おやぢの部屋2
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竹藪は蚊の大群でしょう
 久しぶりに青空を見たような気がしますが、気温も結構上がりましたね。職場では、1回出したものの、しばらく使っていなかった扇風機が稼働を迫られていました。外は暑くても、部屋の中だったら窓を開けて扇風機で軽く風を受けるだけで、もう快適そのものです。
 そんな中で今度の「かいほうげん」のページを作っているのに熱中していると、目の端でなんだか虫のようなものが動いた気配がありました。さらに、なんとなく右腕の肘のあたりに軽い触感が。もしや、と思ってそっと首を回すと、いましたよ。あの夏の昆虫が。
 でも、なんだか動きが鈍いですね。おそらく、まだ刺されてはいないような感じ、それをつぶそうとそっと左手を動かしていくと、いつの間にかいなくなってました。でも、あの様子ではそんなに遠くには行けなさそうなので、また近寄ってくるかもしれませんね。
 また作業に戻ってしばらくすると、やはり同じところにノコノコとやって来ましたよ。今度は用心して、慎重につぶしにかかります。軽くたたくと、まだ亡くなってはいないようで、少し足を動かしていますが、もう飛んではいけないようになっていました。
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 この後、しっかりつぶして捨てたのですが、別に赤いものは出てこなかったので、刺されてはいなかったようです。でも、また来たらいやなので、窓は閉めておきましょう。さすがに山の中ですから、もう出てきているんですね。今年初めての蚊との遭遇でした。
 その仕事部屋には、私のCDを収納する棚を置いてあるのですが、おととしの3月に新しい棚を導入して、大幅にCDの場所を入れ替えた時がありました。それは、今まで雑然と置いていた合唱関係やオペラのアイテムを、きちんとレーベルごとに並べ替えるという作業でした。その結果、なにかを取り出したいと思ったら、即座にそれが出てくる、となるはずだったのですが、実際にやってみるとそんなにうまくは行かなかったようですね。結局、前と同じように1枚1枚見ていかないと、なかなか目的のものは見つからないという状態のままだったんですね。でも、いいんです。とりあえずパンク寸前の棚が、多少の余裕が持てるようにはなりましたからね。
 ただ、中には、いくら探しても見つからないというものがあるようになりました。それは、バーンスタインがDGに録音した「カルメン」を、PENTATONEというレーベルで新たにSACDにしたものです。この前も書きましたが、これはオリジナルは「4チャンネル」で録音されていたものですが、結局DGからはそのフォーマットで出ることはなく、SACDのマルチトラックでやっとそれが聴けるようになったというものですね。これを買った時にはまだサラウンドは聴けなかったので、普通にステレオで聴いていたものを、ちゃんとしたサラウンドで聴いてみたいと、探してみたのですが、それが何回探しても出てこないんですよ。もう、オペラの棚は徹底的に探しましたし、別のところでこのレーベルが置いてあるところもしっかり探したのですが、どこにもありません。もしかしたら棚に入れないでその辺にあるかもしれないと思って、あちこちの平積みになっているCDの山もくまなく探したんですけどね。
 それが、ひょんなことから見つかりました。なんと、それはワーグナーの棚にあったのですよ。ワーグナーだけは数が多いのでオペラとは別のところに置いてあるのですが、そこに「ラインの黄金」と一緒になっていました。なんでこんなところにしまってあったのか、不思議ですね。
 さっそく聴いてみましたが、最初のシーンの子供の合唱で、しっかりリアの右側から子供たちが歌いながら歩いてくるのが分かりましたね。まあ、それこそ子供だましのようなものですが、ちょっと感動してしまいました。
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 前回、ブーレーズの「オケコン」をオリジナルのサラウンドで聴きたいと書きましたが、調べてみるとこれはちゃんとSACDのマルチトラックで発売されていたんですね。さっそく注文したのですが、レビューなどを見るとこれはどうやらオリジナルの4チャンネルではなく、普通の2チャンネルのマスターテープに残響成分を合成した「偽サラウンド」のようでした。ですから、あわてて注文を削除しましたよ。SACDの出初めの頃には、そんな詐欺まがいのことをやっていたんですね。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-22 21:36 | 禁断 | Comments(0)
前曲はデュカスとラヴェルになりそうです
 そもそものきっかけは、買い替えたブルーレイ・レコーダーが今まで使っていたアンプにつなげるための出力を持っていなかったことから、仕方なくHDMI対応のAVアンプを買ったことだったのですが、そこから芋蔓式(とは言わない?)に作ってしまったのが我が家のサラウンド・システムです。これがもはや、私が自宅で映画を見る時には、欠かせないものになってしまいましたね。なによりもすごいのは、そんなサラウンドの音声がそのまま放送で流れていて、それを録画すればその場でサラウンド対応のソフトが出来てしまうということです。
 しかも、映画の場合、音声をサラウンドで作るようになったのはかなり前のことなんですよね。ですから、かなりクラシックな作品でも、きちんとサラウンドになっているので、録画したいと思うものの大半はサラウンドで楽しむことが出来ます。
 ですから、極端な話、もう映画は劇場に行って観る必要がなくなってしまったと思えるぐらいですね。だって、私にとってわざわざ映画館まで行くことの意義は、そういうサラウンドを体験できることだけでしたからね。まず、あの大画面は、正直でか過ぎますよ。私は劇場ではまず最後列に座ることにしていますが、それでも大きすぎますからね。それがアクションシーンだったりすると、もう視界の中で物を見る許容範囲を超えてしまいますから、疲れるのなんのって。そもそも、人間の顔があんなに大きいのって、気持ち悪くないですか?
 あとは、画質、というか、明るさが不足していることがよくありますよね。昔行っていたMOVIXは、かなりそういう感じで、もう我慢が出来ないぐらい暗い時もありましたし、今行っているTOHOシネマだって、少しは良くなってますが、まだ不満を感じることはありますからね。
 あとは、エンドクレジットで、必要な情報を得る前にもう流れてしまって見えなくなってしまう事。自宅だったらポーズにすれば、しっかり細かいところまで見られますからね。
 そして、最大の欠点は、まわりに赤の他人がいっぱい座っていることです。最近では、映画に合わせて一緒に歌を歌ったり、踊ったりすることがあるのだそうですが、そんなところには絶対に行きたくありませんね。
 そんな、映画館の欠点を、すべて解決してくれるのが、自宅でのサラウンドなんですよね。もちろん、これはあくまで私の個人的な感想ですから、無視していただいて結構ですよ。
 サラウンドは、映画だけではなくオーディオの世界でも広がっています。まあ、ピュア・オーディオを信奉している人には、それは外道だと否定されてしまうかもしれませんね。私も、かつてはそうでした。でも、試しに、今まで買っておいたハイブリッドSACDのマルチトラック・レイヤーを聴いてみると、なかなか楽しい発見がありました。そもそも、今から何十年も昔に同じことをやっていた「4チャンネルステレオ」の音源が、そのままサラウンドになって発売されたりしていますから、これはたまりませんね。
 そんなもので、私が聴いてみたいと思うのが、かつてやはり4チャンネルに熱心だったCBSの音源です。たしか、ブーレーズがバルトークの「オケコン」をしっかり4チャンネルのための配置で録音したものがあったはずなので、これをサラウンド付きのハイブリッドSACDで復刻してくれないものでしょうかね。タワーレコードあたりで。
 ただ、その、昔の「4チャンネル」は、スピーカーはこんな風に設置することになっていました。
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 しかし、今のサラウンドで推奨されているのは、こういう置き方です。
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 私の職場でも、自宅と同じ機材を使ってサラウンドを聴いていますが、そのリア・スピーカーを、場所の関係で最初は上のように置いていました。でも、なんだかそれだといまいちサラウンド感が不足しているので、頑張って下のように置き換えてみたら、俄然リアの定位がくっきりとしてきました。これで聴き直してみたいSACDは、まだまだたくさんあります。
 そういえば、きのうの夜、来春のニューフィルの定期演奏会の前曲の候補曲を絞って、それを団長が今日になって篠崎さんに送ったのですが、その返信も1時間も経たないうちに届いたのだそうです。それこそサラウンドで聴きたいような曲が満載のコンサートになりました。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-20 22:56 | 禁断 | Comments(0)
会場はイズミティ(仙台銀行ホール?)
 今日は、ニューフィルと同じ仙台の市民オケの定期演奏会に行ってきました。エキストラでニューフィルの人もかなり参加していますし、フルート・パートには知り合いもいますからね。
 このオーケストラ、ニューフィルと同じような規模ですが、そのキャラクターはずいぶん違っているみたいです。まず、定期的な練習日が、うちは平日ですがあちらは土日が基本、そのあたりで生活サイクルの違う人が集まることになります。それと、おそらくあちらの方がメンバーの平均年齢が低いので、なにか大胆な面が見えるような気もします。
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 たとえば、コンサートの会場に行ったら、こんな風にガラスに大量のチラシを貼ったりしてありました。うちもこのホールは再三使っていますが、ここまでやったことはありません。
 それと、こちらは毎回「ロビコン」をやっているようですが、それもとても手慣れた感じですね。
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 この編成でルロイ・アンダーソンの曲をさらっと演奏してくれました。このホールは、ロビコンには最高の環境ですね。そして、これが終わって席に着くと、指揮者の松井さんがプレトークを行う、ということになっていました。そもそも開場時間が開演の1時間前なので、こういうスケジュールが楽々組めるのですね。これは見習いたいところ。
 普段はあまりこのオーケストラを聴くことはないのですが、今回は、うちがこの間演奏した「禿山」の「原典版」をやってくれるということで、来てみました。なんせ、私が書いたプログラムの曲目紹介の中でも、この演奏会のことを宣伝していましたからね。
 もちろん、「原典版」を生で聴くのは初めてですし、特にこの曲はピッコロが私が吹いたのとは比べ物にならないほど難しくなっていますし、それを、かつてはニューフィルのメンバーで、私と一緒に「火の鳥」のピッコロを吹いたことのあるAさんが吹くというのですから、とても楽しみでした。
 このホールは、何回も使っていて、リハーサルの時にいろんな席に座って聴き比べをしたこともあります。それで、ここは座席によってオケの聴こえ方が全然違うことが分かっていました。前の方だと管楽器が聴こえなくて、後ろの方だと弦楽器が聴こえないという、はっきり言って欠陥だらけのホールなんですね。もちろん、私は管楽器が聴きたいので、通路のすぐ後ろの席に座ります。
 そうすると、やはり管楽器はものすごくよく聴こえました。ですから、弦楽器が、なんだかとても貧弱にしか聴こえないんですね。これはホールのせいですから、仕方がありません。もう、管楽器は一人一人の個性まではっきり聴き分けられるほどです。Aさんは最高音の「D」を軽々とクリアしていましたね。
 ただ、こうして「生」で聴いてみると、この「原典版」はやはり「未熟」という感じはしてしまいますね。後半がいかにもベタで、退屈してしまいます。それを、ムソルグスキーはのちに自分の手で改訂して、エンディングを新たに加えて、さらに完成度の高いものに仕上げ、それを、リムスキー=コルサコフがもっとおしゃれにしたものが現行版なんですよね。
 ですから、この「原典版」には、作曲家が後に加えた「夜明け」のエンディングはまだ入ってはいません。ただ、今日渡されたプログラムの曲目紹介では、ここにも「夜明け」のシーンがあるかのような書き方がされています。これを読んでから聴いた人は、いつまで経ってもその「夜明け」が出てこないので、変だとは思わなかったのでしょうかね。
 次が、ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」。これは、私も演奏したことがあるので、私の音もこんな風に聴こえていたのかな、というシミュレーションが出来ましたね。
 メインのショスタコーヴィチの「交響曲第10番」は、生で聴いたことはなかったので、大いに楽しめました。もう、管楽器は(もちろん弦楽器も)いやになるほど難しいパッセージを、死に物狂いで練習してくれたのでしょうね。その成果が見事に表れていて、とても素晴らしい演奏が聴けました。ここでも、ピッコロはビンビン響いてきますから、爽快そのもの、私もあのぐらい吹けるようになりたいと、マジで思いましたね。いや、この曲だけはやりたくないですけど。
 夕食を食べていたら、「東北新幹線停止」のニュース。知り合いが青森に行っているはずなので心配して情報を集めましたが、故障した車両のブレーキが解除できないために、運行再開(うんこをさいかい)の見通しが立たないというので焦ってしまいました。でも、どうやら先ほど再開したようで、一安心です。新幹線は呪われてる?
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by jurassic_oyaji | 2018-06-17 21:02 | 禁断 | Comments(0)
舞台は2011年の福島
 最近読んだ文庫本です。というか、私は小説類はハードカバーを買って読むという習慣はないので、どんなに読みたい本でも文庫になるまで待ってから読むタイプです。この3人は、文庫本はほぼ全部読破してしまったので、新刊が出ればまず買いますね。なんたって、読んで裏切られることはないという安心感がありますから。
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 近藤史恵の「スーツケースの半分は」は、短編集。ただし、それぞれの物語は共通のものでしっかりつながりを持っているという仕掛けがあるのは、彼女ならでは。ですから、主人公は「スーツケース」ということになるのでしょうね。表紙にもあるように、キャスターとハンドルが付いていて持ち運びが便利なカバンのことなのでしょう。でも、私あたりは「スーツケース」というとこれとは全く別のタイプのカバンを連想してしまいますからね。ですから、これは「キャリングケース」と言ってほしいものです。あと、昔は「ボストンバッグ」と言っていたカバンは、今は何と呼ばれているのでしょう。
 そんなツッコミは、この心地よい短編集にはどうでもいいことでした。要は、その「スーツケース」が多くの人の手に渡って行った時に、その人がどうなるのか、ということを、とても慈愛に満ちた筆致で語っていることの方が大事ですからね。そこにはちょっと苦いエピソードも登場しますが、それも含めて心が温かくなる本です。
 次の中山七里の「アポロンの嘲笑」は、そんなのんきなことは言ってられない、かなりヘビーな内容ですから、読むにあたっては覚悟が必要でしょう。一応はミステリー仕立て、この作者らしく最後になってそれが明かされるというパターンは変わりませんが、その中で描かれるまわりの状況が悲惨すぎます。もちろん、作者はそこに強烈なメッセージを込めていたのでしょうが、今となってはそのメッセージすらも色あせて感じられてしまうという事実の方が、とても悲しく思えてしまいます。
 つまり、あの頃は確かに大多数の人たちが抱いていたはずの思いを、克明に再現しているのに、それが「そんなこともあったんだね」という、まさに単なる「物語」にしか感じられないという、この今の状況が、とても歯がゆいんですね。
 そういう意味で、あれだけのことがたった7年で全く現実味を失ってしまったと感じさせるのが、もしかしたらこの本が目指したものだったのではないかとすら、思えてしまいます。
 これなんかは、映画にしたらどんだけすごいものが出来るのか、という気がしますが、まあそんなことは絶対にないでしょうね。
 東野圭吾の「人魚の眠る家」は、最初はストーリーがいったいどこへ向かっているのか全く分からない感じでした。読み進んでいくうちに、あることに対する価値観が全く変わってしまうことになってしまうのも、ちょっとついていきにくいところがありましたね。確かに、いつものようにそれぞれの人物の細かい心情などは丹念に描いてはいるものの、なにかテーマが上っ面だけのもののように思えてしまいます。まあ、たくさんの作品の中には、こんな、はっきり言って駄作もあるのだなあ、というところでしょうか。まあ、こういうこともあるので、文庫本しか買わないんですけどね。
 そういえば、前回のマンガの話ですが、あの時代には確かにスクリーントーンは漫画家の必需品だったのでしょうが、いまではそんなものは使わなくなってるんでしょうね。そもそも、ペンで紙に描く、なんてことは、もう今ではほとんどやられていないのでしょう。この間手塚治虫賞をとった、あの芸人の人ですら、ペンタブレットで描いていましたからね。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-15 22:02 | 禁断 | Comments(0)
メインは「幻想」
 今日の朝ドラには「スクリーントーン」が出てきましたね。マンガを描く時に、貼り付ける、細かい模様が入った透明のシールのことですよね。私は、かつてこれを頻繁に使っていました。いや、別に私がボクテくんみたいにマンガ家になるための修業をしていたわけではないんですけどね。実は、ニューフィルで「かいほうげん」を作る時に使っていたのでした。
 私がこれを作り始めた時には、そもそもは手書きだったのはご存知でしょうね。原紙を手で書いて、それをコピーして作ってました。一応大きさは今と同じ、A4を2枚並べて両面に印刷して4ページにしていましたね。それが、すぐに「ワープロ」を使って文字を書くようになります。そして、写真なんかも載せたいな、なんて思うようになってきましたね。やはり「会報」ですから、写真があった方が絶対にいいですからね。そこで、ためしに白黒のフィルムを使って写真を撮って、それを原紙に貼ってコピーしてみました。
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 でも、悲しいかな、それをコピーするとこんな濃淡が極端なものにしかなりませんでしたね。当時のコピー機では、これが普通の姿だったのですよ。あくまでコピーするのは文書に限る、という考えだったのでしょう、いや、そもそもそんな技術がなかったからなのでしょうが。
 そこで、私は、新聞の写真のように細かい点の集まりにすれば、いくらか写真らしくはならないかな、ということで使ってみたのがスクリーントーンだったのです。画材屋さんに行くといろんな種類、色んなサイズのスクリーントーンがありましたが、その中から何種類か買ってきて、試してみました。最終的には、こんな感じに仕上がるのが見つかりました。
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 これだったら、かなり細かいニュアンスまで分かるようになっているのではないでしょうか。これからしばらくは、こんな感じで写真が載せられるようになります。
 これがどれほど前のことだったのかというのは、この写真に写っている人を見れば分かるのではないでしょうか。いや、分かるのはニューフィルのメンバーだけでしょうけどね。上の写真には1人、下の写真には2人、今でも活躍しているメンバーが写っています。
 しばらくこんな状態の写真でずっと作っていたのですが、コピーに使っている職場の機械がそろそろくたびれてきたころに、メーカーの営業の人が「これからはデジタルコピーの時代ですよ」と言って、新しい製品を持ってきました。本当に「持って」来たんですよね。車に積んで。そこでためしに写真をコピーしてみたら、今までのアナログコピーとは全然違って、すごくきれいに出来てしまうんですね。ついに技術もここまで進んだか、と驚いて、その機械を導入することにしました。
 それで作った最初の「かいほうげん」の写真がこれです。
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 ここにも、今もいるメンバーが4人写っていますね。そのうちの一人は私ですけど。
 それからも「かいほうげん」はたゆまぬ進化を続けます。まず、文字しか打てない「ワープロ」は「パソコン」に替わり、コピー機もカラーになって今ではフルカラーの16ページという、自分で言うのもなんですが、かなり充実したものになっています。今では写真もこうですからね。
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 この次の「かいほうげん」が発行されるころには、来年春の定期演奏会の曲目が決まっているはずです。メインの曲はもう決まったので、来週前曲を集約して、今度の指揮者の篠崎さんに諮るという流れですが、そのための希望曲目を集計し終わったところです。今までは、すでにストックしてある候補曲のなかからすべてリストアップできたのですが、今回はフランスものがメインになったということで、大量に新たにデータを仕込まなければいけない曲が寄せられてしまいました。やっとそのリストが出来たのですが、もはや数が多すぎて校正するのもめんどくさくなってしまい、丸ごとネットに上げて、各パートリーダーに確認してもらうことにしました。というか、かなりの曲をすでにストックしたと思っていたのに、まだこんなにやりたい曲があったなんて、かなり意外でしたね。なんせ、私が知らない曲が結構あるぐらいですから。いったい、何に決まることでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-13 22:13 | 禁断 | Comments(0)
ヴァレーズの「アメリカ」でした
 この間、何の曲をやっているのか分からないコンサートの写真を振ったら、見事に「正解」をお寄せ下さった方がいました。実は、これはひそかに期待していたことだったんですけどね。正直、Facebookではそれなりの反応は分かりますが、ブログの場合は一応コメントなどは受け付けているのに、まず、それが届くことはないんですよね。一応ランキングではかなり上位にいるのでまあ見てくれている人は多いのだな、とは思っても、やはり直接の反応がないのはちょっと物足りないものがありました。
 でも、しっかり見てくれている人はいたんですね。なんか、うれしくなってしまいました。でも、かつてこの曲を取り上げたこともあり、なおかつ「初稿」と「改訂稿」があることまで分かっていたのに、そこまでの記憶にたどり着けなかったのは残念でした(詳しくは、ブログのコメントを見てください)。
 まあ、なかなか昔の記憶を正確に活用するのは難しいことは、いろいろな場所で思い知らされます。きのうも、「海街diary」を地上波でやっていたようですが、私は前にWOWOWで見ていたのでスルーしたら、愚妻(もう元気になりました)はしっかり見ていたようで、いろいろ私に質問してくるのですが、私はその家族関係などはすっかり忘れてしまってました。そもそも4人姉妹のところを3人姉妹と思い込んでいたところで、もはや記憶は怪しくなっていましたね。
 同じように、朝ドラで評判になった「正人くん」をチェックしていたら、映画の「3月のライオン」に出てた、というのがあったので、ごく最近見たものなのに全く思い出さなかったのには、本当に落ち込みましたね。あれだけ個性的な人だったら、絶対憶えていたはずなのに。
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 そこで、その映画は前後編ともBDに焼いてあったので配役名を頼りにもう一度見直してみたら、確かにその役の人は出ていたのですが、それが「正人くん」とは全く結びつきませんでした。
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 こんなんですからね。話し方だって全然違ってましたし。これだったら、憶えていなくても大丈夫でした。そういえば、この映画には秋風先生も出ていたんですね。こちらも、逆にこの映画の時には、声はよく似ているのに同じ人だとはしばらくわかりませんでしたからね。つくづく、俳優さんてのはしっかり役になりきれるんだなあと感心してしまいます。みんな器用ですねえ。
 私はそんな器用さは全く持ち合わせていないので、一時オケと合唱の同時進行などもやっていましたがそれはとても無理だと分かって、今ではすっかり合唱からは遠のいています。それでも、必要な情報は伝わってくるもので、なんでも9月に来日するエストニアの男声合唱団を仙台に呼んでコンサートを開くことが決まったのだそうです。
 彼らは、そもそもはN響の定期でシベリウスの「クッレルヴォ」を演奏するために来日するのだそうです。この曲については、新田さんがアマチュアのオケと合唱団を使って最近全曲上演をしてましたね。その時の合唱団と一緒に、私がかつて所属していた合唱団がジョイントをやったりしていたのですが、東京ではその合唱団が、そのエストニアの合唱団の単独コンサートにゲスト出演するそうですね。
 調べたら、やはり他に何箇所かでコンサートが開かれるようですが、それは全部東京以西なので、仙台のは北日本では唯一のコンサートとなるはずです。本当は、N響の本番でも聴きに行きたいところですが、あいにくその日はニューフィルで新田さんの指揮者練習でしたね。新田さんは、その前日にこれを聴いてから仙台に来るのかも。
 まだ、日程と会場と料金が決まっただけで、曲目などは未定なのでしょうが、おそらく他の場所のところとあまり変わらないだろうと、勝手にこんなダミーを作ってみて、ニューフィルの公式サイトからリンクを張りました。まあ、ここは申し出があればオーケストラに限らず開放しているつもりですから、かまわないでしょう。
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 いずれ、正式のチラシが出来るでしょうから、その時にはちゃんとしたものに差し替えましょう。こんなことで、少しは協力できれば。もちろん、チケットはもう買いましたよ。トルミスの曲で、フルート・ソロが入るのがあるので、それも楽しみ。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-10 21:32 | 禁断 | Comments(0)
白黒の映画がありました
 きのうの「おやぢ」では、コンサートでのオーケストラの写真を見てそこで演奏されている曲を当てようとしていましたね。結局分からなかったのがとても悔しいですね。最近では、こういうオーケストラでは公式サイトでアーカイヴが充実していて、これまでに演奏した曲がすべて分かるようになっているのですが、このオーケストラにはそれがないんですよね。いや、このサイトには「アーカイヴ」というページがあることはあるんです。ですから、期待してそこを開けてみると、アーカイヴとは真っ赤なウソで、そこには1年ちょっと前からのデータしかないんですよ。がっかりです。アマチュア・オーケストラでさえ、創立時からのすべての演奏曲目が網羅されているというのに。
 つまり、ここに、仮に5年前からのデータでも残っていれば、あの演奏曲は間違いなく分かっていたはずなんですよね。いや、いいところまではいったんですよ。「jansons premiere」で検索したら、最近そういうものが演奏されたという記事が見つかったのですが、それを今度は楽譜出版社のサイトで調べてみると、編成が全然小さいので全くの別物だと分かってしまいましたね。
 これは運が悪かったのですが、普通のことだったら探している資料がネットで見つかることはよくあります。先日から取り上げているクーラウの「妖精の丘」関係でも、とんでもないものが見つかってしまいましたよ。
 この間のブログを元に、「かいほうげん」のバージョンを今作っているところなのですが、いちおう4ページ分のファイルが出来上がりました。まあ、ページのレイアウトがあるので、文章の量をあちこち加減しなければいけないのでちょっと苦労しましたが、それでもやはり何か間の抜けたページになっていました。
 ですから、そこに何か一品加えて、少しインパクトを与えたくなったのですよ。そこで思いついたのが、この前に取り上げた「相関図」(「相姦図」ではありません)が文字だけでちょっとさびしいので、そこに何か画像が付けられないか、ということでした。たとえば、どこかで上演した記録があるのなら、そのときの登場人物の顔写真とか、ステージのセットの写真とかがあるのではないか、と思ったのですね。
 そこで、画像を検索してみたら、こんなポスターのようなものが見つかりました。
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 これは、まさに「妖精の丘」そのものではありませんか。タイトルの下の文字を拡大してみると、
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 前半には「J L Heiberg」という、台本作家の名前が見えませんか?そして後半には「F Kuhlau」らしき文字も。
 この画像が掲載されていたのは、こんなデンマークの映画のアーカイヴサイトでした。ということは、「妖精の丘」は「映画化」されていたんですよ。びっくりですね。
 このサイトによると、その映画が作られたのは1939年、そしてその映画のスティル画像までありますから、確かにこんな映画があったことが分かります。そして、そこにはいましたよ。実物のAgneteとかKarenが。ですから、その画像とこのポスターを照合すると、ポスターの人が何の役なのかということまで、しっかり分かってしまいましたよ。真ん中にいるのは国王クリスティアン4世ですね。こんなお年寄りだったとは。
 クーラウの名前があるのですから、きっと音楽も付いているんでしょうね。どこかでこの映画を見ることはできないのでしょうか。あ、劇場に忍び込んで壁を壊す、なんて映画じゃないですよ。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-08 21:27 | 禁断 | Comments(0)
どちらもピッコロ、というのはありませんでした
 今ニューフィルで練習している「北欧音楽」、序曲はこの間までの「妖精の丘」ですが、それに続く協奏曲がグリーグの「ピアノ協奏曲」です。なんたって、あの序曲にメインがニルセンなので、今回の定期演奏会は知名度から言ったらいまいち訴求力がありませんから、バランスをとるために「名曲」と呼ばれているこの曲が選ばれていました。この曲は今までに2回演奏したことがありますから、ニューフィルとしても手慣れたものです。
 私は、1回目は2番を吹いたような記憶がありますが、2回目では降り番でしたので、練習ピアニストを買って出ました。・・・なんてわけはなくて、弾いたのは確かに団員ですが、私はもっぱら譜めくりを担当していましたね。
 今回は、私は2番を吹くことになっています。この2番のパートは、曲の最後近くにだけピッコロに持ち替えるところがあります。
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 ご覧のように、ここでのピッコロ(上から2段目)はその上のフルートと全く同じ音を出しています。ですから、何もわざわざピッコロで吹く必要はないように思えるのですが、次のページに高音の「C♯」が出てくるので、そこだけはフルートは1オクターブ低い音になっています。
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 グリーグの時代だと、フルートではここに出てくる「H」も決して楽に出せる音ではないので、もちろんC♯なんかは出せるわけがありませんでしたからね。
 でも、現代の楽器だったらその半音上の「D」まで出すことができます。もうちょっと高い音も出せます。つまり、マーラーなどはそれを知って盛んにその「ハイD」を使っていますから、その音が出せないとオーケストラのフルート奏者にはなれないのですよ。
 だから、今のオケで、そこをわざわざピッコロを重ねて補充する必要は全くないんですね。実際、2番奏者にしてみれば、このたった1フレーズだけのためにピッコロを用意するのは面倒くさいですし、その前のフルートからの持ち替えがたった2小節しかないのでかなり忙しいですからね。しかも、ここを吹き終わったら、また2小節しかないところでフルートに持ち替えなければいけません。
 実は、この曲はグリーグが最初に作ったものから、かなり大幅に自分で改訂した楽譜が、今では使われています。その最初の自筆稿が、さっきのスコアを引用したIMSLPで見ることが出来ます。それでこの箇所を見てみると、そもそも木管はこのメロディーを吹いてないんですね。もちろん、ピッコロも使われてはいません。それを、わざわざこんなフルート奏者にとってはややこしいことにしてしまったのは、困ったものです。
 ただ、この楽章で、この部分と同じメロディが最初に出てくる部分が、今ではフルート1本で朗々と歌い上げるという、これはフルート吹きにとってはとてもうれしいところがあるのですが、これは最初の自筆稿では、前半はクラリネット、後半はオーボエと一緒に吹くようになっていますけどね。
 いずれにしても、もしや、と思って、Youtubeでチェックしてみたら、案の定、ここでピッコロは吹かないで、そのまま2人ともフルートで吹いているという映像が複数見つかりました。誰でも考えることは同じなんですね。でも、中にはわざわざもう一人ピッコロだけを吹く人を座らせて、この部分は2番は休んでそのピッコロ奏者に任せる、なんて笑える映像もありました。こんなピッコロは、絶対にやりたくないですね。まあ、これと同じぐらい悲惨な「田園」のピッコロは、一応やりましたけどね。
 あ、私はこのグリーグは、律儀にピッコロを吹くつもりです。もちろん、新田さんが「フルートでもいいわよ」と言えば、その限りではありませんが。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-06 22:06 | 禁断 | Comments(0)
難手術でした
 私の縁者が心臓の手術を受けることになってしまいました。最近、階段を昇るのも苦しいとか言っていて、個人病院で診察してもらったら「狭心症」の可能性があるというので、さらに精密検査を受けるために総合病院に行くように勧められました。そこでは、なんと一泊してカテーテル検査をするというのです。そういう名前の医療器具については多少の知識はありましたが、それがこんなに身近に関係してくるとは、ちょっと驚きでしたね。どうやら、心臓に養分を送る冠動脈の状態を調べるために、カテーテルで造影剤を送って、そこを観察するということらしいですね。
 その結果、冠動脈が複数個所かなり狭くなっていて、このままでは心筋梗塞を起こす可能性があるというので、即刻手術を行うことになりました。検査の翌日、朝8時半からですが、簡単な手術なので午前中には終わるということで、その後も2、3日入院すれば退院できて普通の生活が出来るようになるのだそうです。
 その手術の様子は、見学が出来るようになっていました。外で待っているとカテーテルを入れ終わったところで中に呼ばれ、手術室をガラスで仕切られた場所で、モニターが見られるようになっていました。そこからカテーテルの中にワイヤーを通して、狭くなっているところを広げ、さらにそこにバルーンを入れて水圧でさらに広げ、そこにステントという金網状のものを入れて固定するのだそうです(「留置」というのだそうです)。
 最初のうちはそれはとても順調に行っているようでした。しかし、いざステントを入れるという時になって、なんだかまわりの空気が変わりました。そばにいた医師が説明してくれるには、どうやらバルーンを入れた際に血管が裂けて、その裂け目にステントを入れるためのワイヤーが入ってしまって、血管を傷つけたというのですね。これ以上続けるとあぶないので、その時点で手術は中止、そのまま患者はICUに送られて様子を見ることになってしまいました。
 ICUに行く途中で執刀医に「こんなことは良くあるのですか?」と聞くと、「1000人に一人は起こります」ですって。かなり落ち込みましたね。
 さいわい、その後の経過は良好で、一般病棟に移り、特に血管に異常もないようなので、すぐに別の個所のカテーテル手術を行うことになりました。もちろん、それも見学します。
 今度は、とても順調に最後まで出来たようでした。ステントも無事に「留置」できましたね。
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 これが、手術前の血管。矢印の部分が狭くなっていますね。
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 そこにステントを入れた(青いマーカーの横)ので、こんなに血管が広がりました。
 執刀医は「100パーセント成功です」と言ってくれましたね。
 それから1時間ほどは安静にしていて、それから立って歩けるようになれば、大丈夫だということで、病室で横になっていると、突然患者は顔色が悪くなり「気持ち悪い」と言い出しました。看護師さんに言ったら、即座に心電図をとって、医師に連絡を取っています。すぐに医師が飛んできて、「念のため、もう一度カテーテルを入れて検査をしましょう」ということになって、また手術室へ直行です。
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 結局、さっき入れたステントのために、そこから枝分かれしている血管が詰まってしまって、血液が流れなくなっていたのですね(矢印)。確かに、造影剤が全く見えなくなっています。
 そこからは、もうなんだか医療ドラマを見ているようでした。執刀医はこの枝にワイヤーを送って、なんとかそこにステントを入れようとしているのですが、それも、最初の手術と同じように血管の裂け目に入ってしまった可能性が強いのですね。彼は外に出てきて、まわりで見守っているたくさんの同業者の意見を聴いたりしています。その結果、裂け目をよけてもう一度ワイヤーを真ん中に通すことをトライすることになりました。その時には、この私が何とか成功させてほしいと「祈って」ましたね。こんなに真剣に祈ったことなど、初めてです。
 祈りが通じたわけでもないのでしょうが、ステントは無事に留置出来たようでした。
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 この青いマーカーの脇が、ステントが入った部分です。はっきり血流が見えますね。結局、すべての手術が終わったのは午後1時、始まってから4時間半後でした。
 まだまだ課題は残りますが、ひとまずは退院できるようになりました。それにしても、こんなものすごいことが目の前で行われているのを見ることが出来るなんて、今でも信じられないほどです。確実に、私の人生観も変わってしまったことでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-03 21:47 | 禁断 | Comments(0)
モンティ・パイソンみたいです
 前回に引き続き、クーラウの「妖精の丘」のお話です。今回は序曲の中で劇の中の曲がどのように使われているかを見ていきましょう。序曲の音源はニューフィルの掲示板からリンクされていますし、「かいほうげん」の256号の1ページ目にあるQRコードからもアクセスできます。さらに、元になった劇の中の曲(実際には、クーラウは先に序曲を完成させて、その後で曲を選んでいます)の音源も、こちらのNMLで聴くことが出来ます。有料会員でなくても各トラックの冒頭の30秒間が聴けます。全体で15分経過すると聴けなくなりますが、いったんブラウザを閉じて再度アクセスすると、また15分間試聴できます。
 この劇は、1828年11月1日に行われたロイヤル・ウェディングに続く1週間のお祭りの中、11月6日に初演されました。まず、冒頭Andante maestosoの序奏では、複々付点音符が続く重厚な音楽に続いて、トランペットのファンファーレが聴こえてきます(0:33)。これはおそらく結婚式本体への祝賀の意味が込められているのではないでしょうか。
 そして、序奏の後半が始まると(1:27)第4幕で演奏されるバレエ音楽「Agnetaの夢」(トラック12)が流れます。
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 それは、妖精の丘でうたた寝をしていたAgnethが、妖精の王からダイヤの指輪をもらうという夢を見るのですが、目をさましてみるとそばで壺を掘り出したMogensがその中からダイヤの指輪を取り出したところだったというシーンです。このテーマは、クーラウのオリジナルです。
 そして、Allegroの主部が始まります(2:55)。一応ソナタ形式をとっているようで、第1主題の前半は三連符によるロッシーニ風の軽快なテーマ、後半(3:27)は畳み掛けるようなイケイケのテーマです。
 三連符に乗って第2主題として最初に登場する(4:30)リリカルなテーマは、第2幕でElisabethが歌う「木陰は広がり、日は伸びる」というロマンスです(トラック6)。
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 これは、昔から伝わる「バラード」がベースになった曲です。クーラウは、これがこの序曲の中で最も重要なテーマだと言っています。
 後半(5:10)には第3幕の最後の狩人の合唱「美しい夏の夜に」のクーラウのオリジナルのモティーフ(トラック11)と、
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その幕の冒頭で村人たちが酒盛りをしている時にMogensと狩人たちが掛け合いで歌う(5:29)「いまや、どこも日は落ちた」(トラック8)も登場します。
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 これも、古いバラードを元にクーラウが作りました。ただし、この部分は曲の後半なので、無料のNMLでは聴けません。
 6:09からは展開部の要素も入った再現部となり、これまでのテーマが繰り返されます。そしてコーダ(9:03)に登場するのが、デンマークの王室歌「クリスティアン王は高き帆柱の傍らに立ちて」のメロディです(トラック21)。劇の中での歌詞は「偉大なる神、我らが王を護れ」です。これは、国民が歌う国歌「麗しき国」とは別の曲です。
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 その後に短いエンディングが入って、序曲は終わります。

 前回のブログをご覧になった新田さんから、「この曲は本国では別の意味で人気曲です」というコメントをいただいたので、何のことだろう?と思っていたら、それを見ていたヴァイオリンのNさんが、その映像を見つけてくれました。それがこちらです。
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 この「Olsen Gang」(原語では「Olsen Banden」)というのを頼りに検索したら、これはデンマークで1976年に作られたこのシリーズの映画の8作目「The Olsen Gang Sees Red」の中の1シーンだと分かりました(この映像は、ノルウェーでのリメーク版?)。なんと、このギャング団が「妖精の丘」が初演された王立劇場の地下に忍び込んで、この序曲に合わせて壁を爆破したりしているのですね。それはとても面白いのですが、私は別のところに引っ掛かってしまいました。その時にギャングのボスが本物のスコアを見ながらその指示をしているのですね。そして、この表紙はWilhelm Hansenじゃないですか。
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 この曲をやることが決まった時にポケット・スコアを探したのですが、Kalmusの大判以外は見つかりませんでした。でも、こんなのがあったんですね。そこでもう一度調べたら、やはりWilhelm Hansenから1948年に出版されていました。
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 今はもう絶版なのでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2018-06-01 21:56 | 禁断 | Comments(0)