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カテゴリ:オーケストラ( 483 )
GADE/Sinfonie Nr.3, Mendelssohn/Reformations Sinfonie
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Julia Sophie Wagner(Sop)
Martin Petzold(Ten)
Gregor Meyer/
Gewandhaus Chor, camerata lipsiensis
QUERSTAND/VKJK 1712


メンデルスゾーンの「宗教改革交響曲」がメインのアルバムです。そのように書いてあるだけで、どこにも「交響曲第5番」という表記がありません。その代わりに「MWV N 15」という作成年代に忠実な表記を採用しているだけではなく、ライナーノーツでは「『5番』という番号は誤解を招く」とまで言い切っているのは商品CDとしては画期的。爽快ですらあります(そうかい)。
さらに、この録音にはもう一つサプライズがあって、2017年が宗教改革の500年記念に当たるということで、それに向けて新たに作られた楽譜が用いられています。それはトルステン・シュテルツィクという人によって編曲されたものでした。彼は1963年に生まれたオルガニストで教会音楽の指揮者なのですが、作曲にも興味があって2012年にこの編曲を完成させ、それが2016年にブライトコプフ&ヘルテルから出版されています。
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この楽譜は、第3楽章と第4楽章だけのヴォーカル・スコアです。彼が行った「編曲」は、元の楽譜(もちろん、現行の「第2稿」)のオーケストレーションは変えることなく、そこにソプラノとテノールのソロと、合唱を加えることでした。その際に、ほんの少し声楽の出番を増やすためにそれぞれの楽章でリピートを設けています。
具体的には、第3楽章ではまずソプラノのソロでファースト・ヴァイオリンによるあの切ないメロディが詩篇46「神はわたしたちの避けどころ」の歌詞で歌われます。それはやがてオーケストラにはないメロディも用いられ、練習記号「A」(33小節目)の前からリピートして頭に戻り、今度はテノールとソプラノのデュエットになります。
そして、この楽章の最後の3小節をカットして、すぐに第4楽章に入りますが、本来はフルートのどソロで始まるところに合唱が加わって、ルターの「神はわが櫓」を歌い始めます。それが24小節続いたところでまた頭に戻り、今度は声楽なしのオリジナルの形で繰り返されます。それはそのまま次のAllegro vivaceへと続き、そこからは合唱とソリストたちがオーケストラのどこかの声部をなぞって、常に賑やかに歌い上げるということになります。
これは、なかなか楽しいアイディアですね。第3楽章のテーマなどは、それこそ歌謡曲(昭和歌謡?)にそのまま使えてしまえそうなキャッチーなメロディですから、それを実際に歌手が歌ったって何の違和感もありません。第4楽章はそもそもコラールが元ネタなのですから、それが合唱で歌われれば、さらにその意味がはっきり伝わってきます。楽譜も簡単に手に入りますし、これからはこの形の演奏があちこちで聴かれるのではないでしょうか。この楽譜はオルガンと声楽のためのリダクションですので、その編成だったらなおさら簡単に演奏できるでしょうね。
このCDでは、ピリオド楽器のオーケストラが演奏しています。弦は8.8.6.4.2という小編成なので、とても細やかなアンサンブルが楽しめます。第1楽章では、ワーグナーの「パルジファル」でも使われる「ドレスデン・アーメン」でのガット弦のピアニシモは絶品です。第2楽章の木管のアンサンブルも完璧、とても颯爽としています。
そして、後半の楽章では、声楽が入るところでは見事に溶け合い、オーケストラだけのところとの対比をきっちり聴かせてくれています。
これだけだと30分もかからずに終わってしまいますから、カップリングでメンデルスゾーンとはとても深い関係のあったデンマークの作曲家、ニルス・ゲーゼの「交響曲第3番」が演奏されています。この曲は以前聴いたことがありましたが、それとはまるで別の曲かと思えるほどのアプローチの違いがありました。何よりテンポがとても速いので、メンデルスゾーンとの関連性がよりくっきりと伝わってきます。第4楽章などは「イタリア」の第1楽章や第4楽章の精神が見え隠れするようです。

CD Artwork © querstand

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by jurassic_oyaji | 2018-04-17 21:00 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies Nos. 5 & 7
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Jaap van Zweden/
New York Philharmonic
DECCA GOLD/00028948168569


世界最大の音楽レーベル、ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)から、NYフィルの独自レーベルも含まれる「デッカ・ゴールド」という新しいレーベルが発足しました。このネーミングを聴いて、UMGのクラシック部門を「ドイツ・グラモフォン」とともに支えているあのイギリスのレーベル「デッカ」を連想する人は多いはずです。今ではもはや自社で録音を行うことはなくなっていますが、そのかつてのエンジニアたちは世界中のレーベルに素晴らしい録音を提供しています。そんな人たちによる「デッカ・サウンド」が、ニューヨーク・フィルの演奏によって聴けるなんて、すごいことなのでは。
というのも、以前こちらで聴いたニルセンの交響曲などは、まさにその「デッカ」で開発されたマイクアレンジを使って録音されていて、とても素晴らしい音が体験できましたからね。
しかし、どうやら、そんな期待は全く見当外れだったようです。この新しいレーベルのルーツは「アメリカ・デッカ」のようなのですね。ややこしい話ですが、イギリスの「デッカ」の子会社としてアメリカで設立された「アメリカ・デッカ」は、後に親会社とは全く資本関係がなくなって完全な別会社となり、主にジャズやポップスの分野で録音を行うようになります(クラシックでもルッジェロ・リッチの「クレモナの栄光」という名盤がありましたね)。
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名前もやがて「MCA」、さらに「ユニバーサル」へと移行します。そして、そこに「イギリス・デッカ」が属していた「ポリグラム」が吸収されるのです。したがって、その時点で「イギリス・デッカ」と「アメリカ・デッカ」は再度同じグループ内のレーベルとなりました。
ただ、もはや「アメリカ・デッカ」の名前はなくなっていましたから、ここに来てこの「ゴールド・デッカ」という名前で「アメリカ・デッカ」が復活した、ということでまちがいないでっか
というわけで、このNYフィルの場合は、今までこのオーケストラが配信用にライブ録音を行っていたのと同じスタッフが製作を行うことになっていました。
そんな、「名前」にまつわるややこしい話は、そのライブ録音の会場であるホールの名前にも及んでいます。今回のクレジットを見て、それが「デイヴィッド・ゲフィン・ホール」という名前だったので、NYに新しいホールでも出来たのかな、と思ったら、写真では今までの「エイヴリー・フィッシャー・ホール」と同じところのようでした。なんでも、2015年にホールの名前が変わっていたのだそうですね。「ネーミング・ライツ」というやつでしょうか。でも、フィッシャーはオーディオ・メーカーですから分かりますが、ゲフィンはクラシックとは無縁のプロデューサーですけどね。金さえ出せばいいということなのでしょうか。
つまり、このNYフィルの本拠地であるコンサートホールは、建設された当初から音響的には問題がありました。それを改善するために再三改修工事が行われ、その費用をこの人たちが(一部)出していたのですね。いや、実はいまだに改善されないので、来年からまた工事が始まるのですが、それをゲフィンが(一部)払ってくれたのだそうです。
そんな欠陥ホールの実態は、このCDを聴いてもよく分かります。低音が異様にブーストされているところに残響が乗り、明瞭さが全くなくなっているのですね。ただ、もちろん優秀なエンジニアであれば、そこを目立たせずにちゃんとした音で録音することは可能です。先ほどのニルセンがその好例、それに比べれば、このCDの録音はまるでシロートの仕事です。
そんなおぞましいサウンドだからこそ、今年の秋からNYフィルの音楽監督に就任するファン・ズヴィーデンのアグレッシブなベートーヴェンはインパクトを与えてくれるのかもしれません。そういう意味では、指揮者の音楽性を的確に増幅させたクレバーな録音と言えなくもありません。好きにはなれませんが。

CD Artwork © New York Philharmonic

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by jurassic_oyaji | 2018-03-27 20:58 | オーケストラ | Comments(0)
BERNSTEIN/On the Waterfront
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Christian Lindberg/
Royal Liverpool Philharmonic Orchestra
BIS/SACD-2278(hybrid SACD)


レナード・バーンスタインは、今年2018年が「生誕100年」の記念年になるのだそうです。そうですか、生きていれば100歳だったんですね。指揮者だったらそのぐらいの長寿は不可能ではないのに、やはりタバコを吸い過ぎたせいで長生きはできなかったのでしょうか。
ということで、今年はバーンスタインがらみのCDのリリースやコンサートが相次ぐことになるのでしょうね。とりあえず、今週末にはあのNHK交響楽団までが「ウェストサイド・ストーリー」を全曲上演してしまうのだそうですからね。
今回のSACDは録音されたのはおととしですし、リリースも去年だったのですが、やはり同じようにこの「100周年」に合わせて制作されたものなのでしょう。ここでも、その1957年に作られた「ウェストサイド・ストーリー」から、その中からのダンスナンバーを集めた「シンフォニック・ダンス」が演奏されています。
とは言っても、アルバムのメインタイトルは「波止場」になっています。これは、マーロン・ブランドが主演を務めた1954年の映画ですね。バーンスタインは、この映画のために彼にとっては唯一の「映画音楽」を作っていたのです。このジャケットは、その「波止場」のワンシーンを、ここでロイヤル・リヴァプール・フィルを指揮しているクリスティアン・リンドベリがマーロン・ブランドになりきって撮ったものなのでしょう。リンドベリが着ている革ジャンはブランド品
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もちろん、ここではその映画のサントラを元に作られた「交響組曲」が演奏されています。
その他にも、ここではバーンスタインが劇場作品のために作った曲を元にした曲が演奏されています。まずは1944年に作られた、彼にとっては最初のメジャーな作品である「ファンシー・フリー」です。これは、振付師のジェローム・ロビンスが脚本も書いたバレエのための音楽です。そこから作られた「3つのダンス・ヴァリエーション」が演奏されています。
これは、3人の水夫が寄港地のニューヨークで過ごした1日の物語ですが、このプロットはのちに「オン・ザ・タウン」というミュージカルとして、1946年に結実します。その時の音楽も、もちろんバーンスタインが作っています。その中のナンバーから作られたのが、「3つのダンス・エピソード」です。
さらに、そのミュージカルは1949年にジーン・ケリーやフランク・シナトラなどがキャスティングされて映画化されます(邦題は「踊る大紐育」)が、その際には、音楽は他の人の作品も加わって作られていました。
そして、このアルバムのオープニングは、1957年に作られたミュージカル「キャンディード」の序曲です。このミュージカルの中のナンバーをちりばめて構成されていて、かなり高度な作られ方をしているにもかかわらず、とてもキャッチーに受け止められる曲に仕上がっているために、もはや完全にコンサートの定番となった感がありますね。それに加えて、さるテレビ番組で長年テーマ音楽として使われていたというヘビー・ローテーションがありますから、「名曲」としての地位は確かなものがあります。
それらのオーケストラ曲が5曲、最新のサラウンド録音で聴いてみると、この序曲と、やはり聴きなれた「ウェストサイド・ストーリー」が、パーカッションの配置なども手に取るようにわかって聴きごたえがあります。「プロローグ」で警官の警笛は後ろから聴こえてきますしね。
しかし、それ以外の曲は、単に聴きなれていないというだけではない、なにか頭でっかちな技巧だけに頼って作られたもののように聴こえてなりません。もしかしたら、そちらの方がバーンスタインの本来の姿だったのではないでしょうか。「ウェストサイド・ストーリー」は、クレジット上は歌詞での共作となっているスティーヴン・ソンドハイムの影響が色濃く出た結果、これほどの「名作」になったのでは、という思いは、このアルバムを聴き通したことによってさらに強まります。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2018-02-27 23:08 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphony No.9
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Helen Donath(Sop), Teresa Berganza(Alt)
Wieslaw Ochman(Ten), Thomas Stewart(Bas)
Rafael Kubelik/
Chor des Bayerischen Rundfunks
Symphonieorcheser des Bayerischen Rundfunks
PENTATONE/PTC 5186 253(hybrid SACD)


ラファエル・クーベリックが1970年代にDGに録音したベートーヴェンの交響曲全集をPENTATONEがサラウンドにリマスタリングしたシリーズは、4セット目を迎えたところで「第9」の登場です。残るは「エロ以下」いや「エロイカ」だけなのですが、今のところリリースの予定が伝わってこないのはなぜなのでしょう。ただ、これまでのアルバムの品番の末尾が248、249、250ときて、いきなり今回は253になっていますから、もうあと2枚出るということなのでしょうか。いや、DGには9曲しか残していなかったはずですけどね。
というか、今回のオーケストラのバイエルン放送交響楽団は当時クーベリックが首席指揮者を務めていたところで、なんと言っても「真打」になるのですから、それをもって完結なんてことになるかもしれませんね。
この「第9」の録音会場は、当時のこのオーケストラの本拠地のヘルクレス・ザールです。ここも響きのよいホールとして知られていますし、全くお客さんを入れないセッション録音ですから、リア・スピーカーからは空っぽの会場ならではの残響がたっぷり聴こえてきます。特に、打楽器や金管楽器が、よく響いていますね。ティンパニの強打は特に目立ちますし、終楽章のシンバルなどもビンビン聴こえてきます。おそらく、お客さんが入った時のライブ録音ではここまでの残響は聴こえないでしょうから、聴いている者はまるでホールを独り占めしているようなぜいたくな気分に浸れるのではないでしょうか。
それと、今回のリマスタリングではしっかりDGのサウンド・ポリシーが伝わってきたのは、うれしいことです。もちろん、かつてのDGのCDに比べると、格段に楽器の解像度が上がっています。そこからは、まだ粗野な味の残る、いかにもドイツ的なオーケストラの響きがストレートに伝わってきます。
この録音を最初に聴いた時からはかなりの年月が経ち、再生メディアとともに再生環境、さらにはリスナーとしての立ち位置も大幅に変化しています。なによりも、実際にオーケストラ・プレーヤーとして音楽を「内側」から聴くようになったことで、同じ音源でもそれに対する感じ方はかなり異なっていることに気づかされます。
もちろん、それは世の中のベートーヴェン演奏に対する判断基準が劇的に変わってしまったことも無関係ではありません。そういう意味で、このクーベリックの演奏は、逆に新鮮な魅力を持って目の前に現れてきました。
特に強烈な印象を与えてくれたのが、第2楽章のトリオの部分のテンポ設定です。あくまで本来の「トリオ」の意味を持たせて、とてもゆったりとしたテンポで、まるで夢見るように歌い上げるこの部分には、たとえばオーボエが必死の形相で難しい指使いに挑戦しなければいけない昨今のテンポからは絶対に感じられない安らぎがあります。
かと思うと、終楽章の最後に見せる劇的なギア・チェンジ。一瞬低速に切り替わったかと思うと、間髪をいれずに訪れる総攻撃、それを演出しているのは、ピッコロ奏者の熟達の技、ずっと楽譜より1オクターブ高い音で勝負していましたから「もしや」と思っていたら、やはり最後は4オクターブ目の「D」を見事に決めての着地です。
そんな「暴れ馬」のようなオーケストラに、合唱も負けてはいません。「Seit umschlungen」で始まる男声合唱の何と力強いことでしょう。いや、ここでは低音専門のベースのパートの人が無理をして高音を出そうとしてとんでもない声になっている様子までがしっかり聴こえてくるほどの「気合」が感じられます。そして「über Sternen muß er wohnen」の神秘的な響きの後に出てくる二重フーガでの、普通はソプラノに消されてほとんど聴こえてこないはずのアルト・パートのぶっとい声といったら。
このオーケストラも合唱団も、かつてはこんなにエネルギッシュだったんですね。同じ団体が、今ではすっかりスマートになってしまいました。

SACD Artwork © PENTATONE MUSIC B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-02-20 23:18 | オーケストラ | Comments(0)
MUSSORGSKY/St. John's Night on the Bare Mountain
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Anatoli Kotcherga(Bar)
Claudio Abbado/
Südtiroler Kinderchor, Rundfunkchor Berlin
Berliner Philharmoniker
SONY/88697319882-5


ムソルグスキーの「禿山の一夜」の成り立ちについて調べていたら、どうも今まで漠然と認識していたこととは違うのではないか、と思い立ったので、こんな昔(1995年9月)の録音を聴いてみることにしました。
こんな、ある意味「歴史」を感じさせるアイテムを入手したのは、その「禿山の一夜」の、現在普通に演奏されているものとは異なったバージョンが収録されていると知ったからです。これは、「原典版」と「リムスキー=コルサコフ版」の間に作られたバージョンです。
最近ではこの曲の「原典版」も広く演奏されていて、従来の「リムスキー=コルサコフ版」と簡単に比較できるようになっています。そして、その違いがあまりにも大きいものですから、「リムスキー=コルサコフは、オリジナルにあった粗野な面を変えてしまった」という評価が広まることになります。それは、単にオーケストレーションが洗練されたものに変わっただけではなく、たとえば曲の最後にリムスキー=コルサコフ版ではは原典版にない穏やかなシーンが加わっているあたりが、そのような評価の主たる要因なのでしょう。
ところが、リムスキー=コルサコフ版の最後にクラリネットとフルートのソロで現れるその甘美なメロディ(夜明けの情景)は、実際はリムスキー=コルサコフが勝手に挿入したわけではなく、すでにムソルグスキー自身が作っていたのですよ。
それが分かるのが、ここで演奏されている未完のオペラ「ソロチンスク(ソローチンツィ)の定期市」の中にある「若い農夫の夢」というタイトルの音楽です。ここで作曲家は、作ってはみたものの多くの仲間から批判され、とうとう演奏もされずにお蔵入りとなった「原典版」を改訂して、バリトン・ソロと合唱が加わった形に作り変えたものを使っているのです。
正確には、1880年にピアノ・スコアを作った段階で中断してしまったこのオペラの前に、1872年に企画された複数の作曲家の合作によるオペラ-バレエ「ムラダ」の中でも、同じようなことをやっているのですが、これは企画が頓挫してスコアも残っておらず、どんな音楽なのかは知る由もありません。
「ソロチンスクの定期市」の方は、1930年にヴィッサリオン・シェバリーンによって再構築とオーケストレーションが施されました。1934年にはスコアも出版されています。
このアバドの演奏を聴く前に、このオペラの全曲盤(NMLにあります!)を聴いてみると、第1幕の最後近くに問題の「夜明け」のメロディが聴こえてきます。これは、主人公の若い農夫が歌う「なぜ泣き嘆くのか」というアリア(ドゥムカ)で、このオペラ全体のライトモティーフのような使い方もされています。ですから、これは紛れもなくムソルグスキーのオリジナルなのですね。
そして、第3幕の第1場と第2場をつなぐ形で演奏されているのが、「若い農夫の夢」です。オペラでは、この曲が始まる前に、さっきのドゥムカのメロディがまず聴こえます。そして始まったその曲は、合唱が入って雰囲気は少し違っていますが、曲の構成自体は前半ではリムスキー=コルサコフ版とほとんど同じです。原典版には入っていない金管楽器によるファンファーレも、合唱ではっきり聴こえてきます。そして、最後には、まさにリムスキー=コルサコフ版の最後、鐘の音とともに魔物たちが退場して夜明けが来る、というシーンがそのまま演奏されているのです。
これを聴いた後に原典版を聴くと、後半のテーマの扱いがいかにも精彩に欠けていることがよく分かります。彼自身も、おそらく原典版の欠点を理解したからこそ、このような「新化形」を自ら作ろうと思ったのではないでしょうか。
アバドは1980年に「原典版」をロンドン交響楽団と録音、さらに1993年にはベルリン・フィルと録音しています。その時点ではこの「若い農夫の夢」の存在は知らなかったのかもしれませんね。「若い情婦」は存在してたりして。

CD Artwork © SONY BMG Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2018-02-06 23:20 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphony No.2
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Chen Reiss, Annette Dasch(Sop), Karen Cargill(MS)
Daniele Gatti/
Netherlands Radio Choir(by Klaas Stok)
Royal Concertgebouw Orchestra Amsterdam
RCO/RCO 17003(hybrid SACD), RCO 17108(BD)


ジャケットの裏を見ると、オーケストラの名前が「Royal Concertgebouw Orchestra Amsterdam」となっていますね。実は、このオーケストラは昨年の11月に来日しているのですが、その時のプログラムにも、ちゃんとその名前が印刷されていました。
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昔は「アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団」と呼ばれていたオーケストラが、いつの間にか「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」と改名していたのですが、また「アムステルダム」を復活させることになったのでしょうか。
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いや、そんなことよりも、このジャケットのクレジットでは、ヤンソンスの後任として華々しく登場したダニエレ・ガッティが、首席指揮者に就任した直後の2016年9月に行った「復活」のコンサートのライブ録音の曲目なのに、SACDとBDとではソプラノ歌手の名前が違っているということに驚いてほしいのですよ。上がSACD、下がBDです。
このように、それぞれのメディアのクレジットを見ると、同じ日に収録されていて全体の演奏時間や各楽章の演奏時間が全く同じなのに、ソプラノだけが別の人という、理解不能なことになっています。これはいったいどういうことなのでしょう。
調べてみると、このコンサートは、同じものが4日間開催されていたことが分かりました。9月の14、15、16、18日の4日です。そこでは、最初の3日間はアンネッテ・ダッシュがソプラノ・ソロとして出演していたのですが、最後の日はそれがチェン・レイスに変わっていたのですよ。オペラやミュージカルではないので、ダブルキャストということはまず考えられませんから、おそらく何らかのアクシデントのためにダッシュがキャンセルしたために、レイスが猛ダッシュで代役のために駆けつけた、というところなのでしょうね。
したがって、ここではBDの録音日のクレジットは明らかな間違いでしょう。そして、演奏時間も、トータル・タイムは88分は軽く超えていましたから、それも間違っているはずです。
そんないい加減なパッケージなのに、使われている楽譜は「キャプラン版」だ、というのはきっちりと表記されています。ということは、合唱は歌い出しの時には座ったままなのでしょう。
実は、最初はSACDだけしか買わないつもりだったのですが、それが分かったので実際に確かめてみようと、BDも購入していたのでした。このレーベルは、以前もヤンソンスの指揮での録音を出していましたが、その時にはSACDと一緒にDVDがオマケで付いていましたね。
ですから、その時もヤンソンスはキャプラン版を使っていて、合唱は最初は座って歌っていることが分かります。ただ、キャプラン版での指示(というか、注釈)は「マーラーは合唱の入りでは座ったままで歌わせた」というだけで、立ち上がるタイミングまでは分からないんですよね。ですから、同じオーケストラと合唱団でも、ヤンソンスとガッティとでは合唱が立ちあがる場所が異なっていることも分かります。今回のガッティの方が遅くて、最後のクライマックス、ホルン群のベルアップに続いてオルガンが初めて登場するところで立ち上がっています。こちらの方が、かっこいいですね。
そう、このガッティの演奏は、そんな「かっこよさ」が随所にみられる、とてもチャーミングなものです。ただ、SACDでのソプラノ、レイスは、BDでのダッシュに比べるとチャーミングという点では完全に負けてます。なぜ、SACDではダッシュのテイクを使わなかったのでしょうか。
今回、この2種類のメディアを、サラウンドで聴き比べてみました。BDはDTS-HD Master Audio 5.0(96/24)というフォーマット、SACDではサラウンドに関しては何の表記もないのですが、2チャンネルと同じ2.8MHzDSDなのでしょうね。2チャンネルでは、今まで聴いてきたどのソースでもBD>SACDだったのですが、サラウンドになるとさらにその傾向が強まっているようで、圧倒的にBDの音の方がクリアで瑞々しく聴こえます。

SACD & BD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest

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by jurassic_oyaji | 2018-01-06 21:10 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies Nos. 6, 7, 8
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Rafael Kubelik/
Orchestre de Paris
Wiener Philharmoniker
The Cleveland Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 250(hybrid SACD)


クーベリックが1970年代にDGに録音したベートーヴェンの交響曲全集は、元々はその頃のオーディオ界の最新技術であった「4(フォー)チャンネル(Quadraphonic)」で録音されていたのだそうです。確かに、あのころは誰もが「これからは4チャンネルだ」と思い込んでいたのではないでしょうか。包み込まれるようなサウンドに、父親はぐっすり(それは「とうちゃん寝る」)。ただ、結局はその何種類かの再生方式を巡っての醜い覇権争いの末、消費者にはそっぽを向かれ、一過性のブームで終わってしまっていたのでした。
レーベルでも、時代の流れに乗り遅れまいと、しっかりと4チャンネルでの録音の体制を作り上げ、全てその方式で録音を行っていた時期があったのでしょうね。ただ、実際にそれらが4チャンネルのソースとして市場に出回ることはほとんどありませんでした。もちろん、このクーベリックのベートーヴェンも、普通の2チャンネルステレオのLPでしかリリースされてはいなかったはずです。
例えばあのカラヤンは、1970年から1978年にかけてEMIから20枚以上の4チャンネルのLPをリリースしていますが、DGからのものは1枚もありません。
2002年から活動を始めたこのPENTATONEというレーベルは、PHILIPSというオランダのレーベルが新録音をやめることになり、そのために解雇された人材が集まって作ったSACDに特化したレーベルです。それ以前、1998年に、やはり元PHILIPSのエンジニアが作ったPOLYHYMNIAという録音チームとは密接な関係にあり、当初はこの時代に録音されたPHILIPSの4チャンネルの録音を、サラウンドSACDとしてリリースしていました。後に新録音も開始、さらに今では同じ系列となったDGの4チャンネルの音源も、同じようにSACD化するようになっています。つまり、かつて録音されても日の目を見ることのなかった数多くの4チャンネルの音源が、四半世紀を経てSACDという媒体で初めて世の中に出ることになったのですね。
個人的には、今まではSACDはもっぱらピュア・オーディオの対象でしたから、サラウンドには全く興味はありませんでした。ところが、ひょんなことからSACDのサラウンド・トラックを聴ける環境が整ってしまったので、そんな「4チャンネル」を実際に体験出来ることになりました。そして、そこにはピュア・オーディオとは別の面での魅力が潜んでいることが分かりました。
この、PENTATONEのリマスターとしては3番目のアルバムでは、2枚組で6番、7番、8番が収録されていました。そのうちの6番ではユニヴァーサルからシングル・レイヤーで2チャンネルだけのSACDが出ていたのでまず「ステレオ」でそれを比較してみると、やはりDGのサウンドは見事にPHILIPS寄りの繊細なものに変わっていました。もう、ここのエンジニアは体の芯までPHILIPSの音がしみ込んでいるのでしょうね。
それはそれで楽しめるとして、肝心のサラウンドでの再生を試してみると、ステレオではあまりよく分からなかった、録音会場の違いがとてもはっきり分かるようになっていました。6番はパリ管の演奏なのですが、録音はサル・ワグラムというだだっ広い空間で、余計な残響がないので録音スタジオとしてよく使われていたところです。ですから、ここではホールトーンのようなものはほとんど感じられません。ところが、ムジークフェライン・ザールでのウィーン・フィル(7番)と、セヴランス・ホールでのクリーヴランド管(8番)の場合は、もうビンビンと客席からの反響がリアスピーカーから聴こえてくるのですね。特に、8番の第2楽章では、木管楽器のパルスがそのままエコーとして半拍近く遅れてはっきり聴こえてくるのですよ。
この部分をステレオで聴いてみたら、そんなディレイ感は全くありませんでしたから、2チャンネルのマスターではリアの成分をきっちりカットしてあるのでしょう。確かに、これはサラウンドで聴かないと単に邪魔になるだけのものですからね。でも、元の録音にはそれがしっかり入っていて、ここで初めて聴けるようになったというのは、ちょっとした感動でした。

SACD Artwork © Pentatone Musik B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-19 23:11 | オーケストラ | Comments(0)
SCHUBERT/Symphony No.8
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Peter Gülke/
Brandenburger Symphoniker
MDG/901 2053-6(hybrid SACD)


シューベルトの「交響曲第8番」という珍しいタイトルのアルバムです。いや、その曲であれば、「ザ・グレイト」というサブタイトルのついた、シューベルトの最後のハ長調の交響曲のことなのではないかと普通は誰でもが思いますよね。しかし、ことレコード業界においては、「交響曲第8番」はその前に作られた前半の2つの楽章しか完成されていない、いわゆる「未完成交響曲」を指し示すものだと決まっているのですよ。これはもちろん、かつてはそれが「常識」だった時代の名残です。レコード業界が誕生した時点ではまだ「未完成=8番、グレイト=9番」だったのですが、その後の研究によってこの2曲はそれぞれ1つずつ番号が繰り上がってしまいました。それに合わせて、演奏家たちはしっかり呼び名を変えたのに、レコード業界は決してそれに従うことはなく、大昔の呼び名にしがみついていたのです。
そのような大きな力の元では、良心を持った人たちは不本意でもそれに従うしか、道はありません。許されたのは、「第8(9)番」というみっともない表記だけだったのですからね。
ところが、このアルバムはどうでしょう。そこにはしっかり「Symphony No.8 C major(The Great)」という文字が躍っているではありませんか。もしかしたら、こんなタトルが付けられたCDにお目にかかったのは初めての体験だったかも。これは「画期的」と言っても差し支えないほどの出来事です。
同じジャケットで指揮者の名前を見て、そんな「快挙」の訳が分かりました。ここでは、あのペーター・ギュルケが指揮をしていたのですよ。「あの」と言われても何のことかわからないかもしれませんが、このギュルケさんは指揮者というよりも、音楽学者として有名な方でした。つまり、彼は「ベートーヴェンの交響曲第5番の第3楽章に、ダ・カーポを入れた人」として、世界中で有名になったことがあったのです。
そんな、大作曲家の楽譜に手を入れることなんてできるのか、と思われるかもしれませんが、そもそも印刷されている楽譜は作曲家が書いたものとは同じではない場合の方が多いのです。そこで、自筆稿や初演の時に使われたパート譜などを丁寧に調べて、最も作曲家の意図を反映した「原典版(クリティカル・エディション)」が作られるようになりました。ベートーヴェンの交響曲について、最も初期に全曲完成した原典版がかつてのドイツ民主共和国(東ドイツ)のペータース社が刊行した「ペータース版」ですが、その校訂に携わったのが、このギュルケさんたちなのです。ギュルケさんはご自分が担当した交響曲第5番で、先ほどのような、斬新な見解が反映された楽譜を作ったのです。普通は第3楽章はスケルツォ-トリオ-小さなスケルツォという構成で、そのままアタッカで第4楽章につながっているような楽譜であったかと思うのですが、ギュルケさんはそのトリオが終わったところで、もう1度楽章の頭までもどって演奏するように指定していたのです。それ以前にもそういうことをやっていた指揮者はいましたが、それが実際に楽譜として出版されたのはこれが初めてでしたから、大きな話題になりましたね。
ギュルケさんはその後ブライトコプフ社でのシューベルトの原典版の校訂にも携わります。「交響曲第7番」がその成果です(「8番」の方は、ペータース版のベートーヴェンの共同校訂者、ペーター・ハウシルトが校訂したものが出版されています)。
1934年生まれ、83歳になるギュルケさんは、指揮者としてはもはや「巨匠」と呼ばれるような年齢に達しています。しかし、2015年から首席指揮者を務めている1810年に劇場付属の楽団として創設されたという由緒あるオーケストラ、ブランデンブルク交響楽団を指揮している時には、なんとも軽いフットワークを発揮して、余計なものをそぎ落としたすっきりとしたシューベルト像を再現していました。このオーケストラは弦楽器も少なめなようで、管楽器との程よいバランスも聴きものです。

SACD Artwork ©c Musikproduktion Dabringhaus und Grimm

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by jurassic_oyaji | 2017-12-06 00:16 | オーケストラ | Comments(0)
VIRTAPERKO/Three Concertos
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Perttu Kivilaakso(Amplified Vc)
Joonatan Rautiola(Baritone Sax)
Jonte Knif(Knifonium)
Ville Matvejeff/
Jyväskylä Sinfonia
ONDINE/ODE 1305-2


1973年生まれのフィンランドの若手作曲家、オッリ・ヴィルタペルコがごく最近作った3つの協奏曲が収められているアルバムです。それぞれに、ちょっと変わった楽器がソロを務めるという、なかなかユニークなラインナップに、つい手が伸びてしまいました。
この中で最も新しいものが、2016年の作品「Romer's Gap」です。タイトルの「ローマーのギャップ」というのは、古生物学の用語で、なんでも今から3億6千年前から1400万年間続いた、生物の化石が極端に少ない時期のことなのだそうです。なんか、とりとめのないタイトルですね。ここでソリストとして登場するペルットゥ・キヴィラークソというチェリストは、かつてはヘルシンキ・フィルのメンバーとしてクラシックのチェロ奏者でしたが、今ではヘビメタ・チェロ・バンド「アポカリプティカ」の中心的なメンバーになっています。このバンドはチェロ4人、ドラムス1人という変わった編成で、チェリストの一人は、ラハティ交響楽団の現役の団員です。
そんなキヴィラークソが演奏している楽器も、ただのチェロではなく「Amplified Cello」なのだそうです。「アンプリファイ」とは「増幅する」という意味ですが、この場合は「アンプにつないだ」というぐらいの意味になるのではないでしょうか。ただ、ロック・ミュージシャンたちはその「アンプ」に表現手段を持たせるために、楽器とアンプの間に「エフェクター」をつなぎました。それは音の干渉を作り出す「フランジャー」とか、歪みを与える「ディストーション」などといった様々なものがあって、楽器の音をとても幅広いものに変えることができます。
ですから、まずこの「アンプリファイド・チェロ協奏曲」を聴く時には、そんなエフェクターによって変えられたヘビーな音響こそを味わってみたいものです。「カデンツァ」と、クラシックっぽい呼び名が付けられている部分も、ほとんどギンギンのギター・ソロを聴いているように思えることでしょう。
しかし、そんな大音響とともに、とても繊細でしっとりとした味わいも、この「楽器」では表現できることも、この協奏曲の第2楽章では知ることも出来るはずです。
2曲目は、2014年に作られた「Multikolor」というバリトン・サックスのための協奏曲です。タイトルはおそらく「Multi Color」のことでしょうから、ここでは、ソリストのヨーナタン・ラウティオラは、この、吹奏楽ではサックス・パートの最低音を担当する楽器から、「多彩な音色」を引き出しているはずです。ダメな不倫相手ではありませんよ(それは「セックス・パートナーの最低男」)。
まずは、そんな低音楽器から、いきなりハイ・ノートが聴こえてくるあたりから、バリトン・サックスの一味違う魅力に浸っていただきましょう。やがて、本来の低音でブイブイと盛り上がる時には、なぜかホッとすることでしょう。
そして、最後の2013年に作られた、「Ambrosian Delights」に登場するのは、「クニフォニウム」という、おそらく誰も聴いたことのない名前の楽器です。これは、ここで演奏しているヨンテ・クニフが製作して、自らの名前を付けた楽器です。その正体は真空管が使われているモノフォニック・シンセサイザーです。
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外観は、その世界では有名な「ミニモーグ」とよく似ていて、鍵盤の上には多くのツマミがついたボードがあり、奏者はそこで瞬時に音色、エンヴェロープを変えたり変調したりできます。出てくる音もモーグのシンセサイザーにとてもよく似ています。
元々はバロックのアンサンブルのために作られたもので、チェンバロが大活躍していますが、これもおそらくクニフが作った楽器なのでしょう(彼は楽器を作るだけではなく、音響システムの構築も行っていて、ハリウッドの大作曲家ハンス・ジンマーはそれを使っているのだそうです)。後半はリズミカルなビートに乗って、とてもポップでダンサブルな音楽が展開されていますよ。

CD Artwork © Ondine Oy

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by jurassic_oyaji | 2017-11-28 23:02 | オーケストラ | Comments(0)
GERSHWIN
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Claron McFadden(Sop)
Bart van Caenegem(Pf)
Jos van Immerseel/
Anima Eterna Brugge
ALPHA/ALPHA 289


1987年にベルギーのフォルテピアノ奏者のインマゼールによって創設されたバロック・オーケストラ「アニマ・エレルナ」は、ピリオド楽器によるアンサンブルとしてモーツァルトの全ピアノ協奏曲を録音(CHANNEL)するなどして、広く注目されるようになりました。後にインマゼールは指揮者としてこのアンサンブルを指揮して、20世紀初頭の音楽までもピリオド楽器で演奏して、さらに別の意味での注目を集めることになります。2010年には、本拠地をブリュッヘ(ブリュージュ)に移して、名称も「アニマ・エレルナ・ブリュッヘ」と変え、現在では、この街にある「コンセルトヘボウ・ブリュッヘ」のオーケストラ・イン・レジデンスとして、このホールで定期的にコンサートを行っています。そして、それをライブ録音したものをアルバムとしてリリースしています。
今回も、もちろんこのホールでのライブ録音ですが、ここではなんとアメリカの作曲家ガーシュウィンが取り上げてられていましたよ。たしかに、ガーシュウィンといえばラヴェルあたりと同じ時代を生きた作曲家ですから、もはや「ピリオド」の領域には入っていますが、なんかジャンル的にインマゼールの立ち位置とはちょっと距離があるような気がするんですけど、どんなものでしょう。
プログラムは、まさに「名曲」のオンパレードでした。オーケストラ曲はオペラ「ポーギーとべス」からのナンバーを組曲にした「キャトフィッシュ・ロー(なまず横丁)」、「パリのアメリカ人」、そして「ラプソディ・イン・ブルー」の3曲、そこにソプラノのクラロン・マクファーディンが歌うミュージカル・ナンバーが、加わります。
そのコンサートの写真がブックレットに載っていますが、そのマクファーデンのステージでは弦楽器は下手からファースト・ヴァイオリン、セカンド・ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラという並びなのですが、コントラバスだけ下手と上手の両端に半分ずつ分かれて配置されています。その上手のコントラバスの前にはサックスが3人います。さらに特徴的なのが、チューバのパートでは「スーザホン」が使われていることです。歌のうまいデブのおばちゃん(それは「スーザンボイル」)ではなく、例のマーチ王のスーザが考案したとされる、チューバの朝顔を前に向け、奏者は楽器を体に巻きつけて演奏するような不思議な形の楽器です。今ではほとんどプラスティック製になっていますが、ここで使われているのはオリジナルの真鍮製、これも「ピリオド」楽器なのでしょう。
これが「ラプソディ・イン・ブルー」になると、サックスが指揮者のすぐ前に座っていて、弦楽器は下手だけになっています。ですからこれは、現在のフル・オーケストラ・バージョンではなく、1924年に初演された時の「ジャズ・バンド・バージョン」なのです。ご存知のように、ガーシュウィンが作ったのは2台のピアノのための楽譜だけで、それを初演者のポール・ホワイトマンのバンドの編成に合わせて編曲したのはファーディ・グローフェです。その後、グローフェはフル・オーケストラのための編曲も行っています。
なんでも、現在はミシガン大学でガーシュウィンのクリティカル・エディションの編纂が進行中なのだそうですが、インマゼールたちもそこと共同作業を行っていて、このコンサートでは「ラプソディ」と「パリのアメリカ人」は、2017年に出来たばかりの新しい校訂版が使われているのです。さすがインマゼール、ここでしっかり彼なりのこだわりを見せてくれました。
ですから、もちろんその楽譜を使ったものとしては世界初録音になるわけです。とは言っても、この初演稿による演奏自体は昔から何種類もリリースされています。直近では2006年に録音されたものなどでしょうか。でも、ここでピアニストのバルト・ファン・クラーネヘムが弾いている1906年に作られたというスタインウェイのまろやかな音は、一聴の価値はあります。

CD Artwork © Outhere Music France

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by jurassic_oyaji | 2017-11-23 20:39 | オーケストラ | Comments(0)