人気ブログランキング |
おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
タグ:レクイエム ( 2 ) タグの人気記事
FAURÉ/Requiem
c0039487_22492431.jpg



Mathieu Romano/
Ensemble Aedes
Les Siècles
APARTE/AP201



あの「レ・シエクル」がフォーレの「レクイエム」を録音したというので、さっそく入手してみたら、指揮者はいつもこのオーケストラを指揮していたロトではありませんでした。というより、ここでの主役はオーケストラではなく合唱団だったのです。その合唱団とは、ロトとレ・シエクルがラヴェルの「ダフニスとクロエ」を録音した時に共演していた「アンサンブル・エデス」です。彼らとレ・シエクルは言わば仲間、今回は合唱団がその仲間のオーケストラを呼んだ、という形なのでしょうね。
この合唱団は2005年に、今回の指揮をしているマテュー・ロマーノによって創設されました。メンバーは全てプロフェッショナルな歌手たちです。今回のフォーレでは、ソリストも合唱団のメンバーが務めていますから、そのレベルの高さはかなりのものがあります。
レパートリーは多岐に渡り、有名な合唱曲はもとより、非常に珍しい作品も演奏し、時代的にも現代までの5世紀に及ぶ作品を取り上げています。もちろん、出来たばかりの新しい作品を演奏することもあります。
このCDのブックレットには、44人のメンバーがクレジットされています。ただ、ここではフォーレの他にプーランクとドビュッシーの作品が収録されていますが、それぞれのメンバーが微妙に変わっていますから、曲の編成に応じてフレキシブルにメンバーを集めているのでしょう。
指揮者のロマーノは、常々ロトとの共同作業を行っていて、オーセンティックな演奏を目指しているようです。今回の録音でもレ・シエクルのメンバーはしっかりこの曲が初演された時代の楽器を使っています。ただ、ご存知のようにこの曲では何度か改訂が行われてその都度曲の編成やオーケストレーションが変わっていますから、何をもって「初演」とするかは微妙です。
ここでは、しっかり「1893年1月21日に演奏されたときの楽器編成」と表記されており、楽譜については「1893年稿」とありますから、その時点、つまり「第2稿」が初演された時になるのでしょう。厳密なことを言うと、その時には「Offertoire」の両端の「O Domine」の部分は演奏されていなかったはずですが(その時の演奏を再現したものがこちらです)、ここではそれも含めて演奏されているのがちょっと謎です。このあたりは諸説あるようですから深くは追及しないでおきましょう。
ここで実際に使われている楽譜は、何の表示もありませんがその「1893年稿」のうちの「ネクトゥー/ドラージュ版」です。これを「ピリオド楽器」で演奏したものは、そもそもこの版の楽譜で演奏されて最初に評判になった1988年のヘレヴェッヘによる録音と、先ほどのリンクの2014年のクロウベリーによる録音しかなかったはずですから、それだけでもこれは貴重なアルバムです。というか、もう一つの「1893年稿」である「ラッター版」ではそのようなピリオド志向の録音がないのは、楽譜自体がオーセンティックではないことの表れなのでしょうか。
合唱の方も、しっかり「ピリオド志向」となっているのは、ラテン語の発音が通常聴かれるものとは全く異なっていることでわかります。これは、かつてヘレヴェッヘが1900年稿(第3稿)を録音した時に行っていたことですね。
その合唱は、フランスの合唱団とは思えないほど、機能的な演奏を聴かせてくれていました。ほとんどビブラートはかけないピュアな音色で、ハーモニーは最初からピッタリ合っていますし、表現も的確です。まさに胸のすくような歌い方なのですが、逆に物足りなさを感じてしまうのは贅沢な悩みです。
それが、カップリングのプーランクの「人間の顔」と、ドビュッシーの「シャルル・ドレルアンの3つの歌」では、ガラリと変わって肉感的な表情をさらけ出しているのですから、すごいものです。ドビュッシーでは、なんと初稿での演奏、3曲目などは全く別物になっていました。プーランクでの最後の「ハイE」も完璧です。

CD Artwork © Little Tribeca・Aedes

by jurassic_oyaji | 2019-04-09 22:51 | 合唱 | Comments(0)
ARTYOMOV/Requiem
c0039487_22120777.jpg

Yelena Brilyova, Inna Polianskaya, Lyubov Sharnina(Sop)
Alexei Martynov(Ten), Mikhail Lanskoi(Bar), Andrei Azovsky(Treble)
Oleg Yanchenko(Org)
Sveshinikov Boy's Chorus(by Victor Popov)
Kaunas State Chorus(by Piatris Bingialis)
Dmitri Kitaenko/Moscow Philharmonic Symphony Orchestra
DIVINE ART/dda 25173


「レクイエム」という名前がついていさえすれば、どんなものでも紹介してみたいと思っているこのサイトですが、今回は非常にレアな、1940年にソ連に生まれた作曲家、ヴャチェスラフ・アルチョーモフが1988年に作った「レクイエム」です。
この曲のCD自体は、すでにソ連時代の国営レーベルMELODIYAから、1988年11月25に行われた初演のライブ録音がリリースされていました。なんでも、そのCDは販売直後に売り切れてしまったといいますから、それを聴いていた人はたくさんいたのでしょうね。ソ連では。これが、そのジャケットです。
c0039487_22120724.jpg
今回新たにイギリスのレーベルからリリースされたものは、そのMELODIYAの音源をリマスタリングしたものです。このレーベルは、この作曲家のやはり一連のMELODIYA録音を次々にリリースしていて、これがその7枚目となるのだそうです。
ただ、ブックレットのクレジットによると、今回の「レクイエム」に関してはさきほどのMELODIYAの音源ではなく、初演の前のリハーサルが行われたスタジオで録音され、作曲家自身が保有していた音源から新たにリマスタリングを行ったものだ、ということになっています。
しかし、それはどうも事実とは異なっているような気がします。というのも、今では廃盤となっているそのMELODIYA盤が、NMLでは聴くことができるので、それとこのCDとを聴き比べてみたのですが、ノイズの乗り方といい、ドロップアウトの場所といい、全く同じなんですよね。なによりも、メディア・プレーヤーで再生したら、先ほどのMOLODIYAのジャケットが現れたのですから、もう間違いはありませんよ。なぜこんな見え透いた嘘をついたのでしょう。
この曲の編成は、ソリストが6人、オルガン、大オーケストラと混声合唱と児童合唱という、かなり大規模なものです。オープニングは、まるでハリウッドの映画音楽のようなド派手な金管のファンファーレで始まりますが、そのあとに出てくるのが、なんとリゲティの「アトモスフェール」のようなテイストを持った木管のアンサンブルです。この万華鏡のようなサウンドや、さらにはトーン・クラスターといった、リゲティならではのオーケストレーションは、この曲のいたるところで耳にすることができます。
それと同時に多用されているのが、ミニマル・ミュージックの技法です。ここでは、執拗に繰り返される悲しみに満ちたモティーフの重なりが、言いようのない寂寞感を与えてくれます。
そんな、西欧諸国では少し前に隆盛を誇った音楽タームが、少し遅れた時代に、この作曲家の客観的な目によって選び抜かれ、この曲の中に開花している、といった印象を強く受けてしまいます。
そのような音楽を作っている人が、当時のソ連の体制の中で作曲活動をすることができたこと自体が、そもそも信じがたいものがあるのですが、アルチョーモフの音楽はソ連以外の国では絶賛されていたようですね。
ただ、この「レクイエム」の中では、そのような「前衛的」なアイテムだけではなく、とても安らぎに満ちたハーモニーが聴こえてくる部分もあります。さらに、「Domine Jesu Christe」の部分では、合唱はもろロシア聖歌風の重厚なコラールを歌っていたりします。そのバックには、まるでそれとは無関係な無機的なオーケストラのフレーズが流れているのですが、このコラールはゆるぎなく自己を主張しているように、孤高の姿を誇示しています。もしかしたら、このあたりがソ連という体制によって抑圧された「ロシア」を現わしているのかもしれませんね。
それまでは宗教上の理由からヴェルディやモーツァルトの名曲でも決して「レクイエム」という名の曲は流さなかったソ連のラジオから、このアルチョーモフの作品は全国に向けて放送されたのだそうです。ソ連が崩壊するのは、それからすぐのこと、この曲は、ソ連という体制への「レクイエム」だったのかもしれませんね。

CD Artwork © Divine Art Ltd.

by jurassic_oyaji | 2019-01-19 22:14 | 合唱 | Comments(0)