おやぢの部屋2
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クーラウの「妖精の丘」
 定期演奏会が終わっても、ニューフィルの活動は続きます。今週こそはお休みでしたが来週の火曜日にはもう普通に練習が始まりますからね。そこでやるのが、おそらくほとんどの人が弾いたことがないと思われるニルセンの交響曲ですよ。下手をしたら「弾いたことがない」だけではなく「聴いたことがない」という人さえいるでしょうからね。
 私の場合はさすがに聴いたことはありましたが、もちろん演奏するのは初めてです。ですから、渡されたパート譜をまずはしっかりさらっておかなければいけませんね。その最初の練習の時には、おそらく他の人たちもしっかり譜読みをしてきているはずですからきっと1回で通ってしまうでしょう。そんな中で弾けなくて取り残されるなんて最悪ですからね。
 と思って譜読みを始めてみましたが、私の場合は今回は3番フルートでピッコロ持ち替えというポジションですから、意外と楽。2回ぐらい全部通して吹いてみたらそんなに大変なところはないことが分かってしまいました。この間のニューフィルのエルガーなんかは、いつまで経っても全体像がつかめなくて大変だったのに、こんなに簡単に出来てしまうのは、私のスキルが上がったせいではないはず、本当にあまり「ヘン」なことをやっていないので、きちんと読みさえすればすぐにできるようになってしまうからなのでしょう。ですから、その「きちんと読む」というのが大事なんでしょうね。確かにちょっと変わったシンコペーションとかがありますから、いい加減に数えていたのではいつまでかかってもマスターできないでしょうね。ただ、休みが異常に長いので、それを数えてきちんと入るのがちょっと大変そうな気はします。
 あとは、なにかとっかかりがあると、親しみがわいてやる気になってくることってありますよね。エルガーの時はそれが「ダースベイダーのテーマ」でしたが、今回のニルセンは「そだね~」です。
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 これは1番の譜面ですが、第3楽章(実際は切れ目なく全曲を演奏するようになっています)に相当する部分でフルートがソロで「そだね~」と言ってますよ。これがもうちょっと先に行くと、
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 もう「そだね、そだね、そだね・・・」のオンパレード。ここはちょっといやかも。というか、ピッコロの場合はこういうところはありませんから。
 譜読みが結構進んだので、スコアもちゃんと読んでみようと思って読み始めたら、なんだかピッコロに吹いたことのないような部分があるのに気が付きました。パート譜と見比べると、スコアでは「Piccolo」と指定されているところが、パート譜では「Fl. grande」になっているではありませんか。このパート譜は手書きですから、写譜屋さんが間違えたのですね。早く気が付いてよかったです。あるいは、知らないふりをしてパート譜の通りにフルートを吹いてみて、練習指揮者がそれに気が付くかどうか試す、という手もありますね。やりませんけど。
 ニルセンを演奏する定期では、北欧特集で序曲にはデンマークの作曲家の、これこそ絶対に誰も演奏したことがない曲が決まっています。それも一緒に譜読みをする前に小節番号を入れておこうと、ちゃんと調べてくれた人がいたのでそれを元に数え始めたら、なんだかどう数えてもその資料と合わないところが出てきました。資料では練習記号事の小節番号が書いてあるのですが、その「D」だけが1小節違うんですよね。
 それは、やはりピッコロのパート譜でしたが、2番フルートのパート譜だときちんと資料通りのところにあります。ですから、これも写譜屋さんが記号の場所を間違えたんですね。それだけではなく、1番フルートのパート譜だと、それは30小節近く前に付いてましたよ。長いことオーケストラをやってますが、これほどいい加減なパート譜は初めてです。
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by jurassic_oyaji | 2018-04-20 21:15 | 禁断 | Comments(0)
REICH/Drumming
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Colin Currie Group
Synagy Vocals
COLIN CURIE RECORDS/CCR0001


スティーヴ・ライヒのごく初期、1971年に作られた「ドラミング」の最新録音です。足の長い鳥ではありません(それは「フラミンゴ」)。この曲は、1974年にライヒ自身も加わったアンサンブルによって録音されていましたね。
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もちろん、まだCDは出来ていなかった頃ですから、これは、他の2作品とカップリングされて、LP3枚組のボックスとしてリリースされていました。レーベルが、そのような「現代音楽」とは無縁のように思われていたドイツ・グラモフォンだったのがとても意外だった思い出があります。
これはその後同じ曲目で2枚組のCDとしてリイシューされましたが、その時もこの「ドラミング」は1枚には収まらず、4つのパートの中の最後の1つが2枚目のCDに入っていました。しかし、今回は全曲が1枚のCDに収まっていました。かつては1時間半かかっていたものが今回は1時間弱にまで短くなっていたのです。
それは、この曲の演奏のされ方を考えれば納得できます。これがこの曲の基本的なリズムパターンです。
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ご存知のように、これは「ミニマル・ミュージック」の黎明期のもの。全ての演奏者が、このリズム全体、あるいは一部をそれぞれの楽器に応じたピッチや音色で演奏するだけなのですが、その際にほんの少しずつ他の人とはズレて演奏することによって、音の間に新たな音が生まれます。その結果、一人一人は全く同じリズムで叩いたり歌ったりしているだけなのに、時間とともにとても多彩で複雑なリズムパターンが現れることになります。そして、その時の「ズレ」のタイミングは演奏者に任されていますから、かなり自由度が高くなり、その結果演奏時間も大幅に変わってしまうことになるのです。
「ドラミング」というタイトル通り、ここでは最初に「調律されたドラム」が登場します。実際には「ボンゴ」と呼ばれる2つの小さな太鼓がペアになった楽器ですが、それがきちんと「gis-h」と「ais-cis」とに「調律」されたものが2組ずつ使われています。ただ、それだけが使われるのは、4つのパートに分かれているこの曲の最初のパートだけです。ここでは、4人の打楽器奏者が全部で8個の「ドラム」を叩きます。
「パート2」になると、「ドラム」はなくなって9人の打楽器奏者が演奏する3台のマリンバと2人のヴォーカルが登場します。「パート3」では3人の打楽器奏者による3台のグロッケンシュピールと2人のヴォーカリストによる口笛、そこにピッコロが加わります。「パート4」ではすべての楽器が12人の演奏者によって演奏されます。
これらの「パート」は、続けて演奏されるので、その変わり目は前の楽器に次の楽器が重なってきて、いつの間にか変わっている、という状態になります。そのような「いつの間にか」という感覚が、この曲の場合は重要になってくるのですが、これが最初にLPでリリースされた時には、2枚のそれぞれA面とB面に1パートずつ収録されていたために、その切れ目では一旦演奏を止めて盤を交換しなければいけませんでした(その変わり目はフェイド・アウトとフェイド・インになっていました)。これでは、せっかくのライヒの目論見が台無しですね。
それがCDになった時も、その演奏では1枚には収まらなかったので、「パート3」と「パート4」 の間で止めなければいけませんでした。それがやっと、中断なしに全曲を聴くことが出来るようになったのですね。それが今回のCDの最大の利点です。
もちろん、それだけではなく、40年以上の時間が経って世の中が全く変わってしまえば、演奏自体が大きく変わってしまうのは当然のことです。かつて、ひたすらパルスを生み出すことに専念していたストイックさはここでは姿をひそめ、内から湧き出るエクスプレッションに満ちていると感じられるのは、そんな一例です。「ミニマル」は、コリン・カリーによって確かな「変貌」を遂げていました。
第4部の途中で「食べてなかった」と聴こえるのが面白いですね。

CD Artwork © Colin Curie

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by jurassic_oyaji | 2018-04-19 21:35 | 現代音楽 | Comments(0)
フルートは間に合いました
 前回の「禁断」で、「左右のチャンネルが逆だったのは2ヶ所」と書いてしまったのですが、よく考えてみたら前回の萩ホールの時も逆だったんですね。いくらなんでも3ヵ所連続はないだろうと思っていたのですが、実際はそんなものすごいことが起こっていたのでした。ですから、そこはしっかり「3ヵ所に」直しておきましたよ。もっと言うと、「3ヵ所で」になるんですけどね。つまり、「禁断」の場合「ジュラシック」の中の「禁断」とその「ばっくなんばあ」、そして、ブログ・バージョン(これが、Facebookにリンクされています)の3ヵ所、それぞれ別のサーバーに同じものがアップされているので、それを全部直さないといけないのですよ。
 そして、今回の、正常のチャンネル設定で録音されていた録音をやっと全部チェックし終えたところです。確かにレベルを少し下げてもらったので、ほぼ完璧に録音されていましたが、やはりそれでも対応できずにそれこそ「3ヵ所」ほど入力オーバーで歪んでいたところがありましたね。まあ、普通は気が付かないほどのわずかな歪みですが。おそらく、CDになって届くのは別系統で録音したものでしょうから、そこでどうなっているのか、楽しみです。
 前回は録音のことを書いただけで容量をオーバーしてしまいましたので、改めてリハーサルや本番、そして打ち上げのことも書いてみましょうね。まずは前日のリハーサル。その日は2時に集合してステージの設営、3時にリハーサル開始という予定でした。私は、できればその前にこのホールの事務室に行って預けてあったチケットの引き取りを行いたかったので、2時前には着けるように家を出ます。荷物もあるので車、この時間だったらホールの裏にある駐車場はまだ空いているでしょうし。
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 ところが、その駐車場は満車でした(写真はストリートビュー)。なんせ午後7時までは最高1000円ですからなかなか空かないでしょうね。それでも少し待ってみましたが車が出る気配は全くないので、別のところを探しに行きましょう。そうしたら、6時までなら最高900円というのが見つかりました。リハは遅くとも6時には終わるでしょうから、ここにしましょう。
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 まずチケットの精算をしたら、火曜日に追加した10枚のチケットのうち7枚が売れてましたね。そのあと、最初のトラブルが発生。なんでも列車事故の影響で末廣さんが予定の新幹線に乗ることが出来ず、到着が3時半過ぎになるというのですよ。リハ開始は予定の1時間後ぐらいになるでしょうか。仕方がありませんね。その間に、私は録音のセッティングをやっていたのですが、そこでこの前書いたように2つ目のトラブル、録音用のケーブル不良という事態が発生していましたね。結局終わったのは7時半、でも、駐車料金は1000円で済みました。
 本番の日には3つ目のトラブル。この日のリハは軽く流す程度だったので、1曲目はかなり早く終わってしまったのですが、そのために2曲目に乗る人がまだホールに来ていませんでした。だったら、3曲目の曲を先にやるという手もあったのですが、そちらもまだメンバーが来ていないという最悪の状態。気まずい空気が流れます。まあ、なまじ確定的な時間を流してしまったのがまずかったのでしょうね。というか、出番の有無に関わらず最初から来ているというのが理想的なんでしょうけどね。
 それでも、お客さんはほぼ満席、本番は滞りなく済みました。というか、こんな何回もやった曲で問題があったりしたらどうしようもないですよね。
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 打ち上げでは、末廣さんは珍しく今回の演奏を褒めてくれました。その分、過去の演奏には手厳しい批評も。なんたって、20年以上前の最初にニューフィルに来た時の感想が「ぼろ雑巾のようだった」ですからね。そんな古い話が出たのは、この前の指揮者練習で新聞社の人にインタビューを受けた時に、そういう昔のことを聞かれたからなのだそうです。でも、おそらくそれは、その記者の方に私が送った企画書にそのようなことを書いてあったので、それについて聞いていたのではないか、という気がします。つまり、「ぼろ雑巾」発言の元凶は私だったのですよ。
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by jurassic_oyaji | 2018-04-18 22:04 | 禁断 | Comments(0)
GADE/Sinfonie Nr.3, Mendelssohn/Reformations Sinfonie
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Julia Sophie Wagner(Sop)
Martin Petzold(Ten)
Gregor Meyer/
Gewandhaus Chor, camerata lipsiensis
QUERSTAND/VKJK 1712


メンデルスゾーンの「宗教改革交響曲」がメインのアルバムです。そのように書いてあるだけで、どこにも「交響曲第5番」という表記がありません。その代わりに「MWV N 15」という作成年代に忠実な表記を採用しているだけではなく、ライナーノーツでは「『5番』という番号は誤解を招く」とまで言い切っているのは商品CDとしては画期的。爽快ですらあります(そうかい)。
さらに、この録音にはもう一つサプライズがあって、2017年が宗教改革の500年記念に当たるということで、それに向けて新たに作られた楽譜が用いられています。それはトルステン・シュテルツィクという人によって編曲されたものでした。彼は1963年に生まれたオルガニストで教会音楽の指揮者なのですが、作曲にも興味があって2012年にこの編曲を完成させ、それが2016年にブライトコプフ&ヘルテルから出版されています。
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この楽譜は、第3楽章と第4楽章だけのヴォーカル・スコアです。彼が行った「編曲」は、元の楽譜(もちろん、現行の「第2稿」)のオーケストレーションは変えることなく、そこにソプラノとテノールのソロと、合唱を加えることでした。その際に、ほんの少し声楽の出番を増やすためにそれぞれの楽章でリピートを設けています。
具体的には、第3楽章ではまずソプラノのソロでファースト・ヴァイオリンによるあの切ないメロディが詩篇46「神はわたしたちの避けどころ」の歌詞で歌われます。それはやがてオーケストラにはないメロディも用いられ、練習記号「A」(33小節目)の前からリピートして頭に戻り、今度はテノールとソプラノのデュエットになります。
そして、この楽章の最後の3小節をカットして、すぐに第4楽章に入りますが、本来はフルートのどソロで始まるところに合唱が加わって、ルターの「神はわが櫓」を歌い始めます。それが24小節続いたところでまた頭に戻り、今度は声楽なしのオリジナルの形で繰り返されます。それはそのまま次のAllegro vivaceへと続き、そこからは合唱とソリストたちがオーケストラのどこかの声部をなぞって、常に賑やかに歌い上げるということになります。
これは、なかなか楽しいアイディアですね。第3楽章のテーマなどは、それこそ歌謡曲(昭和歌謡?)にそのまま使えてしまえそうなキャッチーなメロディですから、それを実際に歌手が歌ったって何の違和感もありません。第4楽章はそもそもコラールが元ネタなのですから、それが合唱で歌われれば、さらにその意味がはっきり伝わってきます。楽譜も簡単に手に入りますし、これからはこの形の演奏があちこちで聴かれるのではないでしょうか。この楽譜はオルガンと声楽のためのリダクションですので、その編成だったらなおさら簡単に演奏できるでしょうね。
このCDでは、ピリオド楽器のオーケストラが演奏しています。弦は8.8.6.4.2という小編成なので、とても細やかなアンサンブルが楽しめます。第1楽章では、ワーグナーの「パルジファル」でも使われる「ドレスデン・アーメン」でのガット弦のピアニシモは絶品です。第2楽章の木管のアンサンブルも完璧、とても颯爽としています。
そして、後半の楽章では、声楽が入るところでは見事に溶け合い、オーケストラだけのところとの対比をきっちり聴かせてくれています。
これだけだと30分もかからずに終わってしまいますから、カップリングでメンデルスゾーンとはとても深い関係のあったデンマークの作曲家、ニルス・ゲーゼの「交響曲第3番」が演奏されています。この曲は以前聴いたことがありましたが、それとはまるで別の曲かと思えるほどのアプローチの違いがありました。何よりテンポがとても速いので、メンデルスゾーンとの関連性がよりくっきりと伝わってきます。第4楽章などは「イタリア」の第1楽章や第4楽章の精神が見え隠れするようです。

CD Artwork © querstand

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by jurassic_oyaji | 2018-04-17 21:00 | オーケストラ | Comments(0)
写真も200枚以上撮りました
 ニューフィルの定期演奏会がきのう終わりました。ですから、ここは本当はきのう更新しなければいけなかったのですが、夕べはまずは公式サイトとかFacebookページの更新を優先させていました。それともう一つ、いつものようにホールでステージの上のマイクからの入力をもらって私がハイレゾで録音した音源もアップしておきました。ただ、サイズがとても大きく、全曲で2.7ギガあったので、それをアップロードするのにかなり時間がかかってしまいましたね。これは、WIFIだと遅いので、ルーターに直結して送ったら早いはず、と思ったのですが、あまり変わらなかったですね。この前やった時はすぐに送れたのに。ですから、それ以降の作業も遅れてしまいました。
 その録音なのですが、最近名取市文化会館と戦災復興記念館、さらには萩ホールという3つのホールで同じようにそのホールで用意してくれたケーブルを使って録音したものが、ことごとく左右のチャンネルが逆だった、という信じられないようなことがあったので、これはもしかしたら私のレコーダー自体に問題があるのではないか、という疑惑もささやかれていました。ですから、今回は徹底的にそこだけはチェックしておこうと思っていましたね。
 今回の会場は東京エレクトロンホール仙台、つまり県民会館で、前日から借りていました。普通は録音のセッティングは当日にならないとやらないので、この日は必要ないかなとも思ったのですが、一応レコーダーだけは持って行ってみました。ただ、ヘッドフォンは邪魔になるので、当日だけにしようと家に置いておきました。そうしたら、もうホールではしっかりマイクもセット済みでケーブルの用意が出来ていて、レベルのチェックをしてほしいと言われてしまいましたね。なんと言う手際の良さ。名取あたりでは絶対に考えられません。ですから、さっそくレコーダーをつないで、メーターだけでもチェックしようと思ったのですが、左右のチャンネルのチェックだとヘッドフォンがないとちょっと無理です。そこで、きちんと私に自己紹介してくれたスタッフのSさんにおそるおそる「ヘッドフォン、貸していただけませんか?」ときいてみました。そしたら、すぐにバイヤーのヘッドフォンを持ってきてくれましたよ。ありがたいですね。
 それでモニターを始めてみると、チャンネルは全く問題ないようでした。ただ、たまに右チャンネルの信号が切れることがあることを発見、すぐにSさんに見てもらったら、彼女もそれを確認して、新しいケーブルと交換してくれましたよ。本当にオロオロして「申し訳ありませんでした」とまで言ってくれましたよ。いえいえ、そこまでやってくれたのなら、何の文句もありませんよ。でも、前の日にこれに気づいてよかったですね。本番当日にこんなことがあったら、どうなっていたことか。
 その時に、元のレベルを調節するために、彼女はタブレットを持ってきました。上の方にあるコントロール・ルームのコンソールの操作を、こんなところで出来るようになっているんですね。確か、前回同じことをやった時には、実際に上まで行って操作していたはずですが、機材が変わったのでしょうか。とりあえずその時は問題はなかったので、そのレベルは変えないでおいてもらって、こちらのレコーダーで調整することにしました。
 そこで、リハーサルを録音したものを家で聴いてみると、なんかものすごくいい音に録れていましたね。特に弦楽器の輝きが素晴らしいです。いつの間にニューフィルってこんなに素敵な音が出せるようになっていたのでしょう。ただ、録音レベルはちょっと高めだったようで、一応コンプレッサーのようなものをかけてはいたのですが、それでも入力オーバーになっているところが少しみられましたね。これは、こちらではなく、ホールのレベルを少し下げた方がいいような気がしました。
 それで、次の本番の日に、スタッフが舞台そででミーティングをやっている時にSさんを探して、「ほんの少し、2~3dB下げてもらえますか?」とお願いしました。もちろん、即座に直してくれたみたいです。そのまま、レコーダーのレベルはそのままにして、本番も録ることにします。
 あとは、曲の最初と最後で録音ボタンを押すだけのことなのですが、最後の曲ではアンコールまで演奏すると1時間を超えそうになっているのが、ちょっと心配でした。もちろん、この間は私がボタンを押すことはできません。このレコーダーは、2ギガ、つまりほぼ1時間を超えると、一つのファイルのサイズを超えてしまって、新しいファイルが出来てしまうんですよね。もちろん、そこで音が途切れることはないのですが、その変わり目にアンコールが演奏されていたりすると、あとで交響曲が終わったところで1回ファイルを分割して、その後半を次のファイルに結合させなければいけなくなって、ちょっと面倒くさいんですよ。
 結局、演奏が終わって恐る恐るレコーダーを見てみたら、録音時間は58分、きちんと最後まで収まっていましたよ。この前もそんなことがありましたが、今回もセーフでした。それをそのままコピーしてCD制作担当のHさんに渡した後、私は打ち上げが始まるまで会場のそばの駐車場の中で、余計な拍手などを取り除く作業を行っていました。そこから、曲ごとのファイルを抽出して、アップロードした、というわけです。ニューフィルの掲示板からリンクしてますから、聴いてみてくださいね(要パスワード)。ハイレゾ(24bit/96kHz)ですが、普通にPCで聴けますから。
 本番の写真はこれです。Facebookにはもっと載ってます。いずれ、また写真集をアップします。
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 公式サイトの更新は、今朝も引き続きやってました。そこで、カウンターを見てみてびっくり、こんなとてつもないアクセス数になっていましたよ。
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 おそらく、これは公式サイト始まって以来のことでしょう。ですから、それだけこのサイトは注目されているということになりますよね。「おまけ」みたいな形で、コンサートの案内もやっていますが、これだって結構な宣伝効果が見込まれるのではないでしょうか。実際、私のところに県外の団体からも「載せてください」というような依頼があったりしますからね。もちろん、公序良俗に反しない限り、喜んで掲載させていただいていますから。音楽をやっている仲間たちのお役にたてれば、こんなうれしいことはありません。
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by jurassic_oyaji | 2018-04-16 22:59 | 禁断 | Comments(0)
LANG/Statement to the Court, HEARNE/Consent, Lash/Requiem
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Jeffrey Douma/
Yale Choral Artists
Yale Philharmonia
NAXOS/8.559829


アメリカのコネチカット州ニュー・ヘイヴンにある名門、イェール大学(Yale University)には、大学院としてイェール大学音楽院(Yale School of Music)という教育機関が設けられています。ここからは、歴代の著名な音楽家たちによる教育によって、多くの世界的な音楽家が輩出されてきました。
2011年8月に、この音楽院とイェール大学のグリークラブによって設立されたのが、このアルバムでの演奏者、「イェール・コーラル・アーティスツ」という16人編成のプロフェッショナルな混声室内合唱団です。指揮をしているのは、2003年からグリークラブの指揮者を務めていたジェフリー・ドウマです。
この合唱団のメンバーは、アメリカ全土から集められました。それぞれ、すでにプロフェショナルな合唱団のメンバーだった人も含まれていて、その中にはあの「シャンティクリア」や「コンスピラーレ」といった団体に所属していた人もいます。
ここで彼らが、やはりイェール大学音楽院のオーケストラと共演しているのは、アメリカの3人の作曲家による3つの作品です。そのうちの2つは、これが世界初録音となります。
そもそも、このアルバムは、ハーバード大学で作曲を学び、現在はこの音楽院の教師でもあるハナー・ラッシュが作った「レクイエム」の世界初演が行われたコンサートのライブ録音です。こちらにあるように、2016年9月24日にニュー・ヘイヴンのセント・メリー教会で行われたコンサートでは、このアルバムと同じ曲目が演奏されています。それは、確かにジャケットのクレジットでも分かります。
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ところが、こちらの出版楽譜のサイトでの演奏記録を見ると、同じ日の初演の会場が別のところになっています。この日は土曜日ですから、まず大学内のホールで初演したのち、教会で夜のコンサート、でしょうか。さらに、翌25日にはニューヨークでも同じプログラムでコンサートが開かれているのに、CDではその日はニュー・ヘイヴンで録音していたことになっていますが、これもたかが150キロの距離ですから、行き来は可能なのでしょう。NAXOSのデータは決してデタラメではないのだと思いたいものです。
その、ラッシュが作った「レクイエム」は、テキストが本来のラテン語の歌詞ではなく、そこから彼女自身が英語に訳したものになっているのです。その訳も、原文の逐語訳ではなく、もっと自由奔放なものに変わっています。そこまでして彼女が作りたかった「レクイエム」は、単に一個人の死を悼むのではなく、人類全体が抱えている喪失感のようなものまでを表現することを目指しているのだそうです。
音楽的には、「Requiem aeternam」からは、まるでメシアンを超低速で演奏したようなものが聴こえてきます。その中で、アクセントとして機能しているのがハープのパルスなのですが、それを演奏しているのが作曲家自身というのも驚きです。彼女はハーピストとしても活躍しているのですね。この作品ではハープはのべつ聴こえてきます。
「Dies irae」では、複雑なポリリズムが展開されています。ただ、そこから聴こえてくるのは激しさではなく、混沌とした情景です。合唱はひたすら「嘆き」を演出しています。
「Agnus Dei」と「Lux aeterna」の間には、やはり自由に英訳された「詩編」の「深き淵より」が、ア・カペラの合唱によって歌われています。それは、まるでルネサンスのポリフォニーのようなフォルム、しかし、そこでの合唱の表情は、もっと生々しいものでした。
この合唱団は、さすがのソノリテで、見事にこの曲の精神を表現していました。それは、やはりイェールで教鞭を執っているミニマリスト、デイヴィッド・ラングが、労働運動活動家ユージン・デブスの1918年の裁判での陳述をそのままテキストにして作った「Statement to the Court」や、イェールの卒業生であるテッド・ハーンの多層的なア・カペラの作品「Consent」でも、的確なリアリティを産んでいます。思わずエールを送りたくなるような素晴らしい合唱です。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-04-14 21:40 | 合唱 | Comments(0)
再放送は「マッサン」
 新年度が始まって、ドラマもどんどん新しいのが始まっていますね。一応朝ドラはお約束なので毎朝BSで最初の放送分を見ていますが、今シーズンのカップリングの再放送分は、見ないことにしました。リアルタイムで見ている時には何とか見おおせたのですが、最後まで見たところでこんなもの見るんじゃなかったな、と思ってしまいましたからね。なんと言ってもキャスティングが最悪でしたね。それをもう1回見るなんてありえませんから、今回は朝の忙しい時の15分をとても有意義に使えるようになっています。
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 新しい朝ドラは、まずは音楽をチェックです。そうしたら、なんと作曲は菅野祐悟ではありませんか。これはなんか得したって感じ。彼の曲を毎日聴けるなんて、すごい幸せなことじゃないでしょうか。
 でも、そのバックに流れているテーマ曲は、私の大嫌いな〇野〇じゃないですか。その曲だっていつもの彼の作風が丸出しの、陳腐なメロディとアレンジ、朝ドラなんだからもっと丁寧に作ればいいのに、と思っても、彼にしてはこれが精いっぱいなのでしょうね。なにより、それを本人が歌っているというのがもう耐えられません。私は、どんな曲でもできればプロの歌手に歌ってほしいと思っていますから、こんなシロート丸出しの歌い方は嫌ですね。もちろん、これはあくまで私の個人的な感想です。
 そして、やっと菅野祐悟の曲が流れてきます。やはり、とてもセンスの良い曲ですね。これも、前回の朝ドラとは比べ物にならないハイレベルの曲です。ただ、今までの彼のドラマ曲に見られた慎み深さが、ここでは見事になくなっているのが、ちょっと残念です。やはり、これは製作者からの注文があったからなのだろうと思いたいところですね。やはり、朝ドラはどんなにつまらない台本でも音楽で大げさに盛り上げて感動をでっち上げる、というのが、製作の基本的な姿勢なのでしょう。仕方がないので、そういう「盛り上げ系」には耳をふさいで、たまに出てくる彼本来の繊細な音楽を楽しみたいと思います。なんか、チェレスタを使ったとても美しい曲がありましたね。
 でも、そもそもそんなことを考えてしまう時点で、私としてはその音楽は落第だと決めつけているようなものですから、本当に残念ですがこれは失敗作だと思わざるを得ません。でも、もうサントラ盤が出ることが決まっているんですってね。
 ドラマ本体は、今のところなかなか丁寧に作られているようで、プロット自体には不満はありません。もちろん、これから先どうなるかは全く分かりませんが、とりあえず我慢しながら見続けるようなことにはならないような気はします。
 ただ、設定には気になるところはありますね。糸電話とか、あの律くんの「永久機関」はなんとかならなかったのでしょうかね。しっかりモーターで動いているのですからね。
 あとは、彼の家には当時の「セパレート・ステレオ」が置いてありましたね。でも、スピーカーの上に花瓶が乗っていたりするのはちょっとありえなくないですか。それと、レコードプレーヤーの蓋の部分の上に「レコード」が置いてありましたが、それがなんだかSPのジャケットのように見えたのは、勘違いだったのでしょうか。あのクラスのステレオだと、SPをかけることはできなかったはずですが。
 なんて悪態をついたからではないのでしょうが、ニューフィルの定期演奏会の日にはお天気がかなり荒れそうな予報が出ていますね。最近の予報は当たるときは当たるので(当たり前?)ちょっとまずいですね。本番が始まる頃になってやっと雨がやむ、というのが今のところの予報。それだとギリギリ助かりますが、もう少し雨が長引くと、間違いなく客足に響いてきますからね。
 お天気というのは1週間単位で変わるそうですから、そうなると次の日曜も雨?それこそ、パレードはどうなるのでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2018-04-13 22:32 | 禁断 | Comments(0)
ZACH/Requiem, Vesperae
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Michaela Šrůmová(Sop), Sylva Čmugrová(Alt)
Čeněk Svoboda(Ten), Jaromír Nosek(Bas)
Marek Štryncl/
Collegium Floreum
Musica Florea
SUPRAPHON/SU 4209-2


ボヘミアの作曲家ヤン・ツァハはあまり有名ではありません。なにしろ、最近までは生まれた年まで間違われていたのですからね。正しくは1713年に生まれているのですが、たとえばWIKIPEDIAなどでは1699年生まれとなっていますからね。どうやら、彼の従弟の生年と間違われていたようです。かわいそうに。いずれにしても、子供の頃はやんちゃだったのでしょう。
彼は1730年代にはプラハに住み始め、教会のオルガニストとして働きますが、1745年にはマインツの楽長に就任します。しかし、何らかの事情でそこはクビになり、それ以後はヨーロッパ中を放浪することになるのです。
そんなツァハのプラハ時代に作られた2つの宗教作品「荘厳レクイエム」と、「聖母マリアの晩祷」が、このCDには収録されています。「レクイエム」の方は割と有名ですでに録音されたものがありますが、「晩祷」はこれが初めての録音となります。
「レクイエム」では、4人のソリストと合唱がオーケストラをバックに歌う点とか、伝統的なテキストがそのまま使われているという点では、その半世紀ほど後に作られることになるモーツァルトの作品と同じ形をとっています。作風も、もうすでにバロック時代の様式は薄れ、古典派の様式になっていることも分かります。ただ、「Dies irae」ではモーツァルトは全てのテキストを使っていますが、ツァハはその2/3をカットしています。
面白いのは、あちこちにそのモーツァルトの予兆のようなものが現れていることです。まず、冒頭の「Requiem」の後半「Te decet hymnus」ソプラノのソロによって歌われるのですが、そこにはモーツァルトの未完のハ短調のミサの中のソプラノのアリア、「Et incarunatus est」の中のフレーズに酷似したフレーズが登場しています。
さらに、それに続く「Kyrie」が4声のフーガなのですが、それがそのまま最後の曲の「Cum sanctis」に歌詞だけ変えて使われているというのも、モーツァルトの「レクイエム」と同じです。もっとも、モーツァルトの場合は「Cum sanctis」はジュスマイヤーが補作していますから、これは単に当時の様式に則っただけのことなのでしょう。
実は、このフーガ(もちろん、ツァハのものですが)は、そのままオルガン・ソロのために他の人によって編曲されたものがあって、これが結構有名なのだそうです。そのテーマは半音進行を多用したとても暗いものなのですが、それは少し前、バロック時代には広く知られていた「修辞学(レトリック)」で用いられる「フィグーラ」の一つ「Passus duriusculus(パッスス デュリウスクルス=辛苦の歩み)」に相当するのだそうです。しかも、そこでは1オクターブの中の12個の半音が全て使われているのです。これは、バッハの「ロ短調ミサ」の2番目の「Kyrie」と全く同じことが行われていることになりますね。
これは、1世紀以上後の同じボヘミアの作曲家ドヴォルジャークが作った「レクイエム」の中でも、主要なモティーフとして用いられることになります。
一応そんな暗い雰囲気に支配された曲ではありますが、「レクイエム」全体ではもう少し別の情感も表現されていて、なかなかの多様性が感じられるようです。「Domine Jesu Christe」の中の「Sed signifer」はソプラノのソロですが、オペラのアリアのような華やかなコロラトゥーラのフレーズが入っています。
このソプラノのミハエラ・シュロモヴァーという人は確かな力を持っているようですが、残りの3人のソリストは、発声や技巧の点でやや危なげなところが感じられてしまいます。バスのヤロミール・ノセクという人などは、コミカルなキャラで売っているのでは、とさえ思ってしまう時もありますね。合唱もそこそこの技量はあるものの、なにか無気力で面白味に欠けています。
カップリングの「晩祷」もなかなかヴァラエティに富んだ曲調。ヴィヴァルディの「冬」を思わせるような厳しい曲があると思うと、「Magnificat」では派手な鐘の音などが聴こえてきたりします。

CD Artwork © SUPRAPHON a.s.

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by jurassic_oyaji | 2018-04-12 21:23 | 合唱 | Comments(0)
当日券は1時半から販売します
 まさかこんなに早くタケノコが出てくるとは思っていなかったので、毎年この時期に行っているミッションを急遽予定を早めて完了させることにしました。
 それは、1年間で荒れ果てている竹藪の中の整理整頓です。まずは立ち枯れになっている竹を根元からチェーンソーで切るという作業から始まるのですが、今年の場合は冬の間に大風が吹いて、あらかたの古い竹はすでに折れてしまっていました。これは助かります。なんせ、竹は長いものでは20メートルを超えますし、太さだって下手をすると直径が15センチぐらいにはなりますから、いくらチェーンソーでも切るのは大変です。しかも、普通の樹木だったら片方から切っていけば反対側にまっすぐ倒れてくれますが、竹の場合はけっこう隙間なく生えていて、上の方が枝が密集していますから、切っても倒れないんですよね。つまり、歯が入っていくと、そこに竹全体の重みがかかってきて、切り終わった後にタイミングよくどかさないと、そのまま歯が挟まれてしまうことがあるのですよ。この加減は、シロートでは分からないでしょうね。
 ですから、風で倒れた竹でも、横になっているのではなく、上の枝に引っ掛かって斜めになっています。それを、下の太いところを持って広いところまで引っ張って行って、地面に平らに置き、まずは鉈で枝を払います。枝のなくなった、物干し竿のような竹を、並べておいておくまでが、1日目の仕事です。この日は、ですから「現場」には鉈だけ持っていきました。
 ただ、場所によっては倒れた竹を広いところまで持ってこれないものもあるのですよ。長すぎて、引っかかってしまうんですね。ですから、それはまず短く切ってからでなければ枝を払うことはできないので、そのままにしておきます。
 そして、2日目になってそんな続きの作業をしようとしたら、もうタケノコが出てきているのが分かってしまったんですよね。1週間ぐらいかけてじっくり作業をしようと思っていたのですが、そんな悠長なことはできないので、ペースを上げることにしました。
 払った枝はまとめて一か所に積み上げておきます。竹本体は、1メートルぐらいの長さにして、やはり積み上げておきましょう。
 そこまでで結構疲れてきたのですが、ここはもう一気にその先までやっておこうと、3日目の今日はその竹や枝の処分です。これらはとても体積があって、重さもありますが、それを化学反応で空気中の酸素を使って二酸化炭素と水に分解させてしまいましょう。その際多量の熱を放出するので、取り扱いは慎重に行います。ほんの30分ほどでそれらはバケツいっぱいほどの紛体に変わってしまいました。
 枯れた竹がなくなった竹藪は、すっかりきれいになりましたよ。
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 それが終わってしばらくしたら、団長から電話がかかってきました。県民会館に預けたニューフィルのチケットがもうなくなってしまったので、追加してほしい、というのですね。来たな。と思いましたね。このところ、「どこでチケットが入手できるのですか?」という問い合わせが殺到していて、そのたびにプレイガイドと、このホールの窓口を紹介していたのですが、そんな人が実際に買いに行っていたのでしょうね。さっそく、手元にあったチケットを全部持っていきましたよ。
 なんだか、今回は来場者が多くなりそうな予感です。あ、もちろん当日券はたっぷり用意してありますから、まだお買い求めになっていない方でも十分にご入場いただけますよ。
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by jurassic_oyaji | 2018-04-11 22:15 | 禁断 | Comments(0)
WIND CONCERTOS
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James Zimmermann(Cl)
Leslie Norton(Hr)
Érik Gratton(Fl)
Giancarlo Guerrero/
Nashville Symphony
NAXOS/8.559818


アメリカの3人の作曲家がごく最近完成させた3つの管楽器のための協奏曲を、世界で初めて録音したアルバムです。演奏しているのはナッシュヴィル交響楽団、ソリストたちは、全てこのオーケストラの首席奏者たちです。
ただ、2015年に作られたホルン協奏曲はもしかしたらこれが「世界初演」かもしれませんが、それ以外の2010年のクラリネット協奏曲と、2013年のフルート協奏曲は「世界初録音」ではあっても「世界初演」ではありません。というのも、この2曲はそれぞれスウェーデンのクラリネット奏者、ホーカン・ローゼングレンと、フィラデルフィア管弦楽団の首席フルート奏者のジェフリー・ケイナーからの委嘱によって作られていて、初演は彼らによって行われているからです。
ホルン協奏曲を作ったのは、1950年生まれのブラッド・ワーナールという人です。この方は元々ホルン奏者でした。クラシックの団体だけでなく、ジャズのビッグ・バンドなどにも参加していて、後にはLAでスタジオ・ミュージシャンとして映画やCMの音楽で大活躍されていました。ブックレットには彼が若いころ参加していたバンドの中に「ザ・ボス・ブラス」の名前があったので、どこかで聴いたことがあるな、と調べてみたら、こんなところにちゃんと名前がありました。「シンガーズ・アンリミテッド」の1978年のアルバムです。
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ワーナールは作曲の才能もあり、スタジオでは「ゴースト・ライター」として自作を提供していたこともあるそうです。もしかしたら、このホルン協奏曲は彼自身が演奏するために作られたのかもしれませんね。
古典的な3楽章形式をとっていますが、基本的な作風は「ミニマル」でしょう。第1楽章はタイトルが「Tintinnabulations」とまるでペルトのよう、ご丁寧に実際の「ベル」の連打が象徴的に使われています。そこにオスティナートのリズム・パターンがさまざまに変化して、単純化からは逃れています。「Elegies; Lamentations」と題された第2楽章ではとても静かなたたずまいの中から、広大な風景が広がります。そして、第3楽章の「Tarantella」は、文字通り6/8拍子のリズムの中で、シュトラウスの「ティル」の冒頭のホルン・ソロが登場するようなお遊びも見られます。なにか、才能の無駄遣いのように感じられるのは、気のせいでしょうか。
1958年生まれのフランク・ティケリが作ったクラリネット協奏曲も、やはり楽章は3つですがタイトルが凝ってます。それぞれ、「ジョージへのラプソディ」、「エーロンへの歌」、「レニーへのリフ」となっていて、そのようなファースト・ネームをもつ3人のアメリカの作曲家、ガーシュウィン、コープランド、バーンスタインへのオマージュを表明しているのです。第1楽章は、本当にガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」の冒頭のクラリネット・ソロが引用されていたりします。そのあとは、とても技巧的なフレーズがてんこ盛りでソリストのテクニックが試されるような部分、ここでのソリスト、ジマーマンは、とても上手なのにそれが全然楽しく聴こえてこないのが残念です。第2楽章はやはりコープランドの何かの作品のようなのどかな情景が広がります。隠微な情景ではありません(それは「ソープランド」)。第3楽章はもちろんジャズ。けだるいブルース調の部分は様々な打楽器を使ったオーケストレーションに独特の味がありますが、スウィングが始まると平凡な曲になってしまいます。
フルート協奏曲を作った1955年生まれのベフザド・ランジバランはイランで生まれ育った人です。この曲の中には、彼の母国のイディオムが豊富に詰め込まれています。特に、フルートのカデンツァはまさにオリエンタル・ムードが満載です。ただ、曲全体はほとんどがイベールのフルート協奏曲からの引用のように思われてしまうのは、ちょっと安直。フルートのエリック・グラットンは、そのどちらの要素にもフレキシブルに対応して、多彩な音色と卓越したテクニックを披露してくれます。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-04-10 23:50 | フルート | Comments(0)