おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
カテゴリ:オペラ( 232 )
STRAUSS/Die Fledermaus
c0039487_23575996.jpg
Nikolai Schukoff(Eisenstein), Laura Aikin(Rosalinde)
Jochen Schmeckenbecher(Frank), Elisabeth Kulman(Orlogsky)
Christian Elsner(Alfred), Mathias Hausmann(Falke)
Annika Gerhards(Adele), Kurt Ridl(Frosch)
Lawrence Foster/
WDR Rundfunkchor, NDR Radiophilharmonie
PENTATONE/PTC 5186 635(hybrid SACD)



ヨハン・シュトラウス二世のオペレッタ「こうもり」は、おそらく世界で最も親しまれているオペレッタなのではないでしょうか。この中で歌われる数々のソロ・ナンバーは、それだけでもヒット曲になっていますしね。
舞台はウィーンで、シュトラウスお得意のウィンナ・ワルツも数々登場します。もうそれだけで心が弾むことでしょう。とは言っても、別にこの作品はウィーンに縛り付けられたローカルなものでは決してなくて、もっとグローバルな、ほかの国でも十分に通用する魅力を持っていますから、「本場」以外でも普通に上演されて、それぞれの土地柄が反映されるような演出が取り入れられていることもありますね。オペレッタですから、「歌」以外にも「セリフ」が入っていますから、それはもちろんその国の言葉に変えられるでしょうし、場合によってはオリジナルのセリフに変えてしまうことだって頻繁に行われているはずです。
今回の、ローレンス・フォスターがNDR(北ドイツ放送)のハノーファーのスタジオで行ったライブ録音でも、そのあたりの「工夫」には着目です。
まずは、超有名な序曲。オーケストラはNDRに属する北ドイツ放送フィル、同じNDRでもハンブルクのアルプ・フィルではなく、ハノーファーの方のセカンド・オーケストラです。このレーベルには首席指揮者のアンドルー・マンゼとともにメンデルスゾーンの交響曲などを録音していますが、それ以外にももっと「軽い」レパートリーを日常的に演奏している団体です。ですから、この序曲もいかにも手慣れた感じ、冒頭からウキウキするようなノリで期待を持たせてくれます。中間部のしっとりとした部分でも、臭すぎるほどの「泣き」をいれて、情感たっぷりに迫ります。
ブックレットには、対訳はついていますが、演奏中の写真などは載っていません。スタジオ自体は普通にステージのある中ホール、といった感じですから、オーケストラの前で歌手たちは歌ったりしゃべったりしていたのでしょう。時折お客さんの笑い声なども入りますから、確かにライブ録音であることは分かります。ただ、サラウンドで聴いてもそのお客さんの声はフロントのあたりでしか聴こえませんから、そういう音場設定なのでしょう。ところが、不思議なことに、ステージで歌っているはずの声が、キャストによってとても遠くから聴こえてくるのですよ。例えばロザリンデとかアデーレの声は、最初から最後までまるでステージの裏側で歌っているようなオフマイクのままでした。他の人はそれなりにオンで聴こえてくるので、もしかしたらコンタクト・マイクが不調だったのかもしれませんね。
そのロザリンデの声でいきなり「Oh, my God! Is that Alfred?」などという「英語」が聴こえてきたのにはびっくりしました。そのあとは普通にドイツ語のセリフになるのですが、時折こんな英語がほかの人でも入っているのですね。このセリフは、ここでアイゼンシュタインを歌っているニコライ・シュルコフが手を入れたもののようですが、英語を入れたのには何か訳があったのでしょうか(会場にトランプがいたとか)。
セリフだけではなく、演出そのものにもものすごいサプライズがありました。普通は第3幕にしか登場しないフロッシュが、なんと第2幕のパーティ会場にいきなり出てくるのですよ。なんでも、この牢番は歌手を目指しているのだそうで、このパーティの主催者であるオルロフスキーに自分の歌を聴いてもらいたいと手紙を出したら許しが出たので、ここに歌いに来た、というのですね。そして、ムソルグスキーの「蚤の歌」なんかを歌いだすのですよ。彼は第3幕でもオスミン(後宮)のアリアを歌っていますよ。牢番にしては高給なので、レッスンを受けられたのでしょうか。
実はこのフロッシュ役はクルト・リドル、フンディンク(ワルキューレ)やオックス男爵(ばらの騎士)などでは定評のあるバス歌手ですよね。

SACD Artwork © PENTATONE Music B.V.

by jurassic_oyaji | 2019-02-16 23:59 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Götterdämmerung
c0039487_21155456.jpg

Gun-Brit Barkmin(Brünhilde), Daniel Brenna(Siegfried)
Syenyang(Gunther), Eric Halfvarson(Hagen), Amanda Majeski(Gutrune)
Michelle De Yong(Waltraute), Peter Kálmán(Alberich)
中村恵理(Woglinde), Aurhelia Varak(Wellgunde), Hermine Hasselblöck(Froßhilde)
Jaap van Zweden, Eberhard Friedrich(Chorus)/
Bamberg Symphony Chorus, Latvian State Choir
Hong Kong Philharmonic Orchestra and Chorus
NAXOS/NBD0075A(BD-A)



2015年から始まったNAXOSによる香港フィルの「指環」ツィクルスの録音は、年頭の1月にコンサート形式で行った公演を収録して、同じ年の年末にリリースするという形で制作されてきました。そして、今回の「神々の黄昏」でめでたく完結です。これで、世界で初めて、ハイレゾ・サラウンド録音のBD-Aによる「指環」が完成したことになります(もっとも、映像としてのBDだったら、すでに同様のフォーマットは出ています)。
このレーベルはBD-Aのリリースに関しては、かなり初期の段階から手掛けていたようです。もちろん、それに備えてマルチチャンネルによるサラウンド録音も行い始めていたのでしょう。しかし、ある時期からは、BD-Aのリリースはぱったりと途絶え、この香港フィルの「指環」のツィクルスの途中で、それ以外のリリースは全くなくなってしまいました。ですから、おそらくこの「神々の黄昏」が、このレーベルにとって最後のBD-Aとなるのでしょう。こんなタイトルのアイテムで幕を下ろすなんて、なんて粋な引き際なのでしょうね。
今ではニューヨーク・フィルの音楽監督にもなってしまったヤープ・ヴァン・ズヴェーデンと香港フィルによる「神々の黄昏」のソリストは、これまで同様世界中から旬のワーグナー歌手が集められているようでした。あまり名前を聞いたことがない人もいますが、経歴を見るとそれぞれに立派なキャリアを誇っている人ばかり、なかなかの人がそろっているようでとても楽しみでした。しかし、序幕のノルンたちの歌が終わってメインキャストのジークフリートとブリュンヒルデの登場となった時に、そんな期待は全く裏切られてしまいました。
いや、ブリュンヒルデのグン=ブリット・バークミンは、ちょっと芯の細いところはありますが、逆に力で頑張りがちな今までのブリュンヒルデとは一味違った、とても新鮮な魅力を振りまいてくれていましたよ。問題はジークフリート役のダニエル・ブレンナです。これこそは、もろに力に頼った歌い方しかできない、今のワーグナー業界では全く通用しないどんくさいテノールではないでしょうか。最近では、いくらワーグナーだといっても、ただ声がでかいだけではとても使い物にはならなくなっています。かえって、たとえばフォークトのような全然軽い声でも、十分にワーグナー歌手として人気を得ることができるようになってしまいました(私は嫌いですが)。ですから、もはや最低でもカウフマンぐらいの正確な音程と豊かな表現力がないことには、トップに躍り出ることはできないのですよ。
もう一つ、残念だったのがラインの乙女たちです。既読にならなかったから、ではありません(それは・・・ライン)。この3人は「ラインの黄金」と全く同じキャストですね。そして、日本人の中村恵理さんがヴォークリンデを歌っています。彼女は前回はちょっとディクションで引っかかっていたのですが、今回は完璧に歌っていました。ところが、ヴェルグンデのアウレーリア・ヴァラクが全くの音痴なので、3人そろった時に全くハモらないのですね。これも、今となっては致命的。
でも、それ以外の人たちは、本当にすごい人たちばかりでした。グンター役の中国人、シェンヤンの知的な歌い方はこの役にはもったいないほど、対するハーゲン役のアメリカ人、エリック・ハーフヴァーソンは、地響きのするような深い声です。
そして、この作品だけに登場する合唱団が、とても素晴らしい声と、表現力で迫ってきました。なんたって合唱指揮がバイロイトのエーベルハルト・フリードリヒですからね。
もちろん、オーケストラも文句なし。やはり時代の最先端のワーグナーを聴かせてくれていました。それは、「葬送行進曲」での、決して叫ぶことのない、抑制された中から深い情感を湧き出させてくる演奏を聴けば、よく分かります。そこには、繊細さの中に「翳り」すらも感じることができる、格別な魅力がありました。

BD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

by jurassic_oyaji | 2018-12-29 21:19 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Tanhäuser
c0039487_23075279.jpg


Hans Sotin(Hermann), Helga Dernesch(Elisabeth)
René Kollo(Tanhäuser), Christa Ludwig(Venus)
Georg Solti/
Wiener Staatsoperchor, Wiener Philharmoniker
DECCA/483 2507(CD, BD-A)


ご存じのように、1970年代の「ブーム」だった「4チャンネル」の音源は最近になって「サラウンド」というフォーマットで続々とリイシューされています。そんな中で、その時代には目立った動きを見せていなかったDECCAの音源が、おそらく初めてBD-Aによる5.1サラウンドで登場しました。
ブックレットではそのあたりの経緯が述べられています。確かにDECCAでも、4チャンネルについての研究は行っていて、実際にそのためにミキサーやレコーダー(4トラックのテープレコーダー)をいくつかの録音会場に設置し、かなりの数の録音を残してはいたそうです。ただ、レーベルの方針としては、あくまで冷静に「時流に乗る」ことは避けていたそうです。結局、それらの音源はリリースされることはなく、1977年頃には次のフォーマット、「デジタル録音」に対するアプローチが始まるのに伴って、完全にこの方面からは撤退することになりました。
当時のDECCAのウィーンでのメインの録音会場だった「ゾフィエンザール」では、ウィーン・フィルなどの録音が行われていましたが、ここでもそんな4チャンネルの機材が設置されていて、そこで1970年10月に行われたのが、この「タンホイザー」の録音です。
その何年か前まではDECCAのプロデューサーとしてワーグナーの「指環」の全曲録音を行ったジョン・カルショーはもうこのころはBBCテレビの音楽部長になっていましたから、ここでのプロデューサーはレイ・ミンシャルです。しかし、エンジニアはカルショーのチームだったゴードン・パリーとジェイムズ・ロック、そしてアシスタントとしてコリン・ムアフットが参加しています。2チャンネル・ステレオでもあれだけの驚異的な録音を作り上げた彼らは、サラウンドではどれほどのことを成し遂げていたのでしょう。
ただ、序曲が始まった時の音場設定は、いともまっとうなもので、オーケストラはフロントにごく普通のステレオ的な配置で聴こえてきます。もちろんそれはスピーカーに張り付いている音ではなく、多少の空間的なふくらみは感じられますが、そんなにはっきりしたものではありません。ただ、ここでショルティが選んだ「パリ版」で登場する華やかな「バッカナーレ」では、カスタネットがなんとなく動き回っているように感じられなくもありません。
ソリストが登場しても、それは確かにオーケストラの前には定位していますが、それもそんなにくっきりとしたものではありません。そして、最も期待していた「巡礼の合唱」での男声合唱も。たとえば同じ時期のDGでのバーンスタイン指揮の「カルメン」の中の児童合唱がリスニングポジションを斜めに横断していくといったような「演出」は行われておらず、単にフロントでチマチマ前後に動いているような感じがするだけでした。おそらく、カルショーがこの現場にいたとしたら、もっと「4チャンネル」を効果的に使う方策を講じていたのではないかという気がするのですが、どうでしょうか?
それ以上に失望したのは、その音のあまりのひどさです。トゥッティのヴァイオリンの高音や、ルネ・コロの高音が、完全に頭打ちの平板な音になってしまっているのです。これは、間違いなくデッカのマスターテープの劣化と、それを何とか補正しようと策を弄したリマスタリング・エンジニアのせいでしょう。
というのも、今回のパッケージのCDや、さらにもっと前、2002年にリマスタリングが行われたCDの方が、よっぽど音が良いのですよ。こちらはおそらくもっと前の時点でデジタル・トランスファーが行われたマスターが使われているのでしょうから、いくらかましなコンディションだったのでしょうが、なんせ「4チャンネル」のマスターに関しては、今回初めてトランスファーされたはずですから、ほぼ半世紀の間保存されていた磁気テープの音が原型をとどめている訳がありません。気づくのが遅すぎましたね。

CD & BD Artwork © Decca Music Group Limited

by jurassic_oyaji | 2018-12-04 23:10 | オペラ | Comments(0)
MESSIAEN/Saint François d'Assise
c0039487_20515932.jpg

Emőke Baráth(L'Ange), Vincent le Texier(Saint François)
Valérie Hartmann-Claverie, 大矢素子, 小川遥(Ondes Martenot)
Sylvain Cambreling/
新国立劇場合唱団, びわ湖ホール声楽アンサンブル
読売日本交響楽団
ALTUS/ALT398/401


去年の11月に行われた読売日本交響楽団によるメシアンのオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の「日本初演」は、やはりかなり話題になったコンサートのようですね。おそらく、日本のオーケストラによるこの大曲の全曲演奏などはもうないでしょうから、これは騒がれて当然のイベントです。そしてその録音が、このように1年も経たないうちにCDでリリースされることになったのは、なによりです。なんたって、この作品の全曲を収めたCDは今までに初演を含めて2種類のライブ録音しかありませんでしたからね。
ただ、今回は、オペラではなくコンサート形式の上演でした。実際は同じものが3回演奏されています。11月19日と11月26日はサントリーホール、そして、11月23日はびわ湖ホールです。なんせ、オーケストラの編成は16型の弦楽器に、7.4.7.4.-6.4.4.3という管楽器、打楽器奏者が10人、オンド・マルトノが3台という大規模なものですし、そこに9人のソリストと120人の合唱が加わりますから経費は大変なものでしょう。それを読響だけで賄うのは大変なので、びわ湖ホールとの共同プロデュースという形を取って、負担を軽減しようとしたのでしょうね。
そのうちの、サントリーホールでの2回のコンサートの録音を編集したものが、このCDです。26日の公演に行く機会があり、そのレポートがこちらにあります。その時にはピッコロあたりが何度かミスをしていたようなので、そのためのバックアップという意味で、より完璧な記録が残されているのでしょう。
その時にチェックしたマイクは、こんな感じでした。
c0039487_20515837.jpg
天井から吊った3組のアレイがメインマイクなのでしょうね(サラウンド対応?)。その左右に2本ずつサブマイクが吊られています。ステージ上には、ソリスト用のマイクなどは全く置かれてはいません。オンド・マルトノはこのオルガンの前以外にも2階のLBとRBブロックの最上段に置かれているのですが、その前にもやはりマイクはありません。つまり、基本的にワンポイントのマイクアレンジということになるのでしょう。
曲の冒頭のマリンバ群の騒々しい音でも、何の破綻もなく録音されていたことにまずは安心します。オーケストラの音はとことんクリアで、それぞれの楽器が明瞭に聴こえてきます。その後、バリトンのソロが始まっても、まるでマイクがすぐそばにあるようなクリアさで聴こえてきます。合唱と、オルガン前で歌われたソプラノだけは、そのような距離感も感じられました。ただ、オンド・マルトノは、実際に聴いた時にはもっと存在感があったような気がします。なによりも、このノーマルCDではその立体的な配置が全く感じられないのが、とても残念です。これほどの優れた録音がサラウンドで聴けたなら、さらにうんと価値のあるものになっていたはずなのに。
演奏自体の感想は、先ほどのレポートと変わりませんが、CDでの正確な演奏時間は4時間17分、今までのどの録音よりも長くなっています。他の録音と比べつつ冷静に聴き直してみると、やはり音楽の流れが時折滞っていたような感じは否めません。
ただ、合唱のクオリティは、やはりとても高いことも分かりました。以前の録音は全て暗譜で歌われていたのでしょうから、楽譜を見ていた分、正確さが保てたのでしょう。ただ、フランス語の発音はとても気になってしまいます。
そして、ここでは最後の拍手もしっかり収録されていました。しかし、それはエンディングでの大音響の残響が完全に消えてから4秒も経ってから始まるという、なんとも間抜けなものでした。これは、「指揮者がタクトを降ろすまで」お客さんが拍手をするのを待っていたため。そのような指示がパンフレットに載っていて、それが場内アナウンスでも復唱されていましたからね。そんなアホな「マナー」の押しつけは、許せません。

CD Artwork © Tomei Electronics "Altus Music"

by jurassic_oyaji | 2018-10-18 20:54 | オペラ | Comments(0)
BERNSTEIN/Wonderful Town
c0039487_21441309.jpg

Danielle de Niese(Eileen)
Alysha Umphress(Ruth)
Nathan Gunn(Baker)
Simon Rattle/
London Symphony Orchetra & Chorus
LSO LIVE/LSO0813(hybrid SACD)


サイモン・ラトルが、現在の自らのオーケストラとともにバーンスタインのミュージカル「ワンダフル・タウン」の新録音をリリースしました。
このミュージカルは、1944年の「オン・ザ・タウン」に続き1953年に作られた2番目のもの、台本と歌詞を書いたのは、前作と同じくアドルフ・グリーンとベティ・キャムデンのチームです。その時に彼らが元にしたのが、ルース・マッケニーという人が書いた自伝的な小説をジョセフ・フィールズとジェローム・チョドロフが脚色した戯曲、「マイ・シスター・アイリーン」です。これは1940年に上演され、1942年には映画化もされています。
その映画で主人公を演じたロザリンド・ラッセルが、このバーンスタインのミュージカルの初演では同じ役を演じています。そのオリジナル・キャストによる録音は、こちらで聴くことが出来ます。
ラトルにとっては、これが2度目の録音となります。1度目はEMIのために1998年の6月に録音されました。彼のバーミンガム時代ですね。ただ、この時のオーケストラはそのバーミンガム市交響楽団ではなく、「バーミンガム・コンテンポラリー・ミュージック・グループ」という名前になっています。
もちろん、この作品は「オペラ」ではなく「ミュージカル」ですから、上演される時のオーケストラは非常に少ないメンバーになるはずです。彼の3番目のミュージカルでバーンスタイン(正確には、オーケストレーターのシド・ラミンとアーウィン・コスタル)が指定したメンバーの人数は31人でしたから、ここでもそのぐらいの人数で演奏されるスコアだったのでしょう。もし、ラトルがそれに近い編成で演奏していたのだとすれば、とても「交響楽団」とは呼べないでしょうね。
しかし、今回の演奏では、「ロンドン交響楽団」という名前がどんどん書いてありますし、「この録音の時のオーケストラのメンバー」という詳細なリストまでブックレットには掲載されています。それによると、弦楽器は12型ですから、ちょっと小振りですが、管楽器は本来のマルチ・リードではなく、きちんと専門の楽器を別々の人が演奏しているようですからしっかり「交響楽団」になってます。ただ、ここで加わっている大量のサックス群とドラム・セットは、元々オーケストラにはいませんから、エキストラが参加していますけど。
物語は、オハイオの田舎に住んでいた小説家志望のルースと女優志望のアイリーンという姉妹が、大都会ニューヨークにやって来て様々な人と出会い成長していくという、まるで「朝ドラ」のような展開のお話です。このミュージカルは2010年に日本でも(日本人によって)上演されていますが、その時の上演時間は2時間半超だったそうです。このラトルのコンサートではどのような形だったのかは分かりませんが、このSACDでは音楽の部分だけが集められて、1時間10分に収まっていますから、それほど長くはありません。とは言ってもその分のセリフがまるまるカットされているのでしょうから、これを聴いただけではそのストーリーの流れはほとんど分からないでしょうね。ここで対訳も何もついていないのは、そのようなことを鑑みてのことだったのでしょうかね。
ですから、このSACDではバーンスタインの音楽をストレートに味わうことが出来ます。全体の雰囲気は、物語のコミカルさを反映してかなり明るい、というかノーテンキなビッグ・バンド・ジャズの世界です。ただ、時折、先ほどの「3番目」のミュージカル、「ウェストサイド・ストーリー」を思わせるようなキレの良いダンス・ナンバーが入っているのが魅力でしょうか。それは、あちらの「マンボ」につながる「コンガ!」と、「クール」の先駆けの「スウィング!」でしょうか。
ルース役のアンプレスは、まさにハマり役ですが、アイリーンにデ・ニースを使ったのはあまりにももったいないような気がします。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra

by jurassic_oyaji | 2018-09-18 21:46 | オペラ | Comments(0)
BIZET/Carmen
c0039487_22505440.jpg

Marilyn Horne(Carmen), James McCracken(DJ)
Tom Krause(Escamillo), Adriana Maliponte(Micaëla)
Leonard Bernstein/
Manhattan Opera Chorus(by John Mauceri)
The Metropolitan Opera Orchestra & Children's Chorus
DG/483 5191(BD-A)


バーンスタインが1973年にニューヨークのスタジオで行った「カルメン」の全曲録音では、当時開発されたばかりの「4チャンネル・ステレオ」のフォーマットが採用されていました。しかし、ご存知のようにこの「4チャンネル」は規格の林立に阻まれて世界的に普及することなどは不可能でしたから、数年でこの世から消えてしまいました。DGでも、その形でLPなどをリリースした形跡はありません。
それが、2014年になってPENTATONEからオリジナルの「4チャンネル」をマルチチャンネルとして収録したSACD(こちら)がリリースされました。ただ、当時はサラウンドを聴ける環境にはなかったので、このSACDは2チャンネル・ステレオのみでしか聴いていませんでした。
それと同じ音源が、今回は本家のDGからBD-Aとなってリリースされました。こちらももちろん2チャンネルとサラウンドの両方のミックスが選択できるようになっています。
c0039487_22505462.jpg
ジャケットの右下には、このように、UNIVERSALからリリースされたBD-Aでは初めて、「SURROUND SOUND」という文字を見ることが出来ます。ところが、裏返してみると、
c0039487_22505466.jpg
このように、今までの2チャンネルだけの商品と同じように「LPCM2.0」という表記しかないので、一瞬焦ってしまいました。しかし、モニターでは「4.0 Surround」の文字もありますし、音もしっかりサラウンドだったので一安心、肝心なところでボケてくれたものです。というか、ネット上のこのBD-Aのインフォには、サラウンドという言葉はどこにもありませんからね。
いずれにしても、DGとしては録音されてから45年も経って本来の姿で再生できる製品をリリースしたことになるのです。
このDGのBD-Aを、PENTATONEのSACDと比較してみると、なぜかトランスファーされた時のレベルがかなり低いので、最初は戸惑ってしまいます。DGの方が、ダイナミック・レンジに余裕を持たせていたのでしょうか。ですから、ボリュームを合わせて聴いてみると、DGの方がより細かいニュアンスを感じることが出来ます。マリリン・ホーンが歌う「ハバネラ」の最後の部分などは、背筋が凍りつくような表現がもろに伝わってきますよ。
サラウンドのリマスタリングは、双方ともオリジナルに忠実に行っているようで、定位などに変わったところはないようです。ですから、この録音の際に、このフォーマットの可能性を信じてその特性を目いっぱい盛り込んだ定位を設定していたスタッフの意気込みも、やはりストレートに味わうことが出来ます。まずは、前奏曲でフロントの打楽器の残響が対角線上のリアからリアルに聴こえてくることで、スタジオ録音ならではの密集した音場を感じることが出来ます。そして、その直後の子供たちの合唱では、予想通りその合唱を動かしていましたね(右後⇔左前)。
第1幕の後半でカルメンがホセを誘惑して歌う「セギディーリア」の歌詞の中に出てくる「リリアス・パスティアのお店」が、次の幕での舞台となるのですが、そこでまずその「リリアス・パスティア」その人の「だんな、もうそろそろお店を閉めたいんですが・・・」という情けない声が突然左後から聴こえてくるのが、ちょっとしたサプライズ。バーンスタインは当時はまだあまり使われていなかったオペラ・コミーク版の楽譜を使っていますが、そのセリフの部分がそんな感じでとても生々しく録音されています。
あるいは、第2幕の「闘牛士の歌」などでは、オーケストラの金管を合唱と一緒にリアに配置したりして、スペクタクルな効果を発揮させていましたね。
このDG盤には、その合唱の指揮や、バーンスタインのアシスタントとして参加していたジョン・マウチェリの書き下ろしのライナーノーツが掲載されていて、録音当時の現場の様子を知ることが出来ます。それによると、バーンスタインがここで目指したのは、「ミュージカル」としての「カルメン」を作り出すことだったようですね。前奏曲のテンポが異常に遅いのも、そのための伏線だったのでしょう。

BD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

by jurassic_oyaji | 2018-07-17 22:53 | オペラ | Comments(0)
ノートルダムの鐘
c0039487_20320925.jpg



飯田達郎(カジモド)、芝清道(フロロー)、岡村美南(エスメラルダ)
清水大星(フィーバス)、阿部よしつぐ(クロパン)
劇団四季
WALT DISNEY RECORDS/AVCW-63192


「ノートルダムの鐘」というのは、今横浜で劇団四季が上演しているミュージカルのタイトルです。原作は、ヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ(Notre-Dame de Paris)」ですね。ただ、かつて日本では広く使われていたこの小説のタイトルの、「ノートルダムのせむし男」という訳は、今ではほとんど姿を消したようですね。
ディズニーが1996年にこの物語を原作にしたアニメ映画を作り、後にディズニー・シアトリカル・プロダクションズ(DTP)がこのアニメを劇場用のミュージカルにした時は、いずれもオリジナルタイトルは「The Hunchback of Notre Dame」でした。「せむし男」ですよね、しかし、日本では映画もミュージカルも「ノートルダムの鐘」と変えられていましたね。やはり、各方面への忖度の結果だったのでしょう。
ただ、厳密なことを言うと、このミュージカルの最初のプロダクションが1999年にDTPによってベルリンで制作された時のタイトルは「Der Glöckner von Notre Dame」だったんですよね。「ノートルダムの鐘つき男」でしょうか。こちらの方が、単に「鐘」とするよりも物語の内容は正しく反映されているような気がしますけどね。劇団四季のミュージカルのプロモーションでは、さもその「鐘」が主人公であるかのようなことが言われていましたが、それはちょっと無理があるな、と感じてしまいます。
そのベルリンでのプロダクションは、3年というロングランは記録したものの、その後、例えばブロードウェイあたりに進出することはなく、それ以後の公演は行われませんでした。しかし、2011年になってDTPはオリジナルの作詞家、スティーヴン・シュワルツの息子の演出家、スコット・シュワルツに、再度のミュージカル化を依頼します。それを受けて2014年にサンディエゴで初演されたスコット・シュワルツによる「改訂版」は、アニメ版のイメージをほぼ忠実に再現したベルリンでの「初演版」からはかなりの変貌を遂げていたのです。
最大の違いは、新たに「クワイヤ(聖歌隊)」がくわいやった(加わった)ことでしょう。そのために、「Requiem」などで用いられているラテン語のテキストによる「聖歌」が新たに作られました。さらに、このクワイヤは、アニメ版(初演版も?)では登場するガーゴイル(石像)と同じ役割も担うようになっています。
劇団四季が2016年12月に四季劇場「秋」で日本初演したこのミュージカルには、もちろんこの「改訂版」が使われています。実際に翌年4月にこれを観たときには、冒頭に歌われるア・カペラの「聖歌」だけで、まず感動してしまいました。それほどのインパクトが、この改訂にはあったのです。まさか、ミュージカルでこんな荘厳な音楽が聴けるとは。
その、「秋」での公演をライブ録音したものが、このCDです。劇団四季ではメインキャストはダブル・キャスト、カジモドではトリプル・キャストが採られていましたが、ここではすべて最初に名前が挙げられている人たちが歌っています。音楽だけではなく、適宜セリフもそのまま入っているので、CD1枚分の尺でも、ストーリーはほぼカバーできています。
ミュージカルの場合の「ライブ録音」とはどういうものなのか、という興味があったので聴いてみたのですが、例えばオペラのライブ録音のようなものを期待していると、がっかりしてしまうことでしょう。もともと歌手たちの歌は顔に付けたピンマイクで収録しているのですが、それのクオリティがあまりにも低いのですよね。実際に劇場で聴いている分にはそれほど気にはならないのですが、それを音だけで聴くのは、ちょっと辛いものがあります。
これは、実際に観た公演の追体験としては絶好のアイテムでしょう。ですから、チケットはなかなか取れないでしょうが、ぜひ、まずは生で観て欲しいですね。

CD Artwork © Walt Disney Records

by jurassic_oyaji | 2018-07-12 20:35 | オペラ | Comments(0)
BIZET/Les Pêcheurs de Perles
c0039487_23354018.jpg

Julie Fucks(Leïla), Cyrille Dubois(Nadir)
Florian Sempey(Zurga), Luc Bertin-Hugault(Nourabad)
Alexandre Bloch/
Les Cris de Paris(by Geoffroy Jourdain)
Orchestre National de Lille
PENTATONE/PTC 5186 685(hybrid SACD)


ジョルジュ・ビゼーがその36年余の生涯で作ろうとしたオペラ、あるいはオペレッタは全部で30曲近くあるそうですが、実際に完成して上演までされたものはほんの数曲しかありません。とは言っても、遺作である「カルメン」1曲だけでも彼はオペラ作曲家として永遠に語り伝えられることになったのですから、作曲家冥利に尽きるのではないでしょうか。
「カルメン」に次いで(とは言ってもその上演頻度は著しく少なくなりますが)人気がある彼のオペラが、この「真珠採り」でしょう。ただ、もしかしたら、このオペラの中のアリア1曲、もっと言うならそのメロディだけが異様に知名度を誇っている、というせいで人気があるのかもしれませんね。それは、アルフレッド・ハウゼというドイツのコンチネンタル・タンゴのバンドリーダーが、このメロディをタンゴにして世界的にヒットさせたからなのです。
c0039487_23354010.png
「真珠採りのタンゴPerlfischer Tango」というその曲が、いつごろ生まれたのか、正確な年代はよく分かりませんが、20世紀中期以降であることは間違いありません。同じように、ヴェルディの「椿姫」の前奏曲を転用した「ヴィオレッタに捧げし歌Hör Mein Lied, Violetta!」というコンチネンタル・タンゴもヒットしましたね。
「カルメン」同様、このオペラも何種類かの楽譜が出ていて、実際に、今まで録音されたCDなどを聴き比べてみると、それぞれに違いが見つかるのだそうです。というのも、ビゼーの自筆稿は現在では誰も見ることが出来ない状況になっているのだとか。このCDではヒュー・マクドナルドという人によって2014年に新たに作られ、2015年に、今ではベーレンライターの傘下となっているアルコア社(!)から出版された楽譜が使われています。これは、1863年に行われた初演の際の指揮者のスコアが元になっているのだとか。ただ、ここでライナーノーツを書いているイェルク・ウアバッハという人は、「自筆稿さえ見ることが出来れば、もっとビゼーのアイディアに近づけるのに…」と言っていますからね。
このオペラは、3幕から出来ていますが全曲演奏しても2時間はかからないというコンパクトな仕上がりです。それこそ「カルメン」のアルコア版のようなオペラ・コミークではなく、全編がレシタティーヴォ・アッコンパニャータとアリアや重唱で歌われるオペラ・セリアの形をとっています。
物語の舞台は古代のセイロン、真珠採りの漁師たちの港町です。人物関係はかなり入り組んでいますが、基本は一人の女性を巡っての二人の男性の「嫉妬」と、「オトコ同士の友情」でしょうか。そこにまわりの人間の思惑も加わってとてもダイナミックなプロットが展開されるという、まさに息を呑むような波乱万丈(というか、荒唐無稽)な物語です。もちろんそこでは、ビゼーならではの甘美なメロディがてんこ盛りですが、それに加えてドラマティックなオーケストラの書法も見逃せません。
これが録音されたのは、2017年、フランスのリールです。オペラのステージではなく、コンサート形式での演奏のサラウンド録音です。歌手たちはステージの手前で歌っていますが、合唱がおそらくト書きの指定に従ってバックステージとオンステージとに移動しているのでしょう。そういえば、テノールのソリストも、遠くから歌いながら前に出てくる、という場面もありましたね。
そのテノールのシリル・デュボアが歌う、タンゴに使われた曲、「耳に残るは君の歌声Je crois entendre encore」は、まさにフランス・オペラならではの甘美なビブラートと女声かと思えるようなファルセットがとても魅力的です。期待したソプラノのジュリー・フックスは、とても多彩な声ですがピッチが不安定なのが残念。バリトンのフロリアン・センペイは、ちょっとおとなしすぎかも。もっとパリパリとかみつくような迫力が欲しかったですね(それは「センベイ」)。あとは、合唱が非力。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

by jurassic_oyaji | 2018-06-05 23:37 | オペラ | Comments(0)
DEBUSSY/Pelléas et Mélizande
c0039487_22563772.jpg

Magdalena Kožená(Mélizande), Christian Gerhahel(Pelléas)
Gerald Finley(Golaud), Franz-Josef Selig(Arke()l)
Simon Rattle/
London Symphony Chorus(by Somon Halsey)
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0790(hybrid SACD, BD-A)


サイモン・ラトルは、2002年に芸術監督に就任したベルリン・フィルのポストはまだ今年のシーズン終了まで続きますが、それと兼任という形ですでにロンドン交響楽団の音楽監督としての活動も開始しました。それが、2017年9月14日にバービカン・ホールで行われたシーズン・オープニング・コンサートです。その時のプログラムは、すべてイギリスの作曲家の作品という徹底したもの、イギリスのオーケストラが迎えた初めてのイギリス人の音楽監督を祝福する意味合いがあるのでしょうか。それは、このオーケストラのために委嘱した新作、ヘレン・グライムの「ファンファーレ」から始まり、クリスティアン・テツラフのソロでハリソン・バートウィスルの「ヴァイオリン協奏曲」、ラトルがバーミンガム市交響楽団時代に委嘱したトーマス・アデスの「アサイラ」、オリヴァー・ナッセンの「交響曲第3番」と続き、エドワード・エルガーの「エニグマ変奏曲」で締めくくるというものでした。
今回のSACD(+BD-A)には、2016年1月9日と10日に行われたドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」のコンサート形式の上演の模様が収められています。このコンサートは、その直前1月5日に亡くなったピエール・ブーレーズに捧げられていたということです。
コンサートとは言っても、ここではベルリン・フィルとの「マタイ」や「ヨハネ」と同じく、ピーター・セラーズが演出を担当していました。ラトルはベルリン・フィルと2015年12月に、やはりセラーズの演出で同じ作品をほぼ同じソリストたちと演奏していたのですね。二股、というやつでしょうか。いや、たまたまでしょう。
19世紀と20世紀をちょうどまたぐ形で作曲されたこのオペラは、あらゆる面でそれまでのオペラの概念を覆すものでした。台本には「青い鳥」で有名なメーテルランクの戯曲がほぼそのまま使われていますから、それらは基本的に「お芝居のセリフ」です。ですから、そこからは「アリア」のようなものを作り出すのは困難ですから、歌手たちが歌うものは限りなく「セリフ」に近づきます。考えてみれば、それまでのオペラではアリアが始まるとそこで物語の進行はストップしてしまうのですから、「劇」としてみればそちらの方がかなり不自然なものなのでしょうが(ミュージカルなどは、まさにそのような「お約束」の上に成り立っています)、やはり当時の人は戸惑ったことでしょうね。
その代わりにドビュッシーが目指したのは、音楽自体で物語を進めるという手法でした。彼のオーケストラのパートは、そんな平坦な「言葉」のバックで、とても雄弁に「物語」を伝えてくれているのです。あるいは、「言葉」では伝えきれない情感までも、きっちりと「音楽」が伝えていると感じられるところもたくさん見つかるはずです。たとえば、ペレアスとメリザンドが愛を確かめ合う第4幕第4場などは、「トリスタン」の第2幕第2場にも相当する道ならぬ恋の高まりの場面なのですが、ワーグナーのようにストレートに燃え上がる情念はドビュッシーのオーケストラからは決して味わうことはできません。そこにあるのは、背徳の影を落とした、突き刺さるように繊細な和声とオーケストレーションなのです。
そんな音楽の中では、歌手たちにはオーケストラの細やかな情感に決して逆らわない表現が求められるはずです。その上に、フランス語のエスプリが存分に込められていれば申し分ありません。そういう意味では、ペレアスのゲルハーエルは合格、メリザンドのコジェナーは不合格です。
このオペラでは、合唱の出番もあります。でも、彼らは第1幕第3場の途中でほんの数回オフ・ステージで「ヘイホー!」という水夫の叫び声を発するだけです。SACDやBD-Aのサラウンド・モードで聴いてみるとその声が後ろから聴こえてきますから、ここでは客席で歌っていたのでしょう。

SACD, BD Artwork © London Symphony Orchestra

by jurassic_oyaji | 2018-01-23 22:58 | オペラ | Comments(0)
MESSIAEN/Saint François d'Assise
c0039487_20593594.jpg

Dietrich Fischer-Dieskau(François)
Rachel Yaker(L'Ange), Kenneth Riegal(Le Lépreux)
Lothar Zagrosek/
ORF-Chor, Arnold Schönberg-Chor(by Erwin Ortner)
Radio Symphonie Orchester Wien
ORFEO/C 485 9821


先日、全曲の日本初演があったばかりのメシアンのオペラ、「アッシジの聖フランチェスコ」は、これまでに2種類のCDと1種類のDVDが存在していました。ところが最近、それとは別の録音がだいぶ前にリリースされていたことを知りました。それは、1985年のザルツブルク音楽祭で上演された時にオーストリア放送協会によって録音されていた放送用の音源で、1998年にCD化されていたものです。
とはいっても、この時は全曲が上演されていたわけではなく、全8景の中の4つの景だけを、「オーケストラ・コンサート」として演奏したものでした。しかし、この作品がパリのオペラ座(ガルニエ宮)で初演されたのが1983年の末ですから、それからほんの1年半後にこの大作を再演したのは偉業と言うべきでしょう。この時にはメシアン自身が上演に立ち会い、演奏する部分の選択などを行い、タイトルも「Scènes Franciscaines(フランチェスコからの場面)」に変えていました。
これがきっかけとなって、それから数年間この「ハイライト上演」が世界各地で行われることになります。まずは、1986年3月の、初演者である小澤征爾指揮の新日本フィルの東京でのコンサートでした。
c0039487_21465244.jpg
それに続いて、同じ形のコンサートが1991年までにロンドン、ボストン、マドリッド、ワルシャワ、ベルリン、フランクフルト、ミュンヘンなどで開催されています。
ザルツブルク音楽祭で全曲が上演されたのは1992年8月のことでした。これはピーター・セラーズが演出を担当、指揮はエサ=ペッカ・サロネンで、オーケストラはLAフィルです。この上演自体が、LAフィルと、そしてパリのオペラ座(新設されたバスティーユ)との共同制作だったので、同じ年の12月には、そのバスティーユで同じものが上演されています。その時の指揮者が、先日の全曲日本初演を行ったカンブルランでした(同じプロダクションでも指揮者は被らん)。
このザルツブルクのプロダクションは、その6年後に同じキャストで再演されますが、その時には指揮者はケント・ナガノ、オーケストラはハレ管弦楽団になっていました。これが、DGからリリースされている全曲盤のソースです。
今回のCDでは、キャストや指揮者、オーケストラは後のザルツブルクでの全曲上演とは全く異なりますが、合唱と合唱指揮、そしてオンド・マルトノ奏者が3人とも同じ人という共通点はあります。メシアンの義妹のジャンヌ・ロリオの名前もありますね。
ただ、タイトル・ロールがディートリヒ・フィッシャー=ディースカウというのはどうなのでしょう。彼が得意とするのはもっぱらドイツ歌曲のような印象がありますから、ちょっとした違和感が。案の定、ここでの彼には何かしっくりこないところがありますね。あまりにも知的過ぎるんですよ。他のレパートリーではそれが得も言われぬ「表現」として称賛されるのでしょうが、それがここではすべて裏目に出ているのでは、という感じが、最後まで拭われることがありませんでした。
ツァグロセクの指揮によるウィーン放送交響楽団(録音当時は「ORF交響楽団」と呼ばれていました)は大健闘。初演の小澤盤をはるかにしのぐ高度のアンサンブルを聴かせてくれます。もっとも、後のケント盤に比べるとメシアン特有のグルーヴ感に関してはまだまだ、という気はします。
録音は、とても素晴らしいものでした。コンサート形式ならではの安定したマイクアレンジで、それぞれの楽器や、特に合唱が細部までくっきりと聴こえてきます。皮肉にも、ケント盤では目立たなかった同じ合唱団の弱点が、ここではもろに現れてしまっています。
全曲のちょうど半分、第1幕と第2幕の最後の景と、第3幕の全曲という構成は、この作品で必要なものを全て含んでいるようでした。これを聴けば、2時間ちょっとで4時間半の全曲と同じだけの体験ができるかもしれません。あくまで、フィッシャー=ディースカウに我慢ができれば、ですが。

CD Artwork © ORFEO International Music GmbH

by jurassic_oyaji | 2018-01-18 21:01 | オペラ | Comments(0)