おやぢの部屋2
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だいたいこのあたりで眠くなります
 今差し迫ってのミッションが、ニューフィルのプログラムのための原稿書きです。まあまだまだ締め切りは先ですし、いざとなればこの前作った「かいほうげん」用のトークをコピペすればいいだけですから、そんなに焦ることはないのですがね。「セルフコピペ」だったら、何も後ろめたいことはありませんから。余談ですが、最近別のことでネット検索をしていたら、さるアマオケのプログラム解説が、WIKIを一字一句変えることなくコピペしてましたね。私もそれをやってみて、「だって、俺が書いたんだもん」とか言ってみましょうかね。
 いや、そんなことを言ってないで、そろそろ真面目に準備を始めておかないと。
 ということで、「禿山の一夜」を語る際には避けて通れない「ファンタジア」について、ちょっと調べてみました。これは、さっきのネタには入れてませんでしたからね。
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 「ファンタジア」というのは、ディズニーが1940年に作ったクラシック音楽だけを使ったアニメ。その中で、「禿山」は最後から2番目に登場します。「魔法使いの弟子」にはミッキー・マウスが登場しますが、こちらのキャラクターはこんな魔物です。
 これのDVDを確かに持っていたはずだと思って探してみたら、ありました。
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 左側のが、2010年にアメリカで発売された「60th Anniversary Edition」のDVD、これはそれまで日本で公開されたことのなかった「オリジナル版」で、ナレーターが登場して解説をするというカットが入っています。もちろん、初出のメディアでしたので、わざわざアメリカのAmazonから買いました。そうしたら、リージョン・コードが日本とは違っていて再生できないので、「リージョン・フリー」のプレーヤーまで買わなければいけなかったんですよね。
 これが、画面も音声も、昔映画館で見たものとは全然違っていて、とても素晴らしかったのに驚きました。というのも、その前に右の1982年にリリースされたCDがあって、そこには映画の音があまりに貧しかったので、わざわざ新しく録音し直したものが入っているんですよ。でも、いま比べてみると、DVDの方がよっぽどいい音ですね。
 そう、20年近く前に買ったリージョン・フリーのプレーヤーは、まだちゃんと再生できました。そして、このDVDではサラウンドの音声も入っているのですよ。なんと言っても、この映画の売りはサラウンドでしたから、それがご家庭で聴けるなんてすごい、と思ったのですが、さすがにこのプレーヤーにはHDMI端子はまだ装備されていなかったので、それは体験できませんでした。でも、今出ているブルーレイだったら、確か7.1まで入っているはずですから、機会があったら聴いてみたいものです。
 ただ、PCだと、リージョン・コードが違っても再生できるんですね。ちゃんと切り替えられるようになってました。ところが、これは回数制限があって、全部で5回しか切り替えられないのですよ。ま、今回1回使って、あとはもう「リージョン1」をかけることはありませんけどね。必要なスティル画像も全部キャプチャーして、その中の数枚をここでも使っていますから。
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 そんな画像の中には、こんなヤバいのもありました。この映画は、アニメとは言ってもお子様向けではなかったことが、よく分かります。
 まあ、それはあまり関係はなくて、聴きたかったのはここで演奏されている「ストコフスキー版」だったんですけどね。なにしろ、この曲がここまで有名になったのは間違いなくこの映画のお蔭ですから、その時には人々はどんな音楽を聴いていたのかは知っておく必要がありました。
 まあ、ストコフスキーのことですから、現行のリムスキー=コルサコフ版を下敷きにして、オーケストレーションを大幅に変えたものだろう、ぐらいには思っていたのですが、実際はかなりカットがありましたね。それは、ほとんどが繰り返しの部分なのですが、1つ重要なテーマがカットされていたのは、何か意味があったのでしょう。
 問題は、それを忠実にコピーしたはずのさっきのCD。最初にトロンボーンと低弦で出てくる「悪魔のテーマ」のリズムの6小節目が、リムスキー=コルサコフ版の二分音符2つではなく、原典版の付点二分音符+四分音符の形になっているのですよ。この楽譜を用意して指揮をしていたのはアーウィン・コスタル、彼の名前は、たぶんあさっての「禁断」にも登場するはずです。...to be continued...
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by jurassic_oyaji | 2018-03-07 22:05 | 禁断 | Comments(0)
「イトーヨーカ堂」は「アリオ」になってました
 久しぶりにイズミティにお客さんとして行ってきました。その前にそこに行ったのは、ニューフィルで「レニングラード」を演奏した時ですから、2年半前ですね。その頃は、このホールは「イズミティ21」という名前でしたが、今では、
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 こんな感じ。なんでもかんでも「ネーミング・ライツ」という愚かな風潮に、ついにこんなところまで浸食されていたのですね。もう、ついていけません。さらに、ここに一番近い駐車場の中に新しいマンションが建ったために、駐車スペースが減ってしまいましたから、確実にここに車を停められるという保証はおそらくなっているので、かなり早い時間にそこに入れておくことにしました。もちろん、無事に入れられたので、やはり新しくなってからまだ行ったことのなかったかつてのヨーカ堂のあたりを見に行ってきました。
 確かに、このあたりはかつては駐車場だったところにどんどん大きな建物が建っていて、全く景色が変わっていました。ヨーカ堂などは、建物は変わっていないのに、雰囲気が全然別物になっていましたね。「餃子の王将」なんてディスプレイが出てましたし。中には行ってみたらいつの間にかタワーレコードが入っていましたが、そこにはクラシックのCDは1枚もありませんでした。ジャズ、まではありましたけどね。
 イズミティには、BBC交響楽団を聴きに来ました。仙台でオーケストラを聴きたくなるようなホールは全然ないのですが、これは料金が安かったので、行く気になったものです。大ホールの一番後ろの席が6000円ですからね。これはお買い得。おそらく、このホールでは一番音のいい席ではないでしょうか(あくまで、個人的な感想です)。
 指揮はサカリ・オラモ。このオーケストラを生で聴くのは初めてですが、弦の配置が対向型なのに、コントラバスだけ上手奥という珍しい配置でした。最初の曲目は、ブリテンの「ピーター・グライムズ」からの4曲。このうちの3曲はニューフィルでもやったことがあるので、なじみがあります。でも、1曲目のヴァイオリンとフルートのユニゾンを聴いただけでニューフィルとは次元が違っていたことを思い知らされます。そのあとの金管の柔らかい響きも極上でしたね。
 2曲目はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ソロはアリーナ・ポゴストキーナ)。なんせ響かないホールですから、ソリストの音はちょっとオケに埋もれてしまっていましたね。弦はその前の16型から12型までに減ってましたけど。それで、木管のソロがもろに聴こえてくるのにはちょっとびっくり、ただ、クラリネットの人の音色が、ちょっと異質でしたね。フルートの2番は、日本人の 向井知香(むかいともか)さんでした。
 休憩になると、1番フルートの人だけ退場しないで、次のシベリウスの5番をさらっていましたね。おととい広島で同じ曲目だったはずなのに。そのシベリウスは、とても素晴らしかったですね。これもニューフィルでやっていて、私もしっかり1番で乗っていたのですが、出だしの木管の表情がとても繊細にコントロールされていて、こちらも異次元の世界でした。これはもちろん16型に戻っていましたが、管楽器はビンビン聴こえてくるのに、弦のトゥッティでは音は出ているものの潤いがほとんど感じられなかったのは、間違いなくこのホールのせいでしょう。この曲だけ、オラモは座って指揮をしていたのはなぜなのでしょうね。
 アンコールが1曲あったので、それで終わりだと思って早めに席を立ったら、ホールを出る時に2曲目のアンコールが始まっていました。でも、シンフォニーで満足していたのでそのままホールを出たら、そこでバッタリ知り合いに会って、ニューフィルのチケットを渡すことが出来ましたよ。アンコールを聴かなくて正解でした。
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by jurassic_oyaji | 2018-03-04 21:50 | 禁断 | Comments(0)
プログラム・ノーツが出来ました
 このところ、毎週のように練習に通っているのが、3月21日に最後のコンサートを開く「杜の都 合奏団」です。結成者のマエストロがもう仙台にはいないので、物理的に続けることはできないのですから、残念ですがこれ以上コンサートは出来なくなっています。ぜひ、そんな最後の姿を、見に来てくださいね。
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 私も、ずっとこのコンサートのためにプログラム・ノーツを書いてきたので、それもこれが最後となります。今回はそういうことでいつもの5割増しの3ページ分のテキストです。
演奏会に寄せて
 「ウィーンへのオマージュ」というタイトルの今回のコンサート、まずは19世紀後半にウィーンで大活躍していた「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス二世の作品を3曲お聴きください。彼が作ったワルツやポルカは、毎年ウィーンから生中継されるウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」のメインの曲目として、たびたび耳にする機会があるはずです。

ヨハン・シュトラウス二世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
 最初に演奏するのは、喜歌劇「ジプシー男爵」序曲です。実は、今年の「ニューイヤー・コンサート」では、この喜歌劇の中の「入場行進曲」が最初に演奏されていました。その時の解説によると、この喜歌劇(オペレッタ)は、第一次世界大戦が終わり、ハプスブルク帝国が崩壊したことによって独立したハンガリーとオーストリアを舞台にしており、当時の政治状況に不満を抱えていたハンガリーとウィーンの人々に一体感を与えようと作曲されたのだそうです。
 この序曲には、そんな「ハンガリーの人々」が喜びそうなジプシー(ロマ)の音楽がふんだんに盛り込まれています。さらに、この中で披露されるワルツやポルカのメロディの、なんと親しみやすいこと、シュトラウスという人は、美しいメロディを作ることにかけてはまさに天才だと思えてしまいます。それは、彼自身も自覚していたようで、同じ今年の「ニューイヤー・コンサート」では、この序曲にも出てくる、オペレッタの中のアリアのテーマをそのまま使った「フランス風ポルカ『花嫁探し』」という曲も演奏されていましたね。

ヨハン・シュトラウス二世:常動曲
 次に演奏される「常動曲」は、オリジナルのタイトルは「Perpetuum mobile」というラテン語です。これは、「永久機関」という意味で、産業革命による機械信仰が高まった結果生まれた想像の産物、「外部からエネルギーを補給しなくても、永久に動き続ける機械」のことです。「常動曲」はその思想を音楽で表現しようとしたもので、パガニーニなどにもひたすら忙しく音符を作り出す機械のような音楽がありますね。シュトラウスの場合はもうちょっとチャーミングで、オーケストラの中の楽器がそれぞれ名人芸を披露しながら楽しく音楽が「動いて」いるという趣向です。
 ただ、この曲は最後まで演奏したところで、また最初に戻るように指示されています。ですから、放っておいたらそれこそ「永久に」演奏し続けなければいけませんから、指揮者は「et cetera(そして、その他)」とか「und so weiter(この後も引き続き)」と客席に呼びかけて、笑いを取りながら曲を締めくくるのが慣例となっています。あのカール・ベームが日本でこの曲を演奏した時には片言の日本語で「い・つ・ま・で・も」と言って曲を閉じていましたね。本日のマエストロは、なんと言ってくれるのでしょうか(それとも、何も言わない?)。
 この曲の中で、クラリネット2本の流れるようなソリが終わった後にホルンによって奏でられるメロディを聴いて懐かしいと思える人は、年季の入ったクラシック・ファンなのではないでしょうか。それは、1972年から1983年まで放送されていた「オーケストラがやって来た」というテレビ番組でこの曲がオープニング・テーマに使われていたからです。毎回、指揮者の山本直純がこのホルンのメロディに続けて、マイクを片手に客席に向かって同じメロディで「♪おーけすとらがやってきた~」と、指揮棒を振りながらだみ声で歌い出す光景を思い出せる人は、少なくなってしまいました。

ヨハン・シュトラウス二世:ワルツ「美しく青きドナウ」
 そして、このコーナーの最後の曲は、シュトラウスと言えばこの曲というほど有名なワルツ「美しく青きドナウ」です。もちろん、今回はオーケストラで演奏されますが、この曲は合唱曲としても有名で、たとえばウィーン少年合唱団あたりがよく歌っているのを聴くことができるはずです。「Donau so blau, so sch?n und blau(青きドナウよ、なんと美しく青いことか」という歌詞ですね。実際、この曲は最初は合唱曲として作られていました。ただ、その時の歌詞は「Wiener, seid froh(ウィーンっ子よ、陽気にやろうぜ)」というものだったそうです。作曲された当時、プロイセンとの戦争(普墺戦争)に負けて意気消沈していたオーストリアの国民を元気づけようという作詞家の意図があったのですね。もちろん、今ではそんな由来もすっかり忘れられ、「ニューイヤー・コンサート」では、必ずアンコール曲として演奏されるほどの特別な曲になっています。
 そのコンサートでは、この曲の冒頭の静かなヴァイオリンのトレモロが聴こえるやいなや、ホールを埋め尽くしたお客さんからは盛大な拍手が起こり、それをきっかけに指揮者は演奏を中断して年頭のあいさつをする、という「お約束」のシーンが用意されています。そんなことも含めて、世界中の人に愛されているワルツなのです。ただ、本日のコンサートでは、そんな臭い演出はありませんから、途中で拍手などはせずに最後までゆっくりとお聴きください。

グスタフ・マーラー:交響曲第9番
 シュトラウスが先ほどの「常動曲」を作る前年に生まれたグスタフ・マーラーが長じて指揮者・作曲家となり、ウィーンで活躍する頃には、世の中の音楽は全く別のものに変わっていました。マーラーはそんな中で、彼独自の方法で伝統的な「交響曲」というものを、形式的にも、そして精神的にもかつてなかったほどの高みに引き上げます。その最終的な成果が、今回演奏する「交響曲第9番」です。
 よく言われていることですが、マーラーが交響曲を作り続けてきて、それが「9番目」になった時に、彼の脳裏に「作曲家は交響曲を9つ作ると死ぬ」という「呪いの言葉」が浮かんだのだそうです。彼以前の作曲家で、たとえば交響曲という音楽の形を完成させたベートーヴェンは、確かに9曲しか作っていませんし、そのあとのドヴォルジャークやブルックナーも、やはり「9番」が最後の交響曲になってしまいました(ブルックナーの場合は未完)。もっと言えば、シューベルトの交響曲も、マーラーの時代は最後のものは「第9番」と呼ばれていました。そこで、この9番目の交響曲に番号を付けると、自分は死んでしまうのだと思い込み、それには番号ではなく「大地の歌」というタイトルを付けました。ところが、その次に出来てしまった「交響曲」は、さすがに番号なしというわけにはいかず、仕方なくそれに「第9番」という番号を付けますが、その後にもう一つ作ろうとした「第10番」はとうとう完成させることはできずに作曲家は亡くなってしまったので、やはりその「呪い」はあったのだと、世の中の人々は納得したのです。
 しかし、現在ではこれはほぼ完全に事実誤認だとされています。この話のそもそもの出所は、妻のアルマ・マーラーが書き綴った回想録の1908年、つまり「大地の歌」を作っている時期の記述です。それは、
彼は縁起をかついで、あえてこれを交響曲とは呼ばなかった。それによって運命の手から逃がれようとしたのだった。(石井宏訳)
というものです。ただ、もちろん、マーラーは冗談半分にそんなことを周りの人に語ったことぐらいはあったかもしれませんが、本心はそんな深刻なものではなかったはずです。まあ、この曲は、言ってみれば「歌曲集」と「交響曲」が合体したような作品ですから、別に番号を付けなくてもよかったと考えたのでしょう。ですからこれは、マーラーを悲劇の主人公に祭り上げようというアルマの策略だった、とするのが、最近の学者たちの一致した見解のようですね。実際、マーラーはその次の交響曲を作り始めた時に、何のためらいもなくそれに「第9番」という番号を与えていたことは、彼の手紙によって明らかになっているそうですから。
 ただ、現存する作曲家でもそのような「迷信」、あるいは「都市伝説」を真に受けている人はいるようで、クシシュトフ・ペンデレツキというポーランドの大作曲家は、まだまだ曲を作る力は残っているのに、「8番」を最後に交響曲を作ることをやめてしまいました。あるいは、それを逆手にとって、ドミトリー・ショスタコーヴィチあたりは、「9番」をわざと軽妙な曲に仕上げることによって、この「迷信」をネタにしていましたね。もちろん彼はその後も生き続け、交響曲は15曲も作ることになります。

 ということで、マーラーの10番目の交響曲である「交響曲第9番」の第1楽章は、とても静かにチェロとホルンが同じ音で呼び交わす「ターッタ・ンター」というシンコペーションのリズムで始まります。このリズムは「死の打撃」と呼ばれていて、後に大きな意味を持って盛大に登場しますから、気に留めておいてください。そして、次に第2ヴァイオリンで出てくる「ミレ(移動ド)」という2度の下降の音型で始まるテーマが、この楽章の重要なテーマとなります。この「2度下降」のモティーフは先ほどの「大地の歌」でも、最終楽章の歌詞の最後「ewig(永遠に)」にも使われていて、バロック時代の音楽でも修辞学的に「ため息のモティーフ」として知られるものです。このモティーフはこの楽章のいたるところで登場しますから、ぜひ耳をそば立ててみてください。
 それまで静かな音楽だったものが、初めての「フォルテ」になった瞬間に第1ヴァイオリンによって現れるのが、もう一つのテーマです。これらのテーマが入り乱れて、楽章は進んでいきます。冒頭のシンコペーションのリズムもホルンなどによって時折聴こえてきます。そして、始まってから20分近くに、そのリズムが銅鑼や大太鼓を伴ってトロンボーンで現れるところでは、誰しもが強烈なインパクトを与えられるはずです。これこそが「死の打撃」です。確かにここで「死」は訪れ、その後には葬列の音楽が続くのです。
 と、その行進がいきなり止まったと思ったら、そこにはフルートやホルンなど何人かのソリストがそれぞれに即興的なフレーズを競い合う、異様な浮遊感が漂う空間が現れます。それはまるで、夢の中で自分の亡骸を見ているような不思議な情景です。そして、楽章の最後には「ため息」の「ミレ」の「レ」の部分がオーボエによっていつ果てるともなく長く伸ばされ、なんとも不安定でやるせない状態が続きますが、それは弦楽器とピッコロの出す「ド(もちろん移動ド)」の音によってやっと解決されます。

 そんな、恐ろしいまでに緊密に作り上げられ、思わず背筋を伸ばさざるを得ないような第1楽章に続く第2楽章は、ちょっとホッとしたくなる、ゆったりとした3拍子の舞曲「レントラー」で始まります(パート1)。ところが、それはいきなり攻撃的でアップテンポのワルツに変わります(パート2)。この鋼のような冷たいテイストは、なんだかショスタコーヴィチの「交響曲第5番」の第2楽章のテーマに通じるものがあると感じるのは、なぜでしょう。それも、やはりいきなり、今度は冒頭よりもっとゆったりとしたレントラー(パート3)に変わります。このテーマの中にも、第1楽章の「ため息のモティーフ」が含まれていることにご注目。この3つのパートを、規則性を持たせずに全くランダムに登場させているというのが、いかにもマーラーらしいところです。

 第3楽章は、「極めて反抗的に」という表記のある、とても賑やかで激しい楽章です。言い換えれば、細かい音がたくさんあって、演奏するのはとても大変だということです。冒頭のロンド主題が何度も形を変えて登場し、時には多くのテーマが入り乱れてのフーガなども始まりますから、聴く方も演奏する方も多大のプレッシャーを与えられることでしょう。ただ、そんな楽章でも、真ん中あたりにちょっとした息抜きの部分が用意されているのには救われます。それは、シンバルの一撃とヴァイオリンとフルートの高音のトレモロによって始まる部分で(フルートには「フラッター・タンギング」という特別な奏法が要求されます)、まずはトランペットが、クリスマスの定番曲「ホワイト・クリスマス」に酷似したモティーフを演奏、それが次第に全体にいきわたってなにかほっこりとした気分を誘います。それが終わると、また音楽は激しいものに変わり、そのまま一気にエンディングを迎えます。

 第4楽章は、それまでの「最後は元気良く終わるのが交響曲」というルールをものの見事に破って、ゆったりとしたテンポでたっぷりと歌い上げられた後に、消え入るように終わるという、最後の楽章にあるまじき形をとっています。あ、でも、チャイコフスキーの「交響曲第6番(悲愴)」でも、同じことをやっていましたね。ただ、あちらはいかにも重苦しいテーマで始まるのに比べて、ヴァイオリンによる荘厳な前奏に続いて、全ての弦楽器で奏されるこちらのテーマは、なんという高貴さを湛えていることでしょう。そして、それに並んで聴こえてくるのが、第3楽章で現れていた「ホワイト・クリスマス」です。ここでは、この二つのテーマが何度も微妙に形を変えて、3つの変奏曲が演奏されます。その3つ目の変奏が始まる直前に、ヴァイオリンの高音で、第1楽章の「死の打撃」のリズムも現れます。そして最後には弦楽器しか残らなくなり、いつ果てるともしれぬ静謐な音楽が続きます。それは次第に浄化され、ついにはこと切れます。
 マーラーの交響曲はこんな風に去っていきました。私たち「杜の都合奏団」もこれでお別れですが、皆さんの心の中には残り続けます。「い・つ・ま・で・も」。

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by jurassic_oyaji | 2018-03-02 20:56 | 禁断 | Comments(0)
ヨハン・シュトラウスとマーラーです
 この間までかかりきりになっていた新しい「かいほうげん」のコンテンツをこちらにアップし終えたところです。実は、他にも同じように「かいほうげん」のために書いたもので、アップしなければいけないものがあるのですが、そこまで手が回らなかったので、それは後日、ということで。
 こんな感じで、このところまとまった原稿を書く機会が多くなっています。しばらくこういうことをやっていなかったので、その反動で書きたいものが増えてきたのでしょうかね。
 これは、自主的に書こうと思ったものですが、それ以外に「頼まれて」書いているものもあります。まずは、もう本番まで1ヶ月を切ってしまった「杜の都 合奏団」のためのプログラム・ノーツの執筆です。今回が本当に最後ということで、マエストロも張り切ってプログラムを今までの4ページから倍増の8ページにしたいとおっしゃっていますから、自動的に私のページも増えて、今回は3ページ分の原稿を頼まれてしまいましたよ。
 とてもそんなに書く自信はなかったので、なんとか余白を増やしたり行間を広げたりしてノルマを果たそうと最初は思っていたのですが、書き始めてみるといつもの通り書くことがどんどん増えていって、結局今までと同じ書式で楽々3ページ分の原稿が出来上がってしまいました。
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 これには、自分でも驚いているところ。そもそもマーラーに関してはあまり詳しくはないので、この再勉強してみようとこの間の「5番」の時に買い込んだ資料をとことん読み倒して、私なりに再構築していたら、そのぐらいになってしまったのですね。なにもないところから生み出すわけにはいかないので、こういう知識を他人に頼ることは絶対必要だと実感しています。
 一応は書き上げたのですが、これはまだまだ納品できるクオリティにはなっていないので、これからしっかり校正をおこなって、今週中には脱稿したいと思っているところですが、どうなることでしょうか。
 ただ、そんなにこれだけに構っているわけにはいきません。その次の「仕事」も控えているんですよね。さっきの「かいほうげん」への記事は、団員のための参考資料として書いたのですが、それを見たプログラム係が、私にニューフィルのプログラムにも「禿山」の解説を書いてほしいと言ってきたのですよ。まあ、うすうす予想はしていたのですがね。最近はこちらの方には書いていなかったので、これは「スプリングコンサート」で「カルメン」の解説を書いて以来になるのでしょうか。こちらも、締め切りにはまだ日数がかなりありますから、「おもしろくてためになる」原稿をかいてやろうじゃないですか。
 ところで、その定期演奏会のメディア関係の告知も、前に送った企画書によって続々と寄せられています。その中に、今まであまり反応のなかった某新聞社からのものもあったのですが、そこから寄せられた相談として、「指揮者の名前の『廣』という字が使えないので『広』に変えてもよろしいでしょうか?」というのがありました。これには、目を疑いましたね。いまどきのメディアで、人の名前を本人の希望通りに印刷できないところがあるなんて。「櫻田」さんとか「渡邊」さんは、まともに自分の名前をこの新聞の紙上では見ることが出来ないんですね。一応「できないのなら仕方がありません」と答えておきましたが、こんなところが新聞社としてやっていけるのか、本気で心配になってきましたよ。確か、その新聞の名前はかつては「産經新聞」だったはずですが、メールでは「産経新聞」になっていましたね。
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by jurassic_oyaji | 2018-03-01 00:07 | 禁断 | Comments(0)
「タピオ」ではニューフィル祭
 何の予定もない日曜日だったので、久しぶりに泉区にある「タピオ」に行ってみました。しばらく来ていなかったので、本屋さんなどは入り口付近の様子が変わっていて、新刊書のディスプレイがなくなっていましたね。雑誌の配置も微妙に変わっていて、目指すコーナーを探し出すのに、ちょっと手間取ってしまいました。全体的に書籍の売り場が少なくなって、代わりに文房具などのスペースが広がっているような気がしましたね。ですから、確実に書籍の点数も減っているようですね。一番まずいのは、私が毎月購読しているテレビ番組の雑誌がなかったことです。今ある同じ種類の雑誌の中で、唯一BSの番組にきちんとページを割いている雑誌ですから、マニアックではあるのですが、これを置いていないのではまっとうな本屋さんとは言えません。そろそろ、この店もヤバいのではないでしょうか。
 それから本館の方に行ってみると、
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 エスカレーターを降りたところの正面にあるシャツ専門店に、なんと、ニューフィルの定期演奏会のポスターがディスプレイされていたではありませんか。
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 拡大するとこんな感じ。なにが「ついに登場!!!」なんでしょうね。
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 もっと先に行くと、こんどはショーウィンドウの中にまで、ポスターが。
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 さらには、センターコートのこんな目立つところにもありましたよ。
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 そんなおしゃれなところだけではなく、2階のレストラン街でも
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 そして、1階にあるこんなお店でもしっかりポスターを展示してくれていましたよ。
 広報係の私を差し置いて、誰がこんな素敵なことをやってくれたのでしょうね。心当たりがないわけでもありませんが、その方の力をもってしても、こんなことをやれるのは極めて短期間のことなのではないでしょうか。おそらく、明日になったらもう全部撤去されているような気がしますね。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-25 21:59 | 禁断 | Comments(0)
ウィーン・フィルでもミスってました
 ブログのSSL化がとうとう実施されました。確かに、その日になったら私のブログのまだ未対応のページでは、画像が見えなくなっていましたね。その日までに間に合わせようと、すべての画像を入れ替えようと思っていたのですが、結局間に合いませんでした。なにしろ、ほぼ毎日更新していて、それごとに画像を入れていましたから、1ヶ月分の画像を入れ替えるだけで1時間ぐらいかかってしまうんですね。それを4年分ですから、とてもじゃないけど、1週間やそこらで終わるわけはありません。
 ただ、なぜなのかは分かりませんが、Chromeでは消えてしまった画像がIEではまだちゃんと見えているんですね。ですから、作業自体はこれまでと変わらず続けられるので、あとはぼちぼちやっていけば、いつかは終わるはずです。
 というか、今の時点で残っているのはもう10ヶ月分しかなくなっていますから、軽いものです。そこで、これまでにどのぐらいの画像をアップロードしたのか見てみました。
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 こんな感じ、まだ15%ぐらいしか使っていませんでした。13年使ってこれですから、これだったらほとんど無制限、という感じですね。あと何年生きられるか分かりませんが、もう死ぬまで使えそうな気になってきましたよ。
 そんなことに根を詰めたせいなのかどうか、先週あたりからちょっと喉と鼻の調子が悪くなっています。発端はこの前の土曜日の「杜の都合」の練習の時でした。小節を数えている時間が長くなると、ものすごい眠気が襲ってくるのですよね。まあ、最近寝不足の気味もあるのでそんなに気にはしていなかったのですが、なんだか体全体も少し重たく感じていました。
 日曜日になると、喉の奥がちょっとヒリヒリしてきました。こんな時は葛根湯を飲んでゆっくり休むに限ります。次の日の職場に行く頃には、そんな喉の感じはだいぶ収まっていました。しかし、そこで突然、毎年の「花粉症」が現れてきたのですよ。もう鼻水は出っぱなし、ちょっとでもくしゃみをしようものなら、いつまで経っても収まりません。いつもだともう1、2か月先のことなので油断をしていたのですが、まさに不意を突かれた感じ、もうひたすら耐えるしかありません。
 それで、火曜日にニューフィルに行った頃は、その症状は最悪でした。鼻水を拭うためにポケットにティッシュを入れておきましたが、フルートを続けて演奏しているとそんな暇もなく、鼻水がマウスピースにまで伝わってきましたよ。参りましたね。
 でも、なんとかその次の日には治まってきて、今では軽く鼻水が出るぐらいで済んでいます。明日の「杜の都合」には、たぶん普通のコンディションで臨めることでしょう。
 ただ、ピッコロ担当の人がお休みという連絡が入ったので、急遽シュトラウスの「ドナウ」のピッコロをさらっています。まあ、前にも1回吹いているので大丈夫でしょうが、その時に楽譜に1か所ちょっと不審なところが見つかっていました。
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 この矢印の部分で、ワルツのテーマが戻ってくるので、今までフルートを吹いていたものをピッコロに持ち替え無ければいけないのでは、と思ったのですね。ただ、スコアを見てみると、ここはこのパート譜と同じように何の指示もありません。でも、ここは絶対にフルートではありえないと思ったのでCDを聴いて見たのですが、なんだかよく分かりません。
 そこで、映像で確認することにして、今までBSで放送されたウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのBDをチェックしてみました。そうしたら、殆どの年でこの部分にバレエの映像が入っていて、オーケストラは写っていないんですね。それでもしつこく探したら、やっと2014年と2012年で確かにこの部分でピッコロを吹いていることが確認できました。明日は、だからここはピッコロで吹くことにしましょう。
 でも、高音のF♯が出てくるんで、嫌なんですよね。ウィーン・フィルでも1か所外していましたっけ。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-23 22:41 | 禁断 | Comments(0)
音源も付けました
 「かいほうげん」は、予定通りきのう発行されました。しかも「おまけ」まで付いて。
 中に挟み込んであったのは、さる外来オケのコンサートのチラシと、それを割安で入手できるサイトの案内書です。もちろん、それらは私が用意したわけではなく、ちょっと前に主催者から公式サイトのメールフォーム経由で、「団員の皆さんに配布をお願いできないでしょうか?」というメールが来て、それを実際に私の自宅まで送ってきたからです。あちらもそれほどあてにはしていないようで、それぞれ15枚がホチキスで止められていましたね。それは郵便で来たので、まあ、次の練習の時にでも持って行って机の上に置いておけばだれか持っていくだろうう、と思っていました。
 そうしたら、その何日か後、こんどはレターパックで別の分厚い荷物が届きました。差出人も宛先も全く同じものだったので、前に出したのでは足らないかもしれないと、メンバー全員に渡せるぐらいに追加したのでしょうね。ちょうどいいので、これを「かいほうげん」に挟み込んでやろうと思いました。「かいほうげん」を出すことを、先方は知っていなのでしょうか?
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 そこで、印刷も全部終わったので、その荷物を開けてみると、中にはこんな手紙が入っていました。
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 なんと、あて名が違います。どうやら、封筒に住所を書く時に間違えたのでしょうね。うちに来たのはこういう文面でした。
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 こういう場合、私が取るべき態度は。
 1.宛名を「えずこホール」に直して、代わりに送ってあげる。
 2.送り先に送り返す。
 3.何もしないで、そのまま使う。
 でしょうが、別にこの人のミスをフォローする義理なんてありませんから、迷わずに3.を選びました。もちろん、そのことはきちんとメールで伝えましたけどね。
 というわけで、私の手元には100枚以上のチラシが集まったことになるので、皆さんにお配りしたというわけです。私は、早いうちに安い席を買ってしまいましたから、これは使いませんが。なんせ、イズミティなんで、高い席で聴く必要は全くありませんからね。
 肝心の「かいほうげん」本体ですが、Sさんについての記事は、十分なものが出来たのでは、と思っています。まあ、あくまで私の感覚で進めたことなので、他の人にはあるいは「ちょっと余計だね」ぐらいの感想を持たれるのではないか、とは思ってますけど、そんなのは知ったことではありません。正直、これでも足らなかったな、と思っているぐらいですからね。
 そうしたら、なんと、これをSさんのご遺族に渡したい、という人がいました。わたしも、できれば渡せたらな、とは思っていましたが、それこそ余計なことだと言われそうだったので、何のアクションも起こしてはいなかったのですが、そういう風に考えてくれた人がいたなんて、とてもうれしかったですね。さらには、定期演奏会の招待状も差し上げたら、というような人もいて、たぶんそれらは実現することになるでしょう。捨てたもんではありませんでした。あとは、プログラムには載せるのかどうか、という選択も迫られるでしょう。私は、載せてあげられたらいいな、とは思っていますが、どうなることでしょう。というか、それによってニューフィルの姿勢、あるいは「心」が計られるのではないでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-21 21:55 | 禁断 | Comments(0)
また「ビッグ・ボーイ」に行きました
 結局、「かいほうげん」は今回も休日に家に持ち帰っての製作となってしまいました。まあ、金曜日の時点で出来ていなかったのは最後の1ページだけでしたから、そのぐらいだったらきのうの間に出来てしまうだろうと思っていたのですが、その目論見は大幅に狂ってしまって、作成作業は今日までずれ込み、ついさっきやっと完成したところです。
 世の中は、「金」だ「銀」だと大騒ぎになっていますが、私にはそんなものに巻き込まれてしまう時間などありませんでした。とは言っても、あの決勝の瞬間には、マーラーの練習をやっている間にもかかわらず、iPhoneで途中経過を見てたりしましたけどね。管楽器は何小節か休みがあるので、そんな時にチラチラ見ているんですよ。でも、いくらなんでも出番が続くところではチェックはできませんから、やっと「ヒマ」になって開けた時には、もうすっかり結果が出てしまったあとでしたけどね。
 そんなわけで、きのうは半日はオケの練習があったので、作業はあまり進みはしませんでした。ただ、その未完のページを埋めるためのネタを探しているうちに、そこに今年の「アンサンブル大会」のスケジュールと会場の告知を入れることを思いつきました。本来、これは最初のページに入れるつもりだったのですが、もう一つのネタがかなりのスペースを占めてしまったので、それだったら、ほとんどスカスカだった最後のページに入れた方がいいな、と思ったんですね。ですから、そこに去年の同じ催しの写真を入れることにしました。ちょうど、お亡くなりになったSさんが、私のカメラでたくさん記録写真を撮っていてくれましたからね。
 もちろん、それは「かいほうげん」に載せるために、出番のある私に代ってSさんが引き受けてくれたものでした。ただ、実際はもう一人、しっかりステージ写真を撮ってくれていた方がいたので、その時はそちらの方を使わせてもらいました。ですから、「お蔵入り」になっていた写真をこういうタイミングで使わせてもらうのも、一つの「供養」なのかもしれない、という発想ですね。
 それを始めると、もう作業自体は単純作業の繰り返しですが、とても時間がかかってしまいます。写真の場所を変えたり、レイヤーを入れ替えたり、傾け方を変えたりと、いくらやっても不満なところが出てきて、なかなか終わりませんでした。そもそも、今日は久しぶりに私の予定が何も入っていない休日だったので、まず愚妻をあちこち連れまわさなければいけませんでしたからね。
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 それでも何とか、こんなのが出来たので、それを紙面にはめ込むと、今度は全体のバランスが何かしっくりしません。変なところに空白が出来てしまうんですね。そうしたら、おあつらえ向けに、この前企画書を送ったタウン誌から最近届いたゲラが、そのまま使えることが分かったのですね。というか、半年前にも同じことを考えてやっていたんですけどね。ですから、それを使って画像を作ってみたら、その空白が見事に埋まってしまいましたよ。
 でも、これを明日きちんと製本できるまでにまとめて現物を印刷してみると、きっとまた直したいところが出てくるんでしょうね。いや、これを書いている時点で、すでにタイトルを直さなければいけないページがあったことに気づいたりしていますからね。ですから、印刷と製本はおそらく発行日の午前中ということになるのでしょう。前回は、印刷直前にプリンターの調子が悪くなってあわててサービスを呼んだりしたのですが、今回はそんなことが起きないように祈るばかりです。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-18 22:00 | 禁断 | Comments(0)
合唱が入ってます
 今回の「かいほうげん」では、もうだいぶ前から準備を進めていたつもりでした。でも、気が付いてみたらもう来週の火曜日に発行しなければいけないという事態に陥っていましたよ。なんか、もっと先のことだと思い込んでいて、他にやることを優先した結果なんですけどね。というか、もう私が作るページは完全に内容が固まっていて、あとはそれを実際にテキストやら画像で表現していけばすぐにでも完成してしまうということが経験的に分かっていましたから、ちょっと油断をしていたというか。
 つまり、最初はテキストだけでやってしまおうかと思っていたのに、やっぱり画像を入れた方が分かりやすいかな、ということでどんどん画像を増やしてしまったら、それの処理に思いのほか時間がかかってしまったのですよ。
 具体的に、その作業内容を振り返ってみると、そもそもは今回ニューフィルで演奏する「禿山」と「火の鳥」には複数のバージョンがあるので、それらについて丁寧に解説をするという、私の得意技を披露するためのページを作ろうと思いました。実は、「火の鳥」に関しては、それを演奏した20年前にもほとんど同じことをやっていたのですね。もちろんその頃はインターネットなんて今ほど一般的ではありませんでしたし、そもそも私はPCすら使っていませんでしたからね。その頃は「ワープロ」というものを使って「かいほうげん」を作っていました。その時に、「火の鳥」のいろんな組曲の成り立ちを一覧表にした図を作ったのですね。後にそれをネットにアップしたのが、こちらです。
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 今にして思えば、よくワープロでこんなものが作れたものですね。あんまりよくできているので、これをそのまま使おうとまで思ったのですが、データとしてこれをPCに取り込むことはまず不可能だと気づきました。そこで、これと同じものをまず作ることにしました。それはだいぶ前のこと、結局、これよりももっと精密な表が出来上がりましたね。それでもうこの仕事は殆ど片付いたな、と思いました。
 確かに、「火の鳥」に関してはこれ以上のことはもう何もないのですが、「禿山」の方は初めて手掛けるので、とりあえずその成り立ちをしっかり調べてみることにしました。この曲に「原典版」という、全く別の曲と思えるほどのものがあることは知ってましたし、聴いたこともありますから、それが今の形に他の人の手によって大幅に変えられている、という知識は一応持っていました。でも、調べてみると、その2つが直接つながっているのではなく、その間にもう一品、別のバージョンが入っていたのですね。ムソルグスキーについて深く調べたことはなかったので、そんなことは全然知りませんでしたよ。ですから、私が知らないのならばきっと他の人も知らないだろうな、という発想で、これについて掘り下げてやろうじゃないかと思ってしまいました。
 それは、意外なところで情報が得られていました。なんと英語版のWIKIなんですよ。そこにはこの曲の成り立ちから途中の経過、そして最終形まで克明に記述されていました。録音のリストなども充実していましたから、大いに参考になりましたね。これを頼りに音源を探して実際に聴いたり、そのジャケットを探したりもできましたよ。ただ、やはりWIKIはWIKIだな、というところもあって、それらの音源の録音年がかなりいい加減なんですよね。というか、リリースされた年を録音された年として表記していたりしています。それと、そもそも全然間違った音源を挙げていたりもしてますから、変な意味で安心してしまいます。そんなもの、今だったら簡単に分かるはずなのに。
 それと、今回は、この間亡くなったSさんの追悼ページも、きちんと作ろうと思っていました。なんたって現役の団員が亡くなったのですから、普通はそれが分かった次の練習の最初には黙祷ぐらいするのでは、と思っていたのに、全くそんなそぶりもありませんでしたから、正直かなり失望していましたからね。まあ、私とは感覚が違うのでしょうから、それはそれで目をつぶればいいことなので、私の力が及ぶところでは全力で追悼したい、ということなんですよ。うまい具合にちょうど1ページの余裕がありましたから、そこを存分に使わせていただきました。
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by jurassic_oyaji | 2018-02-16 21:01 | 禁断 | Comments(0)
「とみいず」とか「なうてぃ」の原稿です
 ブログがSSL化されるということで、それへの対処に大わらわな毎日です。なんせ、2月21日になるとブログ上の画像がほとんど見えなくなってしまうというのですから、焦りますよね。あと1週間ですよ。そもそも、そのような告知が公になったのが、1月22日だったというのですから、猶予は1ヶ月しかなかったというのが、ひどい話です。まあ、普通の人は毎回きちんとブログのサーバーに画像をアップしているのでしょうから何の影響もないのですが、私の場合はかっこつけて他のサイトへのリンクなんかにしてしまったので、こんなことになってしまいました。
 問題は、画像を全部アップしなおした時に、果たして無料契約の限度内に収まるか、というところでしたね。毎日チマチマやっていたら、ほぼ1年分は完了したのですが、そこで残量を確認してみると、ちょうど1/10だけ使っていたことが分かります。ということは、私がこのブログを始めたのが2005年だったので、もう10年以上続けていますから、下手をすると全部はアップできないかもしれませんね。
 と、がっかりしかけた時、今のように画像を実際にアップするのではなく、他にアップしたものにリンクするという方式を始めたのはいつだったのか調べてみたら、それは2014年の2月6日だということが分かりました。そうなんですよね。そもそもレンタルサーバーを使うようになったのが2011年ですし、その頃はまだプロバイダーのサーバーも余裕があったので、そちらに画像はアップ、そうなると、画像へのリンクは相対パスになりますから、そのままではブログにアップする時にはリンクは出来ないので、ブログのサーバーにもいちいち画像をアップしていたのでした。
 ということは、高々3年か4年の話ですから、すべての画像をアップするのは楽勝ですね。いや、私のPCのフォルダーの容量がものすごいことになったので焦っていたのですが、よく調べてみたら、そこにはアップする前の元の写真のデータなども一緒に入っていましたから、そんな大量になっていただけで、実際にそのうちからサイトに使ったのはそんなに多くはなかったんですね。
 ですから、まずは1/4ぐらいの作業は終わったことになりますね。あとは、時間との勝負、あと1週間で、残りの3/4を終わらせることができるのでしょうか。というのも、それを過ぎると、ブログからはリンクしている画像は全てなくなってしまいますから、とても作業が面倒くさくなるのですよ。大元の「ジュラシック・ページ」にまでもどってみて、そこにある画像を探してアップする、という、気の遠くなるようなことをやらなければいけませんからね。
 実は、今やっている作業も、最初は大変でした。最初はChromeでやっていたのですね。そこでは編集画面ですでに画像が消えている、ということは前にも書いたのですが、1ページに1枚しか画像がない時は問題ないものの、複数の画像を使っていた時には、その順番が分からなくなってしまうんですよ。一応ファイルに番号は振ってありますが、それは必ずしも順番通りではないんですね。もう、とても面倒くさくて、やめてしまいたくなりましたよ。
 ところが、ひょんなことでIEでやってみたら、こちらには編集画面でもちゃんと画像が残っているんですね。同じブログなのに、ブラウザによって見え方が全く違っていたのですよ。ですから、こちらだったら作業はどんどんはかどりました。
 おそらく、こんなことを書いていても、その内容が正確に伝わってはいないのではないか、という気がしてなりません。まあ、いいんです。あくまでこれは私のための覚え書きみたいなものですからね。
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 いずれにしても、おそらく後しばらくはブログを有料化したりする必要がないだろうと分かったので、安心して大き目の画像もアップできそうです。さっそく、この間各所に送った企画書の最初の成果をご覧ください(一部、テキストを消してあります)。こんな案内を載せてくれるのだそうです。どっちの画像が良いのか聞いてきたので、迷わず「チラシの方」と答えておきました。それでよかったんですよね?
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by jurassic_oyaji | 2018-02-14 22:35 | 禁断 | Comments(0)