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カテゴリ:オーケストラ( 486 )
TURNAGE/Concerto for two Vn & Orchestra, BERLIOZ/Symphonie fantastique
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Vadim Repin, Daniel Hope(Vn)
Sascha Goetzel/
Borusan Istanbul Philharmonic Orchestra
ONYX/ONYX 4188


日本にはたくさんのプロ・オーケストラがありますが、その運営は決して順調とは言えません。まともなオーケストラである「16型」の編成で常時コンサートを開けるような団体は、バックに強力なスポンサーが付いているほんの一握りのところだけ。そうでない地方のオーケストラなどは、「14型」を続けることさえままならず、存続のためには「12型」に縮小して経費を削減するしかありません。
最近注目を集めているトルコのオーケストラ、「ボルサン・イスタンブール・フィル」は、頭に「ボルサン」という名前が付いているように、トルコの大財閥「ボルサン」が後ろ盾になっていますから、経営的には何の問題もなく、しっかり「16型」の編成で活動を続けることが出来ています。
これと同じような設立過程を持つオーケストラは、マレーシアあたりにもありましたね。そこも、石油企業が惜しみなく資金を投じて、世界に通用するオーケストラを作ってしまいました。ただ、そこでは、優秀な人材を集めるために、世界中の演奏家に対して門戸を開いた結果、メンバーの大半が「外国人」になってしまっていましたね。
ところが、この「ボルサン」の場合は、メンバー表の名前を見る限りほとんどの人がトルコ系の人のように見えます。これはかなり重要なことなのではないでしょうか。本当はどうなのかは分かりませんが、このスポンサーはやみくもにオーケストラのレベルを上げるのではなく、しっかり国内の人材を育てることに腐心しているようには感じられないでしょうか。まあ、それは単なる想像でしかありませんから、いずれスポンサー不信が明らかになったりするのかもしれませんが。
現在の芸術監督・首席指揮者は、2009年からこのポストにある、ウィーン生まれでかつてはウィーン・フィルのヴァイオリン奏者だったサッシャ・ゲッツェルです。2013年から2017年までは神奈川フィルの首席客演指揮者を務めていましたから、日本のファンに対する知名度は高い人です。
オーケストラとしては彼らの4枚目となるこのアルバムは、2017年10月にウィーンのムジークフェラインザールで行われたコンサートのライブ録音です。このコンサートは、前半に演奏されているターネジの新作の世界初演がイスタンブールで行われたのを受けて敢行された、ヨーロッパ各地でのツアーの一つです。それは、ヴァディム・レーピンとダニエル・ホープという二人の巨匠をソリストに迎える豪華版でした。
「Shadow Walker」と名付けられたこのドッペル・コンチェルトは、ターネジがあのバッハのコンチェルトをモデルにして作ったのだそうです。ただ、それはバッハの時代の様式を模倣するといったような安直なものではなく、あくまで精神的な意味で、ということのようですね。
全体は4つの短めの楽章で出来た作品で、偶数楽章にゆっくりの音楽が配置されています。なかなか真摯に向け合える作品ですが、面白いのがここでのソリスト二人が、全く異なるキャラクターを示している、ということです。おそらく向かって左がレーピン、右がホープなのでしょうが、同じようなフレーズの掛け合いでは、レーピンは繊細で端正に聴こえますが、ホープはかなりパワフルでダイナミックに聴こえます。オーケストラにはトルコの打楽器なども加わっています。
そして、後半はベルリオーズの「幻想交響曲」です。それがなんとも上品で繊細な演奏だったのには、一応「トルコのオーケストラ」ということで聴く前に抱いていた先入観が完全に覆されてしまいました。一つ一つのフレーズがとても丁寧に表情づけされているんですね。第2楽章のワルツなどは、ほとんどウィンナ・ワルツかと思えるようなリズムでしたし。そのウィーンのホールの響きと素晴らしい録音にも助けられて、このオーケストラは極上のサウンドを届けてくれていました。ヴァイオリンが対向配置だったのも、新鮮な体験でした。

CD Artwork © Borusan Sanat

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by jurassic_oyaji | 2018-06-16 20:56 | オーケストラ | Comments(0)
BRUCKNER/Symphonie Nr.8
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Mariss Jansons/
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900166(hybrid SACD)


ヤンソンスはこれまでにロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とバイエルン放送交響楽団という2つのオーケストラとブルックナーの交響曲を録音してきましたが、「3番」以降の交響曲では「5番」と「8番」はまだ録音がありませんでした。それが今回、「8番」が2017年11月にミュンヘンのガスタイクで行われたバイエルン放送交響楽団とのコンサートのライブ録音で登場です。まさに「待望久しい」というやつですね。しかも、おそらく日本のファンのためなのでしょう、SACDでのリリースですから、うれしさも倍増です。
ブルックナーの場合、どの版で演奏しているのかが気になるところですが、ヤンソンスの場合はこれまでの録音は全てノヴァーク版を使っていましたから、これも間違いなくノヴァーク版のはずです。そうしたら、このSACDでは「1890年稿」という表記がありました。でも、やはりブルックナーの場合は年号ではなく、だれの校訂なのか分かる表記の方がなじみますね。ですから、ここでは「ノヴァーク版(第2稿)」と言ってほしかったところです。念のため確認をしておくと、「ノヴァーク版」には「1887年稿(第1稿)」と「1890年稿(第2稿)」がありますからね。もちろん、両方の折衷版(1887/1890年稿)が「ハース版」です。
やはり、ブルックナーのような大編成の曲はサラウンドで聴きたいものです。このSACDも、広々としたホールの空間が存分に感じられるものでした。そんなアトモスフェアのなかで、ヤンソンスの指揮はとてもなめらかに音楽を運んでくれていました。どこを聴いても納得できるような自然な振る舞いが、そこにはあります。
第2楽章のスケルツォなども、粗野な感じなど全くない上品ないでたちには、心が和みます。特に、スケルツォ中間部の始まりのとても繊細なピアニシモは、思わず耳をそばだててしまいます。
ライブ録音そのままに、まるで絨毯のように滑らかなティンパニのロールで曲が終わってからの拍手もしっかり収録されています。それは、完全に音がなくなってから5秒ほどおいて湧き上がるという、とてもお上品なものでした。
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ブックレットの裏表紙の写真を見て、ちょっとびっくりしました。なんという大編成。フルートだけで8人いますから、これはもちろんブルックナーではありえません。というか、この写真と同じ場所で撮った写真が、以前に聴いたマーラーの「5番」や「9番」でも使われていましたから、そもそもこのSACDとは何の縁もない写真なのでしょう
そうなると、これはいったい何を演奏している時のものなのか、という興味が湧いてきませんか?数えてみたら、メンバーは全員で135人、打楽器だけで18人もいます。いや、人数もさることながら、使われている楽器がかなり特殊です。
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ここでフルートパートの一番外側の人だけが演奏していることに注目。普通のソロではこの位置で吹くことはあり得ませんから、これはアルトフルートであると思われます。そして、その後ろにはなんとコントラバス・クラリネットが。
まあ、アルトフルートが入る曲は珍しくはありません。ラヴェルの「ダフニスとクロエ」とかストラヴィンスキーの「春の祭典」あるいはショスタコーヴィチの「交響曲第7番」という有名曲がすぐ頭に浮かぶはずです。ところが、いずれの曲にもコントラバス・クラリネットなんてないんです。
ただ、この2つの楽器が入る曲を聴いたことはあります。それは、メシアンの「閃光の彼方Éclairs sur L'Au-delà」という、楽譜上の指定人数は123人という作品です。この写真ではその2つの楽器の他に「チューバ3本」という指定まで一致しています。ところが、メシアンの場合はこの写真にあるティンパニ、ハープ、チェレスタは使われてはいないのですよ。それぞれの管楽器の人数も微妙に違いますし。
となると、これは最近の作曲家の新しい曲なのでしょうか。もう気になって仕方がありません。代理店の方などは、分かったりはしないのでしょうか?

(6/10追記)
読者の方からのコメントで、これはヴァレーズの「アメリカ」(初版)であることが分かりました。ありがとうございました。

SACD Artwork © BRmedia Service GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-06-07 20:38 | オーケストラ | Comments(4)
RAVEL/Ma mère l'Oye, Le Tombeau de Couperin, Schéhérazade
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François-Xavier Roth/
Les Siècles
HARMONIA MUNDI/HMM 905281


ロトとレ・シエクルによるラヴェル・アルバムの第2弾です。前作「ダフニスとクロエ」は2016年の3月から6月にかけての各地でのコンサートのライブ録音を編集したものですが、今回は「マ・メール・ロワ」が同じ年の11月、序曲「シェエラザード」が2017年の5月と9月、「クープランの墓」が2017年の8月に、やはりコンサートでライブ録音されたものです。各地の異なるホールでの録音ですが、違いが全く分からないのがまずすごいですね。
ブックレットには、いつもの通りオーケストラ全員の名前が載っています。それを、この2枚のアルバムで比較してみると、首席奏者はほとんど変わっていませんが、その他のプレーヤーは半分ぐらい別の人になっていました。ということは、彼らはシーズンごとにメンバーが入れ替わっていることになりますね。おそらくこのオーケストラは、コア・メンバーは固定されていても、それ以外はその都度集めるという体制なのでしょう。実際、彼らの公式サイトでの2017/2018年のシーズンのメンバー表では、さらに別のメンバーに変わっていますから。
そのメンバー表(ブックレットの方ですが)では、弦楽器以外はきちんと使われている楽器の情報が分かるようになっています。それが、前回は打楽器でも全てメーカーなどがしっかり記されていたのに、今回は全くなくなっているのはなぜなのでしょう。つまり、打楽器奏者の名前だけが記されているだけで、彼らが使っている楽器については何の情報もないのです。
というのも、前回の「ダフニス」では、鍵盤で演奏するグロッケンの「ジュ・ド・タンブル」が、ちゃんと「ミュステル製」と書いてあったのですが、今回はそれが使われているのかどうかすらも分からないのですね。この楽器は、「マ・メール・ロワ」の最後に派手に出てきますから、ぜひその存在を明らかにしてほしかったものです。もしかしたら普通のグロッケンを使っていたのかもしれませんからね。
今回ロトが取り上げたラヴェルの作品は3曲ですが、その中の「シェエラザード」は初めて聴いた作品でした。いや、同じラヴェルの歌曲集にそういうタイトルの曲はありますが、これは歌が入らないオーケストラだけの作品です。確かに、この曲は録音もあまりありませんが、それもそのはず、作られたのはラヴェルの若いころ、1898年ですが、出版されたのは1975年ですからね。サブタイトルが「おとぎ話のための序曲」とある通り、「千夜一夜物語」を原作にしたオペラを作るつもりだったものが、結局序曲を作っただけで未完に終わったというものです。ラヴェルはこれを「なかったものにしたい」と思ったのでしょうが、後に楽譜が発見されてしまって、出版までされたといういわくつきの作品です。
でも、なんだか後の「ダフニスとクロエ」を髣髴とさせるオーケストレーションが面白いですね。ただ、いかにもなオリエンタル風のシンコペーションのテーマはちょっと陳腐かも。
聴きなれた「マ・メール・ロワ」と「クープランの墓」は、これまでラヴェルでは必要不可欠だと思われていた「フランスのエスプリ」がほとんど感じられないことにちょっと面喰います。それは、楽器全般がとてもくすんだ音色に聴こえてきたことによるのかもしれません(フランスのくすぶり)。
面白いのは、「美女と野獣」で出てくる野獣をあらわすコントラファゴットが、特に低音が全く迫力のない薄めの音色だったことです。これは、楽器リストでは「1920年に作られたビュッフェ・クランポンのコントラバソン」とあるので調べてみたら、まさにその年に作られた楽器の画像が見つかりました。
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左が普通のコントラ、右が1920年のコントラです。今のコントラより背が高くなっていたようですね。この音だと、「野獣」という感じが全然しません。
もしかしたら、こういうものが本当の「エスプリ」なのかもしれません。今までのラヴェルに対するイメージを変える必要が出てくるかもしれませんね。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.

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by jurassic_oyaji | 2018-05-08 22:57 | オーケストラ | Comments(0)
GADE/Sinfonie Nr.3, Mendelssohn/Reformations Sinfonie
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Julia Sophie Wagner(Sop)
Martin Petzold(Ten)
Gregor Meyer/
Gewandhaus Chor, camerata lipsiensis
QUERSTAND/VKJK 1712


メンデルスゾーンの「宗教改革交響曲」がメインのアルバムです。そのように書いてあるだけで、どこにも「交響曲第5番」という表記がありません。その代わりに「MWV N 15」という作成年代に忠実な表記を採用しているだけではなく、ライナーノーツでは「『5番』という番号は誤解を招く」とまで言い切っているのは商品CDとしては画期的。爽快ですらあります(そうかい)。
さらに、この録音にはもう一つサプライズがあって、2017年が宗教改革の500年記念に当たるということで、それに向けて新たに作られた楽譜が用いられています。それはトルステン・シュテルツィクという人によって編曲されたものでした。彼は1963年に生まれたオルガニストで教会音楽の指揮者なのですが、作曲にも興味があって2012年にこの編曲を完成させ、それが2016年にブライトコプフ&ヘルテルから出版されています。
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この楽譜は、第3楽章と第4楽章だけのヴォーカル・スコアです。彼が行った「編曲」は、元の楽譜(もちろん、現行の「第2稿」)のオーケストレーションは変えることなく、そこにソプラノとテノールのソロと、合唱を加えることでした。その際に、ほんの少し声楽の出番を増やすためにそれぞれの楽章でリピートを設けています。
具体的には、第3楽章ではまずソプラノのソロでファースト・ヴァイオリンによるあの切ないメロディが詩篇46「神はわたしたちの避けどころ」の歌詞で歌われます。それはやがてオーケストラにはないメロディも用いられ、練習記号「A」(33小節目)の前からリピートして頭に戻り、今度はテノールとソプラノのデュエットになります。
そして、この楽章の最後の3小節をカットして、すぐに第4楽章に入りますが、本来はフルートのどソロで始まるところに合唱が加わって、ルターの「神はわが櫓」を歌い始めます。それが24小節続いたところでまた頭に戻り、今度は声楽なしのオリジナルの形で繰り返されます。それはそのまま次のAllegro vivaceへと続き、そこからは合唱とソリストたちがオーケストラのどこかの声部をなぞって、常に賑やかに歌い上げるということになります。
これは、なかなか楽しいアイディアですね。第3楽章のテーマなどは、それこそ歌謡曲(昭和歌謡?)にそのまま使えてしまえそうなキャッチーなメロディですから、それを実際に歌手が歌ったって何の違和感もありません。第4楽章はそもそもコラールが元ネタなのですから、それが合唱で歌われれば、さらにその意味がはっきり伝わってきます。楽譜も簡単に手に入りますし、これからはこの形の演奏があちこちで聴かれるのではないでしょうか。この楽譜はオルガンと声楽のためのリダクションですので、その編成だったらなおさら簡単に演奏できるでしょうね。
このCDでは、ピリオド楽器のオーケストラが演奏しています。弦は8.8.6.4.2という小編成なので、とても細やかなアンサンブルが楽しめます。第1楽章では、ワーグナーの「パルジファル」でも使われる「ドレスデン・アーメン」でのガット弦のピアニシモは絶品です。第2楽章の木管のアンサンブルも完璧、とても颯爽としています。
そして、後半の楽章では、声楽が入るところでは見事に溶け合い、オーケストラだけのところとの対比をきっちり聴かせてくれています。
これだけだと30分もかからずに終わってしまいますから、カップリングでメンデルスゾーンとはとても深い関係のあったデンマークの作曲家、ニルス・ゲーゼの「交響曲第3番」が演奏されています。この曲は以前聴いたことがありましたが、それとはまるで別の曲かと思えるほどのアプローチの違いがありました。何よりテンポがとても速いので、メンデルスゾーンとの関連性がよりくっきりと伝わってきます。第4楽章などは「イタリア」の第1楽章や第4楽章の精神が見え隠れするようです。

CD Artwork © querstand

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by jurassic_oyaji | 2018-04-17 21:00 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies Nos. 5 & 7
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Jaap van Zweden/
New York Philharmonic
DECCA GOLD/00028948168569


世界最大の音楽レーベル、ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)から、NYフィルの独自レーベルも含まれる「デッカ・ゴールド」という新しいレーベルが発足しました。このネーミングを聴いて、UMGのクラシック部門を「ドイツ・グラモフォン」とともに支えているあのイギリスのレーベル「デッカ」を連想する人は多いはずです。今ではもはや自社で録音を行うことはなくなっていますが、そのかつてのエンジニアたちは世界中のレーベルに素晴らしい録音を提供しています。そんな人たちによる「デッカ・サウンド」が、ニューヨーク・フィルの演奏によって聴けるなんて、すごいことなのでは。
というのも、以前こちらで聴いたニルセンの交響曲などは、まさにその「デッカ」で開発されたマイクアレンジを使って録音されていて、とても素晴らしい音が体験できましたからね。
しかし、どうやら、そんな期待は全く見当外れだったようです。この新しいレーベルのルーツは「アメリカ・デッカ」のようなのですね。ややこしい話ですが、イギリスの「デッカ」の子会社としてアメリカで設立された「アメリカ・デッカ」は、後に親会社とは全く資本関係がなくなって完全な別会社となり、主にジャズやポップスの分野で録音を行うようになります(クラシックでもルッジェロ・リッチの「クレモナの栄光」という名盤がありましたね)。
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名前もやがて「MCA」、さらに「ユニバーサル」へと移行します。そして、そこに「イギリス・デッカ」が属していた「ポリグラム」が吸収されるのです。したがって、その時点で「イギリス・デッカ」と「アメリカ・デッカ」は再度同じグループ内のレーベルとなりました。
ただ、もはや「アメリカ・デッカ」の名前はなくなっていましたから、ここに来てこの「ゴールド・デッカ」という名前で「アメリカ・デッカ」が復活した、ということでまちがいないでっか
というわけで、このNYフィルの場合は、今までこのオーケストラが配信用にライブ録音を行っていたのと同じスタッフが製作を行うことになっていました。
そんな、「名前」にまつわるややこしい話は、そのライブ録音の会場であるホールの名前にも及んでいます。今回のクレジットを見て、それが「デイヴィッド・ゲフィン・ホール」という名前だったので、NYに新しいホールでも出来たのかな、と思ったら、写真では今までの「エイヴリー・フィッシャー・ホール」と同じところのようでした。なんでも、2015年にホールの名前が変わっていたのだそうですね。「ネーミング・ライツ」というやつでしょうか。でも、フィッシャーはオーディオ・メーカーですから分かりますが、ゲフィンはクラシックとは無縁のプロデューサーですけどね。金さえ出せばいいということなのでしょうか。
つまり、このNYフィルの本拠地であるコンサートホールは、建設された当初から音響的には問題がありました。それを改善するために再三改修工事が行われ、その費用をこの人たちが(一部)出していたのですね。いや、実はいまだに改善されないので、来年からまた工事が始まるのですが、それをゲフィンが(一部)払ってくれたのだそうです。
そんな欠陥ホールの実態は、このCDを聴いてもよく分かります。低音が異様にブーストされているところに残響が乗り、明瞭さが全くなくなっているのですね。ただ、もちろん優秀なエンジニアであれば、そこを目立たせずにちゃんとした音で録音することは可能です。先ほどのニルセンがその好例、それに比べれば、このCDの録音はまるでシロートの仕事です。
そんなおぞましいサウンドだからこそ、今年の秋からNYフィルの音楽監督に就任するファン・ズヴィーデンのアグレッシブなベートーヴェンはインパクトを与えてくれるのかもしれません。そういう意味では、指揮者の音楽性を的確に増幅させたクレバーな録音と言えなくもありません。好きにはなれませんが。

CD Artwork © New York Philharmonic

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by jurassic_oyaji | 2018-03-27 20:58 | オーケストラ | Comments(0)
BERNSTEIN/On the Waterfront
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Christian Lindberg/
Royal Liverpool Philharmonic Orchestra
BIS/SACD-2278(hybrid SACD)


レナード・バーンスタインは、今年2018年が「生誕100年」の記念年になるのだそうです。そうですか、生きていれば100歳だったんですね。指揮者だったらそのぐらいの長寿は不可能ではないのに、やはりタバコを吸い過ぎたせいで長生きはできなかったのでしょうか。
ということで、今年はバーンスタインがらみのCDのリリースやコンサートが相次ぐことになるのでしょうね。とりあえず、今週末にはあのNHK交響楽団までが「ウェストサイド・ストーリー」を全曲上演してしまうのだそうですからね。
今回のSACDは録音されたのはおととしですし、リリースも去年だったのですが、やはり同じようにこの「100周年」に合わせて制作されたものなのでしょう。ここでも、その1957年に作られた「ウェストサイド・ストーリー」から、その中からのダンスナンバーを集めた「シンフォニック・ダンス」が演奏されています。
とは言っても、アルバムのメインタイトルは「波止場」になっています。これは、マーロン・ブランドが主演を務めた1954年の映画ですね。バーンスタインは、この映画のために彼にとっては唯一の「映画音楽」を作っていたのです。このジャケットは、その「波止場」のワンシーンを、ここでロイヤル・リヴァプール・フィルを指揮しているクリスティアン・リンドベリがマーロン・ブランドになりきって撮ったものなのでしょう。リンドベリが着ている革ジャンはブランド品
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もちろん、ここではその映画のサントラを元に作られた「交響組曲」が演奏されています。
その他にも、ここではバーンスタインが劇場作品のために作った曲を元にした曲が演奏されています。まずは1944年に作られた、彼にとっては最初のメジャーな作品である「ファンシー・フリー」です。これは、振付師のジェローム・ロビンスが脚本も書いたバレエのための音楽です。そこから作られた「3つのダンス・ヴァリエーション」が演奏されています。
これは、3人の水夫が寄港地のニューヨークで過ごした1日の物語ですが、このプロットはのちに「オン・ザ・タウン」というミュージカルとして、1946年に結実します。その時の音楽も、もちろんバーンスタインが作っています。その中のナンバーから作られたのが、「3つのダンス・エピソード」です。
さらに、そのミュージカルは1949年にジーン・ケリーやフランク・シナトラなどがキャスティングされて映画化されます(邦題は「踊る大紐育」)が、その際には、音楽は他の人の作品も加わって作られていました。
そして、このアルバムのオープニングは、1957年に作られたミュージカル「キャンディード」の序曲です。このミュージカルの中のナンバーをちりばめて構成されていて、かなり高度な作られ方をしているにもかかわらず、とてもキャッチーに受け止められる曲に仕上がっているために、もはや完全にコンサートの定番となった感がありますね。それに加えて、さるテレビ番組で長年テーマ音楽として使われていたというヘビー・ローテーションがありますから、「名曲」としての地位は確かなものがあります。
それらのオーケストラ曲が5曲、最新のサラウンド録音で聴いてみると、この序曲と、やはり聴きなれた「ウェストサイド・ストーリー」が、パーカッションの配置なども手に取るようにわかって聴きごたえがあります。「プロローグ」で警官の警笛は後ろから聴こえてきますしね。
しかし、それ以外の曲は、単に聴きなれていないというだけではない、なにか頭でっかちな技巧だけに頼って作られたもののように聴こえてなりません。もしかしたら、そちらの方がバーンスタインの本来の姿だったのではないでしょうか。「ウェストサイド・ストーリー」は、クレジット上は歌詞での共作となっているスティーヴン・ソンドハイムの影響が色濃く出た結果、これほどの「名作」になったのでは、という思いは、このアルバムを聴き通したことによってさらに強まります。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2018-02-27 23:08 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphony No.9
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Helen Donath(Sop), Teresa Berganza(Alt)
Wieslaw Ochman(Ten), Thomas Stewart(Bas)
Rafael Kubelik/
Chor des Bayerischen Rundfunks
Symphonieorcheser des Bayerischen Rundfunks
PENTATONE/PTC 5186 253(hybrid SACD)


ラファエル・クーベリックが1970年代にDGに録音したベートーヴェンの交響曲全集をPENTATONEがサラウンドにリマスタリングしたシリーズは、4セット目を迎えたところで「第9」の登場です。残るは「エロ以下」いや「エロイカ」だけなのですが、今のところリリースの予定が伝わってこないのはなぜなのでしょう。ただ、これまでのアルバムの品番の末尾が248、249、250ときて、いきなり今回は253になっていますから、もうあと2枚出るということなのでしょうか。いや、DGには9曲しか残していなかったはずですけどね。
というか、今回のオーケストラのバイエルン放送交響楽団は当時クーベリックが首席指揮者を務めていたところで、なんと言っても「真打」になるのですから、それをもって完結なんてことになるかもしれませんね。
この「第9」の録音会場は、当時のこのオーケストラの本拠地のヘルクレス・ザールです。ここも響きのよいホールとして知られていますし、全くお客さんを入れないセッション録音ですから、リア・スピーカーからは空っぽの会場ならではの残響がたっぷり聴こえてきます。特に、打楽器や金管楽器が、よく響いていますね。ティンパニの強打は特に目立ちますし、終楽章のシンバルなどもビンビン聴こえてきます。おそらく、お客さんが入った時のライブ録音ではここまでの残響は聴こえないでしょうから、聴いている者はまるでホールを独り占めしているようなぜいたくな気分に浸れるのではないでしょうか。
それと、今回のリマスタリングではしっかりDGのサウンド・ポリシーが伝わってきたのは、うれしいことです。もちろん、かつてのDGのCDに比べると、格段に楽器の解像度が上がっています。そこからは、まだ粗野な味の残る、いかにもドイツ的なオーケストラの響きがストレートに伝わってきます。
この録音を最初に聴いた時からはかなりの年月が経ち、再生メディアとともに再生環境、さらにはリスナーとしての立ち位置も大幅に変化しています。なによりも、実際にオーケストラ・プレーヤーとして音楽を「内側」から聴くようになったことで、同じ音源でもそれに対する感じ方はかなり異なっていることに気づかされます。
もちろん、それは世の中のベートーヴェン演奏に対する判断基準が劇的に変わってしまったことも無関係ではありません。そういう意味で、このクーベリックの演奏は、逆に新鮮な魅力を持って目の前に現れてきました。
特に強烈な印象を与えてくれたのが、第2楽章のトリオの部分のテンポ設定です。あくまで本来の「トリオ」の意味を持たせて、とてもゆったりとしたテンポで、まるで夢見るように歌い上げるこの部分には、たとえばオーボエが必死の形相で難しい指使いに挑戦しなければいけない昨今のテンポからは絶対に感じられない安らぎがあります。
かと思うと、終楽章の最後に見せる劇的なギア・チェンジ。一瞬低速に切り替わったかと思うと、間髪をいれずに訪れる総攻撃、それを演出しているのは、ピッコロ奏者の熟達の技、ずっと楽譜より1オクターブ高い音で勝負していましたから「もしや」と思っていたら、やはり最後は4オクターブ目の「D」を見事に決めての着地です。
そんな「暴れ馬」のようなオーケストラに、合唱も負けてはいません。「Seit umschlungen」で始まる男声合唱の何と力強いことでしょう。いや、ここでは低音専門のベースのパートの人が無理をして高音を出そうとしてとんでもない声になっている様子までがしっかり聴こえてくるほどの「気合」が感じられます。そして「über Sternen muß er wohnen」の神秘的な響きの後に出てくる二重フーガでの、普通はソプラノに消されてほとんど聴こえてこないはずのアルト・パートのぶっとい声といったら。
このオーケストラも合唱団も、かつてはこんなにエネルギッシュだったんですね。同じ団体が、今ではすっかりスマートになってしまいました。

SACD Artwork © PENTATONE MUSIC B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-02-20 23:18 | オーケストラ | Comments(0)
MUSSORGSKY/St. John's Night on the Bare Mountain
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Anatoli Kotcherga(Bar)
Claudio Abbado/
Südtiroler Kinderchor, Rundfunkchor Berlin
Berliner Philharmoniker
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ムソルグスキーの「禿山の一夜」の成り立ちについて調べていたら、どうも今まで漠然と認識していたこととは違うのではないか、と思い立ったので、こんな昔(1995年9月)の録音を聴いてみることにしました。
こんな、ある意味「歴史」を感じさせるアイテムを入手したのは、その「禿山の一夜」の、現在普通に演奏されているものとは異なったバージョンが収録されていると知ったからです。これは、「原典版」と「リムスキー=コルサコフ版」の間に作られたバージョンです。
最近ではこの曲の「原典版」も広く演奏されていて、従来の「リムスキー=コルサコフ版」と簡単に比較できるようになっています。そして、その違いがあまりにも大きいものですから、「リムスキー=コルサコフは、オリジナルにあった粗野な面を変えてしまった」という評価が広まることになります。それは、単にオーケストレーションが洗練されたものに変わっただけではなく、たとえば曲の最後にリムスキー=コルサコフ版ではは原典版にない穏やかなシーンが加わっているあたりが、そのような評価の主たる要因なのでしょう。
ところが、リムスキー=コルサコフ版の最後にクラリネットとフルートのソロで現れるその甘美なメロディ(夜明けの情景)は、実際はリムスキー=コルサコフが勝手に挿入したわけではなく、すでにムソルグスキー自身が作っていたのですよ。
それが分かるのが、ここで演奏されている未完のオペラ「ソロチンスク(ソローチンツィ)の定期市」の中にある「若い農夫の夢」というタイトルの音楽です。ここで作曲家は、作ってはみたものの多くの仲間から批判され、とうとう演奏もされずにお蔵入りとなった「原典版」を改訂して、バリトン・ソロと合唱が加わった形に作り変えたものを使っているのです。
正確には、1880年にピアノ・スコアを作った段階で中断してしまったこのオペラの前に、1872年に企画された複数の作曲家の合作によるオペラ-バレエ「ムラダ」の中でも、同じようなことをやっているのですが、これは企画が頓挫してスコアも残っておらず、どんな音楽なのかは知る由もありません。
「ソロチンスクの定期市」の方は、1930年にヴィッサリオン・シェバリーンによって再構築とオーケストレーションが施されました。1934年にはスコアも出版されています。
このアバドの演奏を聴く前に、このオペラの全曲盤(NMLにあります!)を聴いてみると、第1幕の最後近くに問題の「夜明け」のメロディが聴こえてきます。これは、主人公の若い農夫が歌う「なぜ泣き嘆くのか」というアリア(ドゥムカ)で、このオペラ全体のライトモティーフのような使い方もされています。ですから、これは紛れもなくムソルグスキーのオリジナルなのですね。
そして、第3幕の第1場と第2場をつなぐ形で演奏されているのが、「若い農夫の夢」です。オペラでは、この曲が始まる前に、さっきのドゥムカのメロディがまず聴こえます。そして始まったその曲は、合唱が入って雰囲気は少し違っていますが、曲の構成自体は前半ではリムスキー=コルサコフ版とほとんど同じです。原典版には入っていない金管楽器によるファンファーレも、合唱ではっきり聴こえてきます。そして、最後には、まさにリムスキー=コルサコフ版の最後、鐘の音とともに魔物たちが退場して夜明けが来る、というシーンがそのまま演奏されているのです。
これを聴いた後に原典版を聴くと、後半のテーマの扱いがいかにも精彩に欠けていることがよく分かります。彼自身も、おそらく原典版の欠点を理解したからこそ、このような「進化形」を自ら作ろうと思ったのではないでしょうか。
アバドは1980年に「原典版」をロンドン交響楽団と録音、さらに1993年にはベルリン・フィルと録音しています。その時点ではこの「若い農夫の夢」の存在は知らなかったのかもしれませんね。「若い情婦」は存在してたりして。

CD Artwork © SONY BMG Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2018-02-06 23:20 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphony No.2
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Chen Reiss, Annette Dasch(Sop), Karen Cargill(MS)
Daniele Gatti/
Netherlands Radio Choir(by Klaas Stok)
Royal Concertgebouw Orchestra Amsterdam
RCO/RCO 17003(hybrid SACD), RCO 17108(BD)


ジャケットの裏を見ると、オーケストラの名前が「Royal Concertgebouw Orchestra Amsterdam」となっていますね。実は、このオーケストラは昨年の11月に来日しているのですが、その時のプログラムにも、ちゃんとその名前が印刷されていました。
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昔は「アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団」と呼ばれていたオーケストラが、いつの間にか「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」と改名していたのですが、また「アムステルダム」を復活させることになったのでしょうか。
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いや、そんなことよりも、このジャケットのクレジットでは、ヤンソンスの後任として華々しく登場したダニエレ・ガッティが、首席指揮者に就任した直後の2016年9月に行った「復活」のコンサートのライブ録音の曲目なのに、SACDとBDとではソプラノ歌手の名前が違っているということに驚いてほしいのですよ。上がSACD、下がBDです。
このように、それぞれのメディアのクレジットを見ると、同じ日に収録されていて全体の演奏時間や各楽章の演奏時間が全く同じなのに、ソプラノだけが別の人という、理解不能なことになっています。これはいったいどういうことなのでしょう。
調べてみると、このコンサートは、同じものが4日間開催されていたことが分かりました。9月の14、15、16、18日の4日です。そこでは、最初の3日間はアンネッテ・ダッシュがソプラノ・ソロとして出演していたのですが、最後の日はそれがチェン・レイスに変わっていたのですよ。オペラやミュージカルではないので、ダブルキャストということはまず考えられませんから、おそらく何らかのアクシデントのためにダッシュがキャンセルしたために、レイスが猛ダッシュで代役のために駆けつけた、というところなのでしょうね。
したがって、ここではBDの録音日のクレジットは明らかな間違いでしょう。そして、演奏時間も、トータル・タイムは88分は軽く超えていましたから、それも間違っているはずです。
そんないい加減なパッケージなのに、使われている楽譜は「キャプラン版」だ、というのはきっちりと表記されています。ということは、合唱は歌い出しの時には座ったままなのでしょう。
実は、最初はSACDだけしか買わないつもりだったのですが、それが分かったので実際に確かめてみようと、BDも購入していたのでした。このレーベルは、以前もヤンソンスの指揮での録音を出していましたが、その時にはSACDと一緒にDVDがオマケで付いていましたね。
ですから、その時もヤンソンスはキャプラン版を使っていて、合唱は最初は座って歌っていることが分かります。ただ、キャプラン版での指示(というか、注釈)は「マーラーは合唱の入りでは座ったままで歌わせた」というだけで、立ち上がるタイミングまでは分からないんですよね。ですから、同じオーケストラと合唱団でも、ヤンソンスとガッティとでは合唱が立ちあがる場所が異なっていることも分かります。今回のガッティの方が遅くて、最後のクライマックス、ホルン群のベルアップに続いてオルガンが初めて登場するところで立ち上がっています。こちらの方が、かっこいいですね。
そう、このガッティの演奏は、そんな「かっこよさ」が随所にみられる、とてもチャーミングなものです。ただ、SACDでのソプラノ、レイスは、BDでのダッシュに比べるとチャーミングという点では完全に負けてます。なぜ、SACDではダッシュのテイクを使わなかったのでしょうか。
今回、この2種類のメディアを、サラウンドで聴き比べてみました。BDはDTS-HD Master Audio 5.0(96/24)というフォーマット、SACDではサラウンドに関しては何の表記もないのですが、2チャンネルと同じ2.8MHzDSDなのでしょうね。2チャンネルでは、今まで聴いてきたどのソースでもBD>SACDだったのですが、サラウンドになるとさらにその傾向が強まっているようで、圧倒的にBDの音の方がクリアで瑞々しく聴こえます。

SACD & BD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest

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by jurassic_oyaji | 2018-01-06 21:10 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies Nos. 6, 7, 8
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Rafael Kubelik/
Orchestre de Paris
Wiener Philharmoniker
The Cleveland Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 250(hybrid SACD)


クーベリックが1970年代にDGに録音したベートーヴェンの交響曲全集は、元々はその頃のオーディオ界の最新技術であった「4(フォー)チャンネル(Quadraphonic)」で録音されていたのだそうです。確かに、あのころは誰もが「これからは4チャンネルだ」と思い込んでいたのではないでしょうか。包み込まれるようなサウンドに、父親はぐっすり(それは「とうちゃん寝る」)。ただ、結局はその何種類かの再生方式を巡っての醜い覇権争いの末、消費者にはそっぽを向かれ、一過性のブームで終わってしまっていたのでした。
レーベルでも、時代の流れに乗り遅れまいと、しっかりと4チャンネルでの録音の体制を作り上げ、全てその方式で録音を行っていた時期があったのでしょうね。ただ、実際にそれらが4チャンネルのソースとして市場に出回ることはほとんどありませんでした。もちろん、このクーベリックのベートーヴェンも、普通の2チャンネルステレオのLPでしかリリースされてはいなかったはずです。
例えばあのカラヤンは、1970年から1978年にかけてEMIから20枚以上の4チャンネルのLPをリリースしていますが、DGからのものは1枚もありません。
2002年から活動を始めたこのPENTATONEというレーベルは、PHILIPSというオランダのレーベルが新録音をやめることになり、そのために解雇された人材が集まって作ったSACDに特化したレーベルです。それ以前、1998年に、やはり元PHILIPSのエンジニアが作ったPOLYHYMNIAという録音チームとは密接な関係にあり、当初はこの時代に録音されたPHILIPSの4チャンネルの録音を、サラウンドSACDとしてリリースしていました。後に新録音も開始、さらに今では同じ系列となったDGの4チャンネルの音源も、同じようにSACD化するようになっています。つまり、かつて録音されても日の目を見ることのなかった数多くの4チャンネルの音源が、四半世紀を経てSACDという媒体で初めて世の中に出ることになったのですね。
個人的には、今まではSACDはもっぱらピュア・オーディオの対象でしたから、サラウンドには全く興味はありませんでした。ところが、ひょんなことからSACDのサラウンド・トラックを聴ける環境が整ってしまったので、そんな「4チャンネル」を実際に体験出来ることになりました。そして、そこにはピュア・オーディオとは別の面での魅力が潜んでいることが分かりました。
この、PENTATONEのリマスターとしては3番目のアルバムでは、2枚組で6番、7番、8番が収録されていました。そのうちの6番ではユニヴァーサルからシングル・レイヤーで2チャンネルだけのSACDが出ていたのでまず「ステレオ」でそれを比較してみると、やはりDGのサウンドは見事にPHILIPS寄りの繊細なものに変わっていました。もう、ここのエンジニアは体の芯までPHILIPSの音がしみ込んでいるのでしょうね。
それはそれで楽しめるとして、肝心のサラウンドでの再生を試してみると、ステレオではあまりよく分からなかった、録音会場の違いがとてもはっきり分かるようになっていました。6番はパリ管の演奏なのですが、録音はサル・ワグラムというだだっ広い空間で、余計な残響がないので録音スタジオとしてよく使われていたところです。ですから、ここではホールトーンのようなものはほとんど感じられません。ところが、ムジークフェライン・ザールでのウィーン・フィル(7番)と、セヴランス・ホールでのクリーヴランド管(8番)の場合は、もうビンビンと客席からの反響がリアスピーカーから聴こえてくるのですね。特に、8番の第2楽章では、木管楽器のパルスがそのままエコーとして半拍近く遅れてはっきり聴こえてくるのですよ。
この部分をステレオで聴いてみたら、そんなディレイ感は全くありませんでしたから、2チャンネルのマスターではリアの成分をきっちりカットしてあるのでしょう。確かに、これはサラウンドで聴かないと単に邪魔になるだけのものですからね。でも、元の録音にはそれがしっかり入っていて、ここで初めて聴けるようになったというのは、ちょっとした感動でした。

SACD Artwork © Pentatone Musik B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-19 23:11 | オーケストラ | Comments(0)