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カテゴリ:オペラ( 224 )
DEBUSSY/Pelléas et Mélizande
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Magdalena Kožená(Mélizande), Christian Gerhahel(Pelléas)
Gerald Finley(Golaud), Franz-Josef Selig(Arke()l)
Simon Rattle/
London Symphony Chorus(by Somon Halsey)
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0790(hybrid SACD, BD-A)


サイモン・ラトルは、2002年に芸術監督に就任したベルリン・フィルのポストはまだ今年のシーズン終了まで続きますが、それと兼任という形ですでにロンドン交響楽団の音楽監督としての活動も開始しました。それが、2017年9月14日にバービカン・ホールで行われたシーズン・オープニング・コンサートです。その時のプログラムは、すべてイギリスの作曲家の作品という徹底したもの、イギリスのオーケストラが迎えた初めてのイギリス人の音楽監督を祝福する意味合いがあるのでしょうか。それは、このオーケストラのために委嘱した新作、ヘレン・グライムの「ファンファーレ」から始まり、クリスティアン・テツラフのソロでハリソン・バートウィスルの「ヴァイオリン協奏曲」、ラトルがバーミンガム市交響楽団時代に委嘱したトーマス・アデスの「アサイラ」、オリヴァー・ナッセンの「交響曲第3番」と続き、エドワード・エルガーの「エニグマ変奏曲」で締めくくるというものでした。
今回のSACD(+BD-A)には、2016年1月9日と10日に行われたドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」のコンサート形式の上演の模様が収められています。このコンサートは、その直前1月5日に亡くなったピエール・ブーレーズに捧げられていたということです。
コンサートとは言っても、ここではベルリン・フィルとの「マタイ」や「ヨハネ」と同じく、ピーター・セラーズが演出を担当していました。ラトルはベルリン・フィルと2015年12月に、やはりセラーズの演出で同じ作品をほぼ同じソリストたちと演奏していたのですね。二股、というやつでしょうか。いや、たまたまでしょう。
19世紀と20世紀をちょうどまたぐ形で作曲されたこのオペラは、あらゆる面でそれまでのオペラの概念を覆すものでした。台本には「青い鳥」で有名なメーテルランクの戯曲がほぼそのまま使われていますから、それらは基本的に「お芝居のセリフ」です。ですから、そこからは「アリア」のようなものを作り出すのは困難ですから、歌手たちが歌うものは限りなく「セリフ」に近づきます。考えてみれば、それまでのオペラではアリアが始まるとそこで物語の進行はストップしてしまうのですから、「劇」としてみればそちらの方がかなり不自然なものなのでしょうが(ミュージカルなどは、まさにそのような「お約束」の上に成り立っています)、やはり当時の人は戸惑ったことでしょうね。
その代わりにドビュッシーが目指したのは、音楽自体で物語を進めるという手法でした。彼のオーケストラのパートは、そんな平坦な「言葉」のバックで、とても雄弁に「物語」を伝えてくれているのです。あるいは、「言葉」では伝えきれない情感までも、きっちりと「音楽」が伝えていると感じられるところもたくさん見つかるはずです。たとえば、ペレアスとメリザンドが愛を確かめ合う第4幕第4場などは、「トリスタン」の第2幕第2場にも相当する道ならぬ恋の高まりの場面なのですが、ワーグナーのようにストレートに燃え上がる情念はドビュッシーのオーケストラからは決して味わうことはできません。そこにあるのは、背徳の影を落とした、突き刺さるように繊細な和声とオーケストレーションなのです。
そんな音楽の中では、歌手たちにはオーケストラの細やかな情感に決して逆らわない表現が求められるはずです。その上に、フランス語のエスプリが存分に込められていれば申し分ありません。そういう意味では、ペレアスのゲルハーエルは合格、メリザンドのコジェナーは不合格です。
このオペラでは、合唱の出番もあります。でも、彼らは第1幕第3場の途中でほんの数回オフ・ステージで「ヘイホー!」という水夫の叫び声を発するだけです。SACDやBD-Aのサラウンド・モードで聴いてみるとその声が後ろから聴こえてきますから、ここでは客席で歌っていたのでしょう。

SACD, BD Artwork © London Symphony Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2018-01-23 22:58 | オペラ | Comments(0)
MESSIAEN/Saint François d'Assise
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Dietrich Fischer-Dieskau(François)
Rachel Yaker(L'Ange), Kenneth Riegal(Le Lépreux)
Lothar Zagrosek/
ORF-Chor, Arnold Schönberg-Chor(by Erwin Ortner)
Radio Symphonie Orchester Wien
ORFEO/C 485 9821


先日、全曲の日本初演があったばかりのメシアンのオペラ、「アッシジの聖フランチェスコ」は、これまでに2種類のCDと1種類のDVDが存在していました。ところが最近、それとは別の録音がだいぶ前にリリースされていたことを知りました。それは、1985年のザルツブルク音楽祭で上演された時にオーストリア放送協会によって録音されていた放送用の音源で、1998年にCD化されていたものです。
とはいっても、この時は全曲が上演されていたわけではなく、全8景の中の4つの景だけを、「オーケストラ・コンサート」として演奏したものでした。しかし、この作品がパリのオペラ座(ガルニエ宮)で初演されたのが1983年の末ですから、それからほんの1年半後にこの大作を再演したのは偉業と言うべきでしょう。この時にはメシアン自身が上演に立ち会い、演奏する部分の選択などを行い、タイトルも「Scènes Franciscaines(フランチェスコからの場面)」に変えていました。
これがきっかけとなって、それから数年間この「ハイライト上演」が世界各地で行われることになります。まずは、1986年3月の、初演者である小澤征爾指揮の新日本フィルの東京でのコンサートでした。
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それに続いて、同じ形のコンサートが1991年までにロンドン、ボストン、マドリッド、ワルシャワ、ベルリン、フランクフルト、ミュンヘンなどで開催されています。
ザルツブルク音楽祭で全曲が上演されたのは1992年8月のことでした。これはピーター・セラーズが演出を担当、指揮はエサ=ペッカ・サロネンで、オーケストラはLAフィルです。この上演自体が、LAフィルと、そしてパリのオペラ座(新設されたバスティーユ)との共同制作だったので、同じ年の12月には、そのバスティーユで同じものが上演されています。その時の指揮者が、先日の全曲日本初演を行ったカンブルランでした(同じプロダクションでも指揮者は被らん)。
このザルツブルクのプロダクションは、その6年後に同じキャストで再演されますが、その時には指揮者はケント・ナガノ、オーケストラはハレ管弦楽団になっていました。これが、DGからリリースされている全曲盤のソースです。
今回のCDでは、キャストや指揮者、オーケストラは後のザルツブルクでの全曲上演とは全く異なりますが、合唱と合唱指揮、そしてオンド・マルトノ奏者が3人とも同じ人という共通点はあります。メシアンの義妹のジャンヌ・ロリオの名前もありますね。
ただ、タイトル・ロールがディートリヒ・フィッシャー=ディースカウというのはどうなのでしょう。彼が得意とするのはもっぱらドイツ歌曲のような印象がありますから、ちょっとした違和感が。案の定、ここでの彼には何かしっくりこないところがありますね。あまりにも知的過ぎるんですよ。他のレパートリーではそれが得も言われぬ「表現」として称賛されるのでしょうが、それがここではすべて裏目に出ているのでは、という感じが、最後まで拭われることがありませんでした。
ツァグロセクの指揮によるウィーン放送交響楽団(録音当時は「ORF交響楽団」と呼ばれていました)は大健闘。初演の小澤盤をはるかにしのぐ高度のアンサンブルを聴かせてくれます。もっとも、後のケント盤に比べるとメシアン特有のグルーヴ感に関してはまだまだ、という気はします。
録音は、とても素晴らしいものでした。コンサート形式ならではの安定したマイクアレンジで、それぞれの楽器や、特に合唱が細部までくっきりと聴こえてきます。皮肉にも、ケント盤では目立たなかった同じ合唱団の弱点が、ここではもろに現れてしまっています。
全曲のちょうど半分、第1幕と第2幕の最後の景と、第3幕の全曲という構成は、この作品で必要なものを全て含んでいるようでした。これを聴けば、2時間ちょっとで4時間半の全曲と同じだけの体験ができるかもしれません。あくまで、フィッシャー=ディースカウに我慢ができれば、ですが。

CD Artwork © ORFEO International Music GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-01-18 21:01 | オペラ | Comments(0)
STRAUSS/Salome
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Emily Magee(Salome), Wolfgang Koch(Jochanaan)
Peter Bronder(Herodes), Michaela Schuster(Herodias)
Andrés Orozco-Estrada/
Frankfurt Radio Symphony
PENTATONE/PTC 5186 602(hybrid SACD)


フランクフルト放送交響楽団が、現在の首席指揮者のアンデレス・オロスコ=エストラーダの指揮でこのレーベルに録音した3枚目のアルバムは、シュトラウスのオペラ「サロメ」でした。
このオーケストラ、最初に掲げたような呼び名で、例えばエリアフ・インバルとの、おそらく世界初のデジタル録音によるマーラーの交響曲全集を作った団体としておなじみですが、その後2005年に「hr-Sinfonieorchester(hr交響楽団)」という名前に変わっていました。しかし、2015年からは、国際公式名として「Frankfurt Radio Symphony」を採用することになったため、日本語では以前と同じ呼び方でも構わなくなりました。
指揮者のオロスコ=エストラーダは、1977年にコロンビアに生まれたという若手です。主にウィーンで指揮の勉強をしたそうです。勉強をおろそかにしなかったので、今では立派なオーケストラのシェフになれました。
彼がこのオーケストラの首席指揮者になったのは2014年。それまではウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の首席奏者でした(2015年まで兼任)。つまり、現在の指揮者、佐渡裕の前任者ということになります。
この「サロメ」は、2016年9月10日に行われた、コンサート形式の上演をライブ録音したものです。会場は先ほどのマーラー全集で一躍有名になったフランクフルトの「アルテ・オーパー」です。
レーベルもエンジニアも違いますが、まずはあの時のようなヌケの良い明晰なサウンドを存分に楽しむことが出来ます。シュトラウスの、多くの種類の楽器を使った色彩豊かなオーケストレーションが、とても高い精度で再現されているのではないでしょうか。それだけではなく、ソリストとともにバランスも完璧、目くるめく官能的な音楽が眼前に広がります。
ここで主役のサロメを任されたのは、アメリカ人のエミリー・マギーです。1965年生まれと言いますから、もはや「おばさん」の年齢に達していますが、その強靭な声は年を感じさせないものがあります。スタミナも充分、最後の長大なソロまで、楽々と、そして表情の豊かさを失わず歌いきっています。
オロスコ=エストラーダの指揮は、とても腰の据わった堅実なものでした。最大の聴かせどころである「7つのヴェールの踊り」でも、表面的な派手さはねらわず、じっくりと深いところから情感を滲み出していくような作り方で、圧倒されます。そんな渋さを演出しているのが、フルートのソリスト。極力ビブラートを抑えた暗めの音色が、逆に新鮮な味わいを出しています。
このオペラでは、地下牢に閉じ込められたヨカナーンの扱いが一つのポイントです。さすがにコンサートでは舞台下に潜り込むことはできないので、ここでは客席の一番後ろで歌っていました。いや、もしかしたらもっと後ろ、客席との扉を開けて、ロビーで歌っていたのかもしれません。
つまり、このSACDにはマルチチャンネルも含まれているので、その環境で再生してみるとヨカナーンの声は後ろの方から聴こえてくるのです。そして、次の場で地上に出てくる時には、ロビーからステージまで歩いて行ったのでしょうね。時間はたっぷりありますから。
もちろん、普通のステレオで聴いていたのでは、ヨカナーンの声にはたっぷりエコーがかかって、「遠くから」というのは分かりますが、それが後ろなのかどうかまでは、分からないはずです。
今では、このようにマルチチャンネルで録音して「サラウンド」の効果を出すことは、オーディオ・ビデオの世界ではもはや当たり前になっていますが、ピュア・オーディオではなかなか味わうことはできません。そもそも、SACDでサラウンドを聴くためのオーディオ機器は、今ではほとんど市場から姿を消していますからね。さらに、LINNのように、あれだけのスキルを持ちながらSACDから撤退してしまったレーベルもあります。さまざまな事情があるのでしょうが、これは非常にもったいないことです。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-26 23:17 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Siegfried
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Simon O'Neill(Siegfried), Heidi Melton(Brünhilde)
Matthias Goerne(Wanderer), David Cangelosi(Mime)
Werner Van Mechelen(Alberich), Falk Struckmann(Fafner)
Jaap van Zweden/
Hong Kong Philharmonic Orchestra
NAXOS/NBD0069A (BD-A)


ヴァン・ズヴェーデン指揮の香港フィルによる「指環」のツィクルスもほんこんと(とんとんと)進んで、後半に入りました。今回もCDだけではなくこのようにBD-Aが用意されているのがうれしいところです。最近、かなりのオーディオ・マニアなのに、SACDやBD-Aを実際に聴いたことが無いという人がいたので、何種類か貸してあげたら、「ブルーレイ・オーディオってすごいね!」と驚いていたぐらいですから、このフォーマットはもっともっと広まってもいいのに、と思ってしまいましたね。
なんせ、一時は多くのレーベルがこのフォーマットに賛同して、業界団体みたいなものまで結成されたというのに、現在では新録音を定期的にBD-Aで発売しているのは2LとLSO LIVEぐらいしかなくなってしまいましたからね。NAXOSにしても、これは久しぶりのBD-Aのような気がします。もしかしたら、この「指環」を最後にBD-Aからは手を引いてしまうかもしれませんね。
なんと言っても、長時間の連続再生が出来るというのが、オペラの場合はとても便利です。この「ジークフリート」も、丸4時間ぶっ通しで聴き続けてしまいました。実演だと、幕間に1時間近くの休憩があるので、6時間も同じ場所に拘束されてしまいますから、これはありがたいことです。
そう、ごく最近、実際にこのオペラを「生」で体験してしまったのですよ。そこで、歌手の動きやオーケストラで活躍する楽器などもしっかり頭に入れてきたので、対訳を見る必要もなく、音だけで聴いてもしっかりその時の情景が目に浮かぶようになっていましたから、十分に長時間の音楽を楽しむことが出来ました。
香港フィルは、このツィクルスで確実に腕を上げてきているのがよく分かります。ほんと、的確にストーリーの流れを作り上げている手腕は、とても満足のいくものでした。ただ、まだ低音の重量感のようなものにはちょっと不満がありますが、それはもしかしたら録音のせいかもしれないので我慢しましょう。
でも、ジークフリート役のサイモン・オニールには、ちょっと我慢ができませんでした。最初に登場した時にはミーメとの対話に終始しているのですが、よく聴いていないとどちらがミーメでどちらがジークフリートなのか分からなくなってしまうほど、しょぼい声でしたからね。以前こちらのCDを聴いて、表現には物足りないものがあるものの、声自体は紛れもないヘルデンだという印象を受けたのですが、その時の輝きはもはや彼の声にはありませんでした。さらに、以前気になっていた歌い方の変なクセも、すごく耳障りに感じられるようになっていました。去年の「ワルキューレ」を聴いたときに、翌年はオニールだと知って期待していたのですが、それは完全に裏切られてしまいましたよ。来年1月の「神々の黄昏」のキャストを見てみると、ジークフリートは別の人になっていますから、きっと降ろされてしまったのでしょう。
ブリュンヒルデは、「ワルキューレ」でジークリンデを歌っていたハイディ・メルトンです。ジークリンデはちょっと役不足だったのですが、ブリュンヒルデはまだ力不足という気がしました。そのせいかどうかは微妙ですが、彼女も、来年はキャスティングされていませんね。
その二人が初めて顔を合わせるのが、第3幕の第3場です。ジークフリートは炎の中に横たわっている鎧姿の人を最初は男だと思っていて、それが女性だと分かってとても驚くのですが、バックのオーケストラはそのパニックの様子をとても大げさに表現しています。でも、これっておかしくないですか?ジークフリートは、その前に森の小鳥に「炎の中にあなたの花嫁がいる」と言われたので、その「花嫁」に会うためにここまでやってきたんですよね。だったら、そこに人がいれば、それが目指す相手だとすぐ分かるはずじゃないですか。今のテレビドラマで頻繁に見られる無駄に盛り上げる展開は、こんなところに起源があったのでしょうか。

BD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-16 21:10 | オペラ | Comments(0)
L'OPÉRA
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Jonas Kaufmann(Ten)
Sonya Yoncheva(Sop), Ludovic Tézier(Bar)
Bertrand de Billy/
Bayerisches Staatsorchester
SONY/88985390762


カウフマンの最新アルバムのタイトルは「 l'Opéra」。フランス語で「オペラ」ですが、このように固有名詞として使われると「パリのオペラ座」のことを指し示します。このオペラ座を舞台にしたガストン・ルルーの小説「オペラ座の怪人」の元のタイトルが「Le Fantôme de l'Opéra」ですからね。
もっとも、「怪人」が出てくるのはその小説が書かれたころの「オペラ座」、シャルル・ガルニエが設計して1875年に完成したオペラハウスで、「ガルニエ宮」とも呼ばれている建物です。今ではパリにはオペラ座は2つありますから、「バスティーユではなく、ガルニエの方」という注釈が必要になってきます。
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ジャケットは、そのガルニエ宮の客席の写真。天井にはシャガールによる天井画も見えますね。ブックレットの裏表紙には、それこそロイド=ウェッバーのミュージカル「オペラ座の怪人」にも登場する大階段の写真もあります。いずれも、その前でカウフマンがポーズをとっている、という構図ですから、これだけを見るとあたかもカウフマンがパリのガルニエ宮まで行って録音してきたのかと思ってしまいますが、あいにく実際に録音が行われたのはミュンヘンのバイエルン州立歌劇場でした。ですから、これらの写真も当然合成です。まあいいじゃないですか。そこまでして「オペラ座」の雰囲気を出そうとしているのですから。
カウフマンと言えば、一応ドイツものを得意としている歌手とはされていますが、イタリアものでも、そしてフランスものでもレパートリーになっていて、それらを収録した映像なども、数多くリリースされていますね。ですから、今回、全てフランスで活躍した作曲家によるフランス語で歌われるオペラだけをまとめたアルバムが出たことに関しては、何の違和感もありませんでした。というより、彼のフランス・オペラをじっくり味わえることに、大いなる期待を抱いていました。
そして、その期待感は、ほぼ満たされました。カウフマンは、まさに彼にしかできないやり方で、これらの作品に命を与えていたのです。
正直、彼のフランス語の発音はネイティヴのフランスの歌手とは比較にならないほど、ゴツゴツとしたものです。ですから、彼の歌が始まると、そこからは「おフランス」の肌触りなどというものはほとんど感じることはできません。それは、バックのオーケストラも同じこと、ド・ビリーの巧みな指揮ぶりでいとも繊細な表情は出しているものの、肝心の木管の音色があくまでドイツ風なんですからね。フルートソロの素っ気なさったら、あきれてしまうほどです。
しかし、聴きすすむうちに、別にフランス語のオペラだからといって、すべてをフランス風に仕上げる必要もないのではないか、という気持ちになってくるのが、カウフマンの凄さです。そう、彼が歌えば、そこからはまさに「国境」を超えた真の音楽が聴こえてくるのですよ。
彼が持つ圧倒的な武器は、その強靭な声です。これさえ聴ければ、まず裏切られることはありません。その上に、彼はこのフランス語のレパートリーでは「抜いた」声を織り交ぜて、対比を明確にした表現を試みています。これは、彼がヴェリズモのようなレパートリーの時に「泣いた」歌い方を取り入れているのと同じやり方なのでしょう。そのあたりの様式による歌い分けも徹底されていて、ここでそのヴェリズモ風の歌い方は決して聴くことはできません。
これで、彼が手がけていないのは、旧東欧やイギリスのレパートリーだけになりました。彼のピーター・グライムズぐらいは、聴いてみたいとは思いませんか?
今回もデュエット曲には豪華なキャスティングがなされています。マスネの「マノン」のタイトル・ロールを歌っているのがソーニャ・ヨンチェヴァなんですからね。せっかくだから、このノーマル・エディションのブックレットにも彼女のポートレートの1枚も載せてほしかったものです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2017-10-26 21:02 | オペラ | Comments(0)
MOZART/Don Giovanni
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Jean-Sébastien Bou(D. Giovanni), Robert Gleadow(Leporello)
Myrtó Papatanasiu(D. Anna), Julie Boulianne(D. Elvira)
Julien Behr(D. Ottavio), Anna Grevelius(Zerlina)
Marc Scoffoni(Masetto), Steven Mumes(Commendatore)
Jérémie Rhorer/
Choeur de Radio France, Le Cercle de L'armonie
ALPHA/ALPHA 379


ジェレミー・ロレが毎年パリのシャンゼリゼ劇場で上演しているモーツァルトのオペラは、そのライブ録音が順次CDとなっているようです。第1弾は2015年9月に上演されたこちらの「後宮」でしたが、次にリリースされたのは、それ以前、2014年12月に上演されていた「ティトゥス」でした。そして、この2016年12月に上演された「ドン・ジョヴァンニ」が3番目のリリースとなっています。
「後宮」ではそれほどの魅力は感じられなかったので、「ティトゥス」はスルーしてしまったのですが、今回は大好きな演目ですからロレの復調を信じて聴いてみることにしました。それにしても、歌手の皆さんは全員聴いたことのない人だというのには驚きました。逆に、先入観抜きでそれぞれの歌を味わうことはできることにはなるのですが。
「後宮」にはなかったことですが、今回のブックレットにはこの公演のステージ写真がたくさん掲載されています。それもカラーで。それによると、演出は良くある現代への読み替えが行われたもので、キャストは普通のスーツやジャケットを着ています。ただ、なぜかドンナ・エルヴィラはランジェリー姿になっていました。彼女は、小さな手帳を熱心に見ているので、それは「カタログの歌」のあとでレポレッロから奪った手帳なのでしょうが、このシーンで下着姿というのはどういうシチュエーションが設定されていたのか、ちょっと気になってしまいます。
もっと興味深いのは、第1幕のフィナーレです。ここではドン・オッターヴィオ、ドンナ・アンナ、ドンナ・エルヴィラの3人だけが仮面をつけて現れる、というのが普通の演出なのですが、この写真ではなぜかパーティーの客全員がマスクをつけているのですね。いったいどんな演出プランだったのでしょう。
そのシーンには、花嫁姿のツェルリーナもいるのですが、彼女とドン・ジョヴァンニがアップになった写真で見ると、ツェルリーナを歌っているアンナ・グレヴェリウスがまるで年増女のように写っています。彼女はこれがツェルリーナでのデビューなのだそうで、実年齢はずっと若いはずなのに、ちょっと損をしていますね。
いや、彼女の声は、ツェルリーナにしてはかなり太めの声なので、そんなイメージもあってなおさら老けて見えたのでしょう。でも、それは決してミスキャストではなく、逆にこの役に芯の強さを与えていてとても心地よく聴くことが出来ましたよ。マゼットを介抱するアリアなどでは、ひょっとして姉さん女房、なんて思ってしまいます。
そこで一緒に写っているドン・ジョヴァンニ役のジャン=セバスティアン・ブは、真っ白なジャケットといういかにもプレイボーイ然とした衣装姿ですが、このツェルリーナとのデュエットなどは本当に甘ったるい声で迫ります。彼は基本的にそんな歌い方で通しているようで、そういうとても分かりやすいキャラクターに徹しているのでしょう。つまり、レポレッロ約のロバート・グリードウの方が、思いっきりドスの利いた声だということですね。
ドン・オッターヴィオ役のジュリアン・ベールは、最大の収穫でした。パリでデビューした時には「魔笛」のタミーノを歌っていたのだそうですが、あのカウフマンのような力のある、それでいてもっとソフトな声は、理想的なモーツァルト・テノールなのではないでしょうか。
ドンナ・アンナとドンナ・エルヴィラ役の人はちょっといまいち、騎士団長も、写真では貫録があるのに声はへなちょこでした。
おそらく編集なしのライブ収録のようで、ロレの指揮はそれぞれの幕のフィナーレなどはたまに歌手が付いていけないほどの煽り方を見せていました。でも、お客さんはその熱気をしっかり受け止めていたみたいですね。なんせ、最後近くの「地獄落ち」が終わったところで盛大な拍手が起こるぐらいですから。

CD Artwork © Alpha Classics

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by jurassic_oyaji | 2017-10-07 21:12 | オペラ | Comments(0)
Leuchtende Liebe
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Elisabet Strid(Sop)
Ivan Anguélov/
Bulgarian National Radio Mixed Choir
Bulgarian National Radio Symphony Orchestra
OEHMS/OC 1882


スウェーデンのオペラ歌手、エリーザベト・シュトリッドのデビュー・アルバムです。しゅとりで(一人で)ベートーヴェンとワーグナーのオペラの中の曲を歌っています。しかし、写真を見る限り、彼女はとてもオペラ歌手とは思えない、まるでモデルか女優さんのような美貌の持ち主ですね。どことなくシャロン・ストーンのような顔立ちだとは思いませんか。彼女がスウェーデンのマルモに生まれたのは1976年ですから、もう40歳は超えているのに、とてもそうは見えませんね。
彼女がオペラ界で世界的なデビューを果たしたのは2010年ですから、やはりもはや若くはない年齢(34歳)の時でした。そもそも、ストックホルムの音楽大学に入ったのは24歳の時でしたからね。その前からオペラの勉強は始めていましたが、それまではなんと看護婦さん(死語)だったのだとか。人生経験は豊かだったようですね。
現在では、バイロイトにも2013年に「ラインの黄金」のフライアでデビュー、さらに2015年にはライプツィヒ歌劇場で「ジークフリート」のブリュンヒルデを歌うなど、ワーグナーのロールも次々にレパートリーになりつつあります。シュトラウスも、2016年には「エレクトラ」のクリソテミス、2017年には「サロメ」のタイトルロールと、着実に実績を重ねています。ただ、彼女が最も数多く歌っているのは、ドヴォルジャークの「ルサルカ」のタイトルロールなのだそうです。
まずは、曲順(作曲順に並んでいます)に従って、「フィデリオ」でレオノーレが第1幕で歌うレシタティーヴォ「極悪人め!どこに急ぐの!」と、それに続くアリア「来て 希望よ 最後の星の輝きを」です。バックのオーケストラはそれほどの重量感はありませんが、プレーヤーの腕は確かで、木管のアンサンブルなどはとても美しく響きます。しかし、ここでの彼女の声にはなにか精彩がありません。
そんな感じは、続くワーグナーの曲でもついて回ります。まずは、なかなか聴くことのできない初期のオペラ「妖精」第1幕からアーダのカヴァティーナ「いったいどうして悲しまなければならないの」ですが、曲自体にも魅力がないことも手伝って、やはりちょっと、という感じです。
「さまよえるオランダ人」からの「ゼンタのバラード」では、ブルガリア国立混声合唱団の女声が加わります。その合唱はとても素晴らしいのですが・・・。
そして、「タンホイザー」からは第2幕の「殿堂のアリア」と、第3幕の「エリザベートの祈り」です。後者では、まずさっきの合唱団の男声による「巡礼の合唱」が入りますが、とてもきれいな声とハーモニーなのに、あまりに人数が少ないので、かなりしょぼく聴こえます。次の「ローエングリン」第1幕の「エルザの夢」ともども、やはりシュトリッドの声にはなにか中には入っていけないもどかしさを感じないわけにはいきません。
ところが、「トリスタンとイゾルデ」第3幕の「イゾルデの愛の死」になったとたん、彼女の声はガラリと変わってしまいました。それまで、同じスウェーデンの歌手、ビルギット・ニルソンにちょっと似た感じはあったのですが、それがここでは全開、まさにニルソンの再来のような張りのある声が聴こえてきたのですよ。そのあとの「ワルキューレ」第1幕のジークリンデとジークムントのデュエットから、ジークリンデだけのパートを抜き出した、「身の上語り」と、「あなたこそ春」、さらに「ジークフリート」第3幕でブリュンヒルデが歌う「愛の幸福」と、それはもう至福の時間が待っていました。
前半は、本当にもう聴くのをやめてしまおうかな、と思っていたのに、最後までちゃんと聴いてよかったですね。
あ、アルバムタイトルの「Leuchtende Liebe(輝く愛)」というのは、このブリュンヒルデ(とジークフリート)のナンバーの最後の歌詞ですが、途中で終わっているので、彼女は歌ってはいません。そもそも、このCDには歌詞がどこにもありません。

CD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-09-30 23:15 | オペラ | Comments(0)
STRAUSS/Salome
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Birgit Nilsson(Salome), Eberhard Wächter(Jochanaan)
Gerhard Stolze(Herodes), Grace Hoffman(Herodias)
Waldemar Kmentt(Narraboth)
Georg Solti/
Wiener Philharmoniker
DECCA/483 1498(BD-A)


このところ立て続けに1960年代に録音されたオペラがハイレゾのパッケージとしてリリースされています。嬉しくなってほとんどのものを入手して、あの頃LPで聴いた音の追体験をしているところです。ただ、かつて聴いたものがさらにクリアさを増して聴こえてくるものがあった半面、なんとも雑な音になっていて期待外れのものがあったりと、その音のクオリティはそれぞれに違いがありました。
その違いの最大の要因は、マスターテープの劣化なのでしょう。アナログ録音の宿命で、どうしても経年変化は避けられないもののようですね。ただ、その劣化の度合いは保存のコンディションによって様々ですから、一概に古い録音でははっきり聴いて分かるほどの音質上の変化があるとは言い切れません。デジタル・トランスポートの際に使われていたマスターテープのコンディションがどんなものであったのかは実際に聴いてみるまでは全く分かりませんから、まるで「博打」ですね。こんなものを喜んで食べる人の気がしれません(それは「パクチー」)。結局、今回の一連のBD-AやSACDでは、クナッパーツブッシュの「パルジファル」やカラヤンの「トスカ」などはまさに「ハズレ」でしたが、ベームの「トリスタン」は「大当たり」でしたから。
今回の「サロメ」は1961年に録音されています。ですから、年代的にはかなりの劣化が起きていると考えられますから、それほど期待はしていませんでした。しかし、結果はそれほど悪いものではありませんでした。「トスカ」あたりではバリトンの声で派手に歪んでいたのですが、ここではエバーハルト・ヴェヒターのヨカナーンの声はクリアそのものでしたから、まずは合格です。
ただ、「7つのヴェールの踊り」のあたりではかなり目立つドロップアウトが何箇所もあったので、さすがに剥離は避けられない、と思いましたね。しかし、手元には1985年頃に最初にCD化されたものがあったので聴いてみたら、それとまったくおなじ個所でドロップアウトが聴こえましたから、マスターテープを作る際の編集(手貼り)の時点で、かなりいい加減な仕事が行われていたということになるのでしょうね。
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もちろん、可能性としては、この1985年の時点でのデジタル・データを今回使ったということも考えられなくはありません。今回のクレジットからは、24/96でリマスタリングが行われたのが2017年ということしか分からず、その元になったデータがいつトランスファーされたものなのかはどこにも明記されていませんからね。もしそうだとすれば、この頃にはまだハイレゾのレコーダーはなかったはずですから、それは16/44.1または16/48程度のもので、それを今回24/96にアップサンプリングしたのでは、という疑惑は捨てきれません。DECCAほどのレーベルがそんなことを、と思うかもしれませんが、実際に「指環」全曲がBD-Aになった時には、1997年にトランスファーが行われた24/44.1のデジタル・データが使われていましたからね。この業界、疑い出したらきりがありません。
ところで、このBD-Aでは、24/96のリニアPCMと、DOLBY TRUE HDの両方のデータが入っていて、それをトップメニューで選択できるようになっています。
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これは、聴いている途中で切り替えられるので、簡単に比較できるのですが、DOLBYでは明らかにワンランク精度が落ちていることがはっきり分かるのです。BDプレーヤーではどんなものでもリニアPCMはきっちり24/192までサポートされているのですから、なぜ、こんな選択肢が設けられているのか、全く分かりません。ついうっかりして、音の悪いDOLBYで聴き続けてしまうことだってあるのですから、これは即刻やめてもらいたいものです。
以前、カラヤンの「指環」もBD-Aになりましたが、これはDOLBYのデータしか入っていませんでしたから、選択肢はありませんでした。
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これは、DOLBYにしないと1枚に収まらないからです。2枚組になっても構わないので、ちゃんとリニアPCMで出してほしいと、切に願いたいですね

BD Artwork © Decca Music Group Limited

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by jurassic_oyaji | 2017-08-08 23:29 | オペラ | Comments(0)
STRAUSS/Electra
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Birgit Nilsson(Elektra), Regina Resnik(Klytämnestra)
Marie Collier(Chrysothemis), Tom Krause(Orest)
Georg Solti/
Wiener Philharmonker
DECCA/483 1494(BD-A)


このところ立て続けに往年の名録音がBD-A化されているので、なんかとても幸せな気持ちになれます。まあ、中にはマスターテープそのものが劣化していたものが使われていて、いくらなんでもこれを商品にするのはまずいだろう、というようなものもありましたが、それもある意味「歴史の証言」的な見地からだったら許してもいいかな、という気持ちにさえなってきます。というのも、中には本当にマスターテープそのものの音が味わえるものがあったりしますからね。
最近では1966年に録音されたDGの「トリスタン」が、そんなぶっ飛ぶようなものすごい音が体験できるものでした。そして今回はやはり1966年に、こちらはDECCAで、あのゴードン・パリー(とジェームズ・ブラウン)によって録音された「エレクトラ」ですから、期待は高まります。こちらもやはりSPEAKERS CORNERのLPで聴いていますから、その録音の凄さは十分に確認済み。
「エレクトラ」というオペラは、2時間にも満たない長さですから、続けて聴いてもそれほど負担にはなりません。というか、音楽的にはワーグナーのような「無駄な」ところは全くなくて、最初から最後までとても美しいオーケストラとリリカルな歌で満たされていますから、退屈さとはおよそ無縁な体験を味わうことができるはずです。しかも、この、ジョン・カルショーがプロデュースした録音では、単に音楽を聴かせるだけではなく、それらが上演されている時の歌手たちの動きや、さらにはその場の情景までが音によって再現されるように作られている、とされていますから、耳で聴くだけであたかもステージが眼前に広がっているように感じられるはずです。それは、「ソニック・ステージ」と命名されて、大々的にLPのジャケットにもそのロゴマークが掲載されていましたし、今回それを忠実に再現したこのジャケットでも、それは見ることが出来ます。
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もっとも、そういう特別の録音方法が使われている、と、メディアに向かって宣言した当のカルショーが、後年「あれはただのデマだった」と証言していますから、実際はそれほどのものではありませんでした。それでも、当時の音楽評論家は見事にこのデマ(フェイク)に騙されて、結果的にDECCAの売り上げに貢献するような発言をあちこちでしてくれたのですから、カルショーは「してやったり」と思っていたのでしょうね。そんな悲しい評論家は日本にもいて、実際FMラジオでLPをかけながら「ここでは、あたかも映画のズーム・インのような効果が出ている」と語っていたことがありましたからね。先入観というのは、恐ろしいものです。
ただ、そこまでの「真実」が分かっていても、改めてこの録音を聴いてみるとその大胆な音響操作には驚かされます。なんせ、この話に登場する人たちはみんなどこか「狂って」いますから、その「狂い」の描写の音楽はそれだけでかなりの異様さを持っているところに、さらにサウンド・エフェクトを駆使してオーバー・アクションに仕上げられています。例えば、クリテムネストラが「狂ったように」笑いながら遠くへ去っていくシーンなどは、耳をふさぎたくなるほどの迫力です。ほんと、やっていることはアナログでとても幼稚なことなのですが、それに大真面目に取り組んでいる歌手や録音チームの努力には、圧倒されます。というか、あっとおどろかされます。
このBD-Aには、もちろんマルチ・チャンネルではなく2チャンネルで、LPCMとDolby True HDの2種類のフォーマットのデータが収められています。ですから、それを切り替えて瞬時に聴き比べることが出来るのですが、そうすると明らかのDolbyの音がワンランク低いものであることがはっきり分かります。繊細さがわずかになくなっているのですよね。2チャンネルであればLPCMのままでも伝送には問題がないはずなのに、なぜわざわざDolbyで音質を劣化させているのかが、理解できません。マスターテープの劣化はほとんど感じられないのに。

BD Artwork © Decca Music Group Limited

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by jurassic_oyaji | 2017-07-15 21:03 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Comment Siegfried Tua le Dragon et cetera
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Ensemble Le Piano Ambulant
PARATY/185144


この間もカラヤン盤をご紹介したばかりの「ニーベルングの指環」ですが、あの時は全曲の演奏時間は15時間でした。そんな長いものを、普通のハイレゾのフォーマットで1枚のBDに入れるのは不可能なので、Dolby True HDというマルチチャンネル用に大幅に圧縮された音源に変換されていましたね。
つまり、音を犠牲にしてそんなせこいことをしないと、1枚には収まらないほどの長さを持った作品だ、ということです。
ですから、実際にこちらのように、余計なものを取り除いて全体を半分以下、6時間15分のスリムなものにして上演するような試みも行われていました。まあ、これだったら普通に「オペラ」として鑑賞するには充分の内容を持っています。
今回のCDでは、それがさらに削られ、なんと51分39秒ですって。編成も、オリジナルは100人を超えるオーケストラに、主だったところでも20人は下らないソリストに合唱を加えると200人近くは必要な演奏家が、たったの6人で済んでいます。正確には、それにナレーターが1人と、プログラマーとミキサーが加わりますが、それでも総勢9人ですからね。なんという軽さでしょう
タイトルも、ですから「ニーベルングの指環」みたいな重苦しいものではなく、フランス語で(演奏家はフランス人)「ジークフリートはどのようにして竜を殺したのか、その他」という軽さ、こんなタイトルの曲が全部で17曲あります。そしてサブタイトルは「ポケットに入る4部作」ですって。粋ですね。
ただ、なんと言っても1時間弱に物語を収めるには、大幅なカットが必要で、「4部作」のなかの「ワルキューレ」は丸ごと削除されていましたね。まあ、ここでのプロットはアルベリッヒがラインの乙女から黄金を奪って作った指環が、アルベリッヒ→ヴォータン→ファフナー(竜)→ジークフリートとめぐって、最後はラインの乙女に返されるというものですから、ジークムントやジークリンデの出場所はなくなってしまいます。
ただ、それではあんまりだというので、「ワルキューレの騎行」だけは、そのモティーフが現れる「神々の黄昏」の第1幕第3場に相当する部分で演奏されています。ある意味「反則」ですが、有名な曲はあった方が良いので、許しましょう。
演奏家の内訳はキーボード、フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロ、エレキ・ベースの6人ですが、それぞれ別の楽器も持ち替えますし、なんと「セリフ」も喋ります。もちろん、フランス語で。
なんたって、ワーグナーには絶対に必要な金管楽器が全く欠けているというのが、この編成の特徴です。しかし、それは2台のシンセサイザーと、専門のライブ・エレクトリックスの担当によって、壮大な音響(さらには自然音のサンプリング)が提供されていますから、ダイナミックスから言ったらフル・オーケストラよりもすごいものがあります。オリジナルを知っている人であれば、「良くやったね」と思ってしまう個所が続々と現れてくるのを楽しめるはずです。
セリフだって、かなり変調されているので、へたくそな歌を聴かされるよりはよっぽどインパクトがありますよ。
こんなにコンパクトになっていても、ワーグナーの音響と、ストーリーに託した思想は存分に伝わってくるというのがすごいところ、というか、「指環」の世界は、実はこの程度に収まってしまうぐらいの矮小なものだったのか、と気づかされるのが、ちょっと怖いというか。
ただ、フルート奏者はフルートにピッコロ、そしてアルトフルートも演奏していますが、なにかピッチが微妙なのが気になります。「ジークフリートの葬送行進曲」ではトランペットの代わりにピッコロがジークフリートのモティーフを吹いているのですが、これがとてもチープに聴こえます(チープフリート)。
最後にきゃりーぱみゅぱみゅの「もったいないとらんど」が聴こえてくるのが、ほほえましいですね。

CD Artwork © Paraty Productions

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by jurassic_oyaji | 2017-07-13 21:04 | オペラ | Comments(0)