おやぢの部屋2
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20.5周年記念
 私が最初に自分のウェブサイト「ジュラシック・ページ」を作ったのは、1998年のことでした。ということは、今年はその「20周年」の年になっていたんですね。うすうすそんな気はしていたのですが、なんとなく確かめられなくて「先送り(@僕らは奇蹟でできている)」してました。たしか、そのサイトにそのあたりの日付を記録していたページがあったはずだと思って探して見たら、やはりこちらにありました。それによると正式開通は1998年5月31日午前11時30分となっていますね。もう半年も前に「20周年」は終わっていたのでした。
 まあ、遅まきながら自分でお祝いをしてやりましょう。
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 それにしても、よくこんなに長く続いたものです。というか、これを作った時に最初に目指したのが「相互リンク」作りで、その頃有名だったサイトとつながった時はうれしかったですね。その「リンク」もずっと更新していなかったのでこの間チェックしてみたのですがすでにリンクも消えていてサイトがなくなっているところもある中で、結構その頃のサイトがまだしっかり生き延びていることも分かりました。私の感覚では、最近は一から自分で作るサイトはほとんどなくなっているような印象がありますね。というか、どっちかと言うとウェブサイトではなくブログとかが主な発信の元になっているのでしょうし、さらにはSNSで何もしなくても簡単にネットでのつながりをもてるようになっていますから、手間暇をかけてサイトを運営するようなことはなくなっているのではないでしょうか。
 ただ、それとは別に、その20年前にウェブサイトを作っていたような人は、淡々と自分のスタンスでサイト作りを続けていたのでしょう。私もそんな中の一人、ということにしておいてください。
 さっきの「顛末」のページにも書きましたが、私のサイトはニューフィルの団内紙「かいほうげん」のコンテンツを集めたものが最初の形でした。これは、第16号から私が担当するようになっていて、その時点では100号近くになっていました。それまで「かいほうげん」の中でその時どきの演奏曲目に関する様々なエッセイを書き続けていて、それがある程度好評だったしけっこうの量がたまっていたので、これだったらよそに出してみてもいいかも、と始めたのでした。
 「ジュラシック」が出来る前に、ニューフィルのウェブサイトというものもすでにありました。もちろんそれは別の団員が作っていたのですが、私はまだパソコンが使えなくて、「かいほうげん」も当時の「ワープロ」を使って作っていたぐらいでした。ですから、そんなネットの仕事も広報係の私の仕事なのに、と、そういうスキルを持っていないことをとても残念に思っていましたね。
 まあでも、私は、とりあえず今までやって来た紙媒体による広報を地道にやっていこうと思って、そんなネットのことは関わることはないだろうと思っていました。でも、しばらくして、ひょんなことからパソコンを使い出したら、ほぼ自動的に自分のウェブサイトが出来てしまったので、そこに公式サイト的なコンテンツも作るようになっていました。そしてちょうどその頃は、元からあった公式サイトは更新もされずにほったらかしにされていたので、そちらの面倒も私が見るようになったのです。それで、サーバーも新しくして、1999年の9月1日に私独自のデザインでリニューアルされています。
 それ以来、私は「ジュラシック」と「仙台ニューフィル公式サイト」の2つのウェブサイトを管理することになり、それぞれと関連付けたブログとFacebookも同時に管理、そして、もちろん「かいほうげん」の編集、制作と、言ってみればニューフィルのすべての情報の発信元としてたった一人で頑張っているのです。
 いずれは、他の人にこの仕事を引き継いでもらうことになるのでしょうが、これだけのコンテンツを有する、とても複雑なサイトが構築されてしまったので(公式サイトの方は、階層が入り乱れて私でもファイルのありかが分からないことがあります)、任された人は大変でしょうね。私だったら、最初から作り直しますね。
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by jurassic_oyaji | 2018-11-30 23:45 | 禁断 | Comments(0)
A Night at the Opera
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Queen
デアゴスティーニ・ジャパン刊
ISBN978-4-8135-2245-4



1970年代から1980年代にかけて多くのヒット曲を放ち、今でもその活動を続けているイギリスのロック・バンド「クイーン」の初代ヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーの生涯を素材にした映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、世界中で記録的な興業成績を上げていますね。当然のことながら、その中では多くのライブシーンが登場します。もっとも、フレディはゲイでしたから、ちょっと・・・(それは「ラブシーン」)。
この映画は普通のスクリーンだけではなくIMAXでも上映されていますが、そこで見るとこのシーンではまさに原寸大のライブが視覚的にも聴覚的にも体験できるのではないでしょうか。さらには「応援上映」という上映形態も採用されていて、まさにライブさながらに拍手をしたり立ち上がったり、一緒に歌ったりすることが出来るのだそうです。これだったら、日々の鬱憤を晴らすには最適でしょうね。
そんなヒットを予告していたかのように、まさにこのタイミングでデアゴスティーニが、前回のビートルズに続いてそのクイーンのアルバム全25枚をLPで発売することになったそうです。
その第1弾が、映画でもしっかり取り上げられていた1975年の彼らの4作目のアルバム「A Night at the Opera」です。これはすでにUNIVERSALからもLPは出ていますが、価格は4000円以上、それがデアゴスティーニでは税込1980円です。
クイーンのアルバムは、一時SACDでリリースされたり(今では廃盤になっています)、さらにはBD-Aでサラウンド・バージョンまで出ていたというのですから、その音の良さには定評があります。それらの元になったのは、2011年にボブ・ラドウィックによって行われたディジタル・リマスター音源のようですね。この24bit/96kHzのハイレゾ音源も入手できます。
そして、今回のデアゴスティーニのLPでも、この音源が使われています。ですから、今回のLPの音を確かめるために、まずは代表曲「Bohemian Rhapsody」のハイレゾ音源を購入して、比較してみました。
そのハイレゾの音は、確かにとてもクリアなものでした。ただ、あまりにクリアすぎて、ロックならではの重量感があまり伝わってきません。それと、フレディが弾いているピアノ(ベヒシュタインなんですね)の音が、なんともクールな響きなのが気になります。一方のLPは、前回のビートルズの「Abbey Road」同様、多少サーフェス・ノイズが大きめなのが気になります。ただ、ピアノの音はとても暖かみがありますし、何よりもフレディのヴォーカルがとても表情豊かに聴こえます。ブライアンのギターがギンギン鳴り響く時も、適度なノイズ感が乗っていてよりリアリティが増しています。そして、この曲、いや、アルバム全体で頻繁に現れる多重録音のコーラスが、LPではとてもふくらみが感じられます。
この曲をLPで聴いていて、バラードの2番の歌詞の途中「Goodbye everybody」と「I've got to go」の間で、明らかな歪みが聴こえたので、カッティングのミスかな、と思ってハイレゾの同じ個所(2:10)を聴いてみたら、同じように歪んでいたので、それはマスターテープそのもののノイズであることが分かりました。ですから、サーフェス・ノイズさえ気にしなければ、LPの音の方がより楽しめます。
実は、このアルバムを全曲聴いたのは今回が初めてのことでした。今までは、クイーンと言えばフレディの曲というイメージがあったのですが、他のメンバーの曲もとても素晴らしいことが分かりました。ブライアンもやはりサウンド的な冒険も幅広く行っていて、「Bohemian Rhapsody」よりさらに長大な「The Prophet's Song」では様々な実験的な試みが聴かれます。それを、あくまでギターなどの楽器で作り出していたのですね(わざわざ「No Synthesisers!」というクレジットが入っています)。
ベースのジョンが作った「You're My Best Friend」も、とてもチャーミングですね。竹内まりやの1992年の作品「Forever Friends」のイントロが、この曲のイントロのエレピのフレーズに酷似しているのは、単なる偶然でしょうか。

Book Artwork © K.K.DeAgostini Japan

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by jurassic_oyaji | 2018-11-29 19:23 | ポップス | Comments(0)
「90歳を超えても生きている」と歌ってます
 もはや旧聞に属しますが、この間の日曜日は竹内まりやのファーストアルバムがリリースされた日ということで、まさに「デビュー40周年」にあたるその日だったんですね。それは、同じ日に放送された東京FMの山下達郎の「サンデーソングブック」でも語られていて、そのファーストアルバムからの曲が流れていましたね。しかし、それだけではなく、なんとNHK-FMでは5時間45分に渡って竹内まりやの特集番組を流していたんですね。そのことを当日、何人かの人からの情報で知って、あわててカーラジオをかけてみたら、確かにそんな番組をやっていました。
 もうそれは終わり近かったのですが、どうせラジコの「タイムフリー」で聴けるだろうと思っていました。でも、あとで聴こうとしたら「この番組は対象外です」みたいな扱いでしたね。確かに、前にN響のライブを聴こうと思った時もそうでしたから、この局はほとんど「タイムフリー」の恩恵にはあずかれないんでしょうね。残念でした。
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 ただ、その、ほんの少しだけカーラジオで聴いた中で、MCが「まりやさんは、プロテスト・ソングのような曲は絶対に歌いたくないと言っていた」と言っていたことが、とても印象に残っていました。確かに、彼女はあくまで音楽は楽しいものだというスタンスで歌を歌い、曲を作っていたような気がします。おそらく、そのあたりが私が好きになれたポイントだったのでしょう。
 ですが、この間のシアターライブを見た時に「『人生の扉』みたいな歌は彼女には歌ってほしくないな」と書いていましたよね。あれはずっと前から感じていたことなのですが、なぜそのように感じたのかが、うまく説明できませんでした。それが、さっきのMCの言葉によってとてもすんなり納得がいきました。あの曲は、まさに「プロテスト・ソング」ではありませんか。普通「プロテスト」というと「抗議」といった意味になるのでしょうが、この動詞には「主張する」という意味合いもあるので、そこまで含めた意味での「プロテスト・ソング」ということなのですね。
 この曲は、曲調もなにか「軍歌」のような感じもありますし、何よりも歌い方が強烈に「主張」しまくっているんですよ。ライブの時には、こぶしを振り上げていましたからね。これが、私が抱いた違和感の原因だったんですよ。彼女は、いつの間にか歌いたくないと言っていた「プロテスト・ソング」を堂々と歌う人になってしまっていたのです。とても悲しいですね。私にできるのは、これから毎月リリースされるデビュー時代のアルバムを買い集めて、あの頃の彼女を偲ぶことだけです。
 その時に一緒に見た「ボヘミアン・ラプソディ」がらみで、とうとうクイーンのLPまで買ってしまいましたよ。それは、あしたの「おやぢ」のネタですが、そこにはやはりまりやも登場します。アルバムの中にあった「You're My Best Friend」という曲のイントロが、まりやがやはりライブで歌っていた「Forever Friends」とそっくりなんですよね。彼女は確かクイーンも好きだったはずですから、つい刷り込まれていたんでしょうね。
 この曲では、歌い方に関してとても気になることがあります。最初のフレーズの
どんなに長く 無沙汰をしてても
電話ひとつかけるだけ 学生(くせい)に戻れる
で、「」と「」を鼻濁音で歌っているのですよ。
 これも、どっかのアイドルが言っていたことで、まりあの曲を歌った時に「鼻濁音で歌う」ようにアドヴァイスされたというのがありますから、これは彼女の信条なのでしょう。確かに、本来鼻濁音になる音を濁音にするのは、非常に醜いものですが、その逆も同じように醜いことを彼女は知るべきです。特に、NHKのアナウンサーは頻繁にこの間違いを犯していますからね。「毒ス」とか「窓ラス」とか。
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by jurassic_oyaji | 2018-11-28 21:50 | 禁断 | Comments(0)
MAHLER/Symphony No.6
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Teodor Currentzis/
MusicAeterna
SONY/19075822952


来年には待望の初来日も果たすことになるクレンツィスとムジカエテルナのコンビ、今回はマーラーの「交響曲第6番」です。
このオーケストラの正体はいまいち謎めいたところがあります。確か朝日新聞に、「ピリオド楽器もモダン楽器も同じ人が演奏している」というようなことが書いてあったような気がしますが、そんなことが本当に可能なのか、とつい疑ってしまうほど、どちらのフォーメーションでも素晴らしい演奏を聴かせてくれていますね。
一応オペラハウスのオーケストラですから、今回の曲のような大編成にも十分に対応できるだけのメンバーを擁しているのでしょう。なんせ、ブックレットにあるメンバー表を見てみたら、弦楽器は18.18.17.16.11という、計80人の陣容ですからほぼ「20型」の編成に相当する人数です。そして管楽器は楽譜の指定通りの木管は5人ずつ、ホルンはアシが1人加わって9人、トランペットは6人、トロンボーンは4人+チューバ1人、それに打楽器6人にハープ4人、チェレスタ1人で合計131人です。すごいですね。
ただ、ハープは一応楽譜の指定では「2人」となっています。
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ところが、実際には第3楽章で
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このように「4人」と指定されています。ですから、今回のように本当は4人必要なんでしょうね。
実は、木管はクラリネットだけは全曲通して5人必要ですが、フルート、オーボエ、ファゴットは3つ目の楽章までは4人分のパートしかありません。最後の第4楽章になってそれぞれ1人ずつ増えるんですね。ですから、その「5人目」の人はどうしているのか気になったので、この間BSで録画したラトルのベルリン・フィルお別れコンサートの映像を見てみました。もちろん、最初からちゃんと5人ずつ座っていましたね。ついでに、この時の弦楽器の編成は完全な18型でした。しかし、ハープは2人しかいませんでした。
さらに、この時には楽章の順序も、2番目に「アンダンテ」、3番目に「スケルツォ」と、このCDとは入れ替わった形になっていましたね。これは、ご存知でしょうがこの曲では楽章の順番が異なる2種類の楽譜が存在しているからです。そもそも初演の時に出版された印刷譜(KAHNT)は自筆譜通りの「スケルツォ/アンダンテ」だったものが、その初演でマーラー自身が楽章の順番を変えて演奏したので急遽「アンダンテ/スケルツォ」という改訂版が出版されていますからね。
それが、1963年に出版されたマーラー協会のクリティカル・エディション(KAHNT)では「スケルツォ/アンダンテ」に変わっています。ところが、同じマーラー協会から2010年に出版されたばかりの最新の楽譜(PETERS)ではラトルのような「アンダンテ/スケルツォ」に変わってしまっているですから、困ったものです。本当のところはどちらの言い分が正しいのかは分からない(イーブン)のに争っているのは、ほとんど泥仕合。
クレンツィスの前回のアルバム、チャイコフスキーの「第6番」では、思いきりデフォルメされた演奏だったので、覚悟を決めてこのマーラーの「第6番」に臨んだのですが、聴こえてきたのはいともまっとうなものだったので、逆に拍子抜けしてしまいました。それは、あくまで楽譜に忠実な演奏だったのです。しかし、彼がマーラーの指示に忠実に従うことによって、そこからはとてつもなくドラマティックであり、同時に繊細極まりない音楽が生まれることになりました。
131人のオーケストラが全員で「咆える」シーンでは、ほとんど狂気とも思えるような叫びが聴こえます。そこでは、クレンツィスはメンバー全員の思いのたけをめいっぱい解放させているようにも思えます。そして、セッション録音ならではの、ありえないほど明瞭に聴こえてくるチェレスタが加わったシーンでは、まるでシュトラウスの「ばらの騎士」のような瀟洒に煌めくサウンドが堪能できます。
これほどに「美しい」音楽の前では、楽章の順番などはどうでもよくなってしまいますね。

CD Artowork © Sony Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2018-11-27 23:35 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphony No.3, STRAUSS/Horn Concerto No.1
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Willem Caballero(Hr)
Manfred Honeck/
Pittsburgh Symphony Orchestra
REFERENCE/FR-728SACD(hybrid SACD)


ホーネックとピッツバーグ交響楽団とのとても新鮮な一連の録音は、毎回とても楽しませてもらえます。今回は、以前「5番」と「7番」を手掛けていたベートーヴェンで、「3番」です。録音されたのは2017年の10月。
弦楽器の編成は16型という大編成でのベートーヴェンです。この弦楽器の人数はブックレットにあるメンバー表で、カップリングのシュトラウスのホルン協奏曲のメンバーとともに乗り番の人が明記されているのですが、このシュトラウスは2012年の録音なので、その間にかなりメンバーが入れ替わっているのが分かります。ファースト・ヴァイオリンには23人の名前がありますが、両方の曲に乗っている人は11人しかいません。それ以外の人はこの5年間に辞めたか新しく入った人、そしてエキストラです。そう、こんな立派なオーケストラなのでエキストラなんか必要ないのでは、と思っても、そもそも最新のメンバー表ではファースト・ヴァイオリンは14人しかいませんから、16型で演奏する時にはエキストラが必要なんですよね。このベートーヴェンの時はコンサートマスターもエキストラ(ゲスト・コンサートマスター)でしたからね。まあ、日本でもエキストラなしで16型を組めるところなどはN響と東フィルしかありませんから、どこのオーケストラも、台所事情も厳しいようですね。
もちろん、ハイブリッドSACDの5.0マルチチャンネルで録音されていますから、サラウンド対応で聴いてみます。ライブ録音なのでしょうから、あくまでもホールの客席で聴いた音場が忠実に再現されているようですね。ステージはあくまでフロントに集中、それをホールトーンでまわりから包み込む、という設定です。ただ、注意深く聴いてみると木管セクションと弦楽器との前後関係がよく分かります。特にオーボエがかなり遠くから聴こえてくる感じで、あまり目立ちません。フルートも同じ位置なのですが、これはかなり通る音なのでくっきり聴こえてきます。ただ、金管も音場的には奥なのですが、音色がとても目立つので(もしかしたらピリオド楽器?)、常にくっきりと聴こえてきます。
この「3番」も、以前のベートーヴェンと同様、とてもエキサイティングな演奏でした。第1楽章はかなり早めのテンポ、冒頭のアコードもかなり短かく切った演奏で、ピリオドっぽいテイストを感じさせてくれます。ホーネックはライナーノーツの中で、「4つの楽章は全て『ダンス(舞曲)』の楽章ざんす」と言いきっていますが、確かにこの楽章も、あくまで「3拍子」にこだわったリズミカルな処理が目立ちます。特に2拍ずつ区切って大きな「3拍子」になる「ヘミオレ」での躍動感が、かなりスリリングです。
しかし、第2楽章では一転してゆったりとした足取りの葬送行進曲(これも舞曲)になります。ダイナミクスも極端な落差を見せ、ピアニシモでは本当に聴こえるか聴こえないほどのかすかな音までに落としたりしたかと思えば、葬送ラッパの部分では大音量、しかも普段目立たないパートの音を強調させるなど、油断できません。
と、楽章が4/5ほど進んだ207小節目(12:07)で、突然「5番」の冒頭の、いわゆる「運命」のモティーフがホルンで朗々と鳴り響いたではありませんか。びっくりしてスコアを見てみると、確かに3番ホルンにそういうフレーズがありました。
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こんなところにあのモティーフが隠されていたなんて今まで何度もこの部分を聴いていたはずなのに全く分かりませんでした。あわてて他の録音を聴きまくってみましたが、この3番ホルンがここまではっきり聴こえる演奏は全くありませんでした。というか、これは意図的に目立たせないと、絶対に聴こえません(もちろん、ホーネックは3番奏者にしっかり指示をしたそうです)。
こんなサプライズを味わえたのが、このSACDの最大の収穫です。ベートーヴェンの演奏には、まだまだ奥深いものがあります。

SACD Artwork © Reference Recordings

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by jurassic_oyaji | 2018-11-25 20:13 | オーケストラ | Comments(0)
ライブの二本立て
 三連休の真ん中の日、特に予定もなかったので久しぶりに映画を見に映画館に行ってきました。たまたま見たいものが2本あったので、この際だから両方見てやろうと「二本立て」の計画を立てようとしたら、その「竹内まりやシアター・ライブ」と「ボヘミアン・ラプソディ」の上映時間が見事に重なっていました。この2本は客層が違うのだと判断されてしまったのでしょうかね。でも、「ボヘミアン」はIMAXでもやっていて、それだと「まりや」の初回を見てから昼ご飯を食べても十分に間に合う時間に始まりますから、それに決めました。
 初回は9時からなので、映画館は8時半にオープンすることは分かっていました。ただ、ここが入っているパルコ2はそんなに早くは開かないので、1階から特別に入れるようになっているのは、前にも同じことがあったので知っていました。その時は、2階の前で待っていても開く気配がなかったので、変だと思ったら1階だと分かってそれからあわてて行ったので、後れを取ってしまいました。今回は、まだ時間前だったのに1階は開いていたので入って行ったら、エレベーターの前にもう行列が出来ていましたね。しばらくして映画館のスタッフがやって来て、ちょっと早めにエレベーターが使えるようにして、そのまま中に入れました。
 座席の予約状況はネットで見ていたのですが、どちらもかなり早い時点で半分近く埋まっていました。私が狙っていた席はどちらまだ空いていたのでもほぼ希望通りの席をゲットできました。
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 まずは「まりや」の方からです。こちらは圧倒的に中高年の世代が多かったですね。彼女がアイドルの頃をリアルタイムで知っている世代でしょう。それから40年も経っているのですから、ファンも年を取るはずです。
 この映画は、彼女の最近のライブの映像を編集したものです。2000年、2010年、2014年の3回のツアーが収録されています。2000年の頃はまだ35ミリのフィルムで撮っていたのでしょうか、サイズもスタンダードで画質もさえませんが、それ以降のものはワイドになって別物のようなクリアな画質に変わります。この頃は当然HDのビデオ撮影でしょうね。
 音も、やはり後期の方がよりクリアですが、そのあたりはあまり期待はしていませんでしたから、クオリティは二の次です。というか、この2000年のライブは、すでにCDになっているんですよね。それと、この映像自体もそのあとのアルバムの初回限定おまけのDVDで見たことがありました。ただ、それはほんの数曲しか入っていなかったので、今回、そのCDの元になった映像をきちんと見られたのは幸せでした。「駅」などは、本当に号泣ものでしたね。
 ただ、それ以降のライブでは、歌われているのが割と最近の曲だったりすると、ちょっとつまらないな、と思うところもなくはありません。「人生の扉」みたいな歌は彼女には歌ってほしくないな、と思っていますからね。
 そんなライブ映像のほかに、インタビューとか、初めて見る達郎の録音スタジオの内部などは、とても興味深いものでした。まあ、これで2800円というのは妥当なところでしょうか。ただ、ブックレットが3500円もするのは、ちょっとぼったくり。帰りにこれが入ったポリ袋を後生大事に持って帰る中高年の方を見かけましたが、私にはそれほどの思い入れはありませんから。
 しかし、彼女は本当にいつまでも若々しいですよね。なんか、いつもよく似た人を見ているな、と思ったら、ヴァイオリンのYさんでした。どちらもとてもお美しい。
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 そして、ランチタイムを挟んで「ボヘミアン」ですが、その前にリニューアルしたエスパルの地下街へ。めざす「まめだ」は、地下通路に面してました。さすが、長蛇の列です。
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 「ボヘミアン」が上映されていたのは、このシネコンで一番大きいIMAX用のスクリーン6。ここは300席近くあるのですが、それがほぼ満席だったのが、まずすごいことでした。こんなにお客さんがたくさんいるところで映画を見たのは本当に久しぶりです。こちらも、平均年齢はかなり高め。
 やはり、まずはサウンドをチェックですが、これはまさに生のコンサートをそのまま聴いているようなものすごい音でしたね。もちろん、クオリティは度外視したあくまで音量と超低音で迫るというロックコンサートならではの音ですけどね。それを、300人のお客さんがじっと座って聴いているというのが、ちょっと不気味。てっきり、これのために新しく録音したのかと思ったら、オリジナルをそのまま使っていたようですね。
 映像的にも、あの最後のアリーナのシーンはものすごいリアリティでしたね。あれはCGだったのでしょうか。
 物語は、事実をかなり都合よく捻じ曲げて、しかし、そのためにドラマはとても感動的に仕上がっていました。映画だからそれでいいんでしょう。オープニング・クレジットでマイク・マイヤーズの名前があったのでいったいどの役なのだろうと見ていたのですが、最後まで分かりませんでした。後で調べたら、「ボヘミアン・ラプソディ」をボツにしたEMIのお偉方でした。これは、知ってても分からなかったでしょうね。それと、「ジュラシック・パーク」で恐竜オタクの子供を演じていたジョセフ・マゼロが、ベースのジョン・ディーコンを演じていましたね。これは、確かに面影がありました。大きくなりましたね。
 ベースと言えば、「まりや」でのバンドのベーシスト伊藤広規は、2000年には達郎みたいな長髪だったのに、それ以降は短髪になって、なんだか普通のおじさんみたいになってましたね。
 「現実」の「まりや」と「非現実」の「ボヘミアン」、それぞれに刺激的な部分がたくさんあって、とても楽しめました。
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by jurassic_oyaji | 2018-11-24 20:51 | 禁断 | Comments(0)
ポップスのCDを聴く時には、ヴォリュームを大幅に絞らないといけません
 きのうの「おやぢの部屋」は、もっと書きたいことがあったのですが、私が決めたフォーマットで字数が制限されているのでそれらはカットしてしまいました。それは、リマスタリングに関することです。なんせ40年前に録音されたアルバムですから、それをそのまま出すのではなく、あそこにも書きましたが「現代に通用する音で楽しめることになった」と思われるようなものにしなければいけません。つまり、これはかつてLPで出ていたもので、すでにCD化はされています。ただ、それはかなり昔のことだったのでそのままでは今聴くととてもしょぼく感じられてしまうので、それをもっと聴きばえのあるものに直してCD化した、ということなんですね。具体的には、トランスファーのレベルを思い切りあげて、今のCD並みの音圧を確保する、ということでしょうね。
 ですから、確かにちょっと聴いた分にはとても元気のある音が聴こえてくるような気がします。実際、この中に私が昔買った1985年に作られたCDの中にも入っている曲が1曲だけあるのですが、それを比較してみると、同じ音量で聴こえるようにするには、ヴォリュームの数字を1.5倍ぐらいにしなければいけませんでした。でも、そのようにレベルを揃えて聴いてみると、明らかに昔のCDの方が音がいいんですよね。というか、音の質が全く変わってしまっているのですよ。この曲は、バックにバンドではなくオーケストラが入っているので、特にストリングスの質感などで、その違いがはっきりします。昔のCDではいかにも弦楽器らしい繊細なテクスチャーが再現されているのに、新しいCDでは何か高音が強調された機械的な音に聴こえてしまうのです。
 そうなってしまったのは、おそらくマスターテープの劣化が原因なんでしょうね。確かに、リマスタリングのノウハウは大幅に進化していますから、全く同じ音源からのリマスタリングだったら、新しいものの方がよくなるのでしょうが、今回使ったマスターテープは、出来てから40年も経っていますから、これはもう磁気テープの宿命で音が劣化していないわけがありません。おそらく、それは分かっていて、出来る限りの補正は施してあるのでしょうが、そういうテクニックでは到底カバーできないほど劣化が進んでいた、ということなんでしょうね。
 ですから、「最新リマスター盤」なんてうたい文句でよく昔の録音が再発されたりしますが、それは音質的には何の期待も出来ないことを、しっかり知っておく必要があるのではないでしょうか。正直、「リマスタリング」によって音が劇的に良くなることなどありません。これは、レコード会社が広めた単なる「迷信」にすぎないのですから。
 あと、ブックレットのミスプリントは、公式サイトでは訂正されていますね。
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↑ブックレット
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↑公式サイト

 迷信と言えば、今日は「勤労感謝の日」ですけど、これだって決して「勤労」に「感謝」する日ではありませんからね。そもそも、私は昔からこの状況がまるでイメージできませんでした。とても感謝なんかできない職種の「勤労」だってありますからね。まあ、そもそもは天皇家の行事だった「新嘗祭」を言い換えただけのことなんですけどね。これは収穫に感謝する行事でしょうから、「収穫感謝の日」ぐらいにしておけばよかったものを。ですから、そういう出自のせいで絶対「ハッピーマンデー」にはなりません。
 でも、今年はそれが金曜日なので、ラジオを聴いていたら「金曜感謝の日」だと思っていた人がいるという出来過ぎの話まで紹介されていましたね。それはそれで、金・土・日と三連休になるのですから、この際そのように改名して、常に金曜日になるようにしてくれてもいいんじゃないでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2018-11-23 22:01 | 禁断 | Comments(0)
BIGINNING
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竹内まりや
ARIOLA/BVCL 940


竹内まりやは、今年が「デビュー40周年」だと言われてまりや。ポップス界では「商品」としてのレコード(今ではCD)が発売されることが「デビュー」とみなされていますから、彼女は1978年に初めてのレコードをリリースした、ということになりますね。
彼女のデビューは「RCA」というレーベルからでした(今ではSONYに買収され、ARIOLAという名前になっています)。しかし、ここから5枚のアルバムをリリースした後、1982年に彼女は結婚のために引退します。その後、公式のベストアルバムが1枚RCAからリースされました。しかし、1984年に再デビューを果たした時には、夫の山下達郎が所属している、WARNERの中の「MOON」というレーベルに変わっていました。達郎同様、RCAから移籍していたのですね。
業界の慣例でそういう時には音源の権利はアーティストではなく所属レーベルのものになるので、再リリースやコンピレーションなどを出す時には、アーティストの意向を無視して制作を行えることになります。彼女の場合も、レーベル独自で作られたベストアルバムが2枚ほど出ていたはずです。
もちろん、リマスタリングなども行うことはできません。ただ、MOONで今から10年前にリリースされた「Expressions」というベストアルバムには、そんな垣根も超えて何曲かRCA時代の録音がリマスタリングを施されて収録されています。
そして、今回はさらにその完成形として、デビュー40周年にちなんでRCA時代のすべてのオリジナルアルバムのリマスタリングが行われることになりました。これで、晴れて彼女のすべてのアルバムが現代に通用する音で楽しめることになったのです。その第1弾が、このデビューアルバムです。
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実は、この時代のアルバムとしては、公式ベストの「Viva Mariya!!」のCDしか持っていませんでした。驚いたことに、初めて手にしたデビューアルバムには、その「Viva Mariya!!」の中の曲は1曲も入っていませんでした。いや、正確には「同じ曲」は1曲だけはあるのですが、それはアレンジが全然変わっていました。逆に、知らない曲がたくさん聴けるのはとても新鮮な気持ちになれますけどね。
このアルバムは、デビューにもかかわらずアメリカのLAで録音されたものがかなり入っています。当時の彼女は「いちアイドル」に過ぎなかったはずですから、これは破格の待遇だったのでしょう。確かに、リー・リトナーとかトム・スコットとか、ものすごい人たちが参加しているのは壮観ですが、アル・キャップスという人のアレンジが、なんか平凡であまり面白くないんですよね。それよりは、日本人の若手が手がけた曲の方が、数段新鮮なサウンドが聴けるような気がします。たとえば、「センチメンタル・シティ・ロマンス」という、今でも彼女のバックを務めることもあるバンドのリーダー告井延隆などは、「ジャスト・フレンド」とか「サンタモニカ・ハイウェイ」とか、曲も尖がってますしアレンジも素敵です。
まりあ自身も初めて自作を録音しています。「すてきなヒットソング」というその曲は、まるでその数年前に大ヒットしたカーペンターズの「Yesterday Once More」を思わせるような曲ですね。冒頭にラジオの音のようなローファイのコーラスが入っていますが、達郎がこの曲をラジオで流した時にこの部分をカットしたのはなぜでしょう。
ボーナストラックが4曲入っていて、その中に先ほどのベストアルバムに入っていた唯一の曲「戻っておいで・私の時間」の別バージョンがありました。これは、ベストを出す際にディレクターの宮田茂樹さんという方の裁量で録音された服部克久アレンジのオーケストラ・バージョン。ほんの3~4年で彼女の声が劇的に変わっていることがよく分かります。
このテイクが、他のボーナスと同じ1981年のライブ録音だというクレジットは、何かの間違いでしょう。というか、せっかく至れり尽くせりのライナーノーツを載せているのに、このライブのパーソネルが記されていないのは片手落ち。

CD Artwork © Sony Labels Inc.

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by jurassic_oyaji | 2018-11-22 20:51 | ポップス | Comments(0)
ホンダのディーラーだそうです
 この間西口を走っていたら、こんな事故車を見かけました。
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 ちょうど事故処理が始まったばかりのようで、本当はここを右折したかったのですが、警官さんに止められたので、まっすぐにしか行けませんでした。
 しかし、この車はかなりひどいことになっているように見えますね。バンパーやフロントグリルなんか「裂けて」いますからね。でも、それにしてはボンネットは曲がっただけなのは、ちょっとアンバランスな感じがしませんか?これは、ボンネットとバンパーは素材が違うからです。私も割と最近気が付いたのですが、そもそも、昔の車にはゴムでできた「バンパー」が別についていたものですが、最近はそれが一体化して、塗装も同じですからまるでスチールで出来ていると思ってしまいます。でも、実際はこのあたりはポリウレタンなどのプラスティックで出来ているんですよね。ですから、ちょっとぶつかっただけでこんなに簡単に壊れてしまいます。それで、衝撃を弱めているのですけどね。
 車と言えば、私のディーラーさんからこんなDMが届きました。
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 絶妙のタイミングですよね。さっそくFacebookにアップして笑ってやりましたが、ネットでは他社のディーラーが同じことを考えて炎上しているみたいですね。それはそうでしょう。
 もう一つ最近知ったことと言えば、PCのUSBについての驚くべき事実です。いや、単に私が知らなかっただけの話なんですけどね。
 今使っているラップトップがかなりくたびれてきたので、買い替えを考え始めているのですが、ネックが2つあってちょっと迷っているところでした。一つはOS。これが変わると確実に使えなくなるソフトがあるのですが、今まで使い慣れたものなので、代替品になるとかなり作業効率が落ちそうだ、ということ。そして、もう一つはUSBの問題です。今のには、「USB2」と「USB3」の2種類のポートが付いています。それを見ると、
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 「2」はこうですが、
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 「3」はこうなので、形は似てますが全く別物のように見えます。しかも、これの「Bタイプ」だと、
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 こんな風に「2「とは全然違っています。
 ですから、これは全く互換性のないものだとずっと思っていました。ですから、最近のPCのカタログなどを見てみると、「3」はたくさん付いているのに「2」は一つしかなかったりとか、もう「2」は全く付いていないものがあったりするので、今まで使っていたUSB2は、もう使えないのだと思ってしまっていました。
 でも、これはちゃんと「上位互換」がなされているのだ、ということを、実は昨日初めて知りました。それで試してみたら、ちゃんと「2」でも「3」のポートに入って、きちんと認識されるんですよ。なあんだ。
 考えてみれば、それは当たり前の話なんですけどね。世の中には「2」のUSBメモリーなどがあふれかえっていますから、それが新しいPCではすべて使えなくなるなんてことはあり得ませんからね。さっきの「Bタイプ」にしても、あれのメスは確かに半分だけ使えば「2」がぴったり入りますからね。
 この間まで、ICレコーダーで録音したものをPC経由でアップロードするということを頻繁に行っていました。その時に、レコーダー本体のUSB端子をPCに差し込むのですが、さっきの写真のように「2」のポートにはマウス用の受信機が1つ占領しているので、これがあるとレコーダーを挿入することが出来ないんですよ。ですから、その時はマウスを使わないでタッチパッドに切り替えるとか、面倒くさいことをやっていました。これは、反対側の「3」のポートを使えば、何の苦労もなかったんですね。
 この頃は、真剣に「2」と「3」の「変換機」を探していました。いくら探してもそんなものはなかったので、その時点でこのことに気づくべきでした。愚かでしたね。
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by jurassic_oyaji | 2018-11-21 22:07 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Oboe Concertos & Cantatas
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Xenia Löffler(Ob)
Anna Prohaska(Sop)
Václav Luks/
Collegium 1704
ACCENT/ACC 24347


お気に入りのチェコのアンサンブル、ヴァーツラフ・ルクスが率いる「コレギウム1704」の最新アルバムは、バッハのオーボエを中心にした協奏曲と教会カンタータの「二本立て」でした。まずは2001年からベルリン古楽アカデミーのメンバーとして大活躍のバロック・オーボエの名手、クセニア・レフラーの演奏で3曲のオーボエがらみの協奏曲です。彼女はリングで活躍してはいません(それは「レスラー」)。
バッハの作品の数多くのものは現在では楽譜が失われてしまっていますが、彼の場合は一つの曲を別の作品として使いまわすということを頻繁に行っていましたから、残された曲からその元になった曲を推測して再構築することは可能です。
ここで演奏されている3曲のうちの2曲は、現在ではチェンバロのための協奏曲として広く知られているものを、オーボエをソリストとした協奏曲に直したものです。まずはBWV1056のヘ短調のチェンバロ協奏曲を、おそらく最初はト短調でメロディ楽器のために作られたものだろうという推測の元に演奏しています。この曲は、真ん中のラルゴの楽章がとても美しいメロディで、オーボエならではのカンタービレを味わうことが出来るはずです。
もう一つのBWV1055は、イ長調の曲ですが、やはり旋律楽器のためのものと推察され、さらにキーがかなり低いので、普通のオーボエではなくその短3度下の「A管」であるオーボエ・ダモーレで演奏されています。これも、やはり真ん中の短調で歌われるラルゲット楽章のもの悲しさは、この楽器ならではの音色でさらに深く伝わってきます。
もう一つの2つのチェンバロのための協奏曲として残っているBWV1061では、おそらくここで初めて演奏されるはずのティム・ウィリスの編曲が使われています。現在ではチェンバロ2台と弦楽器と通奏低音のための協奏曲として知られていますが、オリジナルの形はチェンバロ2台だけという「デュエット」の編成だと言われています。確かに、真ん中の楽章は楽譜ではチェンバロだけで演奏されるようになっていますから、バッハは両端の楽章に弦楽器で同じ声部を加えたり、時には新たなフレーズを作って加えたりしているのですね。
しかし、今回の編曲では、チェンバロの右手と左手の声部をそれぞれ別の楽器に置き換えるという大胆な発想で再構築が行われました。その結果、第1チェンバロのパートはオーボエとヴィオラ・ダ・ガンバ、第2チェンバロはヴァイオリンとファゴットという4つの楽器に置き換えられ、そこに弦楽器と低音が加わる、という「合奏協奏曲」として生まれ変わっているのです。
もちろん、これは完全な「でっちあげ」ですが、その効果はなかなか興味深いものでした。特に最後の楽章のフーガでは、それぞれの声部がくっきりと浮かび上がってきて、最終的には8つの声部が入り乱れての複雑なフーガとなるのですから、かなりエキサイティングです。
この曲の現在の形だと、あとから加えた弦楽器が、なにか唐突な感じがしてしまいますが、この編曲では何の違和感もなくすべての声部の必然性が感じられるようになっているのではないでしょうか。
それらの協奏曲に挟まれる形で、クール・ビューティのソプラノ、アンナ・プロハスカが2曲のソロ・カンタータをとても熱く歌っています。BWV84"Ich bin vergnu()gt mit meinem Glu()cke"では、最初のアリアにはオーボエ、次のアリアにはオーボエとヴァイオリンのオブリガートが入ります。もちろん、オーボエはレフラーです。
そして、BWV52"Falsche Welt, dir trau ich nicht!"では、冒頭のシンフォニアがブランデンブルク協奏曲第1番の最初の楽章の「使いまわし」ですから、オーボエが3本とホルンが2本加わっています。そして、2番目のアリアでは、そのオーボエ3本が全員オブリガートを吹いていますし、最後のコラールにはホルンが加わっています。
そんな、無駄のない編成と相まって、まるで一夜の粋なコンサートを味わったような気分になれました。

CD Artwork © note 1 music gmbh

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by jurassic_oyaji | 2018-11-21 00:01 | オーケストラ | Comments(0)