おやぢの部屋2
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オーケストラ解体新書
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読売日本交響楽団編
中央公論新社刊
ISBN978-4-12-005007-7


この間、カンブルランが指揮をした読売日本交響楽団によって日本初演されたメシアンの「アッシジの聖フランチェスコ」全曲のコンサートの時に、CDやDVDとともに即売コーナーに山積みになっていたので、買いたいと思ったのがこの本でした。
基本的な内容は、このオーケストラの事務局の2人、飯田政之さんという方と松本良一さんという方が中心になって執筆やインタビューを行ってまとめられた、オーケストラの内部の説明本なのですが、それだけではなく、日本のオーケストラが抱えている問題にまで踏み込んでいるような部分もあります。
なんと言っても面白いのは、オーケストラがコンサートを開くまでに行うことが本当に事細かに描かれていることでしょうね。特に圧巻なのが、かつては読売新聞の文化部の記者として多くのインタビューなどを行っていた松本さんが執筆した「ドキュメント・オブ・ザ・コンサート」と名付けられた「第3章」です。それはまさにコンサートが出来上がるまでを生々しく追った「ドキュメンタリー」そのものでした。
そこで取り上げられている五嶋みどりをソリストに迎えたコンサートのくだりは、刻一刻変わっていくリハーサルの現場を、ある時はソリストの心の中まで覗き込むほどの鋭さを持って語った卓越したものでした。そこからは、まさにそこにいた人しか知りえない極度の緊張感が、まざまざと伝わってきます。
オーケストラの団員たちが指揮者について語っている言葉も、とても興味深いものでした。テミルカーノフなどは、手の動きを見ただけでどんな音楽をやりたいのかが一瞬で分かってしまうのだそうですね。
さらにこの本からはこのオーケストラが持っている温かい雰囲気を伝えたいという気持ちがとても強く伝わってきます。巻頭にカラーで紹介されているかつて正指揮者だった下野竜也さんの写真をフランケンシュタインのように修正したチラシには、笑えました。
そんな、とても充実した内容の本なのですが、1ヵ所だけ、とても愚かなことが書いてあることによってすべてが台無しになっています。それは、「コンサートのマナー」というコラムです。その中で、コンサートで配られる月刊誌で「マナー」について掲載されていることが語られているのですが、とりあえずその現物を見て頂きましょう。
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どれも、至極当たり前のように思えますが、最後の「拍手はタクトが降ろされてから」というのはいったいなんなのでしょう。確かに、最近ではまるで「自分はこの曲をよく知っているのだぞ」とアピールしているような早すぎる拍手やブラヴォーが顰蹙を買っているのは十分に承知していますが、それを阻止するために全ての曲について一律に「タクトを降ろしてから」という「マナー」を「強制」するのは愚の骨頂です。「悲愴」や「マーラーの9番」ではこれは当てはまるかもしれませんが、ほとんどの曲ではタクトを降ろすまで待っていたのでは拍手の意味がなくなってしまいます。早い話が、これを買った時のコンサートの最後は、オーケストラと合唱がクライマックスを作り上げて終わるのですが、それまでに何度となくこの「マナー」がアナウンスされていたために、聴衆はタクトが降りる何十秒かの間、「余韻」はとっくになくなっているのに拍手をすることが出来ませんでした。その後でまるで強制されるかのように起こった拍手の、なんと白々しかったことでしょう。せっかくの感動が、この「マナー」のために吹っ飛んでしまいましたよ。この件のオーソリティ、茂木大輔さんの名著「拍手のルール」の中には、「一呼吸おいてから」という見事なサジェスチョンがあるというのに。
同じ場所で即売されていたDVDでは、まさに音楽が終わって「一呼吸おいてから」、嵐のような拍手が起こっていましたね。このオーケストラを聴きに来た人は、一生そのような体験を味わうことが出来ないのでしょうね。かわいそうに。

Book Artwork © Chuokoron-Shinsha, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-11-30 20:56 | 書籍 | Comments(0)
トヨペットクラウン
 かつて横綱だった某横綱力士が引退しましたね。まあ、暴力沙汰では仕方がありませんね。それにしても、こういうことが起こると決まってメディアが取り上げるのが、「横綱の品格」というやつです。横綱たるものは、相撲が強いだけではなく、人間的にも優れていなければいけない、という常套句ですね。でも、彼らは単に相撲がほかの人よりも格段に強かったから横綱になれただけの話ですよね。それ以外に、人格に関してなにか試されることなんかありましたっけ?面接とか。「国技」とか言ってますが、相撲はプロスポーツの一つにすぎないのですから、そもそも「礼儀」とか「品格」なんて必要ないはずです。塩をまいたりするのも、単なるルーティンですよね。土俵入りは、華やかなアトラクションでしょうし。ですから、別の横綱が取り組みに物言いをつけたと非難されましたが、プロスポーツとして公正な判断を望んでいた彼の姿勢は、賞賛されても、咎められることはないはずですよ。
 いや、そんなことよりあの事件で一番気になったのが、暴力をふるった横綱が属しているチームの監督が乗っていた車です。テレビで被害者のチームに謝りに行くときにその車が出てきたのですが、それが「観音開き」のドアだったのに、びっくりしてしまいました。今の車で、こんな風に開くドアが付いているのなんかありませんからね。まあ、取っ手が真ん中に付いているのはありますが、これは後ろのドアが「開く」のではなく「スライド」しますからね。そういう車は、昔はありました。「トヨペット・クラウン」という、トヨタの最高グレードの車でした。
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 確かに、フロントグリルの形なんかも「クラウン」そのものですよ。しっかり、今の車には絶対にない金属製のバンパーも付いてますしね。もちろん、バンパー自体は今でもしっかりありますが、それはポリウレタンで出来ていて、そこに車体と同じ塗装が施されているのでもはや車と一体化していますから。でも、その頃はエンジンも1.5リットルぐらいですから、今だったらほとんど「小型車」ですね。そんな小さな車に、よくあんな大きな体の人たちが乗れたなあとは思いましたね。そもそも、なんでそんな半世紀以上前の車があるのかが不思議でした。
 でも、そのことを相撲と車の両方に詳しい職場の社長に話したら、「確か、ちょっと前にクラウンを復刻した車が出ていたぞ」というのですね。なんか、知り合いの別の社長もその車を買ったのだとか。確かに、それだったら分かります。
 さっそくネットで調べたら、すぐにその「復刻車」のことは分かりました。それはトヨタの「オリジン」という車だったのです。なんでも、2000年にトヨタがそれまで作った車が1億台を超えたので、それを記念して限定発売されたものなんですって。ベースは当時の「プログレ」という、3リッター車、そこに手作りでクラウンそっくりのボディを乗せたのですね。
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価格は700万円なのだとか。20年前の国産車としてはかなりの高額品ですよね。そういう「高級車」に、乗っていたんですね。というか、あの車は東京から九州まで持ってきたのでしょうか。まさか、レンタカーではないですよね。
 まあ、今の車はどのメーカーも同じようなデザインになってしまっていますから、こういうデザインは逆にユニークに感じられます。そう考えると、今のデザインはこれから何十年か経った時に、同じように評価されることはあるのでしょうかね。というのも、最近はLEDを使うようになってデザインの自由度が増したために、とんでもない形のランプが付いていたりしますからね。一番笑えるのが、これです。
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 ちいさなLEDを並べれば「線」になりますから、それを使ってこんなまるでネオンサインのようなテールランプを作ることだって出来てしまいます。デザイナーの得意げな顔が浮かんできますが、これに出っくわすと、私にはどうしてもまっとうな車とは思えなくなってしまいます。電飾だらけのトラックみたいな、最悪の装飾にしか見えないのですよね。
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 ブレーキランプを点けるとこうですよ。私だったら、絶対こんな派手で悪趣味な車には乗りたくないですね。
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 フロントも大嫌い。なんか狡賢い猫が、唇の端を上げてにやついているようには見えるものですから。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-29 22:18 | 禁断 | Comments(0)
VIRTAPERKO/Three Concertos
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Perttu Kivilaakso(Amplified Vc)
Joonatan Rautiola(Baritone Sax)
Jonte Knif(Knifonium)
Ville Matvejeff/
Jyväskylä Sinfonia
ONDINE/ODE 1305-2


1973年生まれのフィンランドの若手作曲家、オッリ・ヴィルタペルコがごく最近作った3つの協奏曲が収められているアルバムです。それぞれに、ちょっと変わった楽器がソロを務めるという、なかなかユニークなラインナップに、つい手が伸びてしまいました。
この中で最も新しいものが、2016年の作品「Romer's Gap」です。タイトルの「ローマーのギャップ」というのは、古生物学の用語で、なんでも今から3億6千年前から1400万年間続いた、生物の化石が極端に少ない時期のことなのだそうです。なんか、とりとめのないタイトルですね。ここでソリストとして登場するペルットゥ・キヴィラークソというチェリストは、かつてはヘルシンキ・フィルのメンバーとしてクラシックのチェロ奏者でしたが、今ではヘビメタ・チェロ・バンド「アポカリプティカ」の中心的なメンバーになっています。このバンドはチェロ4人、ドラムス1人という変わった編成で、チェリストの一人は、ラハティ交響楽団の現役の団員です。
そんなキヴィラークソが演奏している楽器も、ただのチェロではなく「Amplified Cello」なのだそうです。「アンプリファイ」とは「増幅する」という意味ですが、この場合は「アンプにつないだ」というぐらいの意味になるのではないでしょうか。ただ、ロック・ミュージシャンたちはその「アンプ」に表現手段を持たせるために、楽器とアンプの間に「エフェクター」をつなぎました。それは音の干渉を作り出す「フランジャー」とか、歪みを与える「ディストーション」などといった様々なものがあって、楽器の音をとても幅広いものに変えることができます。
ですから、まずこの「アンプリファイド・チェロ協奏曲」を聴く時には、そんなエフェクターによって変えられたヘビーな音響こそを味わってみたいものです。「カデンツァ」と、クラシックっぽい呼び名が付けられている部分も、ほとんどギンギンのギター・ソロを聴いているように思えることでしょう。
しかし、そんな大音響とともに、とても繊細でしっとりとした味わいも、この「楽器」では表現できることも、この協奏曲の第2楽章では知ることも出来るはずです。
2曲目は、2014年に作られた「Multikolor」というバリトン・サックスのための協奏曲です。タイトルはおそらく「Multi Color」のことでしょうから、ここでは、ソリストのヨーナタン・ラウティオラは、この、吹奏楽ではサックス・パートの最低音を担当する楽器から、「多彩な音色」を引き出しているはずです。ダメな不倫相手ではありませんよ(それは「セックス・パートナーの最低男」)。
まずは、そんな低音楽器から、いきなりハイ・ノートが聴こえてくるあたりから、バリトン・サックスの一味違う魅力に浸っていただきましょう。やがて、本来の低音でブイブイと盛り上がる時には、なぜかホッとすることでしょう。
そして、最後の2013年に作られた、「Ambrosian Delights」に登場するのは、「クニフォニウム」という、おそらく誰も聴いたことのない名前の楽器です。これは、ここで演奏しているヨンテ・クニフが製作して、自らの名前を付けた楽器です。その正体は真空管が使われているモノフォニック・シンセサイザーです。
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外観は、その世界では有名な「ミニモーグ」とよく似ていて、鍵盤の上には多くのツマミがついたボードがあり、奏者はそこで瞬時に音色、エンヴェロープを変えたり変調したりできます。出てくる音もモーグのシンセサイザーにとてもよく似ています。
元々はバロックのアンサンブルのために作られたもので、チェンバロが大活躍していますが、これもおそらくクニフが作った楽器なのでしょう(彼は楽器を作るだけではなく、音響システムの構築も行っていて、ハリウッドの大作曲家ハンス・ジンマーはそれを使っているのだそうです)。後半はリズミカルなビートに乗って、とてもポップでダンサブルな音楽が展開されていますよ。

CD Artwork © Ondine Oy

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by jurassic_oyaji | 2017-11-28 23:02 | オーケストラ | Comments(0)
メシアンの「アッシジの聖フランチェスコ」の日本初演を聴いてきました
 メシアンが残した唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の「日本初演」を聴いてきました。正確には「全曲日本初演」ですね。つまり、抜粋で演奏されたことは過去にあったのですが、全部演奏したのは今回が初めてということです。なんせ、編成も巨大なうえに演奏時間も長大ですから、よっぽどの事がない限り全曲が演奏されることはありません。おそらく、私もこれを逃したらあとは聴く機会などないだろうと思ったので、半年前からしっかりチケットを入手していましたよ。いや、そう思っていた人はたくさんいたようで、一般発売の初日には全席が完売していたそうですね。なんたって私は、この曲のCDとDVDは全て(と言っても、合せて3セット)持ってますから、なんとしても生で聴きたかったのですよ。
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 実際に私が聴いたのは、正確には「初演」ではなく、3回目の公演でした。本当の初演は先週の19日の日曜日、そして、祝日の23日ときのうの日曜日という、「休日」の3日間でした。これは、読売日本交響楽団とびわ湖ホールとの共同制作で、23日はびわ湖で行われています。19日と26日はサントリーホールです。完売したのはその東京のチケット、びわ湖の分はいくらか残っていたようですね。いずれにしても、演奏時間が正味4時間半(合唱やオケの出を除くと、4時間20分ほど)、その間に35分の休憩が2回入りますから、全部で5時間40分、とても平日に演奏することなんか出来ません。
 編成も、16型の弦楽器に、7.4.7.4.-6.4.4.3という管楽器、打楽器奏者が10人、オンド・マルトノが3台、それに9人のソリストと120人の合唱で、総勢241人(たぶん)です。木管は、持ち替えなしでフルートあたりはフルート3、アルトフルート1、ピッコロ3という内訳、クラリネットには、まずオーケストラのステージでは見ることのできないコントラバス・クラリネットが加わっています。ただ、これだけの編成だと普通は入るはずのハープと、そしてティンパニがありません。おそらく、メシアンにはティンパニが使われる作品がなかったような気がします。これだけの人数を集めるのはどんなオーケストラでも無理ですから、大量のエキストラが雇われることになります。そんなことも、これまで演奏されなかった要因でしょう。
 もちろん私は日帰りで帰ってこなければいけませんから、2時に開演したものが、終わるのは7時40分ということなので、帰りの新幹線のチケットを買う時にかなり迷いました。8時16分東京発という最終のひとつ前のはやぶさを取ったものか、あるいは、それより1時間20分もあとの最終のはやぶさにするか、ですね。その間にも何本かの新幹線はあるのですが、いずれも最終のはやぶさより仙台に着くのは遅くなってしまいますからね。そこで、私が出した結論は、最終を買っておいて、その前のはやぶさに間に合うようなときには乗車変更をする、というものでした。なにしろ、予定通り終わったとしても、そこから地下鉄とJRを乗り継いで果たして8時16分までに東京駅の新幹線乗り場まで行けるかどうかは全く保証できませんからね。
 ただ、ネットで空席状況を検索してみると、そのはやぶさは前々日にはすでに「×」になってしまいましたから、その時点で可能性はなくなっていたのでした。ところが、前日の朝に見るとそれが「△」に変わっているのですね。キャンセルが出たのでしょうで。でも、きのうになったらもう「×」でしたね。やはり、日曜日のこの時間は混むことになっているんですね。実際、最終のはやぶさでは、デッキも立っている人で一杯でした。
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 サントリーホールはロビーがすっかりクリスマスモードになっていました。
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 私の席は、もうそこしかなかったので仕方なく買った1階席の後ろから2列目の右寄りです。2階席が上にかぶっているので、ちょっと心配でしたが、それほど問題はなく、ステージの音はしっかり聴こえてきました。ステージでは、ピッコロの人が夢中になって練習していました。オーケストラでピッコロが3本というのも、まず見られない光景ですが、そこで彼ら(彼女ら)がさらっているのは、確かにものすごく大変なところでした。高音ばっかり出てくるんですよね。曲の中ではもう何回も出てくることになるのですが、練習の甲斐あってか、ほぼ完璧に吹いていましたね(1ヵ所だけ外していたかも)。とても私にはできません。
 そして、お目当ての3台のオンド・マルトノを探します。1台はオルガンの脇にありました。
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 あとの2台が2階席にある、という情報は知っていたのですが、ちょっと座っているところからは見えないな、と思っていたら、LB席の一番後ろの高いところから、スピーカーが顔を出していました。
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 ということは、もう1台は反対側のRB席の上ですね。ここからだと見えません。確かに、演奏が始まると、左側の楽器はしっかり音が聴こえてくるのに、この陰になった楽器はあまりよく聴こえませんでした。これはちょっと残念でした。このオンド・マルトノたちは、今まで録音を聴いていてもいまいちその存在がはっきりしなかったのですが、これはもうものすごい使われ方をしているのが、今回とてもよく分かりました。ですから、きちんと右も聴こえてくる「サラウンド」で聴いてみたかったものです。悔しいので休憩時間にそばで写真を撮ってみました。
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 このホールは、まるで「劇団四季」のように、館内での撮影に対しては神経質で、休憩時間でも係員がそばにいると制止されたりしますから、結構大変です。
 演奏に関しては、とにかく生でこの曲に接することが出来てとても幸せでした。とは言っても、実際に5時間半もの間拘束されて聴かなければいけないというのは、想像以上にハードな体験でした。私がそう思うのですから、慣れない人はそう感じるのは当たり前で、休憩が終わったら明らかに空席が増えてましたね。そもそも私が座ったところも、左端が2つ最初から空いてましたし。
 休憩中ではなく、演奏中にも堂々と出ていく人がいたのには笑えましたね。5人はいたでしょうか。もっとも、2幕などは2時間休みなしですから、トイレが我慢できなくなっただけなのかもしれませんが。
 こんなことを言っていいのか分かりませんが、メシアンの音楽というのは基本的にどの作品を聴いても同じなんですよね。ですから、彼の手の内はもう分かっていて、それだから親近感もおぼえることが出来るのですが、これだけ長い時間にそれだけのものしかないというのは、逆に言えばとてつもなく退屈な音楽になってしまうんですよ。正直、この作品がこれだけ長くなる必然性を見つけることが出来ませんでした。
 一応「オペラ」と謳ってはいますし、実際にオペラとして上演された映像も見ていますが、ここにはほとんど「物語」というものは存在していません。あるのは「エピソード」だけなんですよ。ですから、ドラマとして見ると退屈なのは当然です。結局、ほとんど音楽だけで進んでいくのですが、その音楽の中には基本的にドラマを見出すことはできませんし。もしかしたら、宗教的な素養があればもっと積極的に「ドラマ」を感じることが出来るのかもしれません。あいにく、私にはそこまでの知識も体験も不足しています。
 ただ、そんな中でも確実に感動的な瞬間は何度もありました。これを手掛かりに、あとは「続けて」ではなく、「分けて」録音などを聴きながら、その追体験をしてみようかな、と思いました。
 そんな感動を与えてくれたのは、ほとんど合唱のシーンでした。この合唱団は新国立劇場とびわ湖ホールの合唱団の合同演奏のようですが、とにかくものすごい声が出ていました。勝手にメシアンは肉食人種だと思っているのですが、そんなギラギラとした肌触りが見事に伝わって来るのですよ。その代わり、ピッチがちょっといい加減だったのはご愛嬌。第7景の冒頭ではこの合唱のクラスターが出てきました。メシアンのクラスターなんて、かなり珍しいものですね。この第7景だけは、他の場面と違ってそんなメシアンのルーティンではない、実験的な試みがあって、スリリングでしたね。3台のオンド・マルトノの呼び交わしも素敵、今までの録音では、この楽器のこれだけの存在感は全く感じられませんでした。これこそが「生」の醍醐味です。
 半面、オーケストラの弦楽器が、なんか「草食」系なんですよね。ハーモニーも美しいし、とてもピュアな音は聴かせてくれるのですが、メシアンには確かにそれも必要だとは言っても、もっと「肉食」的な部分があってもいいのでは、と思ってしまいました。フルートのパートは、フルート3本+アルトフルートで4声のハーモニーを出したかと思えば、3本のピッコロで、グロッケンと一緒になって超高音の鳥の鳴き声に挑戦したり、目が離せませんでしたね。全員キー・タップだけで演奏、なんて場面もありましたね。でも、なんと言っても圧巻は打楽器でしたね。特に後ろに横一列に並んだシロフォン、シロリンバ、マリンバの人たちは本当にすごかったです。
 そんな、変拍子だらけのほとんど曲芸のようなスコアに挑戦している指揮のカンブルランも、そういう意味ではブラヴォーなのですが、全体的にいまいち心に響いてこなかったのはなぜなのでしょう。この人のメシアンはCDで何回も聴いているのですが、そのたびにやはり同じような物足りなさを感じていました。一つには、演奏時間。どの曲も、極端にテンポが遅いんですよね。この曲の場合も、今までのこの曲の録音、録画だと、初演の小澤などは3時間52分しかありませんし、1998年のナガノのCDは4時間6分、2008年のメッツマッハ―のDVDは4時間8分。しかし、カンブルランはそもそも予定の時間を15分もオーバーしていましたから、確実に4時間15分は超えていました。聴いていて、特にテンポが遅いという感じはしませんでしたが、メシアン特有の唐突な音楽性の切り替えの部分が、何か不自然に聴こえてしまいました。結局、それが退屈感につながってしまったのでしょう。
 ソリストでは、フランチェスコのヴァンサン・ル・テクシエと、天使のエメーケ・バラートが素晴らしかったですね。急遽代役となったレオーネのフィリップ・アディスは、ちょっと声がさびしかったですね。
 この人たちは、基本的にコンサート形式の上演ということですのであまり大きな仕草などはしないのですが、自然な感情の発露としての動きはしっかりと見せていました。ただ、中には全く無表情で歌うことだけに専念している人も(特に日本人のキャスト)いたので、そういう人が逆に目立っていましたね。仮にもオペラ歌手なのでしょうから、もう少し「お芝居」をしてほしかったものです。
 あとは、ホール側のミスですが、字幕がとても見づらかったですね。オペラハウスで使う字幕マシーンではなく、ステージの後ろにたらしたシートにプロジェクターで投影していたのですが、その場所だから字が小さいし、色も薄いのでぼやけて見えました。それと、陰アナでとてもしつこく「指揮者がきちんとタクトを下してから拍手をしてください」と言ってましたが、これも余計なおせっかいですね。こんな注意は初めて聞いたので、吹き出してしまいましたよ。そもそも、音楽は指揮者が手を上げた時に終わるものだってありますからね。そんな指揮者だったら、腕を上げて「やった!」と思った瞬間に拍手が欲しいと思うんじゃないでしょうかね。彼は、拍手を受けるためには、それからおもむろに「タクトを下ろす」作業を行わなければいけないんでしょうね。実際にこの曲の最後に起こったそのような拍手は、なにかとても白々しいものに感じられてしまいました。というか、聴いた感動を表現するのまで、指図されるのは不愉快です。過剰なまでの撮影禁止は、ほとんどヒステリーですし。
 実は、私の隣に座っていた男は、演奏中に小さなノートを開いて、ペンでなにかを書き込んでいました。おそらく、演奏の感想をその場で事細かに記録しておいて、あとでブログかなんかにアップするのでしょう。まあ、別に他人の趣味に口出しをする気はありませんが、そんなことをやっていては、肝心の音楽が味わえなくなってしまうのではないでしょうかね。というか、はっきり言ってものすごく邪魔でした。拍手のタイミングを指示する暇があったら、「演奏中は、隣の方の迷惑になりますので、メモを取ることはおやめください」という案内こそ、やってほしいですね。
 ためしに、カーテンコールの前に席を立って、そのまま東京駅に向かってみました。銀座線を新橋で乗り換えて、ホールから20分で着いてしまいましたね。これだったら空いていれば楽々乗車変更も出来ましたね。これからは(そんな機会はありませんが)、最初からこの時間で取りましょう。というか、この最終の2つは日曜日はいつも満席、間にもう1便欲しいですね。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-27 21:01 | 禁断 | Comments(0)
MOZART/Requiem(ed. Dutron)
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Sophie Karthaüser(Sop), Marie-Claude Chappuis(Alt)
Maximillian Schmitt(ten), Johannes Weisser(Bar)
René Jacobs/
RIAS Kammerchor
Freiburger Barockorchester
HARMONIA MUNDI/HMM 902291


今までモーツァルトの多くのオペラを録音してきたルネ・ヤーコブスが、満を持して「レクイエム」の録音を行いました。この作品の場合、どんな楽譜を使うのかが気になるところですが、ここではフランスの若い作曲家ピエール=アンリ・デュトロンというヒノノニトンみたいな名前の人(それは「デュトロ」)の懇願を受けて、2016年に作られたばかりの彼の修復稿が使われています。それはヤーコブスによって2016年11月25日(ちょうど1年前!)に、パリで初演されました。それを、2017年7月にベルリンのテルデック・スタジオで録音したものが、このCDです。当然のことですが、この楽譜による世界初録音ですね。
この「デュトロン版」は、まだ出版はされていません。というか、出版する意思はないのではないでしょうか。スコアは作曲家のウェブサイトからだれでも直接ダウンロードできるようになっています。それは、彼のコメントによると「この新しいバージョンは、個人的、芸術的な興味から作ったもので、なんの報酬も得てはいない」からなのだそうです。
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そんなわけで、居ながらにして145ページに渡るスコアを入手することが出来ました。タイトルには「Requiem/Süssmayer Remade, 2016」とあります。そして、「前半はモーツァルトの自筆稿、後半はジュスマイヤーが作ったものに基づいている」、ともあります。ということは、あくまでもジュスマイヤー版をベースにして、それに少し手を加えたものなのでは、という印象は持つことでしょう。実際、代理店のインフォにも「ここでのデュトロンによる補完は(中略)ジュスマイヤーが残した版に敬意を払って行われたもので(中略)あくまでもジュスマイヤーの版を尊重しながら、彼が犯したオーケストレーション上の作法の間違いなどを修正し改善する、というところにあります。」と書かれていますからね。
これだけ読むと、それこそこのような新たな修復版の先鞭を切った「バイヤー版」(1971年)と同じようなコンセプトですね。確かに、バイヤー版ではジュスマイヤー版の尺はほとんど変わっておらず、オーケストレーションだけが変更されていました。しかし、このデュトロン版は、そんな穏やかなものではなく、ジュスマイヤーの仕事を完膚なきまでに改変してしまっていました。
一番かわいそうなのは、ジュスマイヤーが作ったとされる「Benedictus」です。これまでに作られていたどんな修復稿でも、この曲のイントロと、歌い出しがアルトのソロという部分は変えられることはなかったのに、ここではイントロはなんとも陳腐なフレーズに変わっていますし、歌い出しもソプラノとテノールのデュエットになっていますからね。それ以後の構成もガラリと変わっています。
個人的には、この「Benedictus」はジュスマイヤーの最高傑作、もしかしたらモーツァルトをしのぐほどの美しさが込められているのではないか、とさえ思っていますから、こんな風に無残に改竄されてしまったことに怒りさえ覚えます。ここには「ジュスマイヤー版に対する敬意」などというものは全く存在していません。先ほどの「Süssmayer Remade, 2016」というクレジットは、「2016年に、ジュスマイヤーに成り代わってこれからのスタンダードを作り上げた」という、不遜極まりない決意が込められてものなのだ、とは言えないでしょうか。それならそれで、「ジュスマイヤー」などという言葉は使わず、ストレートに「デュトロン版」と宣言すればいいものを。
ヤーコブスともあろう人が、なぜこんな「ヤクザ」な仕事に加担したのかは知る由もありませんが、彼がここで演奏しているものでは、さらにこのスコアから「改訂」されている部分も見受けられます。決定稿を完成させるには、演奏家とのうるわしい共同作業も欠かせませんね。その結果、これは「v3.09」ですから、アップデートされた「v3.10」も、いずれはネットで公開されることになるのでしょう。便利な世の中になったものです。

CD Artwork © Harmonia Mundi Musique S.A.S.

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by jurassic_oyaji | 2017-11-25 20:31 | 合唱 | Comments(0)
みんな歳を取りました
 確か、6月ごろにもコンサートをやっていた私の大学の合唱団のOBが、またコンサートを開きます。しかも同じ場所(萩ホール)で。年2回なんて、まるでニューフィルみたいなスケジュールですね。
 とは言っても、今回はメインはOBではなく、今の学生たちの合唱団です。第65回定期演奏会、というやつでした。これは年1回やっているコンサートですから、64年前から行われている行事だということになります。すごいですね。私が団員だったころは、たしか20何回目でしたからね。その頃は100人近くのメンバーがいたはずですが、今では20人にも満たない少人数になってしまいました。男声って人気がないんでしょうね。オトコばっかりですから。
 それっぽっちのメンバーでは、とてもフルステージは大変だろうということで、全国からOBが駆けつけて現役団員との合同のステージを作ることになっていたのでした。さらに、もう1団体、やはりOBが中心になって作られた市民合唱団も加わります。なかなかヴァラエティに富んだ構成ですね。
 萩ホールといえば、最近ニューフィルも使ったところです。あの時には、正規の駐車場が満車になってしまい、ホールの前の空き地まで使って停めてもらってもまだ入りきらない車があったそうなので、そんな目には遭わないように早めに行ってみました。でも、結局開場時間になってもまだ空きがあるという状態でしたね。私が聴きに来て、こんなに人が集まらなかったのは初めてですね。ですから、中に入って2階席に行こうと思ったら、柵があって入れないようになっていました。あえて2階はふさいで、1階を満席にしようということなのでしょうか(あとで気が付いたのですが、どうやらここは、出番ではない出演者が座っている場所だったみたいですね)。
 最初は現役だけのステージ。でも、よく見るととても現役には見えない人が一人混じっています。これは、私の3年下のOB。大学の職員で、この合唱団の指揮もしている人なので、トラで出演していたのでしょう。そのせいもあってか、人数の割には声が出ていたようですね。日本民謡を歌っていましたが、間宮のコンポの6番を暗譜で歌っていたのには驚きました。
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 次が、たびたび外国公演も行っているという市民合唱団です。指揮が、やはりOBの大御所、以前、このホールでヴェルディの「レクイエム」を指揮された方です。情熱を込めて歌わせることにかけては定評のある方ですから、メンバーからの熱い思いは痛いほど伝わってくる演奏でした。
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 そして、OBと現役との合同ステージで、6月にも歌っていたタダタケの「富士山」です。顔触れを見ると、しばらくこういうところには参加されてはいなかった大先輩の顔も見えたり、私の1年下で、東京の合唱団に入れ替わりで入ったので結局一緒に歌うことはできなかった人も見つけることが出来ました。ほぼ全員暗譜で、安心して聴いていられる演奏でしたね。
 6月に来た時も、泣き出した子供を外に連れ出すこともせずにほったらかしていた母親がいましたが、今回もそんな状況が起きていたのには参りましたね。こうなると、陰アナでケータイの電源を切る事を促すと同時に、「お子さんが泣き出したら、直ちに外へ連れ出してください」と言わなければいけないようになってしまうのでしょうか。それはあまりに悲しすぎます。
 ホールに入って客席に座った時に、すぐ後ろにいた別の合唱団のOBに、「出てないの?」と言われたり、トイレに行った時にすれ違った東京のOBに「はやく復帰してよ」と言われたりと、何かとこの合唱団のOBとして出演するのが当然みたいに見られている私ですが、しばらくは一緒に歌うことはないでしょうね。いや、一時期、オケと合唱を掛け持ちしていたことは確かにありましたが、今ではよくあんなことをやれたな、と思っていますからね。空いた時間があれば、フルートを吹くことに使いたいなと、切に思っている今日この頃です。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-24 21:56 | 禁断 | Comments(0)
GERSHWIN
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Claron McFadden(Sop)
Bart van Caenegem(Pf)
Jos van Immerseel/
Anima Eterna Brugge
ALPHA/ALPHA 289


1987年にベルギーのフォルテピアノ奏者のインマゼールによって創設されたバロック・オーケストラ「アニマ・エレルナ」は、ピリオド楽器によるアンサンブルとしてモーツァルトの全ピアノ協奏曲を録音(CHANNEL)するなどして、広く注目されるようになりました。後にインマゼールは指揮者としてこのアンサンブルを指揮して、20世紀初頭の音楽までもピリオド楽器で演奏して、さらに別の意味での注目を集めることになります。2010年には、本拠地をブリュッヘ(ブリュージュ)に移して、名称も「アニマ・エレルナ・ブリュッヘ」と変え、現在では、この街にある「コンセルトヘボウ・ブリュッヘ」のオーケストラ・イン・レジデンスとして、このホールで定期的にコンサートを行っています。そして、それをライブ録音したものをアルバムとしてリリースしています。
今回も、もちろんこのホールでのライブ録音ですが、ここではなんとアメリカの作曲家ガーシュウィンが取り上げてられていましたよ。たしかに、ガーシュウィンといえばラヴェルあたりと同じ時代を生きた作曲家ですから、もはや「ピリオド」の領域には入っていますが、なんかジャンル的にインマゼールの立ち位置とはちょっと距離があるような気がするんですけど、どんなものでしょう。
プログラムは、まさに「名曲」のオンパレードでした。オーケストラ曲はオペラ「ポーギーとべス」からのナンバーを組曲にした「キャトフィッシュ・ロー(なまず横丁)」、「パリのアメリカ人」、そして「ラプソディ・イン・ブルー」の3曲、そこにソプラノのクラロン・マクファーディンが歌うミュージカル・ナンバーが、加わります。
そのコンサートの写真がブックレットに載っていますが、そのマクファーデンのステージでは弦楽器は下手からファースト・ヴァイオリン、セカンド・ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラという並びなのですが、コントラバスだけ下手と上手の両端に半分ずつ分かれて配置されています。その上手のコントラバスの前にはサックスが3人います。さらに特徴的なのが、チューバのパートでは「スーザホン」が使われていることです。歌のうまいデブのおばちゃん(それは「スーザンボイル」)ではなく、例のマーチ王のスーザが考案したとされる、チューバの朝顔を前に向け、奏者は楽器を体に巻きつけて演奏するような不思議な形の楽器です。今ではほとんどプラスティック製になっていますが、ここで使われているのはオリジナルの真鍮製、これも「ピリオド」楽器なのでしょう。
これが「ラプソディ・イン・ブルー」になると、サックスが指揮者のすぐ前に座っていて、弦楽器は下手だけになっています。ですからこれは、現在のフル・オーケストラ・バージョンではなく、1924年に初演された時の「ジャズ・バンド・バージョン」なのです。ご存知のように、ガーシュウィンが作ったのは2台のピアノのための楽譜だけで、それを初演者のポール・ホワイトマンのバンドの編成に合わせて編曲したのはファーディ・グローフェです。その後、グローフェはフル・オーケストラのための編曲も行っています。
なんでも、現在はミシガン大学でガーシュウィンのクリティカル・エディションの編纂が進行中なのだそうですが、インマゼールたちもそこと共同作業を行っていて、このコンサートでは「ラプソディ」と「パリのアメリカ人」は、2017年に出来たばかりの新しい校訂版が使われているのです。さすがインマゼール、ここでしっかり彼なりのこだわりを見せてくれました。
ですから、もちろんその楽譜を使ったものとしては世界初録音になるわけです。とは言っても、この初演稿による演奏自体は昔から何種類もリリースされています。直近では2006年に録音されたものなどでしょうか。でも、ここでピアニストのバルト・ファン・クラーネヘムが弾いている1906年に作られたというスタインウェイのまろやかな音は、一聴の価値はあります。

CD Artwork © Outhere Music France

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by jurassic_oyaji | 2017-11-23 20:39 | オーケストラ | Comments(0)
フライングになるところでした
 今回の「かいほうげん」、新田さんからの返事を見て、それに団長のいつもの思考パターンを加味すれば、ニルセンの「交響曲第4番」に決まるのは100パーセント間違いないと思って、第1面にはその情報をでかでかと掲載して、印刷を終わりました。スコアまで買ってしまいましたよ。
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 とは言っても、何が起こるか分からないのが世の中ですからひょっとしたら、印刷した70部がすべて資源ゴミになってしまうかもしれないという覚悟は持っていたのですが、そんな心配は全く無用でした。私の予想通り、休憩時間に開かれた技術委員会では、団長は「ニルセン以外には考えられない。もし他を選ぶのなら、新田さんを納得させるだけの理由を挙げてほしい」とまで言ってましたから、それに逆らえる人などいるわけがありません。まあ、正論なんですけどね。
 ということで、「かいほうげん」は予定通りに発行できることになり、オケとしてはこの「不滅」というか「消しがたきもの」の前に演奏する曲を決めるという段階に進むことになるのです。でも、そうなるとなかなかいい曲が浮かびませんね。とりあえず思いついたのは、同じ作曲家のフルート協奏曲です。この間はエルガーのチェロ協奏曲で仙台フィルの人をお願いしましたから、フルートだってたぶん吹ける方がいるでしょうからね。と思って、スコアを調べてみたら(エルガーの作品は、全集版が簡単に見られるようになっています)、なんとも変わった楽器編成だと分かりました。いや、ソロの楽譜は持ってるし、前から曲だけは何度も聴いていたので、ちょっと普通の編成ではないな、という気はしていたのですが、始めてスコアを見てみると、オーケストラのパートにはフルートが入っていなんですよね。木管はオーボエ、クラリネット、ファゴットが2本ずつ、金管はホルン2本とバストロンボーンしかいません。それで、オケのクラリネットもかなり難しそうなので、ちょっと現実的ではないことが分かりました。そもそも、ソリストが来ない時の代吹きは誰かがやらなければいけないのでしょうが、とても私には吹けませんし。
 まあ、それは無理でも、今まで吹ける気がしなかったものがきちんと吹けるようになるのはとてもうれしいことですね。今やっている「第9」のピッコロがまさにそんな感じ。実際に何度も本番はやっていても、一度としてちゃんと吹けたことはなく、これを納得できるぐらいに吹けるようになるのはある意味「夢」だったのですが、楽器との相性が合ってきただけで、何の苦労もなく最後まで吹けるようになっていましたからね。高音のHが楽々鳴ってくれるのは殆ど快感です。
 ただ、私の場合、調子が良いと浮かれていると、バッタリ鳴らなくなってしまうことがあるので、用心は必要です。というか、楽器に限らず、裏切られた時に落ち込まないように、極力「こんな幸せは長くは続かないぞ」というスタンスをとるようにしていますけどね。なにごとも過度の期待を持たなければ、幸せに生きていけます。
 ですから、新しくしたブルーレイ・レコーダーにアナログ出力が付いていないことが分かって、とりあえず音だけは出したいためにAVアンプを買った時も、せっかくサラウンドが聴ける機能があるのだからと設定をしてみたら、全然音が出なかった時でも、「まあ、こんなこともあるさ」みたいに悠長に構えていたら、最終的にはきっちりサラウンドになる設定が分かりましたからね。これなんかは、信じて待っていれば相手の方から歩み寄ってくれる、みたいな感じでしょうかね。
 ただ、そうなった時にまた新たな疑問が湧いてきました。再生中のモードを表示できるようになったのですが、そこで、サラウンドだと「AAC 5.1 48kHz」みたいな表示なのですが、2チャンネルだと「PCM 2ch 96kHz」と表示されるんですよね。デジタル放送の音声はAACだったはずなのに、これはいったいどういうことなんでしょう?しかも96kHz。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-22 22:31 | 禁断 | Comments(0)
Silver Voice
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Kathrine Bryan(Fl)
Bramwell Tovey/
Orchestra of Opera North
Chandos/CHSA 5211(hybrid SACD)


ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席フルート奏者であるキャスリン・ブライアンは、そのオーケストラと頻繁に録音を行っているスコットランドのレーベル「LINN」とこれまでに3枚のアルバムを作ってきましたが、今回はレーベルが「CHANDOS」に変わっていました。当然、エンジニアも今までのフィリップ・ホッブスからラルフ・カズンズになったのでフルートのサウンドもずいぶん変わりました。LINNでは息遣いまで生々しく聴こえていたものが、CHANDOSではもっとソフトで暖かいものになっているようです。ブックレットにカズンズがソリストのためのサブ・マイクのセッティングをしている写真がありますが、それを見るとフルーティストの前ではなく後ろにマイクが立っています。確かに、これだと刺激的な息音は避けて、フルートの響きだけをうまく録音できるのかもしれませんね。
それと、彼女のアルバムは今までずっとSACDでしたが、最近LINNはSACDからは撤退していますから、もしかしたら、SACDで出したかったので、CHANDOSに移籍したのかもしれませんね。
しかし、アルバムのコンセプトは、LINNでの最後のアルバムのタイトルが「Silver Bow」と、ヴァイオリンのレパートリーをフルートで吹いていたのですが、今回は「Silver Voice」で、「声」で歌われるオペラ・アリアをフルートで演奏するという、ほぼ同じものになっています。
ただ、全部がオペラ・アリアでは、いくらなんでもフルーティストのアルバムとしては物足りないということで、最初と最後ではオペラの中のメロディを集めてフルートのために編曲した「ポプリ」が演奏されています。その、最初のものはモーツァルトの「魔笛」。ロバート・ヤンセンスが編曲したものですが、いきなり序曲から始まるのは意味不明(ナンセンス)。その後には、お馴染みのナンバーが次々に現れます。このオペラの中で大活躍しているオリジナルのフルート・ソロもそのまま使われていますね。
そして、そのあとには普通のオペラ・アリアが9曲並びます。中には、ガーシュウィンの「サマータイム」のような渋い歌もありますね。ただ、やはりフルートで吹いて映えるのは、しっとり歌い上げる曲よりは軽やかで華々しい曲の方でしょうね。ですから、この中ではグノーの「ファウスト」からの「宝石の歌」や、「ロメオとジュリエット」の「私は夢に生きたい」あたりが彼女の場合は最も成功しているのではないでしょうか。
いや、しっとり系、たとえばプッチーニの「私のお父さん」とか「ある晴れた日に」でも、磨き抜かれた高音でとても美しく歌われてはいます。でも、何かが足りません。それは、前作のヴァイオリン編で引き合いに出したゴールウェイと比較すると分かってきます。ゴールウェイは、フレーズの最後まできっちり輝かしい音で歌いきっているのに、彼女は最後の最後ではとても遠慮がちに音を処理しているのですね。確かに、この方が「上品な」歌い方にはなるのでしょうが、フルートでは全然物足りません。それと、モーツァルトの「フィガロの結婚」の中の伯爵夫人のアリア「楽しい思い出はどこに」などでは、ピッチがかなり悪いのが目立ちます。
最後の曲は、フルーティストのレパートリーとして定着しているフランソワ・ボルヌが作ったビゼーの「カルメン」のポプリです。オリジナルはピアノ伴奏ですが、ここではイタリアのアレンジャー/指揮者のジャンカルロ・キアラメッロの手になるぶっ飛んだ編曲でのオーケストラ伴奏を聴くことが出来ます。これは、打楽器を多用して、まるでシチェドリンが作った「カルメン組曲」のような「現代的」なサウンドが発揮されていますし、オーケストラの対旋律も、意表を突くようなメロディが使われていたりします。
そんな中で、キャスリンはとても伸び伸びとフルートの妙技を披露してくれています。爽快感という点だけでは、ゴールウェイに勝っているでしょうか。

SACD Artwork © Chandos Records Ltd

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by jurassic_oyaji | 2017-11-21 23:04 | フルート | Comments(0)
やっと、全ソースがサラウンドで聴けるようになりました
 ついに雪も降ってきたので、秋ももう終わりですね。でも、今年はまだ栗ごはんを食べていないので、スーパーで栗を1袋買ってきました。そこで、まずは私の仕事の「皮むき」が始まります。去年もやったことがあるので、要領は分かっています。外の固い皮は簡単に剥けますが、面倒くさいのはその中の渋皮ですね。これはもう根気よく剥がしていくしかありません。でも、しばらくそんなことをやっていたら、こんな風に全部皮が剥けました。
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 ここまでできれば、あとは愚妻に任せるだけですので、私は一人で練習に行ってきます。とは言っても、オケの合奏ではなく、いつものパフォーマンス広場での個人練習です。ですから、その前に、その近くにある行きつけの鳥料理屋さんでお昼ご飯を食べましょう。
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 南光台にあるこのお店は、結構有名なのですが、ネットでの評価だと「愛想が悪い」というのがたくさん見つかります。確かに、ここでは店員さんが3人いて、一人は調理専門ですが、あとの2人、おそらく親子の女性が揃いも揃ってとてもおとなしいのですよ。別に私は気にならないのですが、食べ物屋さんの店員さんは元気がいいものだと決めつけているネット住人にとっては、あんまり評判はよくなくなるのでしょうね。でも、長いことここに通っていると、店員さんは私たちが何を注文するか分かって来たようです。私が2人分まとめて注文すると、出来上がった料理は間違いなくそれぞれの前の置かれていましたからね。
 最近は、今日みたいに私一人で行くことが多いのですが、もう席に着くなり「定食でよろしいですね?」と聞いてきます。もう、すっかり私は常連さんと認識されているんですね。なんだかうれしくなってしまいます。それこそ、何も言わなくても「いつもの、お願い」というだけで通じるような飲み屋のノリですね。余談ですが、自分では常連だと思って「いつもの」と注文しても、お店の人はそこまでの親密さを持っていなかった場合、自分の思っていたものと別のものが出てきた時に、そのお客さんはどういう態度をとるのが正解なのでしょうね。まあ、プライドがあるので絶対に「これは違う」とは言えないはずですから、間違っていたものでもさもそれが注文したものであるかのように「うん、ありがとう」と受け取るのが、店員にバカにされない対応ですね。いや、その前にすでにバカにされていますが。
 そのあと、たっぷり2時間マーラーのフルートや、「第9」などのピッコロをみっちりさらって、帰ってきたら録画してあった「オケ老人!」を見てみました。映画館で見た時には原作とのあまりの違いにちょっと不満でしたが、改めてみてみるとそれなりに完成されたものに見えてきます。ただ、相変わらずサラウンド放送のはずなのにさっぱりリア・スピーカーから音が出ないのが気になります。
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 そうなんですよ。先週、小さいスピーカーを買ってきて、サラウンドのリア・スピーカーとして配線を行ったのですが、BD-ROMではしっかりサラウンドが体験できるのに、放送のソースでは最初は確かにそれぞれのチャンネルの音が出ていたのに、いつのまにかリアが全く出てこなくなってしまっていたのです。ROMでは問題がないので、これはアンプではなくレコーダーのトラブルだと、まず思いましたから、他のレコーダーやプレーヤーをHDMIでつないで試したみたのですが、プレーヤーの音声設定をいくら変えても、一向にリアが出てこないんですよ。もう何が原因なのか分からなくなって、そもそものアンテナ入力まで疑ってみました。我が家はマンションにCATVが引いてあって、契約していない人でもそこからスルーでBSや地デジのアンテナ端子につなげるようになっています。そこで、その会社に電話してみたら、対応した人はいったい何のことだかわからないようで、何度もあちこち調べていたようですが、結局「アンテナに問題はありません」とヤケになってましたね。
 ところが、その「オケ老人!」を見ている時に、アンプの前を見ていたら、前になんだかわからなくてちょっと触ってみたスイッチがあることに気が付いたので、そこをあれこれいじってみたら、なんと、音がリアからも出てくるようになったではありませんか。これだったんですね。1週間かかって、やっとまともな設定が見つかりましたよ。これで、めでたく放送のソースでもしっかりサラウンドが体験できるようになりました。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-19 21:05 | 禁断 | Comments(0)