おやぢの部屋2
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カテゴリ:オペラ( 225 )
PROKOVIEV/The Fiery Angel
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Galina Gorchakova(Renata)
Sergei Leiferkus(Ruprecht)
The St. Petersburg Mariinsky Acrobatic Troupe
David Freeman(Dir)
Valéry Gergiev/
Chorus and Orchestra of the Mariinsky Theatre
ARTHAUS/100 391(DVD)




プロコフィエフの亡命時代に作られた「炎の天使」は、ヴァレリー・ブリューソフのオカルト小説をもとにプロコフィエフ自身が台本を書いた、何ともアヴァン・ギャルドなオペラです。後に彼はソ連に戻ることになるのですが、当時の国家体制化では当然こんなオペラが上演されるはずもなく、結局全曲が初めてヴェネツィアのフェニーチェ劇場で舞台上演されたのは彼の死後、1955年のことでした。
晴れて作曲家の祖国(とは言っても、彼は厳密にはウクライナの生まれですが)での上演が敢行されたのは、ソ連が崩壊した後の1992年のことでした。それは、サンクト・ペテルブルクのキーロフ・オペラと、ロンドンのロイヤル・オペラ(コヴェントガーデン)との共同制作、デヴィッド・フリーマンの演出、ヴァレリー・ゲルギエフの指揮での上演です。翌1993年のキーロフ・オペラの来日公演の際には、この「炎の天使」がレパートリーに入っており、もちろんそれが舞台上演としては日本初演となりました(その数か月前に、大野和士指揮の東京フィルが、コンサート形式の上演を行っています)。
翌1993年に、あの伝説的な映像監督ブライアン・ラージによってマリインスキー劇場で収録されたものが、このDVDの元となった映像です。それは、かつてバイロイトで行われたように、客席には観客がいない状態で撮影が行われていて、ラージならではの緻密なカットが存分に味わえるものでした。当初はPHILIPSからCDとレーザー・ディスクでリリースされ、その刺激的な映像には多くの人が衝撃を受けていました。当時のジャケットでは、なんとヤバそうな部分に「ぼかし」が入っていますね。
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おそらく、このオペラの映像ソフトはこれしかないはずです。もちろんレーザー・ディスクなどはもはや廃盤になっていますから、DVDあるいはBDによるリイシューは長く待たれていたはずです。そんな愛好家の願いが、ARTHAUSからDVDという形でリリースされたことによって叶う日が来ました。オリジナルが画面比4:3の非HDですからBDにする意味はないので、これで十分です。ただ、日本語の字幕がないのはちょっと辛いかもしれませんね。
ジャケットもこんなにおとなしいものに変わっています。もしかしたら、タイトルの「天使」という言葉から、これが天使なのかな、なんと初々しい(あったかいんだからぁ)、とか思ってしまうかもしれませんが、とんでもありません。そもそも「天使」とか「エンジェル」という言葉からは何かかわいらしいものを連想しがち(「天使すぎる」という、変な言葉もありますし)ですが、ここに登場する、いや、正確には単なる妄想で実体のないものが人間に憑依したとされるのは、屈強な男子なのですからね。
ですから、何も知らないでこのジャケットだけを頼りに見た人はびっくりするかもしれませんね。それを牽制するためでしょう、日本語の「帯」には「全体に裸体が多く出現します」という、なんとも無機質なコメントが見られます。仙台七夕ではありません(それは「屋台」)。
演出家のデヴィッド・フリーマンは、とことんその「裸体」にこだわりました。まずは、原作では主人公レナータの妄想とされているものが、数多くの白塗りの裸体として登場します。ま、それは「全裸」ではなく、適宜白いTバックで覆っている男子ですから、単に気持ち悪いだけですが、最後のクライマックス、修道女たちが次々と錯乱して、ついには「全裸」になっていくシーンは扇情的ですよ。もちろん、映像ではぼかしなんかは入っていませんから。
と、単にいやらしい眼で見ていただけだとしても、最後の火あぶりのシーンには思わずハッとさせられるはずです。そこでは、確実に何かが成就された様を見ることが出来ることでしょう。そこまで、ほとんど一人で歌い続けていたゴルチャコーヴァの熱演に拍手です。そして、この究極のエロティシズムをオーケストラから引き出したゲルギエフの逞しさにも。

DVD Artwork © Arthaus Music GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-07-10 19:43 | オペラ | Comments(0)
JOPLIN/Treemonisha
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Carmen Balthrop(Treemonisha), Betty Allen(Monisha)
Curtis Rayam(Remus), Willard White(Ned)
Gunther Schuler/
The Houston Grand Opera
Pentatone/PTC 5186 221(hybrid SACD)




ジョシュア・リフキンの尽力により、スコット・ジョプリンの「ラグタイム」は、今ではクラシックのサイドからも正当に評価されるようになっています。しかし、彼が「オペラ」までを作っていたということを知っている人など、ほとんどいなかったはずです。そもそも「ラグタイム」と「オペラ」を同じ次元で語ることなど不可能、その両者の間には「日本国憲法」と「安倍晋三」と同じほどのミスマッチが横たわっています。
48歳で亡くなったジョプリンが43歳の時、1911年頃に完成したオペラが「トゥリーモニシャ」です(彼がオペラを作ったのはこれが最初ではなく、それまでにも手掛けていました)。台本もジョプリン自身が書いています。その年にはヴォーカル・スコアを自費出版、さらに1915年には彼自身のピアノによるピアノ版での初演が行われています。しかしそれ以降上演されることはなく、完全に世の中から忘れ去れてしまいます。さらに、彼はこの作品にオーケストレーションも施していて、その楽譜もかつては存在していましたが、1962年にその楽譜を管理していた者によってスコアは破棄されてしまいました。
1970年にヴィーカル・スコアが発見されたことにより、この「オペラ」を再演しようという動きが高まり、1972年にロバート・ショー指揮のアトランタ交響楽団によって「オペラ」の甦演が行われました。もちろん、オーケストラ譜はもはやこの世にはなく、ジョプリンの当初のプランは誰にも分からなくなっていますが、この時にはトーマス・J・アンダーソンのオーケストレーションによって上演されています。
さらに1975年には、ガンサー・シュラーのオーケストレーション、彼自身の指揮で、ヒューストン・グランド・オペラで上演されました。その時のキャストによってスタジオ録音が行われたものが、このSACDです。さらに、最近では、もっと「アメリカ的」な、小さな編成のオーケストレーション(by リック・ベンジャミン)による上演も行われているのだそうです。
全3幕、全曲演奏しても1時間半しかかからないコンパクトな「オペラ」です。それぞれの幕には「朝」、「午後」、「夕方」というタイトルが付けられ、物語は1日のうちに終了するというのは、伝統的な「オペラ・ブッファ」のお約束を引き継いでいるのでしょうか。オペラのタイトル「トゥリーモニシャ」という女の子が主人公、その名前は、ネッドとモニシャという夫婦が、大きな木の根元に置き去りにされていた赤ん坊を自分たちの子供として育てたことに由来したもにしゃ。彼女は地域のプランテーションの黒人たちとは違って、縁があって小さいころから白人からしっかりとした教育を受けていました。そんなところにインチキ魔術師たちに騙されそうになる両親を諭したことから、そのインチキ集団に拉致されてしまいますが、見事救出され、そのインチキ野郎たちも巻き込んだコミュニティのリーダーになるという、ある意味寓話的なストーリーです。
音楽的には、まさに「ラグタイム・オペラ」でした。「ラグタイム」の中にはよく聴かれる2拍子の元気のよい曲以外にも、たとえば「ベシーナ」のような美しいメロディをしっとりと聴かせる3拍子の曲もありますが、それらのすべての要素を動員して、バラエティあふれる多くのナンバーが歌われます。モニシャが赤ん坊を見つけたときのことを歌う「The Sacred Tree」などは、シンプルでありながらとても心にしみる曲ですね。さらに、ゴスペル的な「コール・アンド・レスポンス」のナンバーなどもあり、とても楽しめます。
ただ、歌手の歌い方もオーケストレーションも、あまりにヨーロッパ的な「オペラ」を目指しているのが、ちょっと引っかかります。おそらくそのあたりの方向性が少し修正されているであろうベンジャミン版も、機会があればぜひ聴いてみたいものです。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.
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by jurassic_oyaji | 2015-05-25 20:24 | オペラ | Comments(0)
BIZET/Carmen
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Marilyn Horne(Carmen), James McCracken(DJ)
Tom Krause(Escamillo), Adriana Maliponte(Micaëla)
Leonard Bernstein/
Manhattan Chorus(by John Mauceri)
Metropolitan Opera Orchestra & Children's Chorus
PENTATONE/PTC 5186216(hybrid SACD)




このレーベルは、元々はなくなってしまったPHILIPSのアーカイヴの中でも、「4チャンネル」で録音されていたものをサラウンドのSACDでよみがえらせようという目的のために設立されていました(たぶん)。それがしばらくリリースされていないようになっていたと思っていたら、こんどはDGの、やはり4チャンネルの音源によるSACDを出し始めました。その時には、ジャケットのアートワークは、花の中にタイトルが埋め込まれているというぶっ飛んだデザインのものに変わっていましたね。
そんな中で注目したのが、バーンスタインが指揮をした「カルメン」です。でも、バーンスタインというと、オーケストラの指揮者としてあまりにも有名ですから、オペラなんかは演奏していないような気にはなりませんか?確かに、録音されたものは、よく比較されるカラヤンなどに比べるとはるかに少ししかありません。
とは言っても、オペラハウスでの実績はきちんとありました。たとえば、「地元」のメトロポリタン歌劇場では1964年にヴェルディの「ファルスタッフ」でデビューを飾ります。この演目は、バーンスタインはウィーン国立歌劇場でも1966年に演奏し、その時のメンバーでスタジオ録音されたものは彼の最初のオペラ録音として知られています。その後のMETでは、1970年には、なんと「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」の二本立てという、ちょっとバーンスタイらしくない演目での指揮も行っています。
そして、1972年には、「カルメン」を指揮することになりました。これは、9月19日から10月20日までの間に6回上演されていますから、「中5日」というスケジュールだったのでしょう。その上演と並行して、オフの日にほかの場所でセッション録音されたものが、このSACDのもとになったアナログ音源です。
ここでバーンスタイが使っている楽譜は、ビゼーのオリジナルの形に近い、セリフが間に入る「アルコア版」です。この楽譜が出版されたのが1965年ですから、それまでの伝統(ギローによって改変された「グランド・オペラ版」)を破ってこの時期にMETが新しい楽譜を選択していたのにはちょっと驚きます。
バーンスタインの演奏は、まず前奏曲でそのあまりのテンポの遅さに驚かされます。おそらく彼は、このような重々しい演奏によって「カルメン」の悲劇性を強調しようとでもしたのでしょうね。ただ、この中で出てくる「闘牛士の歌」が第2幕で歌われる時にも、同じようなテンポをとられると、歌っているエスカミーリョ(トム・クラウゼ)がとても間抜けに感じられてしまいます。
同じようにそんな気まぐれに付き合わされて悲しい思いをしているのが、「第3幕への間奏曲」を吹いているフルーティストでしょうか。ハーピストがおそらく指揮者の指示に従って、かなりゆったりとしたテンポで弾き始めたのですが、それはおそらくフルーティストの感性の下限を超えていたのでしょう。そのハープとは全く無関係なテンポで演奏を始めました。結局最後までその二人は全く別のテンポ感で貫き通すのです。ここで指揮者はいったい何をやっていたというのでしょうか。
ここで録音を担当しているのは、DGのトーンマイスター、ギュンター・ヘルマンスです。しかし、ここで聴く音は彼のいつものカラヤンとベルリン・フィルとの音とはずいぶん違っているようです。録音場所の違いもあるでしょうが、最大の理由は「4チャンネル」を意識して間接音をかなり強調した音作りが行われていることでしょう。それをサラウンドではなく2チャンネルステレオで聴いていると、なんか地に足がついていない浮遊感のようなものに悩まされて、不愉快になってきます。歌手たちの声は何とも大げさな動き方を見せて(聴かせて)います。なにか、4チャンネルというものに振り回されて、肝心の音がちょっとお粗末になっている感じがしてなりません。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.
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by jurassic_oyaji | 2015-04-15 22:35 | オペラ | Comments(0)
SCHÖNBERG/Moses und Aron
c0039487_2385790.jpgFranz Grundheber(Moses)
Andreas Conrad(Aron)
Sylvain Cambreling/
EuropaChorAkademie(also by Joshard Daus)
SWR Sinfonieorchester Baden-Baden und Freiburg
HÄNSSLER/SACD 93.314(hybrid SACD)




なんたってシェーンベルクに関しては門外漢というか興味の対象外ですから、彼の「モーゼとアロン」を最初に録音したのはだれかなんて知っているわけはありません。とりあえず現行のカタログでは1966年のヘルマン・シェルヘンあたりが最も初期のものでしょうか。そして、1974年(SONY)と、1995年(DG)のブーレーズ盤が続くのでしょう。その間には、ケーゲル盤(1976/BERLIN)も録音されていましたし、なんとショルティ盤(1984/DECCA)などという信じられないようなものまで見つかりました。最近では、2006年のライブ録音のNAXOS盤も出ています(指揮はローランド・クルティヒ)。
そして、今回久しぶりの新録音として2012年に録音されたカンブルラン盤が登場した時には、CDではなくハイブリッドSACDとなっていました。つまり、世界初のハイレゾによる「モーゼとアロン」がリリースされたということになります。
これは2012年の9月2日から21日にかけてベルリン、ルツェルン、フライブルク、ストラスブールで行われた4回の公演をライブ録音したものです。会場は普通のコンサートホールですから、舞台上演ではなくコンサート形式だったのでしょう。しかし、合唱の音像などはまるでステージ上で群衆が演じながら歌っているようなリアルさが伝わってきます。全体の音が1幕と2幕とではすこしテイストが変わっているのは、メインとなった音源の収録場所の違いなのでしょう。
なにしろ、ドイツ語の台本も作曲家が書いたという途方もないものですから、まずは手元に日本語の対訳はないか、探してみました。そうしたら、CDの黎明期にSONYがそれまでのオペラのレパートリーをまとめて15本「初CD化(当たり前ですが)」した時に、CD本体には対訳は付けずに、そのシリーズを何点か購入した人だけが特典として入手できた、それらのオペラの対訳が全部載っている分厚い本が見つかりました。その中に、「モーゼとアロン」も入っていたのですよ。それはもちろん、ブーレーズの1回目の録音のためのものでした。
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それを読んでみたら、かなり難解なカビの生えたような訳文ではありましたが、ト書きの部分がかなり刺激的であることが分かります。この台本の元になったのは旧約聖書の「出エジプト記」ですが、それをベースにシェーンベルクはかなりぶっ飛んだ「脚色」を行っているのですね。第2幕の第3場あたりが、おそらくそれが最もよく表れた場所なのではないでしょうか。その、多分シェーンベルクのオリジナルであろうト書きの異様な描写には、一瞬たじろいでしまいます。「4人の全裸の処女」が、「祭司にレイプ」され、「ナイフで切り裂かれ血まみれ」になる、なんてシーンは、オペラではぜんらいみもん(前代未聞)のものだったはずです。
しかし、音楽そのものはそんなシーンを具体的なイメージではなくもっと根源的な「意識」として見事に伝えるものでした。「4人の処女」が登場するところでの弦楽器のフレーズには、思わず背筋が凍りつくようなインパクトがありました。それは、これから行われることを「予言」しているのでは、とまで思わされるものだったのです。
シェーンベルクは、このような情感を調性音楽で表現するのは不可能だと感じたからこそ、「12音」などというアブノーマルな技法をでっちあげたのでは、と、その時に思いました。この技法自体は現在ではもはや誰の目にも破綻していると思われていますが、これが残した特殊な情感の表現方法としての可能性だけは、評価に値します。いや、そもそも「シュプレッヒ・ゲザンク」というような表現手段は、厳密に理論づけされるべき「12音技法」とは相容れないものなのでは、という気がするのですがね。それも含めて、彼の技法は「現代」のあらゆるジャンルで、別な形で見事に結実しているのでは、とは思えませんか?

SACD Artwork © SWR Media Services GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-01-20 23:10 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Der fliegende Holländer
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Terje Stensvold(Holländer), Anja Kampe(Senta)
Kwangchul Youn(Daland), Christopher Vntris(Erik)
Andris Nelsons/
Chor der Bayerischen R., NDR Chor, WDR R. Chor
Royal Concertgebouw Orchestra
RCO/RCO 14004




ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の自主レーベルRCOは、他の多くのオーケストラの自主レーベルと同様、音にこだわった商品を提供するために、新録音に関してはすべてSACDで発売してきたはずです。録音スタッフも、PHILIPSを解雇されたエンジニアたちによって作られたPOLYHYMNIAという録音チームのメンバーが参加していて、PHILIPSの流れをくむ「最高の音」を届けてくれていました。ライブ録音の会場であるこのオーケストラのホームグラウンド、コンセルトヘボウには、彼らが常駐してこのレーベルのための録音だけではなく、放送用の音源の制作にもかかわっていたようです。
ですから、今回の「オランダ人」の新譜も当然SACDだと思ってパッケージを開けてみたら、それは普通のCDだったのには本当に驚いてしまいました。録音のクレジットを見ると、そこからはPOLYHYMNIAの名前も消えています。さらに、録音スペックも「48kHz recording」とありますよ。今まではDSDか、PCMでも最低で88.2kHzでしたから、これではとてもSACDにはできないようなしょぼいスペックです(まあ、世の中には16/44.1の音源を平気でSACDにしているような図々しいレーベルもありますが)。
いったいRCOに何が起こったのかは知る由もありませんが、そのように録音の体制が変わって、出てきたものはただのCDなのに、それを扱っている日本の代理店キングインターナショナルがそれを「SACD」として売っていたのは、明らかな「偽装」だったことだけは間違いありません。その多方面に拡散されたたくさんのコメントの中には、ご丁寧にサラウンドのフォーマットまで入っているものもあったのですから、笑うほかはありません(今はもう直ってます)。というか、これで、こういうインフォは実物も見ないで作られていることがはからずも露呈されたことになります。まあでも、発送直後に非を認め、返品に応じるとの連絡があったので、許しましょう。
いきなりこんなことをやったから、というわけでもありませんが、常々このレーベルのブックレットの素っ気なさにはがっかりさせられていました。今回はコンサート形式での「オランダ人」ということで、いったいどんなステージ構成で演奏されているのかが非常に気になったのですが、ここには演奏家の写真以外には、なにもありませんでした。というのも、どうも音を聴いていると普通にステージの前にソリストが並んで歌っているのではないような感じがするのですね。幕開けのかじ取りの声は、えらくオフマイクですし、ゼンタのバラードではコーラスの間に足音が聴こえて定位が変わったりしていますからね。せっかく、オペラハウスでの上演ではなくコンサートホールでの録音なのですから、ソリストの声を普通に録音するのには何の障害もない環境のはずなのに、なぜこんなことが起こっているのか、なんてことも、「商品」を買ったものとしては知りたくなりませんか?
そんな、様々な不条理さにもかかわらず、この演奏はとても魅力のあるものでした。まず、ネルソンスの音楽の運びが、とても軽やか。ベタベタしたところの全くない、この時代のワーグナーだったらこのぐらいがふさわしいのではないか、と思えるほどの風通しの良さがあります。そして、オランダ人役の、資料によればこの録音時には69歳だったというステンスヴォルトの信じられないほどコントロールのきいた歌い方は、まさに感動的です。全く力んでいないのに、ここで求められる「重さ」をしっかり表現しているのですからね。
ゼンタ役のカンペも、あくまで冷静な歌い方が光ります。さっきの「バラード」では思い切り遅いテンポで、ゆるぎない歌を聴かせてくれていました。また、かじ取りを歌っているラッセル・トーマスというアフリカ系の人は、この役にはもったいないほどの存在感を示しています。さらに、3つの放送合唱団のユニットである合唱の底光りのするような迫力は、音楽的にはこの作品の準主役はまさに合唱であることを教えてくれているようです。

CD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest
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by jurassic_oyaji | 2015-01-14 21:16 | オペラ | Comments(0)
MOZART/Così fan tutte
c0039487_19562674.jpgSimone Kermes(Fiordiligi), Malena Ernman(Dorabella)
Christopher Maltman(Guglielmo), Kenneth Tarver(Ferrando)
Anna Kasyan(Despina), Konstantin Wolff(D. Alfonso)
Teodor Currentzis/
Musicaeterna
SONY/88765466162




「フィガロ」に続く、クレンツィスのダ・ポンテ三部作の第2弾がリリースされました。残りの「ドン・ジョヴァンニ」も来年秋には出来上がるとか、なかなか順調にことが運んでいるようです。やはり、あの「フィガロ」を聴いてしまっては、いくらCDが売れない時代とは言っても、出さざるを得なくなってしまうのでしょう。いいものさえ作れば、きっちり評価されるという風潮がまだ残っているのはうれしいことです。別のメジャー・レーベルでやはりモーツァルトのオペラの全集(選集)が進行中だったはずですが、2作目の「コシ」以来、とんと音沙汰なしなのとは対照的です。
今回の、やはり「コシ」も、前作と同じく、殆ど対訳で出来ている分厚いブックレットの中にCDが入っているという装丁、デザインも色違いで同じものが使われています。きっと、「ドン・ジョヴァンニ」も間違いなく同じデザインで別の色でしょう。こちらはなんたって色気違いの話ですからね。
と、お揃いのパッケージではあるのですが、何かが足りません。そう、「フィガロ」ではおまけとして同封されていたBAがここには入っていなかったのですよ。これは、まさに予想通りのことでした。あの頃のSONYのBAに対する盛り上がりは、いったい何だったのでしょう。仕方がないので、ノーマルCDで聴いてみましたが、やはりそのショボさにはガッカリさせられてしまいます。
とは言っても、このチームの演奏のテンションの高さは、そんなレーベルの気まぐれに左右されるようなことはなく、全く変わってはいませんでした。とにかく序曲のテンポの速いこと、「ミソファミレドシド」という管楽器の掛け合いなどは、もう崩壊する一歩手前、顔を真っ赤にして吹いているさまが見えるようです。しかし、レシタティーヴォが始まると、そこは雄弁な通奏低音に乗っての生き生きとしたドラマが展開されることになります。ただ、今回もハーディ・ガーディがクレジットされていますが、いったいどういう使われ方をされているのか、ちょっと分かりませんでした。
そして、なによりも素晴らしいのが今回のキャスティングです。よくもこれほど粒ぞろいのソリストを揃えたものだと、驚いてしまいます。もちろんそれぞれに上手なのは当たり前なのですが、それが適材適所なのがうれしいところです。よく、2人の姉妹の声が似ていて、いったい今歌っているのはどちらなのか分からなくなってしまうという状態に陥ることがありますが、ケルメスとエルンマンは、見事にタイプの違う声ですからそんなことはありません。その上、それが二重唱になると見事に融け合っているのですからね。このケルメスという人、最初に聴こえて来た時にはなんと頼りない声、と思ってしまったのですが、どうしてどうして、曲が進んでいくとびっくりするような表現力の広さでした。要は、「ちょっと奥手な姉が、次第に大胆になっていく」というドラマの過程を見事に演じていたのですよ。エルンマンの方は、最初からちょっとあばずれ、でしょうか。
もう一人、感服してしまったのが唯一のテノールのロールを歌っているケネス・ターヴァーです。この人はこちらのドン・オッターヴィオを聴いてとても感心したことがありますが、ここではまさに打ちのめされた感じ、彼は理想的なモーツァルト・テノールですね。特に、「Un'aura amorosa」での完全にコントロールされたソット・ヴォーチェは、言いようのない感動を与えてくれます。やっと、ペーター・シュライヤーを超える人が出てきました。
それにつけても、このフェランドはBAだったら、もっともっと素晴らしく聴こえるはずなのに、と思いながら聴き続けているのは、並大抵のストレスではありません。ハイレゾ配信もないようですし、困ったものです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2014-12-10 19:59 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Die Walküre
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Peter Seiffert(Siegmund), Kurt Rydl(Hunding)
John Tomlinson(Wotan), Waltraud Meier(Sieglinde)
Gabriele Schnaut(Brünhilde),
藤本実穂子(Fricka)
Zubin Mehta/
Bayerisches Staatsorchester
FARAO/A 108088(BA)




2000年から本格的なリリースを始めたミュンヘンのマイナーレーベルFARAOは、事実上Andreas
CaemmererとFelix Gargerleという2人のエンジニアによって運営されています(正確な日本語表記をすることができないので、スルー)。現在までに100点ほどのアイテムがリリースされていますが、スタート時から録音の良さを売り物にしていて、どれを聴いても音で裏切られることはありません。いや、もちろん、演奏も非常にハイレベルのものばかりです。一時、ケント・ナガノのブルックナーなどでSONYの下請けのような仕事をしていましたが、それも今では自社のカタログに入っていますし。
最近では、そのナガノのブルックナーもBAにまとめるなど、このフォーマットにかなり熱心なところを見せているのは、さすがに音にこだわるレーベルならではのことです。そして、今回は2002年に録音されていた「ワルキューレ」のライブ録音が、BAとなってリイシューされました。実は初出時には、CDだけではなく「DVD-Audio」という、今では全く忘れさられているフォーマットのものも同時に発売になっていました。音にはこだわっても、ちょっと先が読めなかったのでしょうね(でも、このDVD-Audioはまだちゃんと入手できます)。それがBAになったことで、やっと当初の目論見が達成できたということになります。しかも、DVD-Audioでさえディスクが3枚(CDでは4枚)必要だったものが1枚に収まってしまったのですから、うれしいことです。おそらく、ワーグナーのオペラで、BAになっているのはショルティの「指環」と、これしかないはずです。ワーグナーでこそ、例えば「ラインの黄金」とか1幕版の「オランダ人」のように、切れ目なく2時間近く演奏されるものではBAが最適のフォーマットになるというのに。
今回のBA、もちろんジャケットはCD/DVD-Audioと同じですが、対訳などが入っているブックレットまで、それと全く同じものだったのには、笑ってしまいました。「DVD-Audioで新しい体験を!」なんて書いてあるのですから、おかしいですね。ま、その他に薄っぺらな、BAのトラックが書いてある紙がケースに入っていますが。
したがって、出演者のプロフィールなども2002年の時点での記述になっています。例えば、藤本さんのところでは「2003年にはベルリン・ドイツ・オペラでクンドリーに初挑戦」みたいなことが書かれていますよ。実は、これが録音された2002年と言えば、藤本さんがバイロイトにデビューした年で、これと同じフリッカを歌っていました。こちらのライブが7月ですから、その頃はバイロイトのリハーサルなどもあって、二つの劇場を忙しく行き来していたのでしょうね。
このBA、さすが、リアルな音場が目の前に広がります。ザイフェルトのジークムントは、少々線が細いものの、揺れ動く若者の直情的な心情をしみじみ歌いあげます。マイヤーはさすがベテラン、堂々とした歌い振りは、当時最高のワーグナー歌いとしての地位を確立したことをまざまざと見せ付けてくれます。ブリュンヒルデ役のシュナウト、この人もメゾでデビューして、ソプラノに転向した人。来日も多く、この3年前N響の定期のソリストとして、シュトラウスなどを歌っていました。ちょっとヒステリックな声ですが、なかなかの表現力です。ただ、第3幕などは明らかにバテていることが分かります。トムリンソンのヴォータン、手元にバレンボイムのちょうどこれから10年前のバイロイトのCDがありますが、当時に比べると、確かにカッコよくなりました。貫禄ってものかも知れません。そして、お待ちかね藤村さん。いやぁ、確かに良い声です。高音から低音まで、ふくよかで滑らかな響き。とにかく良く通る声で、言葉のハンデも全く感じられません。これは本当に素晴らしい。皆が期待するのも頷けます。もちろん、現在では彼女は期待通りの活躍ぶりですね。

BA Artwork © FARAO Classics
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by jurassic_oyaji | 2014-12-08 20:49 | オペラ | Comments(0)
PUCCINI/Madama Butterfly
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Mirella Freni(M. Butterfly)
Luciano Pavarotti(Pinkerton)
Herbert von Karajan/
Konzertvereinigung Wiener Staatsoperchor(by N. Balatsch)
Wiener Philharmoniker
DECCA/478 7819(CD+BA)




カラヤンが1974年にDECCAに録音した「蝶々夫人」が、CDとBAとのパッケージで登場しました。これは、パヴァロッティがらみのリミテッド・エディションということで、3点ばかり同じ仕様でリリースになったのですが、なんたってウィーン・フィルとカラヤンということと、エンジニアにゴードン・パリーが参加しているという魅力にひかれて、これを買うことにしよう、と思いました。
カラヤン/ウィーン・フィルのDECCAへの録音というと、1959年から1965年にかけての一連のジョン・カルショーによるプロデュースの録音が有名ですが、カルショーがDECCAを去った1970年代に入っても、カラヤンはオペラだけを4曲DECCAに録音しています。この頃のカラヤンは、DGとEMIを「二股」にかけてやり放題だったのにも飽き足らず、さらにDECCAにまで手を出すなんて、なんという絶倫。まさに「帝王」ならではの放蕩の極み、なんてね。実際は、さまざまな契約上の問題があってこんなことになったのでしょうが、何ともうらやましい限りです。
まず、ジャケットが初出のLPと同じものだというのが、うれしいところです。「うれしい」とは言っても、別にこのデザインが素晴らしいというわけではなく、当時の西洋人の日本に対する認知度がこの程度だったのか、ということを端的に示しているという点で価値がある、という意味なんですけどね。明治時代の「蝶々さん」が平安時代の十二単を着ているなんて、シュールすぎます。なんたって、この作品で描かれた「日本」のいい加減さもかなりなものなのですからねえ。スズキが毎晩お経を上げたり、蝶々さんが肌身離さず持っているのが仏像(もしかして位牌?)なんて、ありえません。
これが、厚さ2.5センチのハードカバーのブックレットになっていて、200ページ以上のものなのですが、大半は対訳で、申し訳程度に数枚の写真が載っているというショボさです。その表表紙にCDが2枚、裏表紙にBAが1枚入っているという構成です。もちろんお目当てはBDですから、最初にプレーヤーにセット、モニターでまずフォーマットを選択することになります。そうなんですよ。なぜか同じ24/96であっても、ここでは「LPCM」と「Dolby True HD」という2つのデータのどちらかを選択しなければいけないのです。普通は、こういう時にはリモコンのカラーボタンを使ってその操作をするようになっているのですが、ここではそんな指示はありません。ですから、普通に矢印キーで操作するのですが、それが面倒くさいうえに、いったいどちらを指定したのか、その表示はものすごく見づらいのですね。この辺の操作法は、統一されていないのでしょうか。
結局、なんとかLPCMで聴き始めましたが、これはもう序奏からまさに最盛期の「デッカ・サウンド」が聴こえて来たのには大満足です。フガートで重なり合う弦楽器の生々しさ、特に最後に出てくるコントラバスの存在感と言ったら、ハンパではありません。そこで思い出したのが、そもそもBAのすごさを最初に認識することが出来たショルティの「指環」での「ワルキューレ」の前奏曲でした。ここには、それと同じ質の豊穣さがありました(そういえば、この「指環」も、ついに単発のBAがリリースされましたね)。
それと、聴いていて面白かったのは、カルショーが開発した「音だけでステージの様子を表現する」という手法が、この頃でもしっかり受け継がれていることです。もちろん、パヴァロッティもフレーニも、そしてスズキ役のクリスタ・ルートヴィヒも最高の歌を聴かせてくれています。でも、なんと言っても凄いのが、オーケストラのとてつもない雄弁さです。「ある晴れた日に」の後奏でのびっくりするようなダイナミックスなど、ウィーン・フィルを自在に操っているカラヤンがいまさらながら光っています。
ただ、トラックの切れ目にはっきりノイズが入るのがちょっと問題。

CD Artwork © Decca Music Group Limied
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by jurassic_oyaji | 2014-11-16 19:39 | オペラ | Comments(0)
Du bist die Welt für mich
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Jonas Kaufmann(Ten)
Julia Kleiter(Sop)
Jochen Rieder/
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
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カウフマンの新しいアルバムのジャケットは、彼がNEUMANNの「CMV 3」という、1928年に作られた真空管コンデンサー・マイクの前に立って歌っている図柄です。ここで彼が取り上げているのが、両大戦間に作られたオペレッタや映画の中で歌われていた音楽だということですから、これほどその「時代」を物語っているマイクもありません。なんせ、このマイクはこんな使われ方もされていたのですからね。
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もちろん、このマイクはまだ現役でも使われてはいるのでしょうが、今回のCDに関しては単なる「小道具」としての役割しかなく、実際のレコーディングには同じNEUMANNでも有名なU87あたりが使われていたのは、このCDPVを見ても分かります。
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そうなんです。今ではクラシックの世界でも、このように大きなセールスが期待できるアイテムではしっかりこんなPVまでが作られて、その宣伝には多額の費用をかけるようになっているのですね。しかし、ここで見るカウフマンのお茶目なこと、ちょっとおどけた表情などは、ハリウッド俳優のブラッドリー・クーパーに似てたりしませんか?
このPVの最後には、お客さんがいっぱい写っています。これは、このレコーディングが行なわれた最後の日に、その会場であるかつての東ドイツの中央放送局の建物(「フンクハウス」と呼ばれていますが、公衆トイレではありません・・・それは「糞ハウス」)の中の、今ではその優れた音響によって、録音スタジオとしてよく使われているホールで「公開録音」が行われている様子なのです。
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たまたま手元に、この同じ場所で録音されたSACDがあって、そのブックレットにホール内の写真があったので、見比べてみてください。ちゃんと椅子が設置された客席がありますね。
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実は、今回のCDのコンセプトは、2011年にベルリンの「ヴァルトビューネ」という、有名な野外施設で行われたコンサートがきっかけになっているのだそうです。それを聴いてこんなCDが作られるのを楽しみにしていたベルリンの市民が、この、決して交通の便が良いとは言えない会場に、凍った冬の道(ちょうど「大寒」の日でした)を歩きながら集まってきたのだそうです。
もちろん、これはそのような単なる「ファン・サービス」ではなく、その一部始終はしっかり録画されて、DVDとしてリリースされています。ただ、そのDVDは、今回入手したドイツ語版のCDの他に、英語やフランス語で歌っているバージョンのCDと、このDVDとがセットになった、普通に買えば10,000円近くするデラックス・バージョンとしてしか入手はできません。なんという「商売」なのでしょう。さらに、さっきのPVのサイトには、LPもリリースされているような情報がありますが、それはどこでも入手することはできません。
ここでカウフマンが歌っているのは、まさに「古き良き時代」の音楽でした。それは、当時のオペレッタ業界に君臨していたレハールとカールマンという「2大巨頭」だけでなく、名前も知らないような作曲家の、しかし、おそらくドイツの人たちには懐かしくてたまらないようなメロディにあふれた佳曲なのでしょう。さらに、ロベルト・シュトルツという、今ではもっぱら往年の大指揮者として知られる人が作ったオペレッタの中の曲などは、レコードにもなってまさに「ヒット曲」として聴かれていました(シュトルツの友人であったマレーネ・ディートリッヒは、このアルバムのタイトル曲である「君は我が心のすべて」を、よくコンサートで歌っていたそうです)が、それを、そのレコードの完コピのアレンジで聴かせられたりしたら、ノスタルジアもさぞや募ることでしょう。
ただ、それをほとんど共有できない私たちにとっては、ちょっとしたいらだちも感じなくはないかもしれません。これは、この間ケント・ナガノが行わせた日本の唱歌のグローバルなアレンジとは、全く逆の発想です。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2014-10-17 21:14 | オペラ | Comments(0)
WAGNER/Der Fliegende Holländer
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Samuel Youn(Holländer)
Ricarda Merbeth(Senta)
Franz-Josef Selig(Daland)
Benjamin Bruns(Steuermann)
Jan Philipp Gloger(Dir)
Christian Thielemann, Eberhard Friedrich(Cho)/
Chor und Orchester der Bayreuther Festspiele
OPUS ARTE/OA 1140 D(DVD)




昨年、2013年のバイロイト音楽祭での「オランダ人」がパッケージでリリースされました。これはNHKとの共同制作で、その年の8月末にBSで放送されていました。その時はちゃんと日本語の字幕が出ていたはずですが、なぜかこのDVDBDも)には日本語の字幕はありません。それではNHKが制作に加わった意味がないじゃないですか。
このプロダクションは2012年のプレミアでしたが、その演出についてはかなりの抵抗があったそうですね。そのせいかどうか、この2年目の舞台では、だいぶ手直しが施されているようでした。ネットにある2012年の画像と比較すると、オランダ人とゼンタの衣装が変わっていました。これはかなり重要なポイントです。
1981年生まれという、超若い演出家ジャン・フィリップ・グローガーのプランは、確かにかなりぶっ飛んでいます。時代は現代に置き換えられていて、なんと言っても「船」や「海」が一切登場しない(ちんけなボートは出てきますが)というのがすごいところです。ただ、彼の言葉によれば、「海」というのは象徴的なメタファーとして組み込まれているのだそうです。ですから、オランダ人が登場するのはICチップに埋め尽くされた基板の中という、不思議な設定です。しかし、ワーグナーが作り上げたこの幽霊船の船長というキャラクターは、もともと「あの世」に属するキャストなのですから、こういう設定もありでしょう。現代社会における「あの世」とは、こんなバーチャルな世界なのです。年寄しかいません(それは「バーチャン」)。
対する「現世」、あるいは「俗世」に属するダーラントたちは、かなり「リアル」な扇風機メーカーの社長と社員ということになっています。ここはもうお金がすべてという世界、社員旅行帰りの「船員」ではなくて「社員」たちは、女たちに高価なドレスを買って来て歓心を引くことしか考えていないのでしょう。ダーラントは、オランダ人に札束を見せられれば、何のためらいもなく娘を売り払いますし。
実は、このような2つの世界は、ワーグナーがしっかり音楽の中で描いていたものでした。この作品の中でのダーラントやエリックのとことんロマンティックな音楽と、オランダ人のまわりのまるで未来を見据えたような音楽とのギャップはものすごいものがあります。それを、グローガーはそのまま2つの世界に置き換えただけなのですね。それがワーグナーの意図だったとは限りませんが、ここで出来上がったステージでは演出と音楽が見事にシンクロしています。
そのような聴き方をすると、オランダ人が「あの世」から「俗世」に近づいてくる過程が、音楽と演出の両面からはっきりと感じられるようになります。腕にナイフをあてても決して血が流れることはなかったゾンビ体質は、ゼンタに出会ったことで「改善」され、デュエットの中では堂々と真っ赤な血潮を流しています。同時に、その場の音楽はいともロマンティックに聴こえてくるのです。
エンディングでのちょっとした「小技」が、なかなか効いてます。オランダ人とゼンタがともにナイフで自刃した場面を、社員である「舵取り」が写真に撮ります。そこで一旦幕が下りるのですが、再度幕が開いたときには、扇風機の工場だったところでは、さっき撮った二人の姿をあしらったフィギュアが生産されています。そんなものまで「商品」にしてしまう「俗世」への、嘲笑なのでしょうね。
ティーレマンが、これほど劇的な指揮を出来るとは思っていませんでした。それに乗って、水夫の合唱から始まる長い合唱のシーンでは、エバーハルト・フリードリヒに鍛えられた合唱団が、素晴らしい演奏を繰り広げています。
カーテンコールで演出家が登場した時には、ものすごいブーイングが飛び交っていました。今年も、この「オランダ人」は上演されていましたが、その時はどうだったのでしょう。

DVD Artwork © Opus Arte
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by jurassic_oyaji | 2014-10-09 20:41 | オペラ | Comments(0)