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おやぢの部屋2
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カテゴリ:フルート( 240 )
Debussy et ses amis
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Duo Mattick Huth/
Christian Mattick(Fl), Mathias Huth(Pf)
GENUIN/GEN 18600



ジャケットの写真には、かなりお年寄りに見える2人の男性が写っていますが、彼らは「デュオ・マティック・フート」というフルートとピアノのチームです。なんか、ドラマティック
ここでのフルーティスト、ドイツ人でパウル・マイゼンやオーレル・ニコレに師事したというクリスティアン・マティックは、トーマス・エッチマンというギタリストともやはり同じように「デュオ・マティック・エッチマン」という安易な(笑える)ネーミングのチームを作っているようです。
昨年リリースされた彼らのアルバムは、ドビュッシーの没後100年ということで作られたもので、「ドビュッシーと彼のお友達」というタイトルがつけられています。ドビュッシーにはフルートとピアノという編成の作品はありませんから、ここではフルート・ソロのための「シランクス」を除いては全てピアノ曲を編曲したものが演奏されています。
そして、「お友達」として、同時代に活躍したルーセル、デュカス、プーランク、ラヴェルの作品がカップリングされています。
まずは、ドビュッシーの「2つのアラベスク」と、「ベルガマスク組曲」を、それぞれレオポルド・ラフルーランスとホセ・ベイランが編曲したものです。それらは非常にシンプルで、オリジナルの味を全く損ねることはないデュオに仕上がっています。
そんなナチュラルな編曲の下、このフルーティストは、見かけよりははるかに若々しい演奏を聴かせてくれていました。何より、その音色が非常にピュアで、アクの強さなどは全くありませんし、妙な歌い方でアンサンブルを台無しにすることもありません。ただ、いくらか低めのピッチで若干不安感を誘うのと、表現が素直すぎて、ドビュッシーの音楽を聴いているという気が全くしないというのが、ちょっとした難点でしょうか。
次の曲は、フルートのレパートリーとしては昔から有名だったルーセルのフルートとピアノのための作品「Joueurs de flûte(笛吹きたち)」です。これはもろドビュッシーの流れをくむ作風の曲ですから、やはり杓子定規なマティックの芸風とは相いれない感は募ります。
そんな違和感は、次の「シランクス」でさらに高まります。ドビュッシーの音楽を凝縮したようなこの小さな曲には、ドビュッシーのもつ浮遊感のようなものは全く漂ってはいませんでした。この曲の最後から3小節目から続く「H」の音の途中にある「アクセント」は、一時「ディミヌエンド」の間違いだということになっていましたが、最近はその根拠となった自筆稿自体の真贋が問われているとかで、やはり「アクセント」だという意見が主流となっているようですから、ここでもそのように演奏されていました。
そして、「魔法使いの弟子」で有名なデュカスが、ドビュッシーへの追悼の意味で作ったピアノ曲「La plainte, au loin, du faune …(牧神のはるかな嘆き)」を、先ほどのラフルーランスがフルートとピアノ用に編曲したバージョンです。これは明らかに、ドビュッシーの最も有名なオーケストラ作品の「牧神の午後への前奏曲」へのオマージュで、この編曲は元ネタのフルート・ソロを彷彿とさせるものです。しかし、やはりマティックさんは、この半音進行からエスプリのようなものを感じさせることはできませんでした。
しかし、続いてプーランクの「フルート・ソナタ」が始まった時に、彼は「化け」ました。なんというキレのある、颯爽としたプーランクでしょう。これこそ水を得た魚のよう、ドビュッシーの呪縛から放たれて生き生きと演奏する姿は、実に見事なものでした。
そう、ここでは、「お友達」とは言ってもドビュッシーとプーランクの音楽は全く別物であることが、この生真面目なフルーティストによって見事に明らかにされていたのです。それと同じことが、最後のラヴェルの「ハバネラ形式の小品」(ルイ・フルーリー編曲)でも起こっていたのは、当然のことです。

CD Artwork © GENUIN classics

by jurassic_oyaji | 2019-05-16 20:04 | フルート | Comments(0)
Origins
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Toon Fret(Fl)
Veronika Iltchenko(Pf)
FUGA LIBERA/FUG 612



「起源」という言葉がタイトルになっている、フルートとピアノによるアルバムです。ここで使われているその言葉は、もっぱら「音楽の起源」といった意味を持っているようです。ここでは、クラシック音楽の世界では「辺境」と思われている国の作曲家たちが、主に20世紀前半に自らの音楽のよりどころ、つまり「起源」としていた「民族音楽」を取り入れて作った作品が集められています。
一人だけ、「辺境」とは程遠いフランスの作曲家、ケックランが入っていますが、彼の場合は「民族音楽」とは違った意味での、作曲家の「起源」、つまり、子どものころに歌った素朴な童謡や、聴かされた子守歌などが素材となって作られています。子供の「機嫌」を取る音楽ですね。
それは、1940年に作られた「フルートとピアノのための14の小品」という、それぞれの曲は1分にも満たないものを集めた、まさに「小品」集です。そのメロディはあくまでシンプル、しかし、ピアノ伴奏はやはり彼ならではの印象派風の仕上がりとなっています。最後から2番目の「Marche fune[]ble」という曲が、2分半ほどかかるこの中では最長のものですが、「葬送行進曲」としての重みはあまり感じられないのは、そのメロディが「中国地方の子守歌」(♪ねんねこしゃっしゃりま~せ)に酷似しているせいでしょう。
演奏しているフルーティストは、ベルギー人のトーン・フレットという方、なんでもグラーフなどとともに、クイケンにも師事してトラヴェルソも演奏できるのだそうですね。彼の音はかなり重ためですが、この作品に関しては極力穏やかな吹き方に徹しているようです。
そして、次からは紛れもない「辺境」の作曲家たちの、民族色がてんこ盛りの曲が始まります。まずは、チェコのシュルホフです。ここでは1927年に作られた「フルート・ソナタ」が演奏されています。ルネ・ル・ロワによって初演されたこの曲は、ジャズの要素も含まれていて、なかなか刺激的です。そのなかでも、やはり民族的な香りはぷんぷん匂っています。
次は、コーカサス地方。アルメニアのアルノ・ババジャニアンと、アゼルバイジャンのフィクレト・アミロフという、全く聞いたことのない名前の2人の作曲家の作品です。ただ、ピアノストとしても活躍したババジャニアンの曲は、ピアノ・ソロで、フルートの出番はありませんでした。そのことは、どこにも書かれていなかったので、いつになったらフルートが出てくるのかと待っていたら、いつの間にか曲が終わっていた、という感じですね。そういえば、フルートの伴奏にしては、あまりに技巧的でインパクトのあるピアノでした。もちろん、ここでも民族的な素材ははっきり提示されています。
アミロフの「フルートとピアノのための6つの小品」は、冒頭からイケイケのダンス音楽で始まりますが、しっとりとした「子守歌」や、「アゼルバイジャンの山々にて」など、変化に富んでいて楽しめます。
そして、最後を飾るのが、バルトークのピアノ曲を弟子のパウル・アルマが編曲した有名な「ハンガリーの農民の歌による組曲」です。確かにハンガリー民謡のエキスが詰まっているような曲ですが、そこにフルートの超絶技巧も加わるという油断のできないところがある難曲です。ここでのソリストは、先ほどのケックランよりは、このような曲の方が得意のようで、息もつかせぬテクニックの冴えを披露してくれています。
ただ、彼は感情の高まりを冷静にコントールするというタイプではないようで、ついついオーバーアクションで乱暴に聴こえてしまうところがないわけではありません。
それを助長しているのが、あまりにもクリアすぎる録音です。フルートの高音などはもっと美しく聴こえるようにできるはずですし、ブレスの音が汚すぎます。ピアノのパートもペダルの音がはっきり聴こえてしまうほどのマイクのセッティングは、あまり感心できません。

CD Artwork © Outhere

by jurassic_oyaji | 2019-05-02 20:43 | フルート | Comments(0)
JOLIVET/Complete Works for Flute 1
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Hélène Boulègue(Fl)
François Dumont(Pf)
NAXOS/8.573885



「桂冠シリーズ」というタイトルが付いたアルバムですが、べつに「ペッパー警部」が入っているわけではありません(それは「警官」)。これは、神戸国際フルートコンクールで優勝した「ご褒美」に、NAXOSがリリースしてくれたアルバムです。
その栄誉に預かったのは、1990年生まれ、弱冠28(29)歳のフルーティスト、エレーヌ・ブレグです。彼女はパリのコンセルヴァトワールに入ってからまだ半年しか経っていない19歳の時から、ルクセンブルク・フィルの2番奏者として「プロ」としての活動を始めていました。2015年にはプラハの春国際コンクールで第2位、さらに2017年の神戸で第1位となります。そして2018年には、SWR放送交響楽団の首席奏者に就任します。タチアナ・ルーラントと同じポストですね(現在、このオーケストラのフルートパートは全員女性です)。
彼女が選んだ曲は、なんとジョリヴェでした。しかも全曲です。ジョリヴェのフルートのための作品は、フルーティストにとっては魅力的なものばかりですが、その録音は特定の曲目に集中していますから、その全曲を録音している人はあまりいません。これまでのものとしては、1992年の10月から12月にかけて録音されたピエール=アンドレ・バラード盤(ACCORD/MUSIDISC)と、1984年から1995年にかけて録音されたマニュエラ・ヴィースラー盤(BIS)などでしょうか。多くの曲で初演を担ったランパルは、全曲は録音してなかったのでは。
これらはいずれもCDで2枚。アンサンブルや協奏曲も含めるとちょうどこれで全曲が収まります。ただ、今回の「1」はフルートのソロかピアノ伴奏の曲ばかりでしたが、これ以外の曲ではオーケストラを始め弦楽器、クラリネット、ファゴット、ハープ、打楽器などが必要ですから、ブレグの「2」はすぐにはリリースされないような気がするのですが。
ジョリヴェのフルートのための作品は、彼の活動時期の全般に渡って作られています。その中でも、最初の3曲、「5つの呪文」(1936年)、「呪文」(1937年)、「リノスの歌」(1944年)は、よく演奏されています。最初の2つ、タイトルは似ていますが、全く別の曲です。
「5つの呪文」はジョリヴェがアラビアのフルーティストの演奏を聴いて作ることになった、とてもエキゾティックな作品で、その後のジョリヴェの作曲姿勢の根幹のようなものが端的に示されているものです。無伴奏のフルート1本で、この楽器の可能性がとことん追求されていますから、演奏するのはとても大変です。1曲目では、低音の「呪文」と、高音のフラッタータンギングによる「叫び」が交互に登場します。その最初の部分で楽譜には「最低3回は繰り返しなさい」という指示がありますが、ランパルやヴィースラーは3回繰り返しているところを、ブレグは4回繰り返しています。若さ、ですね。
「呪文」は、もともとはヴァイオリン・ソロのために作られましたが、すぐにフルート、アルトフルート、そしてオンド・マルトノのためのバージョンも作られました。ここではアルトフルートで演奏されています。その音色が、ブレグの場合はこの楽器の少しハスキーな部分が全く感じられない、とても密度の高い音に聴こえます。さらに、ビブラートもさっきの2人ほどは目立たせていないので、とてもストイックな雰囲気が漂っています。
「リノスの歌」は、パリのコンセルヴァトワールの卒業試験のために作られました。それを演奏したのが、ランパルだったそうです。ここではピアノとフルートの編成ですが、後に弦楽三重奏とハープがフルートの伴奏を務めるバージョンも作られています。「2」ではそれも演奏されていることを期待しましょう。
それから30年近く経って作られたのが、アルトフルートかフルートのための「Ascèses」という、5つの曲から成る大曲です。「苦行」という意味のこの曲、「5つの呪文」よりは少しはリリカルになっていますが、その底に流れる姿勢は全く変わっていないことを感じさせられます。ここでも、彼女のアルトフルートはとても芯のある音色で、存在感を示しています。

CD Artwork © Naxos Rights(Europe) Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-03-21 20:14 | フルート | Comments(0)
MÜLLER/Flute Concertos
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Tatjana Ruhland(Fl)
Timo Handschuh/
Südswestdeutsches Kammerorchester Pfolzheim
CPO/777 956-2



アウグスト・エバーハルト・ミュラーは、1767年にノルトハイムというに生まれ、1770年にオルガニストだった父とともに家族でビュッケブルク近郊の大学都市、リンテルンに移ります。そこで、小さいころから父親の教育を受けたり、独学でフルートを演奏するようになっていたミュラー少年の音楽の才能に注目したのが、当時ビュッケブルクの宮廷楽長だった、J.S.バッハの息子ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハでした。ミュラー少年は1770年代半ばから数年間、ピアノ、オルガン、作曲、和声学のレッスンをJ.C.F.バッハから受け、父バッハの音楽にも触れることになります。
ミュラーは14歳ですでにフルート奏者としてコンサート・ツアーを行うまでになっていました。1788年4月には、すでに移り住んでいたマクデブルクで、その地の聖ウルリヒス教会のオルガニストの娘でピアニストのエリザベス・カタリーナ・ロベルトと結婚します。翌年の6月には義父が亡くなったので、後継者としてその教会のオルガニストに就任します。
やがて、彼の作品は出版されるようにもなりますが、それを目にしたベルリンの作曲家、音楽評論家のヨハン・フリードリヒ・ライヒャルトは、自分の雑誌でこれをほめちぎります。それがきっかけで、ミュラーは1793年にベルリンでコンサートを行い、大成功をおさめます。
その後、ライヒャルトの口添えもあってミュラーは1794年にライプツィヒのニコライ教会のオルガニストに就任、妻のエリザベス・カタリーナはピアニストとして活躍(ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番と第4番のライプツィヒ初演を行う)、彼もゲヴァントハウス管弦楽団の首席フルート奏者となりました。そのころには、こんな仕事もしていたようですね。
さらに、1801年には、J.S.バッハの4代後のトマス教会カントルにも就任、1810年にはヴァイマールの宮廷楽長と、市の音楽監督となり、1817年にその地で没します。
そんな、順風満帆な人生、作品もきちんと作品番号がつけられて出版されたものだけでも41曲あります。しかし、彼の死後は急速にその人気は衰え、現在では彼の作品はほぼ完璧に忘れ去られています。
その中でフルート協奏曲は全部で11曲、さらに、「ポロネーズ(op.23)」と「ファンタジー(op.40)」というフルートとオーケストラとの作品が2曲出版されています。それは彼の作曲家としての生涯の全ての時期に渡って作られていました。
ここでは、「第1番(op.6)」(1794年)、「第3番(op.10)」(1796年)、「第10番(op.30)」(1809年)の3曲が演奏されています。それぞれが、まるでモーツァルトを思わせるような、3つの楽章からなるとてもキュートな作品です。第1楽章はスケールを基本にしたシンプルなテーマを、細かいスケールとアルペジオで飾り立てるという華やかさにあふれたもの、第2楽章は、優雅なメロディが朗々と歌われる中、細かい装飾も加わります。そして最後の楽章は3拍子の伸び伸びとしたキャッチーな主題を使ったロンドです。
後半の2つの楽章では、例外なく真ん中が短調になっているように、モーツァルトとは一味違うところもあり、確かにミュラーとしての個性は感じることができます。10番の第2楽章ではイギリス国歌が使われています。1番と3番ではカデンツァは書かれてはいませんが、10番ではちゃんと楽譜に書いてあるのだそうです。それは、とても技巧的なうえに新鮮なアイディアに満ちたものでした。
このCDのソリストのルーラントは、低音から高音まで、全くムラのないパワフルな音で演奏していました。それはまさに完璧にコントロールされた音なのですが、ちょっとこの作曲家の音楽に対しては力がありすぎるような気がします。
1番と3番は、出版譜をIMSLPで見ることができます。1番の第2楽章を聴きながらそれを見ていたら、同じフレーズでタイがあったりなかったりした部分がありました。
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彼女はこれに忠実に吹いていました。これは、絶対パート譜のミスだと思うのですが。四分音符のあとは全部タイを付けた方がより音楽的。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

by jurassic_oyaji | 2019-02-12 21:03 | フルート | Comments(0)
KAPUSTIN/Complete Chamber Works for Flute
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Immanuel Davis, Adam Kuenzel(Fl)
Pitnarry Shin, Käthe Jarka(Vc)
Tiimothy Lovelace(Pf)
NAXOS/8.579024



ウクライナ生まれのピアニスト兼作曲家、ニコライ・ギルシェヴィチ・カプースチンは、モスクワ音楽院で「クラシック」を学んでいますが、作るものは紛れもない「ジャズ」でした。主に、自分で演奏するために作ったものなのでしょう、彼の作品はピアノがらみのものが大半を占めています。最近になってアムランなどのヴィルトゥオーゾ・ピアニストまでがこぞって彼の作品を演奏するようになって、一躍脚光を浴びるようになりました。ですから、おそらく楽譜は、通常の「ジャズ」の譜面のようなアウトラインだけのものではなく、きっちり全ての音符が書かれているのでしょうね。確かに、ジャズピアニストがソロとして弾く分にはなんということはないものでも、それを楽譜に起こしたものをクラシックのピアニストが弾くのは、超絶技巧が要求されるのでしょう。
そんなカプースチンは、こんなフルートがらみの曲も作っていました。
このアルバムは、近年カプースチンとのコラボレーションの機会が多いアメリカのフルーティスト、イマニュエル・デイヴィスが中心になって制作されました。ここで演奏されている唯一の「フルート・ソナタ」(2004年)は、デイヴィスの委嘱によって作られています。さらに、これが世界初演となる「小さなデュオ」は、このアルバムのために作られた「新曲」です。実は、カプースチンの作品でフルートが加わっている曲は、このアルバムに含まれているものが全てなのだそうです。ですから「Complete」なのですね。
デイヴィスという人は、フルーティストとしてはとても幅広い分野で活躍しています。ジュリアード音楽院でジュリアス・ベイカーに師事しているのですが、さらにオランダでバロック・フルートをウィルベルト・ハーツェルツェットの元で学び、アーリー・ミュージックの分野でのキャリアも重ねています。バルトルト・クイケンとも、たびたび共演しているそうです。
それとは全くかけ離れたジャンルになりますが、ブロードウェイのピットで「屋根の上のヴァイオリン弾き」や「ショウ・ボート」などのミュージカルの伴奏を務めていたこともあるのだそうです。
そんなデイヴィスの演奏で、まずは先ほどのフルートとピアノのための「フルート・ソナタ」を聴いてみます。そんな経歴の割には、いともまっとうなスタイルで吹いているのが意外でした。ですから、この曲もひたすら難しい楽譜の音符と格闘している、という印象が強く伝わってきます。それはそれで、技術的な破綻は全くないものの、「ジャズ」というにはあまりにもストイック過ぎて、正直退屈な感じが先に立ってしまいます。もしかしたら、このあたりがこの作曲家の限界なのか、とも思ってしまいますね。なにか、「ジャズ」でもなければ「クラシック」でもないという、中途半端さがとても気になります。
それが、次に演奏されている1998年の作品「ディヴェルティメント」という2本のフルートとチェロとピアノのための曲になると、俄然様子が変わってきました。これは、なによりもたくさんのプレーヤーたちがとても楽しんで掛け合いを行っているのがとてもよく伝わって来るのですよ。3つある楽章の真ん中などは「フーガ」というクラシカルな形を取っていますが、ここではそんな堅苦しさなどは全くありません(風雅ではありません)。
そして、もちろんこれが初録音なる、フルートとチェロのための「小さなデュオ」(2014年)になると、また「ソナタ」のような重々しさが襲ってきます。どうも、彼の最近の作品は、そのような傾向が強いのかもしれません。
確かに、最後に演奏されている「トリオ」(1998年)では、フルート、チェロ、ピアノの3人のセッションの喜びが、とてもハッピーに伝わってきます。真ん中の楽章では、とてもジャジーな「けだるさ」が感じられますし、最後の楽章ではまるでハンガリー民謡のようなテーマも現れて、とても盛り上がります。

CD Artwork © Naxos Rights(Europe)Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-02-07 20:15 | フルート | Comments(0)
W.F.BACH/Six Duos for Two Flutes
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Patrick Gallois, 瀬尾和紀(Fl)
NAXOS/8.573768



これまで、大バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの作品には、「F」または「Fk」という作品番号が付けられていました。これは、1913年にマルティン・ファルクという人が出版したW.F.バッハの生涯と作品に関する著作「Wilhelm Friedemann Bach/Sein Leben und seine Werke mit thematischem Verzeichnis seiner Kompositionen und zwei Bildern」の中で制定しているものです。
それによると、このCDで演奏されている「2本のフルートのための6つのデュエット」には、「F54」から「F59」までの6つの番号が与えられています。したがって、これまではそのファルク番号の順に「1番」から「6番」までの番号が付けられていました。したがって、昔のレコードやCDではそのようなナンバリングになっていましたし、2017年に録音された今回の最新のCDですらそうなっています。
しかし、このファルクの番号は作曲年代順にはなっていないふぁるくさい(古臭い)ものですから、最近では時系列に沿った別の番号が付けられた楽譜も出版されています。たとえばCARUSではバッハ一族のすべての作曲家の作品全集を刊行するという壮大なプロジェクトを展開中ですが、フリーデマンの場合はプロジェクトの名前「BR(Bach-Repertorium」の中のW.F.バッハの作品目録ということで、それぞれの作品には新たに「BR-WFB」という略号が頭に付いた番号が付けられています。それとファルク番号を対照させてみると、
  • Sonata I e-Moll : BR-WFB B 1 / Fk 54(旧1番)
  • Sonata II G-Dur : BR-WFB B 2 / Fk 59(旧6番)
  • Sonata III(Duetto) Es-Dur : BR-WFB B 3 / Fk 55(旧2番)
  • Sonata IV(Duetto) F-Dur : BR-WFB B 4 / Fk 57(旧4番)
  • Duetto Es-Dur : BR-WFB B 5 / Fk 56(旧3番)
  • Duetto F-Moll : BR-WFB B 6 / Fk 58(旧5番)
となります。「B」というのは、カテゴリーの記号、ここでは「室内楽」でしょう。その後の数字が、同じ編成の中では作曲年代順になっています。そこで、このCDの演奏順を見てみると、
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何のことはない、しっかりこの順番になっているではありませんか。実は、このCDで使われているゲルハルト・ブラウン校訂のBREITKOPF新版でも、すでに「新しい」番号が使われているのですよ。ですから、この表記は明らかな誤記ということになりますよ。古くからの番号に愛着があったのかもしれませんが、せめて「No.2(No.6)」ぐらいの表記は出来たはずなのに。相変わらずお粗末なNAXOSでした。
先ほどの「新しい」リストを見ると、それぞれの曲のタイトルが2曲ごとにも微妙に違いますね。これは、作られた時期がかなり離れているということの名残なのでしょう。W.F.バッハが生まれたのは1710年ですが、このCDのライナーノーツによると「1番」と「2番」が作られたのはかなり早い時期、1729年ごろ、「3番」と「4番」は1741年以前、そして「5番」と「6番」は晩年のベルリン時代(1774年以降)だということです。ですから、それぞれの時期での作曲技法の差異も認められるはずです。確かに、最初のころは2つの声部が完全に独立したポリフォニーで書かれていますが、後の作品では古典、あるいはロマン派にも通じるような、主旋律と伴奏みたいなパターンが見つかりますね。
ガロワと瀬尾さんという師弟によるデュエットは、全ての曲で1番フルートがガロワ(左)、2番フルートが瀬尾さん(右)というパート分けのようでした。おそらく、楽器は同じエイベルの木管でしょう。それを使って、完全なノン・ビブラートで演奏しているのが、この時代の音楽に対するリスペクトのようです。もちろん、装飾なども特に繰り返しの後などはてんこ盛りなので、ひと時も聴き逃せません。この二人のことですから、アゴーギグもものすごく、時には他のパートとずれてしまうこともあるのですが、それも「芸」のうちだと感じさせられるのは、やはりすごいものです。そこからは、バロックの様式をはるかに超えた感情のほとばしりすら感じられた瞬間が何度あったことでしょう。
「6番」の第2楽章の本当に美しいメロディで、ガロワがついビブラートをかけていたことに気づいた時には、なにか愛おしさのようなものまで感じられてしまいました。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

by jurassic_oyaji | 2019-01-31 20:40 | フルート | Comments(0)
PAPANDOPULO/Flute Concerto, Harpsichord Concerto, Five Orchestral Songs
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Michael Kofler(Pic), Jörg Halubek(Cem), Miljenko Turk(Bar)
Timo Handschuh/
Südwestdeutsches Kammerorchester Pforzheim
CPO/777 941-2



ボリス・パパンドプロという、とても上手なおやじの楽団のような(それは「パパバンドプロ」)名前の作曲家のアルバムです。
この方は、1906年にギリシャ系の貴族の父親と、クロアチアの有名なオペラ歌手の間にドイツのボンの近くのホンネフ・アム・ライ(現在のバート・ホンネフ)というところで生まれました。しかし、3歳の時に父親が亡くなったため、母の実家のあるザグレブに移ります。
幼少のころから音楽的な環境で育ったパパンドプロは、地元のザグレブ音楽アカデミーを卒業しますが、そこの先生がストラヴィンスキーの知り合いであったことから、この大作曲家に会うことができ、そこでウィーンで学ぶように勧められます。彼は、1991年に亡くなるまでに450曲を超える作品を残しました。
ここで最初に演奏されているのが、1977年に作られた「ピッコロと弦楽オーケストラのための小さな協奏曲」です。これは、確かに演奏時間は15分という「小ささ」ですが、曲の雰囲気もとてもかわいらしいものです。何よりも、このピッコロというちょっと協奏曲とはあまり馴染まない楽器が使われるようになったいきさつが、とてもチャーミングなエピソードとして伝えられています。
ある時、パパンドプロと一緒にコンサート・ツアーに加わっていた若いフルーティストが、この大作曲家が「俺が作った協奏曲に使われていない楽器などないぞ」と豪語しているのを聞いて、勇気を出して「ピッコロのための協奏曲は、ありませんっ!」と言ったそうなのです。パパンドプロは一瞬たじろぎますが、それから数か月たったら、こんな素敵な「ピッコロ協奏曲」を作ってきて、その若いフルーティストに演奏させたのだそうです。
パパンドプロは実はピッコロという楽器は彼の作品の中ではよく使っていて、その特徴は熟知していたのですね。ですから、この曲はまさにピッコロの持ち味を存分に発揮したものに仕上がっていました。
第1楽章では、ピッコロによるまるで鳥の声のような軽々とした感じの、しかし技巧的なカデンツァが何度も現れる中で、それとは対照的な沸き立つようなダンスが登場しています。
第2楽章は、一転して寂しげな抒情性を表に出した曲想、しかし、それもとても技巧的なフレーズが伴ったものです。
そして最後の第3楽章は、まさにイケイケの3拍子のダンス、エンディングではさらにスピードアップして盛り上がります。
ソリストのコフラーは、ピッコロとはとても思えないような正確なイントネーションと音色で、見事にこの難曲を吹ききっていました。ブラヴォーです。
続いては、1966年にドイツのチェンバロ奏者で音楽学者でもあったハンス・ピシュナーのために作った「チェンバロと弦楽オーケストラのための協奏曲」です。これは、もろバロック時代の音楽の模倣によってできているような作品です。第1楽章の「トッカータ」は、まさにバッハの作品を思わせるような自由な楽想でチェンバロが軽快なテーマを披露しますが、その中にシンコペーションが入っているのが、ちょっとモダンな雰囲気を加えています。
第2楽章の「アリア」も、やはりバッハ風の装飾がたっぷりつけられたメロディアスな曲です。その中に、ほんの少し無調感が漂っているのが隠し味でしょうか。ただ、時折ロシア民謡の「トロイカ」の「♪走れトロイカ」というフレーズが聴こえてくるのが気になります。最後にはその「トロイカ」のテーマでチェンバロ・ソロがフーガを弾いたりしています。
最後の「ロンドー」では、骨太な音色が強調されているようです。このCDには何の表記もありませんが、おそらくここではこの当時の楽器「モダンチェンバロ」が使われていたのではないでしょうか。
最後の「5つの歌」は、3つの重たい曲と、2つの軽やかな曲が交互に現れます。その淡々とした歌い口は、なかなか魅力的です。ただ、ブックレットの対訳では、最後の2曲が逆になっています。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

by jurassic_oyaji | 2018-12-08 22:27 | フルート | Comments(0)
ZANI, PIACENTINO, TORTI, SCHIATTI/Concerti per flauto, archi e continuo
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Raffaele Trevisani(Fl)
Natale Arnoldi/
Ensemble Baroque ≪Carlo Antonio Marino≫
TACTUS/TC720002


このジャケット、フルートのアルバムには昔から同じデザインのものがたくさんありましたね。ここでは横長の絵画をジャケットに合わせて両端をトリミングしていますが、オリジナルはこういうものです。
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これは、19世紀のドイツの画家アドルフ・フォン・メンツェルという人が描いた「サンスーシでのフリードリヒ大王のコンサート」という絵画です。大王はフルートをこよなく愛し、自らも演奏のみならず作曲家としてもかなりの量の作品を残していますが、それを支えた宮廷の音楽家がものすごいメンバーだったことでも知られていますね。この絵の中でチェンバロを弾いているのは大バッハの息子のカール・フィリップ・エマニュエル・バッハですし、ジャケットではカットされていますが、右端に心配そうに立っているのが、大王のフルートの先生で、当時の演奏様式を知ることの出来る教則本を著したことでも有名なヨハン・ヨアヒム・クヴァンツです。
とは言っても、この画家が生まれたころにはもう大王は亡くなっていますから、このいかにもリアルな作品も想像で描かれたものですが、今回のトレヴィザーニのアルバムはまさにこんな時代、18世紀の半ばごろにイタリアで作られたフルートと弦楽器と通奏低音のための協奏曲が集められたものです。
それらを作った作曲家は4人、アンドレア・ツァーニ、ロマーノ・ピアチェンティーノ、ジュゼッペ・トルティ、ジアチント・スキアッティという、誰一人として聞いたことのない名前の人たちです(最後の人は「じゃあちゃんと、付き合って」と言われそう)。当然のことながら、ここで演奏されている曲は全て「世界初録音」です。
それらの曲は、ドイツのさる図書館で見つかったパート譜をもとに復元されたスコアによって演奏されているのだそうです。そのパート譜は実際に演奏された時に作られたもののようですから、一度は実際に「音」にはなっていたのでしょうね。
その「初演」の時には、当然のことながらその当時の楽器が使われていたはずです。弦楽器はガット弦で駒が低いもの、そしてフルートはキーが一つしかついていないシンプルな楽器です。
それを、21世紀に「再演」したトレヴィザーニは、彼の楽器であるモダン・フルートを使っていました。ただ、一応その時代に敬意を表してか、いつものゴールドではなく木管(パウエル?)を使っていましたね。もちろん、バックのオーケストラもモダン楽器です。チェンバロだけはヒストリカルのようですが。
トレヴィザーニの演奏は、今まではDELOSという録音には定評のあるレーベルからリリースされたものを聴いていました。そこで聴こえていた彼の音は、師ゴールウェイ譲りのあくまでのびやかで輝かしいものでした。今回のTACTUSレーベルは、録音に関してはそれほど期待できないことは分かっていましたが、このアルバムはいくらなんでもそれはないだろう、と思えるほどのひどい録音だったのには、のけぞってしまいました。いくら楽器が違うとはいえ、トレヴィザーニのフルートからは、彼の持前の伸びやかさが全く伝わっては来なかったのです。あまりにオンマイク過ぎるので、ノイズばかりが聴こえてくるのですね。
しかし、しばらく聴いていると、それはあながち録音のせいだけではないような気がしてきました。彼のロングトーンは、伸ばしている間にどんどんピッチが下がっていくんですよね。ゼクエンツの繰り返しでも、なにか指は回らないしリズムはもたつくし、そもそも彼の演奏自体がかなりヤバくなっているように思えて仕方がないのですよ。彼は1955年生まれだそうで、還暦は過ぎていますから、もう衰えてしまったのでしょうか。もっと年をとっても立派な演奏をする人はいくらでもいるのに。
ここで初めて聴いた5つのフルート協奏曲は、そんな緊張感のない演奏のせいか、どれも同じように聴こえてしまいました。あるいは、こんなつまらない曲だから、演奏に熱が入らなかったのかも。

CD Artwork © Tactus s.a.s.

by jurassic_oyaji | 2018-11-13 20:51 | フルート | Comments(0)
For You , Anne-Lill
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Agata Kielar-Długosz(Fl)
Andrzej Jungiewicz(Pf)
DUX/DUX 1475


アルバムタイトルがなんだかユニークですし、このジャケット写真ときたら不気味さすら感じられますが、これはポーランドの作曲家が作ったフルートのための作品のアンソロジー。タイトルは、ここで演奏されているグレツキの作品の名前、そしてこの眼球を失った人形の写真は、このアルバムの中の曲の大半が作られた20世紀半ばの「大戦後」の雰囲気を反映しているものなのだそうです。
演奏しているのは、アガタ・キーラル=ドウゴシュという女性のフルーティストです。「ドウゴシュ」という名前に聞き覚えがあったので調べてみたら、こちらでペンデレツキの「フルート協奏曲」を演奏していたウーカシュ・ドウゴシュの奥さんのようですね。お二人で一緒に録音していたアルバムも見つかりました。
ここで彼女が取り上げた作曲家は全部で7人、その中にはもちろんこのペンデレツキも入っています。しかし、その作品は「ミステリオーソ」という1954年、作曲家がまだ21歳の頃の、ほとんど「習作」といった感じのものでした。彼の作品リストにも載っていないようなレアな作品、もちろん初めて聴きました。それは、ピアノの7拍子のオスティナートに乗って、無調のフレーズが延々とフルートによって奏でられるという、そのすぐ後の「クラスター」の時代や、さらにそのあとの「ロマンティック」な時代とも全く異なるスタイルの作品でした。これが彼のスタート地点だったということを認識できる、貴重な録音ですが、それ以上のものではありません。
この中で最も早い時期に作られたのは、1925年のタンスマンの「ソナタ」でしょうか。これはすでに、フルーティストのレパートリーとして割と知られている作品です。作曲者は家具職人(それは「箪笥マン」)?若いうちにポーランドを出てパリで活躍していますから、当時の「6人組」などとも親交があり、ほとんどフランスの作曲家のような印象がある人です。この「ソナタ」も、そんな「おフランス」の情緒たっぷりのオシャレな楽章が5つ並んでいます。その真ん中の「スケルツォ」という楽章は、「フォックス・トロット」というジャズの前身ともいえるシンコペーションやスウィングのリズムを取り入れた軽快な曲です。
タイトル曲も含めたグレツキの作品が、この中では最も新しいもの。その「君のために、アンヌ=リユ」というのは、ノルウェーのフルーティスト、アンヌ=リユ・リエのために1986年に作られています。そのまんまですね。そしてもう1曲1996年に作られた「ヴァレンタイン・ピース」は、アメリカのフルーティスト、キャロル・ウィンセンスのためにヴァレンタイン・プレゼントとして作られました。もちろん、どちらのフルーティストも女性です。「ヴァレンタイン」の方はフルート・ソロの曲、最後に鈴の音が入るのが粋ですね。いずれもグレツキらしいミニマル・ミュージックです。「君のために」では、高音の難しいパッセージが執拗に続きます。
あとの4人の作品は、いずれも1950年前後に作られたものです。キラールの「ソナタ」は、当時の趨勢だった新古典主義の作風で、まるでヒンデミットのようなモティーフも現れます。
ルトスワフスキの「3つの断片」は、ラジオドラマのために作られた短い曲の集まり。キャッチーなメロディを持っています。
パヌフニクの「ショパンへのオマージュ」は、元々はソプラノとピアノのための5つの曲集だったものを、フルートのために書き直したもので、「ショパン」というよりはハンガリーのリズムや旋法があちこちに顔を出している不思議な作品です。
唯一、初めて聞いた名前の作曲家、ピオトル・ペルコフスキの「インテルメッツォ」は、やはりこの時代ならではの無調のテイストが色濃く表れた作品です。
キーラル=ドウゴシュの演奏は、曲によっては明らかに共感が薄いと思われるような雑なところがあるのが、ちょっと残念です。

CD Artwork © DUX Recording Producers

by jurassic_oyaji | 2018-10-30 23:49 | フルート | Comments(0)
KARG-ELERT, KRONKE, FRÜHLING, REGER, REINECKE/Works for Flute & Piano
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Christiana Fassbender(Fl)
Florian Wiek(Pf)
PROFIL/PH18005


いわゆる「ロマン派」の時代の5人の作曲家によるフルートとピアノのための作品を集めたCDです。この中でマックス・レーガーだけは普通のクラシック・ファンにはよく知られている(?)作曲家ですが、カール・ライネッケはかなりマイナー、そして、フルート関係者だったら知っているかもしれないジークフリート・カルク=エラート以外は、おそらく誰も知らないエミール・クロンケとカール・フリューリンクという人たちです。
この中ではライネッケだけが19世紀の前半に生まれていて、それ以外の4人はその50年ぐらい後の生まれ、中にはライネッケの教えを受けた人もいます。そう、ライネッケはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者であるとともに、ライプツィヒ音楽院の教授でもあったのです。
アルバムの構成としては、最初と最後に大きな「ソナタ」、そしてその間に小品を挟む、といった形になっています。もちろん、「トリ」はこの時代、ほとんど唯一のフルートのためのソナタとして異彩を放っている、ライネッケの「ウンディーヌ」です。
このようにロマン派の時代にフルートをソロ楽器として使った作曲家が少なかったのには、楽器自体の未熟さも一つの要因になっていました。ロマン派の作品では、多彩な表現を追求するために、複雑な転調が用いられていましたが、その当時主流だった楽器ではムラのない半音を出すことは難しく、そのような転調に的確に対応することが出来なかったのです。しかし、1850年ごろにテオバルト・ベームが完成させた新しい楽器は、そのような欠点を見事にクリアした、まさにロマン派特有の表現にも十分に耐えうるものでした。ライネッケもそのベーム・フルートの可能性を信じて、細かい転調を用いたこのソナタを作ったのです。
ただ、この曲を献呈された、当時のゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者ヴィルヘルム・ベルゲは、まだベーム・フルートは使ってはいなかったので、初演を行ったのはベルギー生まれのフルーティスト、アメデ・ドゥ・フロエでした。
このCDのフルーティストで、ベルリンのコミッシェ・オーパーの首席奏者などを務めたこともあるクリスティーナ・ファスベンダーは、そんなライネッケの思いを、時には想定以上のパッションを込めて演奏しています。そして、第2楽章の中間部の「ビブラートをかけないで」という指示にも、かなりきちんと従って、幻想的な味を出しています(こういう指示があるのは、当時でもビブラートをかけるのが普通だったということなのですね)。
アルバムの頭の、3つの楽章から成る15分ほどの「ソナタ」を作ったカルク=エラートは、ライプツィヒ音楽院でライネッケの弟子でした。そして、自身もそこの教授となったのです。彼の作品はロマン派末期ならではの、ドビュッシーの印象主義や、シェーンベルクの12音技法までもが感じられる幅広さを持っています。
このソナタは、まるで同世代のR.シュトラウスのような華やかなパッセージ満載の第1楽章の最後に、低音のピアニシモでロングトーンが伸ばされ、そのままゆったりとした第2楽章に続くという粋な構成を持っていました。こういう低音のロングトーンで倍音を抜いて空ろな音を出すのが、このフルーティストは上手です。その楽章は、無調っぽいパッセージも交えながらゆったりと進み、さらに軽やかなワルツ風で名人芸が随所に秘められた第3楽章に続きます。
カルク=エラートのライプツィヒ音楽院での前任者が、レーガーです。ここでは「アレグレット・グラツィオーソ」と「ロマンツェ」というかわいらしい2曲が演奏されています。この演奏はちょっと力み過ぎのような気がします。
クロンケとフリューリンクの作品も、なかなか魅力的でした。特にフリューリンクの「ファンタジー」は、演奏時間が13分という大作、全音音階も交えた新鮮な和声感が印象的ですし、中間部のテーマもとても美しいメロディが光ります。

CD Artwork © Profil Medien GmbH

by jurassic_oyaji | 2018-08-19 20:26 | フルート | Comments(0)