おやぢの部屋2
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カテゴリ:フルート( 234 )
PAPANDOPULO/Flute Concerto, Harpsichord Concerto, Five Orchestral Songs
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Michael Kofler(Pic), Jörg Halubek(Cem), Miljenko Turk(Bar)
Timo Handschuh/
Südwestdeutsches Kammerorchester Pforzheim
CPO/777 941-2



ボリス・パパンドプロという、とても上手なおやじの楽団のような(それは「パパバンドプロ」)名前の作曲家のアルバムです。
この方は、1906年にギリシャ系の貴族の父親と、クロアチアの有名なオペラ歌手の間にドイツのボンの近くのホンネフ・アム・ライ(現在のバート・ホンネフ)というところで生まれました。しかし、3歳の時に父親が亡くなったため、母の実家のあるザグレブに移ります。
幼少のころから音楽的な環境で育ったパパンドプロは、地元のザグレブ音楽アカデミーを卒業しますが、そこの先生がストラヴィンスキーの知り合いであったことから、この大作曲家に会うことができ、そこでウィーンで学ぶように勧められます。彼は、1991年に亡くなるまでに450曲を超える作品を残しました。
ここで最初に演奏されているのが、1977年に作られた「ピッコロと弦楽オーケストラのための小さな協奏曲」です。これは、確かに演奏時間は15分という「小ささ」ですが、曲の雰囲気もとてもかわいらしいものです。何よりも、このピッコロというちょっと協奏曲とはあまり馴染まない楽器が使われるようになったいきさつが、とてもチャーミングなエピソードとして伝えられています。
ある時、パパンドプロと一緒にコンサート・ツアーに加わっていた若いフルーティストが、この大作曲家が「俺が作った協奏曲に使われていない楽器などないぞ」と豪語しているのを聞いて、勇気を出して「ピッコロのための協奏曲は、ありませんっ!」と言ったそうなのです。パパンドプロは一瞬たじろぎますが、それから数か月たったら、こんな素敵な「ピッコロ協奏曲」を作ってきて、その若いフルーティストに演奏させたのだそうです。
パパンドプロは実はピッコロという楽器は彼の作品の中ではよく使っていて、その特徴は熟知していたのですね。ですから、この曲はまさにピッコロの持ち味を存分に発揮したものに仕上がっていました。
第1楽章では、ピッコロによるまるで鳥の声のような軽々とした感じの、しかし技巧的なカデンツァが何度も現れる中で、それとは対照的な沸き立つようなダンスが登場しています。
第2楽章は、一転して寂しげな抒情性を表に出した曲想、しかし、それもとても技巧的なフレーズが伴ったものです。
そして最後の第3楽章は、まさにイケイケの3拍子のダンス、エンディングではさらにスピードアップして盛り上がります。
ソリストのコフラーは、ピッコロとはとても思えないような正確なイントネーションと音色で、見事にこの難曲を吹ききっていました。ブラヴォーです。
続いては、1966年にドイツのチェンバロ奏者で音楽学者でもあったハンス・ピシュナーのために作った「チェンバロと弦楽オーケストラのための協奏曲」です。これは、もろバロック時代の音楽の模倣によってできているような作品です。第1楽章の「トッカータ」は、まさにバッハの作品を思わせるような自由な楽想でチェンバロが軽快なテーマを披露しますが、その中にシンコペーションが入っているのが、ちょっとモダンな雰囲気を加えています。
第2楽章の「アリア」も、やはりバッハ風の装飾がたっぷりつけられたメロディアスな曲です。その中に、ほんの少し無調感が漂っているのが隠し味でしょうか。ただ、時折ロシア民謡の「トロイカ」の「♪走れトロイカ」というフレーズが聴こえてくるのが気になります。最後にはその「トロイカ」のテーマでチェンバロ・ソロがフーガを弾いたりしています。
最後の「ロンドー」では、骨太な音色が強調されているようです。このCDには何の表記もありませんが、おそらくここではこの当時の楽器「モダンチェンバロ」が使われていたのではないでしょうか。
最後の「5つの歌」は、3つの重たい曲と、2つの軽やかな曲が交互に現れます。その淡々とした歌い口は、なかなか魅力的です。ただ、ブックレットの対訳では、最後の2曲が逆になっています。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2018-12-08 22:27 | フルート | Comments(0)
ZANI, PIACENTINO, TORTI, SCHIATTI/Concerti per flauto, archi e continuo
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Raffaele Trevisani(Fl)
Natale Arnoldi/
Ensemble Baroque ≪Carlo Antonio Marino≫
TACTUS/TC720002


このジャケット、フルートのアルバムには昔から同じデザインのものがたくさんありましたね。ここでは横長の絵画をジャケットに合わせて両端をトリミングしていますが、オリジナルはこういうものです。
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これは、19世紀のドイツの画家アドルフ・フォン・メンツェルという人が描いた「サンスーシでのフリードリヒ大王のコンサート」という絵画です。大王はフルートをこよなく愛し、自らも演奏のみならず作曲家としてもかなりの量の作品を残していますが、それを支えた宮廷の音楽家がものすごいメンバーだったことでも知られていますね。この絵の中でチェンバロを弾いているのは大バッハの息子のカール・フィリップ・エマニュエル・バッハですし、ジャケットではカットされていますが、右端に心配そうに立っているのが、大王のフルートの先生で、当時の演奏様式を知ることの出来る教則本を著したことでも有名なヨハン・ヨアヒム・クヴァンツです。
とは言っても、この画家が生まれたころにはもう大王は亡くなっていますから、このいかにもリアルな作品も想像で描かれたものですが、今回のトレヴィザーニのアルバムはまさにこんな時代、18世紀の半ばごろにイタリアで作られたフルートと弦楽器と通奏低音のための協奏曲が集められたものです。
それらを作った作曲家は4人、アンドレア・ツァーニ、ロマーノ・ピアチェンティーノ、ジュゼッペ・トルティ、ジアチント・スキアッティという、誰一人として聞いたことのない名前の人たちです(最後の人は「じゃあちゃんと、付き合って」と言われそう)。当然のことながら、ここで演奏されている曲は全て「世界初録音」です。
それらの曲は、ドイツのさる図書館で見つかったパート譜をもとに復元されたスコアによって演奏されているのだそうです。そのパート譜は実際に演奏された時に作られたもののようですから、一度は実際に「音」にはなっていたのでしょうね。
その「初演」の時には、当然のことながらその当時の楽器が使われていたはずです。弦楽器はガット弦で駒が低いもの、そしてフルートはキーが一つしかついていないシンプルな楽器です。
それを、21世紀に「再演」したトレヴィザーニは、彼の楽器であるモダン・フルートを使っていました。ただ、一応その時代に敬意を表してか、いつものゴールドではなく木管(パウエル?)を使っていましたね。もちろん、バックのオーケストラもモダン楽器です。チェンバロだけはヒストリカルのようですが。
トレヴィザーニの演奏は、今まではDELOSという録音には定評のあるレーベルからリリースされたものを聴いていました。そこで聴こえていた彼の音は、師ゴールウェイ譲りのあくまでのびやかで輝かしいものでした。今回のTACTUSレーベルは、録音に関してはそれほど期待できないことは分かっていましたが、このアルバムはいくらなんでもそれはないだろう、と思えるほどのひどい録音だったのには、のけぞってしまいました。いくら楽器が違うとはいえ、トレヴィザーニのフルートからは、彼の持前の伸びやかさが全く伝わっては来なかったのです。あまりにオンマイク過ぎるので、ノイズばかりが聴こえてくるのですね。
しかし、しばらく聴いていると、それはあながち録音のせいだけではないような気がしてきました。彼のロングトーンは、伸ばしている間にどんどんピッチが下がっていくんですよね。ゼクエンツの繰り返しでも、なにか指は回らないしリズムはもたつくし、そもそも彼の演奏自体がかなりヤバくなっているように思えて仕方がないのですよ。彼は1955年生まれだそうで、還暦は過ぎていますから、もう衰えてしまったのでしょうか。もっと年をとっても立派な演奏をする人はいくらでもいるのに。
ここで初めて聴いた5つのフルート協奏曲は、そんな緊張感のない演奏のせいか、どれも同じように聴こえてしまいました。あるいは、こんなつまらない曲だから、演奏に熱が入らなかったのかも。

CD Artwork © Tactus s.a.s.

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by jurassic_oyaji | 2018-11-13 20:51 | フルート | Comments(0)
For You , Anne-Lill
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Agata Kielar-Długosz(Fl)
Andrzej Jungiewicz(Pf)
DUX/DUX 1475


アルバムタイトルがなんだかユニークですし、このジャケット写真ときたら不気味さすら感じられますが、これはポーランドの作曲家が作ったフルートのための作品のアンソロジー。タイトルは、ここで演奏されているグレツキの作品の名前、そしてこの眼球を失った人形の写真は、このアルバムの中の曲の大半が作られた20世紀半ばの「大戦後」の雰囲気を反映しているものなのだそうです。
演奏しているのは、アガタ・キーラル=ドウゴシュという女性のフルーティストです。「ドウゴシュ」という名前に聞き覚えがあったので調べてみたら、こちらでペンデレツキの「フルート協奏曲」を演奏していたウーカシュ・ドウゴシュの奥さんのようですね。お二人で一緒に録音していたアルバムも見つかりました。
ここで彼女が取り上げた作曲家は全部で7人、その中にはもちろんこのペンデレツキも入っています。しかし、その作品は「ミステリオーソ」という1954年、作曲家がまだ21歳の頃の、ほとんど「習作」といった感じのものでした。彼の作品リストにも載っていないようなレアな作品、もちろん初めて聴きました。それは、ピアノの7拍子のオスティナートに乗って、無調のフレーズが延々とフルートによって奏でられるという、そのすぐ後の「クラスター」の時代や、さらにそのあとの「ロマンティック」な時代とも全く異なるスタイルの作品でした。これが彼のスタート地点だったということを認識できる、貴重な録音ですが、それ以上のものではありません。
この中で最も早い時期に作られたのは、1925年のタンスマンの「ソナタ」でしょうか。これはすでに、フルーティストのレパートリーとして割と知られている作品です。作曲者は家具職人(それは「箪笥マン」)?若いうちにポーランドを出てパリで活躍していますから、当時の「6人組」などとも親交があり、ほとんどフランスの作曲家のような印象がある人です。この「ソナタ」も、そんな「おフランス」の情緒たっぷりのオシャレな楽章が5つ並んでいます。その真ん中の「スケルツォ」という楽章は、「フォックス・トロット」というジャズの前身ともいえるシンコペーションやスウィングのリズムを取り入れた軽快な曲です。
タイトル曲も含めたグレツキの作品が、この中では最も新しいもの。その「君のために、アンヌ=リユ」というのは、ノルウェーのフルーティスト、アンヌ=リユ・リエのために1986年に作られています。そのまんまですね。そしてもう1曲1996年に作られた「ヴァレンタイン・ピース」は、アメリカのフルーティスト、キャロル・ウィンセンスのためにヴァレンタイン・プレゼントとして作られました。もちろん、どちらのフルーティストも女性です。「ヴァレンタイン」の方はフルート・ソロの曲、最後に鈴の音が入るのが粋ですね。いずれもグレツキらしいミニマル・ミュージックです。「君のために」では、高音の難しいパッセージが執拗に続きます。
あとの4人の作品は、いずれも1950年前後に作られたものです。キラールの「ソナタ」は、当時の趨勢だった新古典主義の作風で、まるでヒンデミットのようなモティーフも現れます。
ルトスワフスキの「3つの断片」は、ラジオドラマのために作られた短い曲の集まり。キャッチーなメロディを持っています。
パヌフニクの「ショパンへのオマージュ」は、元々はソプラノとピアノのための5つの曲集だったものを、フルートのために書き直したもので、「ショパン」というよりはハンガリーのリズムや旋法があちこちに顔を出している不思議な作品です。
唯一、初めて聞いた名前の作曲家、ピオトル・ペルコフスキの「インテルメッツォ」は、やはりこの時代ならではの無調のテイストが色濃く表れた作品です。
キーラル=ドウゴシュの演奏は、曲によっては明らかに共感が薄いと思われるような雑なところがあるのが、ちょっと残念です。

CD Artwork © DUX Recording Producers

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by jurassic_oyaji | 2018-10-30 23:49 | フルート | Comments(0)
KARG-ELERT, KRONKE, FRÜHLING, REGER, REINECKE/Works for Flute & Piano
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Christiana Fassbender(Fl)
Florian Wiek(Pf)
PROFIL/PH18005


いわゆる「ロマン派」の時代の5人の作曲家によるフルートとピアノのための作品を集めたCDです。この中でマックス・レーガーだけは普通のクラシック・ファンにはよく知られている(?)作曲家ですが、カール・ライネッケはかなりマイナー、そして、フルート関係者だったら知っているかもしれないジークフリート・カルク=エラート以外は、おそらく誰も知らないエミール・クロンケとカール・フリューリンクという人たちです。
この中ではライネッケだけが19世紀の前半に生まれていて、それ以外の4人はその50年ぐらい後の生まれ、中にはライネッケの教えを受けた人もいます。そう、ライネッケはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者であるとともに、ライプツィヒ音楽院の教授でもあったのです。
アルバムの構成としては、最初と最後に大きな「ソナタ」、そしてその間に小品を挟む、といった形になっています。もちろん、「トリ」はこの時代、ほとんど唯一のフルートのためのソナタとして異彩を放っている、ライネッケの「ウンディーヌ」です。
このようにロマン派の時代にフルートをソロ楽器として使った作曲家が少なかったのには、楽器自体の未熟さも一つの要因になっていました。ロマン派の作品では、多彩な表現を追求するために、複雑な転調が用いられていましたが、その当時主流だった楽器ではムラのない半音を出すことは難しく、そのような転調に的確に対応することが出来なかったのです。しかし、1850年ごろにテオバルト・ベームが完成させた新しい楽器は、そのような欠点を見事にクリアした、まさにロマン派特有の表現にも十分に耐えうるものでした。ライネッケもそのベーム・フルートの可能性を信じて、細かい転調を用いたこのソナタを作ったのです。
ただ、この曲を献呈された、当時のゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者ヴィルヘルム・ベルゲは、まだベーム・フルートは使ってはいなかったので、初演を行ったのはベルギー生まれのフルーティスト、アメデ・ドゥ・フロエでした。
このCDのフルーティストで、ベルリンのコミッシェ・オーパーの首席奏者などを務めたこともあるクリスティーナ・ファスベンダーは、そんなライネッケの思いを、時には想定以上のパッションを込めて演奏しています。そして、第2楽章の中間部の「ビブラートをかけないで」という指示にも、かなりきちんと従って、幻想的な味を出しています(こういう指示があるのは、当時でもビブラートをかけるのが普通だったということなのですね)。
アルバムの頭の、3つの楽章から成る15分ほどの「ソナタ」を作ったカルク=エラートは、ライプツィヒ音楽院でライネッケの弟子でした。そして、自身もそこの教授となったのです。彼の作品はロマン派末期ならではの、ドビュッシーの印象主義や、シェーンベルクの12音技法までもが感じられる幅広さを持っています。
このソナタは、まるで同世代のR.シュトラウスのような華やかなパッセージ満載の第1楽章の最後に、低音のピアニシモでロングトーンが伸ばされ、そのままゆったりとした第2楽章に続くという粋な構成を持っていました。こういう低音のロングトーンで倍音を抜いて空ろな音を出すのが、このフルーティストは上手です。その楽章は、無調っぽいパッセージも交えながらゆったりと進み、さらに軽やかなワルツ風で名人芸が随所に秘められた第3楽章に続きます。
カルク=エラートのライプツィヒ音楽院での前任者が、レーガーです。ここでは「アレグレット・グラツィオーソ」と「ロマンツェ」というかわいらしい2曲が演奏されています。この演奏はちょっと力み過ぎのような気がします。
クロンケとフリューリンクの作品も、なかなか魅力的でした。特にフリューリンクの「ファンタジー」は、演奏時間が13分という大作、全音音階も交えた新鮮な和声感が印象的ですし、中間部のテーマもとても美しいメロディが光ります。

CD Artwork © Profil Medien GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-08-19 20:26 | フルート | Comments(0)
MOZART, MYSLIVEČEK/Flute Concertos
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Ana de la Vega(Fl)
English Chamber Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 723(hybrid SACD)


まるで平野ノラみたいな太い眉毛のこの女性は、オーストラリアでイギリス人とアルゼンチン人の両親の間に生まれたフルーティスト、アナ・デ・ラ・ヴェガです。ブックレットの中の彼女自身の言葉によると、彼女はそれまでフルートのことも知らず、クラシックのコンサートに行ったこともなかったのに、ある日たまたま両親が家でかけていたレコードでジャン・ピエール・ランパルが演奏したモーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」の第2楽章を聴いた時、「わたし、フルートが吹きたいっ。パリに行って、ランパルさんの弟子になるわ。」と両親に告げたというのです。
結局、彼女がパリのコンセルヴァトワールに入学した頃にはランパルはすでに亡くなっていましたが、ランパルの高弟のレイモン・ギオーのもとでフレンチ・スクールの後継者となるべく学ぶことになるのでした。
彼女が一躍注目を集めたのは、2010年にイギリス室内管弦楽団とヨゼフ・ミスリヴェチェクの「フルート協奏曲」を演奏したロンドンのコンサートでした。ミスリヴェチェクはチェコで生まれ、イタリアでオペラ作曲家としての名声を確立した作曲家です。モーツァルトとも親交があり、モーツァルト自身も彼のことを高く評価していました。彼が作った唯一のフルート協奏曲は、すっかり忘れ去られていましたが、ヴェガはパリにいたころにわざわざチェコまで行ってその楽譜を探し出したのだそうです。
このコンサートの模様はBBCのラジオでも放送され、各方面で絶賛されたそうです。その同じメンバーで、2016年にセッション録音を行ったものが、このSACDです。ただ、これが世界初録音というわけではなく、1988年にブルーノ・マイヤーが録音したものが、Koch-Schwannレーベルから1989年にリリースされていますけどね。
ミスリヴェチェクは、モーツァルトよりも20歳ほど年上でした。ですから、その様式をモーツァルトも取り入れていたのでは、と言われています。実際、以前聴いた彼の受難曲からは、モーツァルトそっくりのテイストを感じることが出来ましたからね。
今回のフルート協奏曲は、第1楽章などはモーツァルトというよりはその一世代前の前古典派の音楽のように聴こえます。なんとなく、モーツァルトのお父さんのレオポルドが作ったとされるカッサシオン(おもちゃの交響曲)に似たようなフレーズも現れますし。しかし、2楽章あたりは、紛れもなくモーツァルトと同質の和声とメロディ・ラインが感じられるのではないでしょうか。今では楽譜もBÄRENREITERから出版されていますから、これからはどんどんこの曲をコンサートやレコーディングで取り上げる人が出てくるような気がします。その時には、このアルバムのようなモーツァルトの作品とのカップリングがよく行われるようになることでしょう。
こうして、新しいレパートリーの嚆矢となったヴェガの録音ですが、彼女の演奏に関してはあくまで珍しい曲をきっちり音にしただけ、という印象以上のものを感じることはできませんでした。というか、そもそも「前座」として演奏されているモーツァルトの協奏曲が、なにか聴いていて物足りないのですよね。両端の早い楽章は確かにテクニックに破綻はありませんが、なにかおとなしすぎてお上品な演奏にしか聴こえません。そして、真ん中の楽章が、なんともイマジネーションに欠けているな、という気がするのですね。
モーツァルトのト長調の協奏曲のその第2楽章ではオーケストラにもフルートが入るのですが、そこでは、そのオーケストラのフルートの方が、ソリストより明らかに音楽性が感じられるのですね。ここでは、かつてカラヤンがベルリン・フィルのメンバーをソリストにしてモーツァルトの管楽器の協奏曲を録音した時の、アンドレアス・ブラウ(ソロ)、とジェームズ・ゴールウェイ(オーケストラ)の場合とまったく同じことが起こっていたのです。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-07-14 20:40 | フルート | Comments(0)
VASKS/Flute Concerto, Symphony No.3
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Dita Krenberga(Fl)
Atvars Lakstīgala/
Liepāja Symphony Orchestra
WERGO/WER 7349 2


バルト三国の一つラトヴィアの作曲家、ペーテリス・ヴァスクスが、いかに自国民に愛されているかというのは、2010年に初録音された「フルート協奏曲」が、2016年に再度録音されたことでも分かります。「現代音楽」でのそのような厚遇は非常に稀なことですからね。さらに、初演と初録音のフルーティストは献呈者のミヒャエル・ファウストでしたが、もちろん今回は「自国民」のディタ・クレンベルガが演奏、バックも作曲家の生地に近いリエパーヤのオーケストラという、自国愛に満ちた布陣です。
その「フルート協奏曲」の再録音は、初録音盤と比べると印象がかなり変わっていました。それは、当然のことですが、フルーティストの違いが大きな要因です。
初録音盤のファウストは、もちろんテクニックは完璧で、とても難しいパッセージでも楽々とこなしていましたが、表現がどこか淡々としていたな、という気がしていました。しかし、今回のクレンベルガはとても「熱い」演奏に終始しているようでした。これは彼女の資質なのでしょうが、とにかくビブラートが豊富なために、全ての音に「気合」が入っているのですね。これは、この協奏曲の両端のゆったりとした楽章では、ほとんど涙を誘うほどの情熱となって伝わってきます。
さらに、かなり攻撃的な真ん中の楽章では、とても難しい細かなパッセージに果敢に立ち向かっていますし、超絶技巧満載のカデンツァでも圧倒的な存在感を見せつけています。低音にはありったけのパワーが込められていますし、ジャズ・フルートのように声を出しながら同時にフルートを吹くという技法で書かれたところでも、正確なソルフェージュを見せてくれています。
ただ、何事も度を越してしまうとうざったく感じられるもので、ここでのフルートはそんなパワーに圧倒されつつも、そのあまりのヒステリックさには正直付いていけないところがありました。
しかし、もしかしたら、そんなうざったさはある意味この作曲家の本質なのではないか、という思いにもかられてしまうのが、カップリングの「交響曲第3番」です。
この交響曲はフィンランドのタンペレ・フィルからの委嘱で作られ、2005年11月25日にジョン・ストゥールゴールズの指揮で初演されています。そして、翌年3月には同じメンバーによってONDINEレーベルに録音されました。やはり2006年の3月には、ノルムンズ・シュネ指揮のリガ・フェスティバル管弦楽団によってラトヴィア初演が行われました。それから10年間はこの交響曲は演奏されることはありませんでしたが、2016年の5月にこのアルバムのための録音がリエパーヤのコンサートホールで行われ、10月には同じ場所でコンサートも行われています。
そもそもは、15分程度の序曲のようなものという委嘱だったものが、「内なる声」に従って作曲を進めるうちに、曲想はどんどん膨らんでいってこんな40分もかかる作品が出来上がってしまったのだそうです。
曲は切れ目なくつながっていますが、その雰囲気によっていくつかのパートには分かれています(このCDではとりあえず6つの部分に分けています)。しかし、それぞれのパートの中でも、突然曲調が変わったりしていますから、それはほとんど意味をなしません。
全体的には、とても賑やかな部分が大半を占めているのという印象を受けます。それは、打楽器を多用した派手なオーケストレーションで迫ってきますが、時折滑稽とも思えるようなパッセージ(「ちゃっちゃかちゃっちゃっちゃ」という、軽薄なリズム)が現れるのには、和みます。
それとは対照的に、まるで心が浄化されるような透明性の溢れる部分が出現するのが、一つのサプライズでじょうか。曲全体のエンディングで、アルトフルートのソロが延々と続くところでは、それまでの、しつこいほどに盛り上がりを繰り返すだけの押しつけがましい音楽を、つい忘れてしまいそうになります。

CD Artwork © Schott Music & Media GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-07-05 20:49 | フルート | Comments(0)
BEETHOVEN/Works for Flute・2
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瀬尾和紀(Fl)
上野真(Pf)
児玉光生(Fg)
NAXOS/8.573570


先日の「1」に続いて、瀬尾和紀さんによるベートーヴェンのフルート作品のアルバムの「2」が登場しました。今回は、前回と同じメンバーはファゴットの児玉さん、そして、ピアノの上野さんが新たに参加しています。
前回は瀬尾さんの最近のポートレイトをご紹介しましたが、たまたま来月仙台市内で瀬尾さんと、ギタリストの大萩康司さんのコンサートが開かれることになっていて、そのチラシを手にしたら、大萩さんの方も年相応の貫録が付いていたことが分かりました。
これがデビューしたころの大萩さんのCDのジャケット。
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これが、最近のポートレイトです。
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瀬尾さん以上に印象が変わってしまっていますね。
ということは、お二人とも長年にわたって順調にキャリアを築き上げてきている、ということになるのでしょうね。これからも、末永いご活躍を期待したいものです。
今回の「2」では、最初の曲は、なんと前回と同じ「セレナード」でした。ただ、前回はフルート、ヴァイオリン、ヴィオラという編成だったものが、今回はフルートとヴィオラに変わっていますし、作品番号も「Op.25」だったものが「Op.41」になっています。
この時代は作曲家自身が自分の作品に番号を付けるということはなく、この番号は、言ってみれば商品の品番のように、出版社が付けていました。ですから、この「セレナード」の場合も、ベートーヴェンが以前の作品に手を入れて新しい作品として出版したのではなく(それだったら、作品番号も「Op.25a」みたいにするはず)、出版社が勝手に旧作に手を入れて、より需要の高い編成に直し(フルートではなく、ヴァイオリンで弾いても構わないようになっています)さも新しい作品であるかのように、新たな作品番号を与えて出版したのです。現に、ベートーヴェンは出版社に対して、「これは私の作品として出版してはいけない」と抗議していますからね。
まあ、そんな経緯は関係なく、今ではとても貴重なベートーヴェンによるフルートとピアノのためのレパートリーとして、リサイタルでは重宝されています。オリジナルの編成ではなかなか手軽に演奏できませんからね。
一応、この「編曲」は、オリジナルのフルートのパートはそのままに、残りのパートをピアノに弾かせるようにしているようになってはいます。ただ、フルートのパートは全く同じではなく、編曲者の裁量で少し変わっている部分がないわけではありません。例えば、第2楽章では、オリジナルが冒頭からフルートが優雅なメヌエットのテーマを演奏しています。
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しかし、この編曲ではその前半はピアノだけで演奏されています。そして途中からフルートが本来のパートを吹き始めるのですが、
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その音が、こんな風にオクターブの跳躍で始まっています。せっかくのフルートの美しいメロディをピアノに横取りされたうえに、こんな乱暴な入り方を強いられるのですから、これはとてもダサいセンスですね。
それと、第4楽章のスケルツァンドでも、トリオに入るところで、同じようにピアノがフルートのとてもおいしい旋律を持って行ってしまっています。
続いて演奏されているのが、「フルート・ソナタ」ですが、これは今では完全に偽作とされていますから、単にベートーヴェンの同時代の作曲家の何ということはない作品という以上の感慨はありません。
ただ、最後の「三重奏曲」は、きちんとベートーヴェンの自筆稿が残っているので、真作であることは間違いありません。これも編成は特殊で、正式なタイトルは「クラヴィチェンバロ、フルート、ファゴットのためのトリオ・コンチェルタント」というのだそうです。これは、自らがファゴットを演奏し、息子はフルート、娘はピアノを演奏するヴェスターホルト伯爵一家のために作られたのだそうです。これは、その3人に成り代わったこの録音での3人の名人芸をいかんなく堪能できるとても楽しい作品です。ここには確実に一過性には終わらない魅力があります。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-06-23 22:58 | フルート | Comments(0)
BACH, TELEMANN/Suite for Flute & Orchestra
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Julius Baker(Fl)
Anthony Newman/
Madeira Festival Orchestra
VOX/MCD 10008


「VOX」というのは、1945年、まだSPレコードの時代にアメリカで創設されたレーベルです。LPの時代になると、主に廉価盤を中心に活発にリリースを行っていました。サブレーベルである「TURNABOUT」とともに、オールド・ファンには懐かしい名前なのではないでしょうか。
しかし、このレーベルはいつの間にか別の会社に身売りをしてしまい、今ではもはや新しい録音は全く行っていません。それが最近、なぜか「新譜」として数アイテムが発売されました。その中にこんなジュリアス・ベーカーが1981年に録音したアルバムが入っていたので、購入してみました。オリジナルは聴いたことはありませんでしたから。
そこで現物を見てみると、「VOX」の他に「MMG」というロゴも入っています。たぶん、過去のVOXのカタログの権利を持っているレーベルなのでしょうね。そして、このCDのコピーライトを見てみると「© Vox Classics/Naxos Music Group」とありました。どうやら、いつの間にかそんなVOX関連のレーベルが、まとめてあのNAXOSの傘下に入っていたようですね。
一応、バックインレイには「An Original Digital Recording」というコメントがありますから、この頃始まったばかりのデジタル録音だったことは分かります。ただ、このCDを聴くと、デジタル録音らしからぬグラウンド・ノイズがかなり入っています。
音源がこれと全く同じCDで、1986年に「VOX ALLEGRETTO」というレーベルからリリースされたもの(ACD 8194)がNMLで見つかったので聴いてみたのですが、そこでも同じようなノイズが派手に聴こえてきました。ということは、おそらく、オリジナルのエンジニアがプロとは言えないようないい加減な耳の持ち主だったのでしょう。
しかし、そんな劣悪な音でも、その中から聴こえてくるベーカーのフルートの凄さはきっちりと伝わってきます。音の粒はあくまで滑らか、そして彼の最大の魅力である強靭なソノリテは、低音から高音までとてつもない存在感を誇っています。
ベーカーがこれを録音したのは65歳の時、まだニューヨーク・フィルの首席奏者は務めていて、引退するのはこの2年後になります。その後も、たとえばバーンスタインが1984年に自作の「ウェストサイド・ストーリー」を録音した時には、スタジオ・ミュージシャンとして参加して、その健在ぶりをアピールしていましたね。
これは、ポルトガルのマデイラ島で行われた音楽祭で録音されたものです。ノイズはあるものの客席の音は全く聴こえませんから、おそらくライブ録音ではなく、セッション録音なのでしょう。
まずはバッハの組曲第2番。これはフルートとオーケストラのための作品として有名ですね。さすがに、この頃になるとバッハなどのバロック音楽に対する演奏家の姿勢もそれまでの重々しいものからもっとしなやかなものに変わっていますから、ベーカーの演奏もバッハの最初の序曲などはかなり早いテンポになっています。もちろん、フランス風序曲として、楽譜では付点音符で書かれていても、もっと長めに演奏することも徹底されています。さらに、自由な装飾を付けるのも推奨されるようになった時代ですから、時折聴いたこともないようなフレーズが聴こえてくることもあります。一番すごいのは3曲目の「サラバンド」で、繰り返しの時にフルートが完全にオリジナルの旋律を吹きはじめることでしょうか。現在では、いくらなんでもここまでやる人はいないでしょうから、これはとても貴重な「記録」です。シンバルまでは入っていません(それは「サルバンド」)。
続いてテレマンの組曲イ短調です。オリジナルはリコーダーとオーケストラという編成ですが、フルートで演奏されることもあり、ベーカー以前にもランパルやゴールウェイが録音していました。ここでは、この作曲家特有の技巧的なメリスマを、いとも涼しげに吹いているのが聴きもの。その流れにオーケストラが付いていけなくなるようなところもあって、とてもスリリングです。それにしても、ベーカーのブレスの長いこと。

CD Artwork © Vox Classics/Naxos Music Group

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by jurassic_oyaji | 2018-06-19 23:57 | フルート | Comments(0)
FANTASIE | SONATE/Music for flute & Piano
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Miriam Terragni(Fl)
Catherine Sarasin(Pf)
COVIELLO/COV91730


ミリアム・テラーニという、初めて名前を聞いたスイスのフルーティストのアルバムです。ジャケットの写真を見た限りではかなり若い方のようですね。さらに、ブックレットの中の写真を見てみると、これは・・・ほとんど「ギャル」じゃないですか。
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でも、油断をしてはいけません。彼女の公式サイトに行ってみると、こんな写真もありましたよ。
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これだと、しっかり「おばさん」になってますね。いったい、どちらが現物に近い写真なのでしょうか。もちろん、どこを探しても彼女の生まれた年を見つけることはできませんでした。
ここで、彼女とピアニストのキャサリン・サラシン(というのが代理店の読み方。でも、たぶん別な読み方でしょう。これだと「サラ金」みたい)が取り上げている曲目を見て、軽い驚きがありました。それは、とてもこんなケバい「ギャル」には似合わない、恐ろしく渋い曲ばかりだったのです。ここには7人の作曲家の名前がありますが、知っているのはワーグナーとブーランジェだけでした。ワーグナーは有名ですが、ここで演奏されているのは全く知らない曲でしたし。
ということで、このCDでは、もはや音楽史に名前も残っていないようなロマン派周辺の作曲家の珍しい作品が演奏されていたのでした。もちろん、ほとんどのものが世界初録音です。
まずは、1850年生まれのマックス・マイヤー=オルバースレーベンという人が作った「ファンタジー・ソナタ」です。この方はフランツ・リストの弟子だったそうですね。この曲は、今でも楽譜が容易に入手でき、コンサートでも演奏されることもあるのでこれが初録音ではありません。ドイツ語で「Lebhaft(いきいきと)」、「Ständchen(セレナード)」、「Bacchanale(バッカナーレ)」という表記のある3つの楽章で出来ていて、演奏時間は20分以上かかります。
これは、なかなか聴きごたえのある充実した作品で、確かにこの時代には極端に少なくなっているフルートのレパートリーとしては、とても貴重なものになるでしょう。楽章ごとのキャラクターがはっきりしていますし、超絶技巧が要求されるメカニカルな部分と、しっとり歌い上げる抒情的な部分が程よく調和しています。
ところが、です。このフルーティストの演奏からは、おそらくこの作品、いや、この時代のすべての作品に必要なはずの「ロマンティック」な「ファンタジー」が全く感じられないのですよ。確かに、彼女のテクニックは完璧、どんなに難しいパッセージでも軽々とすべての音をきちんと出すことが出来ています。ですから、たとえば第1楽章のような元気な部分では胸のすくような「技」が披露されていて、そういう意味での快感を味わうことは可能です。しかし、そのような場面でも、たとえばフレーズの最後の音があまりに無神経にバッサリ切られたりすると、いったいこの人はこれまでどんな姿勢で音楽に立ち向かっていたのかな、という疑問が湧いてきてしまいます。
ですから、しっかりとした「歌心」が必要な第2楽章は悲惨です。ここに来て長めの音が出てくるときには、あのシャロン・ベザリーのような、音を真ん中でふくらますというとてもみっともない吹き方が彼女の癖であることが分かります。さらに、ピッチが微妙に悪くて、それが旋律線の方向性を失わせることになっているのですね。最後に高音のピアニシモで伸ばす箇所では、常に低めの音になっていますし。
ですから、もうこの1曲を聴いただけで十分な失望感は味わってしまい、それ以降は聴いても無駄だな、とは思ったのですが、せっかくの「世界初録音」ですのでそれら、アウグスト・ヴィルヘルミ、レオン・モロー、ルイ・マソン、ヴィクトル・アルフォンス・ドゥヴェルノワといった作曲家の曲も聴いてみましょうか。なんせ、ムラマツの楽譜検索でも、ドゥヴェルノワ(曲集の中)以外には楽譜すら見つかりませんからね。
この中では、モローの「Dans la forêt enchantée(魔法の森で)」という曲が、様々な情景の描写が盛り込まれた素敵な魅力を持っていました。

CD Artwork © Coviello Classics

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by jurassic_oyaji | 2018-06-14 20:42 | フルート | Comments(0)
WESTERHOFF/Viola and Flute Concertos
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Barbara Buntrock(Va)
Gaby Pas-Van Riet(Fl)
Andreas Hotz/
Symphonieorchester Osnabrück
CPO/777 844-2


クリスティアン・ヴェスターホフという、おそらく誰も聴いたことのない名前の作曲家のアルバムです。この方は1763年に北ドイツのオスナブリュックという街の音楽家の家に生まれました。今回のCDで演奏しているのが、そのオスナブリュックのオーケストラ、さらに、これを制作したレーベルもオスナブリュック(Classic Produktion Osnabrück)という、「オスナブリュックづくし」のアルバムということになります。大体女性ですが(「オスのブリッコ」はあまりいない?)。
ということで、ヴェスターホフは、最初は父親から音楽の手ほどきを受け、1786年頃にはブルクシュタインフルトの宮廷楽団にトゥッティのヴァイオリン奏者とソロ・コントラバス奏者として加わります。しかし、1790年にはそこを辞め、ソリスト、作曲家として活躍、1790年代後半にはビュッケブルクの宮廷楽団に、コンサートマスター、ヴァイオリン奏者、ヴィオラ奏者として雇われ、1806年にその地で亡くなります。
彼が作ったヴィオラ協奏曲は全部で4曲残されていますが、それらはいずれも出版はされていません。おそらく、それは彼自身がソリストを務めて演奏されたものなのでしょうが、その楽譜にはヴィオラ奏者ならではの「企業秘密」みたいなものが書き込まれてあったので、あえて公表はせずに自分だけにものにしていたのかもしれません。あるいは、その楽譜にはおおざっぱなプランしか書かれてはおらず、本当の超絶技巧のようなものは彼の頭の中にしかなかったのかもしれませんね。このアルバムに収録されている「第1番」と「第3番」のヴィオラ協奏曲では、カデンツァが一切演奏されていないことからも、そのような事情が覗えます。
とは言っても、ここで聴かれる彼のヴィオラ協奏曲には、技巧的なフレーズが充分に盛り込まれていました。「第3番」の最後の楽章などは民謡調のとてもシンプル(「幼稚」と言ってもいいかも)なテーマが堂々とした変奏曲に仕上がっています。
これらは、どちらも弦楽合奏に2本のフルートと2本のホルンが加わったというあっさりとしたオーケストラがバックに用いられています。おそらく弦楽器の人数もそれほど多くはないのでしょう。ここでのソリストは一時ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席ヴィオラ奏者を務めたこともあるバルバラ・ブントロック、彼女の音は適度の存在感を持って聴こえてきます。
音楽としては、もろに同時代のモーツァルトの様式を反映したものですが、長調の曲の中にさりげなく短調のフレーズを忍ばせるなど、なかなかのセンスも見られます。
そして、もう1曲、フルートのための協奏曲も入っていました(というか、これがお目当てでした)。こちらはしっかり出版もされて、「作品6」という作品番号も与えられていますから、間違いなく他人が演奏することを想定して作られたものなのでしょう。ただ、これはヴィオラ協奏曲と比べるとずいぶん力が入っているのだなと感じてしまいますね。オーケストラの編成にティンパニとトランペットが入っていて、これが第1楽章と第3楽章でとても華々しく活躍しているんですよね。例えばモーツァルトの協奏曲では、たまにピアノ協奏曲でこの二つの楽器が入っているものはありますが、管楽器やヴァイオリンの協奏曲ではまずこんな派手な楽器は使われてはいませんから。
驚くべきことに、そんなありえない編成なのに、フルート・ソロにはそれに十分に応えられるほどの華やかさとスケールの大きさが備わっているのです。もちろん、そのように感じられるのはここでのソリスト、リエトの卓越したテクニックと輝かしい音色によるところが大きいはずです。
彼女は1983年からSWRシュトゥットガルト放送交響楽団の首席奏者を務めていましたが、どうやら現在では引退しているようですね。でも、彼女のここでの存在感は、共演しているこの田舎オケの現役のフルート奏者とは雲泥の差です。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2018-05-17 20:22 | フルート | Comments(0)