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おやぢの部屋2
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カテゴリ:合唱( 743 )
In Sorrow's Footprint
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Rory McCleery/
The Marian Consort
DELPHIAN/DCD34215


新雪の中に遠くまでの足跡が残っているという印象的なジャケットで、タイトルが「悲哀の足跡の中に」です。それは、「スターバト・マーテル」とか「ミゼレレ」といった「悲哀」を表現したテキストによるルネサンスと現代の作品を同じアルバムで演奏することによって、時空を超えた悲哀感を味わってもらおうというコンセプトの表れなのでしょう。しかも「雪」ですし(それは「ひんやり感」)。
ここで演奏しているのは、スコットランド出身のロリー・マクリーリーというカウンター・テナー歌手、指揮者、さらには音楽学者でもある人が2007年に創設したマリアン・コンソートというアンサンブルです。彼の音楽家としてのキャリアが、エディンバラのセント・メアリー大聖堂の聖歌隊ということで、そのような名前を付けたのでしょう。
このアンサンブルは、ルネサンスから現代と、とても幅広いレパートリーを誇っていますが、そのメンバーはきっちり固定されてはいないようです。何人かのコアとなるメンバーを中心に、レコーディングやコンサートにあわせて、イギリス中から有能な歌手を集めているのではないでしょうか。基本的に1パート1人という編成で演奏しているようで、今回のアルバムでは二重合唱の曲もあるので10人のメンバーがクレジットされています。さらに、マクリーリー自身が参加している曲もあります。
彼らは、2000年にやはりエディンバラで創設されたこのDELPHIANレーベルから、これまでに9枚のアルバムをリリースしています。昨年リリースされた今回のアルバムが10枚目、さらに彼らの創設10周年も重なって(もっと言えば、レーベルの創設15周年?)、セールスもなかなか力の入ったものになっていましたね。
まずは、最近よく聴く機会のある作曲家ガブリエル・ジャクソンに委嘱した新作「スターバト・マーテル」です。もちろん、これが世界初録音となります。冒頭はいかにもこの作曲家らしいギラギラしたエネルギッシュなテイストで始まります。それは、たった10人で歌っているとは思えないほどの、分厚い響きでした。それが、この長大なテキストに合わせて様々に変容していくのを聴くのは、とてもエキサイティングな体験でした。途中で、ペンデレツキの同名曲を思い浮かべる瞬間があったのは、なぜでしょう。
そして、同じテキストで(微妙に異なる部分もありますが)歌われるパレストリーナになると、今まで大人数の合唱で聴いてきたこの曲とは全く異なる、もう少しアグレッシブな印象が伝わってきました。ここでは8人のメンバーが、決して禁欲的な歌い方ではなく、適度のビブラートをかけて各々の声部を主張することによって、そこからは肉感的な味わいさえ感じられてしまいます。
そして、「Miserere mei, Deus(神よ、われを憐れみたまえ)」という歌い出しで始まる、詩篇51をテキストにした有名なアレグリの「ミゼレレ」では、録音の上でとても興味深い配慮がありました。ご存知のように、この作品はメインの合唱団(5声部)とサブの合唱団(4声部)が互いに受け応えをするという形を取っています。おそらく、実際に教会で演奏される時には、メインは正面の祭壇、そしてサブは後ろか横にあるバルコニーで歌うことが想定されているのでしょう。よくある録音では、そのサブの合唱団にビシャビシャのエコーをかけて、遠近感を強調していますが、ここではエコーには頼らずに、もっと自然な音像が遠くから聴こえてくるような仕上がりになっているのです。
実は、このレーベルではサラウンド録音が聴けるBD-Aも出しています。ですから、これもオリジナルの録音はサラウンドのマイクアレンジでマルチトラックによる録音がされていたのではないでしょうか。
これに対応する「現代版」は、スコットランドの作曲家ジェイムズ・マクミランが2009年に「ザ・シックスティーン」のために作った作品でした。ここにはアレグリのストイックさは全くなく、現代人の抱える「悲哀」が、生々しく伝わってきます。

CD Artwork © Delphian Records Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-07-11 21:11 | 合唱 | Comments(0)
HIMMELBORGEN
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Kåre Nordstoga(Org), Anders Kregnes Hansen(Perc)
Elisabeth Holte/
Uranienborg Vokalensemble
2L/2L-149-SABD(hybrid SACD, BD-A)



以前こちらでご紹介した、2016年にリリースされたウラニエンボリ・ヴォーカルアンサンブルのアルバムの続編です。
アルバムのコンセプトは前作と全く同じ、「ノルウェー教会新賛美歌集」に収録された賛美歌に様々な編曲を施して歌うと同時に、それを素材とした新しい作品を現代の作曲家に委嘱してそれも一緒に演奏する、というものです。さらに、やはり前作同様オルガンの即興演奏もフィーチャーされています。
録音されたのは、もちろん彼らの本拠地のウラニエンボリ教会です。合唱は祭壇を背にして歌っていますが、オルガンは祭壇に対向したバルコニーに設置されていますから、サラウンドの音場ではそのオルガンはリアから聴こえてくることになります。ただ、まさにこのオルガンは教会の内部全体で響き渡っていますから、その音像はとても巨大なものとして全方向から伝わってきます。
合唱は24人ほどでしょうか。それぞれのメンバーは、基本ピュアな声で迫りますが、時としてそんな人数とはとても思えないようなダイナミックな演奏も聴かせてくれます。それは、やはりこの教会のアコースティックスで理想的な響きが加わり、得も言われぬ陶酔感で聴くものを包み込んでくれるからなのです。
それぞれの讃美歌のメロディはどこか北欧的なテイストが感じられますが、ほとんど聴いたことはないものばかりだと思っていたら、中ほどでとても耳になじんだメロディが聴こえてきました。それは、バッハが「マタイ受難曲」の中で使って有名になった「O Haupt voll Blut und Wunden(おお血にまみれ傷ついたみ頭よ)」というコラールのメロディだったのです。
このコラール自体はハンス・レオ・ハスラーが13世紀の修道院長、ルーヴェンのアルヌルフ(一説では、12世紀のクレルヴォールのベルナールとも)が書いた「オラツィオ・リトミカ」の中の一節をテキストとして1601年に作った合唱曲ですが、1656年にこのラテン語の歌詞をパウル・ゲルハルトというドイツの牧師(詩人)がドイツ語に訳したものが今では広く知られています。翻訳にあたってゲルハルトは、十字架の下に佇む人の一人称として表現しています。
余談ですが、「オラツィオ・リトミカ」はそれぞれ10節から成る7つの部分から出来ている詩集で、その中のそれぞれ3節を選んで作られたのが、ブクステフーデの「Membra Jesu Nostri(われらがイエスの四肢)」ですね。
このコラールが、まずは、バッハによるオルガン・ソロのかたちで演奏された後に、そのまま続けて合唱がア・カペラで「マタイ」の62番のコラールの編曲で、歌詞はノルウェー語によって歌われます。それが、オルガンの伴奏(コラ・パルテ)が付いたり、時には各パート一人のソリになったりと、微妙にスタイルを変えて7回ほど繰り返されます。そしてやはりそのまま、今度はブラームスが編曲した同じコラールが演奏されるという仕掛けです。
1979年生まれの作曲家、マルクス・パウスが作ったのは、グレゴリア聖歌の「Dies irae」をモティーフにした曲でした。ここではチューブラー・ベルも加わって、厳かな雰囲気が漂います。
前回も登場した、合唱団のメンバーでもある1971年生まれのマリアンネ・ライダシュダッテル・エーリクセンは、世界中で歌われている「Amazing grace」を素材にして「And when this flesh and heart shall fail」という曲を作りました。そのテーマは、最初のうちは現代的な音の塊に隠されてあまり聴こえてこないものが、次第にその姿をはっきりと現すというプログラムで作られている、秀作です。
もう1曲、1976年生まれのビョルン・モッテン・クリストフェシェンの「暁の歌」も、クラスターやシュプレッヒ・ゲザンクがてんこ盛りの「現代曲」で楽しめます。
もちろん、SACDよりもBD-Aの方が格段にすごい音です。
いつも思うのは、このレーベルのブックレットの素っ気なさ。今回も演奏者の紹介が分かりづらく、対訳も付いていません。これだけいい音なのに、とても残念。

SACD & BD Artwork © Lindberg Lyd AS

by jurassic_oyaji | 2019-07-09 22:47 | 合唱 | Comments(0)
LEIFS/Edda part2
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Hanna Dóra Sturludóttir(MS)
Elmar Gilbertsson(Ten), Kristinn Sigmundsson(Bas)
Hermann Bäumer/
Schola Cantorum(by Hörđur Áskelsson)
Iceland Symphony Orchestra
BIS/SACD-2420(hybrid SACD)


アイスランドの作曲家、ヨウン・レイフス(1899-1968)と言えば、「ヘクラ」という、火山の噴火の様子を大編成のオーケストラによってリアルに表現したとんでもない作品で知られています。「ヘクラ」はオーケストラのための曲ですが、そこにさらにソリストと合唱が加わった、やはり巨大なスケールの曲も、彼は作ろうとしていました。
それは、「エッダ」という、アイスランドに昔から伝わる北欧神話の詩集をテキストとしています。同じ北欧神話を素材にした作品としては、ワーグナーの「ニーベルンクの指環」が有名ですね。レイフスも、1920年にミュンヘンでカール・ムックの指揮による「ジークフリート」を聴いて、とても感銘を受け、そのスコアを勉強することになったのだそうです。そして、同じように壮大な音楽を作ろうとしたのです。
ただ、彼の場合はワーグナーに対しては「ロマンティックすぎる」と批判的でした。彼は、ワーグナーのような「オペラ」を作ることはせず、コンサートホールでオーケストラと合唱やソリストが演奏する「オラトリオ」という形を取ることになったのです。テキストも様々な「エッダ」の原典の中から選び出しました。それは、全部で350編もの数になったのだそうです。
そして、そのテキストを4つの部分に分け、それぞれに第1部「天地創造」、第2部「神々の生涯」、第3部「神々の黄昏」(ワーグナーと同じ!)、第4部「蘇(よみがえ)り」というタイトルを用意します。しかし、第1部と第2部は完成されましたが、残りの部分は結局作曲家の存命中に完成させることはできませんでした。さらに、完成した前半の2つの部分も、初演されたのは作曲家の没後しばらく経ってからだったのです。第1部の初演は2006年、そして第2部の初演は2018年、今回のアルバムは、その第2部の初演直後同じ演奏家によって録音されたものです。もちろん、これが世界初録音です。
ちなみに、第1部も、今回と同じ指揮者とオーケストラ、合唱団によって初演され、同じBISレーベルで録音、リリースされています(BIS-SACD-1350)。
第2部が完成したのは1966年、「オーディン」、「オーディンの息子たち」、「女神たち」、「ワルキューレたち」、「ノルンたち」、「戦士たち」という6つの楽章からできています。「オーディン」というのが、「エッダ」での神々の長の名前です。ワーグナーの場合の「ヴォータン」ですね。その他にも「ワルキューレ」とか「ノルン」というのも、彼の「指環」ではおなじみのキャラクターたちです。
何よりも、その第1楽章の冒頭が、「指環」の冒頭、つまり「ラインの黄金」の冒頭とそっくりにホルンの上向アルペジオで始まるというのが、レイフスのワーグナーに対するリスペクト、いや、「ディスペクト」の表れのように感じられてとても和みます。
彼のオーケストレーションは、やはりとても大規模で派手なものでした。その中でひときわ目立つのが打楽器です。特に、ティンパニはおそらく2人の奏者が用意されているのではないでしょうか。同じ北欧のニルセンの「交響曲第4番(消しがたきもの)」のようなティンパニの「バトル」がいたるところで出現しています。
そんなオーケストラをバックにして、声楽陣は合唱がメインで活躍します。3人のソリストは、そんな合唱と対話することはあっても、「アリア」のようなものを歌うことはありません。ただ、この合唱のパートはとても難しい書き方をされているのが、聴いているだけでもよく分かります。それは、その無調のテイストの旋律にとても苦労をしながら挑んでいる様子がまざまざと伝わってくるというものでした。さらに、人数も少なめで、個人の声がしょっちゅう飛び出して聴こえてきます。せっかくの「世界初演」なのですから、もっと大人数の合唱団で、十分なリハーサルを経てから本番を迎えてほしかったものだと、悔やまれます。

SACD Artwork © BIS Records AB

by jurassic_oyaji | 2019-06-29 22:25 | 合唱 | Comments(0)
RAY CONNIFF/Eight Classic Albums
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REEL TO REEL/RTRCD98


半世紀に及ぶ活動の中で、100枚ほどのオリジナル・アルバムを作っているレイ・コニフですが、実質的には1955年のデビューから1970年代あたりまでの75枚ほどが、その最盛期のものでしょうか。今ではそのうちのかなりのものがCD化されていますし、サラウンドのSACDまで出ています。とは言っても、まだまだ全アルバム制覇には程遠い状況で、手元にはそのうちの39枚分のCDと1枚のLPしかありませんでした。
この度イギリスの「リール・トゥー・リール」というレーベルからCD4枚に8枚のアルバムを収録したこんなセットがリリースされました(実は、2013年に全く同じ内容のものが別のレーベルから出ていたので、そのリイシューかもしれません)。もう著作隣接権も切れている音源なのでしょうから、一括購入の割引だとたったの803円(アルバム1枚100円!)で買うことが出来ましたよ。
その8枚をチェックしてみたら、すでに入手してあったのが3枚ありましたが、それ以外の5枚はまだ持ってませんでした。これで44枚分のCDを手に入れることが出来たことになりますね。
もちろん、安いからと言って音まで安っぽかったら何にもなりませんから、まずはその音をチェックです。そのために、1998年にリリースされたCOLUMBIAのリマスタリングによる同じ音源のCDと比較してみました。
まず、音圧はほとんど変わっていません。そして、以前のCDではちょっと歪んでいたコーラスが、今回はもっとすっきりした音になっていました。さらに、バランスも楽器もコーラスもそれぞれがくっきり聴こえてくるように変わっていて、間違いなく今回の方が「良い音」になっています。
ただ、その3枚のうちの2枚までが、右と左のチャンネルが入れ替わっているのですよ。これだけきちんとしたリマスタリングが行われているのですから、おそらく以前のCLUMBIA盤が間違えたような気はしますが、なんとも言えません。
ご存知のように、COLUMBIAに「入社」したレイ・コニフはあのミッチ・ミラーのもとで、歌手のバックを務めるバンドの編曲の仕事をしていました。ある時、大編成のバンドに少人数の合唱が呼ばれていたので、レイは合唱の女声をトランペット、男声をトロンボーンにスキャットのユニゾンで重ねるという編曲を行ってみました。それを聴いたミッチ・ミラーはそのアイディアがもたらす効果にとても驚いて、そのスタイルで自分のバンドを作ることをレイに勧めたのだそうです。
今回のセットでは、録音された順番に1959年から1962年までのアルバムが収録されています。その最初の2枚、「It's the Talk of the Town」(1959年)と「Young at Heart」(1960年)を聴いてみると、コーラスが歌詞を付けて歌っていました。この時期は、彼らは創設当時からのスタイルである、「スキャット」を続けているのだと思っていたので、ちょっと意外。実際、次の「Say It with Music」(1960年)では、又「スキャット」に戻っていますからね。おそらく、大ヒットを飛ばした後にリスナーからの要望を取り入れるために、様々なスタイルを模索していたのでしょうね。
このセットでは最後から2番目に入っている「So Much in Love」(1962年)あたりもそんな「模索」の結果なのかもしれません。この頃の彼のアルバムは、全て1枚に12曲収録するというフォーマットになっていますが、これだけは6曲しか入っていません。それは、各々の曲が、「2曲を1曲にする」というコンセプトで編曲されているからです。最初の曲だと、「枯葉」と「雨に歌えば」を、それぞれ普通にメドレーで歌った後、その2曲を「同時に」歌い出すのです。コード進行が似ていることを利用しての、頭脳的な編曲ですね。
いろいろな試みに挑戦したレイ・コニフですが、やはり彼の原点である「スキャット」のスタイルが、最も高いクオリティを誇っているのではないでしょうか。先ほどの「Say It with Music」の1曲目「ベサメ・ムーチョ」などは、まさにこのスタイルの完成形のように思えます。ポテチの完成形は「カラムーチョ」。

CD Artwork © Reel to reel Music Company

by jurassic_oyaji | 2019-06-25 22:50 | 合唱 | Comments(0)
GADE/Erlkönigs Tochter, Fünf Gesänge
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Sophie Junker(Sop), Ivonne Fuchs(MS)
Johannes Weisser(Bar)
Lars Ulrik Mortensen/
Danish National Vocal Ensemble
Concerto Copenhagen
DACAPO/8.226035


デンマークの作曲家ニルス・ゲーゼが1854年に作曲し、最終的には1864年に改訂を行ったカンタータ、「妖精王の娘」の最新録音(2017年)です。このレーベルには、すでに1996年に録音された全曲盤があったのですが、今回は1864年版の最新のクリティカル・エディションによる世界初録音です。さらに、以前の録音はデンマーク語で演奏されていましたが、これは1855年に出版されたドイツ語版による、やはり世界初録音になっています。
ゲーゼの一世代前のデンマークの作曲家クーラウが1828年に「妖精の丘」という劇音楽を作っていますが、デンマーク人にとっては「妖精」というのはなじみ深いタームなのでしょうね。
今回はドイツ語版ということで、タイトルもドイツ語で「Erlkönigs Tochter」となっているのですが、その「Erlkönig」というのは、有名なシューベルトの歌曲「魔王」のオリジナルのタイトルですよね。実際に、今回のゲーゼの作品の中でも、状況は全く違いますが、シューベルトの曲の中で印象的な「Mein Sohn(息子よ)」という言葉が頻繁に聴こえてきます。ですから、シューベルトも「魔王」ではなく「妖精王」というタイトルに変えてほしいと要請したいと思います。
物語は、デンマークの中世のバラード(叙事詩)をもとにしたもので、こんなあらすじです。
領主オーロフは翌日に自分の結婚式を控えていますが、もう一人招待客を呼びたいと、自ら馬に乗って出掛けて、連れてくることにします。もう日も落ちたので、母親は盛んに心配し、通り道にある妖精の丘には、くれぐれも近づかないように助言します。
しかし、オーロフは妖精の丘に入ってしまいました。やがて遠くから妖精たちの声が聴こえたかと思うと、妖精王の娘が、オーロフに体を摺り寄せて「一緒に踊りましょうよ」と誘惑を仕掛けます。オーロフがそれを拒絶すると、娘は「断ると、血を見ることになるよ」と迫ります。
次の朝、オーロフの母親は、お城の門の前に立って息子の帰りを待っています。そこに、青ざめた顔で馬に乗ったオーロフが帰ってきます。しかし、彼は母親の前でこと切れてしまいます。
ゲーゼは、この物語をあくまで「カンタータ」という形でまとめ上げました。そこで重要な役割を果たすのが、合唱です。まるでバッハの「カンタータ」のように、曲全体の最初と最後には、オーケストラ伴奏の合唱によって、シンプルなメロディのコラール風の歌が歌われるのです。それは、最初も最後も、音楽素材は全く同じものを使うことによって、統一感を図っています。これを歌っているデンマーク国立ヴォーカル・アンサンブルは、とても澄みきってはいるものの、いくぶん土俗的な響きも残した声を駆使して、とても深みのある音楽を作り上げています。そして、バックにはピリオド・オーケストラのコンチェルト・コペンハーゲンが控えていますが、ここでは「ロマン派」のピリオド楽器を使っていますから、例えば鳥の声を模したフルートなどは、あくまでアクロバティックなオブリガートを提供してくれています。
そして、3つの場面に分かれた物語の中では、ソリストたちが、それぞれにドラマティックな歌を聴かせてくれます。ノルウェーのバリトン、ヨハンネス・ヴァイセルのオーロフは、最初のころはちょっと頼りのない感じがしますが、徐々にテンションが上がっていき、最後の臨終の場面などは圧倒的な表現力を披露しています。ドイツ系スウェーデン人のメゾソプラノ、イヴォンネ・フックスの母親は淡々と母親の情感を歌っています。そして圧巻はベルギーのソプラノ、ゾフィー・ユンカーの妖精王の娘です。彼女の歌う誘惑の歌は、もう艶めかしいのなんの。妖しさと恐ろしさが見事に伝わってきます。
カップリングの合唱団だけのア・カペラで歌われる、ゲーゼのライプツィヒ時代の「5つの歌」は、まるでメンデルスゾーンのような、ドイツ・ロマン派の合唱曲そのものです。

CD Artwork © Dacapo Records

by jurassic_oyaji | 2019-06-08 20:13 | 合唱 | Comments(0)
VAUGHAN WILLIAMS/A Cambridge Mass
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Olivia Robinson(Sop), Rebecca Lodge(Alt)
Christopher Bowen(Ten), Edward Price(Bar)
Martin Ennis(Org)
Alan Tongue/
The Bach Choir, New Queen's Orchestra
ALBION/ALBCD020


「トマス・タリスの主題による幻想曲」、あるいは「南極交響曲」という、とても難しい曲(それは「難曲」)を作ったことで知られているイギリスの作曲家、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズは、宗教曲も数多く残しています。その中で、1922年に作られた4人のソリストと無伴奏の二重合唱のための「ミサ曲ト短調」は、それこそタリスの時代を彷彿とさせるシンプルなテーマを穏やかなハーモニーとポリフォニーで包みこんだ名曲です。それは、主にイギリスの音楽家によって数多く録音され、そのCDもたくさんリリースされています。
それとは別にもう一つ、彼には「ミサ曲」というタイトルの作品があります。1872年に生まれたヴォーン・ウィリアムズは、1890年に王立音楽院に入学して、イギリス近代音楽の始祖とも言えるヒューバート・パリーの下で学び始めますが、1892年からはそれと並行してケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジで音楽と歴史を学びます。そこで、博士課程の課題として作られたのが、その「ケンブリッジ・ミサ」です。
それは1899年には完成し、彼は晴れて博士号を獲得します。この時期、彼はベルリンでマックス・ブルックにも師事していますし、もう少し後にはパリでモーリス・ラヴェルにも師事するのですから、とても勉強家だったのですね。
しかし、この作品が初演されるのは、それから1世紀以上も経った2011年のことでした。その、「世界初演」の時のライブ録音が、このCDです。指揮者は楽譜の校訂を行ったアラン・タング、彼は、チェリビダッケやロバート・ショーに師事し、かつてはBBCのプロデューサーだったという、イギリス音楽のスペシャリストです。
この「ケンブリッジ・ミサ」は、後の「ミサ曲ト短調」とは、声楽の編成が4人のソリストと二重合唱であること以外は、多くの点で異なっています。まず、こちらには大編成のオーケストラが加わります。そして、曲の構成も、通常の「ミサ曲」では必ず演奏される「キリエ」、「グローリア」、「アニュス・デイ」が丸ごとカットされているという大胆さです。
つまり、ヴォーン・ウィリアムズは典礼のための「ミサ曲」を作るつもりはさらさらなく、あくまでコンサート用のピースとして多くの聴衆に向けての曲を作ったのでしょう。テキストが短いにもかかわらず、全体の演奏時間も45分と、「ト短調」の25分を大きく上回っています。
ですから、曲はいきなり金管楽器の華やかなファンファーレに導かれて「クレド」から始まることになるのです。これは全体が4つの曲に分かれていて、その最初の「Credo in unum Deum」そんな華やかさの中で、重厚な合唱が活躍します。続く「Qui propter nos homines」では、4人のソリストも加わってまるでヴェルディの「レクイエム」のような壮大な世界が広がります。最後近くの「Crucifixus」というキリストが十字架にかけられるシーンもとてもドラマティック。
さらに、テノールソロとトランペットのファンファーレで導かれる復活のシーン「Et resurrexit tertia die」は、派手なフーガが合唱によって歌われます。そしてアタッカで、「Amen」のフーガへと突入します。
次はオーケストラだけで演奏される「Offertorium」という楽章です。ソナタ形式で作られた10分ほどの曲で、その第1主題は先ほどの「Et resurrexit tertia die」がそのまま使われています。第2主題は、ピチカートをバックに木管楽器が美しく歌う、ほのかにブラームスのテイストが感じられる部分です。
そして、「サンクトゥス」、「オサンナ」、「ベネディクトゥス」のあと、「オサンナ」が繰り返されて全曲が終わります。その後には、ライブならではの拍手が1分近く入っています。
アンコールでは、ヴォーン・ウィリアムズの恩師パリーがここで演奏しているバッハ合唱団のために作った「Brest Pair of Sirens」という、ワーグナーの「マイスタージンガー」によく似た感じの勇ましいオーケストラ付きの合唱曲が歌われています。

CD Artwork © Albion Records

by jurassic_oyaji | 2019-06-06 19:50 | 合唱 | Comments(0)
L.MOZART/Missa Solemnis
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Arianna Vendittelli(Sop), Sophie Rennert(Alt)
Patrick Grahl(Ten), Ludwig Mittelhammer(Bas)
Alessandro de Marchi/
Das Vokalprojekt(by Julian Steger)
Bayerische Kammerphilharmonie
APARTE/AP205


今年、2019年は、レオポルド・モーツァルトの生誕300年にあたるのだそうです。ご存知、あのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの父親ですね。息子の音楽的な才能を見出して、小さいころから英才教育を施したということで有名ですが、彼自身の作品に関しては、「おもちゃの交響曲」の作曲家(最近では、それすらも怪しくなっています)、ということ以外ではまず語られることはありません。
そんな中で、生誕300年に便乗して、彼の「ミサ・ソレムニス」の久しぶりの録音の登場です。これは、かつては息子の作品としてケッヘル番号まで付けられていました。それなのに、後の研究でレオポルドの作品であることが分かり、新全集ではリストから外されているのだ、と、巷では説明されていますね。
しかし、この「ミサ・ソレムニス ハ長調」は、それとは全く別の音楽のように見えます。その「K.115」というのは、4声部の混声合唱とオルガンのために作られたハ長調のミサ曲なのですが、「Kyrie」、「Gloria」、「Credo」と続いた後、「Sanctus」の9小節目で作曲が終わっています。しかも、楽譜は全て合唱のために書かれていて、ソリストのパートは存在しません。それに対して「ミサ・ソレムニス」では、伴奏はオーケストラですし、曲の構成も全然違います。もちろん、テキストはミサの典礼文が最後まで作曲されています。さらに「Gioria」や「Credo」は何曲かに分かれていてそれぞれ合唱やソロ、アンサンブルとバラエティに富んだ音楽が続いています。
ただ、例えば「Gioria」の最後の「Cum Sancto Spiritu」や、「Credo」の中の「Et incarnatus est」、「Et resurrexit」などは、合唱の部分は確かに全く同じ音楽です。ですから、このK.115は、「ミサ・ソレムニス」を作る際の下書きだったのではないかと言われています。
この曲は1981年6月9-12日に、KOCH SCHWANNレーベルによって世界で最初に録音されました。演奏はローランド・バーダー指揮の聖ヘドヴィッヒ大聖堂合唱団とドームカペレ・ベルリン、そしてアーリン・オージェーなどのソリストです。
それ以来、この曲を録音した人はいなかったようですが、2004年にCARUSからクリティカル・エディションが出版され、生誕300年ということで満を持して録音されたのが、このCDということになるのでしょう。
まずは、そのオーケストラの編成に注目です。基本的には、弦楽合奏にトランペットとホルンがそれぞれ2本ずつ加わった形です。さらに、通奏低音とティンパニが加わります。そして、ソプラノのアリアとなっている「Benedictus」だけには、なぜかフルートのオブリガートが付いているのです。全部で50分ほどかかる曲の中で、ほんの5分程度の出番だけのためにフルート奏者が待機していたことはまず考えられませんから、おそらくこれを最初に演奏したオーケストラに、弦楽器あたりでフルートも演奏できる団員がいたために、その人のため加えられたパートだったのではないでしょうか。先ほどのCARUSの楽譜では、「フルートかヴァイオリン」という注釈がありましたね。もちろん、今回のCDはセッション録音ですから、この部分だけのためにフルート専門の奏者が用意されていました。
そして、通奏低音が入っているというのも、レオポルドが活躍していた時代の音楽が反映されています。これは、一応オルガンを想定して作られていたのでしょうが、このCDでは、同じ奏者がオルガンと、曲によってはチェンバロを演奏しています。このチェンバロが、「Crucifixus」の前奏でティンパニとトランペットに重ねられてパルスを演奏している箇所があるのですが、それはなんとも神秘的な響きとなっていました。
間違いなく、レオポルドの作曲の才能も息子に劣らずかなりのものであったことが分かる素晴らしい作品ですが、このCDではそのコロラトゥーラに対応できていないソプラノのソリストと、あまりに消極的な歌い方に終始している合唱のせいで、その真価を伝えるには至っていませんでした。

CD Atrwork © Little Tribeca, Bayericher Rundfunk

by jurassic_oyaji | 2019-06-01 21:45 | 合唱 | Comments(0)
Estonian Incantations 1
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Ain Agan, Paul Daniel, Andre Maaker, Marzi Nyman(Guit)
Weekend Guitar Trio
Kaspars Putniņš/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
TOCCATA/TOCN0002



全く聞いたことのない作曲家のアルバムを数多くリリースしてきたイギリスのマニアックなレーベルTOCCATAが、「TOCCATA NEXT」という新シリーズを始めました。これは、特定のテーマに基づき、多くの作曲家の作品をコンパイルすると同時に、ジャンルを超えたレパートリーも紹介する、というものなのでしょう。
その最初のリリース分の中に、プトニンシュ指揮のエストニア・フィルハーモニック室内合唱団が参加しているアルバムがありました。とは言っても、ここでのメインは「ギター」なんですけどね。
このアルバムの中で演奏されているのは、全て世界初録音となる、ギターと合唱とのコラボレーションの結果生まれた作品たちです。それらを委嘱したのは、エストニアの南部にあるヴィリャンディという街で行われている「ヴィリャンディ・ギター・フェスティバル」と、その芸術監督であるギタリストのアイン・アガンです。アガンは、気心の知れた4人のエストニアの作曲家たちに、それぞれに全く異なるコンセプトの作品を作らせました。
まずは、1975年生まれのタウノ・アインツの「Vista(鞭打ち)」です。あいつは作曲家であると同時にポップス・バンドのキーボード奏者も務めていて、器楽と合唱の両面で作曲や編曲を数多く行っています。そこではトルミスの男声合唱曲をメタル・バンドと共演させたりしています。
この曲は、アインツがエストニアの各地に伝わる民俗的な詩を集めた「Estonian Incantations(エストニアの呪文)」という本に触発されて作られました。そのタイトルが、そのままアルバムタイトルにもなっています。編成は、合唱にマルチ・ナイマンのエレクトリック・ギターのソロが加わります。「鞭打ちへの呪文」と「痛みへの呪文」という2つの楽章から成り、「協奏曲」というサブタイトルが付いています。
最初の楽章は、まるでオルフの「カルミナ・ブラーナ」のような変拍子でリズミカルな曲。ギターはほとんど合唱のバッキングに徹しているようですが、時折見せるソロは、リバーブをきかせたかなりヘビーでダークなものです。
次の楽章になると楽想はガラリと変わって、ほとんど癒し系と化します。合唱はあくまで清らか、ギターもリリカルなフレーズで応えます。最後のあたりでは、合唱に「ホーミー」も加わっているでしょうか。
2曲目は、1956年生まれのスヴェン・グリュンベルクの「Kas ma Sind leian?(私はあなたを見つけようか?)」という、7弦のアコースティック・ギターと合唱のための作品です。アンドレ・マーカーのゆったりとしたギターのソロで始まり、全体が民謡のテイストに支配されている曲です。
3曲目は、3本のエレクトリック・ギターと合唱のための「See öö oli pikk(夜は長かった)」です。1966年生まれの作曲者のロベルト・ユルヘンダルは、ここで演奏している「ウィークエンド・ギター・トリオ」のメンバーです。ここでのギタリストたちは、「エレクトロニクス」というクレジットでそれぞれにシンセサイザーなども演奏しているようです。まずはそんな電子音で神秘的な雰囲気が醸しだされる中、シンプルなギターのフレーズの中を、合唱がゆるやかに流れていきます。後半には、宇宙的な壮大なサウンドが広がります。
4曲目は、1969年生まれのラウル・ソートの合唱と2本のギターのための「Vaikusestki vaiksem(沈黙よりも静かに)」です。ここでのギターは、先ほどのアイン・アガンのフレットレス・セミアコと、サウスポーのポール・ダニエルのエレキです。合唱は、まるでグレゴリア聖歌のような単旋律に、中世的なハーモニーを付けたシンプルなものですが、最後にはヴォイパのようなパフォーマンスも見せています。
そして、最後には、合唱が1曲目のアインツが「...teid täname(ありがとう)」で始まる歌詞に付けた短い曲を様々なアレンジで歌った後に、それぞれのギターたちが即興演奏で応えるという曲です。最後は全員のソロが静かに入り乱れ、アルバムも終了します。

CD Artwork © Toccata Next

by jurassic_oyaji | 2019-05-30 21:00 | 合唱 | Comments(0)
Edvard Grieg Kor Sings Grieg
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Audun Iversen(Bar)
Håkon Matti Skrede, Paul Robinson/
Edvard Grieg Kor
CHANDOS/CHSA 5232(hybrid SDCD)



ノルウェーの大作曲家の名前を冠して2002年にベルゲンで創設されたエドヴァルド・グリーグ合唱団は、基本的には8人編成のア・カペラ混声合唱団です。ただ、演奏する曲目によって、ゲストを迎えて大きめの人数になることもあるようですね。今回の彼らのデビュー・アルバム(いままで、アルバムは出していなかったんですね)でも、オリジナルの8人での演奏と、さらに8人が加わった16人での演奏の2種類の形態を聴くことができます。
まずは、増員された編成、この合唱団の指揮者であるホーコン・マッティ・スクレーデの指揮でグリーグの「4つの詩編」というバリトン・ソロを伴うア・カペラの合唱曲です。そのシンプルなメロディは、スカンジナビアの情緒たっぷり、まさにグリーグの作品にはたびたび登場して彼の音楽のテイストに重要な意味を持たせている要素そのものです。
次の3曲は、2015年にこの合唱団に加わったイギリス出身のテノール、ポール・ロビンソンがグリーグ以外の作曲家の曲をこの合唱団のために編曲したものです。指揮も、ロビンソン自身が行っています。
まずは、グリーグの遠い親戚(母方の伯母さんが結婚した相手の兄弟)という間柄の作曲家でヴァイオリニストのオーレ・ブルが作ったヴァイオリン・ソロと弦楽合奏のための作品「セーテルの娘の日曜日」です。ここではメンバーによるアルト・ソロが加わります。
次は、ノルウェーの伝承曲「夜更けて床についた」です。これは、ジャズ・コーラスのようなテンション・コードが使われたとてもモダンなアレンジです。
そして、グリーグの友人で、彼のピアノ協奏曲を3回演奏したこともあるピアニスト、アガーテ・バッケル・グロンダールが作った「夜は静まり」という歌曲が続きます。彼女は作曲家としても400曲ほどの作品を残しています。この民族的な美しいメロディを持つ曲を、ロビンソンはソプラノとバリトンのソロを伴う合唱曲に編曲しました。ここでのソロも、メンバーが担当しています。
ここで、デイヴィッド・ラングという現代アメリカの作曲家の「Last Spring」という作品が登場します。これは、グリーグの弦楽合奏のための作品として非常に有名ですが、もともとは歌曲だったものをやはりグリーグ自身が編曲したものです。その歌曲のテキストを使って、新たにラングがこの合唱団のために作った合唱曲が、ここでは歌われているのです。それは、この作曲家の持ち味である少ない音で表現された静謐さを持つものです
最後の2曲は、またグリーグの作品に戻ります。まずはピアノ伴奏の付いた歌曲として作られた「Ave Maris Stella(めでたし海の星よ)」を、グリーグ自身が編曲したものです。ここではメンバーは倍増、指揮はスクレーデです。
そして、最後を飾るのが、グリーグのピアノ曲を、やはりグリーグ自身が弦楽合奏に編曲したものが広く知られている「ホルベアの時代から」という組曲を、ジョナサン・ラスボーンがこの合唱団のために編曲したものです。
このラスボーンという人は、こちらにあるように、あの「スウィングル・シンガーズ」のリーダーを、創設者であるウォード・スウィングルから引き継いだ方です。ですから、ここではその「スウィングル」のスタイルである「ダバダバ」というスキャットで歌われています。
もともと、スウィングルはバッハの器楽曲をコーラスで演奏するために、このスタイルを取り入れたのですから、その時代の音楽を模倣したとされるこのグリーグの作品にそれを当てはめるのは、理にかなったことには違いありません。メンバーもその「スウィングル」と全く同じ編成ですし。しかし、この編曲はなんとも悲惨な結果を招いているのではないでしょうか。これは、半世紀以上前に大ブームを巻き起こしたものが、今の時代にも通用すると考えてしまったラスボーンの勘違いから産まれた駄作以外の何物でもありません。木でも切っててください(それは「与作」)。

SACD Artwork © Chandos Records Ltd

by jurassic_oyaji | 2019-05-25 22:03 | 合唱 | Comments(0)
ROSSINI/Petite Messe Solennelle
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Eleonora Buratto(Sop), Sara Mingardo(Alt)
KennthTarver(Ten), Luca Pisaroni(Bas)
Tobias Berndt(Org)
Gustavo Gimeno/
Wiener Singakademie, Orchestre Philharmonique du Luxembourg
PENTATONE/PTC 5186797(hybrid SACD)


ロッシーニの最晩年にパリで作られた「Petite Messe Solennelle」というフランス語のタイトルの作品は、「小ミサ・ソレムニス」、あるいは「小荘厳ミサ」とも訳されます。「小」と「荘厳」という相容れない言葉がタイトルに混在していることについては、ロッシーニのジョークなのではないかなどと言われているようですが、そうではありません。
「荘厳ミサ」というのは、ベートーヴェンの作品で有名ですが、そのような大規模なミサのために作られた音楽です。そのためには、ミサの通常文がすべて含まれていることが必要になってきます。それに対して、前半の「Kyrie」と「Gloria」しかない「短い」ミサは「ミサ・ブレヴィス」と呼ばれています。
そして「小」というのは、そのような大規模な作品で、演奏時間は1時間半近くかかるというのに、編成はたった12人の歌手(ソリスト4人と、各パート2人ずつの混声四部合唱)と、ピアノ2台とハルモニウムだけという「小さな」ものだからです。
しかし、後にロッシーニはオーケストラのためのバージョンを作り、それに合わせて合唱も増員しています。このSACDで演奏されているのはその形、ですから、本当はタイトルから「Peteite」は外した方が良いのでしょうけどね。
これまでに最初のバージョンは何度か聴いたことがありますが、オーケストラ・バージョンを聴くのは今回が初めてです。それは、「Kyrie」が始まった時に、ヒメノが指揮をするルクセンブルク・フィルがとても起伏に富んだ雄弁な演奏を聴かせてくれたことによって、それまでのものがいかにショボいサウンドだったかが明らかになりました。この頃のロッシーニは、きらびやかなオペラの世界からはすっかり足を洗って、内省的な宗教曲の世界を追求していたのでしょうが、やはり聴いている人を楽しませようとする精神は失われてはいなかったのでしょうね。ここでは、真ん中の「Christe eleison」ではそのオーケストラが黙り、合唱だけのア・カペラになります。その対比も絶妙です。その合唱の中からは、ルネサンスあたりから脈々と受け継がれてきた合唱音楽のエキスまでをも感じることが出来ました。
そういえば、「Gloria」や「Credo」の最後の合唱などでは二重フーガも用いられています。これも、やはり古典やバロックへの回帰を目指したもの、あるいは、すでにそのようなことを行っていたハイドンやモーツァルトへのオマージュなのかもしれませんね。
4人のソリストたちも、アリアとアンサンブルで大活躍です。なんでも、ロッシーニがこの曲を作った動機の一つに、彼の昔の作品「セミラーミデ」がパリでリバイバル上演された時に歌っていた若い姉妹歌手、バルバラ・マルキジオ(姉・メゾソプラノ)とカルロッタ・マルキジオ(妹・ソプラノ)の存在があったということで、この二人のためのナンバーはとても美しいものです。最後の曲「Agnus Dei」では、バルバラを想定してか、とてもしっとりとした合唱との受け答えが用意されています。ここで歌っている二人は、ソプラノのエレオノーラ・ブラットがかなり暗めの声で、アルトのサラ・ミンガルドと区別がつかないほど、この二人がハープをバックに歌う「Qui tollis peccata mundi」は絶品です。
テノールを歌っているのは、以前モーツァルトのオペラで素晴らしいドン・オッターヴィオやフェランドを聴かせてくれたケネス・ターヴァーです。ここでも「Domine Deus」のアリアを、伸びのある声で楽しませてくれました。
ただ、バスの人はいまいち、他の3人のような流れが感じられませんでした。
この作品では、ミサ曲なのに1曲だけインスト・ナンバーが入っています。それが、「Credo」の最後の曲の次に演奏される「Preludio religioso - Ritornello」です。後半にはオルガンのソロもフィーチャーされていて、オーケストラ・バージョンならではの荘厳感が味わえます。この後アタッカでア・カペラの「Sanctus」が聴こえてきた瞬間には、極上の音楽に接した時の感動が確かにあったかな

SACD Artwork © Orchestre Philharmonique du Luxembourg & Pentatone Music B.V.

by jurassic_oyaji | 2019-04-30 21:11 | 合唱 | Comments(0)