おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
カテゴリ:フルート( 220 )
REINECKE, IBERT, NIELSEN/Flute Concertos
c0039487_23212928.jpg
Sébastian Jacot(Fl)
David Björkman/
Odense Symphony Orchestra
ORCHID/ORC100054




2013年に開催された第8回神戸国際フルート・コンクールで優勝したスイスのフルーティスト、セバスチャン・ジャコーは、その翌年の第5回カール・ニルセン国際音楽コンクールでもめでたく優勝し、輝かしい経歴の持ち主となりました。使っている香水はジャコウ(ウソです)。今回のソロ・アルバムのタイトルは、そのコンクールの「Premiere!(優勝者!)」となっています。その時にバックを務めたオーデンセ交響楽団と一緒に、そのニルセンのフルート協奏曲とライネッケとイベールの協奏曲を録音しています。
このジャケットを見て、なんだかフルートがすごく小さく見えませんか?やはりライネッケの協奏曲が収録されているアルバムで、同じようなポーズをとっているゴールウェイのジャケ写と比べてみると、それがはっきりしますよね(フルートの長さを同じにしてあります)。
c0039487_08111657.jpg
c0039487_08111068.jpg
神戸のコンクールの時の写真も見つかったのですが、確かにかなりの長身であることが分かります。ゴールウェイをはじめ、シュルツとか、フルーティストには小柄な人が多いようですから、なおさら目立ってしまうでしょうね。
c0039487_08110425.jpg
彼が優勝したカール・ニルセン国際音楽コンクールは、1980年にヴァイオリンのために創設され、4年に1回のペースで開催されています。もちろん、課題曲はニルセンのヴァイオリン協奏曲です。彼の協奏曲はあと2曲ありますから、1997年にはクラリネット、1998年にはフルートのコンクールも開始され、それらも4年に1度開催されています。現在ではさらにオルガン部門も加わっているのだそうです。
ご参考までに、その第1回目のフルート・コンクールの入賞者は、1位が現在のウィーン・フィルの首席奏者カール=ハインツ・シュッツ、3位がやはり現在のバイエルン放送交響楽団の首席奏者で、楽譜の校訂者としても知られるヘンリク・ヴィーゼなのですから、そのレベルの高さが分かります。なお、この時の第2位は瀬尾和紀さんでした。彼も小柄ですね。
シュッツは1975年生まれ、瀬尾さんは1974年生まれですから、彼らより1世代若いことになる1987年生まれのジャコーの場合も、やはり着実にランクの高いポストへと登ってきたようです。2006年には香港フィルの副首席、2008年にはサイトウ・キネン・オーケストラの首席、そして、2015年にはついに名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者に就任しました。
今回のCDでは、録音にちょっと難がありました。まるで1対のマイクだけしか使われていないような、なんともバランスの悪い音なんですね。それも、シロートがセッティングをしたのかと思えるほどのひどさ、オーケストラの打楽器ばかり騒々しく聴こえてくる中で、肝心のフルート・ソロは完全にオケの中に埋没しています。確かに、コンサートで実際に聴こえるのはこんな感じのバランスかもしれませんが、いやしくもフルーティストをメインに据えて制作されたアルバムであるのなら、とてもありえない措置です。
最初に演奏されていたのはライネッケ。フルートが冷遇されていたドイツ・ロマン派に於いては、フルーティストのレパートリーとしてはほとんど唯一といえるフルート協奏曲です。まず、ちょっとしたイントロのような形で聴こえてくるソロが、そんなバランスの中ではとても繊細なもののように感じられました。コンクール・ウィナーにしてはあまりにおとなしすぎる吹き方だったので、ちょっと拍子抜け。しかし、やがて現れる技巧的なフレーズでの正確無比な音の粒立ちには、さすが、と舌を巻いてしまいます。
イベールの協奏曲は、そんな彼の滑らかな技巧が存分に発揮されていて、すがすがしささえ感じられます。その分、第2楽章でのちょっと平板な歌い方は、録音とも相まって物足りません。ニルセンはさすが、オーケストラも堂に入ったものです。
ジャケットではゴールドの楽器ですが、ここではもしかしたら神戸で使っていたヘインズの木管を吹いていたのかもしれませんね。
c0039487_08122122.jpg

CD Artwork © Orchid Music Limited
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-17 23:24 | フルート | Comments(0)
THORESEN/Sea of Names
c0039487_21075294.jpg



Maiken Mathisen Schau(Fl)
Trond Schau(Pf)
2L/2L 127-SACD(hybrid SACD)




まるで「日本のお正月」という感じのこのジャケットですが、作ったのはノルウェーのレーベル「2L」です。今まで、この超ハイレゾのレーベルでは、合唱を主に聴いてきましたが、これはフルートとピアノによる室内楽です。2Lが本気になってフルートとピアノを録音するとこんなものが出来るという、まさにぶっ飛んだ音が聴こえてきます。
まずはフルート。以前のエミリー・バイノンの演奏などでもそれなりの素晴らしい音は体験していましたが、今回はそれとは全然違います。まるで、コンタクト・マイクでも使っているかのような、それこそ奏者の唇の動きや舌の動き、そして楽器から出ているすべての周波数の音が、もれなく生々しく聴こえてくる、というすごさです。それは、あたかも無響室で録音されたかのような、ノイズに至るディーテイルまでも詳細に聴き取れるものであるにもかかわらず、決して無機質には聴こえないふくよかさを持っているという、恐るべき録音でした。
ピアノも、まるで楽器の天板を外してその中に頭を突っ込んで聴いているような、途方もないリアリティを持った録音がなされています。したがって、スピーカーの間には低音から高音までの弦に当たるハンマー付近の音の粒が広がることになります。低音はまるで地の底から響いてくるような深さ、そして高音はアクションの音まで聞こえてきそうな繊細で粒よりの音色がとらえられています。最高音のあたりになると、もしかしたらプリペアされているのでは、とも思ってしまうほどの、日常的にピアノから聴きとっている音とは次元の違う音がしています。
ここでフルートのマイケン・マティセン・スカウと、ピアノのトロン・スカウの夫婦デュオによって演奏されるのは、ノルウェーの重鎮作曲家ラッセ・トゥーレセンの作品です。彼の合唱曲はこちらで聴いたことがありますが、確かなオリジナリティを持った逞しい作風だったような印象はありました。
しかし、ここでの器楽曲では、それとはまた別の印象、楽器のメカニズムを最大限に生かして、何物にもとらわれない自らの語法をしっかり伝えようとする姿勢が、とても強く感じられます。それはまず、フルートの特殊技法によって熱く表現されます。ピアノとの共演によるタイトル・チューン「Sea of Names」は、この二人によって委嘱された新作ですが、そこでは、このフルーティストは、そんな特殊技法を、まるでジャズ・フルーティストが演奏しているようなとてもフレンドリーな形で提供してくれています。それは、時には日本の尺八のようなテイストさえも演出して、さらに親密さを高めています。
フルートだけで演奏される「With an Open Hand or a Clenched Fist?」というのは、トゥーレセンが1976年に初めてフルート・ソロのために作ったものですが、そのテーマがなぜか1995年に作られることになる、やはりフルート・ソロのための武満徹の作品「エア」ととてもよく似ているのが面白いところです。ただ、武満はそのままの感じで終わりますが、こちらはそのあとに全く別の曲想の部分が入ります。これが、フルートを吹きながら足で結構難しいリズムをたたき続けるという「難曲」です。このあたりはもろノルウェーの民族音楽に由来するイディオムですから、これは武満には無関係。
ピアノとの共演で最後に演奏されている「Interplay」は、1981年にマニュエラ・ヴィースラーのために作られたものです。そのタイトルのように、最初のうちはフルートとピアノがそれぞれ単独に演奏し会っていますが、そのうちに互いに入り乱れて高揚する、という面白い曲です。
ピアノだけの作品も3曲紹介されています。最も新しい「Invocation of Crystal Waters」では、ジョン・ケージのように演奏者に委ねられた部分なども含めつつ、最後はフーガで締めくくるというユニークさ、さらに、彼が多大な影響を受けた「スペクトラム・ミュージック」の残渣が随所に感じられるざんす

SACD Artwork © Lindberg Lyd AS
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-03 21:10 | フルート | Comments(0)
MOZART, NIELSEN/Flute Concertos
c0039487_21021544.jpg

Juliette Bausor(Fl)
Jaime Martin/
Royal Northern Sinfonia
SIGNUM/SIGCD467




2016年の7月にロンドン・フィルの首席フルート奏者に就任したばかりのジュリエット・ボウザーが、まだロイヤル・ノーザン・シンフォニアの首席奏者時代、2015年の6月に、その頃の同僚をバックに録音した協奏曲のアルバムです。
彼女は1979年にウォリックシャーに生まれたイギリス人ですが、名前のスペルがフランスっぽいので、ジュリエット・ボソーと表記しているサイトがあって、それがネットでかなり拡散しているようです。でも、ここはやっぱり「ボウザー」ぐらいの方がいいような気がしませんか。というか、このナクソス・ミュージック・ライブラリーのいい加減な表記は生まれつきのものでしょうから、いまさらなくそす(なくす)ことは出来ないのでしょう。
ごく最近聴いたルーラントのアルバムでは、バッハとペンデレツキというとんでもないカップリングで驚かされましたが、その時は特に必然性はないただの偶然だったので安心したことがあります。しかし、今回のボウザーが選んだフルート協奏曲は、モーツァルトとニルセンですって。それを、2日間のセッションで録音しているのですから、これは最初から「狙った」選曲に違いありません。もはや、今の時代の音楽媒体では、モーツァルトの協奏曲だけをまとめるような名曲志向では、なかなか差別化が図れずに苦戦することは分かっているので、あえてこんな突拍子もない組み合わせで意表をつくことが必要になっているのかもしれませんね。
前半は、モーツァルトのト長調の協奏曲と、オーケストラとフルートのための「アンダンテ」、さらに、ヴァイオリン曲をフルートで演奏している「ロンド」という、まさに「フルート名曲集」といった趣のラインナップで迫ります。しかし、バックのロイヤル・ノーザン・シンフォニアは、かつてはフルーティストとしても活躍していたスペイン出身の指揮者、ハイメ・マルティーンの煽りに乗せられて、「名曲」としての振る舞いを放棄しているようでした。第1楽章のテーマなどは、シンコペーションでおとなしくフルートの伴奏を務めていればいいものを、ことさらその弱拍のアクセントで流れを断ち切ろうとしています。
それを迎え撃つボウザーのフルートも、やはり、爽やかに流れるようなものは期待できません。何か深い思慮に支えられたような、まるでモーツァルトって素直に楽しんではいけないものなのではないか、と思わせられるような吹き方にはたじろいでしまいます。そこで、一瞬聴きなれないフレーズが現れました。
c0039487_08380870.jpg
60小節目の最後から3番目の音符(A)が、1オクターブ高く演奏されていました。その2小節先で全く同じフレーズが出てくる時にはきちんと楽譜通りですから、もしかしたらそのような新しい楽譜が出ているのでしょうか。別にこれはライブ録音ではありませんから、もし仮に「吹き間違い」だったとしても、誰かは気が付くはずですし。
第2楽章はとても美しいメロディをたっぷり歌う、というのではなく、やはり内面を深く追及しているような「深さ」が感じられます。そして、第3楽章も軽やかさはあまり感じられません。
「アンダンテ」と「ロンド」も、そんな普段聞きなれた「モーツァルト」とはちょっと違う重ったるさがあったので、ちょっと辛くなりかけた時に、ニルセンが始まりました。これが、とても素直に心に入ってくるのですね。この曲は今まで何人ものフルーティストの演奏で聴いていましたが、その都度何か壁がはだかってあまりなじめない、という印象があったのですが、今回は全然違います。何がそうさせたのかは分かりませんが、それぞれの楽章のテーマはすんなり聴こえてくるし、それぞれの変奏もとても納得のいくものとして聴こえてきました。この人は、こういう曲で本領を発揮できるのかもしれませんね。この選曲が最初から狙ったものであったのなら、すごいことです。

CD Artwork © Sigunum Records Ltd.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-29 21:05 | フルート | Comments(0)
BACH, PENDERECKI/Concertos
c0039487_20190260.jpg


Tatjana Ruhland(Fl)
Rger Norrington, Alexander Liebreich/
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
COVIELLO/COV 91610(hybrid SACD)




シュトゥットガルト放送交響楽団の首席フルート奏者、タチアナ・ルーラントが、自分のオケをバックに従えて録音したバッハとペンデレツキです。とは言っても、こんなカップリングを最初から目指していたわけではないのでしょう。たまたま彼女の録音がたまってきたのでまとめて出してみようか、ぐらいのノリだったのでは。そもそも、元の録音はSWRで個別に行っていたものを、なぜかCOVIELLOがコンパイルしてリリースした、というような形態ですから、企画そのものの主体がいまいちわかりませんし。
ただ、ルーラント自身はどちらの作曲家にもシンパシーをもって演奏しているようですね。バッハはフルーティストでしたら当たり前ですが、ペンデレツキとも個人的に交流があって、演奏する時には彼とも曲について話し合ったりしていたそうです。ここで彼女が使っている楽器は、ペンデレツキの場合はムラマツの14K、バッハではパウエルの木管と、それぞれの様式に応じて使い分けています。ジャケットにはムラマツを持った写真が使われていますが、ブックレットの中ではパウエルのEメカ付きのH管と一緒に撮った写真です。
まず、2010年に録音されたバッハの「組曲第2番」が演奏されていますが、ここでの指揮者は当時の首席指揮者のノリントンです。ピリオド奏法などに造詣が深いと思われているノリントンですが、意外なことに彼の指揮するバッハの録音はほとんどありません。ですからこれはとても貴重なものではないでしょうか。そこでのノリントンは、他の作曲家で見せているような奇抜なアイディアはほとんど見せず(見せられず?)、いとも「平穏」なバッハを聴かせてくれています。テンポはかなりゆったりとしていて、思いっきりソロに歌わせるという、ほとんどロマンティックと言っても構わないほどの表現に終始しているようにさえ思われてしまいます。そんな中でルーラントが「序曲」などで取り入れている装飾音の音価の扱いなどは、今ではちょっと時代遅れのような感じのするものでした。「ブーレ」の中間部の装飾も、ちょっと機械的であまり閃きのようなものは感じられません。しかし、彼女のパウエルは、特に低音で得も言われぬ味を出していますね。
そして、2009年に録音されていたペンデレツキの「フルート協奏曲」では、指揮者はリーブライヒでした(いくらなんでも、ノリントンには無理でしょう)。ペンデレツキが作ったフルートとオーケストラの作品としては、初期の「前衛」時代の「フォノグラミ」が知られていますが、「穏健」時代になってからの作品では1992年にランパルのために作ったこの「フルートと室内オーケストラのための協奏曲」しかありません。これは、そのランパルによる録音(SONY)を始めとして、1997年のペトリ・アランコ盤(NAXOS)、2001年のデイヴィッド・アギラー盤(DUX)、2010年と2014年のウーカシュ・ドウゴシュ盤(NAXOS, DUX)などがありました。
なんとなく、ソロの書法などはニルセンのフルート協奏曲を思わせるような、とりとめのないスタイルをとっているようにも感じられますし、やはりニルセン同様、他の楽器との絡みが随所に表れて、オーケストラとのアンサンブルの妙が感じられる作品です。技巧的にもかなり高度のものが要求されていますから、フルーティストにとってもとってもやりがいのあるものでしょう。このルーラントの演奏では、フルート・ソロに絡み付くピッチのある太鼓のような楽器の音が、他の録音とはちょっと違って聴こえてきます。もしかしたら、これは太鼓ではなくチューバフォンだったのかもしれません。
最後に、本来は通奏低音が付くバッハのハ長調のソナタが無伴奏で演奏されていますし、そのあとに、こちらは最初から無伴奏だった「パルティータ」も演奏されています。これらは2014年の録音、いずれも、スケールの大きな伸びやかさが感じられます。

SACD Artwork © SWR Media Services GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-15 20:22 | フルート | Comments(0)
Flötenmusik von Komponistinnen
c0039487_23461935.jpg


Elisabeth Weinzierl(Fl)
Eva Schieferstein(Cem, Pf)
Philipp von Morgen(Vc)
THOROFON/CTH 2577




「Komponistinnen」というのは、作曲家という意味のドイツ語「Komponist」の女性形の複数です。つまり「女性作曲家たち」という意味ですね。古今の女性作曲家が作ったフルートのための作品を、自身も女性であるエリザベート・ヴァインツィエルという方が演奏しています。
取り上げた作曲家は全部で13人、バロック後期、18世紀のアンナ・アマーリアから、21世紀に作られた作品が披露されているクリスティアーネ・ブリュックナーまで、4世紀に渡るフルート音楽の変遷を楽しむことが出来ます。
フリードリヒ大王の妹であるアンナ・アマーリア皇女が作ったヘ長調のフルート・ソナタは、そのフリードリヒ大王との絡みであまりあ(たまには)登場することもある作品です。フルートと通奏低音のために作られていますから、伴奏はチェンバロとチェロによって演奏されています。ヴァインツィエルはモダンフルートを吹いています。ここでの彼女のアプローチは、バロック特有の刺激的な表現などはまず見られない、穏健なものです。いや、正直、ただ楽譜をなぞっているだけでさほど「表現」を込めないような演奏が彼女の身上なのでしょうか、なにか煮え切らないまどろっこさが感じられてしまいます。
続く、イタリアの女性作曲家、アンナ・ボンのト長調のソナタも、同じような穏やかな音楽としてとらえられているのでしょう。最後の変奏曲なども、いともお上品なサロン風の優雅さは漂うものの、やはり何か今聴くものとしては物足りなさが募ります。
19世紀に入ると、オーストリア出身のレオポルディーネ・ブラヘトカという人が現れます。彼女の「序奏と変奏曲」は、この時代、フルートという楽器が改良されたことによって多くの作曲家によって作られた技巧的な作品の一つ、あくまで華麗なテクニックを披露するという目的が勝ったものです。ですから、本当はこれ見よがしのハッタリ的な演奏のようなものの方が聴きばえはするのでしょうが、ここではあえて慎み深い女性的な語り口を大切にしているような気がしてなりません。
そして、20世紀になると、セシル・シャミナード、メラニー・ボニ、ジェルメーヌ・タイユフェール、リリ・ブーランジェという、「女性作曲家」について語られる場では必ず引き合いに出される人たちの作品が続きます。この中では、フルートを吹く人であればだれもが知っている「コンチェルティーノ」の作者シャミナードの「星のセレナード」が、過剰な表現を込めない等身大の女性の情感が披露されていて、和みます。
ここまでの7人は、ちょっと詳しい音楽史にはまず登場する人たちですが、それ以降、20世紀末から21世紀にかけての作品を提供している6人の作曲家たちは、全く初めて聞く名前の人ばかりでした。それぞれに、この時代ならではのさまざまな「新しい」作曲技法やフルートの演奏法が駆使されていて、インパクトのある作品ばかりです。バルバラ・ヘラーの「Parland」は、微分音が使われているような気がしたのですが、それは単に演奏家のピッチが低めだっただけなのかもしれません。グロリア・コーツの「Phantom」は、そのタイトル通りのおどろおどろしいフラッター・タンギングや息音までも動員するという激しい曲で、ヴァインツィエルはそれまでの慎ましさをかなぐり捨てての熱演を繰り広げています。
ドロテー・エーベルハルトの「Tra()ume」は、うって変っての折衷的な作風、キャロリーネ・アンシンクの「Epitaph für Marius」は、2002年にもなってまだ無調にこだわっている不思議な作品、アンネッテ・シュルンツの「tastend, tränend」は、ピアノの内部奏法の方が目立っていて、フルートは影の薄い曲です。
最後のブリュックナーの「Tsetono」になって、ネオ・ロマンティックの手法が出てきます。そうなると、またヴァインツィエルのおとなしい、というか、正直ぶら下がり気味のピッチがとても耳障りな欠点が、また目立つようになってきました。

CD Artwork © Bella Musica Edition
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-11-22 23:48 | フルート | Comments(0)
SHOSTAKOVICH/Flute Sonata
c0039487_20264937.jpg


Paul Lustig Dunkel(Fl)
Peter Basquin(Pf)
Tony Moreno(Perc)
MSR/MS 1554




ショスタコーヴィチのフルート・ソナタなんてあったかな?と思われるでしょうが、もちろんそんなものはありません。これは、ポール・ラスティグ・ダンケルという人が、ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタをフルート用に編曲して、自身で演奏したものです。そんな曲も含めて、このアルバムでは「世界初録音」の作品が4曲紹介されています。
全く知らなかったダンケルさんは、1943年に生まれたアメリカのフルーティストです。ということは昨年行われた録音の際には72歳だったことになりますね。現在でもニューヨーク・シティ・バレエ・オーケストラ(音楽監督はアンドリュー・リットン)の首席奏者を務めています。アメリカのオーケストラには定年はないのですね。ダンケルさんは、それだけではなく指揮者や作曲家としても活躍しているのだそうです。
そんな「生涯現役」を貫いているダンケルさんの演奏を、まずショスタコーヴィチの4つの楽章から成る大曲から聴いてみることにしましょう。それは、とてもそのような高齢者の演奏とは思えないような、しっかりとしたものでした。低音から高音までとても美しい音にはムラがありませんし、息のコントロールが巧みで、かなり長いフレーズもノンブレスでしっかり吹ききっています。1、3楽章のゆったりとした音楽はとても甘く歌い、2、4楽章の技巧的なフレーズでは、とことんアグレッシブに迫って、技術的な破綻など微塵も感じられません。これは、驚くべきことです。あのドナルド・ペックがシカゴ交響楽団を引退したのは、69歳の時でしたからね。ジェームズ・ゴールウェイは70歳を過ぎた現在でも演奏活動は続けていますが、もはや往年の勢いはありませんし。
2曲目は、ダンケルさんが2014年に作った「Quatre visions pour quatre flutistes」という、文字通り4人のフルーティストのための4つの小品です。なんでも、この作品は、彼が昔参加したウィリアム・キンケイド(この人も、往年の名人)のミュージック・キャンプに参加した時の想い出がモティーフになっているのだそうです。そこでは、たくさんのフルーティストたちがオーケストラ・パートの難しいフレーズや、エチュードなどを吹きあっていました。そんな情景が思い浮かぶのが、たとえば、1曲目の「La cage des oiseaux」。タイトルは、オーケストラのオーディションではよく吹かされるはずのサン=サーンスの「動物の謝肉祭」の中のフルート・ソロのタイトルですね。それをみんなが吹いている中から、「牧神の午後」とか「ダフニス」に登場するソロの断片が聴こえてくるという、フルーティストならではのぶっ飛んだ発想の曲です。他の曲も、「La nuit des faunes」とか「Taffanel et Chloe」といった、フルートを吹く人なら思わずニヤリとしてしまうようなタイトルが並んでいます。
共演しているのは、すべてダンケルさんの同僚、ニューヨーク・シティ・バレエ・オーケストラのメンバーです。ダンケルさんの無茶振りに温かく付き合っているというのがほほえましいですね。
次は、トニー・モレロというやはりダンケルさんのお友達の打楽器奏者の2011年の作品「Episodes
for Flute and Percussion」です。なんでも、「フィボナッチ数列」によって作られているのだそうですが、そんな面倒くさいことは全く感じられない、まるでアンドレ・ジョリヴェの作品のような原始のエネルギーに満ちた作品です。フルートが奥まって聴こえてくる音像設定もあって、メインは打楽器であるかのように感じられます。
最後も、やはり友人のタマル・マスカルが作ったフルートとピアノのための2つの作品。「Sof」は元は歌だったものをフルートのために作り替えたもので、とても甘いメロディが心に染みます。もう1つの「Mechanofin」は、変拍子を多用した17分以上の大曲。まさに体力勝負といったこのミニマル・ピースも、ダンケルさんはなんなくこなしています。この歳でこんなにタフなのは、やはりユンケルのおかげなのでしょうか。

CD Artwork © MSR Music LLC
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-11-17 20:29 | フルート | Comments(0)
BACH/Sonatas for Flute and Harpsichord
c0039487_20170264.jpg



Pauliina Fred(Fl)
Aapo Häkkinen(Cem)
NAXOS/8.573376




J.S.バッハが作った「フルート・ソナタ」というものが一体何曲あったのかなどということなど、そなたには分からないじゃろう。今までに長いこと議論の対象になってきて、最近では「4曲」というのがほぼ定説として固まっているような感触はありますけどね。
それと、最近の傾向ではもはやバッハをモダン楽器で演奏するのはやめにしよう、という声がかなり大きくなっているようです。かろうじてピアノあたりではまだまだモダン楽器の存在意義は失われてはいませんが(なんたって、一番売れているCDがグールドのものですから)、フルート・ソナタをピアノ伴奏で演奏するというのは、かなり恥ずかしいことなのではという認識はかなり広がっているのではないでしょうか。今では昔の「フラウト・トラヴェルソ」で演奏しているコンサートや録音の方が、モダン・フルートよりもずっと多くなっているはずです。
というわけで、今回のCDもトラヴェルソとチェンバロによる演奏です。ただ、タイトルにあるように、伴奏は「ハープシコード」だけ、通奏低音と演奏されると指定されている曲でも、低音弦楽器が入ることはありません。ただ、ここでユニークなのは、その「ハープシコード(つまりチェンバロ)」を3台と、さらには「クラヴィコード」を1台用意して、都合4台の楽器がそれぞれの曲を伴奏する、ということです。
BWV1030(ロ短調)、とBWV1031(変ホ長調)、そしてBWV1034(ホ短調)という、おそらくバッハのフルート・ソナタの中では最も演奏頻度のランクが上位になっているはずの3曲では、18世紀のハンブルクのチェンバロ製作者ヒエロニムス・アルブレヒト・ハスの楽器のコピーが使われています。ただ、この録音ではチェンバロにやたら近接しているマイクを使っていて、あまりに生々しい音になっているのに驚かされます。その結果、トラヴェルソとのバランスがとても悪く、最初の2曲のようにチェンバロの右手とトラヴェルソが互いにテーマを歌いかわすという「トリオソナタ」の形の作品では、その構造が全く見えてきません。さらにチェンバロの音色も、まるでモダン・チェンバロのようなパワフルなものになっていますから、違和感は募るばかり、そこに持ってきて、このチェンバリストの演奏がやたらと持って回った歌い方をさせているものですから、ちょっと気分が悪くなってしまうほどです。
BWV1032(イ長調)になると、チェンバロはイタリアの楽器(製作者は不明)のコピーに代ります。これは、それまでの楽器とはがらりと変わった、ヒストリカル・チェンバロらしい繊細な音が聴こえたので一安心です。それが楽器のせいなのか、録音のせいなのかはわかりませんが、これでやっとバッハの音楽を聴いているような気持ちに慣れました。この曲では第1楽章の途中から楽譜がなくなってしまっているのですが、その部分の修復案として、一度頭まで戻って、途中にやはり今まで出てきた経過のパッセージを挟んで最後につなげるという、バッハが実際に作った素材のみでの方法をとっていました。
そして、3台目のチェンバロは、モデルは明示されていませんが、通常の金属弦ではなくガット弦を張った「リュート・チェンバロ」と呼ばれる楽器です。これはもうまさにリュートのような柔らかい響きですから、その違いははっきり分かります。というか、このぐらいの楽器になってやっとトラヴェルソとのバランスが取れるというのですから、このエンジニアはどんな耳をしているのでしょう。この楽器で演奏されているのが、最もJ.S.バッハらしくないと思われているBWV1033のハ長調のソナタです。
最後には、チェンバロではなくクラヴィコードの登場です。この楽器は、ドイツの名工を輩出したシードマイヤー一族のもののコピー、この名前は今でもチェレスタやキーボード・グロッケンシュピールのメーカーとして知られています。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-09-29 20:22 | フルート | Comments(0)
KROMMER/3 Flute Quartets
c0039487_22540961.jpg

Andreas Blau(Fl)
Christopher Streili(Vn)
Ulrich Knörzer(Va)
David Riniker(Vc)
TUDOR/7199




昨年ベルリン・フィルを定年退職したアンデレアス・ブラウが、その直前、2014年の12月から2015年の2月にかけて彼の「同僚」と一緒に録音したクロンマーのフルート四重奏曲集です。
ブラウがこのオーケストラに入団したのは1969年、あのジェームズ・ゴールウェイと「同期」でした。彼が生まれたのは1949年でしたから、その時はまだ20歳だったんですね。以来半世紀近く、このオーケストラの首席フルート奏者として常に第一線で活躍してきました。
古典派前期に活躍したボヘミア出身の多くの作曲家たちの一人、という程度の認識しかされていないフランツ・クロンマーは、1759年にモラヴィアのカメニュイツェに生まれていますから、モーツァルトの3歳年下になります。独学で作曲を修め、音楽教師になろうと1785年にウィーンに出てきますが、その頃はモーツァルトの「フィガロの結婚」やハイドンの弦楽四重奏曲が音楽愛好家たちの間の格好の話題で、彼のような田舎者の出る幕はありませんでした。そこで彼は、それから10年間ハンガリーに行ってさらに音楽修行を重ねることになるのです。苦労マンなんですね。
そして、1795年に再びウィーンに戻り、彼に目を付けた出版業者ヨハン・アンドレによってそれまで書き溜めた作品が数多く出版されることになります。クロンマーの作風は当時のウィーンで隆盛を誇っていたベートーヴェンやシューベルトにはちょっとついていけないと感じていた聴衆、特にアマチュアの音楽家達には非常に好評を博し、楽譜は良く売れたのだそうです。そして1818年にはハプスブルク家の宮廷作曲家に就任し、1831年に没するまでその地位にありました。
このCDで演奏されているのは、出版された際に90、92、93という作品番号が付けられた3つのフルート四重奏曲です。それぞれ4つの楽章から成るかなり大規模な作品です。確かに、ベートーヴェンほどの緊密さはないものの、構成は非常に巧みで、この作曲家が同時代の巨匠たちに引けを取らないスキルを持っていたことがうかがえます。テクニック的にも、メインのフルートのパートはかなり技巧的な面もありますから、ただの「アマチュア」では吹きこなすことは難しいのではないでしょうか。というより、当時の「アマチュア」、あるいは「ディレッタント」達の技量は、実はかなりのものであったという証なのかもしれません。
この3曲の中でちょっとユニークだと思えるのが、作品90の四重奏曲です。まず、楽章の並び方も、他の2曲のような「アレグロ-アダージョ-メヌエット-プレスト」という、当時の交響曲によく見られるものではなく、第2楽章がメヌエット、第3楽章がアダージョという、まるでベートーヴェンの最後の交響曲のような配列になっています。それぞれの楽章もとても魅力的、第1楽章はフルートがメインテーマをオブリガートで装飾するという意表を突くやり方で始まりますすし、エンディングも終わるかに見せてなかなか終わらないというサプライズ仕上げ。第2楽章のメヌエットは、時折ヘミオレが入ってめまぐるしくリズムが変わり、とてもかわいいトリオが付いています。第3楽章は、しっとりとしたテーマがフルートだけでなくヴァイオリンによっても歌われます。そして第4楽章では、あくまでロマンティックなテーマによって、各楽器のスリリングなバトルが繰り広げられています。
もう一つ、作品92の終楽章のロンドのテーマが、メンデルスゾーンの「おお、ひばり」とそっくりなのも、和みます。
ブラウは、おそらく木管の楽器を使っているのでしょう。とてもくつろいだ雰囲気で、オケの中とはちょっと違った面を見せてくれています。テクニックは完璧、細かいスケールや幅広い跳躍など、軽々と吹くさまは見事です。ただ、さっきの作品90の第3楽章のようなゆっくりとしたところでは、もうちょっと深く歌いこんでも、この作曲家の音楽は十分に応えてくれるような気がします。

CD Artwork © Tudor Recording AG
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-07-26 22:56 | フルート | Comments(0)
KHACHATURIAN, RAUTAVAARA/Flute Concertos
c0039487_20271672.jpgSharon Bezaly(Fl)
Enrique Diemecke/
São Paulo Symphony Orchestra
Dima Slobodeniouk/
Lahti Symphony Orchestra
BIS/BIS-1849(hybrid SACD)




シャロン・ベザリーの最新アルバム、ただ、ここに収録されている2曲のフルート協奏曲のうち、ラウタヴァーラは2014年の録音ですが、ハチャトゥリアンの方は2010年、録音スペックがまだ24bit/44.1kHzだった時代です。
そのハチャトゥリアンは、オリジナルのヴァイオリン協奏曲をランパルがフルートのために編曲した楽譜で演奏されています。ということは、曲の出だしがフルートにとっては必ずしも得意とは言えない低音によるテーマで始まることになります。そうなると、彼女の場合はそれほど魅力が感じられない、どこにでもいるフルーティスト、という感じがしてしまいます。しかし、何しろ、どんなところでも「循環呼吸」を使って、決してブレスで音を切ることはない、という彼女ですから、細かい音符が続くところでは、まさにオリジナルのヴァイオリンさながらに、全く均等に休みなく音符を並べるという芸当が軽々と出来てしまいます。これは、ある意味感動的、これで、息を吸う音が聴こえなければ完璧なのですが。
もう1曲、フィンランドの重鎮作曲家、ラウタヴァーラのフルート協奏曲が作られたのは1973年のこと、このレーベルの創設者だったロベルト・フォン・バールと、その奥さんでフルーティストのグニラ・フォン・バールからの委嘱によるものでした。そうなんです。フォン・バールの最初の奥さんも、実はフルーティストだったのですよ。しかし、この二人は1977年に破局を迎えてしまいます。なんでも、彼女は2013年にお亡くなりになったそうです。
フォン・バールは1979年に2人目の妻を迎えますが、彼女とも2001年に離婚、翌年に3人目の妻となったのが、30歳以上年下のベザリーだったのです。つまり、一人目の妻が委嘱した作品を、彼女が亡くなった翌年に3人目の妻が録音した、ということですね。
しかし、この作品がこのレーベルに録音されたのは、これが最初ではありません。1995年にペトリ・アランコが、今回と同じラハティ交響楽団をバックに録音しているのです。
c0039487_13400432.jpg
(BIS-687)

これがリリースされた時に、「Dances with the Winds」というサブタイトルが付け加えられることになりました。
さらに、タイトルそのものも、正確には「Concerto for Flutes and Orchestra」と、独奏楽器が「フルーツ」と複数表示になっています。つまり、ここではピッコロ、普通のフルート、アルト・フルート、バス・フルートという「4本」のフルートが使われているのです。果物じゃないですよ。もちろん、いくら名人でもいっぺんに4本は吹けませんから、順次持ち替えて、1本ずつ吹くことになるのですが。アランコももちろん、そういうやり方で4種類の楽器を操って、4つの楽章から成るこの作品を演奏していました。しかし、ベザリーが今回録音したのは、このオリジナル・バージョンの他に、なかなかこの4種類の楽器、特にバス・フルートは楽器も珍しく、それに習熟する機会もなかなかないということで、もっと手軽に演奏できるようにとの演奏家たちの要望に応えて作曲家がバス・フルートのパートをアルト・フルートに吹かせるようにした「改訂版」でした。正確には、第1楽章と第4楽章だけに、普通のフルートと持ち替えてバス・フルートが使われるシーンがありますから、その楽章だけが改訂されています。ピッコロだけで演奏される第2楽章と、アルト・フルートだけの第3楽章はそのままです。このアルバムでは「オリジナル版」と「改訂版」がそれぞれ全曲収録されていますが、おそらく2、3楽章は全く同じ音源が使われているのでしょう。
ですから、「改訂版」を聴く時には、その楽章はスキップしても構いません。というか、この曲ではバス・フルートがこの楽器ならではの深い音色と低音でしっとりと歌い上げる部分が最も美しいのに、それを別の楽器に替え、肝心の低音をカットして別の音に変えてしまった「改訂版」には、何の価値も見出せません。それと、アランコに比べるとベザリーのピッコロはとてもお粗末。

SACD Artwork © BIS Records AB
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-06-23 20:30 | フルート | Comments(0)
Emigrantes/Flute Music from Argentina
c0039487_20143545.jpg



Elena Yarritu, Paulina Fain(Fl)
Exequiel Mantega(Pf)
MSR/MS 1591




アメリカの西海岸を拠点にして、ソロやアンサンブル奏者、あるいは教師として活躍しているフルーティスト、エレナ・ヤリトゥが、アルゼンチンの作曲家の作品を演奏しているアルバムです。彼女は、日本人を母親、スペイン/バスク系アメリカ人を父親として日本に生まれ、その後アメリカで育ちます。
彼女は、アルゼンチンの作曲家でアメリカにも活動拠点を持っているピアニストのエゼキエル・マンテガと親交があって、彼の才能を高く評価しているのだそうです。全てが世界初録音となるこのアルバム、その前半では彼の作品が演奏されています。
最初が、アルバムタイトルとなっている「移民」という、ピアノとフルートのための、3つの部分から成る作品です。これは、イスラエル人のヤリトゥの夫の実家に行った時の彼女自身の体験が元になっています。1925年に撮影されたという古い家族の写真を見て、そこに写っている人たちがその後の第二次世界大戦中にたどる運命に思いを馳せたことが、彼女に新しい作品を作らせる動機となりました。2013年に彼女がマンテガの元を訪ねて新しいフルート曲を作ってほしいと頼んだ時にこの話をすると、作曲家はたちどころにその最初の部分のテーマを作ってしまったのだそうです。それは、短調で作られた物悲しいメロディ、その「移民」たちの深刻な運命を物語るようなものでした。次の部分になると、曲調はガラリと変わり、アルゼンチンの民謡を引用した子守唄のようなものになります。そして、最後はとても明るいイケイケの音楽で、全体が閉じられます。
次に演奏されているのは、アルト・フルートとピアノのための「ラクダ」という作品です。ここでは、ちょっと鄙びた、まるで尺八のような音色のアルト・フルートによって、ラクダの行き交う広々とした草原の情景が描かれています。
マンテガの最後の作品は、フルート四重奏曲「松明」です。これは、C菅のフルート2本とアルト・フルート、バス・フルートのために作られたものですが、それを多重録音によって彼女ともう一人、作曲者のパートナーであるタンゴ・フルートの第一人者、パウリナ・ファインとの二人で演奏しています。タンゴのイディオムをふんだんに盛り込んだ、とても楽しい曲ですが、かなり難易度は高そう、しかし、この二人はやすやすとそれぞれ2人分のパートを見事に吹ききっています。
後半は、アルゼンチンを代表する作曲家、アストル・ピアソラの曲です。ただし、それはオリジナルではなく、マンテガによって編曲されたバージョンです。まずは、フルーティストにとっては「タンゴの歴史」とともに必須アイテムとなっている「タンゴ・エチュード」。もちろん、これは練習曲なので一人で吹くために作られたものなのですが、マンテガはそこにもう一つの声部を書き足しているのです。オリジナルは1987年にHENRY LEMOINEから出版されています(2006年にはピアノ伴奏が付けられました)が、こちらのバージョンも同じ出版社から2014年にリリースされました。
これも、先ほどのファインとのデュエットです。オリジナルのパートはそれぞれ1番フルートと2番フルートに振り分けられていますから、それぞれのプレーヤーは主旋律と対旋律とを両方吹くことになります。ですから、そこでそれぞれのキャラクターがはっきりしてくるはずなのに、この二人は恐ろしいほど音色や奏法を揃えてきているので、いったいどちらがどのパートなのかは全くわかりません。右チャンネルの人の方が少し旋律を崩して歌っていたりしますから、こちらがファインなのでは、と思うのですが。
最後は、やはりピアソラの有名な、タンゴ・バンドのための「Concierto para Quinteto」を、マンテガがフルートとピアノに編曲したものが演奏されています。
聴き終わってみると、二人のフルーティストの荒っぽい迫力に、ぐったりしてしまいました。お上品な人にはタンゴは吹けませんね。

CD Artwork © Elena Yarritu
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-05-28 20:20 | フルート | Comments(0)