おやぢの部屋2
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カテゴリ:合唱( 710 )
BERLIOZ/Grande Messe des Morts
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Bror Magnus Tødenes(Ten)
Edward Gardner/
4 Choirs, Eikanger-Bjørsvik Musikklang
Musicians from Bergen Philharmonic Youth Orch. and Crescendo
Bergen Philharmonic Orchestra
CHANDOS/CHSA 5219(hybrid SACD)


ベルリオーズのいわゆる「レクイエム」(正式には「死者のための大ミサ」)は、なんたってその楽器編成の凄さが抜きんでています。さらに、それぞれの楽器や合唱の人数などはその何倍にも増幅しても構わないと、スコアでは指示されていますからね。そして、この作品にはたった一人のソリストが「Sanctus」にのみ登場するのですが、それは「10人のテノール歌手がユニゾンで歌っても構わない」とまで書かれていますからね。
もちろん、現在コンサートで演奏する時には、そこまで膨らませた人数で演奏することはまずありませんが、ティンパニ奏者だけは最低でも10人必要とされています。さらに、コルネット、トランペット、トロンボーン、チューバ(自筆稿では「オフィクレイド」)によるバンダが4組用意されて、それぞれオーケストラと合唱がいる場所から離れた会場内の4ヵ所に配置される、という点だけは譲れませんから、金管楽器奏者も間違いなく大量に必要になってきます。
ですから、ステージ上のオーケストラの金管セクションはホルンだけ、ということになりますが、曲によってはバンダの出番がない時にそこに他の金管が加わることもあるので、何人かのプレーヤーはその時には移動してくるのでしょう。実際、今回のSACDのブックレットに載っているライブ録音の写真を見ると、金管のスペースだけ空いていることが分かります。
それと同じように、なんと合唱までが「移動」している写真がそのブックレットにありました。
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その他の写真では、合唱は普通にオーケストラの後ろにいますから、何かの曲の時だけこんな風にステージの最前面に来て歌っていたのでしょうね。楽譜ではこんな指定はしていないはず。
ですから、それがいったい何の曲だったのかを知りたいとは思いませんか?さいわい、このアルバムはSACDのマルチチャンネルが聴けるものですから、サラウンドで再生してみると、なんとなく合唱が前にいるのではないか、という音場が感じられるところが見つかりました。それは6曲目の「Lacrimosa」です。この曲にはバンダが出てきますから、オーケストラの金管がホルン以外はいないのも、それの裏付けにはなるでしょうか。さらに、この前の曲の「Quaerens me」は合唱だけのア・カペラで歌われますから、もしかしたらその時にすでにこの位置に移動していたのかもしれません。
そんな、一味違う演出を取り入れたのは、アンドリュー・リットンの後を継いで2015年からこのベルゲン・フィルの首席指揮者を務めているエドワード・ガードナーです。彼はこのCHANDOSレーベルに、このオーケストラとともにシェーンベルクの「グレの歌」も録音していますから、このような大編成の曲はお手の物なのでしょう。
このコンサートが行われた会場は、ベルゲンにある「グリーグ・ホール」というコンサートホールです。キャパは1500人ですが、ワンフロアなので客席の面積はかなり広くなっています。ステージも、オケ・ピットに相当する部分まで広げて、指揮者の後ろに広い空間を設けていますから、そこにさっきのように合唱が全員(150人程度)立つことが出来ます。
さらに、普通に合唱が立つ場所を作るために、後ろの反響版が下げてあり、横の反響版との間に隙間が出来るのでそこに2つのバンダが入ります。もう2つのバンダは、客席の真ん中を横切る通路の壁際にセットされています。これで、聴衆のほぼ半数は、完全なサラウンドを体験できることになります。
それと同じものを、このSACDでもしっかり味わえます。「Dies irae」や「Lacrimosa」でのスペクタクルな音場を知ってしまうと、もう普通のステレオでは物足りなくなってしまうことでしょう。
合唱は「エドヴァルド・グリーグ合唱団」など全部で4つの団体の集まりですが、なかなかまとまった声で楽しめます。とくに、頻繁に出てくる男声だけの部分が、とてもスマートに聴こえるのは、かなりのハイ・トーンを楽々と出しているからなのでしょう。

SACD Artwork © Chandos Record Ltd

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by jurassic_oyaji | 2018-10-13 21:08 | 合唱 | Comments(0)
CHESNAKOV/Teach Me Thy Statutes
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Vladimir Gorbik/
PaTRAM Institute Male Choir
REFERENCE/FR-727(hybrid SACD)


キリル文字だらけのジャケットとブックレットですから、ロシアのレーベルだと思ってしまいますが、これはREFERENCEというれっきとしたアメリカのレーベルのSACDです。録音スタッフもこのレーベルではお馴染みのメンバー、ただ、録音されたのはロシアのサラトフの教会で、演奏しているのも主にロシアの人々です。
そのアーティストの名前は「PaTRAM Institute Male Choir」、この「PaTRAM Institute」というところがいちおう製作者としてクレジットされているので、調べてみたら、フルネームは「Patriarch Tikhon Russian-American Music Institute」つまり「総主教ティーホン・ロシア/アメリカ音楽協会」という教育機関でした。これはロシア正教会のための聖歌を歌う時の指揮者と歌手を育成するために2013年に設立された機関で、現在ではアメリカとロシアの各地で活動を行っているようですね。その名前にある「総主教ティーホン」という人は、アメリカでの布教活動も行った正教会の聖人なのだそうです。割引券を配っていたのでしょうね(それは「クーポン」)。
そこには、プロの歌手が集まった「総主教ティーホン合唱団」という混声合唱団がありますが、ここではその中の男声メンバーを中心にした「PaTRAM男声合唱団」が演奏しています。そしてさらに、モスクワとサラトフの2つの団体のメンバーも加わっています。
そのメンバー表では普通の男声合唱の4つのパートの内訳は10-11-9-12と、ベースの人数が一番多くなっています。しかも、12人のうちの5人が「Bass profundo」、つまり「オクタビスト」ですから、低音はとても充実していることが予想されます。
このアルバムのライナーノーツでは、指揮者のウラジーミル・ゴルヴィクが「実際、このアメリカのレーベルのSACDを最初に耳にするのは、母国の人たちではなく西欧圏の人たちなのですから、そのあたりの配慮をここでの選曲にも込めています」といったようなことを述べています。
そこで集められたのが、この方面では非常に有名なパヴェル・チェスノコフという作曲家が作曲や編曲を行った、徹夜祷と聖体礼儀のための聖歌です。1877年10月25日に合唱指揮者の家に生まれたチェスノコフは、教会音楽関係の教育機関のみならず、36歳の時から4年間、モスクワ音楽院でも作曲と指揮法を学んでいます。
彼は合唱指揮者や作曲家、あるいは教育者として活躍し、生涯に500曲近くの作品を残しています。しかし、ロシア革命以降はその活動は制限され、最後は栄養失調と心臓発作によって亡くなっています。それは大戦中の1944年3月14日のこと、パンの配給の列に並んでいる時でした。享年66歳でした。
「徹夜祷」というと、同じころに活躍したラフマニノフの無伴奏合唱曲(いわゆる「晩祷」)がすぐに思い浮かびます。ただ、ラフマニノフの作品はそれだけで長大な曲集になっていますが、このアルバムはチェスノコフのさまざまな作品から何曲かずつの聖歌をピックアップした、いわば「ベストアルバム」です。その最初の曲は、ギリシャ正教の聖歌を編曲したもので、それはとても洗練されたメロディとハーモニーを持ったものでした。そこからは、「ロシア」とか「スラヴ」といったもので表わされる情感は、ほとんど感じることはできません。
しかし、その次の曲になると、いきなりさっきの「オクタビスト」たちの超低音が聴こえて来て、まさに「ロシア」の大地が広がっています。さらに、3曲目のチェスノコフのオリジナルの作品などは、とてもスマートな和声感を持っていました。そんな感じで、洗練された曲から土臭い曲まで、適度にヴァラエティをもって構成されているのは、やはり「西欧のリスナー」を意識してのことだったのでしょうか。
それを、この合唱団はとてもスマートな歌い方に徹して歌っていました。もちろん、録音もとびっきりの素晴らしさでした。何度かのセッションがもたれたようですが、それぞれに微妙なサウンドの違いがあって、ちょっとオフマイク気味の敬虔な音から、オンマイクで生々しく迫る音まで、いろいろ楽しむことが出来ます。

SACD Artwork © Reference Recordings

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by jurassic_oyaji | 2018-10-09 20:16 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Hohe Messe in h-Moll
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Gerlinde Sämann(SopI), Britta Schwarz(SopII)
Henriette Gödde(Alt), Falk Hoffmann(Ten)
Andreas Scheibner(bas)
Michael Schönheit/
Collegium Vocale Leipzig, Merseburger Hofmusik
QUERSTAND/VKJK 1808


バッハの「ロ短調ミサ」は、ドイツ語では現在はそのまま「Messe in h-Moll」と呼ばれています。これは、今出版されている原典版の楽譜では共通した呼び名です。もちろん、ご存知のようにそれはバッハ自身が楽譜に記したタイトルではありません。
この作品の全曲の楽譜が出版されたのは、作曲家が没してから100年近く経った1845年のことでした。その時に出版社が付けたタイトルが「Die hohe Messe in H-Moll」というものでした。「hohe」は英語では「high」ですから、「高いミサ」ということになりますね。なんか、人の名前にありそう(高井美佐、とか)。
ですから、かつてはそのようなタイトルが付いた楽譜もよく見られました。手元にある1950年代に出版されたペータース版のヴォーカル・スコアの表紙もそうなっています。
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しかし今では、少なくとも新しく発売されるCDなどでは、そのような呼び方はまずありませんでした。ですから、こんな2017年に録音されたばかりのCDに、その、もはや絶滅したかと思われた懐かしい名前が付けられていたのには、びっくりしました。
これは、以前ブラームスの「ドイツ・レクイエム」などで素晴らしい演奏を聴かせてくれたミヒャエル・シェーンハイトと、彼が作った「メルゼブルガー・ホーフムジーク」というピリオド・オーケストラのアルバムですが、合唱はその時とは別の「コレギウム・ヴォカーレ・ライプツィヒ」という各パート4~5人の団体です。
これも、演奏は期待通りでした。まずは、録音会場のメルゼブルク大聖堂の響きがとても暖かく、曲のポーズではその長い残響を存分に味わうことが出来ます。そのような音響を利用して、このオーケストラは見事なレガートを聴かせてくれています。特にトランペットなどは、決して派手に盛り上げるのではなく、程よく知的なアプローチで美しい音色を提供することに腐心しているようでした。
合唱は、もう脱力の極みです。もちろん、必要なアクセントなどはきっちりと決めたうえで、決して力むことなく、バッハの音楽の美しいところだけを抽出してくれています。もっとも、そのためにポリフォニーでのメリスマが多少怪しげなのは、ご愛嬌でしょう。
5人のソリストたちも、第2ソプラノがちょっと自身の響きのツボがつかみ切れていないもどかしさがありますが、他の人たちはとても伸び伸びとしたクセのない歌い方が、やはりバッハにはとても似合っています。
そんな、第1ソプラノとテノールの流れるように美しい「Domine Deus」に聴きほれていると、続く「Qui tollis」でいきなりアルト・ソロが歌い出したのには驚いてしまいました。ここは当然合唱で始まるもの、と思い込んでいましたからね。もちろん、この曲全体もソリストの四重唱で歌われています。
これは、確かにそのような可能性もありました。楽譜を見れば、どこにも「合唱」という指示はないのですよね。かつて、ジョシュア・リフキンがこの作品をソリストだけで演奏したというのも、このあたりが発端だったのでしょう。
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ですから、今の楽譜では、目次でもその編成は記されてはいません。
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(BÄRENREITER/2010)

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(CARUS/2014)

新全集の「旧版」を除いては。
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(BÄRENREITER/1954)

シェーンハイトの「読み替え」はさらに続きます。これだけは合唱で歌ってほしい「Et incarnatus est」と「Crucifixus」がやはりソリストだけによって歌われていました。そこまでやるのなら、いっそリフキンと同じように「各パート一人」を全編で貫けばいいのに、と思ってしまいますね。
そして、二重合唱で作られた「Osanna」になると、その「合唱1」がソリスト、「合唱2」が合唱団という割り当てになっていました。これには絶句です。まあ、それこそ合奏協奏曲のような効果を狙ったのでしょうが、この違和感はただ事ではありません。
最後の「Dona nobis pacem」のとてもさわやかな合唱と、その二つ前の「Benedictus」での、とてもトラヴェルソとは思えない美しいピッチがなければ、このCDを叩き割っていたところでした。

CD Artwork © querstand

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by jurassic_oyaji | 2018-09-27 23:35 | 合唱 | Comments(0)
KOSTIAINEN/Requiem
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Suvi Väyrynen(sop), Ena Pongrac(MS)
Simo Mäkinen(Ten), Tapani Plathan(Bas)
Ville Matvejeff/
Musica Choir, JyväSkylä Sinfonia & St. Michel Strings
ALBA/ABCD 417(hybrid SACD)


1944年生まれのフィンランドの作曲家、ペッカ・コスティアイネンの「レクイエム」の世界初録音盤です。この曲はここで演奏しているユヴァスキュラ・シンフォニアからの委嘱で作られ、2014年に初演されました。しかし、作曲家が「レクイエム」を作ろうと思い始めたのは2000年代の初めのこと、さらに、2006年に母親が亡くなった時に、真剣にその作曲に取り組もうと思ったのだそうです。結果的に、その母親が生きていればちょうど100歳を迎えたであろう日の1週間後に、この「レクイエム」は初演されることになりました。
作曲にあたっては、これまであった有名な「レクイエム」、例えばモーツァルト、フォーレ、ヴェルディ、ブラームス、そして自国のコッコネンなどを詳細に研究したのだそうです。さらに、ポルトガルのルネサンス期の作曲家、マヌエル・カルドーソのア・カペラの「レクイエム」の中で使われているグレゴリオ聖歌もそのまま借用したと言っています。
出来上がった曲は、演奏時間がほぼ1時間という大作です。テキストはもちろんラテン語の典礼文が使われていますが、彼は「Sequentia(Dies irae)」は、「あの世の暗い情景描写」ということで割愛し、最後の「Lacrimosa」だけを例外として残しています。その結果、コッコネンの作品の「Tractus」を「Lacrimosa」に置き換えたという形になっています。
最初の「Requiem aeternam」では、低音によるロングトーンがとても静かに聴こえてきます。それはまるであの「ツァラトゥストラ」のオープニングを思わせるものでした。それは次第にクレッシェンドしてきて、まるでオルガンを模倣したかのような木管の響きの中から、グレゴリオ聖歌の旋律が聴こえてきます。ただ、それは前半だけはそのままですが、その後には異様に捻じ曲げられた別のメロディがくっ付いていましたね。やはり、丸ごと引用したのでは、先ほどのリストにはなかったデュリュフレの作品と同じになってしまうと思ったのでしょうか。
その部分の最初のフレーズが「et lux perpetua luceat eis」と歌われた後に、テノールのソロで「Kyrie eleison」と始まったのには驚いてしまいました。まだ、お前の出番じゃないぞ、と思ってみても、それを無視するかのように大いに盛り上がります。
その後、後半の「Te decet hymnus」が演奏された後で、又改めて「Kyrie eleison」が始まります。それは、先ほどのものとは全く異なったモティーフで作られていますよ。いったい、あれはなんだったのでしょう。まさか「切り絵」ではないでしょうね。
このあたりの音楽は、とにかくやたらと盛り上がります。それはティンパニのロールを伴ってとても分かりやすいクライマックスを何度も繰り返すというものです。そして、「Lacrimosa」が始まると、なにか電子音のようなものが聴こえてきました。いくらなんでもそんなことはないとしっかり聴きなおすと、それはどうやらビブラフォンのようでした。この部分では、それが頻繁に使われています。「レクイエム」とビブラフォン、それはかなりの違和感を伴うものですが、これは作曲家が「オーケストレーションのニュアンスとコントラストには、とても気を使った」と言っていることの表れなのでしょう。なんたって、次の「Domine Jesu Christe」では、ニルセンのようなティンパニのグリッサンドまで登場するのですからね。
「Sanctus」と「Benedictus」は連続して演奏されますが、もちろんここでも賑やかな前者としっとりとした後者という「コントラスト」は目いっぱい効いています。ただ、それぞれの後に続く「Hosanna」のバカ騒ぎには、引いてしまいますが。
それ以降の曲では、幾分節度が保たれているでしょうか。「Lux aeterna」あたりは、おそらくこの作品の中で最も美しく感じられます。そして、流れるような6/8のリズムのピチカートに乗った最後の「In paradisum」では、夢みるようなメロディにうっとりさせられます。
ソリストたちの歌にもう少し繊細さがあって、合唱がよりセンシティブであったなら、この曲の魅力はさらに伝わっていたことでしょう。

SACD Artwork © Alba Records

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by jurassic_oyaji | 2018-09-22 21:48 | 合唱 | Comments(0)
PARK/Choral Works
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Stephen Layton/
The Trinity College Cambridge
HYPERION/CDA68191


イギリスの作曲家オワイン・パークは、1993年生まれという若さにもかかわらず、多くの有名な合唱団から作品を委嘱されている売れっ子です。彼の作品は殆どが合唱関係のもの、その次に多いのがオルガン・ソロのための曲です。それ以外には室内楽の作品がいくつかと、今のところオーケストラの作品は小さな「ファンファーレ」1曲しかないようですから、基本的に合唱曲がメインの作曲家ということになるのでしょう。
彼自身も、実際にソリスト、あるいは合唱団のメンバーとして歌っていますし、もちろん指揮も行っています。さらに、オルガニストとしても活躍しています。
彼の合唱作品は、これまでも多くのアルバムの中に収録されてきました。最近聴いたものでは、こちらのポール・マクリーシュとガブリエリ・コンソートのアルバムの中での、「Ave maris stella」がありました。さらに、ナイジェル・ショートとテネブレのアルバムでも「Footsteps」という曲が紹介されていたはずです。
そして早くも彼の「ソロ・アルバム」がレコーディングされました。これまでに彼に多くの作品を委嘱してきたスティーヴン・レイトンとケンブリッジ・トリニティ・カレッジ合唱団が、「もうそろそろ作ってもいいだろう」と思ったのでしょうね。
彼の公式サイトによれば、2014年からレコーディング時の2017年までに作られたア・カペラの合唱作品は23曲ありますが、その中の14曲がここで演奏されています。
そんな、ほとんど「アンソロジー」とも言うべきこのアルバムで、彼の作品をまとめて聴いてみると、そこからはなにかこの作曲家が他の人とは完璧に異なる感性をもっているな、という思いがこみ上げてきます。正直、これらの作品には、今の作曲家にありがちな「美しいメロディ」などはほとんどありません。しかし、彼の作品には、そんな上っ面なキャッチーさには頼らなくても、真の「美しさ」を伝える術が備わっているのではないか、と強烈に感じられる瞬間が、確かにあるのですよ。
それは、たとえば独特な和声感。それは「~風」と呼んでしまうにはあまりにも独創的なものです。つまり、ここではほとんど「フランス風」と言っても構わないようなふわふわした和音は登場するのですが、それらはメシアンやプーランクの作品には現れるものとは微妙に異なっているのですね。それはまさに「パーク風」でしかないのです。
もう一つの彼のユニークさは、過去の作曲家の作品、あるいはその時代の音楽の巧みな引用です。長い歴史の中に埋もれずにまだ影響力を持っている素材に、彼が手の内にした独特の技法を施して、得も言われぬ美しさを作り上げる、そんなことがいともたやすくできる人なのでしょう。
最後の「The spirit breathes」という曲だけは、合唱はオルガンと共演しています。このオルガン・パートが、合唱とは別の意味でとても秀逸、そこでは、「美しさ」をあえて封印してまで、オルガンの機能を全開にさせて刺激的に迫る、パークの音楽に対する別のアプローチを体験することが出来ます。彼のポテンシャルは無限なのでは、とさえ思えてきます。最後にオルガンで「Happy birthday to you」のメロディが引用されているのは、この作品がさる教会の225周年とともに、新しいオルガンが「誕生」したことを祝うために委嘱されたことに対する、彼なりのジョークなのでしょうか。
そんな「すごい」人なのですが、このアルバムではその「肉声」を聴くことが出来ます。彼は実はこの合唱団のメンバーで、ベースのパートを歌っているだけではなく、「Trinity Fauxbourdons」という曲の中の「Nunc dimittis」ではソロを歌っているのです。それは、とても包容力のある暖かい歌声でした。
彼の名前は、この合唱団の前作、2017年1月に録音された「ロ短調ミサ」のメンバー表にも見られますから、その頃に参加したのでしょう。自作を録音する時に、よく作曲家が立ち合うことがありますが、彼の場合はメンバーとして立ち会っていた、というのが、やはりユニークですね。

CD Artwork © Hyperion Records Limited

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by jurassic_oyaji | 2018-09-12 00:23 | 合唱 | Comments(0)
STRAVINSKY/Perséphone
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Andrew Staples(Ten), Pauline Cheviller(Nar)
Esa-Pekka Saalonen/
Orchestra, Chorus & Children's Chorus of the
Finnish National Opera
PENTATONE/PTC 5186688(hybrid SACD)


ストラヴィンスキーは、まるでカメレオンのように自らの作風を変えていった作曲家であることは、よく知られています。ですから、何をもって「ストラヴィンスキーらしい」と言えるのかは、よくわかりません。ただ、今の時点で商業的に最も「成功」している(つまり、CDの売り上げが多い)作品は、初期のバーバリズムの代表作「春の祭典」でしょう。この曲は、ランク的には間違いなく「最もストラヴィンスキーらしい作品」として認知されているのです。
しかし、作曲家はこの作品の後は全く別の路線に方向転換を図り、二度と「春の祭典」のような音楽を作ることはありませんでした。
と思っていたら、今回のSACDに付けられた代理店のインフォでは、「もう一つの『春の祭典』」などという言葉が躍っているではありませんか。実は、この「ペルセフォーヌ」という曲は全く聴いたことがなかったので、そんなキャッチに煽られて聴いてみることにしました。
「春の祭典」はバレエ・リュスの主宰者ディアギレフからの委嘱で作られましたが、この曲はかつてそのバレエ・リュスにも所属していたダンサー、イダ・ルビンシュタインのために作られました。彼女はダンサーとしては二流でしたが、遺産やパトロンに恵まれた大金持ちだったので、プロデューサーとして自身が出演する作品を多くの作曲家に委嘱します。その中には、ドビュッシーの「聖セバスチャンの殉教」や、ラヴェルの「ボレロ」などの名曲も含まれています。そして、ストラヴィンスキーの場合がこの「ペルセフォーヌ」だったのです。
それは、ギリシャ神話に題材を求めて、アンドレ・ジッドが台本を作りました。ただ、それはストラヴィンスキーと共同で作業が進められましたが、お互いの主張はかなり食い違っていたそうです。さらに、ジッドはストラヴィンスキーが彼のテキストをかなり自由に音楽の中で変えてしまったことにもじっとしていられず、結局初演に立ち会うことはありませんでした。
こうして作られた「メロドラマ」でイダ・ルビンシュタイン自身は、「ナレーター」として参加することになっています。しかし、彼女はあくまで「ダンサー」として、踊りながらナレーションを行ったのだそうです。
初演はそれほど好評ではなかったようで、それ以後もこの作品はあまり演奏の機会に恵まれているとは言えないようです。なにしろ、日本で実際に上演されたのは、今年の5月だというのですからね(その日本初演のライブ録音のCDは、今月末にリリースされます)。
そんなレアな作品の、おそらく最初のハイブリッドSACDとなるのが、このサロネンとフィンランド国立オペラとのライブ録音です。実際に録音を行ったのはフィンランド放送のスタッフですが、しっかりサラウンド録音にも対応しています。
曲は、50分程度の短いもの、一応地上、冥府、地上という3つの場に分かれています。地上に春をもたらす女神ペルセフォーヌが冥府の王プルートに拉致されて結婚を迫られますが、やがてまた地上に戻ってくるというお話です。
まずは、進行役のテノールが登場、「これはホメロスが語った物語」と歌い始めます。それはもちろんフランス語で歌われるのですが、歌っているイギリス人のアンドルー・ステープルズのフランス語のディクションがあまりにもお粗末なのに、まずのけぞってしまいます。続く、ペルセフォーヌ役のポリーヌ・シュヴァリエの語りがあまりにも美しいフランス語であるために、その落差は際立ちます。それに合唱が加わりますが、こちらは柔らかい響きで、発音はそれほど気になりません。第3場で登場する児童合唱も素敵。
そして、オーケストラはいとも甘く美しい音楽を奏でます。一瞬、これはミュージカルなのではないか、と思ってしまったほどです。
これの一体どこが「もう一つの『春の祭典』」なのでしょう。あるいは、「いけにえの少女」あたりが共通項、みたいな。そこ?

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2018-09-06 21:21 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Johannespassion
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Camilla Nylund(Sop), Nicole Pieper(Alt), Tilman Lichdi(Ten),
Andreas Scheibner, Falko Hönisch(Bas)
Matthias Grünert/
Kammerchor der Frauenkirche
ensemble frauenkirche Dresden
BERLIN CLASSICS/0300995BC


久しぶりにBERLIN CLASSICSのCDを買ったら、ロゴマークが変わっていました。今までのは
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これでしたが、今回は
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こんなマークでしたよ。いつの間に変わったのでしょう。
ちょっと調べてみたら、それは2016年のことだったようですね。このレーベルの前身である「VEB Deutsche Schallplatten Berlin」が戦後東西に分断されたベルリンの東側に出来たのが1947年ですが、1989年に東西ドイツが統合されると、このレーベルは「BERLIN CLASSICS」と名前を変えて活動を続けます。そして、やがて創立から70周年を迎える2016年に、心機一転を図るためにロゴマークを変えたのです。
それに合わせて、こちらにあるように、Deutsche Schallplatten時代の名録音を、このロゴマークを大々的にフィーチャーしたジャケットでまとめてリイシューしていたようですね。
それにしても、このマークは何か不思議なデザインです。一見、ベルリンのシンボルであるブランデンブルク門をかたどったもんのように見えますね。しかし、これは同時にグランドピアノを演奏者側から見たもののようにも思えてきます。門の柱の下にはキャスターのようなものも付いていますし、真ん中の2本の「柱」はペダルですよね。ところが、グランドピアノだとすると、「足」が1本多いのですよ。チェンバロなどではこんなのもありそうですが、それだとキャスターやペダルはありませんからね。まあ、そこはイメージで修正してくれ、ということなのでしょうか。
そういえば、以前のマークもいったい何を描いているのか、とても気になりました。一応オルガンの足鍵盤のように見えるのですが、そうだとすると「黒鍵」が一つ余計です。まあ、こういう「不条理」が好きなレーベルなのでしょう。
このCDは、最近では珍しくなったモダン楽器によるバッハの「ヨハネ受難曲」です。2005年に再建されたドレスデンの有名な観光スポット、フラウエン教会(聖母教会)で、2017年の聖金曜日のあたりに行われた演奏のライブ録音です。正確には、本番が4月14日で、その前の11日と12日に行われたリハーサルの録音も合わせて編集されています。客席のノイズがほとんど聴こえませんから、大半はリハーサルの時の録音が使われているのでしょう。
ここで演奏している、教会の名前が団体名となっているオーケストラと合唱団は、フラウエン教会のカントル、マティアス・グリュネルトが2005年に創設したものです。オーケストラは、ドレスデンの有名なオーケストラのメンバーが集められています。合唱団も、30人ほどの「セミプロ」のメンバーによる団体だそうで、かなりレベルは高いようです。
もちろんオーケストラではモダン楽器が使われていて、ピッチもモダン・ピッチです(楽譜は全集版)。録音のせいなのかもしれませんが、弦楽器の音色はとてもまろやかに聴こえるので、もしかしたらガット弦が使われていたのかもしれません。管楽器も、極力地味な音色を心掛けているように感じられます。その上で、時折ピリオド楽器で感じられる音程が不安定なところは全くありませんから、とても心地よく聴くことが出来ます。全体の音色が、それこそDeutsche Schallplatten時代の「いぶし銀」のような渋さがあるのも、気持ちがいいですね。
グリュネルトの指揮ぶりは、早めのテンポでとても颯爽としたものでした。合唱などは、ちょっとあっさりしすぎていて物足りないところもありますが、演奏自体はかなりの高水準、表には出さない凄さがあるようです。
この中で最も強烈な印象を与えてくれたのは、テノールのティルマン・リヒディです。エヴァンゲリストとアリア、さらにレシタティーヴォでは下役などの他のロールも歌っているという大活躍ぶりですが、なんと言ってもその抜けるような透き通った声には魅了されます。ファルセットで高音を歌う時の、なんと艶めかしいこと。
他のソリストが、ワンランク落ちるのがちょっと残念。ソプラノはワーグナー歌いのニュルンドですから、そもそもミスマッチですし。

CD Artwork © Edel Germany GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-08-30 20:28 | 合唱 | Comments(2)
The Wind Blows/Music for Choir by Alfred Janson
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Grete Pedersen/
Norwegian Soloists' Choir
BIS/SACD-2341(hybrid SACD)


定期的にこのレーベルから新しい録音をリリースしてくれる、ペーデシェンとノルウェー・ソリスト合唱団の最新アルバムです。ここでは、1937年生まれのノルウェーの作曲家、アルフレード・ヤンソンの作品が集められていました。もともとはジャズやポピュラー音楽のバックグラウンドを持った人でしたが、ジャンルを問わず多くの作品を作っています。オーケストラのための作品も数多く作っていますが、彼の作曲活動の中で基礎となっているのは合唱音楽なのだそうです。このアルバムは、1963年から2016年までの半世紀に及ぶ彼の合唱作品を通して、彼の音楽の変遷、あるいは、その中に変わらずに存在している彼の本質的な部分を知らしめるものなのでしょう。
とは言っても、この中の「Nocturne」という1967年に作られた曲は、すでにこちらの2016年にリリースされたアルバムの中に含まれていました。それは2015年に録音されたものなのですが、その時に録音されてお蔵入りになった「Sarabande」(1995)という曲も、今回のアルバムには収録されています。おそらく、それをメインに据えて、新たに彼の作品を俯瞰できるだけのものを2017年にまとめて録音した、ということなのでしょう。この2015年のセッションは会場も違うので、他の曲と音が全然違います。
まず、最も初期の1963年に作られた「Construction」という、オリジナルは管弦楽のための「Construction and Hymn」という作品を、長く親交のあったイェテボリ室内合唱団の指揮者グンナル・エーリクソンが合唱と小アンサンブルのために直したバージョンです。まず、本編が始まる前にヤンソン自身の鍵盤ハーモニカで即興的なイントロが演奏されているのが面白いところ。彼の作品には、このようにジャズ的な自由度が設けられているものが多いようです。
そこに合唱が、「歌」ではなく(もちろん、この曲に歌詞はありません)つぶやくような口笛によって演奏を始めます。それは、まるで同じころに作られたリゲティの「Lux aeterna」のようなクラスターのポリフォニーとなって進んでいきますが、そこに楽器が加わると、ほとんど「Atmosphéres」の様相を呈し、大音響のままカットオフされます。それは、もろ60年代の「アヴァン・ギャルド」でした。不良少女じゃないですよ(それは「あばずれギャル」)。
同じようなテイストは、先ほどの「Nocturne」にも感じられます。ただ、こちらはその中にはっきりロマンティックな要素の引用がありますから、もはや「アヴァン・ギャルド」から抜け出す準備に怠りはなかったのでしょう
つまり、同じ年、1967年に作られた「Ky og vakre Madame Ky(Kyと美しいマダムKy)」では、イントロでピアノ伴奏が楽器の胴を叩いてリズムを取っているような「アヴァン・ギャルド」さを見せてはいますが、曲が始まるとそれはまるで北欧のダンスを思わせるようなサラッとしたメロディだというあたりで、作曲家はもはや「アヴァン・ギャルド」には背を向けていたのです。
1983年に作られた「Nå er det fint å leve(今は生きるには素敵な時代)」ではわざと羽目を外した歌い方でとても軽い曲に見せかけて、その歌詞はとてもアイロニーに富んだものですし、同じ年の「Lille mor klode(小さな母なる地球)」では、いかにも北欧風のリズムとメロディに乗せて、地球環境を憂えるシリアスな内容を歌っていたりします。
1995年の「Sarabande」では、単純なオスティナートの繰り返しがほとんどミニマル・ミュージックを思わせます。そして今世紀に入って、一番新しい2016年のタイトルチューン「The wind blows-where it wishes」は、ヨハネの福音書3章8節を作曲家が引用したテキストが使われていますが、それは「歌われる」ことはなく、合唱のヴォカリーズをバックに、「語られる」だけなのです。おそらく作曲家はそれを「ラップ」として使っているのでしょうが、同時に、同じものをいにしえの「シュプレッヒ・ゲザンク」だと思い込む人を、陰ながらあざ笑うというどす黒い陰謀が秘められているのです。
この作曲家には、本当に油断が出来ません。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2018-08-28 23:02 | 合唱 | Comments(0)
FACING WEST, TIMELESS
FACING WEST
Choral Music of Conrad Susa and David Conte
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Ragnar Bohlin/
Capella SF
DELOS/DE 3524


TIMELESS
Ten Centuries of Music
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Ragnar Bohlin/
Capella SF
DELOS/DE 3553


音が良いというイメージがあるDELOSレーベルから、聞いたこともない名前の合唱団のアルバムが2枚同時に発売になっていましたので、とりあえず聴いてみようと思いました。もちろん、ラグナル・ブーリーンというその指揮者の名前も全然知りませんが、インフォによると、なんでも「グラミー賞を受賞」しているそうですから、ただ者ではないのでしょう。
調べてみたら、テイラー・スウィフトの「フィアレス」が「Album of the Year」を獲得した2010年の第52回グラミー賞の、「クラシカル」部門での「Best Classical Album」と「Best Choral Performance」というカテゴリーの中に、確かにこの方の名前がありました。ただ、これはマイケル・ティルソン・トーマスの指揮でサンフランシスコ交響楽団が録音したマーラーの「交響曲第8番」のSACDに対しての賞ですから、そこにはこれに関わったすべての演奏家の名前が列挙されています。ブーリーンさんはサンフランシスコ交響楽団の合唱指揮者として名前が挙げられているだけなのですね。ここでは全部で4つの合唱団が演奏に参加していますから、それぞれの合唱指揮者が4人挙げられている、その中の一人だったんですよ。
ということで、この2枚のアルバムで演奏している「カペラSF」という合唱団は、ブーリーンが2013年にサンフランシスコ交響楽団の合唱団のメンバーを中心に設立した30人弱のプロの合唱団なのです。上のアルバムが2014年に録音されて2016年にリリースされたもの、下のアルバムが2017年に録音された最新アルバムです。日本では、この2枚が同時にリリースされています。これ以外にもクリスマス・アルバムが1枚あって、それは2015年に日本でも発売されています。
素直に白状すると、1枚目には「Susa」という作曲家の名前があったので、これはあのマーチ王のスーザに違いない、合唱曲も作っていたんだ、と思ってしまったんですね。買ってからそっちは「Sousa」だったことに気が付いて「しまった」と思っても後の祭りでした。
まあ、それでも新しいレパートリーの開拓の一環として聴いてみたのですが、なんかそれほどのインパクトはありません。確かに録音はなかなかのもので、これだけ合唱のテクスチャーをきっちりと伝えるものにはなかなかお目にかかれないのですが、その合唱自体がなんともユルいんですよ。ソリストとして立派な人たちが集まったという感じで、合唱団としての感覚に乏しいのです。「スサ」さんの曲もなんということのない平凡なものでしたし。
こんなのを2枚も買ってしまって、と、新しい方を聴いてみたら、なんと、全然音が違います。まず、録音会場が、前回はホールだったものがここでは教会が使われていました。これで、豊かな響きが乗った、まるであの「2L」のようなゴージャスがコーラスが聴こえてきます。さらに、メンバーがほとんど別の人に替わっていたのですよ。男声などは、一人ずつしか残っていません。
そんな、「新生」カペラSF(念のため、「SF」は「サイエンス・フィクション」ではなく「サン・フランシスコ」)が、ここでは11世紀に生まれたヒルデガルト・フォン・ビンゲンから21世紀にブレイクしているオラ・イェイロまで、まさに「10世紀」に渡るスパンの作曲家の作品を歌っているのですから、すごいものです。
その「すごさ」は、そんな時代のそれぞれの様式などすっ飛ばしたところで、どの曲にもこの合唱団ならではの色彩感とエンタテインメントを与えているところに顕著に表れています。シュッツがこれほど肉感的に聴こえてきたのは初めてですし、ラインベルガーのメロディがこれほどキャッチーだと思ったこともありませんでした。ブリテンの曲でさえ、たまらなくおしゃれに感じられますし。
イザークの曲とされている「インスブルックよさようなら」が、プレトリウスト、さらにはバッハに受け継がれて変貌するさまを1曲の中で見せてくれたのも、なかなかのアイディア。

CD Artwork © Delos Pruduktions, Inc.,

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by jurassic_oyaji | 2018-08-15 20:05 | 合唱 | Comments(0)
WAGNER/Das Liebensmahl der Apostel
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Marcus Bosch/
Männerchor der vocapella
Deutsche Staatsphilharmonie Rheinland-Pfalz
COVIELLO/COV91806


ワーグナーの「使徒の愛餐」という合唱曲を知ってますか?そもそも、ワーグナーがオペラの中で歌われる合唱曲以外の、コンサートで演奏される合唱曲を作っていたことすら、ほとんどの人は知らないのではないでしょうか。
この時代には、ドイツ各地に「リーダーターフェル」と呼ばれるアマチュア、というか「ブルジョワ」が集まって結成された男声合唱団が数多く存在していて、そこの指揮者(リーダーマイスター)になることは音楽家にとって一つのステータスとされていました。「リエンツィ」、「さまよえるオランダ人」を成功させた若き作曲家、リヒャルト・ワーグナーも、ドレスデンのリーダーターフェルの指揮者としてのオファーを嬉々として受け入れ、その団体のためにいくつかの男声合唱のための曲を作ったのです。
その中で、1843年に作られたこの「使徒の愛餐」は、ドレスデンのフラウエン教会でワーグナー自身の指揮で初演された時には、1200人の合唱と100人のオーケストラによって演奏されたという、大規模な作品です。そのスコアには「男声合唱と大オーケストラのための、聖書からの場面」というサブタイトルが書かれています。
ほとんど「秘曲」ですから、録音も少なく、LP時代にはブーレーズ/ニューヨーク・フィル(1974年)とウィン・モリス/ロンドン・シンフォニカ(1978年)による盤しかありませんでした。これが、当時持ってたモリス盤。もう手放して、手元にはありません。
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CD時代になってからは、プラッソン/ドレスデン・フィル(1996年)とティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン(2013年)の盤が加わります。今回のボッシュの盤は今年リリースされたので新録音だと思ったら、実は録音されたのは2003年、2005年に「COV30408」という品番でリリースされたもののリイシューでした。
キリストの12使徒が歌うとされているその男声合唱は、まずア・カペラで全員によって歌い始められますが、しばらくするとそれが3つの合唱団に分割され、「第2コーラス」のみの演奏になります。楽譜の指定では、「第1コーラス」は、「第2コーラス」と「第3コーラス」よりも少ない人数で、となっています。
そのあとは、しばらく「第3コーラス」だけの演奏になりますが、やがて「第2」と「第3」が一緒になって、8声部の合唱となります。その合唱が複雑なポリフォニーを奏でる中、「第1コーラス」が登場、彼らはユニゾンで勇壮な単旋律を歌います。
テンポが変わって、重々しくなったところで、また合唱の編成が変わります。バリトン1、2とベース1、2がそれぞれ3人ずつの12人で歌われるサブ・コーラスと、残りのフル・コーラスとに分かれるのです。やがてテンポは速くなり、サブ・コーラスが主導権をとって音楽は進みます。
そして、またゆったりとしたテンポに変わった時には、全体が4声のフル・コーラスとなり、最後はホモフォニックのコラールとなったところで、やっとオーケストラが加わってきます。その時のトップテナーは、「ハイC」を歌わなければいけません。
全部で26分かかるこの曲で、このア・カペラの部分は17分も続きます。普通は、そんなに長く歌えば音が下がって、オーケストラとピッチが合わなくなってしまうものですが、ここでは見事に合っています。ただ、その前を細かく聴いてみると、場所によっては半音ぐらい下がっているところもありました。おそらく、要所要所でぴっちり合うように誰かが修正をしているのでしょうね。
オーケストラと一緒の部分は、さっきのバリトンとベース12人のサブ・コーラスとフル・コーラスが交代で歌い、最後は全員で盛り上がります。ただ、この合唱団はそんなに人数は多くはないようで、かなりしょぼい印象があります。やはり、「1200人」とは言わないまでも、もっと大人数が必要だったのでしょう。それでも、このライブ録音では、演奏が終わるやいなや「ブラヴォー!」の声が聴こえます。

CD Artwork © Coviello Classics

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by jurassic_oyaji | 2018-07-28 19:59 | 合唱 | Comments(0)