おやぢの部屋2
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MOZART/Serenade No.10 for Winds 'Gran Partita'
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LSO Wind Ensemble
LSO LIVE/LSO5075(hybrid SACD)


モーツァルトの「グラン・パルティータ」は大好きな曲なので、新しい録音が出れば聴きたくなってしまいます。今回はSACDのマルチ・チャンネルで5.1サラウンドのミックスが聴けるので、この曲のサラウンド初体験となりました。
ライブ録音となっていますが、客席ノイズはほとんど聴こえてこないので、リハーサルの時のテイクがほとんどなのでしょうか。それぞれの楽器がとてもクリアに聴こえて、木管楽器は横一列に定位しているのが分かります。後列には真ん中にコントラバス、それを挟んで左右にホルンが2本ずつという配置でしょうか。面白いのは、前列が左からオーボエ、バセットホルン、ファゴット、クラリネットという順に並んでいることです。これはもしかしたら、クラリネットとバセットホルンというよく似た楽器の違いを、はっきり知ってもらいたいという配慮だったのかもしれませんね。
バセットホルンというのは、クラリネットの仲間とされていて、今の楽器では普通のクラリネットとバス・クラリネットの中間的な形をしていますね。
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しかし、この楽器の元の形、つまり「ピリオド楽器」としてのバセットホルンは、こんな奇妙な形でした。
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本体は途中でかなりの角度で折れ曲がっていますし、先の方には四角い箱のようなものがあって、その先にラッパが付いています。なんでも、こういう形になる前はもっと曲がっていて、それこそ「ホルン」のように、ほぼ半円形だったので、こんな名前が付いたのだそうですね。
この楽器は、結局クラリネットのように普通にオーケストラやブラスバンドの中で使われたりすることはなく、そのまま姿を消してしまう運命にあったのですが、モーツァルトがその音色にいたく惚れ込んで自分の曲の中に使ったために、かろうじて現在まで生きながらえることが出来ました。なんたって、最後の作品である「レクイエム」と「ティトゥスの慈悲」で、華々しい活躍の場を与えられていますからね。
この曲の第2楽章のメヌエットにはトリオが2つありますが、第1トリオがクラリネットとこのバセットホルンだけで演奏されるようになっています。これを聴くと、それぞれの楽器の場所が離れているので、その違いをはっきり聴き取ることが出来ますよ。そして、第2トリオになると、今度はクラリネットがお休みですが、バセットホルンはそのまま使われていて、オーボエとファゴットの間で絶妙な橋渡しを演じています。
第6楽章の変奏曲は、後にフルート四重奏曲のために編曲されています。かつてはフルート四重奏曲の方が先に作られていたと言われていましたが、今ではそれは完全に否定されているようですね。しかも、編曲を行ったのはモーツァルト以外の人だとも言われています。やはり、オリジナルのこの木管合奏の形を聴くと、ここには全く無駄なところがなく、それぞれのパートが過不足なくそれぞれの役目を果たしているな、という感じがしますよね。
その第5変奏では、後半の16小節目からオーボエのソロでとても美しいメロディが現れます。それを聴いて、なんだか今まで聴いてきたものとは違うような気がしました。この曲は、新全集でかなりの訂正が行われているのでここもそういうところかな、と思ったのですが、新全集でもこんな譜割りです。
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つまり、楽譜通りに吹くと、こんな風になるはずです。これが聴きなれた形。
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ところが、ここではこのように吹いているのですね。
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これは、要するに最初の「付点八分音符+十六分音符」という骨組みを「複付点八分音符+三十二分音符」という「イネガール」で演奏しているということなんですよ。農家の娘じゃないですよ(それは「稲ガール」)。確かに、調べてみるとホグウッド、アーノンクール、ブリュッヘンといった人たちは、このように演奏させていましたね。ただ、ヘレヴェッヘはやっていないので、必ずしも古楽の人たちがすべて励行しているわけではありません。まあ、趣味の問題ですね。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2018-07-31 23:23 | 室内楽 | Comments(0)
メインはジャーマンポテト
 きのうは、髪をカットしてきました。もうずっと通っている同じお店なのですが、いつもお願いしていた店長さんが他のお店に転勤になってしまったので、最後にその店長さんに切ってもらった時には、帰り際に名残惜しそうに、「次からはMさんにお願いしておきました」と言ってくれていました。そのMさんは一緒に並んで「よろしくお願いします」とあいさつしてくれたのですが、それが男性だったのがちょっとショックで、ろくすっぽ顔も覚えていませんでした。まあ、もうここには来ないかもしれない、と思っていましたからね。
 でも、そのあとでそのお店が新装開店して、その記念に割引クーポンが付いたハガキを送ってきました。あと2回ぐらい、2割引と3割引が受けられるみたいなんですね。ですから、まあその間は行ってみようかと思って、前回はその男の人を指名して、カットしてもらいました。まあ、別に不満はないのですが、なんとなく今までとは違った仕上がりにはなっていたようですね。現に、ニューフィルの女子が「美容室、変えたんですか?」と聞いてきたぐらいですからね。
 そして、きのうも同じ人を指名してから行ったのですが、今度は前とは別の男の人が私のカットの担当になっていて、前の人は隣の席で別のおばちゃんを相手に「素敵な髪ですねえ」などと見え透いたお世辞を言いながら仕事をしていました。予約を間違えるなんて、今度こそ、クーポンも使い切ったのでここはやめよう、と思いましたね。
 でも、今度の人は、なんだかずいぶん仕事が丁寧なんですね。なんか、ちょっと芸術家肌で、自分が気に入るまで何度も細かいところを修正する、みたいな感じで髪を切っているのですよ。ですから、ちょっと私もからかって「まるでアーティストですね」なんて言ってみたら、彼は「これが楽しくてしょうがないんですよ」ですって。それを聞いて、なんだかうれしくなってしまいましたよ。この仕事、自分から「楽しい」と思いながらやっている人なんて、あまりいないんじゃないでしょうかね。
 ですから、次からはこの人にやってもらってもいいな、と思いながら名札を見ると、その人が「Mさん」だったことが分かりました。そうか、この前は当然店長だと思って「店長さんでお願いします」と予約したら、隣のお世辞男が出て来たんで、今回の人が本当の「Mさん」だったんですね。だから、ちゃんと名前で指名したら、私に付いた、と。
 でも、いま顔を見ると全然タイプが違うのに、何で間違えたんでしょうね。まあ、男性だったからでしょう。あ、でも、女性でも分からないことがあるかも。この前の「杜の都合奏団」で、メインのトップを私の後ろで吹いていたクラリネットの人を、ずっと前回一緒だったWさんだと思い込んでましたからね。なんか違うな、とは思っていたんですけどね。
 今日のお昼は、そのお店の前を通って、いつも行く南光台の鳥料理店に行ってきました。そうしたら、いつもの鳥定食で、唐揚げの大きさが明らかに小さくなっているんですね。数は同じで。まあ、確かにこの値段(1100円)にしてはお得な内容だな、とは思っていましたから、別に値上げをしてくれても全然構わないのですが、こんなせこいやり方で実質値上げ、というのは残念です。
 だから、晩御飯は、久しぶりにひとりだけになっていたので、しっかりご飯を炊いて、オカズも自分で作ってみましたよ。
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 実は、この前の新田さんの歓迎会の時に、料理は行ってから好きなものを注文するというシステムだったので、私はメニューにあった三角油揚げを頼みました。でも、他の人はあまり頼んでいなかったので、本当は一人で一皿食べたかったのに、一切れ食べただけで、あとはみんなに上げてしまったんですよ。
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 それがとても残念だったので、この際だから藤崎まで行って(ここで売ってます)それを買ってきて、一人で思う存分食べようと思ったのです。そうしたら、冷凍庫にだいぶ前に買ってきたのが1枚残っていたので、それを解凍して食べました。でも、やっぱりこれは生にはかないませんね。機会があったら、ちゃんと新しいのを買ってきて、リベンジです。
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by jurassic_oyaji | 2018-07-29 20:27 | 禁断 | Comments(0)
WAGNER/Das Liebensmahl der Apostel
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Marcus Bosch/
Männerchor der vocapella
Deutsche Staatsphilharmonie Rheinland-Pfalz
COVIELLO/COV91806


ワーグナーの「使徒の愛餐」という合唱曲を知ってますか?そもそも、ワーグナーがオペラの中で歌われる合唱曲以外の、コンサートで演奏される合唱曲を作っていたことすら、ほとんどの人は知らないのではないでしょうか。
この時代には、ドイツ各地に「リーダーターフェル」と呼ばれるアマチュア、というか「ブルジョワ」が集まって結成された男声合唱団が数多く存在していて、そこの指揮者(リーダーマイスター)になることは音楽家にとって一つのステータスとされていました。「リエンツィ」、「さまよえるオランダ人」を成功させた若き作曲家、リヒャルト・ワーグナーも、ドレスデンのリーダーターフェルの指揮者としてのオファーを嬉々として受け入れ、その団体のためにいくつかの男声合唱のための曲を作ったのです。
その中で、1843年に作られたこの「使徒の愛餐」は、ドレスデンのフラウエン教会でワーグナー自身の指揮で初演された時には、1200人の合唱と100人のオーケストラによって演奏されたという、大規模な作品です。そのスコアには「男声合唱と大オーケストラのための、聖書からの場面」というサブタイトルが書かれています。
ほとんど「秘曲」ですから、録音も少なく、LP時代にはブーレーズ/ニューヨーク・フィル(1974年)とウィン・モリス/ロンドン・シンフォニカ(1978年)による盤しかありませんでした。これが、当時持ってたモリス盤。もう手放して、手元にはありません。
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CD時代になってからは、プラッソン/ドレスデン・フィル(1996年)とティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン(2013年)の盤が加わります。今回のボッシュの盤は今年リリースされたので新録音だと思ったら、実は録音されたのは2003年、2005年に「COV30408」という品番でリリースされたもののリイシューでした。
キリストの12使徒が歌うとされているその男声合唱は、まずア・カペラで全員によって歌い始められますが、しばらくするとそれが3つの合唱団に分割され、「第2コーラス」のみの演奏になります。楽譜の指定では、「第1コーラス」は、「第2コーラス」と「第3コーラス」よりも少ない人数で、となっています。
そのあとは、しばらく「第3コーラス」だけの演奏になりますが、やがて「第2」と「第3」が一緒になって、8声部の合唱となります。その合唱が複雑なポリフォニーを奏でる中、「第1コーラス」が登場、彼らはユニゾンで勇壮な単旋律を歌います。
テンポが変わって、重々しくなったところで、また合唱の編成が変わります。バリトン1、2とベース1、2がそれぞれ3人ずつの12人で歌われるサブ・コーラスと、残りのフル・コーラスとに分かれるのです。やがてテンポは速くなり、サブ・コーラスが主導権をとって音楽は進みます。
そして、またゆったりとしたテンポに変わった時には、全体が4声のフル・コーラスとなり、最後はホモフォニックのコラールとなったところで、やっとオーケストラが加わってきます。その時のトップテナーは、「ハイC」を歌わなければいけません。
全部で26分かかるこの曲で、このア・カペラの部分は17分も続きます。普通は、そんなに長く歌えば音が下がって、オーケストラとピッチが合わなくなってしまうものですが、ここでは見事に合っています。ただ、その前を細かく聴いてみると、場所によっては半音ぐらい下がっているところもありました。おそらく、要所要所でぴっちり合うように誰かが修正をしているのでしょうね。
オーケストラと一緒の部分は、さっきのバリトンとベース12人のサブ・コーラスとフル・コーラスが交代で歌い、最後は全員で盛り上がります。ただ、この合唱団はそんなに人数は多くはないようで、かなりしょぼい印象があります。やはり、「1200人」とは言わないまでも、もっと大人数が必要だったのでしょう。それでも、このライブ録音では、演奏が終わるやいなや「ブラヴォー!」の声が聴こえます。

CD Artwork © Coviello Classics

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by jurassic_oyaji | 2018-07-28 19:59 | 合唱 | Comments(0)
ただの「寝台」で良いような・・・
 早いもので、この間デザインが完成したチラシやポスターの印刷が来週には出来上がってきます。そうなると、いつものように私の広報活動が開始されることになって、いよいよ「臨戦態勢」に突入するわけです。そこで、それに必要な手順を思い出すために、半年前の「禁断」を読み返してみました。そうすると、それの直前にSさんの訃報が届いていたことも分かりました。もう半年、いや、まだ半年しか経ってなかったんですね。
 ただ、彼が亡くなっても、彼のFacebookのアカウントは削除されないでいるようでした。というか、亡くなった直後に書き込みがあったのでびっくりしたのですが、それは娘さんが書き込んでいたのですね。とてもしっとりとした、美しい言葉が並んでいました。そんな形で、本人はいなくなってもそのままにしておこうと思われていたのでしょうね。
 それがその後どうなったのか、せっかく思い出したのでちょっとそのFacebookを覗いてみたら、まず、亡くなったあとのお誕生日メッセージがしっかりありましたね。たしかに、ここだけのつながりではお亡くなりになったことが伝わらない人もいて、メッセージを送られることもあるのでしょうね。ただ、その中には、間違いなくそのことをご存知だと思われる方までいたのが、ちょっと不思議です。自分で出さなくても、勝手に届いたりすることがあるのでしょうか。まあ、おせっかいなFacebookのことですから、それはあり得ますね。
 その後、今度は他の人のタイムラインの記事にSさんがタグ付けされたものもありました。もちろん、それは故人が写っている写真ではない、ごく最近のもののようですから、これも勝手にタグ付けされたのでしょうね。そういうことは私もかなり体験していますから。
 ま、お盆も近いので、そんな「ミス」もなんだか笑って済ませられそうな気がします。Sさんがあの世で、なにか操作をしているんですよ。
 私も、1年で一番忙しいそんなイベントの準備で、なにかと作業が立て込んできました。それに加えて、さっきのチラシが出来上がるのと同時に出来ていなければいけない、メディア向けの企画書も作らなければいけなかったのを、「禁断」のバックナンバーで思い出させられたので、その作業にも手を付けてみました。でも、これを作る時に一番手間がかかる「企画の趣旨」みたいな部分は、いくらでも書くことがあるのですぐに出来上がって、チラシとチケットが手に入ったら、即刻送ることが出来ることでしょう。
 そんな中で、別の用事でほぼ毎日病院に行ってます。そこで、いつもエレベーターを使う時に気になっていた掲示を、写真に撮ってしまいました。
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 気になっていたのは、「寝台車」。まあ、「寝台」は「ベッド」ですから、それに「車」が付いているのだったら、この病院の中にはゴロゴロしていますよね。それがエレベーターに乗って来たって、何の不思議もないのでしょうが、私の感覚では、「寝台車」といったらこれですよ。
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 「ブルートレイン」ですよね。「はやぶさ」とか「あさかぜ」といったやつ。それがこのエレベーターに乗るんかい?、と突っ込みたくなってしまったものですから。
 でも、気になって調べてみたら、今ではそういう「寝台車」とは別の意味で、この言葉がよく使われているようなんですね。つまり、私は初めて知ったのですが、病院でお亡くなりになった方を葬儀場までお運びする「寝台を乗せる車」のことを、「寝台車」というのだそうですよ。うーん、それだったらエレベーターにも・・・乗りませんっ!
 あの「車のついたベッド」は、本当はなんて言うんでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2018-07-27 21:15 | 禁断 | Comments(0)
PTX PRESENTS: TOP POP, VOL. 1
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PENTATONIX
RCA/19075-83647-2


5人組のア・カペラ・グループ「ペンタトニックス」から、ベース担当のメンバー、アヴィ・キャプランが脱退したのは去年の5月のことだったいね(仙台弁)。その後にリリースされたクリスマス・アルバムでは、残りの4人だけで録音したものや、ベースのサポートに新たなメンバーを入れて録音したものなどが含まれていましたが、その時には今後このグループはどうなってしまうのだろうという危惧を抱いてしまったものです。
しかし、彼らは、その時のサポート・メンバーだったマット・サリーを新たなメンバーに迎えて、再出発を図っていたようでした。そして、その新しい顔ぶれによるこのアルバムを、今年の4月にリリースしたのです。
まあ、これだけビッグになってしまったグループですから、それはある意味当然の成り行きだったのでしょう。おそらく、彼らはレーベルとの契約によって将来にわたってアルバムを作る義務を課されていたはずですから、なんとしても新しいメンバーを加入させて、今まで通りのレコーディングを行っていくしかなかったのでしょうからね。その辺のシビアさは、おそらく日本では想像できないほどのものがあるのではないでしょうか。巨大ビジネスとなってしまったポップ・ミュージックの世界では、「権利」という名のもとに膨大なマネーが飛び交っているのでしょう。
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これが、現在の彼らのポートレートです。右端にいるのが、新加入のマットくん、他の4人とのファッションのセンスが、まるで違っているのがすぐわかりますね。彼らもデビューした頃はもっと素朴ないでたちだったのでしょうが、「成功」してしまうとこんなにもセレブ感が漂うようになってしまうのですね。
ただ、音楽的には、このメンバー・チェンジは成功しているようです。マットくんのベースは明らかに前任者よりもパワフルで、格段の存在感があります。差別と取られるのは心外ですが、それはマットくんの肌の色に由来するもののような気が、強くします。これで、リズムボックスのケヴィンとの相性もよくなり、全体としてサウンドがワンランクアップしたような気がします。なんでも、メンバーのインタビューでは人間的な相性も抜群なのだそうですから、これからの活躍が楽しみになってきました。
今回のアルバムでは、すべてヒット曲のカバー、あるいはマッシュアップとなっています。これは、彼らがデビュー当時の原点にこだわった結果なのだそうです。毎回、彼らのオリジナルでは素晴らしいものが聴けたのですが、そんな楽しみは次回以降に取っておけ、ということなのでしょう。
ただ、「ヒット曲」とは言っても、最近はこういう「洋楽」を積極的に聴くことはなくなっていますから、ここで取り上げられている曲のオリジナルは、1曲もなじみがありませんでした。それはそれで、純粋に彼らのア・カペラを楽しめばいいことなのでしょうが、ちょっとさびしい気がします。いつから「洋楽」はこんなに近づきがたいものなってしまったのでしょう。もはや「カーペンターズ」のレコードがどんな家にも1枚はあったという時代は終わったのですね。
それでも、やはり、ヒットする曲には確かになにか訴えかけるものがあるのでしょう。そんな中で、ケシャのヒット曲「Praying」では、冒頭のスコット(たぶん)のソロからして、ただならぬものを感じてしまいました。そのオリジナルを聴いたり、その背景を調べたりすると、これがどれほどの重さを持った曲であったかが分かります。それは、今の巨大な音楽業界の恥部を、赤裸々に告発するという極めて勇気ある行動の結果としての曲だったのです。ソロはスコットからミッチ、カースティンと替わり、最後にはこの3人のリードが揃ってクライマックスを迎えます。そこから生まれるメッセージには圧倒されるばかり、オリジナルともども、まだまだすばらしい曲が作られていることに、ちょっと安心したのでした。

CD Artwork © RCA Records

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by jurassic_oyaji | 2018-07-26 21:21 | 合唱 | Comments(0)
ヤマハのはとても軽いですし
 このところの仙台は、急に涼しくなりましたね。東京の方ではまだまだ猛暑が続いているというのに、連日20度台の気温にとどまってくれているのがうれしいところです。もう夕方などは窓を開けると涼しい風が入ってきて、快適そのものです。「熱中症」なんて、まるでよその世界の出来事のようです。
 たしか、去年もこんな感じのお天気だったんじゃないでしょうか。これからも猛暑が続くぞ、と言われたので、自販機の飲み物をかなり多めに注文したら、バッタリ暑い日が途絶えてしまって、大量の売れ残りが出てしまったのでした。ですから、今年は用心して、逆に売り切れが出てもあまり気にしない、ぐらいのスタンスで在庫を調整していますから。去年のようなことはないはずです。「学習」ってやつですね。
 ですから、きのうは木管のパート練習だったニューフィルも、会場のエアコンを少し低めに設定していると寒すぎるぐらいのコンディションでしたね。ただ、私はピッコロを吹いていると、なぜか体温が上がってくるようで、そんな寒い中でも汗をかいていたりします。まだまだピッコロに関しては常に最高のコンディションを保持するところまではいってないので、ちょっとした拍子にポイントが外れて、思い通りの音が出なくなってしまうことがあります。きのうも、合奏だと出番までの前にしっかり準備をしてから吹き始められるのに、パート練習だとそんな余裕をもらえずにいきなり吹き出す、なんてことがありますから、そこで焦ってひどい音になってしまうことが何度かありました。
 でも、それも一つの練習ですから、そういう時でも対応できるだけの技術を身に付けるようにすれば済むことなんですよね。ですから、それ以降は何とかいつも通りのコンディションが維持できるようになってきました。これが、まさに「学習」なんですよね。
 ところが、序曲のエンディングのところになったら、それだけのコンディションで臨んだにもかかわらず、音そのものが全く出なくなっていました。この期に及んで、まだこんなにひどくなるほど、私の技術は未熟だったのかと、がっかりしてしまいましたね。その次の出場所では慎重に唇を整え、楽器に当てる場所も絶対間違いのないところにしたにもかかわらず、やはり全く音が出ませんでした。
 これは重症です。いったい、今まで私は何のためにこの楽器を練習してきたのでしょう。もう目の前が真っ暗になってしまいましたよ。
 と、マウスピースの中を見てみると、穴の中に何か入っているようでした。まさか、と思って楽器の先を見てみると、そこには掃除用のスワブが入ったままになっているではありませんか。ピッコロは木製なので、水分をとるために1度吹くと必ず中をふき取るようにしています。それを、抜かないでそのままにしていた楽器を、吹いていたのですね。
 次のフレーズからは、そのスワブを楽器から抜いて吹いてみました。ピッコロからは、私が頭に描いていたのと同じ音が出てきましたよ。普通の管楽器というのは、管の途中に何も入っていない時にちゃんとした音が出るように作られていたんですね。
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 ですから、ピッコロを吹く時には、中にスワブなどの異物が入っていないかを確かめることがぜひ必要なのです。なにか、とても大切なことを「学習」したのだな、と、その時気が付いたのでした。
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by jurassic_oyaji | 2018-07-25 21:04 | 禁断 | Comments(0)
White Light/the space between
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Hugo Ticciati(Vn), Matther Barley(Vc) Gareth Lubbr(Voice)
Soumik Detta(Sarod), Sukhvinder Pinky Singh(Tabla)
O/Modernt Chamber Orchestra
SIGNUM/SIGCD532


ヒューゴ・ティチアーティというイギリスのヴァイオリニストは1980年生まれ、その名前から思い当たるかもしれませんが、指揮者のロビン・ティチアーティの3歳年上のお兄さんです。彼もロビン同様に才能に恵まれてヴァイオリニストとして大成、さらに現在はスウェーデンで「O/Modernt(オー・モダーン)」という音楽祭を自ら創設し、大胆な活動を展開しています。
この「O/Modernt」というスウェーデン語は、英語だと「Un/Modern」となるのだそうです。つまり、「Modern」と「Unmodern」、「現代」から「非現代」まで幅広い時代の音楽と関わっている、ということなのでしょう。
このアルバムには、その音楽祭が母体になったオーケストラがティチアーティとともに参加。タイトルの「White Light」というのは、ここで演奏されているアルヴォ・ペルトの言葉に由来、さらに、「the space between」という意味深なサブタイトルは、そこに西洋の音楽とは全く異なる文化と思想を持っているインドのミュージシャンが加わって、「お互いに」インスパイアし合っている様をあらわしているのでしょう。
さらに、ここではきちんと形になっている作品の間に、即興的なインタープレイが挟まって、このアルバムは2枚組という長大なものになりました。めげずに聴いてちょうだい
まずは、ペルトの「シルワンの歌」が、オーケストラの弦楽合奏によって演奏されます。ティチアーティがコンサートマスターとしてアンサンブルをリードしていますね。これはもう「ヒーリング」の定番、ピュアな和声の中に、無条件に身をゆだねてしまう、ある意味「危険」な音楽です。
そして、まずはインド音楽の擦弦楽器サロードと、ヴァイオイリンによる即興演奏です。サロードというのは、シタールよりは小振りの、ほとんどギターぐらいの大きさの楽器ですが、その独特の音色とポルタメントで、一気にインドの雰囲気が高まります。
次に登場するのは、お馴染み、ラトヴィアのヴァスクスです。「Distant Light」というタイトルのその曲は、演奏時間が30分以上かかる単一楽章のヴァイオリン協奏曲です。ティチアーティのソロは、先ほどのペルトよりもさらに浄化されたような、瞑想的な音楽を延々と奏でますが、しばらくするとこの作曲家ならではのヴァイオレンスが爆発、終わりごろにはなんと「ワルツ」まで登場するという起伏の激しさで迫ります。
もう一人の作曲家は、ジョン・タヴナー。この人の、本当は7時間もかかる「晩祷」のための曲の中の「Mother of God, Here」という曲が、最初はサロードの即興演奏が加わったバージョン、次に弦楽合奏だけのバージョンで演奏されます。
その2曲の間をつなぐのが、ギャレット・ルッベという、かつてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者を務めたこともあるヴィオラ奏者の方の、ヴィオラではなく、「倍音唱法」による即興演奏です。なんでこんなところに入っているのかは謎ですが、このショッキングな「演奏」には圧倒されます。この唱法、モンゴルの「ホーミー」が有名ですが、ここでルッベがきかせてくれるのはそれよりももっと洗練された響きを持っています。全部で2時間かかるこのアルバムの中のたった2分間ですが、これが最大の収穫に思えてしまうほどのインパクトがありました。
しかし、曲はまだまだ続き、その後にはビートルズ・ナンバーが2曲演奏されています。ジョージ・ハリスンが作った「Within You Without You」という「Sg. Pepper」B面の1曲目は、元々インド音楽のパクリですが、それをインドのアーティストが演奏しているのが魅力的、彼らが最後にリリースしたアルバム「Let It Be」に収録されているジョン・レノンの「Across the Universe」では、もろペルト風の弦楽合奏への編曲で、このアルバムになじんでいます。
最後は、インドのメロディをもとに、チェロのマシュー・バーリーをソリストにしたしっかり20分ほどの作品が演奏され、この多くの要素が詰まったアルバムは終わります。

CD Artwork © Signum Records

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by jurassic_oyaji | 2018-07-24 23:10 | 現代音楽 | Comments(0)
ブルーがかわいいですね
 なんたって、私のハンドルネームが「ジュラシック」ですから、最新作の「ジュラシックワールド/炎の王国」は見逃すわけにはいきません。いや、別に見逃してもいずれWOWOWで見れるので全然構わないのですが、やはりこれだけは劇場で見ておきたいですからね。
 そこで、このところのお気に入り、TOHOシネマズで上映時間を調べてみると、なんだか字幕版の上映回がずいぶん少なくなっているようでした。吹き替え版の半分もないのですよ。なんか、スクリーンも一番小さいところみたいですし。劇場で吹き替え版なんて絶対に見たくありませんから困ったものだ、と思っていたら、なんと字幕版は「IMAX」がメインで上映されるような体制になっていたのですね。「イマックス」じゃないですよ。「アイマックス」です。最近は普通の映画だったら劇場で見るより自宅で見た方がいいかな、と思うようになっているのですが、「IMAX」に限っては、絶対に自宅では再現できませんから、これはラッキー、でした。というか、仙台にTOHOシネマズが出来た時に、やっと仙台でも「IMAX」が見られるようになったのですが、いまだにその恩恵にあずかれないでいるものですから。なんたって、「ゼロ・グラビティ」を「IMAX」で見たくて、わざわざ浦和まで行ったりしてましたからね。
 ただ、「IMAX」の場合は料金設定が普通のと違っているのが問題です。普通の大人1800円の映画は私は1100円で見られますが、そんな割引がきくのかどうか、まず確かめなければ。それで、いつもは券売機でチケットを買うのですが、わざわざ店員さんが対応してくれる売り場で買ってみました。幸い、しっかり割引もきいて、IMAX+3D+メガネ買い取りで900円余計に払わされて、ちょうど2000円で見られることになりました。
 IMAXのスクリーンは、フロントからさらに上にエスカレーターで登ったところにありました。
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 入り口がスクリーンのすぐ前になっているので、そのスクリーンの大きさがよく分かります。IMAXの特徴は、普通のスクリーンより縦方向に長くなっているんですよね。ですから、それをきちんと体験するのには、真ん中辺に座るのが一番いいことが分かっていましたから、そのあたりの席をとりました。まだ公開から1週間しか経っていないのに、客席はスカスカでしたね。
 ただ、本当のIMAXは、カメラも専用のものが使われて、そういう縦にも長い画面になっているのですが、この作品の場合は、普通にワイドで撮ったものをIMAXに変換したもののようでしたね。ですから、スクリーンの上下に隙間が出来ていたのが、ちょっと悲しかったですね。それでも、3Dの画面はなかなか楽しめました。
 そして、サウンドは、ものすごい音でしたね。やっぱり、こんなのを自宅で再生することはとても不可能です。ただ、音楽はちょっと陳腐でしたね。それこそ「ゼロ・グラビティ」あたりで、最新の映画音楽の可能性を見せつけられていたので、これは全然物足りませんでした。
 結局、このシリーズは「生きた」恐竜を見られるのが、最大の魅力なんでしょうね。そのための手法は第1作から変わっていなくて、実体のないCGと、実際に「物」として動いているロボットを上手に組み合わせています。そのどちらとも、作を追うごとにクオリティが上がっているのがよく分かります。おそらく、その違いを実際に見てもらいたくて、わざわざ第1作と同じシーンを作ったりしていましたからね。はいはい、それは十分に分かりましたよ。
 まあ、その分ストーリーは、はっきり言ってどうでもよくなっているのではないでしょうかね。なにやら哲学的なことを、「レジェンド」のジェフ・ゴールドブラムに語らせてたりしますが、なんか底の浅さしか感じられません。人間までクローンだったというのは、いかにもとってつけたような設定ですね。そして、あのエンディング。これは、もう次回はない、と考えていいのでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2018-07-22 21:10 | 禁断 | Comments(0)
音楽業界の動向とカラクリがよ~くわかる本[第4版]
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大川正義著
秀和システム刊
ISBN978-4-7980-5136-9


秀和システムから数多く出版されている「よ~くわかる本」というハウツー本のシリーズの一環で、こんなものを見つけました。なにやら、音楽業界の最新の情報が詳しく分かりそうなタイトルですね。しかも「第4版」というのですから、改訂を重ねてより新しい事項を盛り込もうという著者の熱意も感じられます。調べてみると、「第2版」は2010年、「第3版」は2013年、そしてこの「第4版」は2017年に刊行されていますから、それだけこの業界の変化は激しいのでしょう。
ただ、普通の「音楽ファン」が知りたいような情報は、ここにはあまり見当たりません。これはあくまで音楽産業という「ビジネス」の世界での話がメインになっている本で、正直ちっとも面白くありません。
そんなガチの業界本だと思っていると、ところどころに著者のレコーディング・エンジニア時代の体験談とかそれに関したスナップ写真などが現れます。ただ、この本の流れから行くと、そういうコンテンツにはとてつもない違和感を抱かざるを得ません。経営者としての視点と、現場の職人としての視点がごっちゃになっているんですね。
そんな、とんちんかんな感覚が如実に表れているのが、最後あたりの「補足」での「音楽業界の主な職種」というコーナーです。そこには、「音楽業界に就職しよう!」という見出しのもとに、「就職先」が語られているのですが、そこに「作詞家」、「作曲家」、「アーティスト」などという項目があるのですよ。そこに、「就職先として考えるのは無理があります」なんてコメントがあるんですから、完全に矛盾してますよ。
その「補足」の「資料編」というところをさらに読み進んでいくと、こんなページがあったのには本当に驚いてしまいました。
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なんと、これはまさに2000年2月29日に発行された「かいほうげん」のNr.116に掲載されていたものではありませんか。ということは、著者はこれを目にしたことがあったのでしょうか。いやぁ、可能性として考えられないこともありませんが、これはそのまま「ジュラシック・ページ」のコンテンツとしてこちらにアップしてありますから、それを見てパクったというのが正解なのでしょうね(作った者としてはパニクってしまいます)。
その行為自体はけっこう嬉しかったりもしますが、著者が作り直したこのチャートには問題がありすぎます。まず、右の上の方に「1895年 米国 ベルリーナ・グラフォフォン設立」というのは、「ベルリーナ・グラモフォン」の間違いです。どうせコピペするのなら、きちんと元の資料に忠実にやってほしいものです。年号も微妙に違っていますが、まあこれは諸説あるので許しましょうか。
そして、ここでは、「かいほうげん」にはない項目が追加されています。「かいほうげん」ではあくまでEMIに限ってのチャートを作っていますから、「世界のメジャーレコード」というからにはそれ以外のレーベルを追加しなければいけません。そこでまず、「1962年 英国 米デッカレコード買収」という箱を追加しています。これは主語がないという不思議な文章、しかも「英国」ではなく「米国」の話です。この年に、かつては英デッカの子会社から独立したレーベルだった米デッカが、MCAに買収されたということを書きたかったのでしょう。それと、ここではEMIはユニバーサルミュージックに吸収されたような書き方がされていますが、これもクラシックに関しては間違い、現在ではほとんどのクラシックのアイテムは、ユニバーサルではなくワーナーからリリースされています。
こんなデタラメなものが「かいほうげんをもとに作成」などと言われるのは、非常に迷惑です。その前に、「本書の全部または一部について、出版元から文書による承諾を得ずに複製することは禁じられています」と言っている「出版元」が、「かいほうげん」(あるいは「ジュラシック・ページ」)の作成者の承諾を得ようとしなかったのには、笑えます。

Book Artwork © Shuwa System Co., Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2018-07-21 20:54 | 書籍 | Comments(0)
ニューフィルの翌日が初日
 ということで、晴れて今度の定期演奏会のチラシが完成しました。前回のタイトルの直しの他に、ソリストがコンクールの入賞者なので、コンクールの事務局の計らいで「日立システムズホール仙台」と「仙台銀行ホール」という、2つの仙台市のホール(そんなの、あったっけ?)でもチケットを預かっていただけることになったので、それも校了ギリギリに追加していたはずです。今回は、そんな急な展開にもかかわらず、いつのもデザイナーさんはしっかり対応してくださって、完璧なものが出来上がりました。
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 この「消し難きもの」をこの間練習した時には、新田さんはおそらくそれまでには誰も聞いたことのないような解釈を披露して下さっていました。そこに、わざわざチラシでもこのタイトルを大きく扱った意味があるのですが、私は以前新田さんがお書きになったこの本を読んでいたので、すんなりついていけました。
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 そこで、もう一度読み返してみたら、実際にこの曲の具体的な部分での細かい説明(それは、すべて客観的な資料に基づいています)が書いてある部分があったことに気づきました。ですから、その部分だけでも次回の「かいほうげん」に転載すれば、少しは曲に対する理解が深まるのではないかと思い、一応その旨をご本人に伺ってみることにしました。
 さいわい、転載についてはお許しが出たので、おそらくそれは実現するはずです。ただ、出来ればこの本そのものを読んでもらうに越したことはないので、この本の現在の流通状況を聞いてみました。実は、これを出した出版社は一度倒産していて、たとえばAmazonあたりでは取り扱いが止まり、中古本にものすごい値段が付いていたことがあったのだそうです。でも、現在は普通に在庫品がAmazonでも買えるようになっています。ただ、その在庫がなくなると、もう入手は出来なくなるというのですね。
 でも、新田さんのご自宅にはいくらか現物が残っていて、それをニューフィルの団員には少しお安く提供することが出来るのだそうですよ。詳細は公式掲示板に書きましたので、この機会にぜひ入手することをお勧めします。おそらく、次の指揮者練習の時にはお渡しできるのではないでしょうか。
 このコンサートの本番は10月21日、萩ホールです。なぜ、いつもの東京エレクトロンホール宮城が使えなかったのかというと、その次の日から劇団四季のミュージカル「オペラ座の怪人」の上演が始まるからです。当然、ステージのセッティングなどは終わっていますから、そんなところでコンサートなんかできません。でも、あのオペラ座のセットで「妖精の丘」を演奏する、なんてのも面白いかもしれませんけどね。
 ということで、10月22日に初演を迎えるにあたって、主催者はそのチケットを抽選で入手させるという方式をとりました。確かに、普通に取ろうと思っても、なかなか取れませんから、抽選の方が恨みっこなしでいいのかもしれませんね。山下達郎なども最近はそのようになっているみたいですからね。
 ですから、私もダメモトでその抽選に申し込んでみました。申し込むと、「7月19日までに結果をお知らせします」というメールが届いていました。「~まで」というのは、「それ以前に」という意味ですから、だいぶ前からメールは気にしていたのですが、なかなか届きません。もしかしたら、当選したのにメールが来ないのかもしれないな、などと思ったりもしてしまいますね。それで、18日に、なんとなく四季のサイトの「購入済チケット」というところを見てみると、その日のチケットがもうすでに購入したことになっていましたよ。「お買い上げ」は18日でした。ということは、もう抽選は終わってチケットの手配も出来て、そこでメールが来るのだな、と思って待っていたのですが、その日はメールは届きませんでした。やっぱりメールだけ出し忘れ?
 そうしたら、19日になって、待望のメールが届きましたよ。なにも、こんなにじらせなくても、決まったらすぐによこせばいいものを。でも、当たってよかったですね。いったいどのぐらいの倍率だったのでしょうか。
 そのメールによると、普通のチケットはすぐに送ってくるのに、この初演のチケットだけは本番直前、10月にならないと送らないのだそうです。転売防止、でしょうかね。
 ニューフィルのコンサートのチケットも抽選で予約、なんてことになったら、すごいですね。
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by jurassic_oyaji | 2018-07-20 21:38 | 禁断 | Comments(0)