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カテゴリ:オペラ( 228 )
BERNSTEIN/Wonderful Town
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Danielle de Niese(Eileen)
Alysha Umphress(Ruth)
Nathan Gunn(Baker)
Simon Rattle/
London Symphony Orchetra & Chorus
LSO LIVE/LSO0813(hybrid SACD)


サイモン・ラトルが、現在の自らのオーケストラとともにバーンスタインのミュージカル「ワンダフル・タウン」の新録音をリリースしました。
このミュージカルは、1944年の「オン・ザ・タウン」に続き1953年に作られた2番目のもの、台本と歌詞を書いたのは、前作と同じくアドルフ・グリーンとベティ・キャムデンのチームです。その時に彼らが元にしたのが、ルース・マッケニーという人が書いた自伝的な小説をジョセフ・フィールズとジェローム・チョドロフが脚色した戯曲、「マイ・シスター・アイリーン」です。これは1940年に上演され、1942年には映画化もされています。
その映画で主人公を演じたロザリンド・ラッセルが、このバーンスタインのミュージカルの初演では同じ役を演じています。そのオリジナル・キャストによる録音は、こちらで聴くことが出来ます。
ラトルにとっては、これが2度目の録音となります。1度目はEMIのために1998年の6月に録音されました。彼のバーミンガム時代ですね。ただ、この時のオーケストラはそのバーミンガム市交響楽団ではなく、「バーミンガム・コンテンポラリー・ミュージック・グループ」という名前になっています。
もちろん、この作品は「オペラ」ではなく「ミュージカル」ですから、上演される時のオーケストラは非常に少ないメンバーになるはずです。彼の3番目のミュージカルでバーンスタイン(正確には、オーケストレーターのシド・ラミンとアーウィン・コスタル)が指定したメンバーの人数は31人でしたから、ここでもそのぐらいの人数で演奏されるスコアだったのでしょう。もし、ラトルがそれに近い編成で演奏していたのだとすれば、とても「交響楽団」とは呼べないでしょうね。
しかし、今回の演奏では、「ロンドン交響楽団」という名前がどんどん書いてありますし、「この録音の時のオーケストラのメンバー」という詳細なリストまでブックレットには掲載されています。それによると、弦楽器は12型ですから、ちょっと小振りですが、管楽器は本来のマルチ・リードではなく、きちんと専門の楽器を別々の人が演奏しているようですからしっかり「交響楽団」になってます。ただ、ここで加わっている大量のサックス群とドラム・セットは、元々オーケストラにはいませんから、エキストラが参加していますけど。
物語は、オハイオの田舎に住んでいた小説家志望のルースと女優志望のアイリーンという姉妹が、大都会ニューヨークにやって来て様々な人と出会い成長していくという、まるで「朝ドラ」のような展開のお話です。このミュージカルは2010年に日本でも(日本人によって)上演されていますが、その時の上演時間は2時間半超だったそうです。このラトルのコンサートではどのような形だったのかは分かりませんが、このSACDでは音楽の部分だけが集められて、1時間10分に収まっていますから、それほど長くはありません。とは言ってもその分のセリフがまるまるカットされているのでしょうから、これを聴いただけではそのストーリーの流れはほとんど分からないでしょうね。ここで対訳も何もついていないのは、そのようなことを鑑みてのことだったのでしょうかね。
ですから、このSACDではバーンスタインの音楽をストレートに味わうことが出来ます。全体の雰囲気は、物語のコミカルさを反映してかなり明るい、というかノーテンキなビッグ・バンド・ジャズの世界です。ただ、時折、先ほどの「3番目」のミュージカル、「ウェストサイド・ストーリー」を思わせるようなキレの良いダンス・ナンバーが入っているのが魅力でしょうか。それは、あちらの「マンボ」につながる「コンガ!」と、「クール」の先駆けの「スウィング!」でしょうか。
ルース役のアンプレスは、まさにハマり役ですが、アイリーンにデ・ニースを使ったのはあまりにももったいないような気がします。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2018-09-18 21:46 | オペラ | Comments(0)
BIZET/Carmen
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Marilyn Horne(Carmen), James McCracken(DJ)
Tom Krause(Escamillo), Adriana Maliponte(Micaëla)
Leonard Bernstein/
Manhattan Opera Chorus(by John Mauceri)
The Metropolitan Opera Orchestra & Children's Chorus
DG/483 5191(BD-A)


バーンスタインが1973年にニューヨークのスタジオで行った「カルメン」の全曲録音では、当時開発されたばかりの「4チャンネル・ステレオ」のフォーマットが採用されていました。しかし、ご存知のようにこの「4チャンネル」は規格の林立に阻まれて世界的に普及することなどは不可能でしたから、数年でこの世から消えてしまいました。DGでも、その形でLPなどをリリースした形跡はありません。
それが、2014年になってPENTATONEからオリジナルの「4チャンネル」をマルチチャンネルとして収録したSACD(こちら)がリリースされました。ただ、当時はサラウンドを聴ける環境にはなかったので、このSACDは2チャンネル・ステレオのみでしか聴いていませんでした。
それと同じ音源が、今回は本家のDGからBD-Aとなってリリースされました。こちらももちろん2チャンネルとサラウンドの両方のミックスが選択できるようになっています。
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ジャケットの右下には、このように、UNIVERSALからリリースされたBD-Aでは初めて、「SURROUND SOUND」という文字を見ることが出来ます。ところが、裏返してみると、
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このように、今までの2チャンネルだけの商品と同じように「LPCM2.0」という表記しかないので、一瞬焦ってしまいました。しかし、モニターでは「4.0 Surround」の文字もありますし、音もしっかりサラウンドだったので一安心、肝心なところでボケてくれたものです。というか、ネット上のこのBD-Aのインフォには、サラウンドという言葉はどこにもありませんからね。
いずれにしても、DGとしては録音されてから45年も経って本来の姿で再生できる製品をリリースしたことになるのです。
このDGのBD-Aを、PENTATONEのSACDと比較してみると、なぜかトランスファーされた時のレベルがかなり低いので、最初は戸惑ってしまいます。DGの方が、ダイナミック・レンジに余裕を持たせていたのでしょうか。ですから、ボリュームを合わせて聴いてみると、DGの方がより細かいニュアンスを感じることが出来ます。マリリン・ホーンが歌う「ハバネラ」の最後の部分などは、背筋が凍りつくような表現がもろに伝わってきますよ。
サラウンドのリマスタリングは、双方ともオリジナルに忠実に行っているようで、定位などに変わったところはないようです。ですから、この録音の際に、このフォーマットの可能性を信じてその特性を目いっぱい盛り込んだ定位を設定していたスタッフの意気込みも、やはりストレートに味わうことが出来ます。まずは、前奏曲でフロントの打楽器の残響が対角線上のリアからリアルに聴こえてくることで、スタジオ録音ならではの密集した音場を感じることが出来ます。そして、その直後の子供たちの合唱では、予想通りその合唱を動かしていましたね(右後⇔左前)。
第1幕の後半でカルメンがホセを誘惑して歌う「セギディーリア」の歌詞の中に出てくる「リリアス・パスティアのお店」が、次の幕での舞台となるのですが、そこでまずその「リリアス・パスティア」その人の「だんな、もうそろそろお店を閉めたいんですが・・・」という情けない声が突然左後から聴こえてくるのが、ちょっとしたサプライズ。バーンスタインは当時はまだあまり使われていなかったオペラ・コミーク版の楽譜を使っていますが、そのセリフの部分がそんな感じでとても生々しく録音されています。
あるいは、第2幕の「闘牛士の歌」などでは、オーケストラの金管を合唱と一緒にリアに配置したりして、スペクタクルな効果を発揮させていましたね。
このDG盤には、その合唱の指揮や、バーンスタインのアシスタントとして参加していたジョン・マウチェリの書き下ろしのライナーノーツが掲載されていて、録音当時の現場の様子を知ることが出来ます。それによると、バーンスタインがここで目指したのは、「ミュージカル」としての「カルメン」を作り出すことだったようですね。前奏曲のテンポが異常に遅いのも、そのための伏線だったのでしょう。

BD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-07-17 22:53 | オペラ | Comments(0)
ノートルダムの鐘
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飯田達郎(カジモド)、芝清道(フロロー)、岡村美南(エスメラルダ)
清水大星(フィーバス)、阿部よしつぐ(クロパン)
劇団四季
WALT DISNEY RECORDS/AVCW-63192


「ノートルダムの鐘」というのは、今横浜で劇団四季が上演しているミュージカルのタイトルです。原作は、ヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ(Notre-Dame de Paris)」ですね。ただ、かつて日本では広く使われていたこの小説のタイトルの、「ノートルダムのせむし男」という訳は、今ではほとんど姿を消したようですね。
ディズニーが1996年にこの物語を原作にしたアニメ映画を作り、後にディズニー・シアトリカル・プロダクションズ(DTP)がこのアニメを劇場用のミュージカルにした時は、いずれもオリジナルタイトルは「The Hunchback of Notre Dame」でした。「せむし男」ですよね、しかし、日本では映画もミュージカルも「ノートルダムの鐘」と変えられていましたね。やはり、各方面への忖度の結果だったのでしょう。
ただ、厳密なことを言うと、このミュージカルの最初のプロダクションが1999年にDTPによってベルリンで制作された時のタイトルは「Der Glöckner von Notre Dame」だったんですよね。「ノートルダムの鐘つき男」でしょうか。こちらの方が、単に「鐘」とするよりも物語の内容は正しく反映されているような気がしますけどね。劇団四季のミュージカルのプロモーションでは、さもその「鐘」が主人公であるかのようなことが言われていましたが、それはちょっと無理があるな、と感じてしまいます。
そのベルリンでのプロダクションは、3年というロングランは記録したものの、その後、例えばブロードウェイあたりに進出することはなく、それ以後の公演は行われませんでした。しかし、2011年になってDTPはオリジナルの作詞家、スティーヴン・シュワルツの息子の演出家、スコット・シュワルツに、再度のミュージカル化を依頼します。それを受けて2014年にサンディエゴで初演されたスコット・シュワルツによる「改訂版」は、アニメ版のイメージをほぼ忠実に再現したベルリンでの「初演版」からはかなりの変貌を遂げていたのです。
最大の違いは、新たに「クワイヤ(聖歌隊)」がくわいやった(加わった)ことでしょう。そのために、「Requiem」などで用いられているラテン語のテキストによる「聖歌」が新たに作られました。さらに、このクワイヤは、アニメ版(初演版も?)では登場するガーゴイル(石像)と同じ役割も担うようになっています。
劇団四季が2016年12月に四季劇場「秋」で日本初演したこのミュージカルには、もちろんこの「改訂版」が使われています。実際に翌年4月にこれを観たときには、冒頭に歌われるア・カペラの「聖歌」だけで、まず感動してしまいました。それほどのインパクトが、この改訂にはあったのです。まさか、ミュージカルでこんな荘厳な音楽が聴けるとは。
その、「秋」での公演をライブ録音したものが、このCDです。劇団四季ではメインキャストはダブル・キャスト、カジモドではトリプル・キャストが採られていましたが、ここではすべて最初に名前が挙げられている人たちが歌っています。音楽だけではなく、適宜セリフもそのまま入っているので、CD1枚分の尺でも、ストーリーはほぼカバーできています。
ミュージカルの場合の「ライブ録音」とはどういうものなのか、という興味があったので聴いてみたのですが、例えばオペラのライブ録音のようなものを期待していると、がっかりしてしまうことでしょう。もともと歌手たちの歌は顔に付けたピンマイクで収録しているのですが、それのクオリティがあまりにも低いのですよね。実際に劇場で聴いている分にはそれほど気にはならないのですが、それを音だけで聴くのは、ちょっと辛いものがあります。
これは、実際に観た公演の追体験としては絶好のアイテムでしょう。ですから、チケットはなかなか取れないでしょうが、ぜひ、まずは生で観て欲しいですね。

CD Artwork © Walt Disney Records

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by jurassic_oyaji | 2018-07-12 20:35 | オペラ | Comments(0)
BIZET/Les Pêcheurs de Perles
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Julie Fucks(Leïla), Cyrille Dubois(Nadir)
Florian Sempey(Zurga), Luc Bertin-Hugault(Nourabad)
Alexandre Bloch/
Les Cris de Paris(by Geoffroy Jourdain)
Orchestre National de Lille
PENTATONE/PTC 5186 685(hybrid SACD)


ジョルジュ・ビゼーがその36年余の生涯で作ろうとしたオペラ、あるいはオペレッタは全部で30曲近くあるそうですが、実際に完成して上演までされたものはほんの数曲しかありません。とは言っても、遺作である「カルメン」1曲だけでも彼はオペラ作曲家として永遠に語り伝えられることになったのですから、作曲家冥利に尽きるのではないでしょうか。
「カルメン」に次いで(とは言ってもその上演頻度は著しく少なくなりますが)人気がある彼のオペラが、この「真珠採り」でしょう。ただ、もしかしたら、このオペラの中のアリア1曲、もっと言うならそのメロディだけが異様に知名度を誇っている、というせいで人気があるのかもしれませんね。それは、アルフレッド・ハウゼというドイツのコンチネンタル・タンゴのバンドリーダーが、このメロディをタンゴにして世界的にヒットさせたからなのです。
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「真珠採りのタンゴPerlfischer Tango」というその曲が、いつごろ生まれたのか、正確な年代はよく分かりませんが、20世紀中期以降であることは間違いありません。同じように、ヴェルディの「椿姫」の前奏曲を転用した「ヴィオレッタに捧げし歌Hör Mein Lied, Violetta!」というコンチネンタル・タンゴもヒットしましたね。
「カルメン」同様、このオペラも何種類かの楽譜が出ていて、実際に、今まで録音されたCDなどを聴き比べてみると、それぞれに違いが見つかるのだそうです。というのも、ビゼーの自筆稿は現在では誰も見ることが出来ない状況になっているのだとか。このCDではヒュー・マクドナルドという人によって2014年に新たに作られ、2015年に、今ではベーレンライターの傘下となっているアルコア社(!)から出版された楽譜が使われています。これは、1863年に行われた初演の際の指揮者のスコアが元になっているのだとか。ただ、ここでライナーノーツを書いているイェルク・ウアバッハという人は、「自筆稿さえ見ることが出来れば、もっとビゼーのアイディアに近づけるのに…」と言っていますからね。
このオペラは、3幕から出来ていますが全曲演奏しても2時間はかからないというコンパクトな仕上がりです。それこそ「カルメン」のアルコア版のようなオペラ・コミークではなく、全編がレシタティーヴォ・アッコンパニャータとアリアや重唱で歌われるオペラ・セリアの形をとっています。
物語の舞台は古代のセイロン、真珠採りの漁師たちの港町です。人物関係はかなり入り組んでいますが、基本は一人の女性を巡っての二人の男性の「嫉妬」と、「オトコ同士の友情」でしょうか。そこにまわりの人間の思惑も加わってとてもダイナミックなプロットが展開されるという、まさに息を呑むような波乱万丈(というか、荒唐無稽)な物語です。もちろんそこでは、ビゼーならではの甘美なメロディがてんこ盛りですが、それに加えてドラマティックなオーケストラの書法も見逃せません。
これが録音されたのは、2017年、フランスのリールです。オペラのステージではなく、コンサート形式での演奏のサラウンド録音です。歌手たちはステージの手前で歌っていますが、合唱がおそらくト書きの指定に従ってバックステージとオンステージとに移動しているのでしょう。そういえば、テノールのソリストも、遠くから歌いながら前に出てくる、という場面もありましたね。
そのテノールのシリル・デュボアが歌う、タンゴに使われた曲、「耳に残るは君の歌声Je crois entendre encore」は、まさにフランス・オペラならではの甘美なビブラートと女声かと思えるようなファルセットがとても魅力的です。期待したソプラノのジュリー・フックスは、とても多彩な声ですがピッチが不安定なのが残念。バリトンのフロリアン・センペイは、ちょっとおとなしすぎかも。もっとパリパリとかみつくような迫力が欲しかったですね(それは「センベイ」)。あとは、合唱が非力。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-06-05 23:37 | オペラ | Comments(0)
DEBUSSY/Pelléas et Mélizande
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Magdalena Kožená(Mélizande), Christian Gerhahel(Pelléas)
Gerald Finley(Golaud), Franz-Josef Selig(Arke()l)
Simon Rattle/
London Symphony Chorus(by Somon Halsey)
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0790(hybrid SACD, BD-A)


サイモン・ラトルは、2002年に芸術監督に就任したベルリン・フィルのポストはまだ今年のシーズン終了まで続きますが、それと兼任という形ですでにロンドン交響楽団の音楽監督としての活動も開始しました。それが、2017年9月14日にバービカン・ホールで行われたシーズン・オープニング・コンサートです。その時のプログラムは、すべてイギリスの作曲家の作品という徹底したもの、イギリスのオーケストラが迎えた初めてのイギリス人の音楽監督を祝福する意味合いがあるのでしょうか。それは、このオーケストラのために委嘱した新作、ヘレン・グライムの「ファンファーレ」から始まり、クリスティアン・テツラフのソロでハリソン・バートウィスルの「ヴァイオリン協奏曲」、ラトルがバーミンガム市交響楽団時代に委嘱したトーマス・アデスの「アサイラ」、オリヴァー・ナッセンの「交響曲第3番」と続き、エドワード・エルガーの「エニグマ変奏曲」で締めくくるというものでした。
今回のSACD(+BD-A)には、2016年1月9日と10日に行われたドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」のコンサート形式の上演の模様が収められています。このコンサートは、その直前1月5日に亡くなったピエール・ブーレーズに捧げられていたということです。
コンサートとは言っても、ここではベルリン・フィルとの「マタイ」や「ヨハネ」と同じく、ピーター・セラーズが演出を担当していました。ラトルはベルリン・フィルと2015年12月に、やはりセラーズの演出で同じ作品をほぼ同じソリストたちと演奏していたのですね。二股、というやつでしょうか。いや、たまたまでしょう。
19世紀と20世紀をちょうどまたぐ形で作曲されたこのオペラは、あらゆる面でそれまでのオペラの概念を覆すものでした。台本には「青い鳥」で有名なメーテルランクの戯曲がほぼそのまま使われていますから、それらは基本的に「お芝居のセリフ」です。ですから、そこからは「アリア」のようなものを作り出すのは困難ですから、歌手たちが歌うものは限りなく「セリフ」に近づきます。考えてみれば、それまでのオペラではアリアが始まるとそこで物語の進行はストップしてしまうのですから、「劇」としてみればそちらの方がかなり不自然なものなのでしょうが(ミュージカルなどは、まさにそのような「お約束」の上に成り立っています)、やはり当時の人は戸惑ったことでしょうね。
その代わりにドビュッシーが目指したのは、音楽自体で物語を進めるという手法でした。彼のオーケストラのパートは、そんな平坦な「言葉」のバックで、とても雄弁に「物語」を伝えてくれているのです。あるいは、「言葉」では伝えきれない情感までも、きっちりと「音楽」が伝えていると感じられるところもたくさん見つかるはずです。たとえば、ペレアスとメリザンドが愛を確かめ合う第4幕第4場などは、「トリスタン」の第2幕第2場にも相当する道ならぬ恋の高まりの場面なのですが、ワーグナーのようにストレートに燃え上がる情念はドビュッシーのオーケストラからは決して味わうことはできません。そこにあるのは、背徳の影を落とした、突き刺さるように繊細な和声とオーケストレーションなのです。
そんな音楽の中では、歌手たちにはオーケストラの細やかな情感に決して逆らわない表現が求められるはずです。その上に、フランス語のエスプリが存分に込められていれば申し分ありません。そういう意味では、ペレアスのゲルハーエルは合格、メリザンドのコジェナーは不合格です。
このオペラでは、合唱の出番もあります。でも、彼らは第1幕第3場の途中でほんの数回オフ・ステージで「ヘイホー!」という水夫の叫び声を発するだけです。SACDやBD-Aのサラウンド・モードで聴いてみるとその声が後ろから聴こえてきますから、ここでは客席で歌っていたのでしょう。

SACD, BD Artwork © London Symphony Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2018-01-23 22:58 | オペラ | Comments(0)
MESSIAEN/Saint François d'Assise
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Dietrich Fischer-Dieskau(François)
Rachel Yaker(L'Ange), Kenneth Riegal(Le Lépreux)
Lothar Zagrosek/
ORF-Chor, Arnold Schönberg-Chor(by Erwin Ortner)
Radio Symphonie Orchester Wien
ORFEO/C 485 9821


先日、全曲の日本初演があったばかりのメシアンのオペラ、「アッシジの聖フランチェスコ」は、これまでに2種類のCDと1種類のDVDが存在していました。ところが最近、それとは別の録音がだいぶ前にリリースされていたことを知りました。それは、1985年のザルツブルク音楽祭で上演された時にオーストリア放送協会によって録音されていた放送用の音源で、1998年にCD化されていたものです。
とはいっても、この時は全曲が上演されていたわけではなく、全8景の中の4つの景だけを、「オーケストラ・コンサート」として演奏したものでした。しかし、この作品がパリのオペラ座(ガルニエ宮)で初演されたのが1983年の末ですから、それからほんの1年半後にこの大作を再演したのは偉業と言うべきでしょう。この時にはメシアン自身が上演に立ち会い、演奏する部分の選択などを行い、タイトルも「Scènes Franciscaines(フランチェスコからの場面)」に変えていました。
これがきっかけとなって、それから数年間この「ハイライト上演」が世界各地で行われることになります。まずは、1986年3月の、初演者である小澤征爾指揮の新日本フィルの東京でのコンサートでした。
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それに続いて、同じ形のコンサートが1991年までにロンドン、ボストン、マドリッド、ワルシャワ、ベルリン、フランクフルト、ミュンヘンなどで開催されています。
ザルツブルク音楽祭で全曲が上演されたのは1992年8月のことでした。これはピーター・セラーズが演出を担当、指揮はエサ=ペッカ・サロネンで、オーケストラはLAフィルです。この上演自体が、LAフィルと、そしてパリのオペラ座(新設されたバスティーユ)との共同制作だったので、同じ年の12月には、そのバスティーユで同じものが上演されています。その時の指揮者が、先日の全曲日本初演を行ったカンブルランでした(同じプロダクションでも指揮者は被らん)。
このザルツブルクのプロダクションは、その6年後に同じキャストで再演されますが、その時には指揮者はケント・ナガノ、オーケストラはハレ管弦楽団になっていました。これが、DGからリリースされている全曲盤のソースです。
今回のCDでは、キャストや指揮者、オーケストラは後のザルツブルクでの全曲上演とは全く異なりますが、合唱と合唱指揮、そしてオンド・マルトノ奏者が3人とも同じ人という共通点はあります。メシアンの義妹のジャンヌ・ロリオの名前もありますね。
ただ、タイトル・ロールがディートリヒ・フィッシャー=ディースカウというのはどうなのでしょう。彼が得意とするのはもっぱらドイツ歌曲のような印象がありますから、ちょっとした違和感が。案の定、ここでの彼には何かしっくりこないところがありますね。あまりにも知的過ぎるんですよ。他のレパートリーではそれが得も言われぬ「表現」として称賛されるのでしょうが、それがここではすべて裏目に出ているのでは、という感じが、最後まで拭われることがありませんでした。
ツァグロセクの指揮によるウィーン放送交響楽団(録音当時は「ORF交響楽団」と呼ばれていました)は大健闘。初演の小澤盤をはるかにしのぐ高度のアンサンブルを聴かせてくれます。もっとも、後のケント盤に比べるとメシアン特有のグルーヴ感に関してはまだまだ、という気はします。
録音は、とても素晴らしいものでした。コンサート形式ならではの安定したマイクアレンジで、それぞれの楽器や、特に合唱が細部までくっきりと聴こえてきます。皮肉にも、ケント盤では目立たなかった同じ合唱団の弱点が、ここではもろに現れてしまっています。
全曲のちょうど半分、第1幕と第2幕の最後の景と、第3幕の全曲という構成は、この作品で必要なものを全て含んでいるようでした。これを聴けば、2時間ちょっとで4時間半の全曲と同じだけの体験ができるかもしれません。あくまで、フィッシャー=ディースカウに我慢ができれば、ですが。

CD Artwork © ORFEO International Music GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-01-18 21:01 | オペラ | Comments(0)
STRAUSS/Salome
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Emily Magee(Salome), Wolfgang Koch(Jochanaan)
Peter Bronder(Herodes), Michaela Schuster(Herodias)
Andrés Orozco-Estrada/
Frankfurt Radio Symphony
PENTATONE/PTC 5186 602(hybrid SACD)


フランクフルト放送交響楽団が、現在の首席指揮者のアンデレス・オロスコ=エストラーダの指揮でこのレーベルに録音した3枚目のアルバムは、シュトラウスのオペラ「サロメ」でした。
このオーケストラ、最初に掲げたような呼び名で、例えばエリアフ・インバルとの、おそらく世界初のデジタル録音によるマーラーの交響曲全集を作った団体としておなじみですが、その後2005年に「hr-Sinfonieorchester(hr交響楽団)」という名前に変わっていました。しかし、2015年からは、国際公式名として「Frankfurt Radio Symphony」を採用することになったため、日本語では以前と同じ呼び方でも構わなくなりました。
指揮者のオロスコ=エストラーダは、1977年にコロンビアに生まれたという若手です。主にウィーンで指揮の勉強をしたそうです。勉強をおろそかにしなかったので、今では立派なオーケストラのシェフになれました。
彼がこのオーケストラの首席指揮者になったのは2014年。それまではウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の首席奏者でした(2015年まで兼任)。つまり、現在の指揮者、佐渡裕の前任者ということになります。
この「サロメ」は、2016年9月10日に行われた、コンサート形式の上演をライブ録音したものです。会場は先ほどのマーラー全集で一躍有名になったフランクフルトの「アルテ・オーパー」です。
レーベルもエンジニアも違いますが、まずはあの時のようなヌケの良い明晰なサウンドを存分に楽しむことが出来ます。シュトラウスの、多くの種類の楽器を使った色彩豊かなオーケストレーションが、とても高い精度で再現されているのではないでしょうか。それだけではなく、ソリストとともにバランスも完璧、目くるめく官能的な音楽が眼前に広がります。
ここで主役のサロメを任されたのは、アメリカ人のエミリー・マギーです。1965年生まれと言いますから、もはや「おばさん」の年齢に達していますが、その強靭な声は年を感じさせないものがあります。スタミナも充分、最後の長大なソロまで、楽々と、そして表情の豊かさを失わず歌いきっています。
オロスコ=エストラーダの指揮は、とても腰の据わった堅実なものでした。最大の聴かせどころである「7つのヴェールの踊り」でも、表面的な派手さはねらわず、じっくりと深いところから情感を滲み出していくような作り方で、圧倒されます。そんな渋さを演出しているのが、フルートのソリスト。極力ビブラートを抑えた暗めの音色が、逆に新鮮な味わいを出しています。
このオペラでは、地下牢に閉じ込められたヨカナーンの扱いが一つのポイントです。さすがにコンサートでは舞台下に潜り込むことはできないので、ここでは客席の一番後ろで歌っていました。いや、もしかしたらもっと後ろ、客席との扉を開けて、ロビーで歌っていたのかもしれません。
つまり、このSACDにはマルチチャンネルも含まれているので、その環境で再生してみるとヨカナーンの声は後ろの方から聴こえてくるのです。そして、次の場で地上に出てくる時には、ロビーからステージまで歩いて行ったのでしょうね。時間はたっぷりありますから。
もちろん、普通のステレオで聴いていたのでは、ヨカナーンの声にはたっぷりエコーがかかって、「遠くから」というのは分かりますが、それが後ろなのかどうかまでは、分からないはずです。
今では、このようにマルチチャンネルで録音して「サラウンド」の効果を出すことは、オーディオ・ビデオの世界ではもはや当たり前になっていますが、ピュア・オーディオではなかなか味わうことはできません。そもそも、SACDでサラウンドを聴くためのオーディオ機器は、今ではほとんど市場から姿を消していますからね。さらに、LINNのように、あれだけのスキルを持ちながらSACDから撤退してしまったレーベルもあります。さまざまな事情があるのでしょうが、これは非常にもったいないことです。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-26 23:17 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Siegfried
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Simon O'Neill(Siegfried), Heidi Melton(Brünhilde)
Matthias Goerne(Wanderer), David Cangelosi(Mime)
Werner Van Mechelen(Alberich), Falk Struckmann(Fafner)
Jaap van Zweden/
Hong Kong Philharmonic Orchestra
NAXOS/NBD0069A (BD-A)


ヴァン・ズヴェーデン指揮の香港フィルによる「指環」のツィクルスもほんこんと(とんとんと)進んで、後半に入りました。今回もCDだけではなくこのようにBD-Aが用意されているのがうれしいところです。最近、かなりのオーディオ・マニアなのに、SACDやBD-Aを実際に聴いたことが無いという人がいたので、何種類か貸してあげたら、「ブルーレイ・オーディオってすごいね!」と驚いていたぐらいですから、このフォーマットはもっともっと広まってもいいのに、と思ってしまいましたね。
なんせ、一時は多くのレーベルがこのフォーマットに賛同して、業界団体みたいなものまで結成されたというのに、現在では新録音を定期的にBD-Aで発売しているのは2LとLSO LIVEぐらいしかなくなってしまいましたからね。NAXOSにしても、これは久しぶりのBD-Aのような気がします。もしかしたら、この「指環」を最後にBD-Aからは手を引いてしまうかもしれませんね。
なんと言っても、長時間の連続再生が出来るというのが、オペラの場合はとても便利です。この「ジークフリート」も、丸4時間ぶっ通しで聴き続けてしまいました。実演だと、幕間に1時間近くの休憩があるので、6時間も同じ場所に拘束されてしまいますから、これはありがたいことです。
そう、ごく最近、実際にこのオペラを「生」で体験してしまったのですよ。そこで、歌手の動きやオーケストラで活躍する楽器などもしっかり頭に入れてきたので、対訳を見る必要もなく、音だけで聴いてもしっかりその時の情景が目に浮かぶようになっていましたから、十分に長時間の音楽を楽しむことが出来ました。
香港フィルは、このツィクルスで確実に腕を上げてきているのがよく分かります。ほんと、的確にストーリーの流れを作り上げている手腕は、とても満足のいくものでした。ただ、まだ低音の重量感のようなものにはちょっと不満がありますが、それはもしかしたら録音のせいかもしれないので我慢しましょう。
でも、ジークフリート役のサイモン・オニールには、ちょっと我慢ができませんでした。最初に登場した時にはミーメとの対話に終始しているのですが、よく聴いていないとどちらがミーメでどちらがジークフリートなのか分からなくなってしまうほど、しょぼい声でしたからね。以前こちらのCDを聴いて、表現には物足りないものがあるものの、声自体は紛れもないヘルデンだという印象を受けたのですが、その時の輝きはもはや彼の声にはありませんでした。さらに、以前気になっていた歌い方の変なクセも、すごく耳障りに感じられるようになっていました。去年の「ワルキューレ」を聴いたときに、翌年はオニールだと知って期待していたのですが、それは完全に裏切られてしまいましたよ。来年1月の「神々の黄昏」のキャストを見てみると、ジークフリートは別の人になっていますから、きっと降ろされてしまったのでしょう。
ブリュンヒルデは、「ワルキューレ」でジークリンデを歌っていたハイディ・メルトンです。ジークリンデはちょっと役不足だったのですが、ブリュンヒルデはまだ力不足という気がしました。そのせいかどうかは微妙ですが、彼女も、来年はキャスティングされていませんね。
その二人が初めて顔を合わせるのが、第3幕の第3場です。ジークフリートは炎の中に横たわっている鎧姿の人を最初は男だと思っていて、それが女性だと分かってとても驚くのですが、バックのオーケストラはそのパニックの様子をとても大げさに表現しています。でも、これっておかしくないですか?ジークフリートは、その前に森の小鳥に「炎の中にあなたの花嫁がいる」と言われたので、その「花嫁」に会うためにここまでやってきたんですよね。だったら、そこに人がいれば、それが目指す相手だとすぐ分かるはずじゃないですか。今のテレビドラマで頻繁に見られる無駄に盛り上げる展開は、こんなところに起源があったのでしょうか。

BD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-16 21:10 | オペラ | Comments(0)
L'OPÉRA
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Jonas Kaufmann(Ten)
Sonya Yoncheva(Sop), Ludovic Tézier(Bar)
Bertrand de Billy/
Bayerisches Staatsorchester
SONY/88985390762


カウフマンの最新アルバムのタイトルは「 l'Opéra」。フランス語で「オペラ」ですが、このように固有名詞として使われると「パリのオペラ座」のことを指し示します。このオペラ座を舞台にしたガストン・ルルーの小説「オペラ座の怪人」の元のタイトルが「Le Fantôme de l'Opéra」ですからね。
もっとも、「怪人」が出てくるのはその小説が書かれたころの「オペラ座」、シャルル・ガルニエが設計して1875年に完成したオペラハウスで、「ガルニエ宮」とも呼ばれている建物です。今ではパリにはオペラ座は2つありますから、「バスティーユではなく、ガルニエの方」という注釈が必要になってきます。
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ジャケットは、そのガルニエ宮の客席の写真。天井にはシャガールによる天井画も見えますね。ブックレットの裏表紙には、それこそロイド=ウェッバーのミュージカル「オペラ座の怪人」にも登場する大階段の写真もあります。いずれも、その前でカウフマンがポーズをとっている、という構図ですから、これだけを見るとあたかもカウフマンがパリのガルニエ宮まで行って録音してきたのかと思ってしまいますが、あいにく実際に録音が行われたのはミュンヘンのバイエルン州立歌劇場でした。ですから、これらの写真も当然合成です。まあいいじゃないですか。そこまでして「オペラ座」の雰囲気を出そうとしているのですから。
カウフマンと言えば、一応ドイツものを得意としている歌手とはされていますが、イタリアものでも、そしてフランスものでもレパートリーになっていて、それらを収録した映像なども、数多くリリースされていますね。ですから、今回、全てフランスで活躍した作曲家によるフランス語で歌われるオペラだけをまとめたアルバムが出たことに関しては、何の違和感もありませんでした。というより、彼のフランス・オペラをじっくり味わえることに、大いなる期待を抱いていました。
そして、その期待感は、ほぼ満たされました。カウフマンは、まさに彼にしかできないやり方で、これらの作品に命を与えていたのです。
正直、彼のフランス語の発音はネイティヴのフランスの歌手とは比較にならないほど、ゴツゴツとしたものです。ですから、彼の歌が始まると、そこからは「おフランス」の肌触りなどというものはほとんど感じることはできません。それは、バックのオーケストラも同じこと、ド・ビリーの巧みな指揮ぶりでいとも繊細な表情は出しているものの、肝心の木管の音色があくまでドイツ風なんですからね。フルートソロの素っ気なさったら、あきれてしまうほどです。
しかし、聴きすすむうちに、別にフランス語のオペラだからといって、すべてをフランス風に仕上げる必要もないのではないか、という気持ちになってくるのが、カウフマンの凄さです。そう、彼が歌えば、そこからはまさに「国境」を超えた真の音楽が聴こえてくるのですよ。
彼が持つ圧倒的な武器は、その強靭な声です。これさえ聴ければ、まず裏切られることはありません。その上に、彼はこのフランス語のレパートリーでは「抜いた」声を織り交ぜて、対比を明確にした表現を試みています。これは、彼がヴェリズモのようなレパートリーの時に「泣いた」歌い方を取り入れているのと同じやり方なのでしょう。そのあたりの様式による歌い分けも徹底されていて、ここでそのヴェリズモ風の歌い方は決して聴くことはできません。
これで、彼が手がけていないのは、旧東欧やイギリスのレパートリーだけになりました。彼のピーター・グライムズぐらいは、聴いてみたいとは思いませんか?
今回もデュエット曲には豪華なキャスティングがなされています。マスネの「マノン」のタイトル・ロールを歌っているのがソーニャ・ヨンチェヴァなんですからね。せっかくだから、このノーマル・エディションのブックレットにも彼女のポートレートの1枚も載せてほしかったものです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2017-10-26 21:02 | オペラ | Comments(0)
MOZART/Don Giovanni
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Jean-Sébastien Bou(D. Giovanni), Robert Gleadow(Leporello)
Myrtó Papatanasiu(D. Anna), Julie Boulianne(D. Elvira)
Julien Behr(D. Ottavio), Anna Grevelius(Zerlina)
Marc Scoffoni(Masetto), Steven Mumes(Commendatore)
Jérémie Rhorer/
Choeur de Radio France, Le Cercle de L'armonie
ALPHA/ALPHA 379


ジェレミー・ロレが毎年パリのシャンゼリゼ劇場で上演しているモーツァルトのオペラは、そのライブ録音が順次CDとなっているようです。第1弾は2015年9月に上演されたこちらの「後宮」でしたが、次にリリースされたのは、それ以前、2014年12月に上演されていた「ティトゥス」でした。そして、この2016年12月に上演された「ドン・ジョヴァンニ」が3番目のリリースとなっています。
「後宮」ではそれほどの魅力は感じられなかったので、「ティトゥス」はスルーしてしまったのですが、今回は大好きな演目ですからロレの復調を信じて聴いてみることにしました。それにしても、歌手の皆さんは全員聴いたことのない人だというのには驚きました。逆に、先入観抜きでそれぞれの歌を味わうことはできることにはなるのですが。
「後宮」にはなかったことですが、今回のブックレットにはこの公演のステージ写真がたくさん掲載されています。それもカラーで。それによると、演出は良くある現代への読み替えが行われたもので、キャストは普通のスーツやジャケットを着ています。ただ、なぜかドンナ・エルヴィラはランジェリー姿になっていました。彼女は、小さな手帳を熱心に見ているので、それは「カタログの歌」のあとでレポレッロから奪った手帳なのでしょうが、このシーンで下着姿というのはどういうシチュエーションが設定されていたのか、ちょっと気になってしまいます。
もっと興味深いのは、第1幕のフィナーレです。ここではドン・オッターヴィオ、ドンナ・アンナ、ドンナ・エルヴィラの3人だけが仮面をつけて現れる、というのが普通の演出なのですが、この写真ではなぜかパーティーの客全員がマスクをつけているのですね。いったいどんな演出プランだったのでしょう。
そのシーンには、花嫁姿のツェルリーナもいるのですが、彼女とドン・ジョヴァンニがアップになった写真で見ると、ツェルリーナを歌っているアンナ・グレヴェリウスがまるで年増女のように写っています。彼女はこれがツェルリーナでのデビューなのだそうで、実年齢はずっと若いはずなのに、ちょっと損をしていますね。
いや、彼女の声は、ツェルリーナにしてはかなり太めの声なので、そんなイメージもあってなおさら老けて見えたのでしょう。でも、それは決してミスキャストではなく、逆にこの役に芯の強さを与えていてとても心地よく聴くことが出来ましたよ。マゼットを介抱するアリアなどでは、ひょっとして姉さん女房、なんて思ってしまいます。
そこで一緒に写っているドン・ジョヴァンニ役のジャン=セバスティアン・ブは、真っ白なジャケットといういかにもプレイボーイ然とした衣装姿ですが、このツェルリーナとのデュエットなどは本当に甘ったるい声で迫ります。彼は基本的にそんな歌い方で通しているようで、そういうとても分かりやすいキャラクターに徹しているのでしょう。つまり、レポレッロ約のロバート・グリードウの方が、思いっきりドスの利いた声だということですね。
ドン・オッターヴィオ役のジュリアン・ベールは、最大の収穫でした。パリでデビューした時には「魔笛」のタミーノを歌っていたのだそうですが、あのカウフマンのような力のある、それでいてもっとソフトな声は、理想的なモーツァルト・テノールなのではないでしょうか。
ドンナ・アンナとドンナ・エルヴィラ役の人はちょっといまいち、騎士団長も、写真では貫録があるのに声はへなちょこでした。
おそらく編集なしのライブ収録のようで、ロレの指揮はそれぞれの幕のフィナーレなどはたまに歌手が付いていけないほどの煽り方を見せていました。でも、お客さんはその熱気をしっかり受け止めていたみたいですね。なんせ、最後近くの「地獄落ち」が終わったところで盛大な拍手が起こるぐらいですから。

CD Artwork © Alpha Classics

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by jurassic_oyaji | 2017-10-07 21:12 | オペラ | Comments(0)