おやぢの部屋2
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ウィーン・フィルでもミスってました
 ブログのSSL化がとうとう実施されました。確かに、その日になったら私のブログのまだ未対応のページでは、画像が見えなくなっていましたね。その日までに間に合わせようと、すべての画像を入れ替えようと思っていたのですが、結局間に合いませんでした。なにしろ、ほぼ毎日更新していて、それごとに画像を入れていましたから、1ヶ月分の画像を入れ替えるだけで1時間ぐらいかかってしまうんですね。それを4年分ですから、とてもじゃないけど、1週間やそこらで終わるわけはありません。
 ただ、なぜなのかは分かりませんが、Chromeでは消えてしまった画像がIEではまだちゃんと見えているんですね。ですから、作業自体はこれまでと変わらず続けられるので、あとはぼちぼちやっていけば、いつかは終わるはずです。
 というか、今の時点で残っているのはもう10ヶ月分しかなくなっていますから、軽いものです。そこで、これまでにどのぐらいの画像をアップロードしたのか見てみました。
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 こんな感じ、まだ15%ぐらいしか使っていませんでした。13年使ってこれですから、これだったらほとんど無制限、という感じですね。あと何年生きられるか分かりませんが、もう死ぬまで使えそうな気になってきましたよ。
 そんなことに根を詰めたせいなのかどうか、先週あたりからちょっと喉と鼻の調子が悪くなっています。発端はこの前の土曜日の「杜の都合」の練習の時でした。小節を数えている時間が長くなると、ものすごい眠気が襲ってくるのですよね。まあ、最近寝不足の気味もあるのでそんなに気にはしていなかったのですが、なんだか体全体も少し重たく感じていました。
 日曜日になると、喉の奥がちょっとヒリヒリしてきました。こんな時は葛根湯を飲んでゆっくり休むに限ります。次の日の職場に行く頃には、そんな喉の感じはだいぶ収まっていました。しかし、そこで突然、毎年の「花粉症」が現れてきたのですよ。もう鼻水は出っぱなし、ちょっとでもくしゃみをしようものなら、いつまで経っても収まりません。いつもだともう1、2か月先のことなので油断をしていたのですが、まさに不意を突かれた感じ、もうひたすら耐えるしかありません。
 それで、火曜日にニューフィルに行った頃は、その症状は最悪でした。鼻水を拭うためにポケットにティッシュを入れておきましたが、フルートを続けて演奏しているとそんな暇もなく、鼻水がマウスピースにまで伝わってきましたよ。参りましたね。
 でも、なんとかその次の日には治まってきて、今では軽く鼻水が出るぐらいで済んでいます。明日の「杜の都合」には、たぶん普通のコンディションで臨めることでしょう。
 ただ、ピッコロ担当の人がお休みという連絡が入ったので、急遽シュトラウスの「ドナウ」のピッコロをさらっています。まあ、前にも1回吹いているので大丈夫でしょうが、その時に楽譜に1か所ちょっと不審なところが見つかっていました。
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 この矢印の部分で、ワルツのテーマが戻ってくるので、今までフルートを吹いていたものをピッコロに持ち替え無ければいけないのでは、と思ったのですね。ただ、スコアを見てみると、ここはこのパート譜と同じように何の指示もありません。でも、ここは絶対にフルートではありえないと思ったのでCDを聴いて見たのですが、なんだかよく分かりません。
 そこで、映像で確認することにして、今までBSで放送されたウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのBDをチェックしてみました。そうしたら、殆どの年でこの部分にバレエの映像が入っていて、オーケストラは写っていないんですね。それでもしつこく探したら、やっと2014年と2012年で確かにこの部分でピッコロを吹いていることが確認できました。明日は、だからここはピッコロで吹くことにしましょう。
 でも、高音のF♯が出てくるんで、嫌なんですよね。ウィーン・フィルでも1か所外していましたっけ。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-23 22:41 | 禁断 | Comments(0)
音源も付けました
 「かいほうげん」は、予定通りきのう発行されました。しかも「おまけ」まで付いて。
 中に挟み込んであったのは、さる外来オケのコンサートのチラシと、それを割安で入手できるサイトの案内書です。もちろん、それらは私が用意したわけではなく、ちょっと前に主催者から公式サイトのメールフォーム経由で、「団員の皆さんに配布をお願いできないでしょうか?」というメールが来て、それを実際に私の自宅まで送ってきたからです。あちらもそれほどあてにはしていないようで、それぞれ15枚がホチキスで止められていましたね。それは郵便で来たので、まあ、次の練習の時にでも持って行って机の上に置いておけばだれか持っていくだろうう、と思っていました。
 そうしたら、その何日か後、こんどはレターパックで別の分厚い荷物が届きました。差出人も宛先も全く同じものだったので、前に出したのでは足らないかもしれないと、メンバー全員に渡せるぐらいに追加したのでしょうね。ちょうどいいので、これを「かいほうげん」に挟み込んでやろうと思いました。「かいほうげん」を出すことを、先方は知っていなのでしょうか?
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 そこで、印刷も全部終わったので、その荷物を開けてみると、中にはこんな手紙が入っていました。
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 なんと、あて名が違います。どうやら、封筒に住所を書く時に間違えたのでしょうね。うちに来たのはこういう文面でした。
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 こういう場合、私が取るべき態度は。
 1.宛名を「えずこホール」に直して、代わりに送ってあげる。
 2.送り先に送り返す。
 3.何もしないで、そのまま使う。
 でしょうが、別にこの人のミスをフォローする義理なんてありませんから、迷わずに3.を選びました。もちろん、そのことはきちんとメールで伝えましたけどね。
 というわけで、私の手元には100枚以上のチラシが集まったことになるので、皆さんにお配りしたというわけです。私は、早いうちに安い席を買ってしまいましたから、これは使いませんが。なんせ、イズミティなんで、高い席で聴く必要は全くありませんからね。
 肝心の「かいほうげん」本体ですが、Sさんについての記事は、十分なものが出来たのでは、と思っています。まあ、あくまで私の感覚で進めたことなので、他の人にはあるいは「ちょっと余計だね」ぐらいの感想を持たれるのではないか、とは思ってますけど、そんなのは知ったことではありません。正直、これでも足らなかったな、と思っているぐらいですからね。
 そうしたら、なんと、これをSさんのご遺族に渡したい、という人がいました。わたしも、できれば渡せたらな、とは思っていましたが、それこそ余計なことだと言われそうだったので、何のアクションも起こしてはいなかったのですが、そういう風に考えてくれた人がいたなんて、とてもうれしかったですね。さらには、定期演奏会の招待状も差し上げたら、というような人もいて、たぶんそれらは実現することになるでしょう。捨てたもんではありませんでした。あとは、プログラムには載せるのかどうか、という選択も迫られるでしょう。私は、載せてあげられたらいいな、とは思っていますが、どうなることでしょう。というか、それによってニューフィルの姿勢、あるいは「心」が計られるのではないでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-21 21:55 | 禁断 | Comments(0)
また「ビッグ・ボーイ」に行きました
 結局、「かいほうげん」は今回も休日に家に持ち帰っての製作となってしまいました。まあ、金曜日の時点で出来ていなかったのは最後の1ページだけでしたから、そのぐらいだったらきのうの間に出来てしまうだろうと思っていたのですが、その目論見は大幅に狂ってしまって、作成作業は今日までずれ込み、ついさっきやっと完成したところです。
 世の中は、「金」だ「銀」だと大騒ぎになっていますが、私にはそんなものに巻き込まれてしまう時間などありませんでした。とは言っても、あの決勝の瞬間には、マーラーの練習をやっている間にもかかわらず、iPhoneで途中経過を見てたりしましたけどね。管楽器は何小節か休みがあるので、そんな時にチラチラ見ているんですよ。でも、いくらなんでも出番が続くところではチェックはできませんから、やっと「ヒマ」になって開けた時には、もうすっかり結果が出てしまったあとでしたけどね。
 そんなわけで、きのうは半日はオケの練習があったので、作業はあまり進みはしませんでした。ただ、その未完のページを埋めるためのネタを探しているうちに、そこに今年の「アンサンブル大会」のスケジュールと会場の告知を入れることを思いつきました。本来、これは最初のページに入れるつもりだったのですが、もう一つのネタがかなりのスペースを占めてしまったので、それだったら、ほとんどスカスカだった最後のページに入れた方がいいな、と思ったんですね。ですから、そこに去年の同じ催しの写真を入れることにしました。ちょうど、お亡くなりになったSさんが、私のカメラでたくさん記録写真を撮っていてくれましたからね。
 もちろん、それは「かいほうげん」に載せるために、出番のある私に代ってSさんが引き受けてくれたものでした。ただ、実際はもう一人、しっかりステージ写真を撮ってくれていた方がいたので、その時はそちらの方を使わせてもらいました。ですから、「お蔵入り」になっていた写真をこういうタイミングで使わせてもらうのも、一つの「供養」なのかもしれない、という発想ですね。
 それを始めると、もう作業自体は単純作業の繰り返しですが、とても時間がかかってしまいます。写真の場所を変えたり、レイヤーを入れ替えたり、傾け方を変えたりと、いくらやっても不満なところが出てきて、なかなか終わりませんでした。そもそも、今日は久しぶりに私の予定が何も入っていない休日だったので、まず愚妻をあちこち連れまわさなければいけませんでしたからね。
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 それでも何とか、こんなのが出来たので、それを紙面にはめ込むと、今度は全体のバランスが何かしっくりしません。変なところに空白が出来てしまうんですね。そうしたら、おあつらえ向けに、この前企画書を送ったタウン誌から最近届いたゲラが、そのまま使えることが分かったのですね。というか、半年前にも同じことを考えてやっていたんですけどね。ですから、それを使って画像を作ってみたら、その空白が見事に埋まってしまいましたよ。
 でも、これを明日きちんと製本できるまでにまとめて現物を印刷してみると、きっとまた直したいところが出てくるんでしょうね。いや、これを書いている時点で、すでにタイトルを直さなければいけないページがあったことに気づいたりしていますからね。ですから、印刷と製本はおそらく発行日の午前中ということになるのでしょう。前回は、印刷直前にプリンターの調子が悪くなってあわててサービスを呼んだりしたのですが、今回はそんなことが起きないように祈るばかりです。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-18 22:00 | 禁断 | Comments(0)
合唱が入ってます
 今回の「かいほうげん」では、もうだいぶ前から準備を進めていたつもりでした。でも、気が付いてみたらもう来週の火曜日に発行しなければいけないという事態に陥っていましたよ。なんか、もっと先のことだと思い込んでいて、他にやることを優先した結果なんですけどね。というか、もう私が作るページは完全に内容が固まっていて、あとはそれを実際にテキストやら画像で表現していけばすぐにでも完成してしまうということが経験的に分かっていましたから、ちょっと油断をしていたというか。
 つまり、最初はテキストだけでやってしまおうかと思っていたのに、やっぱり画像を入れた方が分かりやすいかな、ということでどんどん画像を増やしてしまったら、それの処理に思いのほか時間がかかってしまったのですよ。
 具体的に、その作業内容を振り返ってみると、そもそもは今回ニューフィルで演奏する「禿山」と「火の鳥」には複数のバージョンがあるので、それらについて丁寧に解説をするという、私の得意技を披露するためのページを作ろうと思いました。実は、「火の鳥」に関しては、それを演奏した20年前にもほとんど同じことをやっていたのですね。もちろんその頃はインターネットなんて今ほど一般的ではありませんでしたし、そもそも私はPCすら使っていませんでしたからね。その頃は「ワープロ」というものを使って「かいほうげん」を作っていました。その時に、「火の鳥」のいろんな組曲の成り立ちを一覧表にした図を作ったのですね。後にそれをネットにアップしたのが、こちらです。
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 今にして思えば、よくワープロでこんなものが作れたものですね。あんまりよくできているので、これをそのまま使おうとまで思ったのですが、データとしてこれをPCに取り込むことはまず不可能だと気づきました。そこで、これと同じものをまず作ることにしました。それはだいぶ前のこと、結局、これよりももっと精密な表が出来上がりましたね。それでもうこの仕事は殆ど片付いたな、と思いました。
 確かに、「火の鳥」に関してはこれ以上のことはもう何もないのですが、「禿山」の方は初めて手掛けるので、とりあえずその成り立ちをしっかり調べてみることにしました。この曲に「原典版」という、全く別の曲と思えるほどのものがあることは知ってましたし、聴いたこともありますから、それが今の形に他の人の手によって大幅に変えられている、という知識は一応持っていました。でも、調べてみると、その2つが直接つながっているのではなく、その間にもう一品、別のバージョンが入っていたのですね。ムソルグスキーについて深く調べたことはなかったので、そんなことは全然知りませんでしたよ。ですから、私が知らないのならばきっと他の人も知らないだろうな、という発想で、これについて掘り下げてやろうじゃないかと思ってしまいました。
 それは、意外なところで情報が得られていました。なんと英語版のWIKIなんですよ。そこにはこの曲の成り立ちから途中の経過、そして最終形まで克明に記述されていました。録音のリストなども充実していましたから、大いに参考になりましたね。これを頼りに音源を探して実際に聴いたり、そのジャケットを探したりもできましたよ。ただ、やはりWIKIはWIKIだな、というところもあって、それらの音源の録音年がかなりいい加減なんですよね。というか、リリースされた年を録音された年として表記していたりしています。それと、そもそも全然間違った音源を挙げていたりもしてますから、変な意味で安心してしまいます。そんなもの、今だったら簡単に分かるはずなのに。
 それと、今回は、この間亡くなったSさんの追悼ページも、きちんと作ろうと思っていました。なんたって現役の団員が亡くなったのですから、普通はそれが分かった次の練習の最初には黙祷ぐらいするのでは、と思っていたのに、全くそんなそぶりもありませんでしたから、正直かなり失望していましたからね。まあ、私とは感覚が違うのでしょうから、それはそれで目をつぶればいいことなので、私の力が及ぶところでは全力で追悼したい、ということなんですよ。うまい具合にちょうど1ページの余裕がありましたから、そこを存分に使わせていただきました。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-16 21:01 | 禁断 | Comments(0)
「とみいず」とか「なうてぃ」の原稿です
 ブログがSSL化されるということで、それへの対処に大わらわな毎日です。なんせ、2月21日になるとブログ上の画像がほとんど見えなくなってしまうというのですから、焦りますよね。あと1週間ですよ。そもそも、そのような告知が公になったのが、1月22日だったというのですから、猶予は1ヶ月しかなかったというのが、ひどい話です。まあ、普通の人は毎回きちんとブログのサーバーに画像をアップしているのでしょうから何の影響もないのですが、私の場合はかっこつけて他のサイトへのリンクなんかにしてしまったので、こんなことになってしまいました。
 問題は、画像を全部アップしなおした時に、果たして無料契約の限度内に収まるか、というところでしたね。毎日チマチマやっていたら、ほぼ1年分は完了したのですが、そこで残量を確認してみると、ちょうど1/10だけ使っていたことが分かります。ということは、私がこのブログを始めたのが2005年だったので、もう10年以上続けていますから、下手をすると全部はアップできないかもしれませんね。
 と、がっかりしかけた時、今のように画像を実際にアップするのではなく、他にアップしたものにリンクするという方式を始めたのはいつだったのか調べてみたら、それは2014年の2月6日だということが分かりました。そうなんですよね。そもそもレンタルサーバーを使うようになったのが2011年ですし、その頃はまだプロバイダーのサーバーも余裕があったので、そちらに画像はアップ、そうなると、画像へのリンクは相対パスになりますから、そのままではブログにアップする時にはリンクは出来ないので、ブログのサーバーにもいちいち画像をアップしていたのでした。
 ということは、高々3年か4年の話ですから、すべての画像をアップするのは楽勝ですね。いや、私のPCのフォルダーの容量がものすごいことになったので焦っていたのですが、よく調べてみたら、そこにはアップする前の元の写真のデータなども一緒に入っていましたから、そんな大量になっていただけで、実際にそのうちからサイトに使ったのはそんなに多くはなかったんですね。
 ですから、まずは1/4ぐらいの作業は終わったことになりますね。あとは、時間との勝負、あと1週間で、残りの3/4を終わらせることができるのでしょうか。というのも、それを過ぎると、ブログからはリンクしている画像は全てなくなってしまいますから、とても作業が面倒くさくなるのですよ。大元の「ジュラシック・ページ」にまでもどってみて、そこにある画像を探してアップする、という、気の遠くなるようなことをやらなければいけませんからね。
 実は、今やっている作業も、最初は大変でした。最初はChromeでやっていたのですね。そこでは編集画面ですでに画像が消えている、ということは前にも書いたのですが、1ページに1枚しか画像がない時は問題ないものの、複数の画像を使っていた時には、その順番が分からなくなってしまうんですよ。一応ファイルに番号は振ってありますが、それは必ずしも順番通りではないんですね。もう、とても面倒くさくて、やめてしまいたくなりましたよ。
 ところが、ひょんなことでIEでやってみたら、こちらには編集画面でもちゃんと画像が残っているんですね。同じブログなのに、ブラウザによって見え方が全く違っていたのですよ。ですから、こちらだったら作業はどんどんはかどりました。
 おそらく、こんなことを書いていても、その内容が正確に伝わってはいないのではないか、という気がしてなりません。まあ、いいんです。あくまでこれは私のための覚え書きみたいなものですからね。
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 いずれにしても、おそらく後しばらくはブログを有料化したりする必要がないだろうと分かったので、安心して大き目の画像もアップできそうです。さっそく、この間各所に送った企画書の最初の成果をご覧ください(一部、テキストを消してあります)。こんな案内を載せてくれるのだそうです。どっちの画像が良いのか聞いてきたので、迷わず「チラシの方」と答えておきました。それでよかったんですよね?
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by jurassic_oyaji | 2018-02-14 22:35 | 禁断 | Comments(0)
私は、自家製ジンジャーエール
 「三連休」とか言ってますが、この3日間は、私はオーケストラの練習に費やすという大変なことになっていました。ニューフィルだったら連続2日というのは普通にあることですが、今回はそれに続けて「杜の都合」が1日続いたので、こんなことになりました。「杜」はもうこれが最後ですから、おそらく、これ以降は起こり得ない事態です。
 ということで、まずは2年半ぶりの末廣さんとのリハーサルです。
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 まだ練習は始まっていない中で、みんなウォームアップ中ですが、末廣さんはこんな時にはだいたいこんなところに座ってゆったり皆を見回していますね。見えるでしょ?右端、セカンドの「ラストデスク」に座ってますね。
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 そして、いよいよ合奏が始まります。ところが、開口一番「1年前に病気になりました」という爆弾発言。なんでも、救急車で運ばれて即入院、仕事を全てキャンセルしたのだそうです。「私は死んでいたかもしれません。今こうしてここにいるのは奇蹟です」という言葉は、1週間前にSさんを見送った身としては、複雑な思いです。でも、末廣さん、生きててよかった!
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 練習は、いつも通りの厳しい中にもユーモアのあふれた、とても楽しいものでした。なによりも、ニューフィルの音が、末廣さんの一言でガラリと変わってしまうのですから、すごいですね。今日やった「禿山」なんかは、「もう、明日本番出来るね!」とまで言ってくれましたからね。もちろん、それからもう1度頭から通した時には、何度も何度もダメ出しがありましたけどね。
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 1日目の夜は、歓迎会です。末廣さんとご一緒するのは久しぶりですが、以前は常に話の中心にいた、という印象があったのですが、なんだか今回は聞き役に徹しているようなところがあったのが、ちょっと変わったな、という感じです。いや、もちろん、肝心なところでは末廣さん一流ギャグで笑わせてくれましたけどね。「アンコールは『ハルサイ』ね」といった感じです。
 ところで、いつもコンサートの時などにチラシまきをお願いしている業者さん(本番当日の受付も委託)のサイトで、ニューフィルのコンサートが紹介されていますが、そこからリンクされているチラシの裏側の画像が、なぜか最終段階で手直しした完成版とは違っていました。ここではチラシをお願いすると、それをスキャンしてサイトにアップしているはずなので、なぜこんな画像があるのかとても不思議でした。そうしたら、うちの担当者がすでにだいぶ前の時点で公式サイトからリンクされていたPDFを送っていたことが分かりました。確かに、あれはだいぶ前にアップしてあって、最近になって更新したばかりですからね。ですから、すぐに訂正してもらうようにお願いしておきましたよ。おそらく、こんなことに気づく人は私以外にはいないでしょうが。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-11 21:53 | 禁断 | Comments(0)
CDの画像だけは、最初から直アップだったので、無事です
 最近、私が使っているブログの様子が少し変でした。私の場合、「ジュラシック」に書いたものをそのままブログに転載しています。その時には、アップロードのためのページを開いてそこにテキストをコピーするだけで、簡単にブログが出来上がります。そのテキストの中には、画像へのリンクも含まれています。それも一緒になったテキストを送るだけで、最初のモニターにはリンクしている画像も出てきますから、まさにワンタッチで終わってしまいます。普通は、テキストと画像はそれぞれ別にアップロードしているのでしょうけどね。
 つまり、私のサイトではだいぶ前から、プロバイダーのサーバーでは画像を転送するだけの余裕がなくなっているので、画像だけは別のレンタルサーバーにアップして、そこへのリンクを付けていたのですね。こういうことができるのが、ウェブサイトの面白さなんです。サイト内にはないものが、そのまんまページの中に納まっているように見えるんですからね。
 そういう仕組みになっていますから、それをブログにアップしてもそのままの関係は維持されて、やはり同じように画像も一緒に見えているんですね。それが、アップされた実際のページだけではなく、その前のモニターの画面でもしっかり画像が見えていたんですね。
 それが、最近は、モニターでは画像が見えないようになっていたのですよ。ただ、それをアップしたページでは今までと全く変わらず画像が見えていたので、あんまり気にしてはいませんでしたね。まあ、ブログのサーバーがちょっとおかしくなったのかもしれない、ぐらいのことでしょうと。
 ところが、事態はそんな生易しいものではなかったのです。それからしばらくしてなんとなく目に入ったのは「重要なお知らせ」というブログの管理者からのお知らせでした。そこには「このたび、SSLに移行します」とありました。SSLってなんだっけ、と思ってしまいましたが、そこには「httpからhttpsへ」とあったので、すぐにその内容は分かりました。最近はよく見かけるセキュリティを強化したウェブサイトのことですね。ブラウザではこのように表示されています。
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 調べたらこれは「Secure Sockets Layer」の略だとか。なにやら、一旦暗号化してアップするという、ちょっとシロートには難しいような技術のようですが、まあ、セキュリティが向上するのなら歓迎すべきことなのでしょう。ただ、その説明の中で、実際に「SSL化」されたページを見ることができるようになっていたのでそれで見てみると、なんと画像が消えてしまっているではありませんか。それは、その前から体験していた、アップする前のモニター画面そのものだったのですよ。
 なぜそうなったのかは、やはりその説明で分かりました。画像を普通のhttpから始まるURLにリンクしていた場合は、そのリンクが無効になってしまうのですよ。それは確かにそうでしょうね。せっかくセキュリティを強化するための措置なのに、そこに無防備なリンクが混ざっていたのでは何にもなりませんからね。
 その対策として、まずはリンク先をSSL化してhttpsにすることだ、とありました。でも、これは非現実的。レンタルサーバーに行って調べてみたら、確かにそれなりの対応策はありましたが、そのための手順がとても大変のようでした。それと、そのあとも結局ブログの画像へのリンクを全て書き換えなければ行けないのですから、膨大な作業が必要になってきますよ。
 ですから、私が取ったのは、画像のリンクを削除して、普通にブログに画像をアップするという方法でした。もうすでに去年の12月以降の画像は全てそうやって入れ替えてしまいましたから、あとはぼちぼちやっていれば、そのうち全部入れ替えることはできるでしょう。ただ、それにも問題があって、このブログの場合、アップできる画像の容量は全部で1GBしかないのですよ。1GBあれば十分ではないか、と思われるかもしれませんが、PCにあるブログにアップすべき画像を調べてみたら、それをはるかに超えていましたから、これではすぐに足らなくなってしまうのですよ。そうなれば、画像は無制限という有料コースに変更すればいいんですけどね。
 というわけで、とても煩わしいことが起こっているのですよ。まあ、普通はブログと言えばその場限りのような使われ方でしょうが、私の場合はある意味「資料」としての位置づけなので、そこまでやらないといけなくなってしまいます。仕方がありませんね。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-09 21:23 | 禁断 | Comments(0)
同じ音源が重複してアップされています
 先週の土曜日に、いつもの、ニューフィルの定期演奏会のチラシやポスターを袋に詰めたりする作業が行われました。つまり、その時点から具体的な宣伝活動が開始されることになるわけです。私は、それに備えて、配布する場所と担当者のリストを作っておきました。というか、いつものことですから、前に使った時に手直ししたものを、そのまま使うだけなんですけどね。ただ、今回もそれで行こうと思ったら、ハタと気が付きました。前回のリストでは、その前の日に訃報が届いたSさんが担当していたところが7か所もあったんですよ。たしか、まだ行く人が決まらなくて空欄になっていたのを見つけて、「私行きますよ」と言ってくれたんでしたね。しかも、その中には彼が自分で見つけてきた新たな場所も加わっていましたからね。
 仕方がないので、それらは全部私の担当にして、新たなリストを作って、みんなに配ることにしました。その次の日にあったお通夜の帰り道に、その中の場所が1か所あったので、そこも前もって場所を調べておいて、置いてきましたよ。
 そして昨日の練習の時に、担当者全員にそのリストを配りました。そうしたら、「Sさんの担当されていたところ、私が行きますよ」と言ってくれた人がいたではありませんか。正直、そのエリアは私が行くにはかなり不便なところだったのでどうしようかと思っていたのですが、これですべて解決してしまいましたよ。そうやって、いなくなってしまった人の分もきちんとカバーしてもらえるような体制が出来ているのが、とてもありがたいですね。
 私は、週明けはそんなチラシやポスターを郵送したり、タウン誌向けの企画書を発送したりと、かなり忙しく働いていました。前回から、案内を出してもらっている月刊誌の校了のタイミングの関係で少し早目に送ることにしているので、企画書自体はすでにもう先週のうちに作ってありましたから、プレゼント用のチケットが入手できたら即刻送れるようなスケジュールにしてありました。
 それともう1件、今回の会場が県民会館なので、そこのプレイガイドにチケットを置いてくるということもやってきました。そんなことがあったので、本来の業務には今日になってやっと手が付けられるようになりました。それは、先月届いた振替用紙の集計です。
 先月ほどではありませんが、今回も大量の振替が送られてきましたから、それを項目別に仕分けして金額を確かめる、という作業です。多い時だと1日に何十枚という振替用紙のコピーが届きますから、まずはそれを1日分で集計しなければいけません。それは単純な作業なので、まず間違うことはないのですが、ある日の分だけ、何度計算しても金額が合わないのですね。送られてきた振替用紙の金額を合計しても、それをまとめた伝票の数字と違っているのですよ。いったい何がいけないのか分からなくなって、1枚1枚チェックしていくと、なんと、こんなものが入っていたことに気づきました。
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 送金した人が記入した金額と、それを受け取ったゆうちょ銀行の金額とが、1桁違っていたのですよ。なんでこんなことが起こったのかはすぐわかりました。「口座徴収料金」というのが80円になってますね。これは、ATMで送金した時の料金なのです(窓口だと130円)。間違って千円札を入れてしまったのでしょう。ただ、普通はそのあとで金額をタッチパネルで確認しますから、そこで分かりそうなものですが、そこでも間違えていたのでしょうね。これでは、いくら計算しても合わないはずです。確かに、誤差は「9000円」でしたから。
 一応、ゆうちょ銀行に電話できいてみました。そうしたら、やはりこれは今となっては調べようがないのだそうです。送った方もまさかこんなことになっているとは思ってはいないようですから、ここはきちんと受け取ったということで、処理を行うことにしましたよ。長いことやってますが、こんなことは初めてです。
 まあ、世の中には間違いはいくらでも横行していますから、こんなことは別に気にはなりませんけどね。きのうの「おやぢ」のためにNMLで「禿山」の「原典版」を検索したら、
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 こんなに(もっとあります)一杯「原典版」が出てきましたよ。いつの間に、こんなに広まっていたのか、と思ってチェックしてみると、ちゃんとした「原典版」はこの中には4つぐらいしかありませんでした。それ以外の30件はすべて「デタラメ」だったのですよ。いくらなんでも、これはひどすぎます。「間違い」では済まされませんよ。

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by jurassic_oyaji | 2018-02-07 22:04 | 禁断 | Comments(0)
引きものはお茶と羊羹
 今日は、夕方の7時からSさんのお通夜があるというので、少し早目に夕食を食べてから出かけようと思っていました。会場がちょっと遠くて広瀬文化センターのあたりですから、まあ6時ごろには出発する必要がありましたからね。そこで、妹も一緒に行くことになったので、その頃に迎えに行くとメールを出した後、念のためということで時間を確認してみたら、そこには「17時」とありましたね。どうも、連絡を受けてからの動揺がまだ収まっていないのでしょうか、なんか注意が散漫になっています。あわてて訂正のメールを出しましたよ。
 結局、少し早めに行っておきたかったので、4時少し前に出発して、会場に向かいます。途中で広瀬文化センターによって、出来たばかりのチラシとポスターを置かせてもらいます。いつもはわざわざここまでやってこなければいけないのに、「ついで」で済んでしまったのも、Sさんのお蔭です。
 会場についたら、けっこう広いはずの駐車場がもうほとんど満車になっていました。幸い私は駐車スペースに停められましたが、あとはもう通路の中に押し込まれるように係員に誘導されていましたね。中に入ると、昔の合唱団の仲間が受付をやっていました。そして、ホールに入っていくと、すぐそこにニューフィルの人たちがまとまって座っていましたよ。正直、ニューフィルの人はそんなに来ないのではないか、と思っていたのですが、どうやらコントラバスのパートはほぼ全員、それに他の弦楽器の人もたくさん来ていましたし、金管の人も2人は見かけましたね。改めて、Sさんの交友関係の広さを思い知らされました。いや、それよりも、なんでこんな人まで、と思われるような音楽界の重鎮の顔触れがゴロゴロしていましたから、ちょっとびっくりです。おそらく、200人近くの人が集まっていたのではないでしょうか。椅子に座りきれず後ろに立っている人もたくさんいましたね。
 ホールには、オルガン・バージョンのフォーレの「レクイエム」が、とても小さな音で流されていました。Sさんらしい、素敵なチョイスです。
 ただ、案内に「通夜祭」とか「葬儀祭」とあったので、もしかしたら、と思っていたのですが、これはキリスト教ではなく、私は初めて体験する神道による葬儀でした。というか、そちらではすべての儀式が「祭」と呼ばれるのだそうで、それでこういう呼び方になっていたのですね。ですから「祭」は宮司さんが仕切ります。祝詞というのでしょうか、あまり意味の分からない言葉を述べるところで、なんだか具体的な名前や日にちがでてきたのでちゃんと聴いてみると、そこでは故人の経歴を、宮司さんが語っていましたね。その中に、故人の仕事に関係して「デザイン」とか「バランス」などという言葉が入っているのが面白かったですね。でも、これで初めて、Sさんの詳細な経歴と、家族構成までを知ることが出来ました。
 そして、最後には参列者の「焼香」ではなく「玉串奉納」が始まります。そんな人数ですから、途中で玉串が足らなくなって、奉納されたものを回収してさらに配る、ということをやっていましたね。全部で3回も。ですから、とても時間がかかり、結局全部の「祭」が終わったのは18時半でした。
 残された私たちにとっては、とても残念に思えて仕方がないSさんの死ですが、さっきの宮司さんの祝詞や、最後にあったご遺族のご挨拶などを聴いていると、彼自身はとても充実した一生を送ったのでは、という気になってきました。これだけ多くの人たちに送ってもらえるというのが、その証拠です。
 ホールには、彼の「遺品」が展示してありました。帰り際に見てみると、
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 カープ・ファンだったSさんならではのカープ・グッズ
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 そして、彼の最後のステージだったニューフィルでの、まさにこの間まで使っていた、チャイコフスキーのパート譜です。
 そういえば、ニューフィルで現役の団員を見送ったというのは、今回が初めてだったのではないでしょうか。次は私の番?
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by jurassic_oyaji | 2018-02-04 22:13 | 禁断 | Comments(0)
訃報
 ニューフィルの公式サイトの掲示板や、公式Facebookではお知らせしておきましたが、団員のSさんが急にお亡くなりになったそうです。私のところにそんな情報が届いたのはきのうの夜中、Sさんご本人からはかなり迂回した経路での情報でした。そんな得体のしれないところからなので、もしかして何かの間違いで、ツイッターを乗っ取られてデマが流されたのかも、と思ってしまいましたよ。
 でも、今日になってきちんとお通夜やお葬式の日取りも伝わってきたので、紛れもない事実だったのだと受け止めざるを得なくなってしまいました。
 だって、ほんの数日前にはぴんぴんしていたはずですよ。私の誕生日にもコメントをくれたりしましたし、私にハイレゾの音源を貸してくれるということで、おとといの練習の時にはUSBメモリーにお返しのつもりの音源を入れて渡そうと思ったのですが、来てなかったので珍しいな、と思ったぐらいです。その日だったんですね。亡くなったのは。言葉になりません。ご冥福をお祈りするばかりです。
 Sさんと私は、学生時代からの知り合いでした。大学の男声合唱団の他に入っていた仙台放送合唱団で、ほとんど私と入れ替わりに入ってきたような記憶があります。ですから、その頃は直接話をしたようなことはほとんどありませんでしたが、その頃まだ合唱団にいた愚妻や妹とは親しくしていたようでしたね。それからだいぶ経って、建築士だったSさんが建てたO先生のお宅の新築祝いに伺った時に、お目にかかっていたでしょうか。
 そして、それからさらに長い時を経て、今度はなんとニューフィルの団員としてSさんを迎えることになってしまいました。彼は合唱団員でしたが、妹の話によるとそれ以外にピアノも上手だったそうですが、ニューフィルにはコントラバスを抱えて入ってきたのです。なんでも、その半年前ぐらいからその楽器を始めて、先生に実際にオーケストラに入って勉強することを勧められた、というのですね。そんな人が、ニューフィルでやっていけるのかな、と、最初は思いましたね。
 でも、Sさんはとても熱心に練習に通ってきました。他のパートのことは私には分かりませんが、少なくとも邪魔をしているようには見えませんでしたね。しばらくすると、立派にパートの一員になっていたようでした。それよりも、他の団員とのコミュニケーションがすぐに取れるようになっていたのには驚きました。もう昔からの団員のように、ごく自然にオケの中に溶け込んでいたのですね。
 ニューフィルに加わる時期と前後して、私が仙台フィルの定期演奏会と東京公演の合唱団員としてベルリオーズの「レリオ」を歌った時にも、彼と一緒に歌っていました。サントリーホールの前で控室が開くまでの時間には、いつの間にか彼と昔の合唱団の話をし合っていましたね。
 最近では、オーディオ・マニアでもあったSさんと、いろいろな情報交換を行っていました。ハイレゾの話なども、かなりマニアックなことまで語ることが出来ましたね。ですから、おすすめの録音を貸してあげたりもしていましたね。その中で、2Lのブルーレイ・オーディオには、本当に素晴らしい音だと驚いてくれました。そういうところで共感できる人が、今までは周りにいなかったので、私もとてもうれしかったですね。
 それで、Sさんも、自分の持っている音源のリストを送ってくれて、何か聴きたいものがあればコピーしてくれるというので、その中で毛色の変わったピンク・フロイドやジョージ・ハリスンあたりをリクエストしておきました。さっき書いたUSBは、それをコピーしてもらうために渡そうと思っていたものです。
 今となっては、彼のご自慢の「サクラダ・ファミリア」にお邪魔できなかったのが心残りです。コンサートには何度もお誘いを受けていたのに、いつも都合が付けなくて行けませんでした。どうせいつかは、彼の手作りのスピーカーの音を聴くことができるだろうと思っていたのに、それはもうかなうことはありません。
 ヨットに乗ったり、練習にはキャンピングカーで乗り付けたりと、アウトドア派で健康には自信があったように見えていたのですが・・・
 安らかにお眠り下さい。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-02 22:30 | 禁断 | Comments(0)