がなくなったころに、やっとゴマダレがやってきたのですよ。笑えますね。でも、また新しいスープと麺を追加してくれたので、許しましょうか。なんか、マジで店員と喧嘩しているメンバーもいましたね。
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 最後に店員さんに頼んで集合写真を撮ろうとカメラを渡したのですが、誰でも撮れるカメラなのに、なぜかその店員さんはシャッターが押せませんでした。それで、私がまず見本でシャッターの押し方を教えるために撮ったのが、これです。そのあと、学習したその店員さんが撮った写真には、私も入っていますよ。それは公式Facebookの方で。
by jurassic_oyaji | 2019-02-17 22:10 | 禁断 | Comments(0)
ベートーヴェンの交響曲は、何種類もの楽譜があります
 きのうの「おやぢ」では、ペータース版を取り上げていました。あそこでは「第9」がネタになっていたのですが、実はもう一品用意してありました。つまり、あれだけではさすがに寂しかったので、もう少し盛り上げようとしていたのですが、結局そこまでしなくても規定の字数が埋まってしまったので、その「もう一品」はボツになってしまいました。となると、他で使い道はないので、ここでそれを紹介させていただくことにしましょう。
 それは、「田園」についてのネタです。ニューフィルでは今までに2回この曲を演奏していますが、一番最近のものが1997年4月の第27回定期演奏会でした。もう20年以上前のことですね(つまり、ニューフィルでは20年以上この曲を演奏していません)。その時の指揮者が、やはり20年以上前の下野竜也さんでした。そのころから挑戦的なことが好きだった下野さんは、その時にペータース版のスコアを使って指揮をしていたのですよ。ただ、パート譜は昔の旧ブライトコプフ版でしたから、適宜スコアに従って直して弾いていました。ですから、今では第2楽章の弦楽器に弱音器を付けて演奏するのは当たり前になっていますが、当時はみんな戸惑っていましたね。
 ただ、その楽章にはもう1個所、そういう奏法や表現面のことではなく、音そのものが旧ブライトコプフ版とは違っているところがありました。それは、83小節目の後半です。

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↑旧ブライトコプフ
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↑ペータース(新ブライトコプフ)

 ご覧のように、ヴィオラ、クラリネット、ホルンの赤丸で囲んだ実音E♭がEナチュラルに変わっているのですよ(次の小節は、どちらもE♭)。ですから、ハーモニーも「短調→短七」だったものが「長調→属七」になっています。これは、例えばクラリネットの音を聴いていればはっきり聴き分けられます。
 でも、下野さんはここは直さないで、旧ブライトコプフのままの音で演奏させていたことが、この時のCDを聴いて確認できました。ですから、ここをもしペータース版通りに演奏していたら、その録音は「世界で初めてペータース版を使って演奏されたCD」だったマズアとゲヴァントハウスのものに次ぐものになっていたのですけどね。惜しいことをしました。
 このころは、あの「ベーレンライター版」が華々しくデビューをしていました。ところが、ベーレンライター版を校訂したジョナサン・デル・マーは、この楽章の弦楽器には弱音器を付ける指定は加えましたが、この83小節目の部分には手を付けなかったのです。その代わり、ペータース版では何も変化がなかった「第9」での終楽章、マーチの後のオーケストラだけの部分が終わって、再び合唱が始まる直前のホルンのリズムを、とても不規則な形で提案していましたね。
 「おやぢ」にも書いたように、今ではペータース版は絶版になっていますが、それはほとんど同じ形で新ブライトコプフ版に引き継がれています。これは、ペータース版で校訂を行っていた2人のうちの一人、ペーター・ハウシルトが、新ブライトコプフ版の校訂も「田園」を含めて6曲行っていたためです。残りのもう一人のペーター・ギュルケの仕事も、おそらくクライヴ・ブラウンという人が、かなり忠実に再現しているのではないでしょうか(例えば、「5番」の第3楽章の繰り返し)。
 この新ブライトコプフ版も、今ではベーレンライター版と並んでオーケストラの標準的なライブラリーになりつつありますから(篠崎さんも、ベーレンライターよりブライトコプフの方を支持しているようですね)、そのうち、この第2楽章の「長調」になった録音が広く出回るようになるのではないでしょうか。とりあえず、私が持っているCDでは、こちらがそうでした。
by jurassic_oyaji | 2019-02-15 23:01 | 禁断 | Comments(0)
今週は木、土、日が練習
 明日はヴァレンタインデーなんですね。ラジオなどではもうその話でもちきりですが、いつの間にか、この日は「好きな男性にチョコレートを贈る日」ではなく、「自分のためのご褒美にチョコレートを買う日」に変わっていたのだそうですね。どの番組のMCもほぼ同じことを言っていましたから、きっと本当のことなのでしょう。いったい、誰がそんなことを決めたのでしょうね。
 いや、そもそもこの記念日には花束を(男性から)贈るというのが「本場」の習慣だったはずですから、それを(女性からの)チョコレートに変えた時点で、その首謀者は明らかです。そして今度は、その「用途」を「拡大」するために、「好きな人」というめったにはいない人だけではなく、「自分」という、「どこにでもいる人」をターゲットにしてみようと、首謀者たちは考えたのでしょうね。それにまんまと乗せられて(というか、片棒を担いで)ヘビーローテーションを展開しているのが、MCたちなんですよ。
 まあ、それはそれとして、明日はたまたまニューフィルの練習日ですから、おそらくチョコレートを受け渡しする「現場」に立ち会えることでしょう。
 その時には、チョコレートだけではなく、今度の定期演奏会のチラシとチケットも渡されるはずです。先週には印刷が出来上がってきたのですが、ついさっきまでそれを袋に詰める作業を手伝っていました。私が着いたころにはもうほとんど作業が終わっていて、私はもっぱらポスターを丸めるのを手伝っただけですけどね。それで、そのチラシとポスターは、団員だけではなく、市内外さらには県外までの多くの施設に展示されることになるのです。そう、また、私もチラシ配りに忙殺される日々が始まることになるのです。
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 これがチラシとチケットの現物です。チケットに同じフォントで曲目が書いてありますが、今回はすべての曲目の字数が全く同じになるという珍しいことが起こっていました。

デュカス/魔法使いの弟子(12字)
ラヴェル/スペイン狂詩曲(12字)
ベルリオーズ/幻想交響曲(12字)

 ねっ、ですから、印刷して並べるときっちり縦横が揃ってくれますよね。これは、最初に公式サイトに掲載した時に気が付いていましたから、なんか特別な感じがしましたね。ですから、例えば1曲目などは「交響詩『魔法使いの弟子』」と書くこともできるのですが、それはあえて避けて、この「奇跡」を大切にするようにしていました。
 残念ながら、チラシやポスターでは、メインの曲を大きめのフォントにしたために、そのような意図は全く伝わらなくなってしまいました。まあ、それが穏当なところ、プロのデザイナーの仕事なのですから、仕方がありません。
 でも、確かにメインは尺が長いので大変ですが、練習していて大変なのは、もっぱら「小さな字」で印刷されている曲の方なんですけどね。私の場合、「魔法使いの弟子」でも1番フルートなのですが、その大変さと言ったら想像を超えていました。さらに、その大変さが、おそらく聴いている人にはほとんど伝わらないだろう、というのが悔しいですね。おそらく作曲家も、これが楽譜通りにきちんと聴こえることなんか期待してはいなかったのではないか、というような気さえしてきます。
 「スペイン狂詩曲」では2番ピッコロなので、音自体はそんなに面倒ではないのですが、全体の中にはめるのがとても大変です。そもそも、こういう音楽にニューフィルのメンバーは慣れていないので、そういうセンスがあまり身についていないのでしょうね。
 それに比べたら、「幻想交響曲」はとてもすっきりしていて吹きやすいですし、魅力的なソロもたくさんあるので、うまくいけばとても楽しく吹くことが出来そうです。問題は「うまくいかない」時もあるということでしょうか。いまだに、練習会場で音を出すと、コンディションがボロボロになってしまうことがあるんですよね。そうならないためには、ひたすら練習を重ねるしかないと思っているのですが、もう今週末には篠崎さんがやってきますからそんなことは言ってられません。
by jurassic_oyaji | 2019-02-13 22:34 | 禁断 | Comments(0)
3日分です
 この三連休は、カレーを作ってみました。まずは、中華鍋で玉ねぎとニンジンをバターで炒め、くたくたになるまで火を通します。その間に、牛肉にカレー粉を少し振りかけて、鍋で軽く炒め、おろし生姜、おろしニンニクを加えたのち、赤ワインと水を入れ、セロリ、ロリエ、鷹の爪を入れて煮込みます。そこにさっきの玉ねぎとニンジンとおろしリンゴを加え、水を足して、沸騰させ、アクを取りながら煮込み、そこにじゃがいもを入れて、少し柔らかくなるまで煮込みます。そのあと、セロリ、ロリエ、鷹の爪を取り除き、カレールーとチョコレートを入れます。あとは、弱火でコトコト煮込み、最後にしょうゆ、ウースターソース、トマトケチャップを少量入れて出来上がりです。
 なんて、私は愚妻に言われるままに野菜を切ったり炒めたりしていただけ、今度は一人で作れるように、ここにレシピを書いておいただけです。
 これで、いつも愚妻が作っていたのと同じ味になるはずだったのですが、味はまあ変わらないものの、なんか微妙なにおいがありました。どうも、最初に加えた赤ワインが、開封してしばらく使っていなかったので(我が家ではだれも飲みません)、変質していたみたいなんですね。まあ、2日目にはその匂いは消えていたし、別に腹具合もなんともなかったので、大丈夫だったんでしょう。この次は、新しいワインを開けて使いましょうね。もらって飲まないのがいっぱいありますから。
 あとは、時間があったのでたまっていた録画を消化しなければ。映画とかドラマを優先して見ているので、どうしてもコンサートなどは後回しになってしまいます。それで、まずは去年の「プロムス」から見てみましょうか。正直、このラスト・ナイトのコンサートはあまりにもバカ騒ぎが過ぎるので決して最後まで見ることはないのですが、たまに掘り出し物があったりしますから、一応目を通しておかないと。
 今年は、それがありました。ヒンデミットの序曲が1曲目にあって、ああ、今年はついにこの作曲家もニューフィルでやるのだな、と思いつつ、メンバーを見ていたら、フルートのマイケル・コックスという首席がこんな人でした。
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 こんなふさふさの髭で、唄口がほとんどふさがれていますが、音に影響はないのでしょうかね。フルートではまだいくらか隙間がありますが、ピッコロも吹いていて、その時にはもう完全に穴がふさがれていたようですけど。他人事ながら心配になってきます。というか、見ていて気持ち悪いですよね。ゴールウェイぐらいなら全然気になりませんが。
 次の曲の前に、アナウンサーが「ベルリオーズの『テンペスト』をお送りします」と言ったので、これはラッキー、と思いました。いま「幻想」をやっているところですからね。でも、「テンペスト」なんて曲、あったかなあ。
 でも、曲が始まったら、それはあの「レリオ」の最後の曲ではありませんか。もう3年前になってしまったんですね。これはもちろん、自分で歌っていましたし、その時の映像もありますから見たことはあるのですが、ほかのオーケストラが演奏している映像を見るのはこれが初めてです。なんでも、これがこのオーケストラにとっても初めての演奏なのだとか(プロムスでは初めて、だったかな)。とにかく、極めつけのレアな映像です。もう懐かしさでいっぱいになってしまいましたね。どうしても客観的には聴けませんから、演奏はこれよりも3年前のパスカル・ヴェロ指揮の仙台フィルの方が断然いいような気がしましたね。もちろん合唱も。
 そしてもう1本、N響がバッハを演奏したというので、見てみることにしました。いつもは、コンサートマスターの前説が耐えられないのでまず見ることはないのですが、今回はそれは全部飛ばして、演奏だけ見ることにしましょう。
 指揮は、トーマス・ヘンゲルブロック。私の中ではこちらの、「中途半端なハンブルク稿」を録音した指揮者、という印象がありますが、実際はバッハなどバロック物もかなり手掛けているようですね。そして、彼が作った合唱団が、ここでN響と共演しているというのも、興味がありました。
 コンサートは、真ん中にシェーンベルクが編曲した「前奏曲とフーガ」を挟んで、その前後でバッハのオリジナルを演奏するという構成、編成が全然違いますから(シェーンベルクは4~5管)、休憩時間に椅子を並び替えるのは大変だったでしょうね。
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 一番聴きたかったのは、最後の「マニフィカト」。ソリストの名前がなかったのでもしや、と思ったら、予想通り合唱団のメンバーがソロを歌っていましたね。それが、かなり技量に差があるのがちょっと問題。かなり早めのテンポなので、メリスマなどはボロボロでしたね。でも、カウンターテノールとテノールの二重唱は、とても声が溶け合っていい感じでした。合唱全体としたら、初稿から持ってきたモテットやアンコールのようなア・カペラではとても素敵でしたね。本編は、もっといい合唱団はいくらでもいるな、という感じ。それと、追加のモテットはあくまで初稿のものなので、オケも初稿で演奏してほしかったな、とは思います。こういう折衷スタイルで演奏するところが最近は増えていますが、ヘンゲルブロックはやっぱり中途半端なんですね。
by jurassic_oyaji | 2019-02-11 21:55 | 禁断 | Comments(0)
日本のアマゾンで、外国のスコアも買えます
 私はお酒は飲めませんし、ファッションにも全く関心がないので、酒代や洋服代などはほとんど使いません。まあ、楽器もそこそこ満足できるものを持っているので、これ以上新しいものが欲しくなることはまずないでしょう。
 その代わりといっては何ですが、CDと楽譜は結構買ってますね。CD(もちろん、SACDとか、場合によってはLPも)は、クラシックの新譜情報サイトで毎日チェックして、本当に必要なものだけを通販サイトで買うことにしているのですが、厳選して買っているつもりなのに、ついに1回も聴くこともなく山積みになってしまうこともありますね。
 もう今では、少なくとも仙台市内ではお店に行って買うことは全くなくなりました。だって、欲しいものは全く店頭にはないんですからね。そもそも、かなり大きなCD屋さんでも、クラシック売り場と言ったら片隅の小さなスペース、そこにあるのは人気のある「売れそうな」CDばっかりですから、そんなものには全く何の興味もわきませんからね。というか、クラシックのCDはそもそも「売れる」ものじゃないんですからね。それを無理に売ろうとするから、本当につまらないものばかりが蔓延することになるのですよ。私が欲しいと思うものは、おそらく全国でも何十枚ぐらいしか出回らないようなものばかりですからね。そんなものが店頭にあるわけがありません。
 ですから、私にとってCDの通販サイトはもうなくてはならないものになっています。ここだったら、待ってさえいればどんなレアなアイテムでもほぼ間違いなく手に入りますからね。
 ただ、その決済はクレジットカードで行うことになっているので、たまに厄介なことが起こります。今日届いたメールでは、「出荷準備のために決済を行おうとしたら、カードが使えなくなっていました」というものでした。たしかに、最近前のカードの期限が切れたので新しいカードが届いたばかりでした。ただ、私は直後にそのサイトで、ちゃんと更新情報を登録してあったのですけど、こんなことが起こってしまったのです。
 つまり、このサイトでは何枚かまとめて注文すると最大で40%も割引されることがあるので、いつもそういうセールを狙って注文しているのですが、そのためにかなり先にならないと入荷しないものを一緒にしないと数がまとまらないので、注文してから数ヶ月経ってから発送ということがよくあります。ちょうどその間にカードの更新があったので、注文を受けたときには問題はなかったものが、発送の時に決済しようとして引っかかったのでしょうね。そういうこともきちんと引き継いでもらえているのだと思って更新したのですが、それはこのサイトの能力を超えたことだったのでしょう。仕方がないのでもう一度新しいカード情報を入力して、手続きが進むようにしましたよ。
 結局、安く買おうと思っても、すぐにでも聴きたいものは一緒にしない方がいい、ということにもなりますよね。まあ、そのあたりの見極めが微妙で、注文してから入荷日が2、3か月伸びてしまうようなことはざらにありますからね。あ、もちろん、私が買うのはほぼ輸入品です。クラシックの国内盤CDで買いたいと思えるようなものは、まずありません。
 楽譜もいろいろ買ってますが、これは別にクラシックには限りません。この間、パフォーマンス広場で練習をしていた時に、遠くの場所にフルートの人がいて、その音が聴こえてくるのですが、その人が吹いていたのが「オペラ座の怪人」のナンバーでした。それが結構素敵に聴こえたので、その楽譜が欲しいと思いました。さっそくこれも通販サイトを検索したら、「オペラ座の怪人」だけでもたくさんの種類がありましたね。つまり、ピアノ伴奏と歌が入ったヴォーカル・スコアのほかに、フルート版とかサックス版など、ほとんどの楽器のバージョンが揃っていたのですよ。ですから、私は迷わず「フルート版」を注文しました。
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 これは海外取り寄せだったようで、届くまでに少し時間がかかりました。そして、その外国から届いた荷物を開けてみると、楽譜がえらく薄いんですね。それはなんと、フルートのパート譜だったのですよ。
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 普通、こういう曲集を買うと、まずはピアノ伴奏が付いたスコアがあって、その付録としてパート譜が付いてくるものなのですが、これはパート譜だけ。ちゃんと伴奏が間奏を弾いている間の休みの小節まで入っていましたよ。
 でも、このフルートパートの伴奏用の楽譜は、そのサイトでは見つかりません。ヴォーカル・スコアはサンプルで中身が一部見られるようになっているのですが、それはこのフルート版とはキーが違っていました。たしかに、このフルート版はまさにフルート向きのキーになっていましたからね。困ったものです。
 仕方がないので、ひたすらソロで吹いてます。まあ、そのうちトランスポーズの機能の付いた電子ピアノでも買ったら、ヴォーカルスコアも買ってみましょうかね。
by jurassic_oyaji | 2019-02-08 21:37 | 禁断 | Comments(0)
1箇所は私が持っていきます
 ニューフィルの今度の定期演奏会のチラシやポスターのデザインが決まったのは、2週間前のことでした。本番の3か月前ですよ。半年に1回の周期でコンサートを行っている団体にしては、驚異的な早さではないでしょうか。なんたって、決まってすぐにネットに公開できるような体制が出来ていますから、おそらくほかの団体にはまねが出来ないことでしょう。コンサートは知ってもらうことが第一ですから、その情報は早く出すに越したことはありません。
 ところが、今日になって、その早さゆえの問題が起こってしまいました。さるプレイガイドさんから、「お客さんから、チラシにプレイガイドとして名前が書いてあるのに、チケットをおいていないのはけしからん」というお叱りを受けた、という連絡があったのですよ。確かに、ネットに公開したチラシの画像には、プレイガイドの名前は書いてありますからね。
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 もちろん、公開されたのはあくまで画像で、それをもとに印刷を行って現物のチラシやチケットが出来上がるのには、それなりの時間がかかります。つまり、ちょうど2週間たったきのう、それが出来上がってきたのですよね。ですから、それを業者に届けてプレイガイドに納品してもらうには、さらにまた何日か必要になってくるわけです。
 でも、そんなことはお客さんにはわかるわけがありませんから、画像にプレイガイドの名前があれば、そこに行って買い求めようと思うのは当然のことです
 確かに、大きなコンサートだとプレイガイド発売の日にちが書いてありますから、それがなければすぐに入手できるだろうと思うのは当然ですね。ただ、今までそんなことは全然ありませんでしたし、業者さんが納品する日も正確にはわかりませんでしたから、チラシに印刷することは無理でしたけどね。まあ、これからは、画像を公開した時には「チケットが出回るときには、またご報告いたします」ぐらいのコメントを付ける必要があるでしょうね。いや、正直、そんな情報でニューフィルの演奏を聴きたいと思い、チケットまで買おうと思ってくれたなんて、もう広報係冥利に尽きる話ですよね。ありがたいことです。
 もちろん、ニューフィルのチケットはプレイガイドでも買えますが、当日券も十分に用意してありますから、焦って買わなくても大丈夫ですよ。全席自由席ですし、当日券も前売り券もお値段は一緒ですから。
 でも、世の中には、下手をすると抽選でないと手に入らないコンサートのチケットなんかもあるのですから、うらやましいものです。山下達郎や小田和正などは、そんな感じで、ファンは血眼になってチケット争奪戦に加わっているのでしょうね。
 その小田和正が去年行った全国ツアーのドキュメンタリーが、BSで放送されていましたね。リハーサルから始まって、コンサートの映像やインタビューなどを2時間、とても濃い内容の番組でした。彼は東北大学混声合唱団のOBなので、身近にその関係者がいて「これは絶対見ろ!」と言われて見たのが大正解でした。
 なんと言っても、小田さん(つい、仲間みたいに)が、もう70歳、ツアーの途中で71歳になったというのに、声が全く衰えていないというのがすごいですよね。しかも、オフコース時代の曲などははっきり言って「懐メロ」なのでしょうが、それが全く色あせていないというのは、同じころのアーティストの、あまりに変わり果てた姿を見るにつけ、痛感します。こんなことができるのは、小田さんとポール・マッカートニーぐらいしかいないのではないでしょうか。
 ただ、「70歳を超えると、1年間の重みが60代とは違ってきた」という言葉には、確かに深いものがありますね。ツアーが台風の影響で中止になって休みがあると、その間に忘れてしまったことを回復するのがとても大変だというのですね。このあたりには、身につまされることがたくさんあります。私もいずれは同じ年になるのでしょうから、日々の精進は、ますます必要になってくるのでしょうね。
 それと、年を重ねてお客さんに対する態度もずいぶん変わったというのも、なんかうれしかったですね。確かに昔はストイックな印象がありましたし、出演者の証言にも「人見知りの塊」みたいな言い方がありましたが、それが今では全く違っているようでした。人は変われるんですね。
 でも、「ご当地ビデオ」の収録などで見せる、無理して明るく見せているわざとらしさには、強く共感してしまいます。というか、可愛すぎます。
by jurassic_oyaji | 2019-02-06 22:22 | 禁断 | Comments(0)
バッハがメインでした
 「メリー・ポピンズ」の続編が公開されていますね。見に行きたいのはやまやまですが、あんな密閉空間では、インフルエンザに罹ってしまう恐れが十分にありますから、そこまでのリスクをおかしてまで行く気にもなりません。この先も、「ウェストサイド・ストーリー」がなんとスピルバーグが監督になって制作中だそうですし、最新のニュースではかつてのビートルズのドキュメンタリー映画「Let It Be」を、同じ素材を使ってピーター・ジャクソン監督が新たに編集したものが出来上がったそうですから、とても楽しみですけど、映画館まで見に行くかどうかは微妙です。というか、こういうものは間違いなくいずれはWOWOWで放送されるはずなので、それまで待っていても全然かまいませんからね。
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 「無伴奏」という映画も、WOWOWでやっと見ることができました。公開されたのは数年前で、もちろん仙台でも上映されていたのですが、確か仙台フォーラムだけでの上映だったので、ついに行くことはできませんでした。まあ、いずれはWOWOWでやるだろうと思っていたのに、普通は公開の1年後ぐらいには見れるものが、それを過ぎても放送されません。ですから、これはもうこの局では放送されないのだとあきらめていたころでしたから、うれしかったですね。
 これは、仙台に実在した「無伴奏」という喫茶店を舞台にした小説が原作になっています。ただ、私はこの小説はだいぶ前に読んでいたのですが、正直あまり好きにはなれませんでした。やはり、ああいう愛の形には嫌悪感の方が先にわいてくるのですね。ですから、この映画でもその部分は、やはりとてつもなく退屈でした。私にとっては、そんなストーリーではなく、そこで登場する「無伴奏」がどれほどのリアリティを持っているかを確かめたいということだけが、この映画を見る動機だったのですよ。
 私が友人に教えられてこの喫茶店のことを知ったのは、大学生の時でした。実際にこのお店が営業していたのは1969年から1981年までの間だということを、今回映画に関するネットでの資料で知ることができました。ほんの12年か13年の間だったんですね。ですから、私がここに通っていたのは、ほぼ最初のころのことになります。映画にもあったように、学園闘争の真っ最中でしたが、ここにはそんな騒々しさとは無縁の落ち着いた雰囲気が漂っていましたね。今の私だったら我慢が出来なかったでしょうが、そこはたばこの煙が充満していました。わたしも、そのころは普通に喫っていたので、何も感じなかったのでしょうが、本当によくあんなところに何時間もいられたものだ、と思いますね。
 喫茶店とは言ってましたが、メニューはコーヒーとトーストしかなかったような気がします。間違いなくナポリタンなんてありませんでしたね。ここに来る人たちはあくまで音楽を聴くためにここにいたのでしょうね。その音楽も、ほとんどバロック、たまにモーツァルトあたりも流れていたでしょうか。ただ、壁に埋め込まれていた巨大なスピーカーから出てくる音は、なんかモゴモゴとしていて、それほど素晴らしいとは思いませんでしたね。ただ、そのお店のレコード棚には、おそらくARCHIVのレコードなどはかなりのカタログが集められていたのではないでしょうか。
 私は、大学を卒業すると仙台を離れたので、その後また戻ってきたときには、もうこのお店はなくなっていたようです。つまり、仙台の老舗レコード店「仙台レコードライブラリー」に行ったら、店主が「『無伴奏』で使っていたレコードを、全部引き取ったんだよ」と言ったのを聞いて、ああ、ついになくなったのか、と思ったんですよ。店主は「レコードは、湿気を吸ってかなり傷んでいた」と言ってましたね。
 そうなんですよ。このお店、客席もとても狭く、レコードをかけるスペースもコーヒーを淹れる場所と同じですから、もろに湯気が当たっていたんでしょうね。音が悪かったのはそのせいかもしれません。
 映画に出てきたその「無伴奏」は、確かにあの時のまんまだったのにはちょっと感激しましたね。椅子は二人掛けのものがスピーカーに向かって並んでいて、一番後ろだけ4人掛けになっていたのも、たぶんそんな気がします。ただ、リクエストを書き込む黒板が、映画ではドアに掛かっていましたが、私の記憶ではそれはドアの横の壁に掛かっていたような気がするのですが。
by jurassic_oyaji | 2019-02-03 20:38 | 禁断 | Comments(0)
昔のアルバムです
 今日、2月1日はSさんの1周忌ですね。学生時代に合唱団で一緒だったものが、何十年もたってニューフィルでまた一緒になったという、不思議なつながりの友人です。最初、彼がニューフィルに入りたがっているということを、そのパートの人から聞いた時には、全然信じられませんでした。楽器はコントラバスですが、それまでそんなものは弾いたことがなかったものが、半年ぐらい仙台フィルの方にレッスンを受けていたら「ニューフィルに入ってみない?」と言われて入ったのだ、というのですよ。まあ、普通はあり得ませんね。私だって、オーケストラに関しては何の経験もなく入ってきたので、大きなことは言えませんが、一応10年以上レッスンは受けていましたからね。
 今でも、Sさんが最初に練習に来た時のことを憶えていますが、彼は楽器だけではなく譜面台とバス椅子まで持ってきていたんですよね。本当に右も左もわからないという感じで、なんだかとてもはらはらしたような気がします。正直、こんなんでやっていけるのかな、とも思いましたね。
 でも、Sさんは、演奏はともかく、コミュニケーションだけは恐るべき速さで確保していったのではないでしょうか。まず、私が担当していた広報の仕事でも、自ら新しい配布先を開拓して持って行ってくれましたね。アンサンブル大会でも、すぐ役員を引き受けていましたし。あと、飲み会でも、いつの間にかヴァイオリンのきれいどころと親しくなっていましたね。私なんかが入った時には、打ち解けるまでものすごい時間がかかっていたはずですから、そういう面ではすごくうらやましかったですね。お葬式にも、おそらくほとんどの団員が参列していたのではないでしょうか。
 それと、全くの同年代ということで、気楽に話ができたのがうれしかったですね。できれば、ずっと友達でいたいな、と思っていた矢先の突然の訃報ですから、驚いてしまいました。本当に、この1年間は、ことあるごとにSさんのことを思い出していたような気がします。安らかにお眠りください。
 私の母親の方は、やっと四十九日が終わったばかりだというところで、じわじわと寂しさがしみだしてきているような気がします。正直、亡くなる前のあたりは記憶も少し危なくなっていましたし、言動も脈絡がないことがあったりしていて、そんな状態を見るのがとても辛く、できれば安らかになったほうがお互いに幸せなのではないか、と思ってしまうぐらいでした。実際、亡くなった時も、本気で母はこれで満足だったのではないか、と思い、悲しさは全く湧いてきませんでした。
 四十九日が終わるまでは、職場に祭壇があって毎朝お線香をあげることができました。でも、今ではもう何もなくなってしまい、亡くなる前の日までの定位置だった居間の炬燵には、だれも座っていません。最近は、ほかの人がみんな用事があって出かけてしまう時には、私が来客の応対のために一人でそこに座っていることもあるのですが、同じ場所に母がいないのがとても寂しく感じられていました。
 そうしたら、数日前、夢にその母が出てきたのですよ。夢の話をするというのがそもそもナンセンスなのですが、母は何か私に言いたそうにしていました。私はその時点でそれが夢だと分かっていましたが、その言葉をきちんと聴くまでは、絶対に目を覚まさないぞと思っていましたね。あいにく、そういうことは自分でコントロールは出来ないようで、母は言葉を発する前に消えてしまいましたけどね。
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 母は、こんな感じでした。夢ではカラーで、薄緑色のスーツを着てましたね。
by jurassic_oyaji | 2019-02-01 21:30 | 禁断 | Comments(0)
もうOHPなんかは使いません
 きのう、免許証の書き換えに行ってきました。この前行ったのは5年前ですけど、なにしろ人がたくさんいてえらく待たされたような記憶があったので、できるだけ早く行くことにしてました。受付開始が8時半だというので、できればその前には着いていたいと、7時半に家を出ましたよ。免許センターがあるのは、いつも行っているユニクロのすぐそばですから、勝手知ったるルート、北四番丁大衡線を走れば30分もあれば着くだろうと思っていたのが甘かったですね。早朝の渋滞はある程度想定していたのですが、自宅からだと反対の方向だからそんなには混まないだろうと思ったのに、北環状線を過ぎたあたりから全く動かなくなってしまいましたよ。
 だけど、泉塩釜線との交差点では、右折車線は車が全然いませんでした。そのまま進むと、もう渋滞はすっかりなくなっていて、なんとか9時前には免許センターに着きました。そこで驚いたのは、駐車場がガラガラだったことです。いつもはかなり端しか空いてないので、入り口までずいぶん歩かなければいけなかったのですが、もう、入り口のほぼ真ん前に停められましたよ。
 ですから、受付も並んでいる人は全くいないという、もうここに何回来たかはわかりませんが、初めて見る光景が広がっていました。まあ、この日は雪が降っていましたから、そんな影響もあったんでしょうね。
 写真なんかを撮った後の講習も、9時20分からの最初の回に入れました。私の場合は、1回違反があるので5年間有効な免許はもらえますがゴールドではないため、講習は1時間です。前回まではそれが30分なので、気が付かなかったのですが、ここではゴールド免許の人と一緒に講習を受けて、そちらは30分で帰れるのに、我々はそのあともさらに30分の講習を受けなければいけないんですね。これはかなり屈辱的なこと、ゴールド組は名前を呼ばれて新しい免許証をもらったら続々と帰っていくのに、我々はそれを指をくわえて見ているのですからね。まあ、これがいやだったらもう違反はするな、というとても腹黒いやり方なのでしょうが、これは隠れて見ていたふりをして違反をでっち上げるのと同じぐらいのいやらしさですね。
 講習自体は、最近変わった法令などを重点的に説明してくれたので、なかなか有意義なものでしたけどね。特に、横断歩道で歩行者がいたときには停止しなければいけないというやつ。そういうことは知っていたので、私は極力止まるようにしていますが、実際は止まっている人はほとんどいませんからね。そこで知らされたのが、止まっている人の割合を調べた統計データです。全国平均でそれは5%なんですって。これはかなり衝撃的でしたね。さらに、なんと宮城県はそれが3%だというのですから、もう止まる人の方が珍しいことになっているのですよ。9割以上の人が平気で違反運転をしているのですから、これはまずいんじゃないでしょうか。それが、長野県あたりは50%のドライバーが止まっているんですって。やればできるじゃないですか。それでも、半分は違反なんですけどね。
 それと、自転車の走行も、違反が重なると6000円を払って講習を受けるという「罰」があるというのですね。これも初めて知りました。でも、その「違反」そのものが、おそらくほとんど自転車乗りは知らないのでしょうから、どうにもなりません。右側を走る逆走はいまだになくなりませんし、横断歩道では一時停止が義務付けられているのに、猛スピードで突っ込んでくる自転車がほとんどで、危なくてしょうがありませんからね。
 そんなわけで、1時間後に受け取った免許証がこれです。
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 個人情報や写真はぼかしを入れてあります。でも「平成36年」というのは、本当に印刷されていますよ。確かに、昭和の末期にはこんなのはありましたが、あの時はいつ年号が変わるか分からなかったので仕方がありませんでした。でも、今は確実にそれが変わって、こんな年号は絶対にありえないことが分かっているのに、なぜそれが印刷されているのでしょうね。というか、この世には「西暦」という便利な年号があるのに、なぜこういう時にそれを使おうという発想が出てこないのでしょう。まぎれもない国家行事であるオリンピックはきちんと「2020年」と言っているくせに。
by jurassic_oyaji | 2019-01-30 22:49 | 禁断 | Comments(0)