おやぢの部屋2
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BYE-BYE BERLIN
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Marion Rampal(Voc)
Raphaël Imbert(Sax)
Quatuor Manfred
HARMONIA MUNDI/HMM 902295


イギリスの作家クリストファー・イシャウッドが1939年に発表した短編集「Goodbye to Berlin(さらばベルリン)」は、1930年代のベルリンを舞台にして彼自身の体験をもとに書かれた小説です。これは1951年に「私はカメラ」というタイトルで戯曲化されますが、さらに1966年にはロッテ・レーニャがキャスティングされたミュージカル「キャバレー」となり、それが1972年にライザ・ミネリ主演で映画化されることによって、多くの人に知られるようになりました。
今回のCDのタイトルは、そのオリジナルのタイトルに対するリスペクトのあらわれでしょう。これは、「さらばベルリン」で描かれた時代に実際に作られていた曲を集めて、そのころ、つまりヒットラー政権前夜のなんともゆがんだ、ということは芸術的には極めて実りの多かった時代の空気を再現しようとしたものです。
ここでの主役は、フランスのシンガー・ソングライター、マリオン・ランパルです(ブックレットにはわざわざ「ジャン=ピエール・ランパルとは無関係!」とありました)。そしてそのバックを務めるのはマンフレッド・カルテット(弦楽四重奏)と、サックス界の鬼才ラファエル・アンベールです。
登場するのは、ワイル、シュルホフ、アイスラー、そしてヒンデミットにベルクと、まさにある時期「退廃音楽」とカテゴライズされた作曲家たちの作品です。これらは、ランパルのけだるいヴォーカルと、アンベールなどによって施されたぶっ飛んだ編曲によって、オリジナルをはるかに超えた「あぶなさ」を見せています。なにしろ、そのアンベールときたら、最初のうちはバス・クラリネットでワイルの「ユーカリ」などをしゃれっ気たっぷりにサポートしているのですが、同じワイルの「ベルリン・レクイエム」の中の「溺れた少女のバラード」では、サックスで「溺れる少女」が水の中でもがき苦しむ様子を狂ったように描写したりしているのですからね。
中には弦楽四重奏のオリジナルの作品も取り上げられていて、それらは「素」のままで見事なメッセージを伝えてくれています。特にシュルホフの「弦楽四重奏曲第1番」の第4楽章からは、不安だらけの音楽が切ないほどに聴こえてきます。同時に、同じシュルホフでもピアノ曲を編曲した「5つのジャズ・エチュード」からの「シャンソン」や、ワイルの「弦楽四重奏曲ロ短調」の第2楽章などからは、それとは正反対のロマンティシズムたっぷりの熟れた音楽さえ味わえます。
そんな文脈の中で、なんとヒンデミットの「さまよえるオランダ人」が登場します。これもオリジナルの弦楽四重奏のための作品ですが、正式なタイトルは「朝の7時に、湯治場の二流の保養楽団が初見で演奏しているような、『さまよえるオランダ人』の序曲」という、これだけでワーグナーを完全におちょくった曲であることが分かるものです。ですから、このCDではヒットラーのお気に入りだったワーグナーに対する痛烈なアイロニーとして、この曲を扱っているのですよ。私見では、これはそれほどのものではなく、もっと軽い冗談として受け取った方が良いような気がするのですが、ここでのマンフレッド・カルテットはあまりにまじめにそんなプロテスト感を込めて演奏しているものですから、その暑苦しさが逆に滑稽に思えてしまいます。というか、こんな演奏ではヒンデミットが仕掛けたおかしさは絶対に表現できないと思うのですけどね。
悪いことに、ここではそれを、ランパルたちに言わせれば「ダダイズム風のコラージュ」として使っているのですよ。つまり、この曲は最初と最後の一部分しか演奏されず、その間にアルノ・ビリング(ミシャ・スポリャンスキー)の「ラヴェンダー・ソング」という歌が歌われているのです。これで、ヒンデミット版「オランダ人」の中で一番面白いところが見事にカットされてしまいました。そんなの、おら、やんだ(東北弁)。その結果、このCDはしょうもないクズとなったのです。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.

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by jurassic_oyaji | 2018-09-20 21:05 | 現代音楽 | Comments(0)
メーカーはONKYO
 私が今職場で使っているサラウンドのためのAVアンプは、これまでずっと使ってきた普通のオーディオ・アンプとはずいぶん「性格」が違っているのには、驚かされます。まあ、普通のアンプだったら仕組みはとてもシンプルで、入力切替とボリュームだけを操作すれば済んでいました。そもそも、アンプの仕事としては、入ってきた音声信号を、スピーカーで再生できるだけの大きさにするという、文字通り「amplify(アンプリファイ)=拡大」だけのことだったはずです。もちろん、その際には元の信号をいかに忠実に「拡大」するか、ということが問われるわけで、それはもう買った時の価格によって決まってしまいます。そして、それは右と左の2つのチャンネルについてのみ行われるだけでした。
 ところが、AVアンプとなると、そういう仕事はもちろん押さえたうえで、様々な入力と出力に的確に対応してそれなりの処理を行うという仕事が加わります。それはもう、よくこんだけのものがこなせるな、と驚くほど多岐にわたっています。入力では、サラウンドだとDTSとDOLBYがそれぞれ何種類かの世代が用意されていますし、SACDのDSDのサラウンドにも対応しています。
 そして、それを出力する時も、私のアンプの場合はまだ最高が5.1でしたが、最近では7.1とか9.1にも対応しているのでしょうね。これも、ユーザーの環境に応じてセンタースピーカーやサブウーハーをなくした設定も出来ます。私の場合は4.0にして使っています。
 そんなもろもろのことを、間違えずに行うのですから、時には嫌気がさして休みたいな、と思うこともあるのでしょうね。買ってすぐに、1つの系統からの音が全く出なくなってしまったことがありました。でも、それはちゃんと「リセット」が行えるような操作方法がマニュアルに書いてあるので、その通りにしたら見事に直ってしまいましたよ。やはり、あまり根を詰めないように、一休みしてもらうというのが、こういう機械の場合も必要なのでしょうね。ただ、これを行うと、それまで設定していたものが元に戻ってしまうのでまたやり直さなければいけないのが、ちょっと面倒ですけどね。
 先週の連休前に、やはりそんな「過労」によるトラブルが起こりました。なんと、全部の系統の音が出なくなってしまったのですよ。「来たな!」と思ったので、もうためらわずに「リセット」を敢行します。しかし、やはり音は出ません。もうやけになって何度も「リセット」を繰り返すのですが、結果は変わりませんでした。
 ということは、もはやこれは本格的に修理をしなければいけないような状態になってしまったのでしょうか。でも、そんな手間をかけるぐらいなら、いっそ別のものを新しく買った方がすぐ使えますから、そちらを検討した方がいいかもしれませんね。そんなことをいろいろ考えながら、暗澹とした気持ちで連休を過ごしたのでした。
 そして、きのう出勤して、そのアンプにスイッチを入れると、まるで何事もなかったように音が出てきましたよ。しっかり休養を取ったので、元通りに働けるようになったのでしょうか。どんな機械でも、おかしくなるにはちゃんとした理由があって、そこを直せば元に戻るものなのですが、こうなると、もう「機械」だと思ってあちこち点検するのが全く無意味に思えてしまいますね。
 新しくなった自宅のウォシュレットも、なんだか不思議な動向を示していました。トイレのドアを開けて中に入ると、その瞬間便器の中が明るくなって「清掃」が始まるんですよ。これが、もっとグレードの高いのだと、そこで蓋が開くのでしょうね。なんか、たかが便器がそこまで人間に対して卑屈になっているのが、なんとも馴染めません。
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 それと、この間書いたように、ちゃんと座らないとお湯が止まってしまうのも、しっかり「注意書き」があったのですね。ただ、いくら注意しても止まることがあるのでちょっとそのあたりを見てみたら、なんとなく遊びが多すぎるようでしたので、間に厚めの紙を入れてその遊びを少なくしたら、前の機種と同じ感覚で使えるようになりましたよ。こういう、目に見える形で原因が分かってこその「機械」ですよ。
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by jurassic_oyaji | 2018-09-19 23:56 | 禁断 | Comments(0)
BERNSTEIN/Wonderful Town
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Danielle de Niese(Eileen)
Alysha Umphress(Ruth)
Nathan Gunn(Baker)
Simon Rattle/
London Symphony Orchetra & Chorus
LSO LIVE/LSO0813(hybrid SACD)


サイモン・ラトルが、現在の自らのオーケストラとともにバーンスタインのミュージカル「ワンダフル・タウン」の新録音をリリースしました。
このミュージカルは、1944年の「オン・ザ・タウン」に続き1953年に作られた2番目のもの、台本と歌詞を書いたのは、前作と同じくアドルフ・グリーンとベティ・キャムデンのチームです。その時に彼らが元にしたのが、ルース・マッケニーという人が書いた自伝的な小説をジョセフ・フィールズとジェローム・チョドロフが脚色した戯曲、「マイ・シスター・アイリーン」です。これは1940年に上演され、1942年には映画化もされています。
その映画で主人公を演じたロザリンド・ラッセルが、このバーンスタインのミュージカルの初演では同じ役を演じています。そのオリジナル・キャストによる録音は、こちらで聴くことが出来ます。
ラトルにとっては、これが2度目の録音となります。1度目はEMIのために1998年の6月に録音されました。彼のバーミンガム時代ですね。ただ、この時のオーケストラはそのバーミンガム市交響楽団ではなく、「バーミンガム・コンテンポラリー・ミュージック・グループ」という名前になっています。
もちろん、この作品は「オペラ」ではなく「ミュージカル」ですから、上演される時のオーケストラは非常に少ないメンバーになるはずです。彼の3番目のミュージカルでバーンスタイン(正確には、オーケストレーターのシド・ラミンとアーウィン・コスタル)が指定したメンバーの人数は31人でしたから、ここでもそのぐらいの人数で演奏されるスコアだったのでしょう。もし、ラトルがそれに近い編成で演奏していたのだとすれば、とても「交響楽団」とは呼べないでしょうね。
しかし、今回の演奏では、「ロンドン交響楽団」という名前がどんどん書いてありますし、「この録音の時のオーケストラのメンバー」という詳細なリストまでブックレットには掲載されています。それによると、弦楽器は12型ですから、ちょっと小振りですが、管楽器は本来のマルチ・リードではなく、きちんと専門の楽器を別々の人が演奏しているようですからしっかり「交響楽団」になってます。ただ、ここで加わっている大量のサックス群とドラム・セットは、元々オーケストラにはいませんから、エキストラが参加していますけど。
物語は、オハイオの田舎に住んでいた小説家志望のルースと女優志望のアイリーンという姉妹が、大都会ニューヨークにやって来て様々な人と出会い成長していくという、まるで「朝ドラ」のような展開のお話です。このミュージカルは2010年に日本でも(日本人によって)上演されていますが、その時の上演時間は2時間半超だったそうです。このラトルのコンサートではどのような形だったのかは分かりませんが、このSACDでは音楽の部分だけが集められて、1時間10分に収まっていますから、それほど長くはありません。とは言ってもその分のセリフがまるまるカットされているのでしょうから、これを聴いただけではそのストーリーの流れはほとんど分からないでしょうね。ここで対訳も何もついていないのは、そのようなことを鑑みてのことだったのでしょうかね。
ですから、このSACDではバーンスタインの音楽をストレートに味わうことが出来ます。全体の雰囲気は、物語のコミカルさを反映してかなり明るい、というかノーテンキなビッグ・バンド・ジャズの世界です。ただ、時折、先ほどの「3番目」のミュージカル、「ウェストサイド・ストーリー」を思わせるようなキレの良いダンス・ナンバーが入っているのが魅力でしょうか。それは、あちらの「マンボ」につながる「コンガ!」と、「クール」の先駆けの「スウィング!」でしょうか。
ルース役のアンプレスは、まさにハマり役ですが、アイリーンにデ・ニースを使ったのはあまりにももったいないような気がします。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2018-09-18 21:46 | オペラ | Comments(0)
指揮者が音叉で音をとってました
 この三連休は、なにかとヴァラエティに富んでいましたね。
 まず、土曜日は、先日、注文できるかどうかわからないと言われていたウォシュレットが無事入荷したというので、その代金を払いにホームセンターに行ってきました。なかなか連絡が来なかったので、不安になっていたのですが、木曜日にちゃんと手配できて、値引きもできるという電話があったんですよね。
 そこに行った時に、「平らな」お風呂の蓋があったので、それも買ってきました。うちの風呂蓋も最初はそういう、3枚の板を組み合わせたものだったのですが、それがいつの間にか壊れてしまって新しいのを買おうとしても、なかなか同じサイズがなかったんですよ。それで、切って使う丸める形の蓋を買ってきて、それをずっと使ってました。でも、これはすぐゴミが「谷」の間にたまって、洗うのが大変なのですよね。ですから、前から探していたのですが、こんなところにありました。
 そして、日曜日は私が使っているフルート(パウエル)の代理店が毎年来ている展示会とクリニック。ちょっと予約の時間より早く会場に着いたので、ロビーでブラブラしていたら、私の名前を呼ぶ声がしたので振り返ると、それは仙台フィルのAさんでした。行先はもちろん同じ。Aさんは私の前の時間の予約でした。待っている間に、Aさんは並んでいる楽器を同じ「シランクス」を吹いて音出しをしていましたから、材質の微妙な違いを間近で味わうことが出来ました。Aさんが吹くと、金はちょっと重め、やはり銀の方が素直な音が出ていましたね。私も、今の銀で満足しているので、もう無理に金や木管(これは私も吹いてみましたが、いまいち魅力がありませんでした)を試すようなことはないでしょうね。
 その私の楽器ですが、最低音のHのキーのタンポが破れていると言われてしまいました。確かに、見事に破れています。全然気が付きませんでしたよ。それも、クリニックなので無料で交換してくれました。それだけでなく、結構バランスも狂っていたようで、あとで吹いてみたら見違えるように楽に音が出せるようになっていましたね。やはり1年に1回は調整をやらないと。
 そして、今日の月曜日は、さっきのウォシュレットの工事が夕方に入っていましたが、まずはその前に「エストニア国立男声合唱団」のコンサート。私も一応会員の大学の男声合唱団のOBがマネージメントをしているのですが、別に私はチケットを買っただけで、単なるお客さんでした。ですから、そんなに集客は期待できないだろうと思って会場の萩ホールに行ったのですが、開場時間にはあそこの弓道場あたりまで列が出来ていたのでびっくり。これだったら、ニューフィル並みのお客さんではありませんか。
 ただ、私がいつも行っている2階席はガラガラだったので、前の方に座りました。でも、開演時間前にはかなりの席が埋まっていましたね。やはり、これだったらニューフィル並みの集客になったのではないでしょうか。
 この合唱団は、NHK交響楽団の定期演奏会で、シベリウスの「クッレルヴォ交響曲」を演奏するために、エストニアの指揮者ヤルヴィが招いたものでした。それで、最近エストニアの合唱団と何かと縁がある仙台でのコンサートも実現した、ということのようでした。ですから、私のところにもこのコンサートのゲラやら、東京でのコンサートでのプログラム解説なども届いていました。それによると、プログラム自体はほぼ東京と同じようでしたが、トルミスのソロ・フルートと男声合唱のための曲が仙台ではカットされていましたね。他の、チェロが加わる曲(2曲)のためにはちゃんとチェリストが同行したようですが、フルーティストは現地調達だったのでしょうか。仙台では吹ける人がいなかったとか。
 でも、彼らのトルミスには、もうそのプログラムだけで十分堪能できました。その中の1曲は実際に私も歌ったことがあるのですが、とても同じ曲とは思えませんでしたね。もう、声自体が全然違います。それは、洗練には程遠い音なのですが、トルミスには絶対に必要な声なんですよね。というか、普通の歌い方でトルミスを歌おうとする合唱団がいたとしたら、それはかなり危険なことだということが強烈に実感されてしまった演奏でしたね。特にソリストが、ものすごく個性的で圧倒されました。
 そのステージが始まる前に、ステージに合唱団が入ってきたと思ったら、そのまま山台に座ってしまいました。
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 そして、客席の前にいた一団が、やおら「返礼」ということで「斉太郎節」をステージに向かって歌い出しました。これも、本当は私あたりもそこに居なければいけなかったのでしょうね。
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 最後のアンコールで、日本人の団員がこのツアーの直前に亡くなったということで、「夕焼け小焼け」とエストニアの曲をミックスした編曲を聴かせてくれました。これが、ソリストも合唱もとても美しい日本語だったのには、感動しました。もう、日本人が歌うよりも日本人らしい日本語だったんですからね。
 彼らが歌う「クッレルヴォ」もとても楽しみです。これは、いずれ放送で聴けることでしょうね。
 帰ってくると、ちょうど工事屋さんが着いたところで、新しいウォシュレットに交換してくれました。ところが、ちゃんとテストをしてから帰ったのに、私が使おうとするとお湯が出てきません。焦って調べてみると、前の機種よりかなりしっかり座らないと、スイッチが入らないようなのですね。なんだか、自動洗浄機能みたいのが付くようになったみたいですが、ちょっと使い勝手は変わってしまったようです。
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by jurassic_oyaji | 2018-09-17 22:05 | 禁断 | Comments(0)
BRAHMS/The Symphonies
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Daniel Barenboim/
Staatskapelle Berlin
DG/483 5251


各方面で活躍しているバレンボイムが、いつの間にか新しいブラームスの交響曲全集を録音していました。実際のセッションは2017年の10月ということですから、1993年のシカゴ交響楽団との録音から、もう24年も経っていたのですね。ついこの間だと思っていたのに、月日の経つのは早いものです。
そのDGのCDは、国内盤では今月の12日にすでに発売になっています。輸入盤も14日発売予定でした。普通はこの全集だとCD2枚か3枚に収まりそうなものですが、ここではそれぞれ1曲ずつの4枚組でした。そうしないと、曲の途中でCDを交換しなければいけなくなるのでしょう。ただ、お値段はCD2枚分相当というのは、良心的?
ところが、そんなCDの発売より前に、なんとNMLでの配信が始まっていましたよ。月に2000円ほど払えば聴き放題というこのストリーミング・サービスでは、こんなメジャーはレーベルまで扱っていたんですね。今までは、かなり前に発売されたものしかなかったような気がしていたのですが、こんな「出来立てほやほや」のアイテムまで聴けるなんて、すごすぎませんか?
そこで、せっかくですので聴いてみることにしました。まず、その演奏時間を見て、確かに4枚組にしたことに納得です。たとえばこの間聴いたヴェンツァーゴの全集だと「3番」と「4番」がまるまる1枚に収まっていたのに、バレンボイムの場合はどのように組み合わせても普通のCDの容量を超えてしまうのですからね。しかも、「1番」と「2番」では第1楽章の提示部の繰り返しを行っていないにもかかわらず、ですから。
つまり、ここでの彼のテンポはかなりゆったりしている、ということになります。確かに「1番」などは、とても遅いテンポでした。しかし、それは別に、いわゆる「巨匠」が重みを付けて遅く演奏するのとはちょっと状況が違っていました。バレンボイムは、それぞれのフレーズを納得のいくまで磨き上げていて、その結果テンポが遅くなっていただけなのです。ですから、そこからは手をかけられたことによってより情報が豊かになった音楽が伝わってきます。というか、これくらい丁寧に歌い上げないことには、本当のブラームスの姿は見えてはこないのだな、と実感できるのですね。
その上で、バレンボイムは、必要とあらばどんどんテンポを動かして、時には荒々しいほど切迫した場面を作ったりもしています。それも、ベースがこの遅いテンポだったからこそ、より際立った効果があげられたのでしょう。もちろん、いわゆる「巨匠」が多用する無意味は「タメ」は、この演奏には全くありません。
それに気が付くと、他の交響曲ではどうなのかが知りたくて、いつの間にか全曲を聴き通していました。時には、そんな予想できない動きについていけないメンバーもいるようで、管楽器と弦楽器が激しくずれていたりもしましたが、それもしっかり「味」となっていますしね。
弦楽器の配置は、ヴァイオリンが左右に分かれて、コントラバスが左手に来るという対向型、「第4番」のフィナーレでのヴァイオリンの掛け合いが楽しめます。殴り合いではありません(それは「対抗型」)。
このオーケストラにはフルートの首席奏者が2人いますが、1、4番と2、3番を吹いている人は別の人だとはっきり分かります。突き抜けるような存在感を示している人が、ソロが多い1番と4番を吹いているのは納得です。4番のソロなどは、わざわざサブマイクの入力を上げていますし。
それと、ティンパニの迫力はすごいですね。録音会場(ピエール・ブーレーズ・ザール)の音響特性も加わって、圧倒されます。
ただ、そんな素晴らしい演奏を楽しみつつも、やはりAACの音には不満が募ります。いや、最初のうちはなかなかやるじゃない、という気もしたのですが、さすがに4曲聴き通すと、その音の雑さ加減は鼻に付いてきます。
とは言え、おそらく、今のCDは店頭から撤去され、しばらくは入手できないでしょうから、これは貴重な音源です。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

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by jurassic_oyaji | 2018-09-15 21:18 | オーケストラ | Comments(0)
ドイツ・グラモフォン
 多分あしたの「おやぢ」になると思うのですが、手持ちの新譜CDが底をついてしまったので、たまにはNMLあたりからなにか聴いてみようと思いました。そうしたら、トップページで「バレンボイムの四半世紀ぶりのブラームス」みたいな案内を大々的にやっているのが見つかりました。これには驚きましたね。いや、別に「四半世紀ぶり」にではなく、こんなところで宣伝されていたことにです。
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 このサイトは、定額でクラシックの音源をストリーミングで好きなだけ聴くことが出来るというサービスを行っていますが、それは確かに充実したラインナップではあるのですが、決してすべてのものが聴けるわけではありません。なにしろ、スタート時には、このサイトの母体であるNAXOSと、それに関係したレーベルの音源しかなくて、それほどの魅力はなかったのですよね。このレーベルですからレアなものはありますが、普通に多くの人が愛聴しているメジャーなものはありませんでした。
 それが、いつの間にかユニバーサルやワーナーのよく知られた音源までもが、ここで聴けるようになっていたのですね。ですから、それにソニーが加われば、世界中のレーベルが集まってしまうことになるのですが、さすがにそれは無理でしょう。
 とは言っても、それらのメジャー・レーベルから提供されている音源は、もうすっかりカビが生えたようなものばかりでした。CDでもまとめてボックスで一山いくらで売るようなものがほとんどだったのではないでしょうか。ですから、こんな録音したてのアイテムがここで聴けるなんて、ちょっと信じられない気がしたのですよ。
 いや、実はこのブラームスは、NMLで配信を始めた時にはまだCDは発売されてはいませんでした。言ってみれば、まだ映画館で上映されてない映画のブルーレイを発売するようなものですよ。そんなものを出してしまえば、誰もお金を出して映画館に行かなくなってしまうのと同じことで、ここで聴けるのならCDの売り上げが悪くなってしまうはずですからね。現に私などは、ここで聴いてしまえば、もう数千円を出してCDを買うことはありませんからね。ここでは音だけではなく、ブックレットのPDFまで手に入りますから、もう「物」としてCDを買う必要は全くなくなってしまいますよ。
 まあ、それで全曲を一通り聴いて、なんたって音源はAACだし、それをPC経由で聴いているのですから音質的にはちょっと不満はありますが、演奏自体は堪能できました。そこで、参考までにこのCDを扱っている通販サイトの案内を見に行ってみました。なにか別の情報があるかもしれませんからね。そうしたら、そこではこれが「販売停止」扱いになっているではありませんか。確か、ちょっと前に見た時にはしっかり発売日が書いてあったはずなのに、いったい何が起こったのでしょう。
 そう言えば、ちょっと気になることはありました。さっきのNMLの案内に、「最近URLが変わりました」という告知があったのですよ。そして、同じページにはランキングとしてこのアルバムが1位と3位にランクインしているのですよ。全く同じものですが、そのリンクを見ると微妙に違っています。それで「1位」の方のリンクはもう使えなくなっているのですよ。「3位」の方はちゃんとつながります。そのURLは製品の品番ですから、同じものに2種類の品番があるということですね。
 さらに、今度はtwitterで検索してみると、なんだかこのCDにはとんでもない編集ミスがあるようなtweetが見つかりました。具体的に演奏のタイミングや、小節を挙げているところもあります。でも、私が聴いたものには、そんな変なところはありませんでしたね。
 ということは、最初の品番のものにそういう欠陥があったので、別の、修正したものに差し替えたということなのでしょうか。ですから、それを聴きつけた通販サイトでは、さっそくその欠陥商品を回収して、新しいものが出来上がるまでは販売を中止することになったのだ、ということなのでしょう。
 だいぶ前ですが、やはりこのレーベルのブラームス(たしか、同じ3番だったような)に全く同じ編集ミスがあって、即座に新しい製品(SACD)が作られた、ということがありましたね。そういうことがすぐできるようになっているのですね。
 そう言えば、私が買った、やはりブラームスの別の曲のSACDでも、これは販売元から「編集ミスがあったので交換いたします」という通知が来たことがありましたが、もう何年も経つのにいまだに正規品は手元には届いていません。
 でも、そのミスの部分、聴いてみたかったですね。実は、別の個所、2番の第2楽章の冒頭で、これは編集ミスではなく、ホルン奏者がとんでもない音を出しているところがあったのですが、これは修正の対象にはならなかったのでしょうか。こんなのこそ、「編集」で簡単に消せるはずなのに。
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by jurassic_oyaji | 2018-09-14 21:31 | 禁断 | Comments(0)
EICHBERG/Symphony No.3, Morpheus
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Robert Spano, Joshua Weilerstein
Danish National Concert Choir
Danish National Symphony Orchestra
DACAPO/8.226144


その作品が「パンク・ロックからオペラまで」と言われているデンマークの現代作曲家、セアン・ニルス・アイクベアは、1973年にシュトゥットガルトに生まれました。彼はデンマークとドイツでピアノと作曲、そして指揮法を学びますが、2001年にブリュッセルで行われた「クイーン・エリザベス作曲コンクール」で優勝してからは作曲家として活躍することになります。そして2010年にはデンマーク国立管弦楽団の最初の「コンポーザー・イン・レジデンス」に就任しました。それ以来、彼はこのオーケストラのために数多くの作品を提供することになります。
さらに、彼はオペラもこれまでに4つ作っています。その中でも、2014年にイギリスのロイヤル・オペラ(コヴェント・ガーデン)からの委嘱で作られた「Glare」は、「SFオペラ」、あるいは「ロボット・オペラ」と呼ばれて、センセーションを巻き起こしたそうです。ここではソプラノのロールがロボット(アンドロイド)なんですね。なんでも、男がそのロボットの包みを開くところがオープニングなのだとか。そこで鞭を出して(そ、それは「SMオペラ」)。
彼の作品は多岐にわたっていて、その中にはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノのために作られた「Natsukusa-Ya」というタイトルの室内楽もあります。もちろん、これはあの「夏草や 兵どもが 夢の跡」という芭蕉の句をモティーフにしているのでしょうね。
このCDで演奏されているのは、デンマーク国立管弦楽団でのポストでの2つの成果です。それぞれ、作曲された直後にデンマーク放送によって録音されています。
まずは2015年に作られた「交響曲第3番」です。これを指揮しているのはロバート・スパーノ。この作品は、作られたころにはもう余命いくばくもないと分かっていた作曲者の父親にささげられています(父親は2017年に亡くなりました)。この曲の中には、ですから作曲者の個人的な別離の思いが込められているのだそうです。
編成はオーケストラの他に混声合唱と電子音が加わります。電子音は、ほとんどバックグラウンドのように漂っていますが、合唱はかなり重要なファクターとして登場します。
CDでは曲は8つのトラックに分かれていますが、それは楽章の区分ではなく、音楽はほぼ切れ目なく続いています。
まず、冒頭では日本の祭太鼓のような大きな太鼓のリズミカルなイントロに続いて、電子音ともオーケストラのクラスターとも判別がつかないサウンドが響きます。その、なんとも不安を誘う響きは、かつて見たデンマークのテレビドラマ「キングダム」のサントラととてもよく似た雰囲気を持っています。そこに、なんともおどろおどろしい合唱が入ってきて、恐怖感をあおります。なにか、リゲティの「レクイエム」が思いおこされる部分です。
それが、一瞬にして静まり6/8のリズムに乗って聴こえてきたのは、ニルセンが作った子守唄「Solen er så rød(ご覧、お日様が赤いよ)」です。しかし、それも暴力的なクラスターで中断されます。
その後の「Ruhig aber genau(静かに、しかし正確に)」という部分では、まさに正確なリズムに乗って、安らかな音楽が進みます。そこに、「Wer kann es sagen(誰がそれを語れるだろう)」という、ほとんどア・カペラに静かなオーケストラのバックが付いた合唱曲が続きます。
さらに、煽り立てるようなオーケストラの部分(なぜか、ビートルズの「A hard day's night」の引用が)に続いて、合唱による壮大なコラールが登場します。これはヴォカリーズによって歌われ、オーケストラはまるで映画音楽のように感動的にそれを煽ります。それもなにかアイロニカルな変拍子のオスティナートで中断されますが、またコラールが再現、そこにはなんとも言えぬ平穏な世界が広がるのです。
もう1曲は2013年に作られたオーケストラのための協奏曲「Morpheus(眠りの神)」です。指揮はジョシュア・ワイラーステイン。こちらは文字通りオーケストラだけで、やはり目くるめく色彩的な音響世界を体験できます。

CD Artwork © Dacapo Records

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by jurassic_oyaji | 2018-09-13 22:18 | 現代音楽 | Comments(0)
Yさんという指揮者ですが
 ニューフィルでは、秋の定期演奏会に向けての指揮者練習がまだ2回しか終わっていないというのに、もうすでにその次の来年春の定期演奏会のパート譜が配られ、すぐにさらえるようになっています。確かに、そのコンサートでは普段はあまりやらないフランス音楽だけのプログラムですから、譜読みだけでも結構大変なので、時間がかかることを見越してのことなのでしょう。
 もちろん、私も、なにしろ今回の演奏会はヒマですから、すでに楽譜が配られる前にネットからダウンロードして譜読みを始めていましたけどね。実際にパートが決まってみると、「魔法使いの弟子」には乗らないことになったので、逆にこの曲ではすべてのパートで代奏の可能性が出てきてしまいました。ですから、乗り番の曲のほかに、それもきちんとさらわないといけなくなりましたよ。
 そんな、「魔法使いの弟子」モードになりかけた時に、さる指揮者がコンサートでこの曲の「ストコフスキー版」を演奏した、というニュースが伝わってきました。この曲は、なんと言ってもディズニーの「ファンタジア」の代表的なナンバーとして有名ですから、ストコフスキーとのかかわりは大きなものがあります。というか、あの映像からこの曲を知った、という人も、今では多いのではないでしょうか。もちろん、あのアニメの中で演奏しているのがその「ストコフスキー版」なのでしょうね。
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 正直、私はあそこでは原曲をそのまま演奏しているのだとばかり思っていましたから、これはちょっとしたショックでした。それで、いったいどのぐらい手を入れているのかを、さいわい手元にスコアもありますから、確かめてみることにしましたよ。
 そうしたら、まず22小節から2小節新たに挿入されているところが見つかりました。そこでは、その前のホルンのフレーズのエコーのようなものが演奏されています。
 ところが、彼がこのように新しい素材を加えたのはこの部分だけ、それ以後は、ひたすら小節をカットしていく作業が続きます。それは、
123小節目から3小節
132小節目から3小節
141小節目から6小節
177小節目から11小節
228小節目から12小節
285小節目から9小節
304小節目から3小節
313小節目から3小節
321小節目から3小節
360小節目から3小節
378小節目から6小節
396小節目から3小節
450小節目から3小節
729小節目から6小節
816小節目から3小節
825小節目から6小節
873小節目から6小節
909小節目から6小節
933小節目から2小節

 という19ヵ所、合計97小節がカットされていたのです。差引95小節、原曲より少なくなっていました。オリジナルは940小節ありますから、その1割以上が少なくなっているということですね。
 どうやら、ストコフスキーの仕事はこれだけだったようです。オーケストレーションなどは1ヵ所ピッコロが楽譜と違う音を出しているところを確認できましたが、それ以外はまず原曲に忠実に演奏しているようです。いや、アニメでは動きに合わせてやたらとシンバルが追加されていますが、それはSEとみなすべきでしょう。
 もちろん、カットした場所を含めて、全て耳で聴いただけでの判断ですから、本当は違っているかもしれませんから、その辺はおおらかに。
 とにかく、このカットは細かいんですよね。確かに、これが施されているところは冗長気味ですから、3小節ぐらいカットしても誰も気が付かないのではないでしょうか。
 はっきり言って、こんな作業に音楽的な意味など全く感じることはできません。ですから、正直、こんなものを「ストコフスキー版」と言われても、本人はあまりうれしくないような気がするのですけどね。
 さらに、ちょっと気になるのは、このアニメのためのフィラデルフィア管弦楽団との録音は1937年の12月から始まるのですが、その直前の1937年の11月に同じオーケストラに録音したものでは、こんなカット(と追加)は一切行っていないのですよ。つまり、ストコフスキーは、ここではオリジナルをそのまま演奏しているのです。ですから、そもそも「ストコフスキー版」などというものは、存在してはいなかったのではないでしょうか。彼がこんなチマチマとしたカット作業を行ったのは、コストを下げるためにアニメの尺をひたすら縮めるためだったのではないのか、と本気で勘繰りたくなってしまいます。
 そんなものを、わざわざ「ストコフスキー版」と銘打って演奏した指揮者って・・・
 でも、私はそのコンサートは聴いていないので、それがどういうものだったのかは知る由もありません。もしかしたら「ファンタジア」以外の「ストコフスキー版」というものが存在していたのかもしれませんね。
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by jurassic_oyaji | 2018-09-12 21:37 | 禁断 | Comments(0)
PARK/Choral Works
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Stephen Layton/
The Trinity College Cambridge
HYPERION/CDA68191


イギリスの作曲家オワイン・パークは、1993年生まれという若さにもかかわらず、多くの有名な合唱団から作品を委嘱されている売れっ子です。彼の作品は殆どが合唱関係のもの、その次に多いのがオルガン・ソロのための曲です。それ以外には室内楽の作品がいくつかと、今のところオーケストラの作品は小さな「ファンファーレ」1曲しかないようですから、基本的に合唱曲がメインの作曲家ということになるのでしょう。
彼自身も、実際にソリスト、あるいは合唱団のメンバーとして歌っていますし、もちろん指揮も行っています。さらに、オルガニストとしても活躍しています。
彼の合唱作品は、これまでも多くのアルバムの中に収録されてきました。最近聴いたものでは、こちらのポール・マクリーシュとガブリエリ・コンソートのアルバムの中での、「Ave maris stella」がありました。さらに、ナイジェル・ショートとテネブレのアルバムでも「Footsteps」という曲が紹介されていたはずです。
そして早くも彼の「ソロ・アルバム」がレコーディングされました。これまでに彼に多くの作品を委嘱してきたスティーヴン・レイトンとケンブリッジ・トリニティ・カレッジ合唱団が、「もうそろそろ作ってもいいだろう」と思ったのでしょうね。
彼の公式サイトによれば、2014年からレコーディング時の2017年までに作られたア・カペラの合唱作品は23曲ありますが、その中の14曲がここで演奏されています。
そんな、ほとんど「アンソロジー」とも言うべきこのアルバムで、彼の作品をまとめて聴いてみると、そこからはなにかこの作曲家が他の人とは完璧に異なる感性をもっているな、という思いがこみ上げてきます。正直、これらの作品には、今の作曲家にありがちな「美しいメロディ」などはほとんどありません。しかし、彼の作品には、そんな上っ面なキャッチーさには頼らなくても、真の「美しさ」を伝える術が備わっているのではないか、と強烈に感じられる瞬間が、確かにあるのですよ。
それは、たとえば独特な和声感。それは「~風」と呼んでしまうにはあまりにも独創的なものです。つまり、ここではほとんど「フランス風」と言っても構わないようなふわふわした和音は登場するのですが、それらはメシアンやプーランクの作品には現れるものとは微妙に異なっているのですね。それはまさに「パーク風」でしかないのです。
もう一つの彼のユニークさは、過去の作曲家の作品、あるいはその時代の音楽の巧みな引用です。長い歴史の中に埋もれずにまだ影響力を持っている素材に、彼が手の内にした独特の技法を施して、得も言われぬ美しさを作り上げる、そんなことがいともたやすくできる人なのでしょう。
最後の「The spirit breathes」という曲だけは、合唱はオルガンと共演しています。このオルガン・パートが、合唱とは別の意味でとても秀逸、そこでは、「美しさ」をあえて封印してまで、オルガンの機能を全開にさせて刺激的に迫る、パークの音楽に対する別のアプローチを体験することが出来ます。彼のポテンシャルは無限なのでは、とさえ思えてきます。最後にオルガンで「Happy birthday to you」のメロディが引用されているのは、この作品がさる教会の225周年とともに、新しいオルガンが「誕生」したことを祝うために委嘱されたことに対する、彼なりのジョークなのでしょうか。
そんな「すごい」人なのですが、このアルバムではその「肉声」を聴くことが出来ます。彼は実はこの合唱団のメンバーで、ベースのパートを歌っているだけではなく、「Trinity Fauxbourdons」という曲の中の「Nunc dimittis」ではソロを歌っているのです。それは、とても包容力のある暖かい歌声でした。
彼の名前は、この合唱団の前作、2017年1月に録音された「ロ短調ミサ」のメンバー表にも見られますから、その頃に参加したのでしょう。自作を録音する時に、よく作曲家が立ち合うことがありますが、彼の場合はメンバーとして立ち会っていた、というのが、やはりユニークですね。

CD Artwork © Hyperion Records Limited

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by jurassic_oyaji | 2018-09-12 00:23 | 合唱 | Comments(0)
自動開閉機能なんて、要りません
 私が作っているウェブサイトでは、最初はプロバイダから提供されたサーバーを使っていましたがそこが次第に手狭になってきたので、ある時期から画像などは殆ど別のサーバーを借りて、そこにアップするようにしています。そこは、10GB使えて月額税抜100円というリーズナブルなところです。これだけあれば私のサイトの画像だけだったら余裕がありすぎるので、別のサイトが丸ごと2つ入っていますし、ニューフィルのハイレゾ音源や、演奏会の時の大量の写真なども楽々アップできますから、そこからダウンロードすることもできます。
 それと、職場と自宅のPCでファイルを共有するための、言ってみれば「クラウド」も、FTPを使って運用しています。
 そんなに用途が広がっているので、ここが使えなくなると大変なことになります。さいわい、これまでにこれといったトラブルはなかったので、その点は安心して使えます。ただ、毎年の料金をきっちり期日までに支払わないと、「家賃未納」で「退去」させられてしまうので、それは用心が必要です。
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 こんな感じで、今までは滞りなく納め続けてきました。もし、1日でも滞納すると、ただちにサーバーからすべてのデータが削除「ディーリー」されるようになっているので、去年からは「自動納入」というシステムをつかって、決して払い忘れのないようにしていました。
 今年も、8月末にこのテーブルを見てみたらしっかり「自動納入」の設定になっていました。ですから、9月1日にスマホ経由でまた見てみたら、しっかり納入されていたので、一安心です。でも、一応念のために翌日PCで見てみると、そこは「未納」のままだったのです。どうやら、クレジットカードの使用期限が終わっていたようなのですね。これが怖いですね。そこで「使用期限切れです」という案内が来ればいいのに、それもないので、もし気が付かなかったらデータが全部消されているところでした。
 ですから、これからは、手動で納入するようにしましたよ。
 これは使い始めてから8年目ですが、普通の家電製品はそのぐらいになるといろいろトラブルが出てくるものです。
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 これは、もう11年も使っている我が家のトイレのウォシュレットです。最近、この「やわらか」というところを押しても、全然やわらかくなくなってしまいました。それでは困ることもあるので、この際新しいのを買うことにして、これを買ったヨドバシに行ってみました。そうしたら、今の機種にはこの「やわらか」が付いているものはもうなくなっているのだそうです。確かに、そこにあったカタログを見ると、全部そのようになっていましたね。でも、それだったら別に買い替える必要もないので、あきらめるしかありません。これは、当時は普通に売られていたものなんですけどね。
 でも、サイトのカタログを見ると、そこにはちゃんと「ソフト洗浄」という機能が付いた機種も載ってましたよ。ということは、ヨドバシにあるカタログとは違うカタログがあるのでしょうか。確かに、ヨドバシのには「リテール向け」という注釈が付いていましたね。もしかしたら、家電屋ではなく、業者専用のカタログがあるとか。
 そこで、中山観音の裏にある大きなホームセンターに行ってみたら、ありましたよ。その「ソフト洗浄」が載った別のカタログが。でも、値段がかなり高めですね。ただ、それは蓋が自動開閉する機能が付いているやつで、今のと同じ機能しかないシンプルなものはそんなに高くはありません。お店の人に聞いたらそれは取り寄せられるし、値引きもできるということで、お願いしておきました。ただ、その代理店が北海道にあるんですって。週明けに連絡するのだそうですが、果たしてその代理店はもう仕事ができる状況にはあるのでしょうか。
 そんな心配もあったので、他のホームセンターにも行ってみたのですが、どこにもこの「リテール向け」じゃないカタログは置いてありませんでしたね。そこの店員さんに聞くと、この機種は普通の小売店では扱わないんですって。だとしたら、さっきのお店は?さあ、はたして私はこのウォシュレットを入手することはできるのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2018-09-09 20:36 | 禁断 | Comments(0)