おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2018年 06月 ( 26 )   > この月の画像一覧
Quiet Winter Night
c0039487_21150225.jpg




9 Vocalists
Hoff Ensemble
2L/KKC 10009(2L-87SACD/hybrid SACD)


「静かな冬の夜」ですって。まさに、真冬に暖炉のそばで聴くようなアルバムですね。でも、これはリリースされたばかりの新譜なものですから、それをこんなくそ暑い「雷でやかましい夏の夜」に聴くことになってしまいました。
そもそもこのアイテムは日本国内だけでの商品です。もともと2Lからは2012年にリリースされていたのですが、それを日本の代理店(キングインターナショナル)は国内販売のルートには乗せなかったようで、いまごろになってわざわざ国内盤仕様でリリースされていました。
最初に2Lが出したのはBD-AとLPだけでした。それが、今回はハイブリッドSACDになっていました。なんでも、このLPを入手していたさるオーディオ評論家の方が、えらくその録音を気に入っていて、ぜひともSACDで販売してほしいと代理店に圧力をかけたそうなのですね。さらにオーディオ指向ということで、CDレイヤーは今話題の「MQA-CD」になっています。これは、なんでもそれなりの機器を使うと、CDでハイレゾ音源を聴くことが出来るというものなのだそうです。まあ、これが普及するよりも、CDそのものがなくなってしまう方が早いような気がしますが。
このアルバムは、先日こちらでご紹介したノルウェーのジャズ・ピアニスト、ヤン・グンナル・ホフが、2011年に、同じ教会で録音していたものです。写真を見るとその頃はまだ「5.1サラウンド」でしたから、アレイも最近の「7.1.4」の二段重ねのものに比べるとシンプルな形でしたね。マイクのポジションは前と同じ、向かい合ったパーカッションとピアノの間です。
ここでのアンサンブルは、ホフのピアノを中心にしたピアノ、ベース、パーカッションというトリオが基本形になっていて、そこにトランペット、ギター、さらにはニッケルハルパとハリングフェレといった民族楽器も加わります。さらに、ヴォーカリストも全部で9人の名前がクレジットされています。
演奏されている曲はホフのオリジナルではなく、1999年ごろから始まったノルウェーの「Jul i Blåfjell(ブローフィアルのクリスマス?)」というテレビ・シリーズのためにゲイル・ボーレンとベント・オーセルードという人たちが作った音楽です。それはもう、鄙びた雪深い山村でのクリスマスの情景が目に浮かんでくるような、伝承曲のテイストを多分に取り込んだ優しい音楽ばかりです。それを、フォーク・シンガーのようなだみ声の人など、クラシックとは全く縁のないヴォーカリストたちがしっとりと歌い上げています。
ホフはアレンジを担当。トランペットやギターはあくまでまろやかな音色でサポートしています。ギターは、エフェクターでまるでオルガンのような持続音まで出していますね。
ヴォーカルは同時録音ではなく、まずバンドだけで演奏して、後日楽器がなくなった同じ会場でヴォーカリストたちがバンドに使ったのと同じマイクの前で歌って、それをオーバーダビングしているようですね。ボーナストラックで、「インストゥルメンタル・バージョン」というのが入っていますが、それはその前に歌っていた同じ曲の「ヴォーカル・バージョン」のカラオケでしたから。
もちろん、サラウンドで聴けば、このヴォーカルはフロントの真ん中にしっかり定位して、とても豊かな残響が取り込まれています。ピアノの左右にギターとベースが位置していますし、パーカッションはリアからサイドに広がって、パッションを放っています。
ただ、日本の代理店が用意したライナーノーツは、どうしようもなく愚かしいものでした。そもそも、1曲目のメンバーでギタリストの名前が抜けています。そして、件のオーディオ評論家の書いた文章の貧しいこと。
もっと言えば、真にオーディオを売り物にしたいのならば、SACDではなくBD-Aでリリースすべきでした。そうすれば、クリスマスのシーズンには、もう一度しっとりと聴いてみたい素敵な演奏と録音だな、と心から思えていたことでしょう。

SACD Artwork © Lindberg Lyd AS

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-30 21:16 | ポップス | Comments(0)
有名な曲には、何種類もの楽譜が存在します
 来年春の定期演奏会の曲目が確定したのを受けて、広報係の私は公式サイトと公式Facebookでそのことを公にするという大任を果たすべく、作業を開始したのでした。まずは、公式サイトの「演奏会」というページ。まだ指揮者の篠崎さんの名前だけで曲目は「未定」とあったところに、決まった曲名を書き込み、アップします。
 そして、それと同じものをニューフィルのFacebookページにも、こちらはお気に入りの篠崎さんの写真とともにアップします。考えてみたら、もう1か月半も更新していなかったんですね。おそらく、このネタだったらみんなたくさん読んでくれるのではないでしょうか。
 たしかに、この記事へのリーチは、いつになく多いような気がしました。そのうち、なんと篠崎さん自身がコメントを寄せてくださいましたよ。それが、「待ちきれない。楽しみにしております」というのですから、なんかとてもうれしくなってしまいますよね。いや、逆にそんなに期待されたら、ヘタなことはできないなというプレッシャーになってしまうかもしれませんけどね。
 篠崎さんは、それだけではなくこの記事をそのままご自身のFacebookにシェアして下さいました。その前にも2人ばかり団員でシェアしてくれた人はいたのですが、そこに篠崎さんの分が加わって、リーチは急激に増えることになってしまいましたよ。現在は1200に届こうかという勢いです。それだけの人が、この来年のニューフィルのプログラムに興味を持ってくれた、ということですよね。これは、以前の新田さんのお誕生祝の動画以来のことです。篠崎さんも新田さんも、SNSには積極的に関わっておられますから、こういうことがすぐに拡散出来てとてもありがたいですね。
 この前は、まだ持ってなかった「魔法使いの弟子」と「スペイン狂詩曲」のスコアを買ってパートを確認したのですが、どちらもパート譜がIMSLPで簡単にダウンロードできるので、それをプリントアウトして実際に吹いてみることにしました。やってみると、「スペイン狂詩曲」はスコアを見て感じたほどの難しさではありませんでした。まあ、これならどこのパートもしっかり練習すれば吹けるな、という気がします。ただ、2曲目の最後あたりに高音の「A」をpppで演奏しなければいけないところがあったので、これはちょっとてこずるかもしれませんね。
 「幻想」の方は、スコアは昔買った全音版があるので買わなくてもいいかな、とも思ったのですが、せっかくなのでベーレンライターの原典版と、全音や音友もすっかりリニューアルしたスコアを出しているみたいなので、それも合わせて買ってしまいました。
c0039487_21383394.jpg
 左端が旧全音版。最近はサイズも大き目になっていますね。
 そこで、チラッとそれぞれの楽譜を見比べてみたのですが、ちょっと気になったのが練習番号です。そもそも、旧全音版にはそういうものが全く入っていませんでした。昔使ったパート譜には、A,B,C・・・という書き込みがありましたが、それはベーレンライター版で使われているものでした。で、新全音版にはそれと同じものが入っているのですよ。ところが、音友版にはそれではなく、全く別のところに「番号」が入っているのです。おそらく、これは役には立たないでしょうね。ただ、新全音版には、その音友の「番号」も一緒に付いているんですね。なんという思いやり。
 音符そのものにも違っているところはいくつかあります。その一つの例が、第3楽章のこの部分の2番フルートの音の長さです。
c0039487_21383202.jpg
 上からベーレンライター、音友、新全音、旧全音です。ベーレンライターのパート譜ではスコアのような小さな音符ではなく、音友と同じようになっていましたね。あと、新全音だけは、その下の1番オーボエにタイが付いています。こういうのは、困りますね。まあ、まだまだ先の話ですが。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-29 21:42 | 禁断 | Comments(0)
WOLF/Jesu, deine Passion will ich jetzt bedenken
c0039487_21380837.jpg


Hanna Herfurtner(Sop), Marion Dijkhuizen(Alt)
Georg Popluts(Ten), Mauro Borgioni(Bas)
Michael Alexander Willens/
Kölner Akademie
CPO/777 999-2


これが世界初録音となる、エルンスト・ヴィルヘルム・ヴォルフという1735年にドイツのテューリンゲンに生まれた作曲家が作った受難オラトリオです。この年にはバッハの末子のヨハン・クリスティアン・バッハも生まれていますね。ヴォルフはテューリンゲンのイェーナの大学で学んだ後、ナウムブルク、ライプツィヒを経て最終的にはヴァイマールの宮廷に仕え、1772年にはカペルマイスターに就任します。
先ほどのクリスティアン・バッハの21歳上の異母兄カール・フィリップ・エマニュエル・バッハとは親交があって、音楽的に多くの影響を受けています。しかし、もちろんヴォルフの作品は時代様式を反映して、その「先輩」よりもさらに古典派への傾向が多く見られます。
この受難オラトリオの編成は、4人のソリストと合唱、そしてフルート、オーボエ、ホルンがそれぞれ2本ずつ入ったオーケストラというものです。作曲されたのは、ヴォルフのイェーナ大学時代の1756年あたりと考えられています。彼はその頃、この地の「コレギウム・ムジクム」の指揮者になっていますから、その団体で演奏するために作ったのでしょう。まだ彼が作曲家として有名になる前のことですから、出版もされずに忘れ去られていました。今回の録音では18世紀後半と19世紀前半にドイツ国内で発見された2種類の写筆稿をもとに、クラウス・ヴィンクラーという作曲家が用意した楽譜が使われています。
正式なタイトルは、「Passionoratorium" Jesu, deine Passion will ich jetzt bedenken"(受難オラトリオ「イエスよ、私は今でもあなたの受難を思い出す」)です。このページの読者であればご存知のように、「受難曲」ではなく「受難オラトリオ」というのは、バッハあたりの「受難曲」とはテキストが違うため。もはや聖書の福音書の言葉をそのまま使うことはなく、それを骨子にして自由に作られた「物語」が、ソリストたちによって歌われることになります。
まずは合唱によってタイトルの歌詞によるコラールが歌われた後、そのレシタティーヴォ、それもレシタティーヴォ・アッコンパニャートという、オケの伴奏が入ったものがソリストたちによって歌われるというのが、ヴォルフの新しいスタイルへの挑戦ということになるのでしょうか。これは、「語り」というよりは「歌」の要素が格段に増えていて、その時点でかなり楽しめます。
そして、その間を縫ってソリストによるアリアが4曲歌われます。これが、ダ・カーポ・アリアというA-B-Aという形のちょっと時代遅れの感のするスタイルなのですが、その真ん中の「B」の部分で例えばそれまで長調だったものがいきなり短調になるといったような極端なイメージ・チェンジが行われますから、とてもメリハリがきいていて聴きごたえがあるものばかりです。さらに、バックのオーケストラも、このアリアだけにはフルートやオーボエ、そしてホルンがオブリガートで参加して、色彩的な変化を与えてくれています。
そして、最後の最後になって、それまでのちょっと型通りと思えるようなコラール、レシタティーヴォ、アリアという機械的な繰り返しがガラリと覆され、それらがごちゃまぜになったようなとてもドラマティックなシーンが登場します。これは、たとえばこの頃にイタリアで生まれたばかりのオペラ・ブッファで幕の最後に登場する「フィナーレ」のようなものなのでしょう。そこでは、特にバスのソリストがコラールと交互にアリオーソ(小さなアリア)を何度も繰り返して、イエスの苦悩を代弁している様に心を打たれることでしょう。そのバックに流れるオーケストラも、とても雄弁にその情景を伝えています。
こんな風に、受難曲、いや、音楽そのものが時代とともに姿を変えていく過程が垣間見られるような、とても興味深い作品でした。これまでにも多くの知られざる作品を蘇らせてくれたウィレンズ指揮のケルン・アカデミーの録音では、今後も珍しい曲が聴けるんかな?。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-28 21:39 | 合唱 | Comments(0)
魔法使いの出汁
 今ニューフィルで練習しているのは、ニルセン、グリーグ、クーラウといった北欧音楽です。もうあと2週間もすると新田さんとの最初の練習となるのですが、仕上がりはイマイチですね。特にニルセンは本当に大変で、いくらやってもきちんとしたアンサンブルができない、いや、本当にきちんとできる日が来るのかな、と思ってしまうほどです。いずれは何とかなるのでしょうが、そこにたどり着くまでの時間が、とても長く感じられてしまいます。
 でも、そんなこともあと数か月したら、いやでも終わらせなければいけません。本番をやる頃には、さすがにお客さんに聴かせられるだけの音楽を完成させなければ、ニューフィルとしての意味がないですからね。
 しかも、さらにその次のことまで考えていかないと、オーケストラ活動を続けていくことはできません。ということで、来年の春の演奏会の曲目がついに決まった、というお話です。その時の指揮者は篠崎さん。マーラーやブルックナーが大好きで、ニューフィルとも、今まではブラームスとかブルックナーの重厚な曲を演奏してきました。ですから、まず曲目を決める時には団員全員の意見を反映させるために希望曲を集めるのですが、そこでも圧倒的にドイツものが多かったですね。でも、その中に、ベルリオーズの「幻想交響曲」というのがあったので、まあ、時代的にはベートーヴェンと同じころなのだ、ということで、ベートーヴェン、ブラームス、シューマンにこれも加えて、篠崎さんの意向をうかがうことになりました。
 そうしたら、間髪をいれずに、「ぜひ『幻想』を!ニューフィルとフランスものをやりたいです!」という返事が返ってきたのです。正直、意外でしたね。まさか篠崎さんがフランスものとは。
 でも、もちろん『幻想』はみんながやりたがっていましたから、メインはすんなり決定しました。そして、そこで「フランスもの」のカップリングということで再度呼びかけたら、いやあ、たくさん集まりましたね。実際、ニューフィルがフランスものを取り上げることはあんまりないので、この時とばかりに希望が殺到したのでしょう。
 そして、最終的に決まったのが、デュカスの「魔法使いの弟子」とラヴェルの「スペイン狂詩曲」でした。なかなか、粋なプログラムが出来上がりましたね。とても楽しみです。と思いながら、さっそくスコアを買ってパートの確認を始めましたが、ラヴェルはかなりの難曲であることが分かってしまいました。これは持ち替えなしでピッコロ2本とフルート2本が必要ですから、うちのパートは全員が乗ることになるのでしょうが、どのパートもとても一筋縄ではいきそうもありません。これも、ですから、しばらくはわけのわからない音符と格闘する日々が続くのでしょうね。
 でも、そんな苦行を続けていくうちに、確実にオーケストラとしてのスキルは上がっていくのでしょう。マーラーの1番なんて、最初にやった時はとても大変でしたが、最近やった2回目はかなり楽でしたからね。
 そういえば、毎年全国のアマオケのメンバーが集まるJAOのフェスが今年演奏するのがそのマーラーの1番のようですね。ニューフィルからも何人か参加するようで、すでにパート譜などが手元に届いているのだそうです。
 私は、ここに行くことを考えたことすらありませんから、まったく縁もなく一生を送るつもりでした。ところが、今回参加するHさんが、きのう私にその送られてきたパート譜と一緒に入っていたプリントを見せてくれた時には、思わずのけぞってしまいましたね。
c0039487_21575819.jpg
 これは、私がこの曲をやった時に、私のサイトにアップしたコンテンツを、バックグラウンドまでそのままコピーしたものではありませんか。現物はこちら
c0039487_21575863.jpg
 これは、たしか、出版された楽譜と一緒に入っていた正誤表(もちろんドイツ語)を、私なりに日本語に訳して、ニューフィルのみんなのために作ったものでした。それを、他の人にも役立ててもらおうとサイトにもアップしておいたのですね。同じようなもので、「リュッケルト」の歌詞を翻訳したものもアップしてあって、それはさるアマオケから丁重な掲載依頼を受け取ったので、使っていただきました。ですから、これもそんな風に使われることは想定していましたし、今回こんな形で、JAOという大舞台でたくさんの人たちの目に触れるようにしていただいたのはうれしくないわけはありません。
 でも、もちろん、こんなものが配られていたのはHさんに見せられて初めて知ったことで、私のところにはJAOからは何の連絡も届いてはいないんですよね。私のサイトには連絡用のフォームも設置してありますから、連絡を取るのはいとも簡単なことです。まあ、JAOさんがこういうことに関してどのようなスタンスをとっているのかは全く分かりませんが、私あたりは、これはとてもまっとうな大人の団体がすることではないのだと思ってしまいます。こんないい加減な団体だったなんて、心底がっかりしてしまいました。
 それにしても、テキストだけコピーして普通に文書を作ればまず気が付く人はいないはずなのに、そんな手間すらも省いてこんな雑な仕事をやってしまって世の中に恥を晒したJAOは、アホとしか言いようがないですね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-27 22:01 | 禁断 | Comments(0)
A Rose Magnificat
c0039487_23463457.jpg




Paul McCreesh/
Gabrieli Consort
SIGNUM/SIGCD 536


2011年ごろにマクリーシュとガブリエリ・コンソートは自らのレーベル「Winged Lion」を創設して、それまでのDGに替わってSIGNUMからアルバムを出すようになります。ただ、レーベルが違っても、エンジニアリングはどちらもLSO LIVEでおなじみの元DECCAのスタッフ、ニール・ハッチンソンが一貫して手掛けています。
今回は、ガブリエリの合唱部門だけの演奏で、全てア・カペラで演奏されています。録音されたのは2017年の6月ですが、その頃のロンドンは暑かったようで、録音風景の写真を見ると、メンバーは短パンにサンダル、みたいなラフなスタイルでセッションに臨んでいます。
c0039487_23463452.jpg
それと、指揮者のマクリーシュを真横から見ると、彼がずいぶん丸っこく見えてしまいますね。全体的に。今まではもっと精悍な写真が多かったような気がしますから、こんな一面もなんだか和みます。
このアルバムのタイトルの「A Rose Magnificat」というのはこの中で最後に演奏されている1976年に生まれたイギリスの作曲家マシュー・マーティンの作品のタイトルですが、「Rose」というのは、聖母マリアのメタファーなのだそうです・・・とまで書いて、どこかで同じフレーズを使っていたな、と調べてみたら、マクリーシュはこのちょうど10年前にも、やはり「Rose」がらみで「A Spotless Rose」というアルバムを作っていたのですね。これはDG時代に作られたものですが、新しいレーベルでも同じコンセプトのものを作ろうとしたのでしょう。
ということで、ここでもルネサンスから現代までの「聖母マリア」関連の作品が並ぶことになるのですが、今回は全てイギリスの作曲家によるものだけを集めたというところが、新機軸でしょうか。
さらに、ここでは全く同じテキストに3人の作曲家が曲を付けたものが並べられています。これがなかなか興味深いものでした。その「Ave maris stella(めでたし海の星)」という歌詞で歌われる最初の曲は、イギリス作曲界の重鎮ジェイムズ・マクミランです。これは、とてもシンプルな作り方。1節目は最高音のパートが全て「A」の音だけで歌っている中で、下の声部がさまざまなハーモニーを付けるというものです。それが次の節になると最高音は「D」になります。その繰り返し、ある意味「ミニマル・ミュージック」という最近はもはや主流とは言えない技法の名残でしょうか。
そして次に、マクミランが生まれる400年前に亡くなったジョン・シェパードが作っていたのは、やはりその時代の作曲技法だった「定旋律」が使われた音楽です。1節目はプレーン・チャントのユニゾンで歌われた旋律が、2節目になると低音の声部へと移り、その上を多声部のポリフォニーで飾り立てるという、まるで神殿を建設するような華麗でおごそかなものに変貌します。
そして、最後に歌われるのが、1993年生まれの期待の天才作曲家、オワイン・パークの作品です。天才芸人ではありません(それは「オワライ」)。彼の作り方は、1節目はまるでマクミランとシェパードのいいとこ取りのように、高音が「D」のロングトーンを延ばしている間に下の声部が別のシンプルな聖歌を歌うという、「昔」の音楽への回帰です。それが、次の節になると今度はホモフォニックにテンションコードで迫るという、「モダン」な音楽にガラリとキャラクターを変えます。この繰り返しの間に、高音は「D」→「E♭」→「E」→「G」と変わっていくという斬新なアイディアです。この人には、ちょっと注目していたいところ。
おなじような多層的な音楽を作っていたのが、タイトル・チューンの「A Rose Magnificat」です。これは、このアルバムでもポリフォニー時代のロバート・ホワイト(Magnificat)と、1958年生まれのジョナサン・レイン(There is no rose)のそれぞれのテキストを合体させた作品。「Magnificat」では無調、点描といった「現代音楽」のツールで迫ったものが、古謡の「There is no rose」のリフレイン(Alleluia、Res Miranda等)の長三和音へ向かって進んでいくという怪作です。

CD Artwork © Signum Records

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-26 23:48 | 合唱 | Comments(0)
中島みゆきも歌ってました
 毎年今ごろになると、私が以前所属していた男声合唱団の定期演奏会が開かれます。去年はプログラムが盛りだくさんで、結局演奏時間は2時間半にもなっていました。今回も案内を見るとゲストもたくさんいてやはり長くなりそうだ、ということが分かっていたのでしょう、開演時間を去年の2時から15分繰り上げて、1時45分開演、開場は1時ということが分かっていました。ですから、私はいつもの通り、12時には会場の萩ホールの駐車場に着くことを目指します。
 いくらなんでも早すぎるだろうという気はしたのですが、今日はかなり気温が高かったので、できれば日陰のスペースに停めたかったんですよね。いくらエアコンを入れていてもこの炎天下では車で待っているのはきついですからね。
 結局12時ちょっと過ぎに着いた時には、その、目指す日陰ゾーンにはすでに何台もの車が停まっていて、もう日陰とは言えない端っこが1ヵ所空いているだけでしたので、仕方なくそこに入れましたよ。それにしても、みんな考えることは同じなんですね・・・と思ったら、私の隣の車に荷物を取りに来た人が、なんだかコンサートを聴きに来た感じではない服装だったのですよ。これはどう見ても駐車場の整理の人、つまり、シルバー人材かなんかのボランティアの人だったんですね。おそらく、このあたりに停めていたのはそのお仲間たちの車なのでしょう。なんか、腹が立ちませんか?ニューフィルがここを使った時には、出演者の車はお客さんが入れるスペースは遠慮して、別のところにまとめて押し込みましたよね。そんな少ないスペースを整理する立場の人が堂々と占拠しているなんて、マジ許せません。
 この合唱団のメンバーは、去年よりもさらに増えていたようです。去年はたしか3列で歌っていたはずですが、今年は4列になっていましたからね。もう、男声合唱としての重さと、そして繊細さをも兼ね備えた素晴らしいサウンドが実現できるようになっていましたよ。若い人もたくさん加わっているみたいで、はっきり言って私がいたころの合唱団とは別物になったな、という印象です。
 ですから、おそらくこの合唱団は、「難しい」曲を歌った時に、その実力を十分に発揮できるのではないか、という気がします。今日の演奏曲目では、高嶋みどりとか西村朗あたりで、その良さが際立っていましたね。逆に、最初のステージのタダタケでは、音符的には「やさしい」ぶん、ちょっと掘り下げ方が浅いというか、なにか物足りないところがありました。
 前回も初演曲のご披露があって、その時にはあまりに独りよがりな音楽にがっかりさせられてしまったのですが、今回の初演曲では、あまりにも親しみやすすぎる面での失望感を味わってしまうのですから、つくづく私はへそ曲がりなのでしょう。まあ、これだけストレートに「平易さ」を前面に押し出すのは、逆に勇気がいるのでは、という気もするのですが、3曲目は「ゲゲゲの鬼太郎」ですし、5曲目は「新世界」の第2楽章のもろパクリですから、いくらなんでも、という気がしてしまいます。つまり、あまりに音楽が稚拙なために、いくらテキストで訴えかけたいものがあっても、それが全く伝わってこないんですよね。もちろん、それは私の個人的な感想、実際はこれは世界的な流れなのでしょうから、仕方がありません。
 ですから、もう完全にエンターテインメントに特化した、今回のゲストの女声合唱団あたりの存在意義も出てくるわけで。ただ、これも、人を楽しませる上での最低限度のスキルがないことには、単なる自己満足に終わってしまうんでしょうね。
 と、かなりごちゃごちゃしたコンサートでしたが、結局2時間半の間退屈することは全くありませんでした。タック・バンドも、うまい具合に笑いを取っていましたし。
 この間、9月に来日して仙台でもコンサートを開く外国の男声合唱団のチラシをでっち上げていましたが、今日正式のチラシが挟み込まれていたのでご紹介します。
c0039487_21312854.jpg

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-24 21:34 | 禁断 | Comments(0)
BEETHOVEN/Works for Flute・2
c0039487_22560602.jpg



瀬尾和紀(Fl)
上野真(Pf)
児玉光生(Fg)
NAXOS/8.573570


先日の「1」に続いて、瀬尾和紀さんによるベートーヴェンのフルート作品のアルバムの「2」が登場しました。今回は、前回と同じメンバーはファゴットの児玉さん、そして、ピアノの上野さんが新たに参加しています。
前回は瀬尾さんの最近のポートレイトをご紹介しましたが、たまたま来月仙台市内で瀬尾さんと、ギタリストの大萩康司さんのコンサートが開かれることになっていて、そのチラシを手にしたら、大萩さんの方も年相応の貫録が付いていたことが分かりました。
これがデビューしたころの大萩さんのCDのジャケット。
c0039487_22560666.jpg
これが、最近のポートレイトです。
c0039487_22560770.jpg
瀬尾さん以上に印象が変わってしまっていますね。
ということは、お二人とも長年にわたって順調にキャリアを築き上げてきている、ということになるのでしょうね。これからも、末永いご活躍を期待したいものです。
今回の「2」では、最初の曲は、なんと前回と同じ「セレナード」でした。ただ、前回はフルート、ヴァイオリン、ヴィオラという編成だったものが、今回はフルートとヴィオラに変わっていますし、作品番号も「Op.25」だったものが「Op.41」になっています。
この時代は作曲家自身が自分の作品に番号を付けるということはなく、この番号は、言ってみれば商品の品番のように、出版社が付けていました。ですから、この「セレナード」の場合も、ベートーヴェンが以前の作品に手を入れて新しい作品として出版したのではなく(それだったら、作品番号も「Op.25a」みたいにするはず)、出版社が勝手に旧作に手を入れて、より需要の高い編成に直し(フルートではなく、ヴァイオリンで弾いても構わないようになっています)さも新しい作品であるかのように、新たな作品番号を与えて出版したのです。現に、ベートーヴェンは出版社に対して、「これは私の作品として出版してはいけない」と抗議していますからね。
まあ、そんな経緯は関係なく、今ではとても貴重なベートーヴェンによるフルートとピアノのためのレパートリーとして、リサイタルでは重宝されています。オリジナルの編成ではなかなか手軽に演奏できませんからね。
一応、この「編曲」は、オリジナルのフルートのパートはそのままに、残りのパートをピアノに弾かせるようにしているようになってはいます。ただ、フルートのパートは全く同じではなく、編曲者の裁量で少し変わっている部分がないわけではありません。例えば、第2楽章では、オリジナルが冒頭からフルートが優雅なメヌエットのテーマを演奏しています。
c0039487_22560690.png
しかし、この編曲ではその前半はピアノだけで演奏されています。そして途中からフルートが本来のパートを吹き始めるのですが、
c0039487_22560646.png
その音が、こんな風にオクターブの跳躍で始まっています。せっかくのフルートの美しいメロディをピアノに横取りされたうえに、こんな乱暴な入り方を強いられるのですから、これはとてもダサいセンスですね。
それと、第4楽章のスケルツァンドでも、トリオに入るところで、同じようにピアノがフルートのとてもおいしい旋律を持って行ってしまっています。
続いて演奏されているのが、「フルート・ソナタ」ですが、これは今では完全に偽作とされていますから、単にベートーヴェンの同時代の作曲家の何ということはない作品という以上の感慨はありません。
ただ、最後の「三重奏曲」は、きちんとベートーヴェンの自筆稿が残っているので、真作であることは間違いありません。これも編成は特殊で、正式なタイトルは「クラヴィチェンバロ、フルート、ファゴットのためのトリオ・コンチェルタント」というのだそうです。これは、自らがファゴットを演奏し、息子はフルート、娘はピアノを演奏するヴェスターホルト伯爵一家のために作られたのだそうです。これは、その3人に成り代わったこの録音での3人の名人芸をいかんなく堪能できるとても楽しい作品です。ここには確実に一過性には終わらない魅力があります。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-23 22:58 | フルート | Comments(0)
竹藪は蚊の大群でしょう
 久しぶりに青空を見たような気がしますが、気温も結構上がりましたね。職場では、1回出したものの、しばらく使っていなかった扇風機が稼働を迫られていました。外は暑くても、部屋の中だったら窓を開けて扇風機で軽く風を受けるだけで、もう快適そのものです。
 そんな中で今度の「かいほうげん」のページを作っているのに熱中していると、目の端でなんだか虫のようなものが動いた気配がありました。さらに、なんとなく右腕の肘のあたりに軽い触感が。もしや、と思ってそっと首を回すと、いましたよ。あの夏の昆虫が。
 でも、なんだか動きが鈍いですね。おそらく、まだ刺されてはいないような感じ、それをつぶそうとそっと左手を動かしていくと、いつの間にかいなくなってました。でも、あの様子ではそんなに遠くには行けなさそうなので、また近寄ってくるかもしれませんね。
 また作業に戻ってしばらくすると、やはり同じところにノコノコとやって来ましたよ。今度は用心して、慎重につぶしにかかります。軽くたたくと、まだ亡くなってはいないようで、少し足を動かしていますが、もう飛んではいけないようになっていました。
c0039487_21331223.jpg
 この後、しっかりつぶして捨てたのですが、別に赤いものは出てこなかったので、刺されてはいなかったようです。でも、また来たらいやなので、窓は閉めておきましょう。さすがに山の中ですから、もう出てきているんですね。今年初めての蚊との遭遇でした。
 その仕事部屋には、私のCDを収納する棚を置いてあるのですが、おととしの3月に新しい棚を導入して、大幅にCDの場所を入れ替えた時がありました。それは、今まで雑然と置いていた合唱関係やオペラのアイテムを、きちんとレーベルごとに並べ替えるという作業でした。その結果、なにかを取り出したいと思ったら、即座にそれが出てくる、となるはずだったのですが、実際にやってみるとそんなにうまくは行かなかったようですね。結局、前と同じように1枚1枚見ていかないと、なかなか目的のものは見つからないという状態のままだったんですね。でも、いいんです。とりあえずパンク寸前の棚が、多少の余裕が持てるようにはなりましたからね。
 ただ、中には、いくら探しても見つからないというものがあるようになりました。それは、バーンスタインがDGに録音した「カルメン」を、PENTATONEというレーベルで新たにSACDにしたものです。この前も書きましたが、これはオリジナルは「4チャンネル」で録音されていたものですが、結局DGからはそのフォーマットで出ることはなく、SACDのマルチトラックでやっとそれが聴けるようになったというものですね。これを買った時にはまだサラウンドは聴けなかったので、普通にステレオで聴いていたものを、ちゃんとしたサラウンドで聴いてみたいと、探してみたのですが、それが何回探しても出てこないんですよ。もう、オペラの棚は徹底的に探しましたし、別のところでこのレーベルが置いてあるところもしっかり探したのですが、どこにもありません。もしかしたら棚に入れないでその辺にあるかもしれないと思って、あちこちの平積みになっているCDの山もくまなく探したんですけどね。
 それが、ひょんなことから見つかりました。なんと、それはワーグナーの棚にあったのですよ。ワーグナーだけは数が多いのでオペラとは別のところに置いてあるのですが、そこに「ラインの黄金」と一緒になっていました。なんでこんなところにしまってあったのか、不思議ですね。
 さっそく聴いてみましたが、最初のシーンの子供の合唱で、しっかりリアの右側から子供たちが歌いながら歩いてくるのが分かりましたね。まあ、それこそ子供だましのようなものですが、ちょっと感動してしまいました。
c0039487_21331298.jpg
 前回、ブーレーズの「オケコン」をオリジナルのサラウンドで聴きたいと書きましたが、調べてみるとこれはちゃんとSACDのマルチトラックで発売されていたんですね。さっそく注文したのですが、レビューなどを見るとこれはどうやらオリジナルの4チャンネルではなく、普通の2チャンネルのマスターテープに残響成分を合成した「偽サラウンド」のようでした。ですから、あわてて注文を削除しましたよ。SACDの出初めの頃には、そんな詐欺まがいのことをやっていたんですね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-22 21:36 | 禁断 | Comments(0)
Hans Zimmer Live in Prague
c0039487_20160126.jpg








EAGLE ROCK/EVB 335709(BD)


どうしても「ハンス・ツィンマー」と呼びたくなってしまいますが、一応アメリカ式に「ハンス・ジマー」と呼ぶのが慣例になっているので、それに従いましょう。そんな名前でも分かる通り、生まれたのはドイツ、その後ロンドンに移住してさらにアメリカに渡り、今では世界的な映画音楽の作曲家になっている人ですね。
彼の作る音楽は、とても骨太でダイナミックなものから、繊細なものまでかなり幅広いような印象がありました。その中で、生のオーケストラと電子音(シンセサイザー)との絶妙なバランスによる独特なサウンドは、それまでの映画音楽のグレードをワンランク高めたものなのではないでしょうか。
そんなジマーが、2016年にプラハで行ったコンサートの模様が、2017年にBDなどでリリースされていました。
会場は、プラハのO2アリーナという、収容人員18,000人の屋内競技場です。そこを埋め尽くした聴衆の前で、ジマーはオープニングから度肝を抜いてくれました。まずはジマーが一人で現れて「Driving Miss Daisy」のテーマをピアノで弾き始めます。そのピアノも普通のアップライトではなく、もう少し小振りのスピネットタイプのおもちゃみたいな楽器ですから、なんかジマーのサウンドとはミスマッチ。そこに、クラリネット奏者が登場して、デュエットになります。そのクラリネットがすごく上手、あとで調べたらリチャード・ハーヴェイという、やはり映画音楽などを作っている作曲家でした。
さらに、セクシーなボンデージ・ファッションのヴァイオリンが2人と、スケルトン・チェロ(ヤマハ)が一人加わってひとくさりアンサンブルが披露されますが、少しリズム感がタイトになってきたな、と思った瞬間、後ろのカーテンが上がってそこに並んだドラムスとパーカッションがいきなり現れました。
曲は「Sherlock Holmes」に変わり、ジマーはなんとバンジョーを弾きだしましたよ。それが一旦暗転でブレイク、ベースのソロで「Madagascar」のリフが始まり、ジマーは燕尾服を脱いでシャツ姿になり、ピアノに向かいます。そして、そのリフが盛り上がってきた瞬間、さらに後ろのカーテンが上がって、ストリングスとブラス、そしてコーラスが現れました。これには客席も驚いて、スタンディング・オベーションですよ。このメンバーはチェコ・ナショナル交響楽団と合唱団ですって。
それからは、聴いたことのあるジマーの曲たちのオンパレード、オーケストラを駆使した重厚なサウンドから、ほとんどEDMといった感じのテクノ・サウンドまで、幅広いジャンルを網羅したジマーの世界が広がります。
演出も、照明がとても多彩で目がくらむほど。そして、最大の魅力がそのサラウンドのミックスです。いまや、映画のサウンドトラックはサラウンドが当たり前になり、単なるオーケストレーションではなく、しっかり音場まで設計されたアレンジが行われています。時には、それが的確な表現となって、映画全体のコンセプトを伝える大きな要素ともなりえています。そんな「思想」までが、このBDのサラウンド・ミックスでは見事に反映されているのです。
具体的には、オーケストラと合唱はリアに定位、フロントにバンドが広がるという、まるでステージのど真ん中にいるような定位になっています。ただ、ドラムスやパーカッションはシーンに応じて定位が変わり、前からも後ろからも迫ってきます。
スケルトン・チェロは、常にフロントでソリスティックな演奏を繰り広げています。この人は中国系のティナ・グオというチェリストで、クラシックのチェロや、二胡までも演奏します。なんでも、五嶋みどりとトリオを協演したこともあるのだとか。ただ、何カ所か、間違いなくソロを弾いているのに、音が全然聴こえないところがありました。これは音響のミスなのでしょう。
「動く」ジマーを見たのはこれが初めて、かなり老けた外観はちょっと意外でした。でも、このライブのサウンドには圧倒されました(あっとおどろくことばかり)。

BD Artwork © Eagle Rock Limited

[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-21 20:17 | ポップス | Comments(0)
前曲はデュカスとラヴェルになりそうです
 そもそものきっかけは、買い替えたブルーレイ・レコーダーが今まで使っていたアンプにつなげるための出力を持っていなかったことから、仕方なくHDMI対応のAVアンプを買ったことだったのですが、そこから芋蔓式(とは言わない?)に作ってしまったのが我が家のサラウンド・システムです。これがもはや、私が自宅で映画を見る時には、欠かせないものになってしまいましたね。なによりもすごいのは、そんなサラウンドの音声がそのまま放送で流れていて、それを録画すればその場でサラウンド対応のソフトが出来てしまうということです。
 しかも、映画の場合、音声をサラウンドで作るようになったのはかなり前のことなんですよね。ですから、かなりクラシックな作品でも、きちんとサラウンドになっているので、録画したいと思うものの大半はサラウンドで楽しむことが出来ます。
 ですから、極端な話、もう映画は劇場に行って観る必要がなくなってしまったと思えるぐらいですね。だって、私にとってわざわざ映画館まで行くことの意義は、そういうサラウンドを体験できることだけでしたからね。まず、あの大画面は、正直でか過ぎますよ。私は劇場ではまず最後列に座ることにしていますが、それでも大きすぎますからね。それがアクションシーンだったりすると、もう視界の中で物を見る許容範囲を超えてしまいますから、疲れるのなんのって。そもそも、人間の顔があんなに大きいのって、気持ち悪くないですか?
 あとは、画質、というか、明るさが不足していることがよくありますよね。昔行っていたMOVIXは、かなりそういう感じで、もう我慢が出来ないぐらい暗い時もありましたし、今行っているTOHOシネマだって、少しは良くなってますが、まだ不満を感じることはありますからね。
 あとは、エンドクレジットで、必要な情報を得る前にもう流れてしまって見えなくなってしまう事。自宅だったらポーズにすれば、しっかり細かいところまで見られますからね。
 そして、最大の欠点は、まわりに赤の他人がいっぱい座っていることです。最近では、映画に合わせて一緒に歌を歌ったり、踊ったりすることがあるのだそうですが、そんなところには絶対に行きたくありませんね。
 そんな、映画館の欠点を、すべて解決してくれるのが、自宅でのサラウンドなんですよね。もちろん、これはあくまで私の個人的な感想ですから、無視していただいて結構ですよ。
 サラウンドは、映画だけではなくオーディオの世界でも広がっています。まあ、ピュア・オーディオを信奉している人には、それは外道だと否定されてしまうかもしれませんね。私も、かつてはそうでした。でも、試しに、今まで買っておいたハイブリッドSACDのマルチトラック・レイヤーを聴いてみると、なかなか楽しい発見がありました。そもそも、今から何十年も昔に同じことをやっていた「4チャンネルステレオ」の音源が、そのままサラウンドになって発売されたりしていますから、これはたまりませんね。
 そんなもので、私が聴いてみたいと思うのが、かつてやはり4チャンネルに熱心だったCBSの音源です。たしか、ブーレーズがバルトークの「オケコン」をしっかり4チャンネルのための配置で録音したものがあったはずなので、これをサラウンド付きのハイブリッドSACDで復刻してくれないものでしょうかね。タワーレコードあたりで。
 ただ、その、昔の「4チャンネル」は、スピーカーはこんな風に設置することになっていました。
c0039487_22544505.jpg
 しかし、今のサラウンドで推奨されているのは、こういう置き方です。
c0039487_22544506.jpg
 私の職場でも、自宅と同じ機材を使ってサラウンドを聴いていますが、そのリア・スピーカーを、場所の関係で最初は上のように置いていました。でも、なんだかそれだといまいちサラウンド感が不足しているので、頑張って下のように置き換えてみたら、俄然リアの定位がくっきりとしてきました。これで聴き直してみたいSACDは、まだまだたくさんあります。
 そういえば、きのうの夜、来春のニューフィルの定期演奏会の前曲の候補曲を絞って、それを団長が今日になって篠崎さんに送ったのですが、その返信も1時間も経たないうちに届いたのだそうです。それこそサラウンドで聴きたいような曲が満載のコンサートになりました。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2018-06-20 22:56 | 禁断 | Comments(0)