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カテゴリ:オーケストラ( 536 )
DVOŘÁK/Symphony No.9 and other works
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Miklós Perényi(Vc)
András Keller/
Concerto Budapest
TACET/S 250(hybrid SACD)



現在では、SACDやBD-Aで簡単にサラウンド再生が出来るようになっていますが、もはや1970年台のようにオーケストラをスタジオで何日か拘束して録音するにはあまりに経費がかかりすぎるようになってしまっていました。
ですから、サラウンドに対応したオーケストラの録音は実際のコンサートをライブ録音するしかなく、単にホールで聴衆として聴いているのと変わらない音場設定のものしかありません。今回のSACDのように、きちんとサラウンド用の設定でのフル・オーケストラの録音は、このTACETのようなマニアックなレーベルに頼る他はないのが現状なのです。
しかし、そうは言ってもベルリン・フィルやウィーン・フィルといったメジャーなオーケストラを使うほどの予算はないのが悲しいところです。結局、ここで登場したのは「コンチェルト・ブダペスト」という、全く聞いたことのない名前のハンガリーのオーケストラでした。
しかし、ブックレットによると、このオーケストラはなんと100年以上の伝統のある立派な団体だということなのですね。でも、例えば音楽之友社から出ていた世界のオーケストラを紹介したムックなどを見てみても、そんな名前のオーケストラはありません。ブックレットでも「2007年に今の名前に変わった」とありますから、以前は別の名前で活躍していたのでしょう。なんせ、このオーケストラの公式サイトでも、その由来についてはあいまいな表現しかありませんからね。
しかし、丹念に調べてみると、このオーケストラの「正体」が分かりました。そもそもの母体は、1907年に創設された「ポシュターシュ・シンフォニーオーケストラ」という団体でした。「ポシュターシュ」というのは、スープではなく(それは「ポタージュ」)、「郵便」という意味、当時の郵便事業者がスポンサーになっていたのでしょう。
そののち、1990年にスポンサーが「ポシュターシュ」から「マターヴ」という会社に変わったことで、オーケストラの名前も「マターヴ・シンフォニーオーケストラ」となりました。さらに「マターヴ」が「マジャール・テレコム」と名前をかえたため、オーケストラも「マジャール・テレコム・シンフォニーオーケストラ」と呼ばれるようになります。しかし、このオーケストラは、マジャール・テレコムからの支援金が減額され、財政的に困難になり、近年ではほとんど解散状態に陥っていたのだそうです。
それを救ったのが、ハンガリーのヴァイオリニストで、ケラー弦楽四重奏団のリーダーを務めていたアンドラーシュ・ケラーでした。彼は指揮者としても活躍していましたが、2007年にこのオーケストラの音楽監督に就任、名前も「コンチェルト・ブダペスト」と変えて、心機一転、生まれ変わったオーケストラを徹底的に鍛錬することになったのです。なんでも、その頃は団員は無給でリハーサルを行っていたのだとか。
それが、2009年にはついにコンサートを開けるようになり、2016年にハンガリーのレーベルHUNGAROTONからリリースされたデーネシュ・ヴァーリョンによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集では、バックのオーケストラを務めています。さらに、このTACETレーベルからも、すでに2019年の1月にブルックナーの「交響曲第9番」のSACDをリリースしています。
ここで演奏されているのは、ドヴォルジャークの「新世界」とスラブ舞曲を3曲(OP.46-5,6,8)と、チェロのミクローシュ・ペレーニをソリストに迎えて「杜の静けさ」と「ロンドト短調」です。
オーケストラだけの曲では、弦楽器がリア、木管楽器がフロント、金管はトランペットがフロントでトロンボーンがリアという音場です。弦楽器がなんとも潤いに欠ける音なのと、1番フルートの音程がかなりアバウトなのが気になります。それでも、音楽自体は適度の推進力を持って、スマートに進んでいます。
チェリストが入った曲では、弦楽器はフロント。こちらのほうが、全体的に柔らかな音色で録音されています。

SACD Artwork © TACET

by jurassic_oyaji | 2019-08-01 21:33 | オーケストラ | Comments(0)
FIREBIRD
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冨田勲
VOCALION/CDSML 8558(hybrid SACD)


冨田勲のシンセサイザーによるカバーアルバムの第3集、1975年に録音された「火の鳥」です。1976年にアメリカのRCAからLPがリリースされたときには、2チャンネルステレオ版と4チャンネル版の2種類がありました。もちろん、今回のハイブリッドSACDでは、その両方のモードが楽しめます。
その4チャンネル版は、冨田のオリジナルのミックスによるマスターテープから、マイケル・ダットンがリマスターを行ってサラウンド再生ができるようになっています。前回リリースされた「ダフニスとクロエ」同様、当時は4チャンネルでは聴くことが出来なかったものが、しっかりサラウンドで楽しむことが出来ます。
ここで演奏されているのは、ストラヴィンスキーの「火の鳥」の1919年版組曲、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、そしてムソルグスキーの「はげ山の一夜」のリムスキー=コルサコフ版です。ドビュッシーにはとりあえず異稿はありませんが、ストラヴィンスキーとムソルグスキーにはそれぞれ何種類かのバージョンが存在しているというのは現在の常識です。しかし、1975年当時にはそんなことはほとんど問題にされておらず、ここで冨田が使ったバージョン以外の選択肢はまずなかったことが、この選曲でまず思い出されます。
というより、これ以前にリリースされていた2枚のアルバム、「月の光」と「展覧会の絵」は、それぞれドビュッシーとムソルグスキーのピアノ曲を元にして「編曲」が行われていました。いや、正確にはシンセサイザーのための「オーケストレーション」ですね。「展覧会の絵」の場合はラヴェルによるオーケストレーションがとても有名ですが、ここでは冨田はそれとは全く別なアイディアによって作業を行っていたはずです。
つまり、オリジナルはピアノによるモノトーンの世界だったものを、シンセサイザーで色彩豊かな音色に変化させるということで、冨田の手腕が評価されていたのではないでしょうか。
しかし、この3枚目のアルバムでは、全てオリジナルはオーケストレーションが終わった状態で世に出ていたものですから、すでに人々はその色彩感を味わっているわけですね。そこでシンセサイザーによるバージョンを世に問うた時には冨田はかなりのプレッシャーを感じていたのではないでしょうか。そこでは、単にオーケストラの個々の楽器のパートを、シンセサイザーの一つのトラックで置き換えるだけでは済まされなくなってくるはずですからね。
その結果、出来上がったもののサウンドは、オリジナルの作品からは想像もできないようなものになってしまいました。もちろん、それが冨田のオリジナリティなのですから、世の中からは圧倒的な支持を得られ、アルバムチャートも、そしてセールスも驚異的な成果を上げていたのです。
実は、個人的にはこの3曲は全て所属しているオーケストラで演奏したことがありました。しかも、「火の鳥」と「はげ山の一夜」はほんの1年ちょっと前の事でしたから、まだまだ生々しいオーケストラのオリジナルのサウンドが耳の中に残っています。
ですから、ここでの冨田のシンセサイザーによるオーケストレーション、その、もはや音符そのものが持つ意味さえも作曲家の手から離れて、彼らが行った緻密なオーケストレーションそのものが完全に否定されている姿を見る時には、なんとも言えない喪失感を味わうことになるのです。一つの作品がオーケストレーションまで含めてのところで完成形であることを知っているものにとっては、冨田の仕事は作曲家に対する冒涜としか思えません(反省せえ!)。
とは言っても、そんな気まぐれの産物でしかないフレーズとアーティキュレーション、そしてエンヴェロープを持った音たちが、予想もしなかった方角から突然聴こえてきたときの新鮮な驚きには、いくばくかの魅力を感じないわけにはいきません。もちろん、それは繰り返して聴くことには耐えられないほどの小芝居にすぎません。

SACD Artwork © Vocalion Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-07-27 21:50 | オーケストラ | Comments(0)
BERLIOZ/Symphonie fantastique, Fantaisie sur la Tempéte de Shakespeare
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Andrew Davis/
Toronto Mendelssohn Choir(by David Fallis)
Toronto Symphony Orchestra
CHANDOS/CHSA5239(hybrid SACD)


毎年恒例のイギリスの音楽祭「BBCプロムス」の最後を飾るBBC交響楽団によるコンサート、「ラスト・ナイト」の模様は、日本でも毎回BSで放送されていますね。
昨年の「ラスト・ナイト」もやはり大分前に放送されていました。その時の指揮者は、かつてのこのオーケストラの首席指揮者のアンドルー・デイヴィスでした。彼は1989年から2000年までこのポストにありました。なんでも、このオーケストラの創設者のエイドリアン・ボールトに次いで2番目に長い在勤期間なのだとか。
ですから、この「ラスト・ナイト」のかつての放送でもたびたびお目にかかっていたことになります。それ以前もこのオーケストラとは縁が深く、おそらく最も多くこのコンサートの指揮をしていたのではないでしょうか。現在は桂冠指揮者になっていて、このコンサートからは遠のいていたようですが、2018年9月8日に、18年ぶりに指揮者として登場していたのですね。
そのコンサートが始まり、何曲かが演奏された後に、次の曲の紹介でMCの女性が「ベルリオーズの『シェイクスピアのテンペストによる幻想曲』をお送りします」と言っていました。それは、初めて聞く曲名だったのですが、なんとなくどこかで聞いたこともあるような気もしていました。
その曲が始まった時、「あれか!」と思いました。それは、なにかと縁のあるベルリオーズの「レリオ」の中で最後に演奏される曲だったのです。とても懐かしい思いで、その映像を楽しみました。
そして、その直後、2018年9月20-22日にトロント交響楽団と録音したのが、このアルバムの最初に演奏されているトラックです。デイヴィスのBBCの前のポストがこのオーケストラで、1975年から1988年まで首席指揮者を務め、今ではやはり桂冠指揮者となっているという関係なのですね。
もしかしたら、ロンドンでの演奏はこの録音のためのゲネプロのような位置づけだったのかもしれません。あの時の歓声を受けて、これなら、録音してもいいかも、と思ったのだ、とか。
そもそも、「レリオ」に使われた曲は、それ以前に単独で発表したものばかりです。「幻想交響曲」の後日譚というコンセプトでこの作品に取り掛かった時には、ナレーターによるモノローグこそ新しく執筆していますが、音楽に関しては、作ってはみたもののいまいち評判は芳しくなかったものの「再利用」だったのですね。というか、既存の曲を生かすためにナレーションをでっち上げた、という感がないでもありません。この「シェイクスピアのテンペストによる幻想曲」にしても、この作品全体の中では作曲への情熱を取り戻した作曲家(レリオ)が、新しい曲を作ったのでそのリハーサルを行うというシチュエーションで演奏されるのですからね。
この曲では合唱が加わります。その編成がソプラノ、アルト、テナーだけでベースを欠いているというのがとてもユニークです。そんな軽やかな雰囲気を持つ部分と、それとは対照的に暴力的な部分も混在しているというのも、この曲の魅力です。
ですから、この曲は単独で演奏されても充分にその存在価値を示すことが出来るはずです。それが、このデイヴィスの一連のパフォーマンスで証明されたのではないでしょうか。「レリオ」自体はなかなか演奏される機会はありませんが、これからはこの曲だけが独立して演奏される機会が増えそうな予感がするのですが、どうでしょう。
ただ、今回のSACDでは、この合唱が「プロムス」の時に比べるとちょっと物足りませんでした。もっと借りたいのに(それは「プロミス」)。
カップリング(笑)の「幻想交響曲」は、適度にパッションが感じられるものの、全体としては穏健な演奏だったのではないでしょうか。最近は第2楽章にコルネットのオブリガートが付いている演奏はほとんど聴かれなくなりましたが、ここでもやはりありませんでした。全集版ではこのパートは割愛されているので、もはや取り上げる人はいなくなったのでしょう。

SACD Artwork © Chandos Records Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-07-20 07:49 | オーケストラ | Comments(0)
DVOŘÁK/Sympnony No.9, IVES/Washington's Birthday, COPLAND/Quiet City
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Christoph König/
Solistes Européens Luxemburg
RUBICON/DRC1037



これまでにベートーヴェンシューベルトと続いた後のケーニッヒとソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクのニューアルバムは、当然のようにドヴォルジャークの「交響曲第9番 新世界より」でした。
そして、そのカップリングもこれまで通りの意表を突く選曲、今回は「新世界」つながりで、19世紀のドヴォルジャークに対して20世紀の「新世界」、つまりアメリカの2人の作曲家の作品をぶつけてきましたよ。
まずは、チャールズ・アイヴズの「祝日交響曲」の第1楽章、「ワシントンの誕生日」です。アイヴズは、本業は保険会社の経営で作曲は副業だったというユニークな作曲家ですが、その作品も当時としてはとても斬新なものでした。時折、思い出したように「ブーム」になりかけたりはするのですが、それもすぐに立ち消えになって、相変わらずのマイナー感は彼にはつきまとっています。そんな中で、この「ワシントンの誕生日」だけは、一部の人には熱烈な支持を受け続けていて、ほとんどアイヴズの代表曲のようにもなっています。
この曲が作られたのは1909年ですから、1世紀以上前のことですが、ここには今聴いてもとても新鮮に感じられるアイディアが満載です。いや、もしかしたら、それまでにはなかったものを作り上げた、という点では、現代の行き場を失った音楽よりもはるかに実りのある音楽として、より高度の先進性をそなえているのではないでしょうか。
曲の始まりは、なんともつかみどころのない混沌とした世界が広がります。その表現手法は、調性音楽への挑戦ではありますが、決して「無調」ではなく「多調」というあたりがユニークです。
しかし、その次のパートになると、いきなり俗っぽいダンス音楽が始まります。それは、アメリカの田舎でよく歌われている歌たちのサンプリング、そこでは「ジューズハープ」と呼ばれるけったいな音色の楽器も登場して、ダンスを盛り上げます。ただ、その背景では、全く無関係な音楽が静かに流れているというのが、とても不気味。
そして、最後にまた静かな情景が戻ってきます。そこにフルート・ソロで「I've Got Sixpence」、あるいは「Good Night, Ladies」とも呼ばれる愛唱歌のメロディが歌われ、それが次々に他の楽器に受け継がれて、曲は静かに終わります。
もう1曲の20世紀アメリカの音楽は、エーロン・コープランドの「クワイエット・シティ」です。もともとはアーウィン・ショーが作った戯曲の音楽として作られましたが、その上演は失敗に終わったため、その音楽だけをコープランドが1楽章の音楽として再構築したものです。トランペットのソロや、それにまとわりつくコールアングレが大都会の夜のけだるさを表現しています。ある意味、猥褻(「ソープランド」ですから)。
このアルバムの構成としては、この2曲を最初と最後に置いて、その間に「新世界交響曲」が演奏されるようになっています。つまり、紛れもない「アメリカ」の姿が投影されている曲の間で、アメリカ音楽からの多少なりの影響が見られるとされるこのボヘミアの作曲家の作品を聴かせることによって、ここからそれまでごく普通に感じられていたものとは異なる情感を伝えたい、というのが、ケーニッヒをはじめとした製作者たちの意図だったのではないでしょうか。
そのような目論見に与したのかどうかは分かりませんが、ここでの「新世界」の演奏は、極力大げさな仕草は控えて、作品そのものの持っているメッセージをあるがままに伝えようとしているように聴こえます。金管楽器による第2楽章のコラールも、第4楽章のファンファーレも、とても淡白で押しつけがましいところは全くありません。
とは言っても、やはり中にはプレーヤーとしての矜持とでもいうか、やはり主張は出したいな、という人もいるようで、ティンパニ奏者あたりは目立ちたいという欲望を抑えきれなくなっているのでは、という感じが伝わってくるような気がします。なんたって、第3楽章では、明らかに自分のリズムを優先していましたからね。

CD Artwork © Rubicon Classics

by jurassic_oyaji | 2019-07-13 21:52 | オーケストラ | Comments(0)
BERLIOZ/Symphonie fantastique, Lério
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Cyrille Debois(Ten), Florian Sempey(Bar)
Ingrid Marsoner(Pf), Jean-Philippe Lafont(Nar)
Philippe Jordan/
Wiener Singverein(by Johannes Prinz)
Wiener Symphoniker
WIENER SYMPHONIKER/WS 020



パリのオペラ座の音楽監督を2009年から務めているフィリップ・ジョルダンは、2014年からウィーン交響楽団の音楽監督も務めています。パリ時代にベートーヴェンの交響曲全集の映像をリリースしていたのに、ウィーン交響楽団とは最近やはりベートーヴェンの全集CDを作っていましたね。まあ、それが出たおかげで、このウィーン交響楽団の自主レーベルのラインナップも大分充実はしてきたのではないでしょうか。
そして、その20番目のアイテムとして登場したのが、ジョルダンが得意にしているであろうフランス音楽のアルバムです。それも、ベルリオーズの「幻想交響曲」と「レリオ」という、非常に珍しいカップリングによるコンサートのライブ録音ですから、それだけでも価値があります。なんたって、この組み合わせの録音は、今までに数種類しか出ていなかったはずですからね。
「幻想交響曲」が作られた動機が、ベルリオーズの失恋体験だったというのは有名な話です。彼は 1827 年、23 歳の時にパリで公演を行っていたイギリスのシェイクスピア劇団の女優、ハリエット・スミッソンに一目ぼれしてしまいます。しかし、この大女優が一介の作曲家の卵などを相手にするわけもなく、見事にフラれてしまいます。ベルリオーズの思いはやがて相手に対する憎しみに変わり、そんな体験を生々しく表現するために、「若い芸術家が恋に絶望しアヘン自殺を図るが、量が少なかったために死には至らず、奇怪で幻想的な夢を見る」という設定で「幻想交響曲」を作りあげ、1830 年に初演しました。
しかし、その頃には恋の痛手も癒え、すでにマリー・モークというピアニストとの恋に夢中になっていて、結婚まで約束していました。切り替えは早いんですね。しかもその年に、念願の「ローマ大賞」を受賞し、ローマ留学が決まります。
しかし、彼がローマに到着すると、マリーの母親から、「娘はカミーユ・プレイエル(ピアノ・メーカーのプレイエルの二代目社長)と結婚することになったので、これ以上つきまとわないでほしい」という手紙が届きます。それを読んで逆上したベルリオーズは、その母と娘、そして恋敵を殺すためのピストルと、自殺用の薬(さらに、女装用の衣装)を用意して、馬車でパリへ向かったのです。しかし、馬車の中で彼は理性を取り戻し、パリ行きはやめて途中のニースで少し頭を冷やしてから、ローマへ戻りました。その時に、「幻想交響曲」の続編ともいえる「レリオ、または生への回帰」という作品の構想が浮かんだのだそうです。
この曲では、ベルリオーズ自身の投影である「レリオ」という作曲家が、彼が執筆した台本によるナレーションを語るという部分が中心になっています。その中には、辛すぎる2度の失恋体験からの痛手を乗り越えて新たに作曲家として邁進しようというベルリオーズの決意が込められています。ただ、ここで使われている音楽は全てそれまでに作ったものの焼き直しですから、作品としての価値はそれほどのものではありません。というより、これはあくまで「幻想交響曲」とセットで演奏された時に、確かな意味を持つもので、単独で演奏されることはまずありません。
今回のジョルダンの演奏、正直言って「幻想」はあまり面白くありませんでした。あまりに音楽がイージーに流れていて、真のドラマが伝わってこないのですね。そのくせ、見え透いた小手先だけの冗談のような表現だけはあちこちに登場して、それが見事に空振りに終わっているという虚しさです。
ただ、「レリオ」は、何しろ珍しい曲ですから、録音してくれるだけでありがたい、というところはあります。テノール・ソロなどは、おそらく今までのすべての録音の中でも最高位にランクできるでしょうし、ナレーターも素晴らしい存在感を示しています。ただ、このウィーンの合唱団は、やはりちょっと雑。さらにフランス語のディクションはかなりお粗末です。

CD Artwork © Wiener Symphoniker

by jurassic_oyaji | 2019-07-06 21:14 | オーケストラ | Comments(0)
SAINT-SAËNS/Symphony No.3, POULENC/Organ Concerto, Widor/Toccata
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Christopher Jacobson(Org)
山田和樹/
Orchestre de la Suisse Romande
PENTATONE/PTC 5186 638(hybrid SACD)



2010年から2017年までスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者を務めた山田和樹が、その任期の最後の年、2017年にこのオーケストラと録音したSACDです。今回はオルガンに同じレーベルのこちらのアルバムでサウスダコタ・コラールと共演していたアメリカのオルガニスト、クリストファー・ジェイコブソンが参加しています。彼はこのオーケストラのホームグラウンド、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールでのセッション録音では、サン・サーンスとプーランクの有名な作品をオーケストラと共演した後に、オルガンのソロで、ヴィドールの「トッカータ」を演奏してくれました。
その「トッカータ」も含まれる「オルガンのための交響曲第5番」など、多くのオルガンのための作品(フルートのための作品もあります)を残したシャルル=マリー・ヴィドールは、実はこのホールが1894年に完成したときに同時に据え付けられたオルガンの「お披露目コンサート」で、その楽器を演奏していました。その時には、もしかしたらこの曲も演奏されていたかもしれませんね。
その後、その楽器は1930年に改修され、さらに1949年には、全く新しいネオ・クラシック様式で電気アクションによる楽器(ステージ上のコンソールからも演奏可)に変わります。これが、アンセルメ時代のDECCAへの録音には使われていたのでしょうね。
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しかし、1984年に起きた火災によってこのホールは大きな被害を受け、オルガンも完全に破壊されてしまいました。それが、1993年に、フランスのオルガンの伝統であるカヴァイエ・コルの様式によって再建されたのが、現在の楽器なのです
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この楽器では、メカニカル・アクションが採用されています。普通のそのタイプの楽器だとコンソールはオルガン本体の中に設置されるので、演奏者は聴衆に背を向けて演奏することになりますが、ここではコンソールをオルガンの外に置くことによって、演奏者が指揮者を直接見ることが出来るようになっています。
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つまり、オルガンのソロのコンサートでは、オルガニストはお客さんと真正面で向き合うことになるのですね。これはなかなかユニーク。
これは、オルガンをまず工場で組み立てた写真ですが、これを見てエッシャーの版画を思い出したのはなぜでしょう。
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サン=サーンスの「交響曲第3番」は、ちょっとびっくりするような緊迫感がある演奏でした。山田の指揮はあくまでクリア、そこで、ちょっとしたフレーズにほんの少し鋭角的な表情を加えることで、音楽をとても新鮮なものにしています。曲全体の構成の捕え方も、「フランス的」というにはあまりに緻密すぎて、この曲がもっとインターナショナルな資質を具えていたことに気づかされます。それは、おそらくジョナサン・ノットが首席指揮者になったことによってオーケストラのポテンシャルが上がったからなのでしょう。
録音は、この豊かな響きのホールトーンを存分に取り込んだ、ゴージャス極まりないものでした。金管楽器やピアノの高音の輝きは、決して明るすぎることのない渋さまで醸し出しています。それらがオルガンとともにフル・ヴォイスで響き渡る時、リスニングルームにはこの美しいホールがサラウンドで広がります。
プーランクでも、冒頭のフル・オルガンの壮大さには圧倒されます。そこにティンパニや弦楽器が絡んでくる時の音色(ストップ)の変化も素敵です。序奏が終わった後に弦楽器で始まるテーマの疾走感も、なかなか他の演奏では味わえないものでしょう。
そして、最後のヴィドールの「トッカータ」では、ジェイコブソンがこのオルガンの機能をフルに見せつけてくれています。この曲の中では、ストップを変えることなしにクレッシェンドやディミヌエンドをかけているところがありますが、そこで彼は「スウェル」という、ルーパーを開け閉めして音量を操作する機能を使ってその効果を的確に発揮させているのです。うまくいかなかったかな(それは「スベル」)。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

by jurassic_oyaji | 2019-07-02 23:22 | オーケストラ | Comments(0)
BRUCKNER/Symphony No.4
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Andris Nelsons/
Gewandhausorchester Leipzig
DG/479 7577



現在40歳のラトビア出身の指揮者アンドリス・ネルソンスは、かつてはそれほどのカリスマ性は感じられない普通の指揮者だったような気がしますが、最近になって俄然その存在感を見せつけるようになってきたのではないでしょうか。なんせ、現在はボストン交響楽団とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団という最高ランクの2つのオーケストラの指揮者を任されているのですからね。さらに、来年のウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」の指揮者に決定しているぐらいですから、もはやだれにも負けないステータスを手中にしていると言えるでしょう。
レコーディングでは、現在はDG(ドイツ・グラモフォン)の専属アーティストとして、シェフを務める2つのオーケストラと、それぞれ別の作曲家の交響曲のツィクルスを逐一制作中です。ボストン交響楽団とはショスタコーヴィチ、ゲヴァントハウス管弦楽団とはブルックナーです。
さらに、ウィーン・フィルとも、こちらはなんとベートーヴェンのツィクルスが進行中です。まだCDはリリースされてはいませんが、すでに2016年から録音は始まっていて、ベートーヴェンの生誕250年にあたる2020年に、おそらく全集という形でまとめてリリースされるのではないでしょうか。同時に、その年にはウィーンでコンサートも開催されるそうです。もはや、DGにとってはかつてのカラヤンやバーンスタイン並みのアーティストと同じ扱いになっているのでしょう。
今回は、2017年に録音され、2018年にリリースされていたブルックナーとしては第2弾にあたる「交響曲第4番」を聴いてみました。まずは、レコーディング・エンジニアをチェックです。それこそ、カラヤン、バーンスタインの時代では自社のエンジニアがトーンマイスターを務めるのは当たり前だったのですが、もはやこのレーベルはそのような制作の現場は完全に「下請け」に任せるようになってしまいましたから、それぞれに別のエンジニアが担当しています。ネルソンスの場合も、ボストン交響楽団との録音では、そのオーケストラの専属エンジニア、ニック・スクワイヤがクレジットされていましたが、ゲヴァントハウスでは、なんと「ポリヒムニア」のスタッフが参加していましたよ。
「ポリヒムニア」というのは、かつてのPHILIPSのエンジニアが集まって作った録音チームです。当然、そこではPHILIPSレーベルのトーンポリシーが貫かれているはずですから、かつてのDGではまず考えられないことが起こっていることになりますね。
もっとも、最近では、たとえばバーンスタインのベートーヴェン全集のBD-Aへのリマスタリングなどは、ポリヒムニアが行っていますし、DG からのライセンスでPENTATONEからリリースされているマルチチャンネル盤(たとえばクーベリックのベートーヴェン)なども、当然リマスタリングはポリヒムニアですから、最近ではある程度のつながりは生まれていたのでしょう。
ただ、最初の録音から手掛けるというのは、初めてお目にかかりました。これはかなりショッキング。とは言っても、出来上がったものは、ネルソンスが作り上げようとしている、まさに新しい時代のブルックナーにふさわしい、とてもクリアな音に仕上がっていました。彼のブルックナー(第2稿ノヴァーク版)は、派手に鳴らすところは鳴らしきる半面、とても静かなところではほとんど聴こえるか聴こえないほどまでに静かな音を出させています。そんなメリハリのきいた音楽が、ここでは見事に再現されています。第3楽章の冒頭で、ホルンがはるか彼方から聴こえてきたと思っていたら、見る間にすぐそばに近づいてきたような錯覚に陥ったのは、もしかしたら録音上の仕掛けがあったのかもしれませんね。
このツィクルスでは、必ずワーグナーの小品がブルックナーの前にカップリングされています。今回は「ローエングリン」の第1幕への前奏曲。そのサクサクとした運びが、アルバム全体の雰囲気を予感させているようです。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

by jurassic_oyaji | 2019-06-13 20:33 | オーケストラ | Comments(0)
STRAUSS/Ein Heldenleben, BRAHMS/Alto Rhapsody
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Yvonne Minton(MS)
Lorin Maazel/
Ambrosian Singers
The Cleveland Orchestra, New Philharmonia Orchestra
DUTTON/CDLX 7347(hybrid SACD)



1977年にマゼールが当時音楽監督を務めていたクリーヴランド管弦楽団と行った「英雄の生涯」の「4チャンネル」録音です。この頃になると、この録音方式のブームには陰りが見られるようになりました。たとえば、あのカラヤンは1970年代にはDGとEMIという2つの大レーベルに「二股」をかけていて、そのうちのEMIからは、かなりの数の「4チャンネル」のLPをリリースしているのですが、それは1978年1月の録音分で終わっていて、それ以降はEMIとの契約は続いているのに、もう普通のステレオのみになってしまいます。まあ、この時期はデジタル録音がメジャーレーベルでも実用化され始めますから、カラヤンの関心はそちらに移っていたのかもしれませんが。
しかし、マゼールはまだまだこの方式には大きな可能性を期待していたのでしょうか。今回のSACDには、オリジナルのジャケットを飾ったこんな写真を見ることが出来ます。
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これは、まさにこの数年前にブーレーズがニューヨーク・フィルと行った「4チャンネル」録音と同じスタイルではありませんか。あの時とは微妙に配置が異なっていますが、指揮者の周りをプレーヤーが囲んでいるというのは同じです。
そのオリジナルのライナーノーツも、ここでは復刻されていました。それは、この作品の解説だったのですが、そこには「英雄の生涯」は「ソナタ形式」で出来ていると書いてあるのですね。そもそも、この作品についてはそんなに思い込みはないので、あまり深い知識はありませんでした。一応、6つの部分に分かれていて、それぞれに「英雄のなんたら」というサブタイトルが付いている、ぐらいは知ってましたから、それぞれの部分は、単にそういう設定を描写したものだ、と思っていました。今回改めて聴いてみると、確かに、その6つの部分は見事にソナタ形式の第1主題、経過部、第2主題、展開部、再現部、コーダに呼応していましたね。シュトラウスは、こうして曲を作っていたのでしょう。
しかし、そのようなサブタイトルはスコアには全く記されてはいないことも、最近知ることが出来ました。確かに、シュトラウス自身がそのようなものを表明したことはあったのですが、最終的には、それこそマーラーの「交響曲第1番」のように、全ての「表題」を取り去っていたのでした。ですから、現在では作曲家の意思とは離れて、慣例としてその表題がコンサートのプログラムやCDのライナーを飾っているということになるのでしょう。もっとも、ワーグナーの「ライトモティーフ」でも、それを「発見」したのはあくまで後の研究者で、作曲家自身はそんな言葉すら使ってはいなかったのですから、それと同じことなのかもしれませんね。
マゼールは、このサラウンドの音場を目いっぱい利用して、スペクタクルな音楽を展開していました。特に、普通の録音ではあまり目立たないハープは、本来は2台のところを4台に増員しています。それは、リアの右と左にくっきりと分かれていて、フレーズを受け継ぐ様子までがきっちり聴こえてきます。
そのハープは、確かに上の写真では指揮者の後ろにありますが、写真ではその右側にある木管群が、録音ではリアの左から聴こえてきます。これまでの録音でも見られたことですが、RCAの場合はミキシングの際に大幅に定位を操作しているのでしょう。ですから、弦楽器も写真では全て指揮者の前に並んでいますが、実際には曲の冒頭でチェロやコントラバスが右後方から聴こえてくるというサプライズが待っています。いわゆる「英雄の戦場」でのトランペットのバンダも、はるか後方から聴こえてきます。
カップリングが、ロンドンで録音されたニュー・フィルハーモニア管弦楽団との、ブラームスの「アルト・ラプソディ」です。これは、アメリカでの録音とは全く異なるしっとりとしたサウンドでした。そして、音場もリアは残響だけで、楽器も合唱も全てフロントに半円状に広がるというノーマルなものでした。

SACD Artwork © Vocalion Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-05-28 23:26 | オーケストラ | Comments(0)
PROKOFIEV/Alexander Nevsky, Lieutenant Kijé
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Betty Allen(MS)
The Mendelssohn Club of Philadelphia(by Robert Page)
Eugene Ormandy
The Philadelphia Orchestra
DUTTON/CDLX 7362(hybrid SACD)



オーマンディが残した「4チャンネル」録音の復刻盤です。この指揮者の名前を見て、最初はCOLUMBIAでの録音だと思ってしまいましたが、実際はRCAのものでしたね。そう、確かにオーマンディとフィラデルフィア管弦楽団という黄金コンビは、「4チャンネル」の時代にはすでにRCAに移籍していたのでした。
このコンビはその前のストコフスキーの後任としてオーマンディが就任した1938年から、辞任する1980年まで42年間も続きました。就任当時からRCAに録音を行っていましたが、1944年にCOLUMBIAに移籍、さらに1968年に再度RCAに戻るという経緯をたどっています。
以前も書いたことがありますが、個人的にはずっとCOLUMBIA時代のクリアな録音になじんでいましたから、RCAに変わった時には、そのちょっとぼやけたサウンドには戸惑った記憶があります。
しかし、今回の、オリジナルは「4チャンネル」のLPとしてリリースされていた、1974年に録音された、プロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」を聴いてみたら、そのあまりのクリアさに驚いてしまいましたよ。実際の彼らのRCA時代の録音は、こんなに華やかなサウンドで録音されていたのですね。
オーマンディといえば、オールマイティに録音は行っていても、「新しい」音楽に対してはそれほど積極的ではなかったような印象がありますが、実際には、彼自身が初めてアメリカで紹介した同時代の作品はかなりあったようですね。
この「アレクサンドル・ネフスキー」もそんな作品でした。そもそもは1938年に、あのエイゼンシュタインの映画のサウンドトラックとして作られていたものを、カンタータという形に作り直して、それが1939年にモスクワで初演されています。それを、1945年にアメリカで最初にコンサートで演奏したのが、オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団だったのです(放送初演は、その2年前にストコフスキー指揮のNBC交響楽団によって行われています)。そして、同じ年にCOLUMBIAで世界初録音を行っているのです。
それを、RCAで再録音したものが、1974年のLPです。これはもちろん、普通のLPと「4チャンネル」のLPが同時にリリースされたのですが、それがCD化されたのはなんと2003年のことでした。しかも、それは日本の当時のRCAの窓口だったBMGファンハウスによって、世界で初めて行われていたのです。この時代のオーマンディの録音が、それまではほとんど忘れ去られていたのですね。
そして、今回はさらにそのサラウンド版を聴くことができるようになりました。これは、前回のレヴァインのマーラーのように、リスナーはしっかりオーケストラが演奏しているど真ん中、木管楽器と弦楽器の間あたりに指揮者に向かって座って聴いているような感じで、それぞれの楽器を聴くことができるようになっています。ですから、弦楽器はフロントに広がっていますし、管楽器はリアから聴こえてきます。ただ、ティンパニやバスドラムなどは、弦楽器の向こうから聴こえてきますが、グロッケンなどは後ろから聴こえる、というように、前と後ろに分かれているようです。さらに、ここでは合唱が入っていますが、それも当然後ろの方から聴こえてきます。ソリストは、しっかり前の中央ですね。
オーケストラの華やかなサウンドも聴きどころ満載ですが、メゾソプラノのアレンがロシア語で歌うアリアが、言葉のディクションも素晴らしく、圧倒されます。そして、オーマンディの右腕の合唱指揮者ロバート・ペイジが率いる合唱団も、とても厚ぼったい響きで花を添えています。
カップリングは、同じ年に録音されたやはりプロコフィエフの映画音楽が元になった「キージェ中尉」です。これは「4チャンネル」ではリリースされてはいませんでしたが、例によってこのSACDのリマスタリングを行ったマイケル・ダットンによって、オリジナルのマルチトラックのテープからサラウンド・マスターが作られていて、「ネフスキー」と同じ音場で楽しむことができます。

SACD Artwork © Vocalion Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-05-11 21:32 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphonies Nos.1 & 4, BRAHMS/Symphony No.1
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Judith Blegen(Sop)
James Levine/
Chicago Symphony Orchestra
London Symphony Orchestra
DUTTON/2CDLX 7344(hybrid SACD)


ジェイムズ・レヴァインは、1974年から1980年にかけてRCAでマーラーの交響曲を録音しました。彼は、シカゴ交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、そしてロンドン交響楽団の3つのオーケストラを使って、全集の完成を目指したのでしょうが、結局「2番」と「8番」は録音できませんでした。そのうちの「2番」は、1989年の2月にイスラエル・フィル、同じ年の8月にウィーン・フィルとのライブを録音したものがリリースされましたが、「8番」に関しては今のところ世に出ているものはないようです。
そのRCAのセッション録音の最初に選ばれた曲が、シカゴ交響楽団との「4番」でした。それは1974年7月の22日と23日に、「4チャンネル」でのリリースを想定してシカゴのメディナ・テンプルで録音されていました。さらに翌月の24日と25日には、ロンドンのウォルサムストウ・タウン・ホールで、やはり「4チャンネル」でロンドン交響楽団と「1番」が録音されました。そして、この2曲を収めた3枚組のアルバムが、1975年にリリースされたのです。そのジャケットの現物がこちらです。
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そして、それをサラウンドSACDで現代によみがえらせたのが、今回のアイテムです。ジャケットはこのLPのものをそのまま使っていますね。そこで目を引くのが、下半分に描かれた2種類の同心円のデザインです。これは、よく見ると。
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このように、オーケストラの楽器の配置が記されています。真ん中にいるのは指揮者、その周りをオーケストラが囲む形ですね。それが実際に、左側(上)は「1番」、右側(下)は「4番」の録音の時にとられた配置になっているのです。
そういえば、以前これと同じような感じのSACDを聴いたことがありましたね。こちらの、ブーレーズの「オケコン」です。それは、RCAとは商売敵だったCOLUMBIAのサラウンドLPで、やはり同じように指揮者の周りにオーケストラが配置されているというものでしたね。それが録音されたのが1972年ですから、これはもろRCAがCOLUMBIAをパクったと思ってしまいますね。
しかし、録音スタッフの名前を見ると、そのあたりの事情が明らかになります。この「4番」の録音でのプロデューサーは、そのブーレーズの「オケコン」と同じトーマス・Z・シェパードなんですよ。1936年生まれのシェパードは1960年にCOLUMBIAに入社、多くのクラシック・アルバムなどを制作します。そして、1974年に、RCAに副社長待遇として「転職」するのです。その頃は「4チャンネル」の全盛期、彼は以前の職場でのブーレーズと同じことを、このレヴァインとの録音の場合でも行ったのです。
先ほどの「同心円」を見ていただくと、右(下)の「4番」の方が、シェパードが手掛けたものです。これは、ブーレーズの時と同じように弦楽器と管楽器が指揮者を介して対面するという配置になってはいますが、その軸が少し右に傾いていますね。そのあたりで、ブーレーズとの差別化を主張したかったのでしょう。
ところが、次に録音された「1番」では、チャールズ・ゲルハルトがプロデュースを行っていました。そこでは、そのオーケストラの配置は、基本的にステージでの並び方と同じものになっていますね。
レヴァインのマーラーで、「4チャンネル」のマスターが残っているのは、この2曲だけで、それ以降は普通のステレオになってしまいます。ここでのボーナストラックの、ブラームスの「1番」は1975年に録音されたので「4チャンネル」のマスターは存在していません。ただ、マスターテープはマルチチャンネルで録音されているので、それを元にこのSACDではマイケル・ダットンが独自のサラウンド・ミックスを行っています。それは、フロントは弦楽器、リアは管楽器という明快なものでした。
いずれの曲も、若き日のレヴァインならではの胸のすくような颯爽たる演奏でした。しかし、ロンドンの録音はとても瑞々しいのに、シカゴでの録音はかなり劣化が進んでいるようでした。

SACD Artwork © Vocalion Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-05-09 22:32 | オーケストラ | Comments(0)