おやぢの部屋2
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カテゴリ:合唱( 713 )
HARBISON/Requiem
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Jessica Rivera(Sop), Michaela Martens(MS)
Nicholas Phan(Ten), Kelly Markgraf(Bar)
Giancarlo Guerrero/
Nashville Symphony Chorus and Orchestra
NAXOS/8.559841


1938年生まれのアメリカの作曲家、ジョン・ハービソンが2002年に完成させた「レクイエム」です。アメリカの現代作曲家と言ったらレナード・バーンスタインとスティーヴ・ライヒぐらいしか思い浮かばないので、もちろん初めて聞いた名前の方です。ただ、その経歴を見ると「1987年にピューリッツァー賞を受賞」とありますから、アメリカ国内では有名な方なのでしょうね。
でも、その「ピューリッツァー賞」って、確かに有名ですが、普通はその賞はジャーナリズム関係者に対する賞だったような気がするので、作曲家がそれをもらったというのには、何か違和感がありませんか。いや、実際はだいぶ前からこの賞の「作曲部門」というのはあったそうで、それこそコープランドやアイヴズといった人たちも受賞していたようですし、最近ではさっきのライヒも受賞していましたから、それなりのステータスではあるのでしょう。ただ、今年の受賞者がラッパーのケンドリック・ラマーだったというのは、どうなんでしょうね。そもそもラッパーって「作曲家」なんでしょうか。ただ辛いだけじゃないですか(それは「ペッパー」)。個人的な印象では、彼らは音楽的な作業は何一つしていないような気がするのですが。というより、過去に受賞した「クラシック」の「作曲家」たちは、自分の業績がラップと同じ評価基準で審査されたことで、気分を害したりはしなかったのでしょうかね。
そんな過去の受賞者であるハービソンが「レクイエム」を作り始めたのは、1985年だったのだそうです。完成するまでに17年もかかっていたのですね。ただ、その間の1995年には、あのヘルムート・リリンクがシュトゥットガルト・バッハ・アカデミーで行った「和解のレクイエム」のプロジェクトに参加していたそうです。確かに、そのCDのジャケットには彼の名前がありますね。
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これは、世界中から集まった全部で14人の作曲家が分担して、第二次世界大戦の犠牲者を悼むために作られた、まさに「国境を越えた」プロジェクトで、日本からは湯浅譲二が参加していましたね。この中でハービソンが担当したのは、「Dies irae」の中の「Juste judex」から「Confutatis」の前までの部分のテキストです。前半はバリトン・ソロがバルカローレ風のオーボエのオブリガートに乗った穏やかなメロディを歌いますが、変拍子によるピアノ、グロッケン、ハープの間奏の後はメゾ・ソプラノのソロで無調っぽい旋律が歌われ、そのあと荒々しいオーケストラの間奏を挟んで、ソリが歌う、というものでした。
彼は、自らの「レクイエム」では、その前に「Ricordare」から始まるテキストを加え、それをソプラノとテノールのソロに歌わせ、最後のソリは合唱に直しています。
最終的には、ボストン交響楽団からの委嘱に応える形で全曲を完成させ、2003年3月6日にベルナルド・ハイティンク指揮のボストン交響楽団によって初演されました。
全曲は1時間弱の演奏時間、「Offertorium」の前で一旦音楽は終わり、その前後のパートは全く休みなく演奏されます。
始まりの「Introit」は、なんとも不安を誘われるような雰囲気です。というのも、ベースの音がとても気持ち悪いピッチで他のパートと合っていないんですね。これはおそらく意図されたもの、「多調」という手法なのでしょうが、その上で歌っている合唱はそれに合わせているのか、あるいはもともととてもヘタなのかは分からないような歌い方なので、聴くものにしてみればどのようなスタンスで対峙すべきかが分からなくなってしまいます。
全体の音楽は、ほぼそんな感じ。作曲家の目指しているものが今一つよく分からないために、最後までその音楽に浸ることが拒否されているような感じが付いて回ります。
そんな中で、たとえば「Sanctus」などは、とても分かりやすい7拍子の明るい曲調なので、さらに戸惑いは募ります。なによりも、合唱の主体性がまるで感じられないいい加減な歌い方が、もしかしたらあったのかもしれないこの曲の魅力をぶち壊しています。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-11-17 21:19 | 合唱 | Comments(0)
SOMMERRO/Ujamaa, The Iceberg
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Lena Willemark(Voc), Jon Pål Inderberg(Sax), Rik Geyter(B. Cl)
Espen Aalberg(Perc), Eir Inderhaug(Sop), Florian Demit(Bar)
Ingar Heine Bergby/
Trondheim Symphony Orchestra and Choir
2L/2L-146-SABD(BD-A, hybrid SACD)


ヘンニング・ソンメッロという、1952年生まれのノルウェーの作曲家の2曲の作品が収録されているアルバムです。このレーベルの超高音質録音に対応するために、例によって同じ内容のBD-AとSACDの2枚組です。
この作曲家、全く聞いたことのない名前ですが、ノルウェー国内では広く知られているのだそうです。彼がそもそも最初に作ったのは「タンゴ」なのだそうですが、それ以降ありとあらゆる音楽ジャンル、いや、それ以外の分野にも幅広く視野を広げて、多くの作品を世に送り出しています。
ここでは、フル・オーケストラに声楽のソリストが加わった、いわゆる「カンタータ」というフォルムを持つ作品が取り上げられています。なによりも、そのスペクタクルな音楽をより生々しく味わえるように、このレーベルならではの、おそらく今の時点では最も洗練された形に進化しているサラウンド録音のためのノウハウを駆使してのレコーディングが行われていますから、それをきちんとしたサラウンド・システムで体験する時にこそ、作曲家と製作者の思いがきっちりと伝わってくるはずです。
まずは、2008年に作られた「ウジャマー」という作品です。伴淳三郎ではありません(それは「アジャパー」・・・知らないだろうな)。これは、ジャズ・フェスティバルからの委嘱で作られたもので、ソリストとしてジャズのサックス奏者が起用されています。それ以外にもバス・クラリネットとジャズ・パーカッション、そして、スカンジナビアの民族唱法で、元々は放牧している家畜を呼ぶための発声法だった「クルニング」の使い手、レーナ・ヴィッレマルクも加わっています。
このタイトルは、スワヒリ語で「仲間」というような意味を持つ言葉だそうです。全体は「ヨーロッパ」、「アフリカ」、「アメリカ」、「アジア」、「オーストラリア」そして「フィナーレ」の6つの部分からできていて、演奏時間は40分を超える大曲です。
まず、サラウンドのオーケストラのなんともノーテンキなトゥッティに続いて、とても存在感を持って聴こえてくるのが、ヴォーカルのヴィッレマルクの声です。それはしっかりセンターに定位していて、かすかな呟きから力強い叫び声まで、細かいニュアンスをもってくっきりと伝わって来ます。彼女の声の質、そして歌い方は、オーケストラの響きとはまるで異なる別世界のようなたたずまい、そこにはクラシック音楽とは全く相容れない空間が広がります。
そこに、やはり同じような存在感でサックスとバス・クラリネットが登場します。この二人、特にサックスはもろジャズの世界を繰り広げます。彼らは、時にはパーカッションとも関わって、ひたすらジャズの空間を主張しています。
一方では、リア寄りのセンターに定位しているパーカッショニストは、オーケストラの後方の左右に陣取った2人の打楽器奏者とも密接な関係を築いていて、リズム的な核となっています。
そんな多層的な空間で、多層的な音楽が提供されるというのが、この曲の形です。それぞれのタイトルでは微妙に用いられている素材が異なり、多様性を発揮しています。特に「アメリカ」の楽章では、いかにもなシンコペーションとキャッチーなテーマの応酬で、もしかしたらこの地域の音楽的な「貧しさ」を表現しているのかもしれません。
もう1曲、2003年に現在では「北極・室内フィル」として知られるオーケストラの前身だった、トロムソ室内オーケストラによって初演された「氷山」は、「太陽」、「氷」、「海」、「戦い」、「展望」という5つの楽章で出来た20分ほどの曲です。それぞれの楽章にソプラノ・ソロ、バリトン・ソロ、そして混声合唱が加わり、こちらはより「クラシカル」なテイストが醸し出されています。
いずれにしても、音楽そのものよりは「音響」をしっかり味わいたくなるアルバムです。そのためには、SACDではなくぜひBD-Aを聴いてほしいものです。

BD & SACD Artwork © Lindberg Lyd AS

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by jurassic_oyaji | 2018-11-06 23:25 | 合唱 | Comments(0)
POULENC/Piano Concerto, Organ Concerto Stabat Mater
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Alexandre Tharaud(Pf), James O'Donnell(Org)
Kate Royal(Sop)
Yannick N
ézet-Séguin/
London Philharmonic Orchestra and Choir
LPO/LPO-0108


ロンドン・フィルの自主レーベル「LPO」の新譜ですが、ここのCDの品番は完全なシリアル・ナンバーになっているので、今回はその「108枚目」であることが分かります。このレーベルが創設されたのは2005年ですので、19年目で108枚ということは年間5~6枚のリリースとなるのでしょうか。同じロンドンのオーケストラ、ロンドン交響楽団などに比べると、量でも質(SACDやBD-Aでのリリースはありません)でも見劣りしますが、まあ、少ないながらも着実な歩みとは言えるでしょう。シカゴ交響楽団などは、最近はとんと新譜を見かけませんからね。
ただ、「新譜」とは言っても「新録音」はめったに出さないのが、このレーベルです。今回は、2008年から2014年までの間にこのオーケストラの首席客演指揮者を務めていたネゼ=セガンが、2013年と2014年に行ったコンサートのライブ録音です。全てプーランクの作品で、2013年10月23日の「ピアノ協奏曲」と「スターバト・マーテル」、2014年3月26日の「オルガンとティンパニのための協奏曲」と、2回分の曲目が収録されているので、全部で3曲、結構聴きごたえのあるアルバムになっています。
まず、「ピアノ協奏曲」は、日本人にとっては親しみやすい名前のフランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(太郎)がソリストです。個人的には、この曲は殆ど聴いたことがなかったので、とても新鮮な気持ちで臨めました。
プーランクは、メロディを作ることにかけてはとても秀でたものがあったのではないでしょうか。それは、どんなものでも彼ならではのテイストを持っていて、とてもキャッチーなのにちょっとひねったところがあるという、いかにもフランス的なスマートなものです。ですから、この曲の第1楽章でまず登場するテーマが、およそ「クラシック」らしからぬメロディによって作られていても、驚くことはありません。実際、それはほとんど「フレンチ・ポップス」、いや、ひょっとしたら日本の「昭和歌謡」にそのまま使われても何の違和感もないものです。
その後に、新しいテーマとして出てくるのが、今度はバロックのようなテイストを持ったものでした。これもさらにエレガントに展開され、ピアノのカデンツァの後はコラールのような荘厳なテーマも現れるという、なんとも贅沢なメロディの応酬です。
第2楽章のテーマも、とても親しみが感じられるのは、どことなく「ジェットストリーム」のテーマ曲、「Mr. Lonely」(ボビー・ヴィントンのヒット曲で、レターメンなどのカバーでも知られています)に似たところがあるからでしょう。
第3楽章は、ほとんどモーツァルトのパロディのような音楽ですね。実際、そのモーツァルトのピアノソナタととてもよく似たテーマも頻繁に現れます。
タローのピアノはそんな軽やかなフレーズたちを縦横に操って、オーケストラの間を軽やかに走り抜けているという感じ、これは、まるで上品で甘さを抑えたスウィーツのような演奏です。
「オルガンとティンパニのための協奏曲」は、今までに多くの演奏に接してきました。というか、これは実際はこちらで聴いていたものと同じ音源です。ここでは合唱指揮者としても広く知られているジェームズ・オドネルがとても真摯なアプローチに務めているようです。そんな端正な演奏からは、この曲が過去のオルガンのための作品からのエキスをしっかり取り入れていることを感じることが出来ます。特に顕著にその影響が見られるのは、もちろんバッハと、そしてサン=サーンスでしょうか。
最後の「スターバト・マーテル」では、やはり「プーランク節」が満載で、彼の親しみやすいテーマを存分に味わうことができます。それを、このオーケストラの合唱団はとても落ち着いた音色で聴かせてくれます。特に、時折ア・カペラで歌われるところは、絶品です。

CD Artwork © London Philharmonic Orchestra Ltd

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by jurassic_oyaji | 2018-11-03 20:32 | 合唱 | Comments(0)
BERLIOZ/Grande Messe des Morts
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Bror Magnus Tødenes(Ten)
Edward Gardner/
4 Choirs, Eikanger-Bjørsvik Musikklang
Musicians from Bergen Philharmonic Youth Orch. and Crescendo
Bergen Philharmonic Orchestra
CHANDOS/CHSA 5219(hybrid SACD)


ベルリオーズのいわゆる「レクイエム」(正式には「死者のための大ミサ」)は、なんたってその楽器編成の凄さが抜きんでています。さらに、それぞれの楽器や合唱の人数などはその何倍にも増幅しても構わないと、スコアでは指示されていますからね。そして、この作品にはたった一人のソリストが「Sanctus」にのみ登場するのですが、それは「10人のテノール歌手がユニゾンで歌っても構わない」とまで書かれていますからね。
もちろん、現在コンサートで演奏する時には、そこまで膨らませた人数で演奏することはまずありませんが、ティンパニ奏者だけは最低でも10人必要とされています。さらに、コルネット、トランペット、トロンボーン、チューバ(自筆稿では「オフィクレイド」)によるバンダが4組用意されて、それぞれオーケストラと合唱がいる場所から離れた会場内の4ヵ所に配置される、という点だけは譲れませんから、金管楽器奏者も間違いなく大量に必要になってきます。
ですから、ステージ上のオーケストラの金管セクションはホルンだけ、ということになりますが、曲によってはバンダの出番がない時にそこに他の金管が加わることもあるので、何人かのプレーヤーはその時には移動してくるのでしょう。実際、今回のSACDのブックレットに載っているライブ録音の写真を見ると、金管のスペースだけ空いていることが分かります。
それと同じように、なんと合唱までが「移動」している写真がそのブックレットにありました。
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その他の写真では、合唱は普通にオーケストラの後ろにいますから、何かの曲の時だけこんな風にステージの最前面に来て歌っていたのでしょうね。楽譜ではこんな指定はしていないはず。
ですから、それがいったい何の曲だったのかを知りたいとは思いませんか?さいわい、このアルバムはSACDのマルチチャンネルが聴けるものですから、サラウンドで再生してみると、なんとなく合唱が前にいるのではないか、という音場が感じられるところが見つかりました。それは6曲目の「Lacrimosa」です。この曲にはバンダが出てきますから、オーケストラの金管がホルン以外はいないのも、それの裏付けにはなるでしょうか。さらに、この前の曲の「Quaerens me」は合唱だけのア・カペラで歌われますから、もしかしたらその時にすでにこの位置に移動していたのかもしれません。
そんな、一味違う演出を取り入れたのは、アンドリュー・リットンの後を継いで2015年からこのベルゲン・フィルの首席指揮者を務めているエドワード・ガードナーです。彼はこのCHANDOSレーベルに、このオーケストラとともにシェーンベルクの「グレの歌」も録音していますから、このような大編成の曲はお手の物なのでしょう。
このコンサートが行われた会場は、ベルゲンにある「グリーグ・ホール」というコンサートホールです。キャパは1500人ですが、ワンフロアなので客席の面積はかなり広くなっています。ステージも、オケ・ピットに相当する部分まで広げて、指揮者の後ろに広い空間を設けていますから、そこにさっきのように合唱が全員(150人程度)立つことが出来ます。
さらに、普通に合唱が立つ場所を作るために、後ろの反響版が下げてあり、横の反響版との間に隙間が出来るのでそこに2つのバンダが入ります。もう2つのバンダは、客席の真ん中を横切る通路の壁際にセットされています。これで、聴衆のほぼ半数は、完全なサラウンドを体験できることになります。
それと同じものを、このSACDでもしっかり味わえます。「Dies irae」や「Lacrimosa」でのスペクタクルな音場を知ってしまうと、もう普通のステレオでは物足りなくなってしまうことでしょう。
合唱は「エドヴァルド・グリーグ合唱団」など全部で4つの団体の集まりですが、なかなかまとまった声で楽しめます。とくに、頻繁に出てくる男声だけの部分が、とてもスマートに聴こえるのは、かなりのハイ・トーンを楽々と出しているからなのでしょう。

SACD Artwork © Chandos Record Ltd

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by jurassic_oyaji | 2018-10-13 21:08 | 合唱 | Comments(0)
CHESNAKOV/Teach Me Thy Statutes
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Vladimir Gorbik/
PaTRAM Institute Male Choir
REFERENCE/FR-727(hybrid SACD)


キリル文字だらけのジャケットとブックレットですから、ロシアのレーベルだと思ってしまいますが、これはREFERENCEというれっきとしたアメリカのレーベルのSACDです。録音スタッフもこのレーベルではお馴染みのメンバー、ただ、録音されたのはロシアのサラトフの教会で、演奏しているのも主にロシアの人々です。
そのアーティストの名前は「PaTRAM Institute Male Choir」、この「PaTRAM Institute」というところがいちおう製作者としてクレジットされているので、調べてみたら、フルネームは「Patriarch Tikhon Russian-American Music Institute」つまり「総主教ティーホン・ロシア/アメリカ音楽協会」という教育機関でした。これはロシア正教会のための聖歌を歌う時の指揮者と歌手を育成するために2013年に設立された機関で、現在ではアメリカとロシアの各地で活動を行っているようですね。その名前にある「総主教ティーホン」という人は、アメリカでの布教活動も行った正教会の聖人なのだそうです。割引券を配っていたのでしょうね(それは「クーポン」)。
そこには、プロの歌手が集まった「総主教ティーホン合唱団」という混声合唱団がありますが、ここではその中の男声メンバーを中心にした「PaTRAM男声合唱団」が演奏しています。そしてさらに、モスクワとサラトフの2つの団体のメンバーも加わっています。
そのメンバー表では普通の男声合唱の4つのパートの内訳は10-11-9-12と、ベースの人数が一番多くなっています。しかも、12人のうちの5人が「Bass profundo」、つまり「オクタビスト」ですから、低音はとても充実していることが予想されます。
このアルバムのライナーノーツでは、指揮者のウラジーミル・ゴルヴィクが「実際、このアメリカのレーベルのSACDを最初に耳にするのは、母国の人たちではなく西欧圏の人たちなのですから、そのあたりの配慮をここでの選曲にも込めています」といったようなことを述べています。
そこで集められたのが、この方面では非常に有名なパヴェル・チェスノコフという作曲家が作曲や編曲を行った、徹夜祷と聖体礼儀のための聖歌です。1877年10月25日に合唱指揮者の家に生まれたチェスノコフは、教会音楽関係の教育機関のみならず、36歳の時から4年間、モスクワ音楽院でも作曲と指揮法を学んでいます。
彼は合唱指揮者や作曲家、あるいは教育者として活躍し、生涯に500曲近くの作品を残しています。しかし、ロシア革命以降はその活動は制限され、最後は栄養失調と心臓発作によって亡くなっています。それは大戦中の1944年3月14日のこと、パンの配給の列に並んでいる時でした。享年66歳でした。
「徹夜祷」というと、同じころに活躍したラフマニノフの無伴奏合唱曲(いわゆる「晩祷」)がすぐに思い浮かびます。ただ、ラフマニノフの作品はそれだけで長大な曲集になっていますが、このアルバムはチェスノコフのさまざまな作品から何曲かずつの聖歌をピックアップした、いわば「ベストアルバム」です。その最初の曲は、ギリシャ正教の聖歌を編曲したもので、それはとても洗練されたメロディとハーモニーを持ったものでした。そこからは、「ロシア」とか「スラヴ」といったもので表わされる情感は、ほとんど感じることはできません。
しかし、その次の曲になると、いきなりさっきの「オクタビスト」たちの超低音が聴こえて来て、まさに「ロシア」の大地が広がっています。さらに、3曲目のチェスノコフのオリジナルの作品などは、とてもスマートな和声感を持っていました。そんな感じで、洗練された曲から土臭い曲まで、適度にヴァラエティをもって構成されているのは、やはり「西欧のリスナー」を意識してのことだったのでしょうか。
それを、この合唱団はとてもスマートな歌い方に徹して歌っていました。もちろん、録音もとびっきりの素晴らしさでした。何度かのセッションがもたれたようですが、それぞれに微妙なサウンドの違いがあって、ちょっとオフマイク気味の敬虔な音から、オンマイクで生々しく迫る音まで、いろいろ楽しむことが出来ます。

SACD Artwork © Reference Recordings

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by jurassic_oyaji | 2018-10-09 20:16 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Hohe Messe in h-Moll
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Gerlinde Sämann(SopI), Britta Schwarz(SopII)
Henriette Gödde(Alt), Falk Hoffmann(Ten)
Andreas Scheibner(bas)
Michael Schönheit/
Collegium Vocale Leipzig, Merseburger Hofmusik
QUERSTAND/VKJK 1808


バッハの「ロ短調ミサ」は、ドイツ語では現在はそのまま「Messe in h-Moll」と呼ばれています。これは、今出版されている原典版の楽譜では共通した呼び名です。もちろん、ご存知のようにそれはバッハ自身が楽譜に記したタイトルではありません。
この作品の全曲の楽譜が出版されたのは、作曲家が没してから100年近く経った1845年のことでした。その時に出版社が付けたタイトルが「Die hohe Messe in H-Moll」というものでした。「hohe」は英語では「high」ですから、「高いミサ」ということになりますね。なんか、人の名前にありそう(高井美佐、とか)。
ですから、かつてはそのようなタイトルが付いた楽譜もよく見られました。手元にある1950年代に出版されたペータース版のヴォーカル・スコアの表紙もそうなっています。
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しかし今では、少なくとも新しく発売されるCDなどでは、そのような呼び方はまずありませんでした。ですから、こんな2017年に録音されたばかりのCDに、その、もはや絶滅したかと思われた懐かしい名前が付けられていたのには、びっくりしました。
これは、以前ブラームスの「ドイツ・レクイエム」などで素晴らしい演奏を聴かせてくれたミヒャエル・シェーンハイトと、彼が作った「メルゼブルガー・ホーフムジーク」というピリオド・オーケストラのアルバムですが、合唱はその時とは別の「コレギウム・ヴォカーレ・ライプツィヒ」という各パート4~5人の団体です。
これも、演奏は期待通りでした。まずは、録音会場のメルゼブルク大聖堂の響きがとても暖かく、曲のポーズではその長い残響を存分に味わうことが出来ます。そのような音響を利用して、このオーケストラは見事なレガートを聴かせてくれています。特にトランペットなどは、決して派手に盛り上げるのではなく、程よく知的なアプローチで美しい音色を提供することに腐心しているようでした。
合唱は、もう脱力の極みです。もちろん、必要なアクセントなどはきっちりと決めたうえで、決して力むことなく、バッハの音楽の美しいところだけを抽出してくれています。もっとも、そのためにポリフォニーでのメリスマが多少怪しげなのは、ご愛嬌でしょう。
5人のソリストたちも、第2ソプラノがちょっと自身の響きのツボがつかみ切れていないもどかしさがありますが、他の人たちはとても伸び伸びとしたクセのない歌い方が、やはりバッハにはとても似合っています。
そんな、第1ソプラノとテノールの流れるように美しい「Domine Deus」に聴きほれていると、続く「Qui tollis」でいきなりアルト・ソロが歌い出したのには驚いてしまいました。ここは当然合唱で始まるもの、と思い込んでいましたからね。もちろん、この曲全体もソリストの四重唱で歌われています。
これは、確かにそのような可能性もありました。楽譜を見れば、どこにも「合唱」という指示はないのですよね。かつて、ジョシュア・リフキンがこの作品をソリストだけで演奏したというのも、このあたりが発端だったのでしょう。
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ですから、今の楽譜では、目次でもその編成は記されてはいません。
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(BÄRENREITER/2010)

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(CARUS/2014)

新全集の「旧版」を除いては。
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(BÄRENREITER/1954)

シェーンハイトの「読み替え」はさらに続きます。これだけは合唱で歌ってほしい「Et incarnatus est」と「Crucifixus」がやはりソリストだけによって歌われていました。そこまでやるのなら、いっそリフキンと同じように「各パート一人」を全編で貫けばいいのに、と思ってしまいますね。
そして、二重合唱で作られた「Osanna」になると、その「合唱1」がソリスト、「合唱2」が合唱団という割り当てになっていました。これには絶句です。まあ、それこそ合奏協奏曲のような効果を狙ったのでしょうが、この違和感はただ事ではありません。
最後の「Dona nobis pacem」のとてもさわやかな合唱と、その二つ前の「Benedictus」での、とてもトラヴェルソとは思えない美しいピッチがなければ、このCDを叩き割っていたところでした。

CD Artwork © querstand

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by jurassic_oyaji | 2018-09-27 23:35 | 合唱 | Comments(0)
KOSTIAINEN/Requiem
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Suvi Väyrynen(sop), Ena Pongrac(MS)
Simo Mäkinen(Ten), Tapani Plathan(Bas)
Ville Matvejeff/
Musica Choir, JyväSkylä Sinfonia & St. Michel Strings
ALBA/ABCD 417(hybrid SACD)


1944年生まれのフィンランドの作曲家、ペッカ・コスティアイネンの「レクイエム」の世界初録音盤です。この曲はここで演奏しているユヴァスキュラ・シンフォニアからの委嘱で作られ、2014年に初演されました。しかし、作曲家が「レクイエム」を作ろうと思い始めたのは2000年代の初めのこと、さらに、2006年に母親が亡くなった時に、真剣にその作曲に取り組もうと思ったのだそうです。結果的に、その母親が生きていればちょうど100歳を迎えたであろう日の1週間後に、この「レクイエム」は初演されることになりました。
作曲にあたっては、これまであった有名な「レクイエム」、例えばモーツァルト、フォーレ、ヴェルディ、ブラームス、そして自国のコッコネンなどを詳細に研究したのだそうです。さらに、ポルトガルのルネサンス期の作曲家、マヌエル・カルドーソのア・カペラの「レクイエム」の中で使われているグレゴリオ聖歌もそのまま借用したと言っています。
出来上がった曲は、演奏時間がほぼ1時間という大作です。テキストはもちろんラテン語の典礼文が使われていますが、彼は「Sequentia(Dies irae)」は、「あの世の暗い情景描写」ということで割愛し、最後の「Lacrimosa」だけを例外として残しています。その結果、コッコネンの作品の「Tractus」を「Lacrimosa」に置き換えたという形になっています。
最初の「Requiem aeternam」では、低音によるロングトーンがとても静かに聴こえてきます。それはまるであの「ツァラトゥストラ」のオープニングを思わせるものでした。それは次第にクレッシェンドしてきて、まるでオルガンを模倣したかのような木管の響きの中から、グレゴリオ聖歌の旋律が聴こえてきます。ただ、それは前半だけはそのままですが、その後には異様に捻じ曲げられた別のメロディがくっ付いていましたね。やはり、丸ごと引用したのでは、先ほどのリストにはなかったデュリュフレの作品と同じになってしまうと思ったのでしょうか。
その部分の最初のフレーズが「et lux perpetua luceat eis」と歌われた後に、テノールのソロで「Kyrie eleison」と始まったのには驚いてしまいました。まだ、お前の出番じゃないぞ、と思ってみても、それを無視するかのように大いに盛り上がります。
その後、後半の「Te decet hymnus」が演奏された後で、又改めて「Kyrie eleison」が始まります。それは、先ほどのものとは全く異なったモティーフで作られていますよ。いったい、あれはなんだったのでしょう。まさか「切り絵」ではないでしょうね。
このあたりの音楽は、とにかくやたらと盛り上がります。それはティンパニのロールを伴ってとても分かりやすいクライマックスを何度も繰り返すというものです。そして、「Lacrimosa」が始まると、なにか電子音のようなものが聴こえてきました。いくらなんでもそんなことはないとしっかり聴きなおすと、それはどうやらビブラフォンのようでした。この部分では、それが頻繁に使われています。「レクイエム」とビブラフォン、それはかなりの違和感を伴うものですが、これは作曲家が「オーケストレーションのニュアンスとコントラストには、とても気を使った」と言っていることの表れなのでしょう。なんたって、次の「Domine Jesu Christe」では、ニルセンのようなティンパニのグリッサンドまで登場するのですからね。
「Sanctus」と「Benedictus」は連続して演奏されますが、もちろんここでも賑やかな前者としっとりとした後者という「コントラスト」は目いっぱい効いています。ただ、それぞれの後に続く「Hosanna」のバカ騒ぎには、引いてしまいますが。
それ以降の曲では、幾分節度が保たれているでしょうか。「Lux aeterna」あたりは、おそらくこの作品の中で最も美しく感じられます。そして、流れるような6/8のリズムのピチカートに乗った最後の「In paradisum」では、夢みるようなメロディにうっとりさせられます。
ソリストたちの歌にもう少し繊細さがあって、合唱がよりセンシティブであったなら、この曲の魅力はさらに伝わっていたことでしょう。

SACD Artwork © Alba Records

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by jurassic_oyaji | 2018-09-22 21:48 | 合唱 | Comments(0)
PARK/Choral Works
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Stephen Layton/
The Trinity College Cambridge
HYPERION/CDA68191


イギリスの作曲家オワイン・パークは、1993年生まれという若さにもかかわらず、多くの有名な合唱団から作品を委嘱されている売れっ子です。彼の作品は殆どが合唱関係のもの、その次に多いのがオルガン・ソロのための曲です。それ以外には室内楽の作品がいくつかと、今のところオーケストラの作品は小さな「ファンファーレ」1曲しかないようですから、基本的に合唱曲がメインの作曲家ということになるのでしょう。
彼自身も、実際にソリスト、あるいは合唱団のメンバーとして歌っていますし、もちろん指揮も行っています。さらに、オルガニストとしても活躍しています。
彼の合唱作品は、これまでも多くのアルバムの中に収録されてきました。最近聴いたものでは、こちらのポール・マクリーシュとガブリエリ・コンソートのアルバムの中での、「Ave maris stella」がありました。さらに、ナイジェル・ショートとテネブレのアルバムでも「Footsteps」という曲が紹介されていたはずです。
そして早くも彼の「ソロ・アルバム」がレコーディングされました。これまでに彼に多くの作品を委嘱してきたスティーヴン・レイトンとケンブリッジ・トリニティ・カレッジ合唱団が、「もうそろそろ作ってもいいだろう」と思ったのでしょうね。
彼の公式サイトによれば、2014年からレコーディング時の2017年までに作られたア・カペラの合唱作品は23曲ありますが、その中の14曲がここで演奏されています。
そんな、ほとんど「アンソロジー」とも言うべきこのアルバムで、彼の作品をまとめて聴いてみると、そこからはなにかこの作曲家が他の人とは完璧に異なる感性をもっているな、という思いがこみ上げてきます。正直、これらの作品には、今の作曲家にありがちな「美しいメロディ」などはほとんどありません。しかし、彼の作品には、そんな上っ面なキャッチーさには頼らなくても、真の「美しさ」を伝える術が備わっているのではないか、と強烈に感じられる瞬間が、確かにあるのですよ。
それは、たとえば独特な和声感。それは「~風」と呼んでしまうにはあまりにも独創的なものです。つまり、ここではほとんど「フランス風」と言っても構わないようなふわふわした和音は登場するのですが、それらはメシアンやプーランクの作品には現れるものとは微妙に異なっているのですね。それはまさに「パーク風」でしかないのです。
もう一つの彼のユニークさは、過去の作曲家の作品、あるいはその時代の音楽の巧みな引用です。長い歴史の中に埋もれずにまだ影響力を持っている素材に、彼が手の内にした独特の技法を施して、得も言われぬ美しさを作り上げる、そんなことがいともたやすくできる人なのでしょう。
最後の「The spirit breathes」という曲だけは、合唱はオルガンと共演しています。このオルガン・パートが、合唱とは別の意味でとても秀逸、そこでは、「美しさ」をあえて封印してまで、オルガンの機能を全開にさせて刺激的に迫る、パークの音楽に対する別のアプローチを体験することが出来ます。彼のポテンシャルは無限なのでは、とさえ思えてきます。最後にオルガンで「Happy birthday to you」のメロディが引用されているのは、この作品がさる教会の225周年とともに、新しいオルガンが「誕生」したことを祝うために委嘱されたことに対する、彼なりのジョークなのでしょうか。
そんな「すごい」人なのですが、このアルバムではその「肉声」を聴くことが出来ます。彼は実はこの合唱団のメンバーで、ベースのパートを歌っているだけではなく、「Trinity Fauxbourdons」という曲の中の「Nunc dimittis」ではソロを歌っているのです。それは、とても包容力のある暖かい歌声でした。
彼の名前は、この合唱団の前作、2017年1月に録音された「ロ短調ミサ」のメンバー表にも見られますから、その頃に参加したのでしょう。自作を録音する時に、よく作曲家が立ち合うことがありますが、彼の場合はメンバーとして立ち会っていた、というのが、やはりユニークですね。

CD Artwork © Hyperion Records Limited

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by jurassic_oyaji | 2018-09-12 00:23 | 合唱 | Comments(0)
STRAVINSKY/Perséphone
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Andrew Staples(Ten), Pauline Cheviller(Nar)
Esa-Pekka Saalonen/
Orchestra, Chorus & Children's Chorus of the
Finnish National Opera
PENTATONE/PTC 5186688(hybrid SACD)


ストラヴィンスキーは、まるでカメレオンのように自らの作風を変えていった作曲家であることは、よく知られています。ですから、何をもって「ストラヴィンスキーらしい」と言えるのかは、よくわかりません。ただ、今の時点で商業的に最も「成功」している(つまり、CDの売り上げが多い)作品は、初期のバーバリズムの代表作「春の祭典」でしょう。この曲は、ランク的には間違いなく「最もストラヴィンスキーらしい作品」として認知されているのです。
しかし、作曲家はこの作品の後は全く別の路線に方向転換を図り、二度と「春の祭典」のような音楽を作ることはありませんでした。
と思っていたら、今回のSACDに付けられた代理店のインフォでは、「もう一つの『春の祭典』」などという言葉が躍っているではありませんか。実は、この「ペルセフォーヌ」という曲は全く聴いたことがなかったので、そんなキャッチに煽られて聴いてみることにしました。
「春の祭典」はバレエ・リュスの主宰者ディアギレフからの委嘱で作られましたが、この曲はかつてそのバレエ・リュスにも所属していたダンサー、イダ・ルビンシュタインのために作られました。彼女はダンサーとしては二流でしたが、遺産やパトロンに恵まれた大金持ちだったので、プロデューサーとして自身が出演する作品を多くの作曲家に委嘱します。その中には、ドビュッシーの「聖セバスチャンの殉教」や、ラヴェルの「ボレロ」などの名曲も含まれています。そして、ストラヴィンスキーの場合がこの「ペルセフォーヌ」だったのです。
それは、ギリシャ神話に題材を求めて、アンドレ・ジッドが台本を作りました。ただ、それはストラヴィンスキーと共同で作業が進められましたが、お互いの主張はかなり食い違っていたそうです。さらに、ジッドはストラヴィンスキーが彼のテキストをかなり自由に音楽の中で変えてしまったことにもじっとしていられず、結局初演に立ち会うことはありませんでした。
こうして作られた「メロドラマ」でイダ・ルビンシュタイン自身は、「ナレーター」として参加することになっています。しかし、彼女はあくまで「ダンサー」として、踊りながらナレーションを行ったのだそうです。
初演はそれほど好評ではなかったようで、それ以後もこの作品はあまり演奏の機会に恵まれているとは言えないようです。なにしろ、日本で実際に上演されたのは、今年の5月だというのですからね(その日本初演のライブ録音のCDは、今月末にリリースされます)。
そんなレアな作品の、おそらく最初のハイブリッドSACDとなるのが、このサロネンとフィンランド国立オペラとのライブ録音です。実際に録音を行ったのはフィンランド放送のスタッフですが、しっかりサラウンド録音にも対応しています。
曲は、50分程度の短いもの、一応地上、冥府、地上という3つの場に分かれています。地上に春をもたらす女神ペルセフォーヌが冥府の王プルートに拉致されて結婚を迫られますが、やがてまた地上に戻ってくるというお話です。
まずは、進行役のテノールが登場、「これはホメロスが語った物語」と歌い始めます。それはもちろんフランス語で歌われるのですが、歌っているイギリス人のアンドルー・ステープルズのフランス語のディクションがあまりにもお粗末なのに、まずのけぞってしまいます。続く、ペルセフォーヌ役のポリーヌ・シュヴァリエの語りがあまりにも美しいフランス語であるために、その落差は際立ちます。それに合唱が加わりますが、こちらは柔らかい響きで、発音はそれほど気になりません。第3場で登場する児童合唱も素敵。
そして、オーケストラはいとも甘く美しい音楽を奏でます。一瞬、これはミュージカルなのではないか、と思ってしまったほどです。
これの一体どこが「もう一つの『春の祭典』」なのでしょう。あるいは、「いけにえの少女」あたりが共通項、みたいな。そこ?

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-09-06 21:21 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Johannespassion
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Camilla Nylund(Sop), Nicole Pieper(Alt), Tilman Lichdi(Ten),
Andreas Scheibner, Falko Hönisch(Bas)
Matthias Grünert/
Kammerchor der Frauenkirche
ensemble frauenkirche Dresden
BERLIN CLASSICS/0300995BC


久しぶりにBERLIN CLASSICSのCDを買ったら、ロゴマークが変わっていました。今までのは
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これでしたが、今回は
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こんなマークでしたよ。いつの間に変わったのでしょう。
ちょっと調べてみたら、それは2016年のことだったようですね。このレーベルの前身である「VEB Deutsche Schallplatten Berlin」が戦後東西に分断されたベルリンの東側に出来たのが1947年ですが、1989年に東西ドイツが統合されると、このレーベルは「BERLIN CLASSICS」と名前を変えて活動を続けます。そして、やがて創立から70周年を迎える2016年に、心機一転を図るためにロゴマークを変えたのです。
それに合わせて、こちらにあるように、Deutsche Schallplatten時代の名録音を、このロゴマークを大々的にフィーチャーしたジャケットでまとめてリイシューしていたようですね。
それにしても、このマークは何か不思議なデザインです。一見、ベルリンのシンボルであるブランデンブルク門をかたどったもんのように見えますね。しかし、これは同時にグランドピアノを演奏者側から見たもののようにも思えてきます。門の柱の下にはキャスターのようなものも付いていますし、真ん中の2本の「柱」はペダルですよね。ところが、グランドピアノだとすると、「足」が1本多いのですよ。チェンバロなどではこんなのもありそうですが、それだとキャスターやペダルはありませんからね。まあ、そこはイメージで修正してくれ、ということなのでしょうか。
そういえば、以前のマークもいったい何を描いているのか、とても気になりました。一応オルガンの足鍵盤のように見えるのですが、そうだとすると「黒鍵」が一つ余計です。まあ、こういう「不条理」が好きなレーベルなのでしょう。
このCDは、最近では珍しくなったモダン楽器によるバッハの「ヨハネ受難曲」です。2005年に再建されたドレスデンの有名な観光スポット、フラウエン教会(聖母教会)で、2017年の聖金曜日のあたりに行われた演奏のライブ録音です。正確には、本番が4月14日で、その前の11日と12日に行われたリハーサルの録音も合わせて編集されています。客席のノイズがほとんど聴こえませんから、大半はリハーサルの時の録音が使われているのでしょう。
ここで演奏している、教会の名前が団体名となっているオーケストラと合唱団は、フラウエン教会のカントル、マティアス・グリュネルトが2005年に創設したものです。オーケストラは、ドレスデンの有名なオーケストラのメンバーが集められています。合唱団も、30人ほどの「セミプロ」のメンバーによる団体だそうで、かなりレベルは高いようです。
もちろんオーケストラではモダン楽器が使われていて、ピッチもモダン・ピッチです(楽譜は全集版)。録音のせいなのかもしれませんが、弦楽器の音色はとてもまろやかに聴こえるので、もしかしたらガット弦が使われていたのかもしれません。管楽器も、極力地味な音色を心掛けているように感じられます。その上で、時折ピリオド楽器で感じられる音程が不安定なところは全くありませんから、とても心地よく聴くことが出来ます。全体の音色が、それこそDeutsche Schallplatten時代の「いぶし銀」のような渋さがあるのも、気持ちがいいですね。
グリュネルトの指揮ぶりは、早めのテンポでとても颯爽としたものでした。合唱などは、ちょっとあっさりしすぎていて物足りないところもありますが、演奏自体はかなりの高水準、表には出さない凄さがあるようです。
この中で最も強烈な印象を与えてくれたのは、テノールのティルマン・リヒディです。エヴァンゲリストとアリア、さらにレシタティーヴォでは下役などの他のロールも歌っているという大活躍ぶりですが、なんと言ってもその抜けるような透き通った声には魅了されます。ファルセットで高音を歌う時の、なんと艶めかしいこと。
他のソリストが、ワンランク落ちるのがちょっと残念。ソプラノはワーグナー歌いのニュルンドですから、そもそもミスマッチですし。

CD Artwork © Edel Germany GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-08-30 20:28 | 合唱 | Comments(2)